博麗霊夢は戦慄していた。
およそ動揺とは無縁の彼女には珍しく今日の彼女の顔には困惑の表情が張り付いていた。
なぜ彼女は戦慄したのか?
突然の強敵に心が折れそうになったから?
違う。博麗霊夢は今まで苦戦する事さえあれど地上でなら負けたことが無い。
米櫃を覗いたらお金が無いというのにもう空だったから?
違う。博麗霊夢にとっては日常茶飯事であり、困ることではあるがそこまででは無い。
いつもの白黒の魔法使いがへんなキノコを携えてやって来たから?
違う。キノコだけならまだしも偶に勢い余って神社を破壊することもある魔法使いを知っているので博麗霊夢は何とも思わない。
どこぞの天人が凝りもせずに神社へと殴り込んできたから?
違う。速攻で叩きのめして空気を読める人に返したのでイラつきさえすれど戦慄することは無い。
彼女は、境内の掃除をした後でもはや日課であるいつもは空の賽銭箱を覗きこんで戦慄していたのだ。
突然だが、彼女の神社はご利益がよく分からないということと、人里からかなり遠いということで参拝客が全くと言っていいほどおらず、一月に雀の涙程度の金額が入っていればいい方という程に賽銭が無い。
だが、今日は違った。いつもとまるで、全然違った。
博麗霊夢は震える手で賽銭箱の蓋を地面に置き、もう一度中身を見る。
ここ幻想郷には外界と同じ貨幣が出回っているのだが博麗霊夢は悲しい事に5000円以上の金を手に持ったことが無かった。妖怪退治のお礼を人里から貰うこともあるが、それも現物支給であり金では無い。頼りの賽銭も人が来ないのでは収入がゼロに等しい。
だが、今日は違った。今日は違ったのだ。
博麗霊夢は右手を高々と上げて、雄たけびを上げる。その顔には人目も憚らない涙が滝のように流れていた。
「お金が………お金が、こんなにたくさん! やった! やったわ、私!」
それは歓喜の声だった。博麗霊夢は初めて見る量の賽銭にいつも冷淡で感情の高ぶりを見せないキャラを見失って大声を上げる。
彼女の言う通り目の前の賽銭箱には誰が入れたのか、500円硬貨で数千枚のお金が大量に溢れ、そこが見えない程に積み重なっていた。
「コレ夢じゃないわよね……痛いッ! 夢じゃない!」
終いにはあまりに現実離れした光景に博麗霊夢は自分の頬を抓って自分の正気を確かめすらした。
その様子から、今までの貧乏さ加減をうかがい知ることができ、何となく物悲しい。
何はともあれ、博麗霊夢はこの上なく浮かれていた。人生で一番の絶頂期といっても過言ではないほどの幸福感に包まれていたのだから当然と言えば当然なのだけれど、そのために彼女は気が付かなかった。
後ろにいるミステリアス美女が未だに右手を挙げて完全勝利している紅白の巫女に何度も声を掛けていることに。
しびれを切らしたミステリアス美女が何か懐をごそごそとしてかなり分厚い本を取り出している事に。
最終的には巫女に向かってその本を振りかぶっている事に。
彼女は気が付かなかった。
「あちょー」
間の抜けた声が境内に響く。振り上げられたその腕は腕の力と重力に従ってすとんと真っ直ぐに振り下ろされた。
未だに博麗霊夢はそのことに気が付いていない。
けれども、青いエレベーターガールは無慈悲にその本を、縦に持ち、角が良い感じに当たるように、勢いよく振り下ろした。
「こんなにお金があるなら、夢だった高級ステーキも―――グヘッ!」
しかして、その本は見事に博麗の巫女の、艶やかな黒髪が生えている後頭部に、吸い込まれるようにして直撃した。巫女は巫女で完全に不意打ちな攻撃を食らいあまりうら若き乙女が出してはいけないような声を上げて賽銭箱の前に倒れ込む。そしてそのまま暫く彼女が起き上がることは無かった。
