ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
午後のチャイムと同時に、速水滝川猫宮が教室へ滑り込む。
少し遅れて、眼鏡を掛け無精髭を生やしておまけに半ズボンの年上の千翼長が教壇に立った。
「あの人が坂上先生?」速水が尋ねると、滝川が横に首を振る。
「違う、初めて見る人だ」
千翼長は善行忠孝と名乗った。挨拶もそこそこに全員を着替えさせグランドへと集合させる。
「よし、速水、猫宮、隣の教室で着替えだ。こっちは女子の更衣室になるんだ」
滝川が喜々として二人に言った。
「な、なんだか嬉しそうだね」
「そりゃあ、つまらねえ授業より体動かすほうがいいだろ。それにさ、隊長も来たし、やっとホンモノっぽくなってきたじゃん」
「ホンモノっぽくじゃなくてホンモノだけどね。学校の体育みたいな楽しく体を動かす授業じゃなくて軍人になるための訓練になるだろうし」 猫宮が脅かすように言う。
「な、なんだよ脅かすなよ猫宮。ま、とりあえず行こうぜ!」
脳天気な滝川に微妙な目線をやる速水。猫宮に目をやると特に何も言わないようだった。
グラウンドに集合すると、善行も体育着に着替えて皆を待っていた。傍らにはレスラーのように屈強な男。金髪で浅黒い肌の精悍な印象の男だ。
「紹介します。小隊付き戦士の若宮康光君。今後、あなた達の訓練教官となります」
若宮は善行に黙礼をすると生徒たちへと向き直った。
「さて、それでは課外授業を初めます。このグラウンドより、大甲橋、厩橋を経て熊本城公園を三周してグラウンドへ戻る。行程およそ十キロのランニングであります。どうです、楽なものでしょう? 」
若宮はにやりと白い歯を見せて笑った。映画などで教官が新兵に見せるそれである。
「ただし、こんな楽な授業じゃあなた方に申し訳ない。ラスト五人は腕立て伏せ百回」
ギョッとして周りを見回す速水や滝川や加藤。さっきまであのクラスに居たのは七人だった。善行と若宮を含めても九人……いや、幼い女の子が混じってる。午前の授業では見なかった顔だ。
「ああ、東原さんは水を用意してゴール前に待機して下さい。できますね?」
善行がしゃがみこんで言うと、東原と呼ばれた女の子は「うん!」と元気よく答えた。
「うん、ではありません。はい、です」
「はいっ!」
「ちょ、ちょっと待ってえな。これって女子も同じなん? 」
加藤が不服そうに質問する。
「む、女子は十分先にスタート」
安堵する加藤に「男子と同じでも構わぬ」と言う芝村。そしてそれに反応し茶化す声が後方からした。
「さすがに姫さまは違うね。まあ確かに立派な意見では有るけど、戦車兵は、生身の体で戦うわけじゃないからな。男子女子のハンデはよしとしようよ。ああ、俺にもハンデね。十分前スタートってことで。でなきゃ東原と一緒に留守番がいいや」
長身の整った顔立ちの男が笑っている。どうも周囲に軽薄そうな印象を与えている。彼も朝の授業にはいなかった。
「そうか、わかった。おまえ、瀬戸口隆之だったな」
プロフィールを思い出した若宮と、更に茶化す瀬戸口。当然の如く殴られる瀬戸口だが、ダメージは最小限に抑えているようだ。そしてそれに激高する壬生屋と抗議する加藤。そしてその光景に困惑する速水や滝川。真っ当な軍人である若宮や善行が可哀想になる光景だ。
(善行さん、この頃から相当胃が痛かったんだろうなあ……)
一人心配する猫宮。その視線に気がついたのか善行がほんの少し苦笑したが、すぐに無表情に戻る。
「時間が惜しい。訓練を再開しましょう」
有無を言わさず全員をスタート位置に立たせ、合図する。壬生屋と加藤の二人は走りだしたが芝村はスタートしない。
「百翼長、女子はスタートしましたが」 若宮の声。だが、芝村は澄ました顔でストレッチしている。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ……われに七難八苦を与え給え、かな?」
