桜花妖々録   作:秋風とも

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第133話「夢時空#3」

 

 三途の河で話を聞いてから数分。メリー達は、一度博麗神社まで戻ってきていた。

 この後の予定としては、紅魔館に向かってレミリアと対面し、そしてメリー達の覚悟を伝える事。その上で計画の全貌を改めて聞く事である。元々は三途の河で“彼”に会う予定はなかったので、これが幻想郷を訪れた本来の目的と言える。自然と身が引き締まり、微かに緊張が走っていた。

 

 自分は“鍵”。マエリベリー・ハーンという存在が、異変解決の為に必要な要素の一つとなる。──未来を変える力を持っている。

 そう考えると責任重大だ。正直、まだ少し怖いという気持ちは残っている。

 だが、それでもメリーの覚悟は変わらない。蓮子と共に、運命を変える。その思いは、最早どんな逆境でも覆る事はないのだから。

 

(そう……。私達なら、きっと……)

 

 そんな決意を新たにしつつも、小町に連れられて博麗神社に戻ってきたメリー達。すると出発前と比較して、状況は少し変わっていた。

 

「おう。帰ってきたか」

 

 真っ先に出迎えてくれたのは、霧雨魔理沙。そして彼女の傍には橙の姿も確認出来る。そこまでは、三途の河に向かう前と変わらなかったのだが。

 

「あっ……。えっと、藍さん?」

「ああ。この前ぶりだね、二人とも。さっきは出迎えられなくてすまない」

 

 九尾の狐──先程は姿が見えなかった藍が、申し訳なさそうにそんな事を口にする。確か、結界のメンテナンスで手が離せないのだと橙は言っていた。こうして博麗神社に戻ってきているという事は、そのメンテナンスとやらは終わったという事なのだろうか。

 加えて、先程までと異なる点は。

 

「あれ? 妖夢ちゃんがいない……?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡しながら、蓮子がそんな事を口にする。メリーもまた、その点が気になっていた。

 藍が結界のメンテナンスから帰ってきた代わりに、妖夢の姿がどこにも見当たらないのだ。まさか彼女が何も言わずに帰るとは思えないし、何かイレギュラーな事でも起きたのだろうか。

 そう思い、何かあったのかと魔理沙に尋ねてみると。

 

「あー……。そうだ、その件についてお前達にも聞いておきたい事があってな」

「……え?」

 

 そんな事を魔理沙が言い出す。先を促すと、彼女はどこか困惑気味に続けた。

 

「お前達が三途の河に向かってから少しした後、外の世界から人間がやってきたんだ。結界を越えてな」

「外の世界から、ですか?」

「ああ。何かお前達の知り合いっぽかったけど」

 

 そこで魔理沙は、一呼吸だけ間を置いて。

 

「岡崎夢美と北白河ちゆり……って名乗ってたな。知ってるか?」

「えっ……。夢美さんとちゆりさん、ですか……!?」

 

 予想外の名前が飛び出してきて、メリーは思わず声を上げてしまった。流石の蓮子も驚いているらしく、メリーの隣で息を呑んでる。

 夢美とちゆり。当然ながら、滅茶苦茶知り合いである。だが彼女達は、一か月前のあの日から部屋に引き篭もりっぱなしだったはずだ。心の傷はメリー達よりも深く、再起するのも不可能なのではないかと。そんな予感も心の片隅では顔を見せていたのだが。

 だが、そんな彼女達が幻想郷に足を運んでいるらしい。色々と気になる事はあるが、取り敢えず。

 

「ど、どうやって……!? 流石の夢美さん達でも、博麗大結果を越えるなんて……!」

「それについてはこいしの『能力』が解決していたみたいだな。経緯は分からんが、どうやらこいしはあの二人に協力する事にしたらしい」

「こいしちゃんが……?」

 

 こいし。確か、お燐と同じく幻想郷から外の世界に来ていた妖怪だったか。どういう経緯で協力関係を結ぶ事になったのだろう。ちゆりが彼女を誘拐した──なんて事もあったが、逆に言えば接点なんてそれくらいしか思いつかないのに。

 

「あ、あの……。それで、妖夢ちゃんは教授達と一緒に?」

「教授……? あの二人の事か?」

「二人というか……。教授は夢美さんの事です」

「ああ……。なら、その通りだな。妖夢は今、あいつらと一緒にいる」

 

 蓮子の問いかけに対し、魔理沙はそう答えた。

 

「先に紅魔館に向かったぜ。何かレミリアに聞きたい事があるとかで……。それで、妖夢が案内してるって状況だ」

「紅魔館……? レミリアさんに聞きたい事、ですか?」

 

 それは、一体どういう状況なのだろう。

 二人が幻想郷に来ている事にも驚きだが、その目的はレミリアに話を聞く事とは。メリー達が最後に会った夢美とちゆりが()()()()()だった事もあり、どういった心境でそんな行動に移したのかが予測出来ない。彼女達の真意は、果たして──。

 

「兎にも角にも、お前らもこの後は紅魔館だろ? 気になる事があるのなら、直接会って話を聞いたらどうだ?」

「……そう、ですね」

 

 魔理沙の言う通りだ。どっち道、メリー達はこれからレミリアのもとへと向かう。であるのなら、目的が同じ夢美達と合流するのも必然である。彼女達の真意は、直接会って確かめてしまえば良い。

 そう。夢美達とも、もう一度ちゃんと話さなければならないと、そう思っていた所だ。ならばこの状況は、かえって都合が良いじゃないか。夢美達と、もう一度話ができるのならば。

 

「……蓮子」

「ええ。そうね、メリー」

 

 蓮子に声をかけると、自分も同じ気持ちだと言わんばかりに彼女は頷く。どうやら彼女も、既に心が固まっているらしく。

 

「魔理沙さん。予定通り、私達も紅魔館に連れていって下さい」

 

 迷いなく、蓮子はそう口にした。

 

「レミリアさんにも、そして教授達にも。()()()、話したい事がありますから」

 

 

 *

 

 

 その日。レミリア・スカーレットは、内心ちょっぴり動揺していた。

 マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子が、改めて幻想郷を訪れる日の事だ。彼女達の事はまず小野塚小町に任せ、三途の河で()()()に話を聞いてから紅魔館を訪れる手筈となっていた。

