こうして、私達は出会う(完結)   作:珍明

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追記:17年3月10日、誤字報告により修正しました。


15.ヴォルデモート卿の犠牲者

 クリスマスの朝はプレゼントの開封だ。クローディアには衣服ばかりだった。ハーマイオニーは本ばかりで、ジニーは女子らしい日用品ばかりだ。

「これ、素敵。コンパクトね」

 上機嫌なジニーはプレゼントに満足していた。

「あら、『ポリジュース薬』の材料だわ。しかも2人分もある。誰かしら?」

 ハーマイオニーは首を傾げながら、材料を大事にトランクへ保管した。

 ハリー達もプレゼントを貰っていた。彼はドビーから似顔絵を貰い、フレッドにからかわれていた。

「これ、どうやって使うんだ♪」

 ジョージはマグルの玩具を弄んだ。フレッドも欲しがるフリをして奪い合った。

「見て見て! 僕専用のブラシだ!」

 何の変哲もない髪ブラシをロンは泣くほど喜んでいた。どうやら、彼は日用品も兄弟のお下がりがほとんどらしい。

 だが、喜びだけではない。パーシーは家族からプレゼントを返却してきた。それどころか、アーサーへの見舞いもない。厨房では朝からシリウスやリーマスによって、モリーは慰められていた。

 コンラッドはモリーの心情を汲み取り、今日ぐらいは家事を休むよう、モリーに勧めていた。彼女は料理を休み、洗濯と掃除はやると言い張った。

 一番、驚いたのはハーマイオニーがクリーチャーにもプレゼントを用意していた事だ。『屋敷しもべ妖精』の分まで、気を配る彼女には尊敬の念を抱いてしまう。

 肝心のクリーチャーはハーマイオニーを『穢れた血』呼ばわりしながら、汚い物に触れる手つきで受け取っていた。

「受け取ってくれたわ。私、それだけで十分よ」

 上機嫌なハーマイオニーにシリウスは水を差す。

「まさか、服じゃないだろうな? あいつは自由にできないぞ。我々の事を知り過ぎている!」

「パッチワークのキルトよ、シリウスもご主人としてお世話になっているお礼をすべきだわ。その為のクリスマスでしょう?」

 ハーマイオニーは当然だと言わんばかりに反論した。

 クローディアもペネロピーとジュリアにプレゼントを渡すため、外出する。勿論、モリーの許可は貰った。護衛としてリーマスを連れて屋敷を出た。

「昼食の準備を手伝おうとしたら、コンラッドに包丁を突きつけられたよ。つまみ食いじゃなくて、味見なのに」

 学校に居た時より、リーマスは若干、瘦せて目の下に隈が出来ていた。寝不足と体調不良は一目でわかる。

「ルーピン先生、具合はどうですか? ご飯は食べていますか?」

「正直に言えば、厳しい暮らしだ。薬がなければ、私はただの……獣だからね。食事に関しては、皆が助けてくれるから心配しなくていいよ」

 無理やり、笑顔を取り繕うリーマスに何も言えない。せめて、満月の間に身を隠す場所を提供できないかを考えた。

 ペネロピーの自宅に着き、彼女は歓迎してくれた。不機嫌な笑顔のジュリアも一緒だ。彼女達はリーマスの登場に、大はしゃぎだ。

 早々に帰ろうとしたクローディアとリーマスは、巨大なアイスカップを貰う。スーパーで売っているのは見た事あるが、本当にデカかった。

 持って帰り、ビルに見つかった。名も知らない騎士団員まで巨大なアイスカップに群がってきたがモリーに追い払われた。

 厨房の冷蔵庫に入れようしたが、大きさで無理だ。仕方なく、コンラッドの魔法で保存した。

 昼食の時間までに、クローディアは有り合わせの材料で帽子を作成する。一見すればキャスケット型帽子だが全身を包んでくれる。ベッロの虫籠と違い、3人まで入れる。

 包装もしていないのに、リーマスは帽子を受け取ってくれた。服と微妙に合っていないが良しとした。

 クリスマス・ランチのデザートは、巨大アイスカップで盛り上がった。

 デザートの時間を見計らい、マンダンガスはやってきた。彼は病院への移動に車を拝借してきたと自慢してきた。

「黙って、拝借することを盗みというのを知らんのか?」

 若干、ムーディはキレ気味に言い放った。

 かつて、幼いコンラッドをマルフォイ家から救出した武勇伝を持ちながら、マンダンガスを見直す気が全く起こらない。

 