「そのようなものではない。ただ必要だからやるまでだ」
「ははっ、確かに。幻獣は男女で態度変えてくれないもんね」
猫宮と芝村の問答にそれってなんだ?と首を傾げる滝川。
「山中幸盛……通称山中鹿介で知られている戦国武将の言葉ですね。苦難において乗り越える力をつけるためにあえて茨の道を進む事を願った戦国武将ですが……詳しいですね、猫宮君」 分かってないであろう二人に解説する善行。
「本は色々と読んでるんですよ」 ストレッチしながら答える猫宮。
「あ~あ、やだやだ。苦労なんておもいっきり逃げたいもんだけどなあ」
「お前は人の倍苦労したほうが良さそうだな」
相変わらず茶化す瀬戸口に、苦々しげに若宮が言うのだった。
「さて、おしゃべりはここまでにしましょう。若宮君」
「はっ。では、スタート! 」
合図と同時に全員が真剣に走りだす。善行はスタート同時に悠々としたストライド走法で走りだし、それにピッタリと張り付く猫宮。瞬く間に見えなくなった。
「はやっ!? 猫宮の奴飛ばしすぎだろ!? 」
「おっ先~!」
若宮は後尾で遅れがちな隊員を励ます役に付いたようだ。これから遅れがちな滝川を何度も激励する事となる。
「やれやれ、これでも私は徴兵されてからだいぶ鍛えたんですけどねえ」
横で並走する猫宮に話しかける善行。視線の色は様々な疑念が渦巻いている。まず、最近は後方での仕事が多かったのに学生風情が本職についてこれる事自体が異常なのだ。
「これでも結構鍛えてたんですよ。何時日本に幻獣が攻めてくるか分かりませんでしたし」
「なるほど。軍隊の事もある程度は調べたのですか?」
とりあえず筋は通そうとしているなと善行は思った。そして別の話題を振る。
「はい。手記を読んだり戦争関連の本を見たりとある程度は」
「結構です。――では、壬生屋君達に注意をしなかったのは何故ですか?」
「ああ、それは同年代より教官や上官に叱ってもらったほうがいいと思いまして。どうやらまだまだ部活気分みたいですし、あんまり言うと説教臭いやつって思われちゃいますし」
「確かに。あの様子では妥当な判断でしょうね。ですが、あまり若宮君ばかり苦労をかけるのも忍びない。君も協力するように」
ふと、隊員の一人の瀬戸口を思い出す善行。問題児をかき集めたような小隊だが、どうもただの問題児だけではない人材も居るようだ。
「了解しましたっ」
苦笑で返す猫宮。少しすると先行している壬生屋と加藤に追いついた。どうやら壬生屋は甲斐甲斐しくも面倒を見ているようだ。
「速っ!? 二人共もう来たんか!?」
「あはは、お先にっ! 」
「ラスト六人は腕立て伏せ百回ですので忘れないように」
「そんな殺生な~!?」 との声を後にしつつ、二人は並走して走っていく。
ゴール付近に来ると、猫宮があからさまに速度を落とした。善行が一着、猫宮が二着である。ゴール前では少女が待機しており、ノートを破って作ったお手製の三角旗と水を持ってきて笑顔で駆け寄ってきた。
「はい、いいんちょおつかれさま。一位だね」
「ありがとう、東原君。彼にも同じものを」
息を整えつつ笑顔で礼を言う善行。ののみは「はいなの」と頷いて猫宮の方にも駆け寄ってきた。
「すっごく速いんだね。えっと、えっと」 二位の旗と水を手渡しながら少女が言葉を探す。
「猫宮。猫宮悠輝だよ。よろしくね」
「東原ののみです」
「うん、ありがとうののみちゃん」
しゃがんで目線を合わせて受け取る猫宮。
「えへへ、どういたしまして」
東原も嬉しそうだ。
水を美味そうに飲む猫宮に善行が近付いて来た。
「それで、手を抜いた理由は何ですか?」
「はっ。司令官には尊敬が必要と思いまして」
「まったく、気を使うのが上手いですね」
苦笑して思わず眼鏡に手をやる善行。まるで大陸での若宮を思わせる気の使い方だ。本当に徴兵されたての学生なのだろうか?