 故に、後は魔理沙達があの二人を連れてくるのを待っていれば良いはずだった。三途の河で話を聞いて、岡崎進一の状態を理解して。そうすれば、あの二人の心残りは少しでも払拭される。計画を遂行するにあたって生じる雑念を、少しでも取り除く事が出来るのだと。そういう算段だった。

 

 けれども、まさか。

 まさか、()()()()までがレミリアの前に現れるなんて。正直、()()()だった。

 

「ふぅん、成る程ねぇ……」

 

 紅魔館の一室。客間として利用しているその部屋に招かれていた女性が、得心したような声を上げている。先日、マエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子にも説明した話。それを一通り聞いた上での反応だった。

 

「未来を変える為に過去を変える。その為には、八十年前の時点で西行寺幽々子を止めるしかない、と。その為に、あなたはあれこれと手回ししていたという事ね」

「……ああ。その通りだ」

 

 真っ赤な衣服を見に纏った彼女に対し、レミリアはそう口にする。

 

「八十年前の魂魄妖夢が“切り札”だ。それを切る為に必要な“鍵”こそが、マエリベリー・ハーン。そして……」

 

 彼女を改めて見据え直して、レミリアは答えた。

 

()()()()だ。岡崎夢美」

「…………」

 

 彼女は。──岡崎夢美は、ただ無言でレミリアの言葉を受け止めた。

 

 紅魔館の客間にいるのはレミリアに加え、今の今まで言葉を交わしていた岡崎夢美。そして彼女の助手である北白河ちゆり。加えて、古明地こいしと魂魄妖夢も一緒だった。

 外の世界の住民である夢美とちゆりだが、そんな彼女らが紅魔館を訪れた経緯自体は単純である。外の世界に足を運んでいた古明地こいしの『能力』を利用し、博麗大結界を突破。そうして辿り着いた博麗神社で魂魄妖夢と再会し、彼女が夢美達を紅魔館に導いた。

 

 博麗神社と紅魔館はそれなりに距離が離れている。魔理沙ならば以前のように転移魔法でひとっ飛びだったろうが、魔法使いではない妖夢やこいしではそうはいかない。それならば、どうやってこの人間二人を導いたのか。

 手段は、これまた単純。空を飛べる妖夢とこいしが、二人を紅魔館まで運んだのである。その上で門番である紅美鈴に話をつけて、こうしてレミリアのもとまで辿り着いたのだった。

 

 力技と言えば力技だ。──いや、それ以上に。レミリア自らが煽ったちゆりはともかく、夢美までもがここまでの行動力を見せるなんて。

 ()()()()()()()()()()()

 

「おい、吸血鬼。何を考え込んでいるんだ?」

 

 思考を巡らせていたレミリアに対し、声をかけてきたのはちゆりだった。

 

「まさか、この展開は読めなかった……なんて、そんな事を言うつもりじゃないよな」

「……フッ。何を馬鹿な事を」

 

 ちゆりの言葉に対し、肩を窄めつつもレミリアは答える。

 

「少々予定とは違う展開だが、それでも想定の範囲内だ。元よりお前にも協力して貰う予定だったのだからな、北白河ちゆり」

「……まぁ、それはそうだろうな。じゃなきゃ私をあんな風に煽ったりしない」

「ククク……。だが、こうも素直に私の前に現れてくれるとは思わなかったぞ。その点は確かに予想外と言える。思った以上に、お前にそこの覚妖怪をぶつけるのは効果的だったようだな」

 

 ちらりと、レミリアはこいしを一瞥して。

 

「断片的な運命しか見えてなかったが……。私の読みは正しかったという訳だ」

「……よく分かんないけど、私も貴方に利用されてたって言いたいの? だとするとちょっと異議を唱えたいかな」

 

 ちょっぴりムッとした表情を浮かべつつも、こいしは答えた。

 

「私は私自身の意思で、絵理子達と一緒に行くって決めたんだよ。貴方の思惑に従って動いた訳じゃない」

「フッ……。そうだな。ならば、そういう事にしておいてやろう」

「……噂には聞いてたけど、滅茶苦茶偉そうだね、貴方……」

 

 半ば呆れたような表情を、こいしから向けられる。失礼な奴だ。これでもこちらの方が譲歩してやっているというのに。

 

「まったく……。ウチの妹といい、どうにも私の威光に気づかぬ輩が多いと見える。この私、レミリア・スカーレットは吸血鬼の帝王であり、数多の可能性世界を観測する運命の支配者でもあり──」

「レミリアさん。今はそんな話なんてどうでも良い事のはずです」

 

 レミリアの話をバッサリと断ち切ったのは、魂魄妖夢だった。

 視線を向けると、彼女は半ば呆れた視線をレミリアに向けており。

 

「今はお二人に状況を説明するのが先決です。夢美さんとちゆりさんも、私達の事情に巻き込まれた()()()なんですから」

「被害者……。フッ、そう表現するか」

 

 割り込んできた妖夢に対して一言でも言い返してやろうと思ったレミリアだったが、そこは踏みとどまっておいた。彼女の言う事にも一理ある。これ以上、話を脱線させる訳にもいかない。

 ()()()()()のは、これくらいで充分だろう。

 

「魂魄妖夢の言う通り、今は話の続きを先決する事にしよう。丁度()()()も到着したようだしな」

「……彼女ら?」

 

 夢美がレミリアの言葉をオウム返しした、丁度その直後の事だ。

 先程から、気配自体は感じていた。魔力の奔流。転移系の魔法が使われた痕跡だ。紅魔館の外からこの魔法で移動してくる人物は、限られる。ましてやこのような()()()()など、思い当たるのは一人しかいなかった。

 程なくして、客間の扉がガチャリと開けられる。妖精メイドに連れられて入室してきたのは、思った通りの三人組だった。

 

「よう、レミリア。戻ったぞ」

 

 気さくな雰囲気でそう声をかけてきたのは、レミリアが想像していた通りの人物──霧雨魔理沙。そして彼女に続くような形で部屋に入ってきたのは、レミリアにとって本来の招待客。マエリベリー・ハーンと、宇佐見蓮子だった。

