学校全体がハロウィン祭りって、割には仮装はしない不思議。
追記:17年9月29日、誤字報告により修正しました。
待ち遠しかったハロウィンの朝。生徒は何処からともなく漂うパンプキンパイの香ばしさに夜が待ちきれない様子であった。
3年生からの上級生は授業が潰れ、『ホグズミード村』への外出日だ。滅多にない外出は、恋愛発生率が高なる時期らしい。ジュリアは、ロジャー=デイビースからのデートの誘いを受けていた。それをネタに、クローディアに自慢しにきた。
「どうして、貴女はホグズミードに行かないの? ごめんなさい、行けないのよね?」
そんなことは些細で、クローディアの気分は憂鬱にして最悪であった。月のモノで体調を崩していた。普段より、腰が重く、貧血で脳内の巡りが悪い。
だが、授業を休むわけにはいかない。『薬草学』はクローディアの苦手科目のひとつ。ポモーナ=スプラウトは温厚で欠席を許すから、休むようにリサは勧めた。しかし、意地を張り授業に出席した。
無理が祟り、終業の鐘が鳴る頃。クローディアは身体の不快が最高潮に達し、片付けどころではなかった。パドマとリサも彼女の状態を察し、片づけを引き受けてくれた。2人に甘えて一番近いお手洗いに駆け込んだ。
まるでクローディアの体調を理解しているように、お手洗いは空いていた。適当な場所に座り込み、身体が落ち着くのを待つ。不快さは消えたが、極度の貧血で立ち上がれなかった。
(次の授業が、『呪文学』が始まるさ)
血の足りない頭で思考するが、身体が動かない。ただ、深呼吸を繰り返す。徐々に体力が戻ってきたのを確認してから、クローディアは身体を動かした。
よろめきながらもお手洗いの扉まで歩き、渾身の力を振り絞り、開けようとした。
しかし、扉は外から開けられた。その拍子に扉がクローディアの顔面に激突、反動に逆らえず床に仰向けとなって倒れた。
☈
今夜が待ち遠しかったのは、ハーマイオニーも同じだ。それ故に上機嫌である。
そして、『呪文学』でハーマイオニーだけが、羽を浮かせることに成功した。フリットウィックからも賞賛され、彼女はこれまでにない程、愉快であった。それどころか、ロンは発音や杖の振り方がお粗末だった。そこを指摘しれやれば、彼は不貞腐れるだけで言い返しもしなかった。
(これで、ロンも私の実力がわかったでしょ)
ハーマイオニーは廊下の人ごみの中で、前方にハリーとロンを見かけた。特に用はなかったので、すぐに通り過ぎようとした。
「聞いたかよ、ハーマイオニーの奴。全く、悪夢みたいな奴さ。だから、あの蛇女しか友達がいないんだよ」
辺りの声が消えていった。心臓の音だけが耳に木霊し、ハーマイオニーの指先が怒りで痙攣していた。ロンの言葉は続いている。
「あの蛇女だって、他に友達がいないんだ。でないと、アイツに我慢できるわけがない」
咄嗟にハーマイオニーは走り出した。ハリーと肩がぶつかったが、気に留める余裕はなかった。
怒りは消えたが、代わりに悔しさがこみ上げている。悔しさは、涙となって頬を流れた。
寮の部屋に戻り、ハーマイオニーは寝台に泣き顔を埋めた。
ロンの指摘通り、入学してから2月近く経つが、ハーマイオニーは同じ寮の1年生の誰とも馴染めていなかった。女子生徒だけでなく、男子生徒とも見えない壁と距離があることは感じていた。
入学の手紙が来るまで、知ることもできなかった魔法界の存在。その世界に入れたという喜びと、飽きることのない毎日の授業に負われ、自分が孤独であることなど気にしていなかった。
だが、レイブンクロー寮での勉強会に誘ってくれるのは、毎回クローディアであって、同室のパーバティではない。パーバティから何かに誘われたことは一度もない。ラベンダーもハーマイオニーとは、挨拶するだけで仲良くもない。
クローディア程の友達がハーマイオニーにいてくれたことはない。
暗い考えがハーマイオニーの頭を過ぎる。クローディアも友達が出来ないため、仕方なく自分と付き合っているだけかもしれない。
(ち、違うわ。そんなわけないもの!)
