こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

95 / 150
閲覧ありがとうございます。
お気に入り580名を越えました!ありがとうです!
追記、4月30日、誤字報告により修正入りました


11.祖父の遺言

 ――これは遺言である。

 

 私、ボニフェース=アロンダイトを殺す者がいるとすれば、ベンジャミン=アロンダイトしかいません。ベンジャミンは闇の帝王ヴォルデモート卿を主人と敬う信者です。その忠誠心を示さんが為にオーガスタス=ルックウッドより託された『逆転時計』を用いて、私と共に1926年まで遡ったのです。

 私にヴォルデモート卿を破滅から救わせる為です。闇の帝王はハリー=ポッターという赤ん坊により、破滅させられます。

 しかし、私は純血主義やマグル支配にも興味を持てませんでした。過去のベンジャミンも同じです。私の兄として、彼は尊敬できる人間になりました。計画を台無しされ、老いぼれたベンジャミンは私を殺そうとするでしょう。

 ヴォルデモート卿はトム=リドル=マルヴォーロという男です。彼はホグワーツ魔法魔術学校の首席でした。そして、スリザリンの継承者として『秘密の部屋』の怪物を解き放ち、マートル=エリザベス=ウォーレンという女子生徒を殺したのです。今となっては証拠は何もありません。

 彼は用意周到にして、狡猾です。赤ん坊に破滅させられても、蘇る術を持っているでしょう。何故なら『死の秘宝』が刻印された指輪を持っています。マグル育ちの彼が持つなど、これは悪い予感がします。

 私はこれから、彼の辿った道を追います。念のためにアグリッパに遺言を残しておきます。

 重ねていいますが私が死ぬとすれば、それは未来から来たベンジャミン=アロンダイトによって死んだのです。

 どうか、ここまでの事をアルバス=ダンブルドアに伝えて下さい。

 マートルを殺した怪物の飼い主として、濡れ衣を着せられたルビウス=ハグリッドを助けてくれた『変身術』の教授です。きっと、荒唐無稽な話でも信じてくれます。

 コンラッド、頼れるのは息子のおまえしかいない。

 

 ――これは私、ボニフェース=アロンダイトの切なる願いである。

 

 目覚めた瞬間、襲ってきたのは猛烈な吐き気だ。

 脳髄が掻きまわされ、神経の隅々まで異物が混入したような感覚が原因だとわかる。しかし、嗚咽しても口からは何も出てこない。粘液も粘膜もない。

 

 ――ただ、嗚咽した。

 

 新鮮な空気が口から入り、呼吸器官を通して全身に廻りだす。ようやく、吐き気はなくなり、周囲に意識を向けれた。

 見たことない部屋にいた。クローディアの物ではない寝台。質素ながらも、上品さを含めた刺繍を縫われた布団や枕、歳月を思わせる使いこまれた飾り板。窓の外は明るい。太陽の位置から見て、昼だと推測できる。

