俺達は団結して第一層のボスの撃破した。
犠牲者は無い。
全員で戦い、全員で生き抜いた実感がようやく沸いてくる。
「お疲れ様でした、タクトさん」
ディアベルが声を掛けてくる。
「ディアベル、スタンドプレーは感心しませんよ。確かに攻撃隊が後退することができたのはあなたのお陰です。でも、一歩間違えば死んでいたかもしれないんですよ」
「すまない、あの場はああするしかなかった。指揮の為一列下がっていたから丁度ボスの行動がよく見えたんだ」
「指揮のために下がっていたのに指揮官がやられたら元も子もないでしょうに。今後はこんなことがないように頼みますよ」
「ああ、可能だったらな」
そう言ってディアベルは苦笑を浮かべる。
恐らくそんなことをいいながらもこの男は同じことを繰り返すのだろう。
共に戦う仲間を守るためならば命は惜しまない。
「タクト、少しいいか?LAボーナスの事なんだが」
そうキリトが声を掛けてくる。
「俺はたまたま攻撃が最後になっただけだ。この戦いで一番活躍したのはタクトかディアベルだろ。だから二人のどちらかがもらった方がいいんじゃないかと思うんだ」
「討伐の前にその話はしただろう。そんなことをしたら揉める原因になる。キリト、お前が使うべきだ」
「そうだなキリト、俺はキバオウのお陰で拾った命があれば十分だ。それは君の物だ」
俺とディアベルにそう言われ、キリトはそれを受け入れた。
装備を変更しボーナスアイテム、コートオブミッドナイトを装備する。
「似合うじゃないか。髪の色も黒だから、黒一色で地味だけど」
「うるせー、ほっとけ」
キリトは拗ねたようにそっぽを向く。
「これでやっと第一層の攻略は完了か」
ディアベルがそう呟く。
「いや、まだだ」
だが俺はそれを否定する。
「第二層への開放が終わって初めて攻略完了だ。そうだろ?」
俺はニヤリと笑ってそう告げると、第二層へのアクティベートを開始した。
第一層完全攻略の情報が公開されるとプレイヤー達は沸いた。
ここ一ヵ月、希望となるような情報がなかったアインクラッドの住民達はそれを聞くと表情を輝かせ、皆に喧伝して回った。
そして次の日、ひとまず始まりの街の宿屋に戻った俺とキリト、そしてアスナはこれからの方針について打ち合わせをすることにした。
「さて、何となく攻略からここまで一緒に行動してきたけど二人はどうするつもりなんだ?」
キリトとアスナに問いかける。
「俺はこの一か月間ずっとタクトと一緒に行動してきたし、いまさら一人で行動する気もないからなぁ。タクト、別にいいだろ?」
「ああ、俺としてもキリトがいると心強い。アスナさんはどうします?」
「アスナでいいですよ、タクトさん。私も出来れば一緒に行動したいです。それから敬語もいりません、昨日は呼び捨てで呼んでくれたでしょう。」
「いや、あれはテンションがおかしなことになってただけで、普段から私は敬語なのですが。私としてももう少し戦力が欲しかったのでパーティを組んで行動する事にしましょうか」
「ああ、問題ない。俺には敬語は使わないんですか、タクトさん?」
「うるさいよ。お前はいいんだよ。お前も攻略の途中から敬語無くなってたし」
「ずるいですキリトくんだけ。私もアスナって呼んでください。敬語もなしですからね」
「わかった、これからよろしくなアスナ。その代わりそっちも敬語は無しだ。これでいいか?」
「よしっ、こちらこそよろしくね、タクトさん、キリトくん」
「よろしく、アスナ」
それから俺達は第二層攻略に向けて行動することを決め、三人でも連携方法などを話した。
ふと、気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、アスナはどうしてSAOに?ゲームには興味なんてなさそうと思ったんだけど」
「実はナーヴギアは兄の物なんだ。あの日私は母と喧嘩してしまって、気まぐれに借りてみただけで。兄は発売前から楽しみにしていたみたいで、私によくここが凄い、これをしたいって話をしていて。兄は海外出張が決まってしまって、絶対楽しいからやってみろって私に押し付けていったんです。私も喧嘩した母と話したくなくて、それで」
「なるほど。フードを被っていたことからわかります。女性一人では大変だったでしょう」
頼れるものも知り合いもいないアスナはとてもつらい思いをしたのだろう。
俺にはキリトがいた。
一人でボス攻略に参加できるレベルまで戦ってきたアスナの苦労は想像を絶するものに違いない。
俺はアスナの頭を慰めるように優しく撫でる。
アスナは瞳に涙を浮かべ、泣き出しそうになりそのあと怪訝な顔をした。
「なにこれ、ハラスメントコード?」
「ああ、それは異性に故意に触られた場合にそのプレイヤーを監獄エリアに飛ばすことができる機能なんだ。要はこれはセクハラですかってシステムが聞いているんだ」
「は?」
キリトが解説を入れる。
ちょっと待てなんだそれは。
俺はアスナを慰めようとしただけでそんな意図はないぞ。
「どうする、アスナ。君がそれを許可すればタクトを監獄送りにできるぞ?」
キリトがにやにやしながらアスナに言う。
「へぇー、そうなんだー。どうしよっかなー」
アスナも涙を引っ込めて、にやにやと笑顔になる。
「ちょっと待ってくれ、俺はただアスナが大変だったんだろうって思って。確かに勝手に頭を撫でたのは悪かったよ、でもいきなり監獄なんて行き過ぎだろう」
「冗談ですよ、冗談。あはは」
余程俺の焦った様が面白かったのか今度は心から楽しそうな笑みを浮かべてポップアップしたウィンドウを消す。
