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快適でないにしろ、クローディアは意識良く目覚める。室内で起きているのは、自分のみ。時刻は夜明けだ。
飲み物を求め、厨房に来てみればシリウスがいた。しかも、彼1人。
これ程、新学期の朝が陰鬱に感じたことはない。
「おはよう……ございます」
「クローディア、良いところに来た。君に話したいことがある」
クローディアは朝の挨拶だけして出直そうとした。しかし、シリウスは彼女を呼び止める。躊躇いのない強い口調だ。
陰鬱が吹き飛ぶほどに驚いた。
シリウスから話しかけることは、まずない。彼女からの質問に答えはするが、それだけだ。
「……あ、はい」
思わず、素直に従ってしまう。取りあえず、お互い向かい合うように座る。
間を置かず、シリウスは懐から古い写真を一枚、差し出した。
「不死鳥の騎士団を創立したときの写真だ。ここにいるのは、その時の仲間だ」
クローディアはシリウスを一瞥してから、写真を手に取る。色褪せた写真の住人が手を振ってくる。
シリウスは物静かな口調で1人1人、紹介し出した。
今より若いディグル、バンス、ドージ、リーマス、シリウス、ムーディ、ハグリッド、ポドモア……ペティグリューもいる。当然だ。まだ、裏切り者と知られていないのだ。
ロングボトム夫妻、ネビルの両親だ。初めて彼の両親を知った。むしろ、疑問を抱かなかった。彼はいつも祖母や親戚の話しかしない。
「この2人は、……死ぬより惨いことになった」
次々と紹介される中に、ダンブルドアに弟がいた。思わず、凝視してしまう。写真のアバーフォースは、紹介されると皆の中に紛れてしまった。
そして、ポッター夫妻。墓場で見た2人だ。
感情が高ぶったクローディアの瞳に、涙が溢れてくる。頬を伝う前に親指で擦った。
「これをハリーに渡して欲しい。渡すべき時は、君に任せる」
「自分で渡せばいいさ、ハリーもそのほうが……」
不意にクローディアは口を噤む。その先は、言うべきではないと感じた。
「俺には、絶対、死なないなどと言えない。だが、君は死ぬな。何があってもだ」
指図ではなく、願いのように聞こえる。
穏やかな気持ちでシリウスの想いをクローディアは受け入れた。こんな瞬間が来るなど、考えもしなかった。決して、嫌ではない。
写真を受け取り、クローディアはシリウスを真っ直ぐ見据えた。
「私は死なない、死んではいけないもの。だから、あなたも死なないで」
シリウスは返事をしなかった。しかし、彼から溢れ出る肯定の雰囲気だけで、十分だ。
準備万端を確認し、ムーディが護衛の指揮を取る。
「クローディア、おまえには『目くらましの術』をかけなきゃいかん。駅でおまえにどんな思惑を持つ者が近寄ってくるかわからん」
返事をする間もなく、ムーディの杖で額を叩かれた。
〔おお、来織が何処にいるか、わからないさ。まるで魔法で姿を消したみたいさ〕
〔だから、魔法だってさ〕
クローディアの言葉も、祈沙に聞こえないようだ。
「ハリーには魔法をかけないの?」
「無罪を勝ち取ったハリーは、堂々と皆の前に出てもらうんだよ」
ジニーの問いに答えたのは、アーサーだ。
「ファッジ大臣が言ってたよ、おじさんのように確かに味方と言える人は少ないって」
何気なくハリーの教えた言葉に、アーサーは驚愕した。
「ファッジが……私の事を……そんな風に……」
アーサーが感極まっている間、トンクスは幼い少女、シリウスは犬へとそれぞれ変身していた。彼女は魔法で首輪を出し、犬の首に付ける。散歩として、偽装するためできる。
「いいかい? 駅には母さんがコンラッドと先に行っている。学校にはリーマス達がいる。怖いことなんてないから、安心して行っておいで」
「パパは自分のことを心配してね」
必死なアーサーの態度に対し、ジニーが不安そうだ。
「偶には手紙を頂戴ね。私の友達にも『W・W・W』は好評なんだから」
「新商品の案内はしてやるよ」