 マンダンガスの運転で、クローディア、ハーマイオニー、ハリー、リーマス、シリウス、ムーディ。そして、ウィーズリー一家の大所帯で聖マンゴ魔法疾患傷害病院(略称・聖マンゴ病院)へ向かった。

 荒いがそれでも、マンダンガスの運転は巧い。

「昨日は地下鉄に乗れたのになあ」

「クリスマス当日は地下鉄運休なの。マグルの常識よ。覚えておいてね」

 窓の外を見ながら、ロンはぼんやり呟く。早速、ハーマイオニーの説明が入り、クローディアは新たな常識を知り吃驚した。

 到着したのは、寂れた店舗だ。

 壊れかけのマネキンが受付らしく皆、躊躇いなくショーウィンンド―に突っ込んでいく。駅の魔法と同じように、吸い込まれるように消えていった。

 マンダンガスだけ駐車の為に残った。

 ショーウィンドーの向こう側は、年期の入った病院のロビーそのものだ。

 校長室で目にした元校長ディリス=ダーウェントの肖像画もある。病棟案内や各階に責任の癒者と研修癒の立札まであった。何処も、クリスマスの装飾で彩られていた。

(なんか、病院にヒイラギがいっぱいあると鬼除けみたいさ)

 ここ数年、正月や節分、お雛様、子供の日を過ごしていない。国が違うのだから、当たり前だ。多忙な毎日は望郷の念を抱く暇もない。

 大部屋の病室に、アーサーと他の患者が昼食中だ。

「ご飯中に面会は良くないさ」

 トトが勤務していた病院では、患者の食事中は面会謝絶と決まっていた。

 これは、見舞客が知らずと持ち込んだ菌や埃が食事に混ざり、患者の口に入らぬ為の処置だと説明された。

 その習慣が身に付き、クローディアは遠慮する。ジョージも着いてきた。

「6階に喫茶室があるぜ。そこで飲み物を買おう」

 喫茶室は昼時でも4人しかいない。ネビルと祖母オーガスタ、セドリックとその母親だ。

「メリー・クリスマス」

 お互いに「メリー・クリスマス」と挨拶を交わした。オーガスタは神妙な顔つきで、クローディアへと迫り両手をそっと掴んだ。

「ドリスの事は……。よい癒者でした。この子の両親も彼女には、本当に手厚く看護してくれて」

 喫茶室とはいえ、ここは病院施設。お悔やみを言うのは憚られたのだ。

 クローディアは此処がドリスの勤務先だと強く意識した。しかし、勤務中の祖母を目にしていないせいか、実感はない。

「ええ、ネビルからご両親の話は聞いています。とても勇敢だと」

 涙を浮かべそうなオーガスタは、虚勢を張り力強く頷いた。

 カウンター席に座り、ジョージは紅茶を頼むと誰もいないのに勝手にテーブルへと出現した。そこにネビルとセドリックも寄ってきた。

 ジョージは少々、面倒そうに2人を眺める。

「こっちは親父の見舞いだ。そっちも誰か入院?」

「僕の職場見学だよ。順調よく卒業できれば、癒学生になれるんだ」

 卒業後の計画に向け、セドリックも準備していた。

 クローディアは視線でネビルに気を遣うが、彼は優しく微笑んだ。

「セドリックは僕の両親を知っているよ。2年前に、ここで偶然会ってね」

「あ、『死喰い人』が残した犠牲者って……」

 ワールドカップ後の新学期、セドリックはファッジを批判していた。それは『死喰い人』の犠牲者が未だに残っている現実を受け入れないと述べていた。

 ネビルの両親を知っていたからこその発言だ。

「なあ、何の話だよ」

 蚊帳の外にいるジョージが苛立った口調で言い放つ。唾を飲み込んだネビルは緊張し、それでも幾分か穏やかな口調で両親の話をした。段々とジョージは罪悪感で青ざめる。

「5階の『ヤヌス・シッキー病棟』、そこにいるんだ」

 話し終えた時、ビルやフレッドがやってきた。2人とも、ネビルとセドリックに「メリー・クリスマス」と挨拶を交わした。