 おおよそ予定通りの時間。秘封倶楽部の二人組が三途の河で()()()から話を聞いていた事を考えると、寧ろ少し早いくらいである。どうやら大きなトラブルもなく、彼女達は納得のいく話を聞く事が出来たらしい。それならば上々だ。

 

 そんな秘封倶楽部の二人は、部屋に入った瞬間に息を呑む。彼女達の視線の先にあるのは、夢美やちゆり達の姿。

 

「あら? ふぅん、成る程。()()()というのは、あなた達の事だったのね」

「教授……」

 

 夢美の言葉に対して、ボソリとそう口にしたのは蓮子だった。

 微かに伝わってくる緊張感。夢美の真意を測りかねているような、そんな表情を蓮子は浮かべている。おそらく彼女からしても、このタイミングで夢美達が紅魔館に現れるのは予想外の出来事だったのだろう。故に、困惑している。

 何となく、分かる。きっと不安なのだ。大切な弟を喪い、失意のどん底に落ちていたはずの彼女が、なぜこんな所にいるのか。何か、無茶な事でも考えているのではないか、と。

 

 だが、そんな蓮子の気持ちを察したのだろうか。夢美は微かに笑みを零すと。

 

「ごめんね、二人とも。二人には、随分と気を回して貰っちゃったみたいね」

「えっ……?」

「……いえ。ありがとうと、お礼を言うべきかしら? 私の……。私達の事を心配してくれたのは、二人にとって純粋な厚意の表れなんだから」

「夢美、さん……」

 

 思わずといった様子で夢美の名前を口にするマエリベリー。彼女の言葉を聞いただけで、何となくその真意を察したのだろう。

 彼女は、純粋だ。小難しい事なんて、今は何も考えていない。弟を喪って、一度は意気消沈して。それでも自力で立ち上がり、今はこうして前を見据えている。ただ純粋に、この理不尽な運命を打倒したいのだと。そう考えている。

 

 大した人間だ。元々レミリアの計画の中では差程重要なピースではなかったが、それ故にこそ()()()。まさか、彼女がこんな行動力を見せるなんて。

 

(……私の方が侮っていた、という事か)

 

 岡崎夢美は、レミリアの予測よりもずっと強い女性だった。大切な弟が()()()()になり、その時点で彼女もまた退場するとばかり思っていたのに。

 

「あー……。えっと……」

 

 そんな夢美に続くような形で、おずおずと言った様子で声を上げたのはちゆりだ。こほん、と。大袈裟気味に咳払いを一つ挟んで。

 

「……()()()()、というべきか? 蓮子。そして、メリー」

「……ええ。こうしてちゃんとお話しするのは、確かに久しぶりかも知れません」

 

 そう答えたのは、マエリベリーだった。バツの悪そうな表情を浮かべるちゆりに対して、彼女は。

 

「ちゆりさんも、帰ってきてくれたんですね……」

「……ああ。私の方も、悪かったな……。その、()()と……」

「いえ……。良いんです。ちゆりさんが戻ってきてくれたのなら、それだけで……」

「メリー……」

 

 安堵した表情。心の重荷がようやく降りたような、そんな面持ちだった。

 ようやく、彼女らの間に生じていた問題が、一旦の一区切りを経たといったところか。その全てを最前の形で改善出来たとは言い難い状況だが、それでも着実に前へと進んでいる。

 

 役者は揃った。今こそ、計画を次の段階に移行する時だ。

 

「さて。宇佐見蓮子。そして、マエリベリー・ハーン。こうして私の前に再び現れたという事は、覚悟は決まったと解釈して良いんだな?」

「──ええ。その通りです」

 

 レミリアが尋ねれると、すぐにマエリベリーが答えた。

 毅然とした面持ちで、真っ直ぐに。

 

「貴方が考える、運命を変える方法……。私達は、それに賭けてみたいんです。私達の力で、この理不尽な運命を否定する事が出来るのなら。私はもう、前に進む事を恐れません」

「……ええ。そうね、私もメリーと同じ気持ち」

 

 そして宇佐見蓮子もまた、マエリベリーに続く。

 

「レミリアさんの言う通り、やってやりますよ。──こんな運命、クソくらえだわ。納得するなんて死んでも御免よ」

「フッ……。そうか」

「だから教えて、レミリアさん。貴方の考える計画の全貌を」

 

 この声調。宇佐見蓮子も、そしてマエリベリー・ハーンも。虚勢でも何でもなく、既に迷いは断ち切って、覚悟を決めてきたという事か。

 上々だ。これ以上にないくらい、理想的な流れ。絶望的な状況の中でも、誰もが皆立ち上がり、前を向いている。

 光明が、見えた。

 

「なら、そろそろ良い頃合いだろう。お前達が知りたい事を、これから教えてやる」

 

 席から立ち上がりつつも、レミリアは高々と宣言する。この場に集った、彼女達へと向けて。

 

「ついて来るが良い。私の()()()()()を見せてやろう」

 

 

 *

 

 

 紅魔館に到着した後、再会したレミリアによって蓮子達が連れて来られたのは、館の地下に位置する巨大な図書館だった。

 これまで訪れたどの部屋よりも、広い。足を踏み入れると、何より膨大な本の貯蔵量に圧倒される。天井近くまで届く本棚が幾つも並べられており、どこもかしこも見渡す限り本、本、そして本。外の世界では紙の本が廃れつつある事もあり、こんなにも大量の本を見たのは蓮子も初めての経験だった。

 

 加えて、部屋に入った途端に感じる若干のカビ臭さ。地下に存在するだけあって、風通しが悪いのだろうか。日当たりも当然悪いだろうし、あまり良い環境とは言えない。長時間引きこもり続けると、具合が悪くなってしまいそうだ。

 

「ここは……?」

「見ての通り、ここ紅魔館が保有する大図書館だ。驚いただろう? 書籍の貯蔵量に関しては、幻想郷の中でも他の追随を許さない」

 

 蓮子の呈した疑問に対して、得意気な声調でレミリアがそう答えた。

 確かに凄まじい貯蔵量である。どこにどんな本があるのか、把握するのも一苦労ではないだろうか。目が回りそうである。

 