「おはよう、……約2時間か……、重畳だろう」

 声に振り返れば、コンラッドがいる。サイドに座り、腕時計を眺めては勝手に納得して頷いて見せた。

「……? お父さんがどうして……?」

「ここはホグズミードだよ。今日に備えて、民家を借りておいたんだ。とても、立てこんだ話になるからね」

 『ホグズミード村』。以前、シリウスも民家を借りまでハリーへ会いに来た。

「今日にって……、……何の事だ?」

 一瞬、目を逸らしたコンラッドは自問のような口調で答える。

「……おまえの誕生日、そのズレを埋め合わせる日だ」

 クローディアの誕生日。ドリスはその日が肝心だと述べていた。だが、何も起きなかった。それは石化によって身体の成長が止まっていたせいだ。

「そうか、日数を考えるなら、今日くらいが……」

 言葉の続きは、コンラッドの人差し指で遮られた。

「まずはこちらから聞こう。……全て、隈なく、何もかも、読み切ったかい?」

 読み切った。

 何の事かすぐにわかった。

 脳髄に入り込んできた荒唐無稽の文章は、確かに読めた。

「あれは一体……、まるで……」

「うん、ボニフェースの遺言だね」

 さらりとコンラッドは教えた。

 全く動じないので、こちらが反応に困る。それを余所に紙とボールペンを突き出してきた。書けという意味だと察して、受け取る。

 読むのは楽だが、文章に起こすと内容に動揺して何度も手が止まる。その度にコンラッドは視線だけで厳しく咎めた。字が歪んだが、書き終えた。

 それを渡すと、コンラッドはじっくりと確実に音読する。やがて、読み終えると肩の力を抜いて深呼吸した。

「たった……これだけか、実に馬鹿馬鹿しいよ」

 呆れ果てた口調で、コンラッドは紙を懐に入れた。

 突然、読まされたこちらでさえ、ボニフェースの切実な思いを感じた。息子に託した父親の嘆願を呆れるなど、ありえない。

 怒りが湧き起る。

「何がどうなっているんだ! オーガスタス=ルックウッドは『死喰い人』だろ!? そいつが『逆転時計』を渡したとか! お祖父ちゃんは何者なんだ!」

 寝台から乱暴に立ち上がり、コンラッドの胸倉を掴む。苛立ちに歪んだ顔が眼前に迫っても、彼は眉ひとつ動かさない。それどころか、事もなげに手を振り払う。椅子から立ち、サイドテーブルにあったリンゴとバタービールを投げ渡した。

水だけを飲んだコンラッドは、再び椅子に座り足を組む。何か語る時の彼の仕草のひとつだ。

「……全てはあの日、闇の帝王が凋落した事から始まった……」

 一呼吸置いて、端正な唇が動く。

「まずはベンジャミン=アロンダイトの話をしよう。彼はスクイブだった」

 スクイブは魔法界での生活は難しく、マグルの世界で生活を余儀なくされる。そのように教育されるのが一般的。

 しかし、例外もあった。ホグワーツ管理人フィルチがその例だ。藁に縋る思いで魔法界の職に就く。

 ベンジャミンは自らの曽祖母ルクレース=アロンダイトの伝手で、魔法省の清掃員として勤務した。

「ここでクソ婆……失礼。ルクレース老の話になるが、老にはシギスマント=クロックフォードという兄がいた。兄は錬金術に精通していたが、研究途中で亡くなったんだ。この人はドリスの曽祖父にあたる人だ」

「お祖父ちゃんの……後見人。その人が亡くなったから、お祖父ちゃんは学校を辞めたって話を聞いた」

 グリンデルバルドの一件と重なり、臆病風に吹かれたと噂が立っていた。しかし、ベンジャミンは作曲家として名を馳せたはずだ。

 矛盾を感じてもまだ質問しない。

「そう、彼は愛弟子だったトトに遺産として残すはずだったが、ルクレース老はすべて取り上げた。当時、老は魔法省の上層だったらしいから簡単だったろう」

「『正当な押収に関する省令』……、けど、それは闇の物品を相続できないようにする法律のはず……」

 思わず口を挟めば、コンラッドは適当に頷く。

「何事にも法の抜け道はあるよ。……それでベンジャミンは、ルクレース老の伝手で魔法省の下っ端の下働きに就職した。そして、老は闇の帝王に共感して『死喰い人』になった。闇の帝王が凋落して、すぐ残った『死喰い人』と信者共はご主人さまを救う手立てのひとつとして、過去に行く案が出たんだよ」

 そこで『逆転時計』の出番になった。だが、それは一方通行のはずだ。まさかの推測にゾッと寒気がする。

「そう、行っても帰って来れない。そこで御鉢が回ったのは、スクイブのベンジャミンだ。彼がどうして承諾したか、今となっては本人もわかっていないだろうね。まあ、老に逆らえなかったんだろうというのが見解かな?」

 嘲笑し、続ける。

「過去を遡り、ベンジャミンはすぐにアロンダイト家を訪問した。老は最初こそ疑いはしたが、ベンジャミンが未来から持ってきたモノを見て、すぐに信じたそうだ。それがシギマスントの研究物だ」

 その研究物とは何なのか、視線で問う。

 重苦しく息を吐いてから、コンラッドは億劫そうに天井を見上げた。

「『ホムンクルス』だよ」

 一瞬、理解が遅れた。しかし、シギスマントが錬金術師ならば、しかも高名なニコラス=フラメルの弟子だったならば、可能かもしれない。頭の一部が冷静に判断した。

 急に胸中が騒ぎ出し、背筋に嫌な汗が流れる。

「シギスマントが自分を媒介に作っている途中の代物だった。だが、老の手に負えるはずもなく、仕方なく無理やりトトに命じて完成させた。この時期にはシギスマントは亡くなっていたからね。完成した『ホムンクルス』はボニフェースと名付けられ、アロンダイト家の次男として戸籍登録された」

 衝撃の事実は、手足に痙攣を呼ぶ。

 祖父ボニフェースが『ホムンクルス』、否、媒介がシギスマントならば彼そのものだ。人間が魔法といえど、人間を造り上げた。死んだ人間を元にするなど、まるでフランケンシュタインのようだ。

 しかし昔程、恐怖を感じない。

 寧ろ、魔法界ならあってもおかしくない。自然な事のように思えた。例え、稀でも存在はしているのだ。

「ボニフェースが10歳の時、ベンジャミンは家を追い出された。正確にはマグルの世界に放り出されたんだ。マグルの中で、少しでも地位を得る事がいつか闇の帝王を救うと信じられてね。トトも散々、手伝わされたよ。でも老害どもに予想もしないことが起こった」