「また、親父がお袋を怒らせちまったよ」

「飲み物買ってくるって、逃げてきた」

 適当な飲み物を買い、ネビル達に挨拶してから大部屋に戻る。何故か、セドリックの父エイモスとシリウスが無言で睨み合っていた。

 エイモスはクローディア達に気づいて乱暴な足取りで去った。

「何しに来たさ?」

「顔を見せに来てくれたんだよ。なんだかんだと、私を心配してくれているんだ」

「いたいけなハリーをよってたかって中傷して、何が心配よ」

 笑顔でアーサーが答え、モリーは鋭い目つきでエイモスの去った方向を睨んでいた。

「クローディア」

 リーマスは向かいの寝台にいる。毛布で全身を覆う男の傍に、手招きした。

「こちらはノーマン=ジャヴィーズ。私と同じ体質の人だ」

 リーマスに紹介され、ノーマンは無言でクローディアを見つめてくる。彼女の挨拶も、会釈のみだ。

「この帽子は、ノーマンにプレゼントするよ。私よりも彼が必要だ」

 先ほど、クローディアが急遽作成した帽子をノーマンに渡したい。彼女はリーマスに贈ったのだ。帽子の処遇も彼が決めればいい。

「その帽子がジャヴィーズさんの役に立ちますように」

 嘘偽りない本心で、クローディアはそれだけ言葉にした。不思議そうに瞬きしたノーマンは無言で会釈してから、リーマスの帽子を受け取った。

 帽子を繁々見つめ、ノーマンは躊躇うように口を開く。

「ウィーズリーには、たくさん見舞いが来る。昨日もブロデリック=ボートとかいう魔法省役人が来ていた」

 羨望の眼差しでノーマンはアーサーを眺めた。おそらく、人狼となった彼には誰も見舞いに訪れないのだろう。

「帽子、ありがとう」

 ぶっきらぼうに言い放ち、ノーマンは布団へ潜りこんだ。

 

 見舞いを終え、マンダンガスの運転で帰宅した。

 ハーマイオニー達が意気消沈していたので、ネビルとセドリックに会った話をした。

「私達、道に迷って『ヤヌス・シッキー病棟』に行っていたの。そこで、ロックハート先生にお会いしたわ。自分が誰なのか、何ひとつ覚えてなかったわ。でも、サインを書く練習はしてたみたい」

 まさかのロックハートに吃驚だ。記憶喪失は知るところだが、入院中とは予想外過ぎる。

「それでね、……ネビルのご両親、フランクさんとアリスさんをお見かけしたの。ほら、写真、見せてもらったでしょう? お2人がいる病室を見てしまって……、ハリーは『憂いの篩』で知ってたみたい。校長先生から、口止めされたんですって」

 慎重に言葉を選ぶハーマイオニーは、泣き顔になっていく。

「君も知っていたんだろ? DAでネビルから聞いたんじゃないか?」

 正直に肯定すれば、ロンは直に納得する。しかし、ハリーの目つきだけは怪訝そうにし細くなっていた。

 ハーマイオニーの涙を拭いに、4人は2階の洗面所へ行こうとした。

「よっしゃあああ!!」

 居間から発せられたシリウスの奇声に心臓が痙攣する程、驚かされる。一番に心配したハリーは彼の声を追う。

 シリウスは手紙を握りしめ、絨毯に膝を付いてガッツポーズしていた。大げさな彼に、リーマスはささやかな拍手を送っている。

「ハリー! 保護観察が解かれたぞ! 俺は本当に自由になったんだ! バグマン大臣の奴、クリスマスだから恩赦やるよ、とか!」

「やったね、おめでとう! シリウスおじさん!」

 我が事のようにハリーは喜び、シリウスを抱きしめた。ロンも祝福を込めて、彼にハイタッチする。

「任務だとかって、勝手にウロウロしてたよな?」

「言えてる」

 『姿現わし』で居間に着いたフレッドとジョージが茶々を入れても、シリウスは大はしゃぎで双子とハイタッチを交わす。双子はすぐに朗報をジニー達へ教えに『姿くらまし』した。