「図書館に案内したという事は、レミリアさんが私達に見せたいものって本か何かなんですか?」

「いや、それは違う。まぁ、そう急くな。もうすぐ見せてやるさ」

 

 メリーの問いかけに対して、レミリアは首を横に振って否定する。本じゃないのなら何を見せたいのか気になったが、いずれにせよすぐに分かる事だ。蓮子もそれ以上の追求はせず、黙ってレミリアについて行く事にした。

 そして、数多くの本棚が立ち並ぶ図書館をしばらく進んで。少し開けた空間に、()()は存在した。

 

「到着だ」

 

 そんなレミリアの言葉と共に現れたのは、図書館の床に描かれた巨大な円状の紋様。所謂、『魔法陣』というヤツだった。

 本の森とも形容できそうな本棚の群れを抜け、突如として現れた開けた空間。その床の半分以上を覆う程に巨大な陣である。目測でも半径数十メートル。どこの国のものとも分からない奇妙な文字が陣の中に羅列されており、一見するとその印象は不気味である。流石の蓮子でも息を呑む事しか出来ないような、そんな光景だった。

 

 何だ、これは。カビ臭い図書館のど真ん中に、こんな──。

 

「ククク……。驚いて声も出ないか」

 

 蓮子達を先導していたレミリアが、またしても得意気にそんな言葉を口にする。それに答えたのはちゆりだった。

 

「これは……。青娥が妖夢を連れてきたのと、似た原理か?」

「ほう? やはりお前は察するか、北白河ちゆり」

「いや、まぁ……。()()()は丁度、夢美様と一緒に海外で、実際に奴が行使する瞬間は見てないが……」

 

 そんなやり取りが聞こえる。言葉の意味だけをそのまま捉えるだけではよく分からない内容だが、ちゆりのこれまでの立ち位置を考えると、蓮子で察する事が出来た。

 

「つまり……。タイムスリップをする為の魔法、という事ですか……?」

 

 ニヤリと、レミリアは口角を上げる。相も変わらず癇に障る反応だが、それが肯定の意を示している事は明らかだった。

 

「フッ……。正解だ、人間。お前の推測は当たっている。これこそが、この私が主導で構築した大魔法。究極にして極限。時間と空間の構造そのものに干渉し、神に等しき所業さえも実現出来る、まさに禁術にも等しき──」

「はいはい。そういうの良いから」

 

 やたらと尊大な言葉を並べていたレミリアだったが、不意に割り込んできた第三者によって遮られる。視線を向けると、別の本棚の脇から現れたのは、見知らぬ一人の少女だった。

 薄紫色の衣服を身に纏う少女。どことなくダボっとした印象の服装だ。目つきは所謂ジト目気味で、気だるげな雰囲気が伝わってくる。こう言っちゃ何だが、あまり人付き合いが得意ではなさそうな印象である。一人で部屋に引き篭って、本ばかり読んでいるかのような。そんな印象の少女だった。

 

 ──等と普通に失礼な事を考えていた蓮子だったが、実際見知らぬ少女なのである。少なくとも、以前に紅魔館を訪れた際には見かけなかったと思うのだが。

 

「……貴方は?」

「パチュリー・ノーレッジ。この図書館の管理人みたいなものよ」

 

 尋ねて見ると、名前と最低限の情報しか返ってこなかった。正直、それだけでは何も分からない。

 

「管理人……? 貴方もレミリアさんの計画に一枚噛んでるという事? 魔法を行使する為に、この大図書館を貸し渡しているだけ……?」

「貸し渡すも何も、この大図書館も紅魔館の一つよ。つまるところ、大元の所有者は当主であるそこのレミィ。その子の裁量でどうとでもなるわ」

「……レミィ?」

「レミリアの事。まぁ、呼び方なんて今は重要な事じゃないでしょ。一先ずあなたの質問に答えるのなら、私の立場としては前者。レミィの計画に一枚噛んでいる」

 

 矢継ぎ早に、彼女──パチュリーは答えた。

 

「この魔法は私とレミィの共同作よ。八雲紫の忘れ形見を過去に送る為の、ね」

「……っ」

 

 八雲紫の忘れ形見を過去に送る。その言葉を聞いた直後、隣のメリーが息を呑む様子が見て取れた。

 共同作という事は、この少女は魔法を行使する事に長けているのだろうか。魔理沙と同じように、『魔法使い』に分類されるのかも知れない。見た目は歳下の女の子のように思えても、実際は蓮子達なんかよりも歳上である可能性も考えられる訳か。

 

 ともあれ、だ。

 

「メリーを過去に送る……って、話だったわよね? その魔法を使えば、それが実現出来るという事?」

「そいつは私も気になるな」

 

 蓮子の言葉に同調するようなタイミングで口を挟んできたのは、魔理沙だった。

 

「教えてくれよ、パチュリー。()()は、どういった魔法なんだ? お前ら私の事は蚊帳の外だったもんなー。これまで散々仲間外れにされて、流石の魔理沙さんも寂しかったぞ」

「そんな言い方をしなくても、これから教えてあげるわ。黙って聞いてなさい」

 

 嘆息混じりに、パチュリーは魔理沙の言葉に答える。魔理沙の口振りから察するに、彼女はこの魔法の構築には関わっていなかったという事だろうか。レミリアとパチュリーの共同作と言っていたが、逆に言えば彼女ら以外は関わっていないとも解釈出来る。

 レミリアは一瞬、禁術がどうのと言いかけていた。その言葉が上辺だけの戯言ではない場合、あまり表立って行使出来ない魔法という事なのだろうか。だから、最低限の人数で構築を進めていた、と。

 

「ククク……。説明は私からするぞ。構わないな、パチュリー?」

「ええ。好きになさい」

 

 相も変わらずといったノリで話を進めるレミリア。何度聞いても腹の立つ言い回しだが、状況の説明をしてくれるのなら今はそれで良い。

 

「さて……。まずは、そうだな。基本的な部分から話そうか」

 

 コホンと仰々しく咳払いを挟んだ後に、レミリアは続けた。

 