必死に頭を振って否定した。
入学式の日、汽車の中で知り合っただけの間柄。寮も歳さえ違う彼女は、時間があれば一緒に過ごしてくれた。ハーマイオニーが失言しても、離れて行かなかった。仕方なく付き合うだけで、そこまで出来るはずがない。
実際、クローディアはハーマイオニーとの約束を優先しているとパドマが教えてくれた。
悪い思考を振り払い、次の教科書を手に急いで寮を出た。
『変身術』はハーマイオニーのお気に入りのひとつでもある。それで気分は変わるはずだが、教室の中にロンがいることを思い、急に涙がとめどなく溢れてきた。教室の全員が自分を嘲笑っている気がして、足は教室に行くことを拒んだ。
方向を変えて、廊下を進んだ。涙を流せる場所なら何処でもいい。
視界にお手洗いが見えた。迷うことなく扉を押した。
――ゴンッ。
中で何かに当たる感触と鈍い音がしたかと思えば、何かが床に倒れる音もした。
涙で視界が歪んでいるため、手で拭う。改めて中を見ると、驚愕のあまり身体が跳ね上がった。
「クローディア!」
お手洗いの床でクローディアが力なく両腕を広げ、仰向けに倒れていた。顔色は血色の悪く真っ青で、額は扉でぶつけたせいで少し赤かった。
ハーマイオニーは教科書を落としたことも気にせず、乱暴にクローディアを揺さぶった。声をかけては頬を何度も叩くが、彼女は軽い呻き声を上げるだけで目を開けようとしない。
「い……医務室!」
ハーマイオニーはクローディアを肩で支えて、廊下に出た。生徒や教員の姿はなく、代わりに、『ほとんど首なしニック』が廊下で歌を口ずさみながら彷徨っていた。
「サー・ニコラス!」
「おやおや、ミス・グレンジャー。何をしているのです? 授業が始まってしまいますぞ」
呑気な口調で『ほとんど首なしニック』が告げると同時に始業の鐘が鳴った。ハーマイオニーはそれに構わず声を荒げた。
「先生、呼んできて! 私1人じゃ医務室に運べないの。急いで!」
2人を見比べ、事態を察した『ほとんど首なしニック』は風のような動きで廊下を抜けていった。
その間、少しでも医務室に近づくために、クローディアを落とさないよう慎重に足を進めた。
「こっちですよ、先生! 早く!」
廊下の曲がり角から、『ほとんど首なしニック』の声がした。先生を呼んできてくれたのだとハーマイオニーは安堵した。
しかし、現れたのは、黒衣の教員スネイプだった。
スネイプはクローディアの様子を見るなり、流石に焦り出す。彼女を慎重に両手に抱えたスネイプは、ハーマイオニーから事情を聴きながら、早足で医務室に担ぎ込んだ。
マダム・ポンフリーは、授業の時間にスネイプが女子生徒を抱えてきたことに、まず驚いた。しかし、クローディアの容態を一見し、保健医としての対応を行う。スネイプがマダム・ポンフリーに指示されながら、丁寧に寝台へ置く。彼女は、枕を足に乗せて寝かせられるという見慣れない体勢にさせられていた。
「どうして、枕を足に?」
「彼女は貧血です。こうやって、頭に血液を送っているのですよ」
マダム・ポンフリーの言葉通り、真っ青だったクローディアの顔色に赤みが増していく。
「ミス・グレンジャー、授業に戻りたまえ」
冷淡に言い放つスネイプに、ハーマイオニーは首を横に振るう。
「クローディアの傍にいたいんです」
「減点されたいのか、戻れ」
減点など意も返さず、ハーマイオニーは懇願を繰り返した。
「お願いします!」
遂にスネイプは、わざとらしく嘆息しながらも折れた。
「グリフィンドールは5点減点だ、好きなだけいるがいい」
いつもの口調で宣言し、スネイプは医務室を後にした。マダム・ポンフリーとしては、患者以外は退室して貰いたかったが、減点されてもクローディアの傍にいたいハーマイオニーの気持を汲み取った。
☈
まどろんだ意識が冴えていき、目を開ければ医務室の天井が見えた。
「あれ? え? ここって……」
思わず呟く。すると、マダム・ポンフリーとハーマイオニーがクローディアの顔を覗き込んできた。医務室にいることは理解できたが、如何なる方法で辿りついたのか検討もつかない。