 その光景を見ながら、クローディアは独りごこちる。解放感に浸る今なら、シリウスはクリーチャーに温情を与えるかもしれないと考えた。

「クリーチャーは本当に解雇してあげられないさ?」

 水を差された気分で、シリウスの表情は強張る。ハリーに咎めらる寸前、続きを言い放つ。

「知り過ぎているというなら、『忘却術』で記憶を消すといいさ」

「そんな勝手に記憶を消すなんて、惨い事を!」

 ハーマイオニーから批難の目がクローディアに突き刺さった。確かに他人の記憶を弄るなど非道だ。しかし、何も知らずにいられれば、クリーチャーは自由となれる。

「クリーチャーに聞いてみるさ。不平不満を抱えてシリウスに尽くすか、全て忘れて新しい主人に尽くすか……。彼に決めさせて欲しいさ」

 罵詈雑言を受ける覚悟で、クローディアはシリウスを見据える。憤怒の形相で、彼は唇を震わせた。

 緊迫感に包まれ、誰も口を開かない。否、ハリーが場を制そうとした。身勝手な提案するクローディアを引き下がらせる為に、シリウスが怒鳴りだすのを防ぐ為にだ。

「クローディア! あのね……」

 しかし、ハリーはシリウスの手で制される。彼は腹から息を出すような音を吐き、大きく頷いた。

「わかった、クリーチャーの意見を尊重しよう」

「え? あ、はい」

 拒否されると思っていたので、クローディアから変な声が出る。ハーマイオニーは歓喜で叫ぶ。リーマスは安堵の息を吐き、ロンは嬉しそうに驚いた。

 ハリーは傷ついた表情でシリウスを眺めるが、彼の異変に誰も気づけずにいた。

「クリーチャーはどうせ、君の父親と一緒に厨房だろう。行こう」

 嫌な事はさっさと済ませたい。そんな態度でシリウスは小走りで歩く。慌てて、クローディアも彼に続いた。ハーマイオニー達も後に続く。

 居間に、ハリー独りは残っていた。

「どうして……、僕よりも……、クローディアばっかり……」

 悔しさで唇を強く噛む。口中に血の味が広がりさえ、煩わしかった。

 

 シリウスの予想通り、クリーチャーは厨房でコンラッドの傍だ。2人は夕食に向け、下地作りをしている。最近、クリーチャーは手を出さず味見係だ。

「クリーチャー、話がある。こっちに来い」

 ぶっきらぼうなシリウスの態度に、コンラッドは機械的に微笑む。ぞろぞろと現れた集団を一瞥する。

「今、クリーチャーに抜けられたら困るよ。ここで話して欲しいね。いいかな? クリーチャー」

「クリーチャーはブラック家にお仕えします。それがブラック家を貶める者でも、同じでございます。命令とあらば、従うしかございません」

 嫌そうに顔を歪めたクリーチャーはシリウスを見ず、陰鬱な声でコンラッドに答えた。

 苛立ちを隠さず、シリウスは乱暴に椅子へ座る。

「シリウス! クリーチャーに優しくしてちょうだい!」

 ハーマイオニーが彼の態度を咎め、各々、適当な席に座る。遅れて来たハリーも、シリウスの隣に腰かけた。

 深呼吸を繰り返し、シリウスは苛立ちを制御した。

「クリーチャー、おまえは俺に仕えたいか? それとも、ここを出て行きたいか? おまえの意見を聞きたい」

 思わず、コンラッドの手が止まる。質問の意味がわからず、クリーチャーは目を見開く。

 1分程の無言。

 堪えられず、シリウスは質問を繰り返した。

「もう一度、聞くぞ。俺に仕えたくないなら、俺はおまえを自由にする用意がある」

 怒鳴らぬように、シリウスは慎重にそれでいて丁寧な口調で、クリーチャーに語りかけた。彼の十二分の努力を見せる姿は、クローディアを感心させる。

 天井、床を何度も見渡したクリーチャーはコンラッドへと視線を移す。お伺いを立てているのだ。

「君の言葉をシリウス=ブラックに教えてあげて欲しい」

 普段と変わらず、コンラッドはクリーチャーを後押しする。もう一度、厨房全体を見渡してから声を出した。

「クリーチャーは、ここにおります。クリーチャーはレギュラス坊ちゃま……奥様からの最後の命令を……全うします」

「最後の命令? それは、何だ?」

 完全な作り笑顔でシリウスは追及し、クリーチャーはコンラッドを再び見つめる。

「レギュラスにとって、彼は家族ではない。君の知っている事を話しても、レギュラスの命令に背いていないよ」

 一瞬、クリーチャーは安心を見せていた。

 普段の苦渋に満ちた表情で、クリーチャーは語りだした。

 

 シリウスは15歳で家出した。その後、レギュラスは名実共にブラック家の後継とならんが為に16歳で『死喰い人』になった。それから1年後、ヴォルデモートから『屋敷しもべ妖精』の提供を命じられた。勿論、次期当主は主の命令を名誉として受け取り、クリーチャーを差し出した。

 ヴォルデモートに従い、事を終えれば帰還するように命じられた。

 それから、クリーチャーは海辺の洞穴に連れて行かれた。理由も何もなく、奥の洞窟にある黒い湖にまで、行かされた。小舟に乗り、中央らしき小島へ上陸した。

 島には薬で満たされた水盆があり、ヴォルデモートに飲むように命令された。一口飲むだけで、全身が恐怖で震え、臓物が焼ける苦しみに襲われた。痛みと恐怖で、場にいないレギュラスに助けを乞うた。しかし、ヴォルデモートは嗤うだけで、薬を飲ませ続けた。