「結構。しかし訓練中に意図的に手を抜いた罰として腕立て二百回です」
「え、倍に増えて……ああいえ、了解しました」 ストレッチもそこそこに猫宮は腕立て伏せを強制的に初めさせられたのだった。
それから少しすると、今度はポニーテールを揺らし芝村がやってきた。
「はい、舞ちゃん三等賞おめでとうなの」
「……隊長は兎も角同じ学兵に負けるとは」
憮然とした表情で受け取りつつ水を飲むと、猫宮の方を睨みつける。
「で、何故此奴は二位なのに腕立てをしているのだ?」
「ああ、自主訓練のようです」
抗議の視線が飛んできたがあえて無視する善行であった。芝村は面白く無さそうにそれを見ると対抗して腕立てを始めた。
「あなたも物好きですねえ」 おかしそうにくくっと笑っている善行。この少女も中々に負けず嫌いなようだ。
更に少しすると速水がやってきた。何故か腕立てをしている二人を見やり思わず善行に目をやってしまった。
「ああ、二人共自主訓練のようですよ。あくまで自主訓練であるので強制ではありません」
と、速水の疑問に答えてくれる善行であったが、声には少しからかいのニュアンスも入っていた。
「そうそう、自主的にだから無理にしなくても大丈夫さ」
「……ふっ」
腕立てをしながら猫宮はそう言い、芝村は勝ち誇ったような表情を向けてきた。しばしの逡巡と給水の後、更に横に並ぶ速水。そんな様子を、善行は殊更おかしそうに見るのだった。こうして5121小隊、初のランニングはラスト「八人」が腕立て伏せを最低百回はするという結果に終わる。後には疲労でクタクタとなった新兵達の群れが残されたのだった。
放課後、学校を出ようとする猫宮に近づく一人の男が居た。瀬戸口である。あいも変わらず軽薄そうな表情を浮かべている。
「よっ、遅ればせながら挨拶だ。俺は瀬戸口隆之。一応、お前さんより年上の先輩ね」
「あ、猫宮悠輝です。どうぞよろしくっ!」
「ああ、元気が有ってよろしいねえ。野郎はさよならお嬢さんはこんにちは――が俺の信条だが、お前さんを含め年下クン達には多少なら女の子たちを紹介してやってもいい。若宮の筋肉ダルマは論外だけどな。そうだな……近場なら紅陵女子高校に堅田女子高校なんかが良いぞ」
ノートを取り出しファイルしてある情報を次々見せる瀬戸口。無駄に凝っている。と言うか電話番号とか一部スリーサイズとか何処で手に入れたんだ、お前。
「も、もう把握しているんですか……?」冷や汗を流す猫宮
「勿論だとも。このご時世、愛に飢えている女の子はどこにでもいるからな。彼女たちは皆辛く、苦しい目に遭っている、もしくは遭う予定なんだ。だから、癒やしてやるのが色男の義務なのさ」 ウィンクする瀬戸口。
「ま、近場のキャピキャピした女の子達も良いがお嬢様学校の子達もまた良いもんだ。凛としていて、清楚で、そして世慣れしてなくて何処か危うい」
黒森峰女学園と書かれたノートを取り出して更に紹介する瀬戸口。だから、何処で手に入れたんだお前。
「ほら、特にこの戦車小隊でそれぞれ隊長やっているこの姉妹とか、その姉の側にいる副官の子とか……」
「あはははは……まあ、お金に余裕ができたら是非お願いします」
言い募る瀬戸口にとりあえずお茶を濁す猫宮。
「そうかい。ま、女の子が恋しくなったら呼んでくれ。恋の伝道師、瀬戸口さんが見事に解決してやろう」
「瀬戸口く~ん!」
「おっと、お嬢さん方の登場だ。じゃ、またな」
そう言って片手を挙げながら去っていく瀬戸口であった。
猫宮は慣れない道を地図や警察官等の案内を頼りにスーパー及び業務用スーパーを探し、高級猫缶と多量のナッツ類を買い込みリュックに詰め込んでいた。そして高校へ戻り付近を探す。学校中を歩きまわり、誰もいない校舎の裏手で、その巨大な猫は佇んでいた。赤いチョッキを着込んだやや太った猫である。だがその大きさは1メートル程も有った。
その老猫の前に歩み寄り、膝をつき頭を垂れる猫宮。
