こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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7.見える見えない

 快適でないにしろ、クローディアは意識良く目覚める。室内で起きているのは、自分のみ。時刻は夜明けだ。

 飲み物を求め、厨房に来てみればシリウスがいた。しかも、彼1人。

 これ程、新学期の朝が陰鬱に感じたことはない。

「おはよう……ございます」

「クローディア、良いところに来た。君に話したいことがある」

 クローディアは朝の挨拶だけして出直そうとした。しかし、シリウスは彼女を呼び止める。躊躇いのない強い口調だ。

 陰鬱が吹き飛ぶほどに驚いた。

 シリウスから話しかけることは、まずない。彼女からの質問に答えはするが、それだけだ。

「……あ、はい」

 思わず、素直に従ってしまう。取りあえず、お互い向かい合うように座る。

 間を置かず、シリウスは懐から古い写真を一枚、差し出した。

「不死鳥の騎士団を創立したときの写真だ。ここにいるのは、その時の仲間だ」

 クローディアはシリウスを一瞥してから、写真を手に取る。色褪せた写真の住人が手を振ってくる。

 シリウスは物静かな口調で1人1人、紹介し出した。

 今より若いディグル、バンス、ドージ、リーマス、シリウス、ムーディ、ハグリッド、ポドモア……ペティグリューもいる。当然だ。まだ、裏切り者と知られていないのだ。

 ロングボトム夫妻、ネビルの両親だ。初めて彼の両親を知った。むしろ、疑問を抱かなかった。彼はいつも祖母や親戚の話しかしない。

「この2人は、……死ぬより惨いことになった」

 次々と紹介される中に、ダンブルドアに弟がいた。思わず、凝視してしまう。写真のアバーフォースは、紹介されると皆の中に紛れてしまった。

 そして、ポッター夫妻。墓場で見た2人だ。

 感情が高ぶったクローディアの瞳に、涙が溢れてくる。頬を伝う前に親指で擦った。

「これをハリーに渡して欲しい。渡すべき時は、君に任せる」

「自分で渡せばいいさ、ハリーもそのほうが……」

 不意にクローディアは口を噤む。その先は、言うべきではないと感じた。

「俺には、絶対、死なないなどと言えない。だが、君は死ぬな。何があってもだ」

 指図ではなく、願いのように聞こえる。

 穏やかな気持ちでシリウスの想いをクローディアは受け入れた。こんな瞬間が来るなど、考えもしなかった。決して、嫌ではない。

 写真を受け取り、クローディアはシリウスを真っ直ぐ見据えた。

「私は死なない、死んではいけないもの。だから、あなたも死なないで」

 シリウスは返事をしなかった。しかし、彼から溢れ出る肯定の雰囲気だけで、十分だ。

 

 準備万端を確認し、ムーディが護衛の指揮を取る。

「クローディア、おまえには『目くらましの術』をかけなきゃいかん。駅でおまえにどんな思惑を持つ者が近寄ってくるかわからん」

 返事をする間もなく、ムーディの杖で額を叩かれた。

〔おお、来織が何処にいるか、わからないさ。まるで魔法で姿を消したみたいさ〕

〔だから、魔法だってさ〕

 クローディアの言葉も、祈沙に聞こえないようだ。

「ハリーには魔法をかけないの?」

「無罪を勝ち取ったハリーは、堂々と皆の前に出てもらうんだよ」

 ジニーの問いに答えたのは、アーサーだ。

「ファッジ大臣が言ってたよ、おじさんのように確かに味方と言える人は少ないって」

 何気なくハリーの教えた言葉に、アーサーは驚愕した。

「ファッジが……私の事を……そんな風に……」

 アーサーが感極まっている間、トンクスは幼い少女、シリウスは犬へとそれぞれ変身していた。彼女は魔法で首輪を出し、犬の首に付ける。散歩として、偽装するためできる。

「いいかい? 駅には母さんがコンラッドと先に行っている。学校にはリーマス達がいる。怖いことなんてないから、安心して行っておいで」

「パパは自分のことを心配してね」

 必死なアーサーの態度に対し、ジニーが不安そうだ。

「偶には手紙を頂戴ね。私の友達にも『W・W・W』は好評なんだから」

「新商品の案内はしてやるよ」

 ジュリアは唇を尖らせ、ジョージの髪を手櫛で整えた。

 