 空になった水盆にロケットを落とした。そして、ロケットを隠す様に水盆は薬で一杯になった。

「ロケット?」

 嫌な予感がして、クローディアは思わず、呟く。私語にハーマイオニーが視線で咎める。

「それから闇の帝王は、クリーチャーを置いて、船で行ってしまいました。クリーチャーは水が欲しかった。クリーチャーは島の端まで這って行き、黒い湖の水を飲みました……すると、何人もの死人の手が水の中から……」

「……それは亡者だな。前の戦いでも、奴は亡者を従えさせていた」

 深刻そうにリーマスは呟く。

「それで、どうやって逃げた?」

 偽りなく、シリウスは真剣に問いかけた。

「レギュラス様がクリーチャーは帰って来いとおっしゃいました」

 帰還の命令。それだけがクリーチャーを動かし、その場から逃げ切った。

 全てを聞いたレギュラスは、屋敷に籠るように命じた。幾日か経ち、彼はクリーチャーと洞窟へ出発した。そこで、今度は彼が薬を飲むと言い出した。ロケットの偽物を渡し、水盆が空になったら取り換えるように命じた。

 クリーチャーは当時を思い出し、啜り泣く。

「それから、坊ちゃまはクリーチャーに、命令なさいました。独りで去れ、家に帰れ、奥様には決して、自分のした事を言うな。そして、ロケットを破壊せよ。最後に、コンラッド様がブラック家を訪れたなら、坊ちゃまと同等の存在として、仕えよ、……と。そして、坊ちゃまは……」

 皆まで言わずとも予想出来る。レギュラスは亡者に襲われて、死んだ。

「ああ、クリーチャー! なんて……」

 堪らず、ハーマイオニーは泣きだす。躊躇いながら、ロンは彼女の背を撫でて宥めた。クローディアは彼女を慰めるより、恐怖する点に気づいた。

「そのロケットは、どうしたんだ?」

 焦燥で声が上擦る。クローディアの質問に対し、クリーチャーは言葉を渋るように呻く。代わりにコンラッドが答えた。

「壊せなかったようだよ。祈沙に預けていたんだけど、逃げられてしまった」

 淡々とした口調は世間話のように聞こえる。しかし、それで安心できる程、誰も愚かではない。

「逃げられたとは、どういう意味だ? 大体、ヴォルデモートが隠したロケットを自分の妻に預けるだと!! それがどれだけ危険か、わからなかったのか!?」

 烈火の如く怒り、シリウスは椅子から立ち上がった。

「逃げたというのは、別に手足を生やしたわけじゃないよ。おそらく、この屋敷に出入りしていた誰かを誑かしたんだ」

 誰に対してかわからないがコンラッドは嗤う。ゾッと寒気のする笑い方だった。

 しかし他人を誑かすなど、ただの装飾品に出来る芸当ではない。トム=リドルの日記を知る者は、ロケットにもアレに匹敵する闇の魔術が籠められていたと想定し、背筋が凍る思いだ。

「そんな危険な物を何故、ダンブルドアかマッド‐アイに預けなかったかと言っているんだ! 馬鹿か貴様は!?」

「迂闊なのは認めるよ。クリーチャーも私に失望してしまっている。ロケットを壊すどころか、逃がしてしまったしね。本来の妖精としての力が十分に発揮できないくらいだよ」

 失態を認め、コンラッドはクリーチャーに詫びていた。

「コンラッド様に仕えるのは奥様の命令もあります。奥さまはレギュラス様がいなくなり、悲しみに暮れました。それなのに、クリーチャーは奥様に何があったのか、言えませんでした。奥さまはお亡くなりになる時、クリーチャーに命じられました。コンラッド様と再会できたなら、主として仕えよ、と。クリーチャーは待ちました。コンラッド様を待ちました」