 眉間のシワを解し、コンラッドは水を飲んでから続けた。

「ベンジャミンは自分の地位を確約していく内に、マグルを本当に愛してしまった。ボニフェースは元々が純血主義なんぞに興味なかったからね。子供達が自己の考えを持つにつれ、アロンダイト夫妻も影響を受けて、変わったよ。威張るだけの婆と未来から来たと嘯く爺どもの洗脳が解けたというべきかな。とにかく、老人どもに従わなくなった。決めては……子供達が結婚してアロンダイト籍を抜けた事だ。2人とも、それぞれの細君に婿養子となった。ベンジャミンはブッシュマン、ボニフェースはクロックフォード」

「ブッシュマン!? まさか、ジュリアの!?」

 思いついた事を確認する意味で、つい叫ぶ。

「シレンシオ(黙れ)」

 いい加減、口を出される事を煩わしく思い、コンラッドは魔法で黙らせた。

「子供達を精神的に失い、ルクレース老は心労で倒れた。老が亡くなり、老いぼれベンジャミンは見放された挙句に、僅かな金銭と共に追い出された。夫妻としては違法な時間操作をした未来の息子を魔法省に突き出さなかっただけ、情けのつもりだったんだろう。闇の帝王に人生を台無しにされた老いぼれは、ボニフェースを恨むしか生きる気力を得られなったんじゃないかな?」

 呆れている。コンラッドは呆れ果てている。老いたベンジャミンに対して、情けは微塵もない。

「そして、ボニフェースは殺された……。ベッロは闇の帝王が差し向けたと思い込んでしまった。遺体を持ち去ったのだから、当然と言えば当然か」

 ボニフェースの予想通り、老いたベンジャミンに殺された。だが、若いベンジャミンも死んだはずだ。【ザ・クィブラー】では弟に会うと言葉を残していた。

(まさか……ベンジャミンを殺したのは……)

 疑問を視線で訴えると、コンラッドは事もなげに頷く。

「もしも、ボニフェースが若いベンジャミンを殺したと思っているなら、違うよ。それだけは、わからない。何故か彼は死んだ。過去を失い、老いぼれは跡形もなく消え去った……」

 

 ――時間に干渉した代償は、変わってしまった家族。無くしたのは人生そのもの。挙句の果て、言葉通りに自分すら失った。

 

 脳髄は痙攣し、応じて胃が捩じれそうだ。

 しかし、ボニフェースは万が一に備え、遺言をベッロに託していた。コンラッドは今、初めて読んだ様子だ。

 疑問が表情に出ていたらしく、コンラッドは躊躇いを見せる。唇が痙攣し、手元も落ち着かない。自分をごまかすように、彼は髪を掻き上げた。

「17歳の時、私もそれを読むはずだった……。だが、読めなかった……」

 ゆっくりとした仕草で左の袖を捲り上げ、色白で肌触りのよさそうな腕が露になる。それから、前腕を指先で慎重に撫でた。

「その頃、ここに『闇の印』があってね。それが邪魔をして、読み切れなかったんだよ」

 コンラッドの声は機械的ながらも完全に怯えていた。

 ヴォルデモートの象徴たる『闇の印』。それを腕に持つのは、下僕にして従者を自称する『死喰い人』だけだ。マルフォイ氏やクラウチJr、そしてクィレルがそうだ。

 衝撃の事実に硬直した。だが今、コンラッドの腕にそれはない。その事だけで、冷静さを維持できる。きっと『解呪薬』の力で消したと推測できた。

「印を受けたのは6歳の時だ。……アブラクサス、ルシウスの父親に拐された……。元々、ボニフェースが残した物を闇の帝王に献上する為だった。……何もないと知るや、私を……捧げようとしたんだ……。くだらないご機嫌とりの為に、だが……目論見は失敗した……闇の帝王は、幼かった私に何の興味も持たなかった。……そこでアブラクサスは、私をルシウスの従者にと……教育しだした……。印はその一環だ。何処に逃げても、無駄だと……」

 思い返しているらしく、コンラッドの額から緊張の汗が滲み出てきた。

 僅か6歳で誘拐され、しかも身勝手な教育の為に『闇の印』を植え付けられた。教育などと言っているが、実際は口に出すのも、おぞましく残酷な体験だったのだろう。

 コンラッドは、まだ心の傷が癒えていない。

 同情してしまい、知らずと涙が零れた。

「……監禁された私は、ダング……マンダンガス=フレッチャーに助けられた。ダングから、誘拐されてから、一月程度だったと知らされたよ。……あいつの数少ない武勇伝さ。……元々ダングは、ドリスの両親……祖父母に投資話を持ち込んで、破産させた罪悪感があったから、その罪滅ぼしもかねたんだろう。一応は感謝している」