「タイムスリップは時間という概念を超越し、別の時代への転移を可能とする裏技的な手段だ。だが当然、いつでも誰でも気軽にホイホイ実現出来るものではない。数多くの考慮点や制約が存在する」

 

 それは、何となくイメージが出来る。

 誰でも簡単にタイムスリップが出来てしまったら、時間どころか世界の理そのものが大きく崩れてしまうような気がする。あらゆる時代に別の時代の人間が混じり込み、歴史に介入しようものなら大混乱は必至だろう。その影響は想像も出来ない。

 

「最も想像しやすい懸念点として挙げられるのは、エネルギーの問題だ。タイムスリップを行う為には、まず第一に時間という()()から逸脱する必要がある。その上で、本来の()()から逆行するのか、それとも先へと跳躍するのか。今回やろうとしているのは前者だが……。どちらにせよ、莫大なエネルギーが必要になるだろう」

「……エネルギー、ですか」

「必要となるエネルギーは、タイムスリップする対象の()()に比例する。質量が大きければ大きいほど、存在が()()であればあるほど、タイムスリップの難易度は飛躍的に上がる」

 

 そこでレミリアは一呼吸置き、「つまり……」と続けた。

 

「……()()()()()だ。時間を跳躍する為には、まずは肉体を捨てる必要がある」

「……っ」

 

 レミリアから放たれる突飛な言葉を前に蓮子は思わず息を呑むが、同時にそうなんだろうなと、どこか納得している自分もいた。

 対象となる物体の質量が大きければ大きいほど、移動させる為に必要な力は大きくなる。それはごく一般的な考え方だが、タイムスリップという()()()()にもその常識は適用されるという事なのだろう。単純な人間を一人移動するだけでも、膨大なエネルギーが必要になるという事か。それこそ、現実的ではないくらいに。

 

「普通の人間、または妖怪を過去に送ろうとする場合、現実的なエネルギーでは到底足りん。外の世界だろうが幻想郷だろうが、その点は共通認識だろう。幻想郷にとっても非現実的だ」

「……そう、でしょうね」

「だが、そんな手段でもタイムスリップが可能な例外の()()が存在する。何か分かるか?」

「種族……」

 

 チラリと、蓮子は一瞥する。レミリアの話を静かに聞いていた女性──。半人半霊の、魂魄妖夢を。

 

「……幽霊。または、半人半霊ですか。人間と違って、少なくとも半分以上は霊体だから……」

「その通りだ」

 

 蓮子の言葉を、レミリアは頷いて肯定した。

 

「半分幽霊である魂魄妖夢を、八十年前の過去から()()()()()()()。その程度ならギリギリ実現可能だった。──もっとも、それでも霍青娥レベルの術者でなければ成功しなかっただろうがな」

「……あの人の実力を買ってるんですね」

「フッ……。本質はどうあれ、あの女の実力は本物だぞ。随分と役に立ってくれた」

 

 霍青娥の実力を称しつつも、同時に彼女を駒としか思ってないような物言いだが、最早キリがないのでその点は追求しないでおく。

 要するに、今の話で重要な点は、魂魄妖夢のタイムスリップは彼女が半人半霊だからこそ実現出来た芸当だった、という点だろう。彼女が普通の人間だったらこうはいかなかった。

 

「……進一君を見殺しにした理由の一つも、それだったりします? 肉体が滅びて、魂だけ……。霊体になってしまえば、時間を超える事が出来るから」

「ああ。そういう意味でも、彼の死は必要だったと言えるだろう」

「でも、今の話を考慮すると、正攻法じゃメリーを過去に送る事は出来ないと思うんですけど」

 

 蓮子は純粋な疑問を、レミリアにぶつけた。

 

「当然、メリーは半人半霊でもなければ、幽霊でもない。肉体を持った人間です。それなのに、どうやってタイムスリップを実現するんですか?」

 

 ニヤリと、笑みを浮かべるレミリアの姿が目に入る。よくぞ聞いてくれたと、そう言いたげな面持ちで。

 仰々しく、彼女は答えた。

 

「言っただろう? 時間を跳躍する為には、肉体を捨てる必要があると。──文字通り、マエリベリー・ハーンには肉体を捨ててもらう」

「なっ……」

 

 あまりにも直球過ぎる物言いに、蓮子は思わず息を呑んだ。

 肉体を、捨てる。まさかそれは、言葉通りの意味と捉えて良いのだろうか。つまり進一のように、死を経る事によって魂だけの存在となり、タイムスリップの条件を強引に満たすという──。

 

「……はぁ。あなたはこう、どうしてそんなに紛らわしくて仰々しい表現をするのよ」

 

 蓮子があれこれと思考を巡らせていると、嘆息交じりにパチュリーが口を挟んでくる。視線を向けると、彼女は呆れたような表情を浮かべていた。

 

「別に死んでもらう必要はないわ。()()は、そういう魔法じゃない」

「そ、そうなの……?」

 

 蓮子の思考を察したような補足を、パチュリーはしてくれる。頷きつつも、彼女は伝えた。

 

「この魔法の効力の一つは、生きている対象から魂だけを抜き出す事。だけど肉体そのものを滅ぼす訳じゃない。効力の対象となった人物は、一種の睡眠状態──()を見ているような状態となる」

「夢……? 魂を、抜き出す……?」

 

 それは、つまり。

 

「幽体離脱、みたいなものかしら?」

 

 そう口を挟んできたのは夢美だった。レミリアやパチュリーの説明を黙って聞いていた彼女だったが、どうやらこの魔法とやらをある程度分析していたらしく。

 

「魔法の効力に入った人間を一種の昏睡状態へと陥らせ、魂と意識だけをその肉体から抜き出す。そして、その上で過去の世界に送る。──普通に考えて、そんな状態じゃ個としての存在を保てなくなりそうだけど……。でも、ここは幻想郷。幽霊や亡霊だって普通に存在している非常識な世界。そんな世界の特性を利用すれば、この裏技だって不可能じゃない、という事かしら」

「そうね。その認識は概ね間違っていない。だけどこの芸当を実現出来るのは、そこにいる彼女──八雲紫の忘れ形見が持つ魂の特異性も起因しているわ」

 