 屋敷からキングズ・クロス駅まで、徒歩二十分とは近い。

 子供達はムーディ、シリウス、トンクスによる護衛に付き添われ、9と3/4番線に無事、到着した。

「微笑ましい絵図だね」

 シリウスに向け、コンラッドが冷ややかに笑う。

「良かった、皆いるわね。ああ、スタージスが荷物を持ってきたわ」

 モリーは安堵の息を吐き、子供達を順番に抱き締めた。

「いい子でいるのよ、手紙を忘れないで」

「だが、何でもかんでも書くな! 重要な事ほど、何も書くな! 油断大敵!」

 ムーディも忠告を入れながら、次々と握手を交わす。最後にクローディアの額を杖で小突いた。

「お、クローディアの魔法が解けた」

 ロンが興味深そうに、彼女を眺めた。

 『目くらましの術』を解くにもしても、小突きは痛い。クローディアは痛みに文句を言おうとすると、コンラッドが不意に耳打ちしてくる。

「手紙のことだが、これからはモリー宛に出すんだよ。だが、返事は出せないだろう」

 

 ――手紙。

 

 もう二度と、ドリスに手紙を出せないのだ。

「……うん、わかったさ。お父さんはこれから、どう……」

 クローディアの声は、警笛に掻き消された。

 生徒達も合図のように汽車へと乗り込む。それでも、別れを惜しんで窓から顔を出す。

「会えて良かったよ」

 スタージスに肩車されたトンクスが手を振る。その足もとで、シリウスが犬から人へと変身した。大勢に見送られ、クローディアは改めて実感した。

 見送りの顔ぶれに、ドリスがいない。彼女は、本当にいなくなった。

 理解していたはずなのに、ふと訪れる哀愁。クローディアは意図せず窓から顔を逸らし、見送りの人々からへ背を向けた。

「先にコンパートメントを探すさ」

 まだホームは見えていたが、クローディアはトランクと虫籠を持って進んだ。

 

 最後尾車両まで歩き着くまで、クローディアは幾人もの生徒に声をかけられた。ほとんど、お悔やみの言葉だ。勿論、好奇心の視線だけ、向けてくる生徒もいた。コンパーメントに誘われたが、ハリー達のことを考え、断った。

「クローディア」

 後ろから、囁かれた。全く気配を感じさせず、背筋に寒気が走る。しかも、耳によく馴染む声だ。コンパートメントの戸から、ルーナが目を覗かせていた。普段は見開かれた目が糸のように、細く睨んでくる。

「ルーナ……、久しぶりさ」

 彼女の名を呼んだ瞬間、クローディアは引きずり込まれる。

 ルーナに眼前が迫ったと視認した時、頭突きを食らった。事故ではなく、故意だ。衝撃の反動で、半開きの戸に背を強打した。

 胸ぐらを掴まれ、そのまま抱きしめられた。

 ルーナらしからぬ動作。

 クローディアは困惑せず、ルーナを抱きしめ返す。

「心配、かけて……」

「謝らない」

 断言されたので、黙る。

「クローディアを叩いたのは、私だけ?」

「うん、ルーナだけさ」

 正しくは頭突きだが、頭を使って叩いたようなモノだろう。痛みの強さは、ルーナとの信頼と心配の重みに相当する。

「すごく痛かったさ」

 クローディアは身も心も心地よい感触に、思わず微笑んだ。

「笑わない」

 不機嫌な声で、ルーナは怒った。

 

☈☈☈☈☈

 監督生たるハーマイオニー、ロン。その2人と別れ、ハリーとジニーはクローディアを探す。

「あら、ハリー。こんにちは」

 緊張した声に呼ばれ、振り返ればチョウがいた。綺麗な黒髪にハッキリした目元、可愛らしい彼女の姿は、ハリーの胸をときめかせる。

「やあ、チョウ」

「クローディアなら、最後尾まで行ったはずよ」

 その名を聞き、一気に気持ちが沈む。チョウにとって、ハリーはクローディアの友達でしかないのかもしれない。寮のことがあるのだ仕方ない。

 ハリーの様子に気づかず、チョウは続ける。

「ハリー。裁判の話、聞いたわ。大人達を相手に冷静で堂々として立ってね? とても勇敢だわ、素敵よ」

 チョウが自分を褒めてくれた。しかも、彼女の頬は、ほんのりと紅くなっている。ハリーを意識しているからだ。

「チョウ、ありがとう。本当に嬉しいよ」

 今だけ何もかも忘れて、喜びたい。

「ハリー、行くわよ」

 余韻に浸れず、ハリーはジニーに連れて行かれた。

 