 目に涙を浮かべ、クリーチャーは伏して泣き崩れる。コンラッドは妖精を膝に乗せ、禿げた頭を撫でた。

「もういい、もう十分だ!」

 これ以上の会話を拒むように、シリウスは机を叩く。不安げにハリーは彼の腕を撫でるように掴んだ。

 この場にハリーがいる事を思い出したようにシリウスは目元を手で覆う。

「クリーチャー、よく話してくれた。……すまなかった」

 まるで、懺悔だ。シリウスは本心から、クリーチャーへ謝罪していた。

 それは『屋敷しもべ妖精』の心に沁み渡って行く。クリーチャーの涙は止まり、驚愕で見開いていた。

 自分の言葉に羞恥心を感じ、シリウスは厨房から逃げる。必死にハリーは彼を追いかけた。ロンも追うとしたがリーマスに止められた。

「ここはハリーに任せよう」

 その意見にクローディアも賛成だ。2人は親子同然の関係である。本音をぶつけ合い、重荷を外せるだろう。

「クリーチャー、これで涙を拭くさ」

 魔法でハンカチを出し、クローディアはクリーチャーに渡す。クリーチャーは汚物を避けるように拒んだ。普段の態度を見せたので、安心する。

「お父さん、いつロケットがお母さんから逃げ出したか、わかるさ?」

「新学期の翌日だね。祈沙を空港に送ろうとした時、気づいたよ」

 料理を再開したコンラッドは、せっせと手を動かす。その横で、クリーチャーまで指を鳴らし、鍋を掻きまわしだした。

 

 泣き腫らしたハーマイオニーを落ち着かせる為、クローディアとロンは今度こそ、洗面所にいた。

「でも、君のお父さんに仕えさせたかったなら、どうしてシリウスの屋敷にいるんだろう? 自由にして貰えなかったのかな?」

「きっと、レギュラスの為さ。ブラック夫人にとってレギュラスは帰りが遅いだけで、死んでいると思いたくなかったさ。彼がいつ帰ってきてもいいように、クリーチャーを残して置きたかったさ」

 ロンの疑問にクローディアは、ブラック夫人のレギュラスへの愛を想う。憶測でしかないが、的外れでもないだろう。

 肖像画に聞けば、より詳しくわかるだろうが答えて貰えるとは思えない。ロンが試しに真相を尋ねたが、普段の金切り声を返されただけだ。

 

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 2人はシリウスの部屋だった場所にいる。家族部屋である上階は、まだ掃除を行えていない。故に室内は埃っぽい。それだけでなく、錆びた自転車が置かれ、水着女性のポスターが貼られていた。

「15歳の時、私は家を出た。その時のままだ」

 沈んだ声を吐き、シリウスは半壊した椅子に座る。疲労しきった顔つきで、顔を手で覆う。

「知らなかった……、ずっとレギュラスは怖気づいて殺されたんだと思っていた。それがヴォルデモートを出し抜く為に命をかけたなんて……」

 シリウスはブラック家の家訓、闇の魔法、純血主義を軽蔑し、嫌悪し、批難していた。家族で異質だった彼は自分の心に従った。

 従って、家を捨てた。

 捨てた家族が死に、没落したのは自業自得だと信じていた。その弟が身体の中のトゲとして、ヴォルデモートに仇なそうとした。

 突きつけられた真実に、シリウスは戸惑い、受け入れを躊躇う。

 その気持ちがハリーには十分、理解できる。

 母の血筋による保護魔法を承知で、ペチュニアはハリーを引き取った。それを知った時と同じ心情なのだ。

 髪を搔き毟るシリウスの頭をハリーは胸に抱いた。自分なら、こうして抱きしめて貰いたいからだ。

「僕達が何も知らなかったのは、僕達のせいじゃないよ。言われないと、わからないもの。何を考えているかなんて、分かりようがないよ」

 知らずと、シリウスを抱きしめる腕に力が入る。その力に応えるように彼は呻き声をあげた。それは初めて聞く、名づけ親の泣き声だ。

 ハリーの心も悲しくさせる泣き声だった。

 この声を聞きながら、クローディアを想う。否、恨む。彼女が発案したせいで、シリウスは泣いてしまった。彼女がいると平常心は保てない。

 逆恨みのような感情を制御すべく、ハリーは心を閉じた。

  

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 クリスマス・ディナーに大勢が集う。誰も彼も、コンラッドの手料理目当てだ。