ジュリアは唇を尖らせ、ジョージの髪を手櫛で整えた。
屋敷からキングズ・クロス駅まで、徒歩二十分とは近い。
子供達はムーディ、シリウス、トンクスによる護衛に付き添われ、9と3/4番線に無事、到着した。
「微笑ましい絵図だね」
シリウスに向け、コンラッドが冷ややかに笑う。
「良かった、皆いるわね。ああ、スタージスが荷物を持ってきたわ」
モリーは安堵の息を吐き、子供達を順番に抱き締めた。
「いい子でいるのよ、手紙を忘れないで」
「だが、何でもかんでも書くな! 重要な事ほど、何も書くな! 油断大敵!」
ムーディも忠告を入れながら、次々と握手を交わす。最後にクローディアの額を杖で小突いた。
「お、クローディアの魔法が解けた」
ロンが興味深そうに、彼女を眺めた。
『目くらましの術』を解くにもしても、小突きは痛い。クローディアは痛みに文句を言おうとすると、コンラッドが不意に耳打ちしてくる。
「手紙のことだが、これからはモリー宛に出すんだよ。だが、返事は出せないだろう」
――手紙。
もう二度と、ドリスに手紙を出せないのだ。
「……うん、わかったさ。お父さんはこれから、どう……」
クローディアの声は、警笛に掻き消された。
生徒達も合図のように汽車へと乗り込む。それでも、別れを惜しんで窓から顔を出す。
「会えて良かったよ」
スタージスに肩車されたトンクスが手を振る。その足もとで、シリウスが犬から人へと変身した。大勢に見送られ、クローディアは改めて実感した。
見送りの顔ぶれに、ドリスがいない。彼女は、本当にいなくなった。
理解していたはずなのに、ふと訪れる哀愁。クローディアは意図せず窓から顔を逸らし、見送りの人々からへ背を向けた。
「先にコンパートメントを探すさ」
まだホームは見えていたが、クローディアはトランクと虫籠を持って進んだ。
最後尾車両まで歩き着くまで、クローディアは幾人もの生徒に声をかけられた。ほとんど、お悔やみの言葉だ。勿論、好奇心の視線だけ、向けてくる生徒もいた。コンパーメントに誘われたが、ハリー達のことを考え、断った。
「クローディア」
後ろから、囁かれた。全く気配を感じさせず、背筋に寒気が走る。しかも、耳によく馴染む声だ。コンパートメントの戸から、ルーナが目を覗かせていた。普段は見開かれた目が糸のように、細く睨んでくる。
「ルーナ……、久しぶりさ」
彼女の名を呼んだ瞬間、クローディアは引きずり込まれる。
ルーナに眼前が迫ったと視認した時、頭突きを食らった。事故ではなく、故意だ。衝撃の反動で、半開きの戸に背を強打した。
胸ぐらを掴まれ、そのまま抱きしめられた。
ルーナらしからぬ動作。
クローディアは困惑せず、ルーナを抱きしめ返す。
「心配、かけて……」
「謝らない」
断言されたので、黙る。
「クローディアを叩いたのは、私だけ?」
「うん、ルーナだけさ」
正しくは頭突きだが、頭を使って叩いたようなモノだろう。痛みの強さは、ルーナとの信頼と心配の重みに相当する。
「すごく痛かったさ」
クローディアは身も心も心地よい感触に、思わず微笑んだ。
「笑わない」
不機嫌な声で、ルーナは怒った。
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監督生たるハーマイオニー、ロン。その2人と別れ、ハリーとジニーはクローディアを探す。
「あら、ハリー。こんにちは」
緊張した声に呼ばれ、振り返ればチョウがいた。綺麗な黒髪にハッキリした目元、可愛らしい彼女の姿は、ハリーの胸をときめかせる。
「やあ、チョウ」
「クローディアなら、最後尾まで行ったはずよ」
その名を聞き、一気に気持ちが沈む。チョウにとって、ハリーはクローディアの友達でしかないのかもしれない。寮のことがあるのだ仕方ない。
ハリーの様子に気づかず、チョウは続ける。
「ハリー。裁判の話、聞いたわ。大人達を相手に冷静で堂々として立ってね? とても勇敢だわ、素敵よ」
チョウが自分を褒めてくれた。しかも、彼女の頬は、ほんのりと紅くなっている。ハリーを意識しているからだ。