 ようやく、最後尾の車両に着いた。ネビルが廊下に座り込んでいた。膝にトレバー、首にベッロを巻いている。

「やあ、ハリー。ジニーも……。何処もいっぱいだね」

「……そうね、何してんの?」

 ジニーは怪訝そうに眉を寄せる。

「2人の邪魔しちゃ悪いと思って……」

「……2人?」

 ハリーはオウム返しに呟くと、コンパートメントの向こうで抱き合う女子2人を目にしてしまった。しかも、1人はクローディアだ。

 挨拶にしては、長い抱擁だ。こちらが羞恥心に駆られてしまう。

「邪魔しちゃ悪いね」

 納得して、ハリーはネビルの隣に座る。しかし、ジニーは遠慮なく戸を開けた。そのせいで、彼らは倒れこんだ。

「ここ、いいかしら?」

 戸が開き、クローディアは首だけ振り返らせる。

「どうぞ、お構いなくさ。ルーナ、荷物を入れるから離してさ」

「あんたは、ハリー=ポッターだ」

 名を呼ばれた女子生徒は、クローディアから離れずにハリーを凝視する。思わず、たじろいだハリーはベッロで視界を塞いだ。

「ハリーは彼女と話したことないよね? ルーナ=ラブグッド。レイブンクロー生で、ジニーの同学年なんだ」

「ありがとう、ネビル」

 ネビルが自信満々に紹介し、ハリーは曖昧に笑う。クローディアとも親しいのと一目でわかる。

(クローディアは、僕の知らない友達が多いな)

 荷物棚にトランクを片付け、4人はそれとなく席に着く。

「ハーマイオニーとロンは、監督生車両さ?」

「ええ、首席の話が終わったら、見回りに来るはずよ。ルーナ、夏休みはどうだった?」

「忙しかったよ。編集に増刷の手伝いばっかりだった。パパがすごく喜んでたもン」

 ジニーに話しかけられ、ルーナは窓際に置かれていた雑誌【ザ・クィブラー】を手にする。

「この雑誌、編集長がルーナのお父さんさ」

 クローディアが【ザ・クィブラー】を指さし、ハリーに教えた。彼の反応は鈍い。

「雑誌の事、忘れてるさ?」

「……うん、全く覚えてない」

 あのコガネムシパパラッチのせいで、ハリーは取材嫌いになっていたのだ。無理もないだろう。思い返せば、昨年度の間、しつこく勧められた雑誌だった気がする。

 クローディアは残念そうに笑った。

「ミンビュラス・ミンブルトニア!」

 唐突に、ルーナが声を張り上げる。

 吃驚したハリーは、眼鏡の縁を押さえる。クローディアとジニーは慣れた様子だ。

 ネビルだけ、荷物棚へと手を伸ばしてトランクを漁る。彼が取りだしたのは、灰色の小さなサボテンおできの鉢植えだった。正直な感想は、気持ち悪い。

「誕生日に貰ったんだ。ルーナにも、手紙で教えたんだ。覚えててくれたんだね」

 そのまま、ネビルは似非サボテンの植木鉢について語りだす。時折、ルーナが口を挟んでも、彼は楽しそうだ。

 ネビルの屈託のない笑顔を見ていると、ハリーの心に黒い滴が落ちてきた。

 隣に座る彼と自分と紙一重の運命、ヴォルデモートにより2人の人生は違う道筋となった。両親の生死、額の傷、魔法界の知名度、他方が生き残れぬ宿命。

 ダンブルドアはヴォルデモートが混血である故に、敢えてハリーを選んだと言っていた。

 もしも、それがネビルだったなら、傷は彼の額にあった。これまで自分に降りかかってきた試練のような戦い、全て彼の物だった。

 そして、クローディアに守られていたもの彼だ。2人ならば、乗り越えられただろう。自分を抜きにして、自分を置き去りにして、勝手に突き進んでいくのだ。

 それを自分はネビルの立ち位置で見ている。時には友人のように接し、時には他人事のように素知らぬ振りをしながら、2人を眺める。

 でも、淋しくなんかない。

 何故なら、『生き残った男の子』であろうとなかろうとロンだけは親友でいてくれる。きっとハーマイオニーもいたに違いない。

 

 ――――おまえなんか、友ではない。

 

 一瞬、額が裂けたように痛かった。あまりにも一瞬、だったので幻覚かと思った。

「ハリー、大丈夫か?」

 隣にロンが座っていた。口の周りにチョコまみれだ。

「ロン、みっともないわ。拭きなさい」

 ハンカチを渡しているのは、ハーマイオニーだ。2人とも、監督生車両にいるはずだ。クルックシャンクス、鳥籠のピッグウィジョンもいた。

「ハリー、飲んでおくさ」

 クローディアから飲み物を貰う。勿論、ジニー達もいた。ネビルはミンビュラス・ミンブルトニアを持っていない。ルーナは【ザ・クィブラー】を読んでいる。

 皆、ハリーを見ている。

「いつ来たの? ロン……」

 髪の生え際から、汗が滴る。胸も苦しく、ハリーは新鮮な空気を求めて深呼吸する。

「ついさっきさ。君、寝てたよ。いびきも掻かず、すっごく静かにね」

 ロンの言葉に驚き、思わずクローディアを見やる。

「彼是、一時間は寝ているさ。ネビルがミンビュラス・ミンブルトニアの『臭液』を撒き散らした時、寝ていることに気付いたさ。ハリー、全身浴びたのに微動だにしなかったさ。あ、『臭液』に毒はないから、安心してさ」

