幻想郷のどこかにある某所にて。
触り心地の良さそうな九本の尻尾を揺らしながら女性が慌てながら誰かが入っているのか中央が盛り上がった布団へと駆け寄っていく。
「紫様!緊急事態です!今すぐ起きて下さい!」
そして布団の中の人物に呼びかけると同時に思いっきり布団を掴むと勢いよくそれを引っぺがした。
どうやら本当に緊急事態のようで、夢の世界へと旅立っていた布団の中の女性を強制的に目覚めへと導いた。
流石に布団を剥がされ冷たい外気に触れて眠っていられる人は居ないようで、今まで音も立てない深い眠りについていた彼女も体をもぞもぞさせて億劫そうに目を開いた。
「……なによ~藍、外界からの補給は先月やったでしょ~」
口をとがらせて紫と呼ばれた女性は言う。今まで深い眠りにあったであろう彼女は無理やり起こされたためか、膝を折り曲げ抱え込み眉間に皺を寄せ、私不機嫌ですよアピールをやり始めた。
しかし、名前を藍と言う九尾の女性はそんなこと知るかとばかりに言葉を続ける。
「本当に緊急事態なんです!予期せぬ侵入者が……」
未だに眠そうな顔をして、許されるなら今すぐにでも眠りにつきたいという感じがひしひしと伝わってくる彼女、八雲紫。けれども、従者の「侵入者」という言葉に反応してようやく事の重大さに気が付いたのか緩んだ顔を引き締める。
「何ですって?」
従者の言葉を真面目に聞き、こんななりではあるが巷では妖怪の賢者と名高い彼女はまだ寝起きで本調子では無いものの、直ぐに考えを纏め始めた。
(……今のところ、外の連中を受け容れる予定など無かった。藍にも特に何をするように言っていない……。つまり、侵入者は破ったということ? あの大結界を?)
「なるほど……確かに緊急事態みたいね。藍、今すぐ出かけるわ。留守を頼むわね」
言うが早いか、彼女は先ほどまでの眠そうな顔は何処へやら身支度を手早く澄ませると、懐から扇子を取り出し、軽く横に振った。
どういう訳か、彼女の動作に合わせて空間に歪が入ったと思うと、どこか不気味な空間が顔を出した。
中からは眼のようなものがたくさん蠢いていて大変気持ち悪い。
しかし、紫は特に気にするようなことも無くそこへと乗り込んでいく。
「はい、紫様。……結界を破るような相手です。お気をつけて」
「あらあら、藍が私の心配なんて久しぶりね。涙が出ちゃうわ」
あまり顔色がよろしくない従者の狐に向かって軽口を飛ばし紫は空間の「スキマ」へと入っていく。
向かうは幻想郷の調停者の住まう場所。博麗神社である。
(藍の言っていた通り、結界を破るなんて普通じゃない。用心するに越したことは無いわね。……霊夢が先に遭遇してなければいいけれど)
人知れず、幻想郷の管理者、八雲紫は少し思い悩んでいた。
◆◆◆
八雲一家が某所で事態の対処を図っているころ。
一方で博麗神社に居る巫女と結界破りの主犯はというと……。
「この紙は! 噂に名高いオンミョージのマストアイテム、式札でございますね」
「一応、うちのは陰陽道じゃないから少し違うけど大体あってるわね。見てもいいけど破らないでね」
「はっ! この針は! 忍者の飛ばすスリケンに似た何かを感じます。あちょー!」
「まあ、確かに投げて使うけど忍者とは違うわよ。……ちょっと、振り回さないで。危ないでしょ」
「はっ! この球は! マジカル☆さくやちゃんスター!? なかなかのレアものに私、思わずボルテージ全開でございます」
「ちょ! 狭い室内で暴れない……ってそれ咲夜のオプションじゃない。……何でここにあるのかしら?」
珍しいモノを見つける度に首を突っ込みとりあえず手に取ってみるエリザベスに、霊夢が付いて回ると言った形で各々交友を深めていた。
何処かで人知れず胃を痛めているスキマ妖怪が居るというのにこちらは気楽なものである。
「私、初めて神社の中というものを拝見致しましたが、なかなか興味が引かれるアイテムがたくさんあり満足です」
んふーと鼻から深く息を吐き出すエリザベス。霊夢はそれに対して色々言いたいことはあるが、一応は気絶している所を介抱された手前強く言うことをしなかった。
そんな彼女のエリザベスへの印象は不思議な雰囲気は持つが、その実ただの好奇心旺盛な子どもみたいだという評価だった。