「良かった」
ハーマイオニーの安心した声に、クローディアは無意識に頷く。
「お薬飲めますか? 血液を増加させる薬ですよ」
マダム・ポンプリーから差し出されたコップを手にし、口にした薬は例えようのない味だった。出来れば、吐き出したかったが良薬は口に苦いが当然。嫌な汗を掻きつつ、クローディアは飲み干した。
ハーマイオニーから経緯を聞かされ、恥ずかしさで体温が上昇してしまう。
「スネイプ先生が私をお姫様抱っこ……ってさ。ハーマイオニーに迷惑かけたさ、ゴメンさ」
毛布で顔を隠しながら、クローディアはハーマイオニーに礼を述べる。しかし、ハーマイオニーは何の反応もしない。
毛布を外し、ハーマイオニーの顔を見る。彼女は顔に皺を作って泣きだした。
「私、迷惑じゃない? 私、嫌いじゃない?」
ハーマイオニーにしては、文章に脈絡がない。
「どうしたさ!? 何処か痛いさ?」
狼狽するクローディアにハーマイオニーは必死に被りを振る。理由は定かではないが、涙を流したい状態にある。ここまで弱った彼女を知らないし、こちらまで悲しくなる。
「ハーマイオニー、何があったか言いたいさ?」
クローディアは出来るだけ優しく、ハーマイオニーの手に触れた。
「……みんな、わたしが……きらいで、がまんできないって」
「言いたい奴には、言わせればいいさ! 私は我慢なんかしてないさ」
嗚咽しながらも言葉を紡ぐハーマイオニーは爪を立てていたが、物ともせずクローディアは断言する。
「うそよ! だれがわたしみたいな……がり勉を……」
ハーマイオニーは、何もかも否定した。
クローディアは手を掴んだままハーマイオニーの栗色の柔らかな髪に手を置き、彼女を胸元に引き寄せた。
暴れようとしたハーマイオニーだが、クローディアの手に自分がつけた爪痕を見つける。こんなことをされても自分を慰めようとする彼女に、ハーマイオニーは懺悔するように泣き縋った。
ハーマイオニーの涙が治まり、ロンとのやり取りを話した。涙の理由がロンであることに、クローディアは激怒して興奮し、頭に血が上った。貧血が再発し、マダム・ポンフリーに注意を受けるはめになった。
「クローディア、話を聞いてくれてありがとう」
まだ、気分は晴れていなかったが、ハーマイオニーは精一杯の笑顔を見せて礼を述べた。彼女の無理した笑顔に、クローディアは困った笑みを浮かべた。
「悲しいなら、笑わなくていいさ。どんな顔のハーマイオニーも大好きさ」
まるで、男子から口説くような口ぶりだ。嬉しいのやら、気恥しいやらでハーマイオニーは噴出して笑った。今度こそ、本当の笑顔だったのでクローディアもつられて笑った。
泣いたり怒ったり笑ったりと騒がしい2人は、マダム・ポンフリーに追い出されるように医務室を後にした。程良く、午前の授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いていた。
「マクゴナガル先生に謝りに行くわ、クローディアは?」
「フリットウィック先生さ、後で謝るさ。一緒に行くさ」
淑女をエスコートする紳士のように、クローディアはハーマイオニーに手を差し出す。彼女は快く、その手を握った。
『変身術』の教室に行くと、既に生徒の姿はなく、マクゴナガルも片づけを終えたところであった。
「先ほどの授業、無断で休みました。ごめんなさい」
マクゴガナルに向かい、ハーマイオニーが先行して謝り、クローディアも背筋を整えて頭を下げた。
2人を見比べたマクゴガナルは、厳格さを残しながらも表情を綻ばせた。
「スネイプ先生から、ご報告は受けておりますよ。ミス・クロックフォード、大変だったそうですね。勉強も大事ですが、身体を休めることも大切ですよ。ミス・グレンジャーも友達を思いやることは教科書を見るだけでは学び取れません。よってグリフィンドールに5点差し上げます」
思ってもいないことに、2人は顔を合わせた。何より、スネイプがマクゴナガルに事情を説明してくれていたなど驚くしかない。