「『臭液』? そんなの散らせたの?」

 寝ていてよかった。

「ハリー、セドリックが君に挨拶をしに来ていたよ。君が寝てるって言ったら、遠慮してくれた」

 ネビルから聞き、ハリーは感謝した。

「起きたのなら、ちょうどいいわ。他寮の監督生! 誰だったと思う!?」

「その様子だと、スリザリンはマルフォイに決まりだね」

 皮肉っぽくハリーは、ハーマイオニーに答えた。

「大正解! それに、あのいかれた牝牛のパンジー=パーキンソンよ! いくらなんでも、あの馬鹿が監督生なんて!」

「レイブンクローは?」

 ルーナが夢見心地な口調で聞く。

「アンソニー=ゴールドスタインとパドマ=パチル」

「アンソニーとパドマがさ? お祝いしないといけないさ。ベッロの牙でも、いいさ?」

 冗談めいた口調で、クローディアがベッロを掴む。案の定、尻尾で顔を叩かれた。

「それから、ハッフルパフはアーニー=マクミランとハンナ=アボットよ」

「へえ、ハンナが監督生さ。学校に着いたら、皆でお祝いしようさ」

 自分のことのように何度も喜ぶクローディアをハリーは、妙な心地で眺める。

 先ほどまで、クローディアを忌避する感情が強かった。それなのに、今は何ともない。大事な友人である。まるで、自分ではない感情が胸に棲みついたような粘りを覚えた。

 でも、何の恐れもない。自分の一部のような受け入れやすいモノだ。

[ハリー、受け入れるな]

 ベッロが警告する。

 急に喉が渇いてきた。心拍も上がる。室温のせいか? 否、焦燥感だ。

 ベッロの声で、ハリーは正気になったというべきだ。

 理解できない何かを許しかけていた。

 学校に着いたら、ダンブルドアに相談しなければいけない。ハリーは逸る気持ちを窓の外へ向けた。ロンがゴイルのモノマネをしていたが、全く聞いていなかった。

 

☈☈☈☈☈

 ルーナの爆笑した顔を初めて見た。

 ロンのモノマネが、ルーナの笑いのツボを見事に突いたらしい。息苦しそうな呼吸、目には涙、腹筋を押さえても笑い続ける。

 クローディアもつられて笑い、ロンとハリー以外の皆も笑った。

「君、からかってる?」

 ロンは馬鹿にされたと感じたのか、不機嫌そうに顔を顰める。それさえも、ルーナには笑い要素だったようだ。更に笑い声が大きくなった。

「ルーナがこんなに笑うのを初めてさ」

 クローディアは笑いながら、ハリーを盗み見る。一時間前、彼は唐突に眠りこけた。呼吸音も低く、寝返りも打たない。何かの拍子に意識が落ちたなら、誰かの魔法かと疑った。

 ジニーと目配せで、ベッロを見てみる。特に変化はない。ネビルが何時ぞやの吸魂鬼のように騒ぐといけないので、ハリーは疲れて寝ていると誤魔化した。

(暫時、校長先生に知らせるさ)

 学校へ着いても、個人的に話すのは明日以降になる。

「ハリー、駅に着いたらヘドウィッグを貸して欲しいさ。校長先生に手紙を出したいさ」

 それとなく頼むと、ハリーは同意して激しく頷く。

「クローディア、校長先生に何で手紙出すの?」

「乙女の秘密さ」

 クローディアが茶目っけたっぷりにネビルへウィンクする。彼は追求せずに納得してくれた。

「何だよ、乙女の秘密って、校長……ごふっ」

 ロンの好奇心は、ハーマイオニーの拳によって脇を強打したことで防がれた。

 