「もし、そこのミコ服の御婦人。お聞きたいことがあるのですが………。おや、気絶していらっしゃる御様子……。仕方ありません。勝手に上がらせてもらいましょう」
一方、事を成した犯人はというと、特に悪びれた様子も無く巫女を軽く持ち上げ神社の中へと入っていった。
気絶している霊夢はというとそれでも幸せそうな顔をしていた。
◆◆◆
博麗霊夢は気が付くと屋内に移動し、自分の布団の中で横になっていた。
少しの後に彼女が頭をさすりながら目を覚ます。さっきまでのテンションは無くなりいつもの口調に戻っていた。
「なんっか頭が痛いわね……。あと、さっき死ぬほど幸せな夢を見ていたような気がするのだけど……何だっけ、思い出せない」
しかも、何やら軽度の記憶喪失まで起こしている。一体彼女はどれだけの力で殴打されたのか気になってしまう。
暫く霊夢が布団から身体を起こしてボーっとしていると、突然声を掛けられた。
霊夢はまさかそこに人が居るとは思わなかったし気配も感じなかったので、どこぞのスキマ妖怪が現れたと思い即座に身を起こす。
けれども、けれどもよくよく考えてみると霊夢の聴いたその声は胡散臭さを感じられない、不思議な声であった。
「お気づきになられましたか?」
霊夢はそこでようやく声を掛けたのがこの女性だと気が付いた。
その人物は全体的に青で纏められた普段着に見えない恰好に、銀色の髪、陶磁器のような白い肌に金色の瞳を持っている女性だった。
それを見て霊夢はあまり見ないタイプの人種だな、と何となしに思った。
ショートボブの銀髪はどこぞのメイドを彷彿とさせるが、その恰好と纏う雰囲気はあの瀟洒で完璧だが何処か無機質なあの女とは違い、不思議で浮世離れしたオーラを放っている。
「あんた、何者?」
ついつい初対面にも関わらず霊夢の口からそんな言葉が出る。
彼女の纏う雰囲気に圧された訳では無いが、何かを勘で感じ取ったようだ。
霊夢は少し剣呑な雰囲気を織り交ぜて目の前の女性の金色の瞳をじっと見る。
しかし、青いエレベーターガールはそれに臆することなく言葉を返す。
「これは紹介が遅れました。私、元エレベーターガールのエリザベスと申します。先ほど声をお掛けしたのですが、
エリザベス、巫女を殴打し気絶させた犯人であるはずの彼女はそう宣った。
………エリザベスは別に霊夢を騙そうとしている訳では無い。
ただ彼女にとってあの本での殴打は声を掛ける時に肩を叩く程度のものであったと捉えているだけなのだ。そして彼女にとっては、声を掛けたらいきなり気絶した巫女を逆にヘンだなーと思っているだけなのだ。
彼女、エリザベスはやはりどこかずれていた。
「あ、そうなの? それは悪いことしたわね」
そして霊夢もさっきまでの剣呑な雰囲気を取り下げ、どこか照れるような顔をしてはにかむ。
少しおかしいなとは彼女も考えたが、元来細かいことはあまり気にしない霊夢にとってはそれも些細な事であったらしい。
「ところで、さっきまで私物凄く良い事があった気がしたんだけど……、あんた知らない?」
「はて、ものすごく良い事……ですか? もしやジャックフロスト人形でも見つけましたか?」
「じゃっくふろすと?なによそれ。違うわよ、何かこう……たくさんあって嬉しいものよ」
お互いの性格が微妙に噛みあったのか、状況によれば諍いにも発展しそうな出来事は沈静化に向かっていく。
ここに『幻想郷の守護者』と『力を管理する者』の初邂逅が終わりを告げた。
エリザベスが探してるの主人公の名前はキタロー。
誰がどう読んでもキタロー。彼は今、ある目的の為に魂と肉体が分離している。
要望があれば、有里湊か結城理に名前を変更します。
でも自分はキタローの語感が好き。