「ミス・クロックフォード、次の授業で期待していますよ。さあ、もう食事です。お行きなさい」
「はい、マクゴナガル先生」
2人は、喜び勇んで大広間に向かった。
パンプキンの芳しい香りが鼻につく。夜までの辛抱とはいえ、早く昼食にありつきたい。そう考えた生徒がほとんどだが、上級生が外出中のおかげで混みずに済みそうだ。
教員席にスネイプがおらず、礼が言いたかったクローディアは残念に思った。
「ハーマイオニー、スネイプ先生にお姫様抱っこされたことは、内緒さ」
承諾の意味で、ハーマイオニーはウィンクした。
グリフィンドール席にハリーとロンを見かけた。ハーマイオニーは毅然とした態度で、2人から離れて座った。
☈
彼らの席からもハーマイオニーの姿は見えた。『呪文学』の授業後から、ロンの悪態は彼女を傷つけていた。やりすぎだと感じたハリーは、ロンの腕を突く。
「ほら、謝ろうよ」
ハリーの促しをロンは素知らぬ顔でそっぽ向いた。
「言った通りだろ、蛇女しか友達がいないんだ。ほっとけよ」
「謝るべきだよ。ロン、女の子を泣かせたんだから」
ハリーが何を言ってもロンは頑なに拒んだ。ハーマイオニーも2人を徹底的に無視していた。クローディアも2人に会釈するだけで、さっさとレイブンクロー席に行ってしまった。
ハリーは、2人の間を取り持つのを諦めた。
☈
クローディアがレイブンクロー席に着けば、パドマに詰問された。何でも『呪文学』の授業中に、スネイプが現れて彼女が医務室で休んでいることをわざわざ伝えに来たらしい。
「いきなり、スネイプ先生が入って来たときは驚いたわ」
「だろうさ、私も驚いてるさ。意外に、いい先生さ」
戸惑う笑顔を浮かべるクローディアに、パドマも同意する。
「スリザリン生でもないし、いつもいびっているあなたなのにね」
クローディアがハーマイオニーを振り返る。彼女はネビルやパーバティと話していた。
まだ、本調子でない様子のハーマイオニーがクローディアは心配だった。
午後になって体調は安定した。しかし、フリットウィックから報告を受けていたマダム・フーチはクローディアを見学させた。箒に上手く乗れた試しがないので、残念なフリをし、内心喜んだ。それが表情に出ていたのか後日、補習すると言い渡された。
終業の鐘を合図に、全員教室から飛び出した。寮の部屋に教科書を放り投げ、急いで大広間に向かう。
「ハロウィンパーティーなんて、初めてさ。TVでは見たことあるけどさ」
クローディアがベッロを乱暴に掴んで走りながら、リサに話す。
「何ですの、TVって?」
リサに説明しようとしたが、それより先に大広間の飾りが視界に映り込んだ。最早、感嘆の声しか出ない。
数え切れない蝙蝠が規則正しく羽ばたき、くり抜かれたカボチャの中の蝋燭が炎をチラつかせ、教員席の前には、以前、クローディアが運んでいた硝子瓶が整然と並べられていた。
しかし、喜んでいたのも束の間、クローディアの体調が最悪となる。身体が重くなり、不快さが襲ってきた。ベッロをパドマに預けて、廊下の人ごみを掻き分けて、お手洗いへと進んだ。
途中でハーマイオニーが手を振っていたが、会釈だけして過ぎ去った。
ハーマイオニーはクローディアを追おうとしたが、流れる人の群れに大広間に行くしかない。
そして、大広間の飾り付けを目にし、感動のあまりクローディアのことを忘れた。
金色の食器に豪華な料理が出現し、皆が我先にご馳走に手を伸ばす。楽しい雰囲気を壊すように、クィレルが駆け込んできた。ターバンを乱し、恐怖に青ざめながらダンブルドアの前へと縋りつく。
「トロールです! トロールが城内に侵入し……侵入しました!」
お手洗いの中は、大広間と違い、静寂そのものでクローディアの喘ぎ声しか聞こえない。
(気持ち悪い)
口に出すのも億劫であり、よろめきながら立ち上がる。
(地面が揺れてるさ)
足元はふらついていたが、壁に手を当てると揺れは本当に起こっていた。思考する気力のないまま、廊下に出る。