 ホグズミード駅に到着が少しだけ憂鬱になった。気まぐれな天候と夜で震えるほど寒い。

【汽車の乗車中にハリーが意識を失いました。本人に眠っていた自覚はありませんでした。

 ハリーも校長先生に会いたがっています  クローディア】

 速攻で書き終えた手紙をヘドウィックに託し、窓から放つ。

「私達、先に出るわね。馬車乗り場で会いましょう」

 監督生のハーマイオニーとロンは、生徒の誘導と監督を担う。2人の使い魔は、ここにいる面子に託された。ハリーは2匹を受け持とうとした。

「私がその子を持ってあげてもいいよぉ」

 積極的な態度でルーナはピッグウィジョンへと手を伸ばす。ハリーは気圧されたように渡した。ジニーが暴れるクルックシャンクスを小脇に抱えた。

「忘れ物ないさ? はぐれないでさ」

 ベッロのいる虫籠を頭に乗せ、廊下へ出る。案の定、廊下は人でごった返し、流れに沿ってホームへ降りた。雨の余韻と木々の香りが鼻に付き、懐かしさも感じる。

「イッチ年生はこっちだ! さあ並んで!」

 お決まりの森番は、新入生へ叫ぶ。

「ハグリッド!」

 ハリーの必死な呼び声に、ハグリッドもランプを振り回して応じた。

 

 すっかり見慣れた馬なし馬車の整列、生徒が数人で次々と乗って行く。虫籠を頭から下ろし、ハリーを探した。

「クロックフォード」

 その声に、心臓がざわついた。

 胸に『監督生バッジ』を付けたドラコだ。しかも、1人。

 

 ――――憎んではいない。

 

 では心臓から全身に血液が廻るように、手先が震えてしまうのは何故だろう。

「こんばんは、マルフォイ。さあ、馬車に遅れるさ」

 クローディアは、極めて冷静に愛想笑いをする。

「君の家族は間抜けだった。父上を信じていれば、命は助かったんだ。頑固に逆らうから、あんなことになった」

「その話はしたくないさ。マルフォイ、私は自分が考える以上にあんたを許せる気がしないさ」

 確実に湧きおこる衝動のせいか、頬の筋肉が引き攣る。自制の為、ドラコから顔を背けた。

「父上はお前たちを助けようとした! 恨むのは筋違いだ」

 悲痛なドラコの声に、クローディアは全身が凍りつく。凍りついたのは彼女だけでなく、偶々周囲にいた生徒全員だ。

「やっぱり、ルシウス=マルフォイは……」

「ファッジを殺したって噂も……」

 ヒソヒソと生徒の声は伝染していく。どれもドラコを恐れていない。軽蔑や嫌悪、侮蔑や批判めいた視線が彼に集まっていた。それを彼は物ともせず、むしろ称賛のように受け止めていた。

「皆、馬車に急いで! 新入生より遅れないように!」

 冷静な声が割って入る。『首席バッチ』を付けたセドリックだ。首席の登場に生徒は不承不承と馬車に乗っていく。ドラコは首席に意地悪な笑みを向け、馬車へ乗りこんだ。

「ディゴリー、ありがとうさ。ちょっと、キレそうになったさ」

「たかが、マルフォイだ。相手にするなよ」

 穏やかに冗談っぽくセドリックは笑う。

 いつの間にか、ハリーが傍にいた。彼に気づき、セドリックは親しみを込めて挨拶する。

「やあ、ハリー。父さんから聞いたよ。とても立派だったって」

「ありがとう、セドリック。君、首席になったんだ。すごいね」

 当たり障りのない会話をしていると、監督生の役目を終えたハーマイオニーとロン、それにジニーが追いついた。

「あら、セドリック。生徒は皆、汽車を降りたわ。降り忘れはなしよ」

「そうか、ありがとう」

 ハーマイオニーに答え、セドリックは友人達と馬車に乗って行った。

 クローディアも馬車に乗ろうとすると、ハリーが引き留めた。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、こいつらって何だと思う?」