「チョウ、ありがとう。本当に嬉しいよ」
今だけ何もかも忘れて、喜びたい。
「ハリー、行くわよ」
余韻に浸れず、ハリーはジニーに連れて行かれた。
ようやく、最後尾の車両に着いた。ネビルが廊下に座り込んでいた。膝にトレバー、首にベッロを巻いている。
「やあ、ハリー。ジニーも……。何処もいっぱいだね」
「……そうね、何してんの?」
ジニーは怪訝そうに眉を寄せる。
「2人の邪魔しちゃ悪いと思って……」
「……2人?」
ハリーはオウム返しに呟くと、コンパートメントの向こうで抱き合う女子2人を目にしてしまった。しかも、1人はクローディアだ。
挨拶にしては、長い抱擁だ。こちらが羞恥心に駆られてしまう。
「邪魔しちゃ悪いね」
納得して、ハリーはネビルの隣に座る。しかし、ジニーは遠慮なく戸を開けた。そのせいで、彼らは倒れこんだ。
「ここ、いいかしら?」
戸が開き、クローディアは首だけ振り返らせる。
「どうぞ、お構いなくさ。ルーナ、荷物を入れるから離してさ」
「あんたは、ハリー=ポッターだ」
名を呼ばれた女子生徒は、クローディアから離れずにハリーを凝視する。思わず、たじろいだハリーはベッロで視界を塞いだ。
「ハリーは彼女と話したことないよね? ルーナ=ラブグッド。レイブンクロー生で、ジニーの同学年なんだ」
「ありがとう、ネビル」
ネビルが自信満々に紹介し、ハリーは曖昧に笑う。クローディアとも親しいのと一目でわかる。
(クローディアは、僕の知らない友達が多いな)
荷物棚にトランクを片付け、4人はそれとなく席に着く。
「ハーマイオニーとロンは、監督生車両さ?」
「ええ、首席の話が終わったら、見回りに来るはずよ。ルーナ、夏休みはどうだった?」
「忙しかったよ。編集に増刷の手伝いばっかりだった。パパがすごく喜んでたもン」
ジニーに話しかけられ、ルーナは窓際に置かれていた雑誌【ザ・クィブラー】を手にする。
「この雑誌、編集長がルーナのお父さんさ」
クローディアが【ザ・クィブラー】を指さし、ハリーに教えた。彼の反応は鈍い。
「雑誌の事、忘れてるさ?」
「……うん、全く覚えてない」
あのコガネムシパパラッチのせいで、ハリーは取材嫌いになっていたのだ。無理もないだろう。思い返せば、昨年度の間、しつこく勧められた雑誌だった気がする。
クローディアは残念そうに笑った。
「ミンビュラス・ミンブルトニア!」
唐突に、ルーナが声を張り上げる。
吃驚したハリーは、眼鏡の縁を押さえる。クローディアとジニーは慣れた様子だ。
ネビルだけ、荷物棚へと手を伸ばしてトランクを漁る。彼が取りだしたのは、灰色の小さなサボテンおできの鉢植えだった。正直な感想は、気持ち悪い。
「誕生日に貰ったんだ。ルーナにも、手紙で教えたんだ。覚えててくれたんだね」
そのまま、ネビルは似非サボテンの植木鉢について語りだす。時折、ルーナが口を挟んでも、彼は楽しそうだ。
ネビルの屈託のない笑顔を見ていると、ハリーの心に黒い滴が落ちてきた。
隣に座る彼と自分と紙一重の運命、ヴォルデモートにより2人の人生は違う道筋となった。両親の生死、額の傷、魔法界の知名度、他方が生き残れぬ宿命。
ダンブルドアはヴォルデモートが混血である故に、敢えてハリーを選んだと言っていた。
もしも、それがネビルだったなら、傷は彼の額にあった。これまで自分に降りかかってきた試練のような戦い、全て彼の物だった。
そして、クローディアに守られていたもの彼だ。2人ならば、乗り越えられただろう。自分を抜きにして、自分を置き去りにして、勝手に突き進んでいくのだ。
それを自分はネビルの立ち位置で見ている。時には友人のように接し、時には他人事のように素知らぬ振りをしながら、2人を眺める。
でも、淋しくなんかない。
何故なら、『生き残った男の子』であろうとなかろうとロンだけは親友でいてくれる。きっとハーマイオニーもいたに違いない。
――――おまえなんか、友ではない。
一瞬、額が裂けたように痛かった。あまりにも一瞬、だったので幻覚かと思った。