そこには、唸り声を出す岩石が立っていた。岩石は長い耳を生やし、円らながらも可愛さの欠片もない濁った目をし、全身から異臭を放っていた
(……なんだ、これ? 何かゲームに出てくるトロールのようなオーガのような……)
――多分、トロールだ。
初めて目にするトロールに恐怖で背筋が粟立った。ハロウィンの催しかと思ったが、周囲には人はおろか幽霊さえいない。気づかれないように扉を閉めようとしたが、手が緊張して震える。閉まる瞬間、大きな音が廊下に響いた。
その音を察して、トロールが叫び声を上げ、棍棒で扉を打ち破った。
気分の悪さを忘れて、クローディアは今まで出したこともない声量で悲鳴を上げ、一番奥に逃げる。それが逆に追いつめられるなど、考える余裕すらない。
迫ってくるトロールに冷静さを失い、クローディアは壁に張り付いて助けを求めた。
〔お父さん、お母さん! お祖父ちゃん! せんせ~い! スネイプ先生!〕
浮かび上がった人々の顔を呼んだ。
「お~い、ノロマ!」
甲高くも若い声を耳にし、恐怖に震えた全身が消えた。トロールの背後から、ロンがパイプを投げ、ハリーが蛇口を投げ付ける。トロールはパイプに気を取られて、クローディアから目を離した。ハーマイオニーが身体を大きく振り、彼女を呼ぶ。
「こっち、こっちよ!」
躊躇わず、クローディアはハーマイオニーに向かって走り出した。肝心のトロールは、方向をロンに変えて突進した。
それを目にし、クローディアは我知らずと杖を取り出した。
「アレスト・モメンタム!(動きよ止まれ)」
白い閃光が杖より発せられ、トロールは静止した。だが、一時しのぎに過ぎない。
魔法は効いているが、標的が大きすぎた。トロールは身体が動かないことに苛立ち、自分の身体を揺さぶって、クローディアの魔法に抗おうとしている。ロンは後退りしながら、トロールの気を逸らそうと自分の靴を投げた。それがトロールを逆上させた。棍棒が高々と上げられる。
咄嗟にハーマイオニーは、庇うようにロンに覆いかぶさった。それを見たハリーは杖を構えて迷わず叫んだ。
「ウィンガーディアム レビオーサ(浮遊せよ)!」
棍棒はトロールの手を離れて浮上した。トロールは手から棍棒がなくなったことを不思議に思う。その間に棍棒は宙を一回転し、トロールの硬い頭に落下した。
非常に鈍く嫌な音がすると、トロールは舌を出し、白目を剥いていた。意識をなくしたのだと判断したクローディアが杖を下ろすと魔法が解け、トロールはうつ伏せに倒れた。倒れた衝撃で部屋が揺さぶられた。
その揺れで、4人は我に返る。自分達は助かった。
クローディアは脱力感に襲われ、その場に座り込んだ。心臓がはち切れんばかりに脈を打つ。
ハリーは杖とトロールを交互に眺め、深呼吸を繰り返す。ハーマイオニーはロンと身体を密着させていることに気づき、慌てて離れた。咳払いしながら、ロンも床に転がった靴を履いた。
「これ……死んだの?」
慎重にハーマイオニーは、トロールを見つめる。
「気絶してるだけだよ」
落ち着きを取り戻したハリーは、クローディアに向かって空いた手を差し出した。自分より小さい手を見つめ、クローディアは迷いながらも彼の手を掴んだ。
「ありがとうさ」
「こっちも、君のおかげでロンが助かった」
ハリーの手を借りて立ち上がり、クローディアはお手洗いの惨状を見回す。
個室の戸は勿論のこと、水道管は破壊されて床は水浸しだ。タイルもところどころ壊れており、おまけに気絶中のトロールだ。
「さて、どうやって言い訳しようさ?」
クローディアの呟きに答える者はいない。
静かになった場に慌しい足音が3人分、こちらに向かっていた。4人は半壊したと扉に視線を集中させた。
マクゴナガル、スネイプ、クィレルが使い物にならない扉を押しのけて入ってきた。クィレルはトロールを目にし、小さく悲鳴を上げて胸を押さえて壁伝いに座り込んだ。スネイプはトロールを一瞥しながら、周囲を見渡す。マクゴナガルの目は、4人を凝視している。
(怒られる!)