 気色悪いモノを見る目つきで、ハリーは馬車を顎で指した。生憎、彼の意味する「こいつら」が何のことなのか、皆目見当がつかない。

「こいつらって何?」

 ロンは馬車の周りを見回し、探す。からかわれていると思ったらしく、ハリーは苛立つ。

「この馬みたいなものだよ。馬車を引っ張っているじゃないか」

「何もいないわよ」

 ハーマイオニーが控え目に否定した。

 ハリーは愕然とし、馬車をゆっくりと眺める。それから、辛そうに顔を顰めた。

「皆には見えてないの?」

 確かめるような口調に、思わず「見えているよ」と返したかった。それはハリーをただ同情するだけだ。返答に困っていると、夢見がちな声が当然のように囀った。

「大丈夫だよ、あたしにも見えるもン」

 暗闇に淡い光が燈るように、ハリーの雰囲気が変わる。ピッグウィジョンを抱えたルーナは、当たり前に言い放つ。

「あんたは、おかしくなんかない。あたしと同じくらい正気だよ」

 言い終えたルーナは、軽い足取りで馬車へ乗りこんだ。

「行きましょう。宴に遅れるわ。クローディアにも、お楽しみがあるわよ」

 我に返ったように、ハーマイオニーも続いた。ロンとジニーも乗り込んだ。

 クローディアは乗る前に、ハリーを振り返る。彼はもう馬車を見ていなかったが、ボタンをかけ間違えたような消化不良な顔をしていた。

「ハリー、ルーナは嘘をつかないさ。私に見えないモノがあってもおかしくないさ」

「そりゃあ、どうも。僕は皆と違うってわかっているから」

 皮肉っぽく、ハリーの口元が歪んだ。

 その表情、一瞬、否、刹那、ヴォルデモートに似ていた。

 回想するのはあの日。ドリスを亡くした日。

 家に押し入り、嘲笑う。耳の奥から、今でも聞こえてくる。

 指先が強張り、恐怖が動悸を強くしている。クローディアは友人であるハリーに怯えた。恥に思い、隠れるように馬車へと乗った。

 結局、ハリーも乗ってきたので意味はない。

「デザートが食べたい」

 馬車が動き出すとルーナは歌うように呟いた。

 

 壮大かつ雄大な大広間。

 教員席に新しい顔ぶれ、白髪を丸く刈り込んだ魔女だ。

「あの人が……査察かな?」

「いや、魔法省の役人じゃないぞ。誰だ?」

 それよりも、組み分け帽子による歓迎の歌は小さな波紋を呼んでいた。4つの寮に対し、互いに手を取り合えと警告する歌など、今まで一度も聞いたことはない。

 生徒たちは、ほとんど拍手をせず、囁き合う。

「帽子が警告をするって、今までにあったかしら?」

 パドマは深刻そうに宙に浮かぶ『灰色のレディ』へと目をやる。

「ありますよ、何度も聞いてきました」

 抑揚のない声で『灰色のレディ』は答えた。

 帽子を片付け、マクゴナガルが新入生の名簿を広げる。気づいた生徒は、自然と口を閉じていく。静粛が確認されてから、よく通る声が大広間に放たれる。

「ユーアン=アバクロンビー」

《グリフィンドール!》

 歓迎の拍手が湧き起る。いつもの光景になってくると、皆、安堵の表情を浮かべる。

「アステリア=グリーングラス」

《スリザリン!》

「トラヴィス=フルーム」

《レイブンクロー!》

 組み分けされる生徒達。寮によって、不仲になる生徒もいる。

 クローディアは、知らずと口ずさむ。

「結束せねば……望みはない……」

 ヴォルデモートが復活した晩、ダンブルドアは信頼を確固たる物にすべきと訴えた。帽子もそれと同じ事を警告している。

「ローズ=ゼラー」

《ハッフルパフ!》

 最後の生徒が終わり、儀式は終了である。

 空腹に耐えかねた生徒の為に、豪華な食事が一瞬で並べられた。『屋敷しもべ妖精』の為せる業だと知るクローディアは、彼らに感謝の念を込めて「いただきます」と合唱した。

「あの噂、本当かな?」

「ハリー=ポッター?」

「そっちも気になるけど、魔法省から……査察が来るかもって……」

 食事中、教員席から視線を感じる。振り向くと、ハグリッドがクローディアを見ていた。彼女と視線が合えば、すぐに逸らされた。おそらく、ドリスの訃報で憐れんでいるのだ。

(心配してくれたさ?)

 恒例のダンブルドア校長の挨拶、新しい魔女ウィルヘルミーナ=グラブリー‐プランクが紹介された。

 『魔法生物飼育学』の担当を行うという。ハグリッドが外された事態に、またざわめく。彼の授業を滑稽に思う生徒は、嘲笑して新任の教師を受け入れた。

「ハグリッドがいないって、残念」

 本当に残念そうなセシルが呟く。

 例年通りの管理人フィルチからの注意事項、クィディッチに参加者への連絡事項が行われる。

 音程の合わない校歌合唱、そして、就寝の挨拶をすれば、終了である。

「レイブンクローは僕に着いてきてくれ」

 アンソニーが腹から声を上げ、新入生を引率する。

「こっちにいらっしゃい」

 ハーマイオニーとロンも新入生に呼びかけている。ハリーは新入生から声をかけられていた。

「ハリー=ポッター、僕、ユーアン=アバクロンビーです。僕の家族も貴方を応援しています」

「ありがとう、ユーアン。嬉しいよ」

 優しい表情で笑いかけるハリーから、恐怖は感じない。クローディアの知る彼だ。

「クローディア、行きましょう」

 リサに呼ばれ、クローディアは席を立つ。その拍子に、ハリーと視線が絡んだ。彼はダンブルドアの席に歩いて行った。

 