最初こそ霊夢は彼女の事を気絶した自分を介抱したとはいえ変な奴だと思っていたものだがその実その中身はもっと変な奴だったみたいだ。
ちなみに、まだ彼女は頭を殴打されたショックで大量の500円玉が賽銭されているということと実はエリザベスが自分の頭を殴打したということを忘れている。
なにはともあれその後も神社の中だけでなく霊夢の居住区域までも探索し始めるエリザベス。霊夢は面倒そうな顔をしながらも興味深々と言った顔でずんずん歩くエリザベスに一抹の不安を覚えたのか少し文句を言いながらついていく。
「ねえ、あんた。一応はここって私の家だってことを忘れないでよ」
目を離すと何をしでかすか分かったものじゃない。結局霊夢はその感に突き動かされただついていく。
霊夢の予想は的中したようで、部屋の中に入った後も彼女は好奇心に突き動かされ霊夢が止めなければ大変なことになる勢いで新しい物を見つけては感想を述べていく。
そのまま探索は続き彼女らは最初に霊夢が寝ていた寝室にまで差し掛かる。
するとふと、エリザベスが突然立ち止まり襖を開けた先にある縁側の方を見やる。釣られて霊夢もそちらの方を見やるが彼女には何もないように見えた。いや、少し注視するとそこにもやもやとした霧のようなものが漂っているのに気が付く。
「おや……これはこれは。……なかなかに不思議な
エリザベスはそう呟いた。霊夢は霊夢でエリザベスが
エリザベスの視線の先には霧が意志を持つかのように蠢いていた。
「……アッハッハ! こいつは凄い! 限界まで
不意にエリザベスの発言の後、どこかからか幼い子どものような高笑いの声がそこらに響き渡る。その声音には驚きと共になにか歓喜の情が含まれているような気がした。
その声が響くのと同時に縁側の向こうでもやもやと出始めた霧が集まって行く。
それは段々と小さいシルエットを形作り、童女の姿を取った。
その童女は右手、左手、そして長く伸びた髪に奇妙な分銅のような重りをつけている。それだけでも大変奇妙な格好なのだが、一番目に付くのはその頭に付くものであろう。
髪を縛る朱いリボンではない。それは頭の両サイドから生えている二本の角であった。
霊夢はそいつを見るやいなやため息を吐く。何か面倒事が起きる気配を感じ取ったようだ。
「……萃香。あなた、居るなら普通に出てきなさいよ。また、趣味の悪い覗きでもしてたの?」
「覗きとは失敬な! ただ私は面白そうな奴が居るからちょっとからかってやろうとな……」
「それを、覗きっていうんでしょ。……はあ、鬼っていうのはこんなのばっかなのかしら」
「なんと、彼女はオニですか。これは驚き。豆を持ってこなかった私、バカヤローでございます」
その童女の名前は伊吹萃香。訳あって神社に居候している人物であり、昼間っから酒を呑む酔っ払いであり、無類の勝負好きであり、―――最強の種族と呼ばれる妖怪、鬼の棟梁の一人である。
そんな彼女は一回右手に持つ瓢箪を持ち上げ中に入っている酒を飲み下すとにやついた顔を浮かべながら、エリザベスに向かって声を張り上げた。
「おい! あんた強いんだろ! 丁度いいからここらで一回私と仕合おうじゃないか!」
何よりも酒と喧嘩が好きな鬼の例に漏れず、伊吹萃香はもう待ちきれないといった表情で声を上げる。唐突な仕合宣言。
どうやらエリザべスは早速、鬼に喧嘩を売られたらしい。
「ふふ、どこのどなたかは存じ挙げませんがこの地は素晴らしい力をお持ちの方が多いようで私の興味は尽きません。 ……その喧嘩買いましょう」
そしてエリザベスは少し顔に笑みを浮かべ売り言葉に買い言葉でそのケンカを買う。そして、彼女は縁側からゆっくりと外に出ると懐から青い本を取り出す。瞬間、彼女の身から人の身から放たれるとは思えない圧迫感が放たれた。
「私、エレベーターガールを務めていた身ではございますが……
それを見た萃香は思わず喜びで破顔する。そしてエリザベスと同じような圧迫感をその小さい体に似合わず放出する。
「私を相手に遠慮なくと言うやつは、初めてだよ! 久々に楽しめそうだ!」
幻想入りして初日。早速ラスボスクラスの敵と戦いを繰り広げようとする女がそこにはいた。
「ちょっと! 私の目の前で何当たり前のようにルール無視しようとしてるの!」
霊夢の受難は続く。
次回「メギドラオンでございます」
ディエルスタンバイ!