「はぁ、勘弁してくれ。でもまぁなるほど、いろいろな機能があるんだなSAOには。一人の時には知らなかったのか?」
「ええ、一人でやっていた時は、一度変なのに絡まれて、それから目立たないようにあのフードを被っていたから」
SAOは男性に女性が少ない。
それは単純に女性プレイヤーの割合が少ないからだ。
あの日茅場の手鏡によってプレイヤー現実の姿のままプレイすることになった。
それまで話していた見た目麗しいプレイヤーが男だったと知り激昂していたプレイヤーもいた。
アスナほどの美人になると言い寄る男も多いだろう。
と、話が脇道に逸れ過ぎたか。
「そろそろ出かけないか?ディアベルの話じゃ第二層はそこまで苦戦しないらしい。俺達も、うかうかしてると置いて行かれるかもしれない」
といったところでメッセージを受信した通知に気づく。
差出人はエギル。
内容はなにやらショップを始めるそうなので一度見に来てくれないか、とのこと。
どうやら同様のメッセージをキリト達も受け取ったらしい。
「とりあえずエギルのとこに行ってみるか。二人もそれでいいか?」
確認をとると二人とも頷く。
場所は二層の街区の一カ所だ。
転移門で二層へ移動し、目的の場所を探す。
転移門からすぐの一等地にその店はあった。
所有者が間違いないか確認し、中へ入ると見覚えのある男がそこにいた。
「ずいぶんいい立地だな、エギル、高かったんじゃないか?」
「来たか、タクト。なんだキリトとアスナも一緒か」
「はい、私達パーティを組むことにしたんです」
「なるほどな。一層攻略の立役者が組むのか、そりゃ楽しみだ」
「お前もだろ。かなりいい店だけど、この店どのぐらいかかったんだ?」
エギルが苦笑しながら答える。
「まぁボスから入手したコルと貯めてた分は結構使ったがな。それはさておきさっそく商談だ。お前らの使ってない装備を俺に譲ってくれないか?」
現状だと余った装備はNPCに雀の涙程度のコルで売却するか、欲しがっているプレイヤーを探して直接交渉するくらいしか使い道がない。
直接探すのは時間がかかるし、対人交渉は割に合わないことも多い。
「なるほど、俺達を呼んだのはそういう事か。基本的に使ってない装備なんてNPCに売り払うくらいしか使い道がないしな。それをエギルが買い取って、必要としているプレイヤーに販売するってところか」
「ああ、もともと考えていたことではあるんだがな。第一層の攻略ではボス討伐のメンバーは上限にはならなかっただろ?トッププレイヤーのお前らの装備ならお下がりでも、平均的なレベルの奴らからすれば十分な性能になる。あとはそれを使うプレイヤーのレベルが上がれば、ボス討伐の人員不足は解消できる。特にキリトは体防具を入手してたからな、攻略に使うレベルの装備なら二層でも通用するだろう」
確かにボスの戦力は多いほうがいい。
育っているプレイヤーが少なすぎた為、一層のボス討伐では欠員が出ていた。
エギルの商売は平均レベルの底上げにもなるだろう。
「まぁ俺もNPCに売ってはした金にするより全然儲かるからいいけど、仕入れに使うだけの金はあるのか?」
「その辺はショップの機能で便利なのがあってな。キリトは店に品物を預けてくれるだけでいい。俺が品物を店に並べて値段を登録する。あとは欲しいプレイヤーが購入するだけで自動的にお前と店に販売金額が入るってことさ。ま、利益の相談は必要だがな」
エギルの店は主に仲介人をする店という事だろう。
これを使えば装備品はもちろんこの先必要となってくるであろう製造クラスの素材調達なんかにも役立つに違いない。
話を聞いたキリトが呟く。
「なるほどな、ベータテストではなかった機能だ。店を買う資金も必要だから元手はかかるけど、それさえクリアできればそこそこに稼げそうだな」
「まぁ前線でモンスターを倒すのとそうは変わらない額だがな。で、譲ってはもらえるのか?」
エギルは早くこの店を軌道に乗せたいのだろう、話もそこそこに商談をまとめようとする。
「内訳が七:三ならいいぜ」
「おいおい、投資資金の回収もあるんだ。五:五と言いたいところだが、パーティを組んだ縁だ。六:四でどうだ?当然お前らが六だ」
「ま、妥当なところか。俺はそれでいいぜ、タクトとアスナはどうする?」
キリトはショップに預けることにするようだ。
専用のパネルを操作しエギルとの交渉を終える。
「俺もそれで構わない」
「私もお願いします、エギルさん」
俺達もショップ機能を使ってエギルと交渉をする。
俺がアイテムを指定し、エギルが利益販売額と利益の内訳を提示して交渉を終える。
なるほど、このシステムなら所有者と販売者は対等だ。
「そういえばお前ら、もう二層のフィールドには行ったのか?」
「いや、これから行こうと思ってる。先にこっちに寄ったんだ」
「ならちょうどいい、ついでにお使いを頼まれてくれないか?この街のNPCで鍛冶職の素材になるアイテムをくれる奴がいるんだが、それをうちに置きたいんだ。討伐系で難易度が高めだが、なかなか経験値も悪くない。勿論金は払う。お前らなら普通にこなせるレベルだろう、どうだ?」
討伐系か、エギルの見立てで問題ないならいけるだろう。
二層でレベルアップもしておきたかったところだ。
「ちょうどレベルもあげたかったし問題ない。二人もいいよな?」
反対意見はなさそうだ。
「それで、NPCはどこにいるんだ?」
「ああ、この店を出て左へ進むと教会がある、そこの二軒隣の建物だ。中にいる老婆が開始NPCだ」
「了解した、それじゃ行ってくる。装備の販売は頼んだ」
俺達はエギルの店を後にして目的のNPCへと向かった。