「お初にお目にかかります、猫神族の英雄よ。」
起き上がり、とぼけた雰囲気をどこかに消して威厳を纏わせ、起き上がる老猫。
「
顔を上げる猫宮。
「纏う精霊が違う。お主は一体何処から訪れたのだ?」
「遠き世界の別の時空から。この世界に少しだけ良い結末を齎すために」
「そうか、全く関係のない他人の為にわざわざ世界を超えてきたか。かつてのじゃじゃ馬娘を思い出すのう」
懐かしそうに目を細める老猫。遠い過去に思いを馳せているようだ。
「して、そなたの名は?」
「猫宮悠輝、と申します」
「そうか、猫の名を冠するか」
愉快そうに笑い喉を鳴らす老猫。
「はい。神話を作るのは、猫ですから」
顔を綻ばせる猫宮。そして老猫もおかしそうに笑う。
「そうだ。今はまだ戦えぬが戦神の名において約束しよう。時が来れば共に戦うことを。我が名はブータニアス・ヌマ・ブフリコラ。最後の戦神也」
自然と、猫宮は再び頭を垂れた。
「ところで、そなたが手に持っているものは……」
猫宮の手にある物に目を向けるブータ。尻尾が揺れている。
「ああ、これはお近づきの印です」 買って来たばかりの一缶300円以上もする高級猫缶である。
パコッと缶を開けてブータの前に差し出すと、ブータはそれをとても美味そうに食べるのだった。
日も殆ど沈みかけた夕刻。熊本中心部より北西、一人と一匹が県道一号をえっちらおっちらと歩いていた。大きな猫が先導し、後ろの少年の背には大きなリュックが背負われており、その中身はパンパンだった。好機の目線も山の合間に近づくに連れ少なくなり、乗用車の代わりにトラックを頻繁に見かけるようになる。
三淵山付近にさしかかり、一人と一匹は道を外れて山の中、獣道へと入っていく。その様子を覗いていたのは森の鳥や獣達。ブータを見つけた途端、報告に走るものも居た。
山頂に到着した。展望が全く無く、辺りは木々に囲われている。そして、多数の動物や鳥達が集まっていた。
「皆の者、急な来訪により騒がせてすまぬ」
ブータが声を出すと、一斉に頭を下げる周りの動物たち。
「今日は皆に紹介したい者がいる。遠き世界よりやってきた戦人。名を猫宮悠輝と言う」
興味深げに猫宮の方を見る一同。鼻をヒクヒクさせているもの多数。
「彼の者は我らに協力を望んでいる。あしき夢と戦う為に、我らの力を借りたいという」
賛同するものは多くなかった。皆、人間に多かれ少なかれ生存権を奪われてきたのだ。目に傷を持つカラスや、首飾りをしているイタチは特に不満そうだ。甲高い声で鳴くカラスの王。
そんな彼らに対し、猫宮は汚れるのも構わず両膝を付き、地面に手をやり頭を下げた。
「皆様のお怒りやご不満は御尤もの事。……しかし、今、人は滅びの瀬戸際に立っています。若輩の身で何処まで出来るかは分かりませんが、日ノ本の安定の際には自然との共存をこの国の国是とするように働きかけることを誓います」
頭を下げる猫宮に、かつてを思い出す上層部達。その昔、人と自然は仲良く共存していたのだ。
「勿論只とは言いません。定期的に貢物を持ってくることを誓いましょう」
リュックから中身を取り出す猫宮。中には大量のナッツ類やペット用の缶詰等が入っていた。思わず駆け寄りそうになる獣達。唸るイタチの左大臣にカラスの王。バサバサとせわしなく翼を動かすツバメの少将。目を輝かせるモモンガ大王。真っ先に駆け寄りたいリスの副王。
「今すぐに人と和解しろとは言わぬ。だが、人に、ではなくこの者に協力してはくれまいか」
ブータの言葉に、頭を下げるモモンガやリスやツバメ達。唸りつつ頷くイタチの左大臣。べ、別に人間のためじゃないんだから、缶詰が欲しいだけなんだから!と言う態度なカラスの王。
笑ってビニールを破り缶詰の蓋を開けていく猫宮。そこに、一斉に動物たちが群がるのであった。
ここに、人とモノノケ達との契約が結ばれる。
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