 ジュリアまで現れ、ジョージの腕にしがみついていた。フレッドを身代わりにして、彼は人混みに逃げ込んだ。

「ルーピン先生、亡者ってどういうモノなの?」

 すっかり元気になったハーマイオニーは、リーマスへの質問に抜かりがない。

「こっちはクリーチャーの手料理だよ。ほら、この子がクリーチャーだ」

「ああ、美味い。流石はクリーチャーだ」

 ビーフシチューを貪るポドモアに、コンラッドが肩に乗せたクリーチャーを紹介した。その横で、ほろ酔い加減のシリウスがクリーチャーを褒めている。

 魔法で厨房を拡大しても、狭く感じてしまう人数が犇めき合う。学校で慣れたとはいえ、クローディアは気分が酔った。

 玄関ホールに立ち、新鮮な空気を求める。

「調停役なんぞ、くそ食らうじゃわい。やってられん!」

 いきなり入ってきたトトは携帯電話を床に叩きつけた。通常の携帯電話なら壊れただろうが、無傷で絨毯を転がった。というか、貴重な携帯電話を粗雑に扱わないで欲しい。

 待ち焦がれた再会だが、疲労困憊を超越した彼を見てクローディアは様々な感情が萎えた。

「お祖父ちゃん、メリー・クリスマス」

「おう、メリー・クリスマス」

 若干、キレ気味でトトは投げ捨てた携帯電話を拾う。ダンブルドアとスタニフラフまで入ってきた。2人とも「メリー・クリスマス」と挨拶を交わす。

「皆、厨房にいます。今夜はクリーチャーも手料理を振舞ってくれたんです」

「ほお、何かクリーチャーの心境を変える事があったのじゃな? 良い兆候じゃ」

 愉快そうに笑い、ダンブルドアは厨房へ下りて行く。

「スタニスラフはクリスマスを家族と過ごさないさ?」

「貴女と過ごせると思ったので、トトに着いてきました」

 歯の浮くような台詞を呼吸の如く、スタニスラフは言い放つ。正直に照れたクローディアは耳まで真っ赤になった。

「そんなお世辞はいらん! セオドール=ノットの件じゃろう。転校の手続きは順調じゃよ。『O・W・L試験』の結果を問わず、来年度は編入できるぞ」

「僕としては、そちらが建前だったのですが……」

 トトがぶっきらぼうに説明しても、スタニフラフは笑顔を崩さない。

「ワシは来織と話す。先に行け」

 上から目線の命令をスタニスラフは、やれやれと首を竦めて厨房に下りた。

 落ち着いて話す為、居間へと移動する。室内を見渡し、トトは指を鳴らす。音を切欠に、視界は一瞬にして、室内からプレストコンクリート橋の上へと変貌した。

 身体は移動していない。その確信がある。しかし、頬を撫でる冷たい風は本物と相違ない。外だとしても、この真冬に雪が積もらないなど変だ。それに寒さも感じない。

「おまえの誕生日から、今日までの出来事を全て話せ。来織の主観で構わん」

 誕生日、それはドリスとの死別した日。

 一瞬、躊躇った。躊躇いは、唇を噛む動作で表現してしまう。

 臓器の焦燥感を感じながら、クローディアは全て話した。『ホムンクルス』の部分は、皆に告白したせいか、動揺は少なかった。

 聞き終えたトトは瞑想し、瞑想のまま彼の口元が歪む。

「それで、おまえは自分が何者かを知り、境遇を知り、それでも逃げようと思わんかの?」

 不可解なモノを見る目で問いかけられた。否、問いかけではなく確認だ。

 思えば、ドリスも逃げたいなら、責めないと言った。逃げて良いと言いたかったのだろう。今はいない祖母の代わりに祖父へ伝える。

「私は逃げないさ。3年生の時と同じだ。ボニフェースも、ハリーも関係ない。私自身の為に決して逃げない」

 脳髄にチラついたのは、クィレルの姿だ。予言通りに、ハリーがヴォルデモートを倒しても、クィレルを追うと決めたのだ。奴との決着が終わるまで、絶対に逃げない。

 噴き出したように笑い、トトは満足そうに頷く。

「ふむ、やはり、おまえはシギスマントに一欠片も似ておらんな。ワシらが愛情を持って育てたのだから、当然かのお」

「そういえば、シギスマントはどういう人さ?」

 やっと、聞けた。イゴール=カルカロフに噂を聞いてから、事実確認したかった。そして、自分の根源である人間の性格を知りたかった。

「ん? 平凡な魔法使いじゃよ。いつも、平凡から脱せんと悩んでおったのお」

 魔法使いとして卓越したトトの師が、弟子から『平凡』と称されるなど意外だ。意外すぎて、驚いた。

「フラメル氏の弟子だったのに、平凡さ?」

「平凡だからこそ、天才の弟子となり、技術を磨こうとしたのじゃろうて。まあ、最終的に『ホムンクルス』も作れず仕舞いだったしのお。ニコラス殿から色々聞かせて貰ったが、元々、自分勝手がすぎたらしくてな。『生命の水』を持ち出された時は、ついに堪忍袋の緒が切れたそうで、破門じゃよ」

