「ソードアート・オンライン、ですか?」
「ああ、実際に朝倉君に体験してもらいたくてね」
社長からの指名であれば断れない。俺、朝倉拓人はVR業界の会社の手伝いをしている。
粗方の単位を取り終えた俺は日がな一日仕事をしている。
確かに急速に発展するVR業界の革命とも言えるそのゲームは、同事業を展開する会社からしてみれば決して無視することのできない案件なのだろう。
「必要器具は揃えてある、君には午後1時のサービス開始とともにゲームを体験してもらい、それを元に評価を下してもらいたい。よって本日の午前中は器具の設定を終わらせておき、抱えている急ぎの案件などがあれば対処して早めに昼休憩を取るように」
「了解致しました」
何故手伝いの俺がこんな仕事を任されたか、と言えばこの会社は社長である父のもので大学卒業後はここに就職が決まっている、謂わば跡取りに経験を積ませたいからだろう。
その為手伝いとは言うが実質卒業前から修行をさせているようなものだ。
社内では比較的年齢の若い物の意見を参考にしたいとは言っているが、経営者としてこの分野の最先端を実際に体感させる、というのが目的だろう。
言われた通りに設定や抱えている仕事を終わらせ、早めの昼休憩を取る。
今日は和食の気分だな、久しぶりにとんかつでも食べようかな、と。
この時はまだそんなことを考えていた。
まさかこんなにも長い間、現実での食事をできなくなるとは思いもしらずに。
「リンク・スタート」
音声認識を開始し、VR世界へと没入する。
途端に世界が切り替わり、美しい景観が広がっていく。
現代社会のような高層ビルはなく、中世的な建築物や緑が広がる。
始まりの街。
その広場がこのゲームの開始地点である。
「さて、まずはメインメニューを開くんだったかな」
右手の人差し指と中指を伸ばし、それを下へ軽く振る。
ステータスや装備、スキルやオプションそして一番に下にログアウトボタン。
粗方のシステムをチェックしていく。
流石あの茅場晶彦の作品といったところか、直感的かつ機能的にまとまっている。
一通り確認し、それを閉じる。
次は周囲の探索だろうか。
あたりを見回せば広場からは宿屋や武器屋等の主要施設があり、そしてゲームを開始した多数のプレイヤー達がいる。
プレイヤー達はゲームを楽しみにしていたのだろう、誰も彼も笑顔であれをしよう、これをしたいと目を輝かせていた。
とは言え自分は遊びに来たわけではないので、仕事を続行する。
次はこのゲームの最大のウリである戦闘だ。
街の外へ歩いていく。
視界には見渡す限りの草原が広がり、恐らくは敵モンスターなのであろう猪のような生き物が点々と存在している。
その中の一体へ近づくと、このモンスターの名前なのだろう、フレンジーボアという文字が猪の頭上に現れる。
初期の街の周りにいるモンスターならそこまで強くはないだろう、戦闘を体験してみることにする。
手持ちの武器は初期装備の片手剣のみなのでそれを装備し、猪へ斬りかかる。
斬撃はヒットし、猪はこちらに向き直る。
突然切りかかられ、怒り心頭と言った様子だ、鼻息も荒い。
「すまないな猪よ、こちらも仕事なんだ」
猪は突進が主な攻撃なのだろう、猪突猛進に体当たりを狙ってくる。
が、やはり初期モンスターそこまで鋭い攻撃というわけでもない。
何度か斬撃を当てれば猪は倒れ、ポリゴン片を散らしながら消えていく。
「なるほど、これは確かに既存のゲームとは大違いだ」
実際に自分の体を使ってモンスターと戦う、これはかなりの爽快感だ。
ゲームといえば頭を使って遊ぶだけ、と言った考えを持っていた俺も認識を改める。
これだけでも大きなウリと思うが、このゲームのウリは他にもある。
ソードスキル、と言う必殺技の様なものだ。
事前に目を通した資料では技の起点となる初動を行うと発動でき、システムが歴戦の勇士のように最後まで技を誘導してくれる、というものだ。
「えーと、片手剣で使えるソードスキルは、と」
スキルパネルを開き、スキルを表示する。
点灯しているスキルは一つのみ、ソニックリープと言うらしい。
そのまま一番近くにいるフレンジーボアに近づき、初動の構えを取ってみるが、何も起こらない。
その構えから武器を振ろうとするとシステムアシストというやつだろう、体が誘導されるような感覚が湧き上がる。
その感覚に任せて体を捻り片手剣を突き込むと光るエフェクトとともに段違いの突進突きが放たれた。
ソードスキルはフレンジーボアへと吸い込まれ、ポリゴン片が周囲に舞う。
「これは凄いな、一撃か」
俺も大学生だ、人並みにゲームはする。
そのまま何度も繰り返し、ソードスキルで敵を倒していく。
ある程度なれたところで周囲を見渡せばかなり夢中になっていたようで、周囲にはチラホラとプレイヤーの姿が見えた。
すぐ近くには二人組の男性プレイヤーがいて、どうやら一人がもう一人へソードスキルの使い方をレクチャーしているようだ。
「構えにちょっとタメを作るんだ。あのプレイヤーさんは簡単に出来てるぞ、ちょっと真似してみたらいいんじゃないか」
「そのタメっていうのがよくわかんねぇんだよ・・・。って結構近付きすぎちまったな、スンマセン」