 笑い所なのか、コンラッドは薄笑いを浮かべた。全く笑えない。

「話は逸れたが、……印があれば、いつでも捕まえられるとアブラクサスは思っていたんだろう。追って来なかったよ。ドリスを含めた癒者数人に診て貰ったが、印はどうにも出来なかった。そのせいで私は遺言書が虫食いのようにしか、読めなかった。何とか読めたのは、ポッターに闇の帝王は滅ぼされる部分だけだった」

 疑問があり、口を動かす。気づいたコンラッドは指先を動かして魔法を解いた。

「何故、成人した日だった? もっと早くに遺言書を読めれば、回避できたかもしれないのに」

「……ボニフェースの性格を考えるなら、ハリー=ポッターの為だろう。私が早くに知ってしまい、何かの手違いで彼が生まれない流れとなるかもしれない。自分達の家族が変わってしまった例もあるからね。まあ、私はどのポッターの事か、すぐに判断できた。ダンブルドアにも知らせたが、結局……私には何も変えられなかった」

 自らの無力さを嘆き、コンラッドの目は細くなる。

「……残りの遺言を読む為に、私達は別の手段を用意した」

 視線を向けられ、納得する。息子コンラッドで駄目だったなら、孫クローディアに読ませるしかない。

 その推理に心が躍る。つまり、2人は確かに親子なのだ。

 だが、ここで強い違和感にして不可解な感覚が胸に生まれる。

 ベンジャミンは『ホムンクルス』を持って、過去を遡った。では、元々の『ホムンクルス』が少なくとも、1体はあるはずだ。

 そして、スネイプの言葉が真実なら、コンラッドは子種がない。なのにクローディアは彼と同じ血が流れ、ボニフェースの遺言書を読めた。

 

 ――まさか、マサカ。まさか、まさか、まさか……。

 

 これまでの情報が虫食いの問題用紙を埋め、回答欄の答えを導き出した。

「私は……『ホムンクルス』、私が『ホムンクルス』」

 他人事のように言葉は漏れる。

 耳聡く聞き取ったコンラッドは感心していた。

 称賛を表情に出し、満点を取った我が子を褒めるように微笑んだ。

「よく推理したね。そうだよ、その通りだ。私は印を受けた影響で、子種が死滅していたからね。ならば、私よりもボニフェースにより近く……、いいや、シギスマントにもっとも近い『ホムンクルス』を造り上げる。それしかなかったんだ。それがおまえだよ」

 

 ――断言された。

 

 鈍器で殴られるよりも酷く、そして強い衝撃を与える。衝撃は石となり、身体に沈みこむ。それでも、質問の為に唇は動く。

「お祖父ちゃんが……シギスマントに近いのでは?」

「ボニフェースは寧ろ、劣化版だ。言っただろう? トトが無理やり作らされたと、ほとんど適当に作ったのさ……。その点、ホルモンバランスを調整して女の形にしただけでなく、祈沙の姿へ成長するよう造形を整えられた。おまえはトトの最高傑作にして、『賢者の石』に並ぶ、錬金術の神髄と言ってもいい」

 饒舌なコンラッドの能弁から、僅かな恐怖を感じる。

 恐れている。

 コンラッドは、クローディアを……シギスマントにもっとも近い『ホムンクルス』を恐れている。死んだ人間を元にした怪物を我が子として、育てさせられた恐怖を察してやれない。

「お母さんは、この事を知っているのか?」

 微笑んだまま、コンラッドの唇は止まる。一度、乾いた下唇を舐めてから答えた。

「祈沙は全て知っているよ。闇の帝王との因縁も、何もかも……」

 既に知られていた安堵と皆に騙されていた衝撃が交互に、胸を騒がせる。

 

 ――まだ足りない。納得できない部分はまだある。

 

 遺言書を読ませるだけなら、成長した段階のモノを作ればいい。ベッロの中にあるなら、取り出せばいい。思い付ける2つをしなかったのは、おそらくトトにも出来なかったか、しなかった。

 ボニフェースがベッロに遺言書を隠したのは、ヴォルデモートに知られても愛する蛇が相手なら、粗雑な扱いは受けないと踏んだのだ。

「どうして、お祖父ちゃんの遺体をトム=リドルが持ち去ったってわかる? 目撃者はベッロだとしても、あいつは約束で誰とも口を利かなかったはずだ」

「……『憂いの篩』を知っているかな? 簡単に言うと記憶の場面を見る道具だ。それで、ベッロの『憂い』を見たんだよ。ペティグリューの行動もそれを使って真実を晒したんだよ」