「ハリー、大丈夫か?」
隣にロンが座っていた。口の周りにチョコまみれだ。
「ロン、みっともないわ。拭きなさい」
ハンカチを渡しているのは、ハーマイオニーだ。2人とも、監督生車両にいるはずだ。クルックシャンクス、鳥籠のピッグウィジョンもいた。
「ハリー、飲んでおくさ」
クローディアから飲み物を貰う。勿論、ジニー達もいた。ネビルはミンビュラス・ミンブルトニアを持っていない。ルーナは【ザ・クィブラー】を読んでいる。
皆、ハリーを見ている。
「いつ来たの? ロン……」
髪の生え際から、汗が滴る。胸も苦しく、ハリーは新鮮な空気を求めて深呼吸する。
「ついさっきさ。君、寝てたよ。いびきも掻かず、すっごく静かにね」
ロンの言葉に驚き、思わずクローディアを見やる。
「彼是、一時間は寝ているさ。ネビルがミンビュラス・ミンブルトニアの『臭液』を撒き散らした時、寝ていることに気付いたさ。ハリー、全身浴びたのに微動だにしなかったさ。あ、『臭液』に毒はないから、安心してさ」
「『臭液』? そんなの散らせたの?」
寝ていてよかった。
「ハリー、セドリックが君に挨拶をしに来ていたよ。君が寝てるって言ったら、遠慮してくれた」
ネビルから聞き、ハリーは感謝した。
「起きたのなら、ちょうどいいわ。他寮の監督生! 誰だったと思う!?」
「その様子だと、スリザリンはマルフォイに決まりだね」
皮肉っぽくハリーは、ハーマイオニーに答えた。
「大正解! それに、あのいかれた牝牛のパンジー=パーキンソンよ! いくらなんでも、あの馬鹿が監督生なんて!」
「レイブンクローは?」
ルーナが夢見心地な口調で聞く。
「アンソニー=ゴールドスタインとパドマ=パチル」
「アンソニーとパドマがさ? お祝いしないといけないさ。ベッロの牙でも、いいさ?」
冗談めいた口調で、クローディアがベッロを掴む。案の定、尻尾で顔を叩かれた。
「それから、ハッフルパフはアーニー=マクミランとハンナ=アボットよ」
「へえ、ハンナが監督生さ。学校に着いたら、皆でお祝いしようさ」
自分のことのように何度も喜ぶクローディアをハリーは、妙な心地で眺める。
先ほどまで、クローディアを忌避する感情が強かった。それなのに、今は何ともない。大事な友人である。まるで、自分ではない感情が胸に棲みついたような粘りを覚えた。
でも、何の恐れもない。自分の一部のような受け入れやすいモノだ。
[ハリー、受け入れるな]
ベッロが警告する。
急に喉が渇いてきた。心拍も上がる。室温のせいか? 否、焦燥感だ。
ベッロの声で、ハリーは正気になったというべきだ。
理解できない何かを許しかけていた。
学校に着いたら、ダンブルドアに相談しなければいけない。ハリーは逸る気持ちを窓の外へ向けた。ロンがゴイルのモノマネをしていたが、全く聞いていなかった。
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ルーナの爆笑した顔を初めて見た。
ロンのモノマネが、ルーナの笑いのツボを見事に突いたらしい。息苦しそうな呼吸、目には涙、腹筋を押さえても笑い続ける。
クローディアもつられて笑い、ロンとハリー以外の皆も笑った。
「君、からかってる?」
ロンは馬鹿にされたと感じたのか、不機嫌そうに顔を顰める。それさえも、ルーナには笑い要素だったようだ。更に笑い声が大きくなった。
「ルーナがこんなに笑うのを初めてさ」
クローディアは笑いながら、ハリーを盗み見る。一時間前、彼は唐突に眠りこけた。呼吸音も低く、寝返りも打たない。何かの拍子に意識が落ちたなら、誰かの魔法かと疑った。
ジニーと目配せで、ベッロを見てみる。特に変化はない。ネビルが何時ぞやの吸魂鬼のように騒ぐといけないので、ハリーは疲れて寝ていると誤魔化した。
(暫時、校長先生に知らせるさ)
学校へ着いても、個人的に話すのは明日以降になる。
「ハリー、駅に着いたらヘドウィッグを貸して欲しいさ。校長先生に手紙を出したいさ」