と、二人組の男の何だか悪趣味なバンダナの方が声を掛けてくる。
「いえ、こちらも夢中になっていたので」
「あの、もしよかったらなんすけどソードスキルをもう一回見せてもらえませんか。俺VRは初めてでなれてなくって。あ、いきなりスンマセン、俺クラインって言います」
「お前また知らない人にそんな事・・・、あ、おれはキリトってプレイヤーネームです。あの、すみません一回だけで良いのでお願いできないですか」
声を掛けてもらったので返答すると悪趣味なバンダナの方のクライン、見た目は無難な感じにまとまっているキリトがすまなそうに告げてくる。
「えっと、わかりました。私のプレイヤーネームはTaktです。といっても私もVRは初めてなのですが」
「えーマジっすか、なんつーか堂に入った感じみたいなのがありましたけど」
「そうだな、俺と一緒でベータの体験者かと思ったくらいです」
「ベータ、ですか」
ベータと言うのはソードアートオンラインのベータサービスのことだろうか。
「あ、コッチのキリトはベータサービスで結構やってたらしくて、それで俺がレクチャーを頼んだんすよ。よかったら同じVR初心者同士一緒にパーティどうですか?」
「いや、タクトさんにも都合があるだろう・・・スミマセン、気にしないでください。こいつ俺にもいきなり声かけてきたんですよ、予定があるなら断ってもらっても良いので」
彼らはパーティを組んでいて、それに俺もどうかと誘ってくれているのだろう。
こちらとしても色々な機能を使っておきたいので願ったり叶ったりだろう。
「いえ、私もパーティプレイには少し興味があるのでお邪魔でなければ是非」
「よっしゃ、そうと決まればキリト、パーティ申請頼むぜ。俺はシステムまだわかってないからさ」
「わかったって。それじゃタクトさん、パーティ申請するので受諾お願いしますね」
と言ってキリトがシステムパネルを呼び出し何やら操作をするとこちらに一つウィンドウが出てくる。
【キリトからパーティに招待されました。パーティ申請を受諾します。 YES/NO 】
YES を選びパーティ申請を受諾すると新しいウィンドウが開いた。
パーティメンバーのHPバーと名前が表示されていて、KiritoとKleinと書かれている。
「受諾できたようですね、改めてよろしくお願いします、キリトさん、クラインさん」
「こちらこそよろしくっすタクトさん。あれ、Taktってこう書くのか、てっきりTakutoかと思ってましたよ」
「ああ、成る程、オーケストラの指揮者が使うようなTaktなんですね」
「ええ、そうなんです。とは言っても適当に付けた名前なんですがね」
「ははっ、分かります。俺も結構安直にKiritoってつけましたから」
「まぁ取り合えずお手本お願いしますよタクト先生」
「いや、私も初心者なので先生は・・・」
頼まれたからには仕方ないので手近なところにリポップしたフレンジーボアに目掛け、ソニックリープを放つ。
それを見てクラインも自分の近くに連れてきた対象へ見よう見まねで技を繰り出す。
そんなことを繰り返ししているうちにどうやらクラインもコツを掴めたようだ。
「結構安定してきたんじゃないか、どーよキリトこの俺様の飲み込みの速さは。」
「いや、タクトさんはもっと早くやってただろ・・・。」
「まぁまぁ、コツを掴めたのならいいじゃありませんか。」
と、気が付けばかなりの時間が経っていたようだ。
今日のところはこのぐらいにして報告内容もまとめなければいけないだろう。
「結構時間が経ちましたね、そろそろ仕事の予定に引っかかりそうなので私はこれでログアウトさせてもらいますね」
「こんな時間からお仕事っすか。ってああっもうこんな時間か、そういえば俺、飯を出前で頼んでてあと三十分で届いちまう」
「クラインはもうちょっと落ち着いてプレイしろよ・・・。了解ですタクトさん、お仕事って時間大丈夫ですか」
「実は今も仕事中なんですよ、私はVR関係の会社の仕事でここに来てましてね。噂のゲームの体感調査とでも言いますか。報告するための書類をまとめたりしなければならないので」
「仕事で来れるなんて羨ましいっすね、俺なんて徹夜で並んで買いましたよ。ってそんないい面だけ見ても仕方ないな、書類制作、頑張ってください」
「お仕事中だったなら、パーティプレイなんてしてて迷惑じゃなかったですか?」
「いえいえパーティプレイのの調査にもなりましたし大丈夫ですよ、このゲームは会社で購入したようですよ、購入担当になった人も出勤扱いで買いに行かされたそうですし」
会話もそこそこにログアウト準備をしていたクラインの様子がおかしい。
「あれ、キリトよぅログアウトってどこにあるんだ?」
「システムパネルの一番下にあるはずだけど。ちゃんとよく見てみろよ」
そういうとキリトもメインメニューを呼び出し操作をする。
俺がゲームを始めて直ぐにメインメニューを確認した時にはそこにあったはずだ。
確認のために急いで俺もパネルを開く。
「どういうことだ・・・?」
思わず同時に呟く。
確かにあったはずのログアウトボタンが、まるで最初からなかったかのように消滅していた。