 校長室にある『憂いの篩』。以前、ハリーが覗き見た道具だ。とても鮮明だったと教えられた。

 石化で成人がズレる事はドリスも予想できた。万が一の為に備えて、誕生日に身構えていた。ハリーを呼んだのは関係者であり、知る権利があると思った。スネイプは、ずっと隠していた事への謝罪も含めていたに違いない。

 コンラッドは10年以上、連絡を絶っていた。これは本当にしても、全て納得済みの計算だ。息子を探すドリスの旅というのは『死喰い人』から身を隠す方便だ。ルシウス=マルフォイがコンラッドに拘った理由は、納得だ。

 日本での生活も、『死喰い人』対策と考えられる。

「どうして、私を最初から魔女として教育しなかった? 『闇払い』とはいかなくても、それなりに訓練させておけば、お祖母ちゃんは……お祖母ちゃんを助けられたかもしれないだろ? 言っておくけど師がいないとか設備がないなんて言い訳は通じないぞ」

 以前、トトは講師をすると提案した。実家の蔵を使えば、施設など簡単ではないが幾分か用意できる。

 途端に、コンラッドは露骨に顔を歪める。

「一応、言っておくがドリスの……母の死は、私も予想外だった……」

 失言を知り、詫びる。コンラッドは顔を顰めたまま、続けた。

「それに文句はトトに言うんだね。あの爺、ホグワーツに入学させるまで、魔法界から遠ざけるべきだとか、おまえを手離さなかった。予想以上に、おまえを愛おしく思ってしまったらしい。全く……。まあ、おまえの性格を試すにも丁度良かった」

「私の性格を試す?」

 怪訝すれば、コンラッドは苦笑を返す。

「どこまで理不尽に耐えられるか、という事だよ。何の前置きもなく日本から離されて、いきなり魔女だと言われ、歳の違う同級生から白い目で見られたり……とかね」

 小学校を卒業した年は、唐突な出来事ばかりだ。魔法学校に入学してからは、怒涛の毎日だった。自分なりに苦労した。罵倒や敵意、嘲笑、嫉妬も受けた。

 どれも生きていれば、何処かで体験した事ばかりだ。逃げたりなど、しない。先に覚悟をすれば、心の受け取り方も変わる。

 

 ――だが、本当に理不尽は覚悟もなく、やってくる。

 

「そんな理由で黙ってたんだ……本当に、くだらない……」

 苦笑して、ハリーを思う。

「ハリーは? ハリーこそ、全て知っているのか?」

「いや、彼が知るのは自分の人生だけだ」

 ハリーとヴォルデモートとを結んだ『予言』について、語られた。トレローニーが本当に『予言者』の血族だった事も少々、驚かされた。制御できない力であっても、偶然、就職面接中にダンブルドアの前で霊媒状態になれたのは、幸運かもしれない。