それとなく頼むと、ハリーは同意して激しく頷く。
「クローディア、校長先生に何で手紙出すの?」
「乙女の秘密さ」
クローディアが茶目っけたっぷりにネビルへウィンクする。彼は追求せずに納得してくれた。
「何だよ、乙女の秘密って、校長……ごふっ」
ロンの好奇心は、ハーマイオニーの拳によって脇を強打したことで防がれた。
ホグズミード駅に到着が少しだけ憂鬱になった。気まぐれな天候と夜で震えるほど寒い。
【汽車の乗車中にハリーが意識を失いました。本人に眠っていた自覚はありませんでした。
ハリーも校長先生に会いたがっています クローディア】
速攻で書き終えた手紙をヘドウィックに託し、窓から放つ。
「私達、先に出るわね。馬車乗り場で会いましょう」
監督生のハーマイオニーとロンは、生徒の誘導と監督を担う。2人の使い魔は、ここにいる面子に託された。ハリーは2匹を受け持とうとした。
「私がその子を持ってあげてもいいよぉ」
積極的な態度でルーナはピッグウィジョンへと手を伸ばす。ハリーは気圧されたように渡した。ジニーが暴れるクルックシャンクスを小脇に抱えた。
「忘れ物ないさ? はぐれないでさ」
ベッロのいる虫籠を頭に乗せ、廊下へ出る。案の定、廊下は人でごった返し、流れに沿ってホームへ降りた。雨の余韻と木々の香りが鼻に付き、懐かしさも感じる。
「イッチ年生はこっちだ! さあ並んで!」
お決まりの森番は、新入生へ叫ぶ。
「ハグリッド!」
ハリーの必死な呼び声に、ハグリッドもランプを振り回して応じた。
すっかり見慣れた馬なし馬車の整列、生徒が数人で次々と乗って行く。虫籠を頭から下ろし、ハリーを探した。
「クロックフォード」
その声に、心臓がざわついた。
胸に『監督生バッジ』を付けたドラコだ。しかも、1人。
――――憎んではいない。
では心臓から全身に血液が廻るように、手先が震えてしまうのは何故だろう。
「こんばんは、マルフォイ。さあ、馬車に遅れるさ」
クローディアは、極めて冷静に愛想笑いをする。
「君の家族は間抜けだった。父上を信じていれば、命は助かったんだ。頑固に逆らうから、あんなことになった」
「その話はしたくないさ。マルフォイ、私は自分が考える以上にあんたを許せる気がしないさ」
確実に湧きおこる衝動のせいか、頬の筋肉が引き攣る。自制の為、ドラコから顔を背けた。
「父上はお前たちを助けようとした! 恨むのは筋違いだ」
悲痛なドラコの声に、クローディアは全身が凍りつく。凍りついたのは彼女だけでなく、偶々周囲にいた生徒全員だ。
「やっぱり、ルシウス=マルフォイは……」
「ファッジを殺したって噂も……」
ヒソヒソと生徒の声は伝染していく。どれもドラコを恐れていない。軽蔑や嫌悪、侮蔑や批判めいた視線が彼に集まっていた。それを彼は物ともせず、むしろ称賛のように受け止めていた。
「皆、馬車に急いで! 新入生より遅れないように!」
冷静な声が割って入る。『首席バッチ』を付けたセドリックだ。首席の登場に生徒は不承不承と馬車に乗っていく。ドラコは首席に意地悪な笑みを向け、馬車へ乗りこんだ。
「ディゴリー、ありがとうさ。ちょっと、キレそうになったさ」
「たかが、マルフォイだ。相手にするなよ」
穏やかに冗談っぽくセドリックは笑う。
いつの間にか、ハリーが傍にいた。彼に気づき、セドリックは親しみを込めて挨拶する。
「やあ、ハリー。父さんから聞いたよ。とても立派だったって」
「ありがとう、セドリック。君、首席になったんだ。すごいね」
当たり障りのない会話をしていると、監督生の役目を終えたハーマイオニーとロン、それにジニーが追いついた。
「あら、セドリック。生徒は皆、汽車を降りたわ。降り忘れはなしよ」
「そうか、ありがとう」
ハーマイオニーに答え、セドリックは友人達と馬車に乗って行った。
クローディアも馬車に乗ろうとすると、ハリーが引き留めた。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、こいつらって何だと思う?」
