ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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敗北の夜と猫

 朝、速水は冴えない顔で学校への道を歩いていた。逃げるかどうか迷っていて結局結論を引き伸ばしたためナイーブだった。

 

 ぽんっと両肩を叩かれた。振り返る速水。

 

「よっ、一緒に学校に行こうぜ」

 

「おはよう。昨日の疲れまだ残ってる?」

 

 振り返ると滝川が笑いかけて猫宮が調子を聞いてきていた。

 

「僕より、滝川は大丈夫なの?」

 

 昨日は加藤に次いで2番目にへばっていた滝川だ。なのに、今日はやけに元気である。

 

「晩飯食って、寝たら治った」

 

 これだ……とかぶりを振る速水。横では猫宮が苦笑していた。

 

「瀬戸口さんと若宮さん、なんだか喧嘩してたみたいだけど」

 

「あ~、やっぱり?」

 

 二人の言葉に滝川が説明する。

 

「俺はお前みたいな軟弱野郎は大嫌いだって若宮さんね。そしたら師匠が、アタマ筋肉の欲求不満男はかわいそうね。ふざけるな放課後グラウンドに来い決着を付けてやる。やなこった野郎とデートなんざ趣味じゃないんでね――こんな感じ。まいったよ、子供じゃないんだからさ」

 

 瀬戸口と若宮の口真似をしてみせた滝川。

 

「らしいよね」

 

 何となく想像ができて、速水は笑みを浮かべた。

 

「若宮さん、本職の軍人さんだから瀬戸口さんとは水と油だろうなあ」 苦笑する猫宮。

 

「ああ、あなたたち。速水君と滝川君と猫宮君ですね」

 

 落ち着いた声がした。速水と滝川は恐る恐る振り返り、猫宮はキビキビと動いて敬礼をした。それを見て慌てて敬礼をする滝川、更に真似する速水。善行はお手本のような見事な敬礼を返した。

 

「どうですか、調子は」

 

「ええ、まあ、いいです……」と速水

 

「問題なし、であります」 余裕そうに返す猫宮

 

「学校の講義はどうです?」

 

「あの、けっこう面白いです。俺たちはサムライなんだって、本田先生が」

 

 なにか言わなくちゃと滝川が早口で言った。

 

「講義が面白いなんて、滝川君は変わっていますね。まだ機材もないようなので、実は今日一日屋外でゲームを楽しもうと考えていたのですが」

 

「えっ、ゲームですか? やります、俺やります!」 滝川はやけに張り切って自分を売り込んだ。

 

「どんなゲームですか?」速水が尋ねると、善行はふっと笑った。

 

「模擬戦闘訓練。まあ、一種の戦争ごっこですね」

 

 

 朝から若宮はうんざりしていた。自分は誇り高き自衛軍の兵士で有るはずだが、今の自分は幼稚園児の引率とそう変わりがなかった。

 事の始まりは昨夜の善行との会話である。なんでも、この問題児の群れに早速他校との模擬戦闘訓練をさせるらしい。早過ぎると思いますが、と若宮は懸念したが、善行は澄ました顔で「彼らには敗北が必要です」と言った。彼らは一度、徹底して打ちのめされる必要がある。そこからほんとうの意味での訓練が始まる、と。

 

 善行の話は半分も理解できなかったが、命令である。不承不承で頷く若宮に、善行は更に声をかけた。

 

「ああ、どうしても心労が溜まったら猫宮君とでも話してみてください。きっと君の苦労を理解してくれますよ」 との事だ。

 

 そう言えばひよっこにしては不平不満も言わず、また司令にも最後までついていった新米だ。

 

 この新米は無駄口をたたかず合図もすぐに覚えて忠実に従い尚且つ他の隊員をフォローしている。なるほど、確かに他のやつよりはマシのようだ。

 だがそれにしても、他の奴らが酷すぎた。簡単な合図も間違える、無駄口をたたく、真面目に行動しない、勝手に作戦会議や講義を始める。思わずバケツの水をぶっかけた時に出たのは怒りの言葉ではなく半ば諦めの言葉であった。その裏で黙々とバケツを追加していた猫宮の肩を思わず叩きたくなった。

 

 