 思えば、初対面の折にクローディアに向かって「存在がありえない」などと告げられていた。

「トレローニー先生は普段、自分や他人を誤魔化しているのか?」

「知らないよ。その辺は本人と話してごらん」

 演技であろうとなかろうと、不吉な予知ゴッコは控えて欲しい。

「おまえを11歳で入学させなかったのは、ハリー=ポッターと同じ学年にする為だった。これはドリスの案だ。おまえ達が闇の帝王と戦う時、信頼し合えるようにね」

「スリザリンだったり、友達になれなかったら、どうすんだよ?」

 偶然や経緯があり、友達になれた。何かが違えば、友情は生まれない。

「それはないだろう。例えスリザリンでも、おまえはドリスに言われたら、否が応でも、ハリー=ポッターを気にかけただろう? お祖母ちゃんの為に」

 ぐうの音も出ない。

 確かにドリスが望むなら、出来るだけハリーと接した。そもそも、彼を気にした切っ掛けは彼女だった。

 ドリスがハリーのファンだったからだ。あの熱狂ぶりは、彼を意識させる為の演技だったはずがない。

 ゾッとした考えを振り払うため、別の疑問を口にする。

「奴らが『予言』を求めるのはわかる。しかし、お祖父ちゃんの遺言書を何故、今になって求めるんだ?」

 闇の陣営は、2つのモノを求めている。

 ひとつは、魔法省・神秘部に保管されたハリーの『予言』。これは理解出来る。全貌を知り、何か得られると思っているのだ。

 もうひとつは、ボニフェースの遺言書。ヴォルデモートは彼の死後、一度だけアロンダイト家を訪問した。その際、誘導されて曽祖母は口を滑らせてしまったという。

「おそらく、ボニフェースに孫がいると知ったからだろうね。そして、忘れ去っていた遺言書にどんな内容なのか、知るべきと思ったんじゃないかな?」

「つまり、……ヴォルデモートにとって、私達は寄り道みたいなモノ? 絶対の目的ではなく、ついでに済ませてしまおうと……?」

 自分で口にしながら、寄り道とは云い得て妙だ。

「そうだな、闇の帝王が行く道に逸れた。ちょっとした……寄り道。ははっ……上手い例えだ」

 億劫そうに立ち上がり、コンラッドは扉のノブに手をかける。

「話、疲れた。下にいるよ。昼食の用意は出来ているから、いつでも下りてきなさい」

 疲労感のある口調に嘘はない。

 コンラッドは辛い過去を話した。無理もない。引き留める意味もなく、見送った。

 扉が閉まる前に、まっ先に浮かんだ言葉を口にする。今でなくては駄目だ。

「お父さん、本当のことを話してくれて、ありがとう」

 聞こえた言葉に、コンラッドは驚愕で目を見開く。

 紫の瞳は驚くだけで嫌悪してない。恐れもない。その感情が読み取れ、嬉しさがこみ上げる。

「それでも……私を父と呼ぶか……」

 呆れていた。嬉しそうな呆れ顔だった。

「祈沙と同じだね、彼女にとって、おまえはただ1人の娘だから」

 独り言のように呟いたコンラッドは最後まで聞かせる気もなく、扉を閉めた。

 

 独りっきりになり、寝台に寝転んだ。

 一度に情報を得て、頭に強い熱を感じる。眉間を解し、嘆息した。

(一度も名前、呼んでくれなかった)

 コンラッドにとって、自分は娘ではなかった。思えば、彼の口から「娘」と呼ばれた事は一度もない。実際、シギスマントの異性版として認識していたのだろう。

 ジギマスントの人となりは、トトに聞くのが無難だ。

 こんな時に何故、トトは現れないのかと何気なく窓を見やる。

「よっ! 話、終わった?」

 何故か、ジョージが窓に張り付いていた。

 ちなみに、ここは2階だ。即座に窓を開け、ジョージの顔面に蹴りを入れる。彼は切羽詰った様子で、クローディアの足を両手で受け止める。

「何してんだ? あ? 授業はどうした? いつから聞いてた?」

「ちょい待て待て! せめて、中に入れてくれ! 通報される! 外、外、吸魂鬼がいるのお!」

 よくよく見れば、ジョージは箒も使わず浮いていた。話が進まないので彼を招いてやる。

「ジョージ、何時の間に飛行術をそこまで上達させたんだ?」

「そりゃあ、本部に居た時にトトさんに色々とご指導ご鞭撻をな。……そんな事より、学校、サボって何してんだよ」

 それは、こちらの台詞である。

 ジョージの胸倉を掴み、そのまま一本背負いで床に叩きつける。轟音と共に彼は床へ倒れこんだ。

「どうぜ、『伸び耳』とかいう道具で、盗み聞きしてたんだろ?」

 叩きつけられた衝撃で、ジョージは覚束ない手つきで「×」を作る。

「……魔法だと思うけど、全然、聞こえなかったぜ。それにおまえの親父さん。俺に気づいてたしよ」

「あんたのせいで、呆れてたんかい!? 大真面目な話をしている時に! 何してくれてんだ!?」

 ジョージの胸元を跨ぎ、乱暴に襟を揺さぶる。何故か、彼は満足そうに爆笑して、クローディアの頭を押さえる。

「元気でたか?」

 

 ――たった一言。その一言が嬉しい。

 

 達観して眺めていた事実と真実を身体に浸透させ、現実感を味あわせてくれる。現実感は涙となって瞳から溢れてきた。誰の為でもない。自分への涙だ。

「ジョージ、私、怪物だったさ……。お父さん、ずっと、話してたのに、全然、名前、呼んでくれなかったさ」

 怪物は自分だ。他人を怪物と思うことも、滑稽にして愚像だ。怪物だったから、コンラッドはクローディアを避けていた。

 それだけが胸を痛めた。そう、それだけだ。

 身体に沈んだ石は、重石ではなく、皆が自分に向ける想いだ。他人からの想いは、自分のより強く心に刺さってくる。しかし、傷つきはしない。全て、受け止めればいい。受け取られるように、強くなるしかない。