気色悪いモノを見る目つきで、ハリーは馬車を顎で指した。生憎、彼の意味する「こいつら」が何のことなのか、皆目見当がつかない。
「こいつらって何?」
ロンは馬車の周りを見回し、探す。からかわれていると思ったらしく、ハリーは苛立つ。
「この馬みたいなものだよ。馬車を引っ張っているじゃないか」
「何もいないわよ」
ハーマイオニーが控え目に否定した。
ハリーは愕然とし、馬車をゆっくりと眺める。それから、辛そうに顔を顰めた。
「皆には見えてないの?」
確かめるような口調に、思わず「見えているよ」と返したかった。それはハリーをただ同情するだけだ。返答に困っていると、夢見がちな声が当然のように囀った。
「大丈夫だよ、あたしにも見えるもン」
暗闇に淡い光が燈るように、ハリーの雰囲気が変わる。ピッグウィジョンを抱えたルーナは、当たり前に言い放つ。
「あんたは、おかしくなんかない。あたしと同じくらい正気だよ」
言い終えたルーナは、軽い足取りで馬車へ乗りこんだ。
「行きましょう。宴に遅れるわ。クローディアにも、お楽しみがあるわよ」
我に返ったように、ハーマイオニーも続いた。ロンとジニーも乗り込んだ。
クローディアは乗る前に、ハリーを振り返る。彼はもう馬車を見ていなかったが、ボタンをかけ間違えたような消化不良な顔をしていた。
「ハリー、ルーナは嘘をつかないさ。私に見えないモノがあってもおかしくないさ」
「そりゃあ、どうも。僕は皆と違うってわかっているから」
皮肉っぽく、ハリーの口元が歪んだ。
その表情、一瞬、否、刹那、ヴォルデモートに似ていた。
回想するのはあの日。ドリスを亡くした日。
家に押し入り、嘲笑う。耳の奥から、今でも聞こえてくる。
指先が強張り、恐怖が動悸を強くしている。クローディアは友人であるハリーに怯えた。恥に思い、隠れるように馬車へと乗った。
結局、ハリーも乗ってきたので意味はない。
「デザートが食べたい」
馬車が動き出すとルーナは歌うように呟いた。
壮大かつ雄大な大広間。
教員席に新しい顔ぶれ、白髪を丸く刈り込んだ魔女だ。
「あの人が……査察かな?」
「いや、魔法省の役人じゃないぞ。誰だ?」
それよりも、組み分け帽子による歓迎の歌は小さな波紋を呼んでいた。4つの寮に対し、互いに手を取り合えと警告する歌など、今まで一度も聞いたことはない。
生徒たちは、ほとんど拍手をせず、囁き合う。
「帽子が警告をするって、今までにあったかしら?」
パドマは深刻そうに宙に浮かぶ『灰色のレディ』へと目をやる。
「ありますよ、何度も聞いてきました」
抑揚のない声で『灰色のレディ』は答えた。
帽子を片付け、マクゴナガルが新入生の名簿を広げる。気づいた生徒は、自然と口を閉じていく。静粛が確認されてから、よく通る声が大広間に放たれる。
「ユーアン=アバクロンビー」
《グリフィンドール!》
歓迎の拍手が湧き起る。いつもの光景になってくると、皆、安堵の表情を浮かべる。
「アステリア=グリーングラス」
《スリザリン!》
「トラヴィス=フルーム」
《レイブンクロー!》
組み分けされる生徒達。寮によって、不仲になる生徒もいる。
クローディアは、知らずと口ずさむ。
「結束せねば……望みはない……」
ヴォルデモートが復活した晩、ダンブルドアは信頼を確固たる物にすべきと訴えた。帽子もそれと同じ事を警告している。
「ローズ=ゼラー」
《ハッフルパフ!》
最後の生徒が終わり、儀式は終了である。
空腹に耐えかねた生徒の為に、豪華な食事が一瞬で並べられた。『屋敷しもべ妖精』の為せる業だと知るクローディアは、彼らに感謝の念を込めて「いただきます」と合唱した。
「あの噂、本当かな?」
「ハリー=ポッター?」
「そっちも気になるけど、魔法省から……査察が来るかもって……」
食事中、教員席から視線を感じる。振り向くと、ハグリッドがクローディアを見ていた。彼女と視線が合えば、すぐに逸らされた。おそらく、ドリスの訃報で憐れんでいるのだ。
(心配してくれたさ?)