 チラリとメリーを一瞥しつつも、パチュリーは続けた。

 

「彼女は既に、自力でそんな芸当を実現している。深い眠りの底に落ちて、夢という形で魂を肉体から分離させる。そんな芸当をね」

「メリーが……?」

「あなた達も覚えがあるんじゃない? ちょっとした騒ぎになっていたと思うんだけど」

 

 パチュリーに説明されて、蓮子は思い至った。

 ちょっとした騒ぎ。眠りに落ちたメリー。別の世界への干渉。──心当たりが、あった。

 

「そうよ、そうだったわ……! メリーはあの時、夢という形で幻想郷に干渉していた……。意識と魂だけが幻想入りしていたのよ……!」

 

 あれは確か、年明け頃の出来事だったか。最近奇妙な夢を見るとメリーから相談を受けて、夢の世界から持ってきたという筍を渡された。

 その後、また色々とあって。深い眠りに落ちたまま、メリーが目を覚まさなくなってしまって。そんな中、他でもなく蓮子自身が推測したのではないか。

 目を覚まさなくなったメリーは、意識だけが幻想郷に迷い込んでいるのではないか、と──。

 

 しかも。それだけではない。

 

「あの日。彼女の魂は間違いなく幻想入りしていた。それもこの時代の幻想郷じゃない。過去──それこそ、八十年以上も()()()()()()にね」

「えっ……?」

「彼女は一度、この紅魔館でレミィ達と会っているはずよ。まぁ、彼女にとっては夢の中の出来事だから、ひょっとしたら覚えてないのかも知れないけれど」

「ちょ、ちょっと、待って……!」

 

 さらりととんでもない事実をパチュリーから明かされて、流石の蓮子も大きくたじろぐ。

 今、彼女は何と言った? 蓮子の聞き間違えでなければ、とどのつまり。

 

「メリーは、既にタイムスリップを経験していた……? 過去の幻想郷に足を踏み入れていたというの……?」

「ええ。そう言ったわ」

「……っ!」

 

 何でもない事のように、さらりとパチュリーは肯定する。蓮子は思わず絶句した。

 今日一番の衝撃的な真実である。流石に状況が上手く飲み込めない。これから行おうとしているタイムスリップを、メリーは既に自力で実現していたと? 馬鹿な。

 

「私が、過去の幻想郷に……?」

 

 メリー本人も蓮子と同じように絶句している。夢美達も似たような反応だった。

 ひょっとしたら、メリーが目を覚まさなくなってしまったあの事件は、蓮子達が思っている以上に複雑な状況だったのかも知れない。いや、別にこれまでも軽視していた訳ではないが、もっと多くの要素が複雑に絡み合っていたと言える。

 

 あの日。メリーは単に幻想郷との境界に干渉したのではない。時間という境界にさえも、干渉して──。

 

「……多分、それは私や青娥が行使した術の影響も受けているな」

 

 ふと、ちゆりがそんな風に口を挟んでくる。心当たりがあるのだと、そんな面持ちで。

 

「私の理論と青娥の技術。それら二つを掛け合わせて、八十年前の幻想郷から子供の妖夢を引っ張り上げた。だけど当然、あの姿の妖夢は本来この時代に存在しちゃいけない。言ってしまえば、この世界にとっての『異物』だったんだ」

 

 本来ならば、八十年前の幻想郷の住民であるはずの魂魄妖夢。彼女のタイムスリップは、霍青娥によるものだという情報は蓮子達も把握している。だが、ちゆりの理論も掛け合わせられているという事は初耳だった。

 随分と詳しそうな雰囲気。夢美の助手である彼女もまた、比較物理学での魔力の研究を専門としているのだとばかり思っていたのだが。

 

「子供の妖夢が過去から現れた時点で、この時代には()()()()()()()()()()()事となる。──本来ならば有り得ない状況だ。故にその時点で、世界はこの矛盾を何らかの形で修正し、辻褄を合わせようとする。多少強引にでもな」

「それは、つまり……」

「所謂、タイムパラドックスだ。大なり小なり、世界の修正力は必ず生じる事となる」

 

 タイムパラドックス。SFだとかのフィクションの中では、世界そのものの構造が崩壊するような大事であるニュアンスがある印象だが、そこまで規模の大きいものでなくとも、ちゆりはそう称しているらしい。

 世界に生じる矛盾。それに対する修正力。規模は関係なく、その現象そのものをタイムパラドックスだと。

 

「魂魄妖夢という人物が二人存在する時点で、世界には修正力が働いている。でも、その程度の矛盾なら、修正力だってそれほど広い範囲には影響しない予測だったんだが……。もっと別の箇所にも作用してたんだな」

「それが、メリー……。と、いう事ですか……?」

「ああ。世界の修正力は強力だが、同時にかなり強引だからな。完璧に辻褄を合わせられる訳じゃない。必ずどこかで綻びが生じるんだ」

 

 その綻びがメリーにも影響を与えていた、という事か。不完全とは言え彼女は境界に干渉し、タイムパラドックスにより生じた綻びによって過去に渡ってしまった、と。

 

「ククク……。分かったか、人間? マエリベリー・ハーンには才能がある。八雲紫の忘れ形見として、世界を渡る事の出来る才能がな」

 

 パチュリーとちゆりが一通り説明を終えた後に、レミリアが再び口を開いた。どこか、蓮子の事を試すような面持ちで。

 

「ここまで説明すれば理解できるだろう? 私達が何をやろうとしているのか」

「……ええ。充分です。至極単純な話だったわ」

 

 そう。これは、至極単純な計画だった。

 

「メリーは一度、夢の中でタイムスリップを実現している。だけどそれは不完全で、タイムパラドックスという特異な条件が重なったからこそ実現出来た芸当だった。しかもその時メリーは無意識で、意図して境界への干渉を行った訳じゃない」

「……ああ。それで?」

「貴方達は、そんな偶然と偶然が重なった不完全なタイムスリップを、意図的に再現しようとしている。これはその為の魔法──と、いう事ですよね」

「フッ……。そこまで理解出来ているのなら上出来だ」

 