 そうすることで、命をくれたトトや愛を教えてくれた人々へ報いれるというモノだ。

「おまえが怪物だっていうなら、そうなんだろう。俺も悪戯坊主だしな」

 当たり前のように、ジョージは笑う。怪物を物ともせず、友人として受け入れている。まるで、成績が低いけど気にするなという口調に似ている。

 成績で授業を思い出す。涙を拭って、もう一度、問う。

「授業はどうしたさ?」

「朝食の席に、おまえがいないから、探してたんだよ。ザヴィアーを問い詰めたら、医務室だって言うけど、何処にもいないし……。しょうがないので、職員室とか、フリットウィックの事務所で情報収集したら、ダンブルドアが、ここだって……」

 意外な情報源に目を丸くする。

「ほら、第3の課題の後、俺達、おまえを探しただろ? それで俺がおまえを諦めないだろうからってよ」

 不意に脳裏を掠めたのは、ジョージの言葉だ。

〝言ったじゃん、君を独りにしないって〟

 ジョージは自分の宣言を守ってくれた。独りになったクローディアは、思考の泥沼にハマってしまう。彼が来なければ、出口の見えない自問自答を繰り返していただろう。

「前から、思っていたけどさ。浮気にならないさ? ジュリアに言いつけちゃうさ」

 意地悪く笑うクローディアに、初めてジョージは困った顔をする。

「あいつとは、別れたんだ。去年のクリスマスに……俺としては、別れたつもりだった。けど、ジュリアは全然、納得してくれない。それだけだって」

 ジュリアは確か、ジョージと上手くいっていないと述べていた。別れ話のせいだと納得する。そして、彼女の彼を手放さない執念が怖い。

「あんた、私の事、好きって言ってなかったさ? ジュリアに恨まれたくないから、ちゃんと清算するさ」

 痴情のもつれは、時として嫉妬という名の攻撃となる。

 途端に、ジョージの顔が輝く。

「ジュリアの件が片付いたら、俺との交際を考えてくれるのか?」

 会話の内容を思い返すと、そう取られても仕方ない。クローディアは笑いを噴き出す口元を押さえる。

「私に気があるなら、もう一度、告白して欲しいさ。私も心の準備をするさ」

 冗談ではない本心は、ジョージにも伝わる。彼は嬉々として受け入れ、まだ承諾もしていないのに興奮して喚きだした。

「邪魔をして悪いが、食事にしなさい」

 扉の隙間から、コンラッドは覗き見ていた。その姿に心臓が跳ねる程、驚いた。

 

 昼食の席には、既にダンブルドアが当たり前のように座る。予想はしていたので、もう驚かない。素直に挨拶すれば、校長は微笑みを返してくれた。

「校長先生、ジョージを連れてきてくれたんですか?」

「ほほっ。勿論、たたではないぞ。ミスタ・ウィーズリーは、ズル休みになるのでのお。週末のホグズミード行きを禁止じゃよ。条件を受け入れたからこそ、わしも誠意を受け止めたんじゃ」

 肝心のジョージは、幸福な笑顔で頬杖をついている。食卓に料理を並べ終えたコンラッドも、席に着く。

「多めに作ったから、おかわりしてもいいからね」

「はい! お父さん!」

 元気よくジョージが返事した。

「おお、なんという美味……。コンラッドよ、城の厨房で働く気はないかのお?」

「謹んで、ご辞退申し上げる」

 感動のあまり、身振るいしたダンブルドアの勧誘をコンラッドは一蹴する。

「校長先生、何か、私にお話があるのではありませんか?」

 手を動かしながら、問うとダンブルドアは忍ばせた杖を卓に置いた。

「君の杖じゃ。念入りに調べて、異常なしじゃった。それを返そう」

 机に置かれた杖、とても懐かしく感じた。

「一度、オリバンダーに見てもらうと良い。きっと、為になる話を聞かせてくれる」

 杖作り職人だと、理解するのに一瞬かかる。そして、この杖を置く為だけではなく、オリバンダーに会うように示している事が本題だと悟った。

「校長先生、私からもひとついいですか?」

 穏やかにダンブルドアは、先を促す。

「お祖父ちゃんはどうしていますか?」

「盟約の調停をお願いしておる。トトでなければ、納得してくれん者が嬉しい程、多くてな。ワイセンベルク大臣が今だ、わしらを支持して下さるのも彼のお陰じゃ。感謝しておる」

 信頼のある笑みに、納得する。

「お祖父ちゃんは、ワイセンベルク大臣と同窓でした。あのゲラート=グリンデルバルドとも面識があるようです。……スタニスラフから聞きました」

 グリンデルバルドに、殺されかけた事は伏せた。

 それでも、ダンブルドアは目を見開く。その驚愕に満ちた表情は見た事ない。しかし、すぐに普段の穏やかな雰囲気に戻る。

「……成程、人脈の鍵はそこにあったのか、納得じゃな」

 ダンブルドアは、構わず食事を続けた。

 