 青を基調した寮、2か月ぶりの場所がとても落ち着く。絵の住人達も「お帰り」と声をかけてくれる。

「寝る前に『N・E・W・T』の試験範囲について、話さないか?」

「やめてくれよ、クィディッチの選抜を考えないといけないんだぜ」

 暖炉の火に寄り添うザヴィアーとロジャーは、笑いあう。ロジャーとは、汽車と大広間でもすれ違わなかった。元気そうな彼の姿に安心した。

「ロジャー」

 クローディアは普段通り、彼に声をかけた。ロジャーは笑顔を消し、簡単に返す。

「やあ、クローディア。休みはどうだった?」

 怒気を含めたロジャーの声は、クローディアに混乱を与える。また、新学期で浮かれていた談話室を凍りつかせた。

「ロジャー、何を聞いているのか、わかっているの?」

 憤慨したクララが鋭く咎める。しかし、ロジャーは気にしせず、答えない。煮え切らない彼の態度にクローディアは寂しさを感じつつ、問うた。

「ロジャー、言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいさ」

 ロジャーは乱暴に頭を掻いてから、立ち上がる。

「ママに学校に戻るなって言われた。ハリー=ポッターと関わるなって、後は言わなくてもわかるだろう? 君だって、学校に戻るべきじゃなかった!」

 ざわめく談話室。同情めいた視線がクローディアに集まる。その視線を一身に受け、胃の緊張を解すように深呼吸する。

「私はハリーの味方さ。これからもさ」

 クローディアの本音に、落胆したロジャーは背を向ける。それは決別で、拒絶を意味していた。自分に好意を抱いてくれた分、切なく思う。

「ありがとう、ロジャー。もし、私に何かあったら、馬鹿な奴だって、嗤っていいさ」

 それだけ告げ、クローディアは自室に駆け込んだ。後から、パドマが追って来た。

「新入生達は、先に部屋へ行かせて正解よね。あんな言い争いを見せずに済んだもの」

「ごめんさ、雰囲気悪くしてさ」

 口を開くと、涙が零れそうだ。自分が考えるより、心の衝撃は大きい。

 パドマは何も言わず、クローディアを寝台に座らせる。高ぶる感情が落ち着くまで、傍にいてくれた。

「パドマ、監督生。おめでとう」

 必死に言葉を紡いだので、クローディアの顔はくしゃくしゃになっていた。それがおもしろかったらしく、パドマは口を押さえて笑い出した。

 頃合いを見計らって、リサが入ってきた。彼女はパドマと視線を絡め、クローディアへと丁寧に包装された箱を渡した。

 誕生日の贈り物を貰ったのだ。クローディアと親しい女子全員で、皆と相談して決めたと教えてくれた。ハーマイオニーから聞いた「お楽しみ」がこれでわかった。

「17歳ですもの、奮発しましたの」

 渡された包みを開けると、櫛が入っていた。藤の文様が刻まれ、その文様が本当に揺ら揺らと動いている。

「その櫛なら、どんなにボサボサな髪も綺麗に梳かせてくれるわ」

 パドマの声に、より嬉しさが込み上げる。

「素敵なものをありがとうさ……、私、皆に迷惑や心配をかけてばっかりなのに……」

「そういうことは言わないで下さい。もう慣れっこですもの」

 これ程まで、皆に想われていた。感極まり、その場で土下座する。パドマは理解したが、リサはキョトンとクローディアを眺めた。

 気分が落ち着いてから、クローディアはパドマに監督生就任を祝った。

 

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 校長室に飾られた歴代校長、その1人フィニアス=ナイジェラス=ブラック肖像画をハリーは見るとはなしに見つめる。シリウスの曽祖父で、現役中は最も人望のない校長だ。