 レミリア達の考えは分かった。この魔法を使って再びメリーを眠りの底に誘い、夢という形で分離した意識を八十年前の過去に送る。そしてメリーは、既に類似した状況でタイムスリップを実現した事があるから。理論上は可能だと、そう裏付ける事が出来る。

 

(メリーは一度、過去の紅魔館でレミリアさん達と会った事があるはずだと、パチュリーさんは言っていた……)

 

 恐らく、そんな経験があったからこそ、レミリアは今回の計画を思いついたのだろう。メリーがどのくらい過去の幻想郷に迷い込んでいたのかは分からないが、その時点でレミリアの計画は動き出していたと言っても過言ではないかも知れない。

 そして、今日。そんな遠大な計画が、遂に最終段階に入る事となる。異変解決の鍵であるマエリベリー・ハーンに、計画の全貌を告げる事によって──。

 

「成る程な……。あんたのやりたい事は分かった、吸血鬼」

 

 話を聞き終え、そう口にしたのはちゆりだった。

 どこか得心したような表情。疑問が一つ解消されたような、そんな雰囲気だった。

 

「私に協力を求めてきたのは、この為か。メリーを八十年前の幻想郷に送り込む為の手段……。それを磐石なものとする為に、私の意見を聞きたかった、と」

「ククク……。ああ、その通りだ。ようやく理解したか、人間?」

「だったら一つ、意見を言わせてもらうけどな」

 

 間髪入れずに、ちゆりは続けた。

 

()()()だ。この方法じゃ、メリーの安全が保証できない」

「ほう……?」

 

 不穏な言葉が放たれる。レミリアはどこか興味深そうなリアクションだった、蓮子は流石に穏やかな心境ではいられなかった。

 思わず、ちゆりへと向き直って。

 

「ど、どういう事ですか? メリーの安全が保証できないって……。そもそも、何だか色々と詳しいみたいですけど、ちゆりさんは一体……」

「ああ……。お前らには話してなかったな。まぁ、何というか……。夢美様の助手になる前、私は魔力とは別の研究をしてたんだよ。で、その研究テーマが、『タイムトラベル』」

「タイム、トラベル……」

「青娥が妖夢を八十年前から連れてこれたのも、私の理論のお陰……。って、そこまで言うと自惚れ過ぎか? 兎にも角にも、時間跳躍という事象に関しちゃ、私はちょっとばかし詳しいって訳だ」

 

 そこまで蓮子に説明した後に、ちゆりは改めてレミリアへと視線を戻す。

 

「それで、だ。あんたらはこの魔法とやらで、メリーの意識を過去の幻想郷に送ろうとしているみたいだが……。そもそもの前提として、私と青娥が妖夢を過去から連れてきた時と、今回やろうとしている事じゃ色々と勝手が異なる」

「フッ……。続けろ。聞かせて貰おうか」

「……妖夢を連れてきた時は、この時代を基点として過去の世界から子供の妖夢を()()()()()()()きたんだ。大まかに当たりをつけてな。つまり、西行寺幽々子が『死霊』として覚醒する前の妖夢なら、多少ズレても問題なかった。跳躍する時間の値と場所を明確に定義した訳じゃない。一度妖夢を捕捉出来れば、後は引っ張り上げるだけで事足りる」

 

 曰く。大雑把に過去の年代を指定して、その人物をこの時代に連れてくるだけでは、理論上そう難しい事ではないらしい。無論、先程レミリアも口にしていたエネルギーの問題など、色々と制約はあるようだが──。それでも実際、青娥とちゆりは妖夢のタイムスリップを成功させている。不可能ではないと言い切るのに、充分な裏づけとなっているだろう。

 だが、その逆。未来から過去へと誰かを送り込もうとした場合は、そう簡単にいかない。

 

「今回の場合、ある特定の時代、特定の場所を定義して、その地点にメリーを送り込まなきゃならない。──語弊を恐れずに言ってしまえば、過去から誰かを連れてくる場合、そいつをこっちから引っ張り上げてやれば良かった。だが、未来から過去に送る場合はその手は使えない。もっと繊細な制御が必要になる」

「制御……」

 

 ちゆりの言葉の後、ボソリとメリーが不安気に呟く。無理もない反応だった。

 つまり、仮にこの魔法でメリーの意識を肉体から切り離し、時間の壁を跳躍出来たとしても。目的である八十年前の幻想郷に辿り着く為には、メリー本人がある程度タイムスリップを制御する必要があるという事だ。無論、魔法の効力で二つの時代を繋げる補助はしてくれるのだろうが、それでも絶対とは言い切れない。

 

「最悪の場合、どの時代にも辿り着けずに、時間の狭間に落ちてしまう事も考えられるぞ」

「そんな……」

 

 あまりにも大きな危険性。流石の蓮子も尻込みしてしまう。メリーにそんな危険を強要するなんて──。

 

「そ、それじゃあ……。ひょっとして、進一君のタイムスリップも上手くいっていない可能性も……」

「ゼロじゃない。……が、多分そっちは大丈夫だ」

「え……?」

「メリーが以前にタイムスリップを実現させた時と似た理屈だぜ。進一が『死霊』に殺された、あのタイミング……。偶然と言うべきか、八十年前にタイムスリップをする上での好条件が揃っていた」

 

 好条件。それを聞いて思い当たる節があったのか、メリーが口を開いた。

 

「タイムパラドックス、という事ですか? あの日、八十年前の妖夢ちゃんが、この時代の妖夢ちゃんと戦って……。そして」

「世界の修正力が働いて、妖夢ちゃんは元の時代に強制送還された、という事ね」

 

 メリーの言葉に続くような形で、蓮子はそう口にする。状況は理解出来た。

 多少のリスクはあったものの、世界の修正力によって妖夢が強制送還された直後だった故に、その際に生じた綻びが進一を過去へと導いた。あの瞬間、この時代は八十年前と間違いなく繋がっていたから。

 

「でも、今は既にこの裏技は使えない。世界の綻びは修正され、安定してしまっているからな」

「…………」

 

 それなら、やはりある程度の危険は承知の上で進むしかないのだろうか。絶対とは言い切れないこの状況で魔法を行使し、目的の時代に辿り着ける事をただただ祈る。そんな文字通り神頼みとしか言えない方法しか──。