 昼食が終わり、時計を見れば、後10分で午後の授業だ。

「私は学校に帰ります。よろしいでしょうか?」

 当然の帰宅宣言に、またコンラッドは目を丸くする。ダンブルドアは穏やかに承諾した。ジョージは浮足立って、席を立つ。

「……、気をつけて、帰りなさい」

「はい! お父さん!」

 コンラッドにジョージが元気よく答え、流石に機械的な笑顔が苦笑する。

「さっきから、どうして君にお父さん呼ばわりされるのかな?」

「気にしないで下さい! お父さん!」

 紅茶を飲み干したダンブルドアは、ゆっくりと立ち上がる。そして、暖炉を指差した。そこには錆びた空き缶が置いてあった。

「あれは『移動キー』じゃ、後、一分で作動するじゃろう。さあ、2人とも手を取って」

「え? 学校に直接、移動していいんですか?」

 好奇心旺盛なジョージの質問に、ダンブルドアは悪戯っぽくウィンクした。

「医務室へ行くように設定しておる。ポピーは全て承知じゃ、安心して帰るが良い」

 この様子では、ダンブルドアはまだ留まるらしい。素直に従い、クローディアとジョージは空き缶に触れた。

「じゃあね……」

 コンラッドの憂いを帯びた瞳に、クローディアは出来る限り笑顔を返した。

 

 何の問題なく、医務室に移動した。

 マダム・ポンフリーから、何故かクローディアが色々と文句を言われる。いつ、アンブリッジが確認に来るか気が気でなかったそうだ。

 上機嫌なジョージと廊下で別れ、急いで寮に戻り『闇の魔術への防衛術』の教室に駆け込む。始業の鐘が鳴り終わるギリギリに到着し、皆の注目を浴びた。

 すっかり慣れた無言の授業中、ダートが黒板に文字を書く音だけになる。『忘却術』について書かれていた。

 授業を終え、教室を出るとパドマとリサに両脇をガッチリ掴まれる。

「まったく、どうしたのよ!? 貴女の頭にベッロはしがみ付くし、貴女はぶつぶつ何か喋っているし! 痙攣しているし! 後でクララにも知らせないと! 本当に心配したわ!」

 パドマは心配を通り越して、怒っている。

「ごめん……さ。ちょっと、ストレスが溜まってたみたいさ」

 本気で心配してくれた彼女達に、『ホムンクルス』や遺言書の話は出来ない。どんな反応されるのか、想像するのも恐ろしい。

 

 ――今更ながら、ルーピンの気持ちがわかった。

 

「そうだと思いましたわ。いろんな事がありましたもの。マクゴナガル先生にも、感謝を述べて下さい。貴女を医務室に運んだのは、先生ですから」

 マクゴナガルは騎士団員だ。前もって、今日という日に備えていたか、女子という事で気を遣われたのだ。

「クローディア、ストレスだってよ」

「わかる、俺も倒れそう」

 アンソニーがテリーと話しながら、過ぎて行った。

 

 『古代ルーン文字学』を終え、クローディアは方々に頭を下げて回る。先生方は勿論、クララやザヴィアーにもだ。

「マクゴナガル先生から、貴女は倒れた事は黙っていなさいって言われたから、ほとんどの人は知らないわ」

 有難かった。大げさに騒ぐのは得策ではない。今なら、アンブリッジのせいにも出来る。

「クローディア」

 夢見心地のないハッキリとした口調は、ルーナだ。彼女の首からベッロがするりと降りる。

「もう、大丈夫だね。全部、受け入れなくてもいいんだよ。きっと、わかってもらえる」

 傍から聞けば意味不明だが、クローディアには理解出来る。

 何故だが、ルーナには隠し事が出来そうにない。感受性が豊かであるが故に、察しが良く、敏い。全て見透かされてしまいそうだ。

 決して嫌ではない。むしろ、その思慮深さには何度も助けられた。

「うん、ありがとう。ルーナ」

 クローディアは本心から感謝した。短い言葉だが、ルーナには十二分も伝わった。

 




閲覧ありがとうございました。
重要な秘密程、バラす時の大人はあっさりとバラす。
『逆転時計』での遠い過去に遡った人は、きっといるでしょう。そして、ベンジャミンのように代償を払ったと思います。
クローディアの正体について、感想で触れられた時はひやっとしましたがご満足いただけたでしょうか?
不満だった方へは、すみませんでしたあ!とこの場で土下座ざあ。
●ルクレース=アロンダイト
 穴埋めオリキャラ、シギスマントの妹。元の時間では『死喰い人』として、暗躍する。変化した時間では、早々に病死した。
●アブラクサス=マルフォイ
 ドラコの祖父。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。