 即席の訓練(若宮に言わせればお遊戯だが)が終わり、樹木園前に到着する。相手の堅田女子校の兵士たちは少なくともこちらよりは遥かにキビキビとして動き、また統率も取れているようだった。

 だが早速瀬戸口のバカがナンパを仕掛けている。正直今すぐにでも連中を引き返させてぶっ倒れるまでしごきたいものだ。

 こんな奴らには戦闘訓練用のライフル弾すら勿体無いということなのだろう。全員にゼッケンが配られた。そしてよりにもよって我が上官殿が隊長に指名したのは瀬戸口と来たものだ。早速芝村にリーダーを押し付けようとしている。

 ため息をつきつつ観戦位置に行こうとすると、善行が猫宮の肩を叩いて一言呟いていった。

 

「何を指示しなさったので?」怪訝そうに問う若宮。

 

「駒に徹して下さいと。それだけを。纏められて勝たれても困りますので」

 

「それは……」 アイツも大変だな。と若宮は思った。

 

 

 

 

 訓練が始まってやや経った。まともな訓練を受けた下士官なら、とても絶えられない光景だろうなと猫宮は思った。まず間違いなく全員の顔に青タンが浮かぶだろう。

 端的に言って、最悪の集団である。トップは責任を果たそうとせず、意見は別れ楽観論が主流を占め、やる気が無い。流石公式で問題児の集団と言われるだけのことは有る。

 

 だが、猫宮はうんざりはしない。なぜなら知っているからだ。この、問題児でド素人の集団が。世界で最も幻獣を殺すことの出来る小隊になることを。そして、自分がその一員となれるであろうことを知っているからだ。だから、猫宮はこの状況に甘んじる。彼ら自身が自分たちで成長することを信じて。

 

「――で、猫宮の意見は?」 一応隊長で有る所の瀬戸口が聞いてきた。

 

「隊長の意見に従います。今の自分は駒ですので」 すました顔で答える猫宮。

 

「猫宮さん! 貴方まで!」 

 

 憤慨する壬生屋。速水も呆れや軽蔑や様々な負の感情が混ざった目線を向けてくる。

 

「不真面目なんじゃなくて、隊長の命令なんで」 

 

 顔色を変えずに返事をする猫宮。周囲の表情が怪訝そうなものに変わるが、意見が出ないと分かると更に周囲で作戦会議……のようなものが続く。何も発言しなかった猫宮だがただ一度加藤の

 

「あはは、速水君って悲観的なんやね。レッツ・ポジティブ・シンキングや」

 

 という台詞に対し。

 

「……戦場で運に頼るな」

 

 ボソリと、やけに通る声が猫宮から響いた。威圧感に思わずぎょっとする周囲。猫宮はそれに「あ……」とバツが悪そうにする。特殊部隊の母、伝説の兵士の言葉である。ゲーム版のGPMでも他の様々な場面でも適用できるまさしく名言だ。

 

「……全く。じゃあ、壬生屋の意見を採用。行ってみるとしよう」 

 

 ため息を付きながら指示を出す瀬戸口。結果は言わずもがな、速水、芝村の両名を残しあえなく部隊は壊滅である。歓声を上げる堅田女子校のメンバーを尻目に倒れ伏した「死体」を乱暴に運ぶ若宮。瀬戸口の上に滝川と猫宮が放り出され悶絶する瀬戸口。若宮は実にいい笑顔である。

 

(これで彼女たちは立ち直るんだけど……でも今度は彼女たちが大変な目に遭うんだよなあ)

 

 正確にはこれから遭わせるのであるが、ひとまず猫宮は彼女たちの喜びようを見守ることにした。

 

 

 死体を30分もの間、沈黙したまま善行は眺めていた。平然としている瀬戸口、そして猫宮以外のメンバーは善行に見つめられるたびに顔を赤くした。東原まで特別扱いしないという有様である。

 

 身も心も冷えきったころにようやく解散となった。だが、速水と芝村が見えない。

 

「あいつら、何処行ったんだ?」 と心配する滝川

 

「そりゃーもちろん、二人でこっそり逢引やないか?」

 

「ふ、不潔です!」

 

 脳天気な連中を見てやれやれと首を振る猫宮。

 

「まだ死亡判定が出てないって事はまだ戦ってるんでしょ」

 

 ふぅ、と呆れたようにため息を付いた。

 