 

「……成る程。お前の言いたい事は判った、北白河ちゆり」

 

 ちゆりの話を一通り聞き終えた後、レミリアは口を開いた。

 

「それで? どうなんだ?」

「……どう、とは?」

「まさか懸念点だけを一方的に語って終わりという訳でもあるまい? お前の事だ。何か策はあるのだろう?」

「……策、ねぇ」

 

 相も変わらず偉そうな物言いのレミリアを前にして、若干辟易とした様子のちゆり。まぁ、無理もない。計画の穴を突かれたのにも関わらず、()()()()なのだ。一周回って尊敬の念すら抱きそうになる。

 ──だけど。

 

「あんたの態度は気に食わないが……。策は、ある」

 

 ちゆりは肯定した。リスクを冒すしかないように思えたこの状況。しかしそのリスクを緩和する方法が、あるのだと。

 

「策が、あるんですか? それは、一体……」

「……鍵はお前だ。蓮子」

「え?」

 

 そして蓮子が尋ねると、ちゆりから返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「言っただろ? タイムトラベラー本人がある程度()()でもしなきゃ、狙った時代に辿り着く事さえも難しいって」

「……まさか」

「ああ、そのまさかだぜ。蓮子、お前がタイムスリップを制御するんだ」

「…………ッ」

 

 まさかとは思ったが、直接そう告げられてしまうと、流石の蓮子も息を飲み込まざるを得なかった。

 蓮子が、タイムスリップを制御する。狙った時代、そして狙った場所にメリーを送り届ける為に。メリーと一緒にタイムスリップをするのだと、つまりはそう言っているのだ。

 

 ちゆりは確信している。タイムスリップの制御。蓮子なら、それが出来るのだと。

 

「興味深い意見ね。その子なら、タイムスリップの制御が出来ると? その根拠は?」

「……前提として、タイムスリップの制御に必要な要素は時間と空間の把握だ。時間──つまり、自分達がどの程度の時間を遡ったのか。空間──つまり、自分達が目標としている場所の座標からズレていないのか。それら二つを観測し続け、リアルタイムで微修正する。それが出来れば、理論上は狙った時代に辿り着ける」

 

 パチュリーの問いかけに答えるような形で、ちゆりはそう口にした。

 

「そして、蓮子にはそれが出来る。時間と空間を観測出来る『能力』を、こいつは持っている」

 

 ──そう。

 

「『星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力』……」

 

 宇佐見蓮子に存在する、特異性。

 

「メリーと一緒に夢という形で意識を旅立たせ、蓮子の『眼』で時間と空間を観測する。そうやってタイムスリップをコントロールするんだ。この方法なら、狙った時代の狙った場所に辿り着ける」

 

 思い切った大胆な解決案。蓮子の『能力』を利用してタイムスリップを制御するのだと、ちゆりはそう説明した。

 そんなちゆりの話を聞いて、蓮子の心臓はうるさいくらいに高鳴っているが、その心境は意外な程に冷静だった。ちゆりの大胆な作戦を、驚く程に素直に受け入れた自分がいる。確かにこの方法なら、タイムスリップの懸念点をクリア出来るのだと。そんな確信が胸中に湧き上がってくる。

 根拠もない感覚だが──それでも。

 

「ほう? 成程、その手があったか。だが、それはあくまで理論上の話だろう? タイムスリップの制御などという大技を、その人間が行えるのかは……」

「私、やります」

 

 レミリアが何かを口にしていたが、構わず蓮子は割り込んでそう意思を表明した。既に強固な程に固まった、揺るがぬ意思を。

 

「御託は結構です。どっちみち、ここで私が拒んだとしても、メリーが危険に晒されるだけでしょう? ──と言うか、レミリアさんは最初から察してたんじゃないですか? 私が尻込みをするはずがないって」

「……フッ。気づいていたか。なに、仮に断ったとしても、極力責任を感じなくて済む雰囲気を作ってやろうと思ったのだがな」

「……余計なお世話ですね」

 

 いちいち癇に障る吸血鬼だ。──まぁ、流石にそろそろ慣れてきたが。

 

「……蓮子。本当に、良いの? 貴方まで、危険な目に……」

「今更何を言っているのよ、メリー」

 

 そんな事を確認するメリーに対して、蓮子は答える。

 

「言ったでしょう? メリー一人に背負わせるなんて、させてあげないって。私達二人で、未来を切り開くんだって。例えメリーが拒んだとしても、強引にでもついて行っちゃうんだから」

「蓮子……」

 

 そう。この紅魔館に再び足を運んだ時点で、蓮子の覚悟は固まっている。今更どんな情報を提示されようと、身を引くつもりはない。

 寧ろ好都合だ。蓮子の力が、この計画を後押しする一助になると言うのなら、願ったり叶ったりである。拒む理由なんて存在しない。

 

「……そうだったわね。ごめんなさい、蓮子」

 

 そんな蓮子の思いを聞いて、メリーもまた改めて決意を表明する。

 

「私もちゆりさんの作戦に賛成です。蓮子も一緒なら、心強いですから」

「ククク……。そうか。だが、良いのか? 大切な親友を、危険に晒す事になるぞ?」

「……蓮子も言った通りです。私達二人で、未来を切り開きます。その思いは、この程度で覆ったりしません」

 

 レミリアに対しても怯まない。ただ、真っ直ぐに。その思いを真正面からぶつけて。

 

「フッ……。それなら、()()だ」

 

 そしてレミリアは、満足そうに彼女達の思いを受け入れる。

 

「改めて、お前達に依頼しよう。このふざけた未来を塗り潰す為に」

 

 相も変わらず、尊大な態度は崩さずに。

 

「八十年前の過去に飛べ。そして魂魄妖夢と共に、西行寺幽々子の暴挙を止めろ」

 

 レミリアは言葉を紡いだ。

 

「今のお前達の力なら、運命を切り開く事が出来るだろう」

 

 今更、頼まれるまでもない。レミリアの言葉があろうがなかろうが、蓮子達の決意は変わらない。

 やってやる。

 タイムスリップの制御など、大した障害にならないのだと。蓮子は改めて、自らを奮い立たせていた。

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