 ブラック家にも彼の肖像画はある。ハリーの寝室に使っている部屋にあると、シリウスに教えられた。

 思えば、クリーチャーは元校長に話しかける素振りもない。シリウス曰く、肖像画に、ほとんど姿を見せないせいだ。

「なんだね、わしの顔に何があるというんだね」

 怪訝そうにフィニアスは、ハリーを睨んだ。

「何もありません、ただ見ていただけです」

「何にもないはずがないだろ」

「フィニアス、落ち着くが良い。この部屋は生徒の興味をそそるに十分じゃ。無論、君も興味をそそる存在じゃろ?」

 悪態をつくフィニアスは、校長室に戻ってきたダンブルドアに窘められた。

「遅れてすまない、ハリー」

「いいえ、生徒が寮に帰るまで先生には大広間にいてもらわないと、皆が安心しません」

 ハリーは椅子に腰掛け、ダンブルドアは杖で紅茶を振舞う。

「さて、ハリー。汽車で眠ったというのは、君としてはどんな感覚であったかの?」

「うまく言えませんが、知らない間に時間が過ぎていました。ロンに言わせると、本当に静かだったと」

 一呼吸、置いてからダンブルドアは問う。

「君はその時、何を考えていたか、覚えているかね?」

「……確か、クローディアの事を考えていました……。その……彼女を否定するような事を考えていたと思います。でも、ベッロに話しかけられたら、それが消えました……」

 彼女の名が出ても、ダンブルドアは眉ひとつ動かさず、問い続ける。

「クローディアを否定するだけかの? 相手は彼女だけか? それはいつから?」

「彼女だけです。……裁判が終わってからだったと思います」

「君はコンラッドにボニフェースの事を尋ねたそうじゃが、それは何故じゃ?」

「……彼の夢を見ました。ボニフェースと話をしました。彼は自分が死んでいるとわかっていました。あの、この夢は……多分、本部に行く前から……何度か見ました」

 必死に記憶を辿る。

「ボニフェースの夢?」

 ハリーの一言を慎重に聞き、ダンブルドアは考え込むように自らの鬚を撫でる。

「先生、僕に何か起こっているのでしょうか?」

「……何とも言えん。何かの前触れと思って良いじゃろう。ハリー、しばらく、クローディアと距離を置いてみてくれんか?」

 突然すぎて、ハリーは変な声が出た。

「わしは君達は離さぬべきじゃと思っておった。しかし、それが危険か安心かを判断するには材料が足りぬ。辛いとは思うが」

 意図して距離を置く。去年、ハリーはロンにされた。あれは、寂しくて心細かった。それを今度はハリーにしろと言うのだ。素直に嫌だと言いたい。でも、ダンブルドアが直接、提案するのだ。深い意味がある。

「彼女に理由を言うべきでしょうか?」

「それは君が決めるべきじゃ。わしは君に判断を任せたい。いいかのお?」

 信頼の伝わる声、ハリーは心が穏やかになる。勇気づけられたのだ。

「僕、彼女に話します。ロンとハーマイオニーに、言っても構いませんか?」

 一瞬、ダンブルドアは沈黙した。優しい眼差しのまま、真剣だ。

「良かろう、しかし、3人には、誰にも口外させぬように、固く言い付けるのじゃよ?必ず、そこを突いてくる者は現れるからの」

 僅かに緊迫した声で、ハリーは緊張し、唾を飲み込んだ。

「マルフォイのことですか?」

 浮かんだのは、スリザリンのドラコだ。

 しかし、ダンブルドアは否定も肯定もせず、付け足す。

「魔法省がホグワーツに干渉したがっておる。直に此処へ人を寄越すじゃろう。表向きの事情を携えてな」

 意味深なダンブルドアの口調から、ハリーは裁判での出来事を思い返す。

 大法廷・ウィゼンガモット。尋問官アメリア=スーザン=ボーンズ魔法法執行部部長。ドローレス=ジェーン=アンブリッジ上級次官。そして、法廷書記のパーシー……等。

 パーシーはハリーをファッジ殺害の犯人を見る目で睨んでいた。

 ボーンズ女史が冷静に、根気よくハリーを尋問した。責めるのではなく、状況確認の為に……。公平な彼女がいなければ今頃、ハリーはアズカバンに収監されていたに違いない。

「バグマンさんは魔法省を止められないのですか?」

 あの無責任な賭博師に嫌悪を込めて、ダンブルドアに問う。すると彼は悪戯っぽく、笑みを浮かべた。

「彼はわしが想定するより、役に立っておる」

 ダンブルドアがバグマンを褒めた。しかし、ハリーとしてはフレッドとジョージの件で、賭博師を信頼するには当たらない。

 ハリーの複雑な表情から、何か察したらしく、ダンブルドアは喉を鳴らして笑う。

「ただ、あまり、あやつに期待をかけん事じゃ」

 この言葉で、校長も大臣に全幅の信頼を置いていないと察した。

 




閲覧ありがとうございました。
やっと、学校に着きました。
ハリーとルーナ、いままで出会わなかった不思議。
フィニアス=ナイジェラスは、フィニアスとします。ブラックでは、私がシリウスと混ざっちゃいます。
今年度の首席は、セドリックです。選手として試練を乗り越えたので、勝手に首席にしました。
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