恒例のダンブルドア校長の挨拶、新しい魔女ウィルヘルミーナ=グラブリー‐プランクが紹介された。
『魔法生物飼育学』の担当を行うという。ハグリッドが外された事態に、またざわめく。彼の授業を滑稽に思う生徒は、嘲笑して新任の教師を受け入れた。
「ハグリッドがいないって、残念」
本当に残念そうなセシルが呟く。
例年通りの管理人フィルチからの注意事項、クィディッチに参加者への連絡事項が行われる。
音程の合わない校歌合唱、そして、就寝の挨拶をすれば、終了である。
「レイブンクローは僕に着いてきてくれ」
アンソニーが腹から声を上げ、新入生を引率する。
「こっちにいらっしゃい」
ハーマイオニーとロンも新入生に呼びかけている。ハリーは新入生から声をかけられていた。
「ハリー=ポッター、僕、ユーアン=アバクロンビーです。僕の家族も貴方を応援しています」
「ありがとう、ユーアン。嬉しいよ」
優しい表情で笑いかけるハリーから、恐怖は感じない。クローディアの知る彼だ。
「クローディア、行きましょう」
リサに呼ばれ、クローディアは席を立つ。その拍子に、ハリーと視線が絡んだ。彼はダンブルドアの席に歩いて行った。
青を基調した寮、2か月ぶりの場所がとても落ち着く。絵の住人達も「お帰り」と声をかけてくれる。
「寝る前に『N・E・W・T』の試験範囲について、話さないか?」
「やめてくれよ、クィディッチの選抜を考えないといけないんだぜ」
暖炉の火に寄り添うザヴィアーとロジャーは、笑いあう。ロジャーとは、汽車と大広間でもすれ違わなかった。元気そうな彼の姿に安心した。
「ロジャー」
クローディアは普段通り、彼に声をかけた。ロジャーは笑顔を消し、簡単に返す。
「やあ、クローディア。休みはどうだった?」
怒気を含めたロジャーの声は、クローディアに混乱を与える。また、新学期で浮かれていた談話室を凍りつかせた。
「ロジャー、何を聞いているのか、わかっているの?」
憤慨したクララが鋭く咎める。しかし、ロジャーは気にしせず、答えない。煮え切らない彼の態度にクローディアは寂しさを感じつつ、問うた。
「ロジャー、言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいさ」
ロジャーは乱暴に頭を掻いてから、立ち上がる。
「ママに学校に戻るなって言われた。ハリー=ポッターと関わるなって、後は言わなくてもわかるだろう? 君だって、学校に戻るべきじゃなかった!」
ざわめく談話室。同情めいた視線がクローディアに集まる。その視線を一身に受け、胃の緊張を解すように深呼吸する。
「私はハリーの味方さ。これからもさ」
クローディアの本音に、落胆したロジャーは背を向ける。それは決別で、拒絶を意味していた。自分に好意を抱いてくれた分、切なく思う。
「ありがとう、ロジャー。もし、私に何かあったら、馬鹿な奴だって、嗤っていいさ」
それだけ告げ、クローディアは自室に駆け込んだ。後から、パドマが追って来た。
「新入生達は、先に部屋へ行かせて正解よね。あんな言い争いを見せずに済んだもの」
「ごめんさ、雰囲気悪くしてさ」
口を開くと、涙が零れそうだ。自分が考えるより、心の衝撃は大きい。
パドマは何も言わず、クローディアを寝台に座らせる。高ぶる感情が落ち着くまで、傍にいてくれた。
「パドマ、監督生。おめでとう」
必死に言葉を紡いだので、クローディアの顔はくしゃくしゃになっていた。それがおもしろかったらしく、パドマは口を押さえて笑い出した。
頃合いを見計らって、リサが入ってきた。彼女はパドマと視線を絡め、クローディアへと丁寧に包装された箱を渡した。
誕生日の贈り物を貰ったのだ。クローディアと親しい女子全員で、皆と相談して決めたと教えてくれた。ハーマイオニーから聞いた「お楽しみ」がこれでわかった。
「17歳ですもの、奮発しましたの」
渡された包みを開けると、櫛が入っていた。藤の文様が刻まれ、その文様が本当に揺ら揺らと動いている。
「その櫛なら、どんなにボサボサな髪も綺麗に梳かせてくれるわ」
パドマの声に、より嬉しさが込み上げる。
「素敵なものをありがとうさ……、私、皆に迷惑や心配をかけてばっかりなのに……」
「そういうことは言わないで下さい。もう慣れっこですもの」
これ程まで、皆に想われていた。感極まり、その場で土下座する。パドマは理解したが、リサはキョトンとクローディアを眺めた。
気分が落ち着いてから、クローディアはパドマに監督生就任を祝った。
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校長室に飾られた歴代校長、その1人フィニアス=ナイジェラス=ブラック肖像画をハリーは見るとはなしに見つめる。シリウスの曽祖父で、現役中は最も人望のない校長だ。