「えっ、じゃあ探したほうが良くないか?」

 

「まあ、子供じゃないんだから適当に帰るだろ」 滝川の心配に対して面倒くさそうに瀬戸口は返した。

 

「けど、やっぱり俺。あいつ、なんだか変だったし……」 と滝川が口籠る

 

「んじゃ、これでどうだ? おおーい、速水、芝村、俺たち、先に帰るからな――。あ、そうだ、明日は一時間早く来いよ――」 

 

 両手をメガホン変わりにして叫ぶ瀬戸口。返事は無い。言うだけ言って帰っていく瀬戸口はほっといて、他のメンバーは探しに出かけようとする。

 

「あ、いいよ、俺が二人に伝えとくから。」

 

「え、いや、でも一人じゃ大変だろ?」

 

「大丈夫、当てはあるから。それにそこまで広くないし、ここ」

 

 猫宮は軽い調子でそう言った。

 

「で、でも……」 何か言おうとする壬生屋。

 

「ほらほら、壬生屋さんは洗濯大変だし他のみんなも多かれ少なかれ汚れてるし任せて任せて」

 

「ま、そこまで言うなら任せよや~。ちゃんと二人を見つけといてや~」

 

 そう言うと、加藤は帰り道を歩いて行った。それを見て滝川、壬生屋も躊躇いがちに帰って行った。壬生屋は東原の手を引いての帰還である。

 

「さて、と。」 

 

 猫が寄ってくる猫笛を吹いた後ごそごそと懐から猫缶を取り出す猫宮。一匹の三毛猫がやってきた。

 

「ここにいる二人の人間の居場所、わかる?」

 

 そう猫宮が聞くと、この猫は任せておけ、と言うように先導していった。

 

 

 夜の冷え込んだ用具置き場に、二人の男女がひっそりと背中合わせに座っていた。別に逢引でも家出でもなく、これでも真面目に待機をしているのだが、やはりそうは見えない状況である。

 おまけに二人共あまり口が上手で無いものだから、なんとも言えない沈黙が漂っていた。

 

 そんな時にふとにゃ~と言う猫の鳴き声がした。首を傾げる速水とあからさまに動揺する芝村。

 

「猫? あれ、何でこんな所に? ひょっとしてここが寝床だったのかな? 」

 

「な、ななななな、なんだと、それはイカンな、我々は猫の寝所を不法占拠していることになる……」

 

 速水は目をパチクリさせた。あんなに凛々しい雰囲気を纏っていた少女が今は見る影もない。しかも、その理由がまさかの猫である。

 

「少し、扉開けてみようか?」 躊躇いがちに聞く速水。

 

「なっ!? いや、うむ、そうだな! 猫がここに入ってきたなら明け渡さねばなるまい!」

 

 迷いなく同意する芝村である。速水は見つからないようにそっと扉を開けると、三毛猫がにゃ~と鳴きながら入ってきた。ぺたりと座り込み、二人を交互に見渡す目が何とも愛らしい。

 

「可愛いね。君、ここが寝床なの?」

 

 三毛猫はにゃ~と鳴いて尻尾を横に振った。何となく、速水は違うのかと思った。

 

「何か食べられるもの、持ってればよかったんだけど」

 

 生憎と学校へ来てから購買へ寄る暇もなく、速水のポケットには飴玉一つとして無かった。そして、それは芝村も似たようなものだったがなにか無いかと必死で体中のポケットを探っている。

 

「あ、有ったぞ! これなら食べられるか!?」 

 

 ポケットから飴玉を取り出して猫の前に持っていく芝村。しかし匂いからするとよりによってハッカのようだ。

 三毛猫はそんなもん要らんとばかりにぷいっと横を向いた。

 衝撃を受けてよろめく芝村。

 

「くっ、何たることだ……折角ふわふわのもふもふが目の前に居るというのに……!」

 

 心底悔しそうだ。……「実は可愛い物好きか」 あ。

 

「ギクッ」思わず出た声にバッ!と顔を上げた。

 

 芝村が顔を真赤にして速水を見た。なんかもう、凄い表情をしている。

 

「…な、なにを、いやなにを訳のわからぬことを……へ、変なことを言う……」

 

「…………」 笑顔

 

「……」 怒り顔

 

「…」 照れ顔

 

 なんか可愛い。百面相を見て思わずそう思った

 

「…だ、黙れ、いや、そなたは何も言ってないが、心でなにか考えたろう。それは、勘違いだ…。私の家には、ぬいぐるみなど一つもないぞ。…許されなかったし。…だいたい、私は目付きが悪いので猫に嫌われる…」

 

 

 しどろもどろと言い訳めいたものを発し続ける芝村。そんな様子が何だかおかしくてこの三毛猫に協力してもらおうとふと向いたら、三毛猫は外を見ていた。一体なんだろう?