4人の考えは一致していた。
マクゴナガルの表情は、憤怒を通り越していた。蒼白な唇が小刻みに震え、噛み千切らんばかりだった。
「いったい、どういうことなのですか!? 説明なさい!!」
かろうじて冷静さを残した教頭の怒声に、スネイプはハリーに鋭い視線を投げかけ、次いでクローディアを凄んだ。
ハーマイオニーが拳を握り締めてから、前に出ようとした。クローディアが止めるより先に、ロンが目を強く瞑り、天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「僕の、せいです! トロールを一目、見たくて! 3人は、僕を探しに来てくれたんです!」
ロンの顔は髪の色に負けないほど、耳まで真っ赤に染まっている。クローディアとハーマイオニーは彼の発言に驚いて、目を見開く。ハリーはロンの意図を察したように口元を引き締めた。
「3人が来てくれなかったら、死んで……ました」
精一杯、声を振り絞りロンは力尽きた。荒い呼吸を繰り返し、おずおずと目が開く。
「ミスタ・ウィーズリー、あなたは何をしているのですか! 下手をしたら死んでいたんですよ! あなたには幻滅です! グリフィンドールより5点減点です!」
怒り狂った声に怯えたロンの身体は跳ね、項垂れるように目を瞑る。次いで、マクゴナガルの強烈な視線が3人に向けられ、反射的に背筋を伸ばした。
「貴方たちも助けに来たのだとしても、とても愚かな行いです! 成人した野生のトロールと闘って生き残れる1年生はそういないでしょう! ……よって、5点ずつ。3人に与えることにします」
急に穏やかさの含まれたマクゴガナルの声に、ハリーとハーマイオニーの表情が明るくなった。クローディアは体調の悪さが戻ってきたため、目を丸くするしかなかった。
「怪我がないようなら、寮にお戻りなさい。生徒たちが中断したパーティーの続きをやっています。ミス・クロックフォード、あなたは私と医務室へ来なさい」
「はい、お願いします……」
弱弱しく答えるクローディアをハーマイオニーが心配そうに見ていた。クローディアは手ぶりで、寮へ戻るように伝える。彼女は渋々、ハリーとロンに着いて去っていった。
3人の姿が廊下の向こうに消えた直後、入れ替わるようにダンブルドアとスプラウトが姿を見せた。
ダンブルドアはお手洗いの惨状を一瞥し、スプラウトは半壊した扉を凝視している。
「ミネルバ、これは一体?」
「校長先生、事情はスネイプ先生とクィレル先生より、お聞き下さい。私はこの子を医務室に連れて行きます」
ダンブルドアは、優しさのある温かい眼差しで半月眼鏡からクローディアの表情を覗き込んだ。空のように爽快で海のように広大な蒼い瞳と目を合わせた。
思えば、校長とここまで距離を詰めたのは、初めてのことだ。緊張で胃が捩れそうな感覚に襲われた。
「確かに、顔色が良くないのお。ここはわしらに任せておいき」
誰よりも安心できる声に、クローディアは畏まって頭を下げた。マクゴナガルに押されるまま、扉の破片に注意しながら、お手洗いを後にした。
段々とクローディアは自分が情けなくなった。本来なら3人を守るはずが、逆に助けて貰った。
(もっと、力があれば……)
知らずに溜息が漏れる。
「誰だって、不調はあるものですよ。女子なら尚更です」
マクゴナガルの声が胸に響く。それで、クローディアの憂鬱は少し晴れた。
マダム・ポンフリーは、医務室でトロールによる負傷者に備えて待機していた。来客が貧血のクローディアだけで複雑そうに安心していた。昼間と同じ薬を飲み、マダム・ポンプリーがハロウィンパーティーに気を使って、早々に帰らせてもらった。
寮の談話室では、運ばれてきた料理を皆が分け合っていた。
「何処に行っていたの。心配したんだからね」
チキンに齧り付いているパドマが説得力のないことを述べる。
「はい、あなたは全然食べていませんもの。一通り、取り分けておきましたわ」
皿に盛りつけた料理をリサが手渡してくれる。
楽しそうにしている皆の顔を見た瞬間、クローディアの緊張が解け、顔の筋肉が緩む。自然に腹を抱えて大声で笑った。
突如、笑い出したクローディアに最初は不審がったが、やがてつられてパドマやリサも笑い出した。そのまま笑いは談話室に伝染し、生徒だけでなく、壁にかけられた絵、幽霊たちも笑い出した。
談話室は愉快な笑い声に満たされた夜を送った。
閲覧ありがとうございました。
ダンブルドアに見つめられたら、何でも見抜かれそうです。
●ロジャー=ディビーズ
原作三巻の「ディビィズ」は彼のことだと思う。四巻にて、フラー=デラクールの魅力にとりつかれた男子生徒。