ブラック家にも彼の肖像画はある。ハリーの寝室に使っている部屋にあると、シリウスに教えられた。
思えば、クリーチャーは元校長に話しかける素振りもない。シリウス曰く、肖像画に、ほとんど姿を見せないせいだ。
「なんだね、わしの顔に何があるというんだね」
怪訝そうにフィニアスは、ハリーを睨んだ。
「何もありません、ただ見ていただけです」
「何にもないはずがないだろ」
「フィニアス、落ち着くが良い。この部屋は生徒の興味をそそるに十分じゃ。無論、君も興味をそそる存在じゃろ?」
悪態をつくフィニアスは、校長室に戻ってきたダンブルドアに窘められた。
「遅れてすまない、ハリー」
「いいえ、生徒が寮に帰るまで先生には大広間にいてもらわないと、皆が安心しません」
ハリーは椅子に腰掛け、ダンブルドアは杖で紅茶を振舞う。
「さて、ハリー。汽車で眠ったというのは、君としてはどんな感覚であったかの?」
「うまく言えませんが、知らない間に時間が過ぎていました。ロンに言わせると、本当に静かだったと」
一呼吸、置いてからダンブルドアは問う。
「君はその時、何を考えていたか、覚えているかね?」
「……確か、クローディアの事を考えていました……。その……彼女を否定するような事を考えていたと思います。でも、ベッロに話しかけられたら、それが消えました……」
彼女の名が出ても、ダンブルドアは眉ひとつ動かさず、問い続ける。
「クローディアを否定するだけかの? 相手は彼女だけか? それはいつから?」
「彼女だけです。……裁判が終わってからだったと思います」
「君はコンラッドにボニフェースの事を尋ねたそうじゃが、それは何故じゃ?」
「……彼の夢を見ました。ボニフェースと話をしました。彼は自分が死んでいるとわかっていました。あの、この夢は……多分、本部に行く前から……何度か見ました」
必死に記憶を辿る。
「ボニフェースの夢?」
ハリーの一言を慎重に聞き、ダンブルドアは考え込むように自らの鬚を撫でる。
「先生、僕に何か起こっているのでしょうか?」
「……何とも言えん。何かの前触れと思って良いじゃろう。ハリー、しばらく、クローディアと距離を置いてみてくれんか?」
突然すぎて、ハリーは変な声が出た。
「わしは君達は離さぬべきじゃと思っておった。しかし、それが危険か安心かを判断するには材料が足りぬ。辛いとは思うが」
意図して距離を置く。去年、ハリーはロンにされた。あれは、寂しくて心細かった。それを今度はハリーにしろと言うのだ。素直に嫌だと言いたい。でも、ダンブルドアが直接、提案するのだ。深い意味がある。
「彼女に理由を言うべきでしょうか?」
「それは君が決めるべきじゃ。わしは君に判断を任せたい。いいかのお?」
信頼の伝わる声、ハリーは心が穏やかになる。勇気づけられたのだ。
「僕、彼女に話します。ロンとハーマイオニーに、言っても構いませんか?」
一瞬、ダンブルドアは沈黙した。優しい眼差しのまま、真剣だ。
「良かろう、しかし、3人には、誰にも口外させぬように、固く言い付けるのじゃよ?必ず、そこを突いてくる者は現れるからの」
僅かに緊迫した声で、ハリーは緊張し、唾を飲み込んだ。
「マルフォイのことですか?」
浮かんだのは、スリザリンのドラコだ。
しかし、ダンブルドアは否定も肯定もせず、付け足す。
「魔法省がホグワーツに干渉したがっておる。直に此処へ人を寄越すじゃろう。表向きの事情を携えてな」
意味深なダンブルドアの口調から、ハリーは裁判での出来事を思い返す。
大法廷・ウィゼンガモット。尋問官アメリア=スーザン=ボーンズ魔法法執行部部長。ドローレス=ジェーン=アンブリッジ上級次官。そして、法廷書記のパーシー……等。
パーシーはハリーをファッジ殺害の犯人を見る目で睨んでいた。
ボーンズ女史が冷静に、根気よくハリーを尋問した。責めるのではなく、状況確認の為に……。公平な彼女がいなければ今頃、ハリーはアズカバンに収監されていたに違いない。
「バグマンさんは魔法省を止められないのですか?」
あの無責任な賭博師に嫌悪を込めて、ダンブルドアに問う。すると彼は悪戯っぽく、笑みを浮かべた。
「彼はわしが想定するより、役に立っておる」
ダンブルドアがバグマンを褒めた。しかし、ハリーとしてはフレッドとジョージの件で、賭博師を信頼するには当たらない。
ハリーの複雑な表情から、何か察したらしく、ダンブルドアは喉を鳴らして笑う。
「ただ、あまり、あやつに期待をかけん事じゃ」
この言葉で、校長も大臣に全幅の信頼を置いていないと察した。
閲覧ありがとうございました。
やっと、学校に着きました。
ハリーとルーナ、いままで出会わなかった不思議。
フィニアス=ナイジェラスは、フィニアスとします。ブラックでは、私がシリウスと混ざっちゃいます。
今年度の首席は、セドリックです。選手として試練を乗り越えたので、勝手に首席にしました。