 

 と、突然扉が開かれライトで照らされた。思わず身構える速水と芝村。

 

「256番! 824番!」

 

 やられたっ!?でも、まさかこんな時間にまで!? 

 思わず歯噛みする両名、だが何かが変だ。……と言うより、男の声!?

 

「訓練終了。皆とっくに帰ったよ」

 

 ライトを持っていたのは猫宮だった。いたずらが成功した子供のような顔をしていてそれが何とも腹立たしい。ライトを消してしまい込み、何と三毛猫を撫で始めた。

 

「ど、何処から聞いていたのだ……?」

 

 恐る恐る聞く芝村。凄まじく動揺している。

 

「『明け渡さねばなるまい!』位から」

 

「ほぼ全てではないかっ!くっ、不覚……!」

 

 わなわなと肩を震わせて俯いてしまった芝村。

 キコキコと缶詰を開けるような音がした。そちらの方を見てみると、何と猫宮が猫缶を開けていた。にゃ~と鳴いて美味しそうに頬張る三毛猫。

 

「よしよし、ミケ。よく見つけてくれたね」 

 

 背中を撫でると嬉しそうににゃ~と鳴いた。

 

「なっ、なっ、なっ、ねっ、猫を使って我らを見つけたのか!?」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「動物には昔からよく好かれるんだ」

 

 おかしそうに猫宮はくすくすと笑っている。

 撫でる猫宮を羨ましそうに見ている芝村。ミケは食べ終わると、満足そうに猫宮に擦り寄った。ものすごい形相でそれを見る約一名。更にどうして良いかよくわからない約一名。

 

「くっ、他には何か……!」 

 

 ポケットをひっくり返すと、一枚のガムが見つかった。今では軍用にしか生産されていないのに、流石は芝村である。

 

「ほ、ほらこれなら食べるかっ!?」

 

 ミケの前にガムを差し出した。当然の如くミケは再びぷいっと横を向いた。衝撃を受けよろける芝村。足元でバケツに当たった音がした。

 

「撫でてみる?」

 

 ヒョイッとミケを抱き上げてすっと芝村の方に差し出した。にゃ~とつぶらな瞳が芝村を見つめる。

 

「…………」 苦悩

 

「………」 逡巡

 

「……」 葛藤

 

「…!」 決意

 

 

「私は……触る!」

 

 見事な右ストレートをミケにぶち込む芝村。危ないので猫宮がひょいっと避けた。

 ミケの芝村を見る目が冷たかった。

 

「…………帰る」

 

 肩を落としトボトボと帰路についていったしまった。まるですべてを失ったかのような雰囲気である。

 速水は一連の流れの中でずっとオロオロしっぱなしであった。

 

「あ。明日は一時間早く集合ね~!」 手を振って見送る猫宮。ミケは腹が一杯で満足したのか、夜の闇に消えていった。

 

 

 

「今日は本当にお疲れ様」

 

 ぽんっと速水の背を猫宮が叩いた。先ほどとはうってかわって優しげな表情である。

 

「……何で今日、手を抜いたのさ?」

 

 速水の問には怒りが有った。

 

「負けることが必要で、上官からのお説教が必要で、意識改革が必要だから」

 

 その怒りを受け止めて答える猫宮。

 

「いつまでも学生気分持ってちゃ危ないからね。さて、明日もまた言い合いが有るだろうし、今日は帰ってぐっすり寝よう!」

 

 速水は何か言いたげだった。でも、あの凛とした少女もこの何処か掴み所がない少年も、何か考えがあるようだった。逃げるのは何時でも出来る。昨日と同じ結論を抱えたまま、速水は一緒に帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




芝村×速水は正義。異論は認める。

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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