 フラメル氏がクローディアに関与したのは、シギスマントとの関係のせいだ。不意に彼の錬金術師は、ダンブルドアと交友関係だったと今更ながら思い出した。

「フラメル氏には『賢者の石』でも、校長先生に協力して貰ったさ。同じ魔法使い繋がりで、マーリン氏の助けは借りられないさ?」

 魔法使いと聞けば、まっ先に思い浮かぶのはアーサー王伝説のマーリンである。フラメル氏が近年まで存命だったなら、彼の魔法使いも現在、存在していてもおかしくない。

 それだけの意味で、何気なく口から零れた。

 途端、トトの気配が変わる。

 殺意よりも鋭く、今まで経験した事ない部類の恐怖。圧倒的な威圧感に、喉元が締め付けられる感覚に襲われた。堪え切れず、クローディアはその場に倒れこんだ。

「おまえ、マーリンに会ったのか?」

 普段の音程、口調、声色。それなのに、見知らぬ他人に話しかけられたような錯覚がする。

「喩え……話」

 痙攣する喉をから声を絞り出すと、威圧感は消えた。

「すまんすまん、早とちりしてしもうた」

 まだ痙攣の残るクローディアをトトは腕を引いて、起こした。

「じゃが、これだけは言わせてもらう。何があっても、マーリンと会おうとは思うな。アレは、ワシらには無価値の存在じゃ」

 クローディアの疑問を置き去りに、トトは話を無理やり変えた。

「そうそう、おまえ達が住んでいた家はな。ボニフェースの家だったんじゃよ。奴の母親が亡くなり、ドリスに相続されてのお。ヴォルデモートどもの配下には、決して発見出来ぬよう、ドリスの保護魔法の上に、ワシの結界を張っておった」

 だが、護りは破られた。ヴォルデモートは結界を上回る力で押し入ったのだ。脳髄に、戦慄が纏わりつく。

「来織、奴らがわしに勝っておったのではない。こればかりはドリスが悪い」

 責める口調で、トトは吐き捨てた。その責めに臓器が違う意味で締め付けられた。

「調べてわかったんじゃが、ドリスめ、ワシの結界を切っておった。事故か故意かは知らんが、ドリスの手では結界が繋げれん。奴らが突破したのは、ドリスの保護魔法だけじゃ。ワシのではない」

 自らを弁解するトトの言葉は、胃をひっくり返すような衝撃を次々と与えた。

 命をかけてくれたドリスへの罵倒に、堪えられない。

「お祖母ちゃんを悪く言うな! 何の連絡もしなかったくせに! 私達が家に残されて、どれだけ不安だったか、考えもしなかっただろう! あいつらに立ち向かったお祖母ちゃんがどんな気持ちだったか、あんたにわかるのか!」

 我慢できず、思いつく限り言葉を叫んだ。

「お祖父ちゃんがヴォルデモートより、強いっていうなら! あんたが倒してくれればいいだろう! そうすれば、ハリーだって、予言なんてものから解放されるのに!」

 強い視線を感じ、口を噤んだ。反論を見せないトトの目から、感情が抜け落ちていた。

「あ、ごめん……」

 失言と失態を恥じ、クローディアは取り繕うとした。

 瞬間、周囲の光景が室内へと戻った。トトは眉ひとつ動かしていない。元々、彼は魔法に動作などいらぬのだろう。

 クローディアの言葉を待たず、トトは居間を出た。そのまま玄関へと向かい屋敷から出て行った。

 この事態に焦り、クローディアは厨房に下りてダンブルドアへ伝えた。勿論、失言の事も踏まえて報告した。

「構わぬよ。老人はのお、自分の失態を認めたがらんものじゃ。トトが何も言わんかったのは、君を傷つけたと思ったからじゃろう」

 気休めにしか、聞こえなかった。

「心配しなくても、お義父さん独りで闇の帝王に突貫しやしないよ」

 コンラッドのせいで、余計な心配が増えた。

 トトの安否に一晩中、右往左往するしていた。結局、彼とは年が明けても会う事はなかった。

 




閲覧ありがとうございました。
 イギリスはクリスマスに地下鉄が運休するのか、本当にビックリです。
 シリウスは法的に自由の身となりました。ガッツポーズで喜ぶシリウス。
 クリーチャーが屋敷に残されていた理由を考えたら、レギュラスの為だと思い当りました。
 ロケットは逃げました!残念!
●ノーマン=ジャヴィーズ
 原作五巻にて、入院中。名前は適当に付けました。
●マーリン
 魔法使いを語るなら、知る人は知る先人。原作の性格はわかりませんが、私の中では油断できない老人。

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