ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
朝、猫宮は一番遅くに善行の面接を終えた。面接と言っても、小隊内の会話や判断を聞かれただけである。駒は自己判断をしないので当然だ。
猫宮が教室へ入ると、中では喧嘩の真っ最中――というよりも芝村に対して滝川、壬生屋、加藤が言いがかりをつけている真っ最中である。どうしたのかと聞いてみたら、芝村に「ぶざまだった」と言われて怒っているらしい。それを聞いて心底不思議そうに猫宮は首を傾げた。
「実際ぶざまだったのに、何処がどう間違ってるの?」
その様子に更に激高する壬生屋。
「猫宮さん、あなたまで!」
「いや、だってねえ。間違いは間違いって認めないと前へ進めないよ?」
「け、けどよ、ただのゲームじゃねえかあれ」
滝川も説教にはうんざりと言った顔で返す。
「……滝川、ゲーム嫌いなの?」
じっと表情を険しくして滝川を見る猫宮。
「え?いや、好きだけど……」 いきなりの問いによくわからない表情を滝川はした。
「友達と対戦ゲームするとき、ヘラヘラ笑いながら手を抜くわけ? それの何処が面白いの?」
猫宮から冷たい目線が飛んだ。ゲーマーとしては聞き捨てならない理屈であったのだ。
「―――っ!」
言葉も出ない滝川。その様子をおかしそうに芝村は笑った。
「本物ではないから手を抜くのか? 我らはそんな傲慢が許される立場なのか? そうではなかろう。頭を冷やして考えるがよい」
「注目」
善行の声がした。全員がそちらへ振り返り、姿勢が正される。傍らには若宮が従っていた。
「面接の結果、およその事情はわかりました。これより講評を行います。」
講評と聞いて殆どの生徒が目をしばたたいた。何だかやけに大げさだ――。そんな生徒たちの視線を無視するように善行は続けた。
「結論から述べましょう。あなた達の資質、能力は水準をはるかに下回ってます。別の言い方をスレば、あなたたちは最低のクズ、ですね」
「クズ……」 壬生屋と滝川が同時につぶやいた。
「あなた達はそれぞれ強すぎる個性を持ち、そのため配属先を転々としたり、受け入れ先が決まらずにここに来ることになりました。いわば問題児の寄せ集めですが、それでも私はあなた達に期待していました。個性が強いことはマイナスではない。問題児は問題児なりに、自分の頭で考え、困難を乗り越えることが出来るのではないか、と。
しかし、昨日の模擬戦闘訓練を見た限りではそれは幻想に過ぎなかった。緊張、集中の不足は幼児並みです。さらに致命的なことは謙虚さが全く欠如していることです。それぞれ入校まもないという自分の立場を考えて下さい。あなたたちは兵として素人であり、弱者です。ならば弱者は弱者なりに、より真剣により必死に、訓練に取り組まねばならなかった。私は本当に失望しました。あなた達は最低のクズです」
善行は眼鏡を直すと、若宮を従え教室を去った。
後には呆然とした生徒たちが残された。見捨てられた? こんなあっさりと見捨てるのか?
「最低のクズ、ねえ。善行さんも大変だな」 同意するように肩をすくめた猫宮。
この二人はさほど衝撃を受けているようには見えない。東原がもの問いたげに二人を見上げた。
「失礼しますっ!」
壬生屋は席を立つと、教室から駆け去ろうとしたが、それを猫宮が止めた。
「サボったらまた減点一だよ、壬生屋さん」
「最低のクズなのにこれ以上評価が下がりようが有るんですか!?」
善行の言葉に急所を突かれた壬生屋は激高が止まらない。これまでのどの隊でもうまくいかず、今度こそと思った矢先にこれである。強引に押し通ろうと投技をしかける壬生屋。伸ばされる腕に対して何度もカウンターを仕掛けて捌く。
「っ! 退いて下さいっ!」
「だから授業受けないとダメだってば~!」
「……クズならクズで結構や……」 加藤も悄然と席を立った。いつもの陽気さは消え、どこか孤独で不安そうな生地が透けて見えた。
「祭ちゃん、どこ行くの?」 東原が声をかけると、加藤は力なく笑った。
「割のいいバイト、探しに行くんや。クズにはクズの生き方があるやろ」
速水も滝川もどうしたら良いか分からず、視線を彷徨わせていたがぼんやりしていた滝川へ命令した。
「滝川、加藤を拘束せよ」
「え、あ、はいっ……」
滝川はダッシュで加藤へ近づき、羽交い締めにした。「何するんや!」 加藤の怒声が響いたが、滝川は強引に加藤を引きずり戻した。横ではまだ壬生屋が猫宮へ攻撃を仕掛けている。ほとんど意地も有るだろう。
「じきに授業が始まる。席に着くがよい」
芝村は澄ました顔でそう言ったが、この四人はまだもみ合っていた。それからすぐに本田が教室に入ってきたが、もみ合う四人を一喝すると何事もなかったかのように講義を始めた。
放課後、速水と滝川と猫宮の三人はグラウンドを走っていた。滝川と速水が何となく連れ立って走っている所に、猫宮が合流したのである。三人は黙々と走っていたが、やがて滝川が口を開いた。
「これからどうなるんだろ?」
「さあ……」
速水は言葉を濁した。それはこちらが聞きたいことだ。それにしても善行委員長のあの冷たさはどうだ。この分じゃ僕たちはお払い箱か? お払い箱になった学兵はどうなるんだろう?
「使いものにならない兵士? そりゃあ、最前線での使い捨て。懲罰大隊に入れられて、幻獣寄せの囮として使われるんじゃないかな? 下手すると銃は二人に一丁かも」
速水の心を読んだかのように猫宮が言った。その言葉に顔を青くする二人。
「な、なんだよ脅かすなよ猫宮!」
「そ、そんなまさか……」
いや、まさかじゃないんだよなあと内心思った。ゲーム版ではファーストプレイで遊び呆けていると本当に二人に一丁の銃で戦わされて全滅である。14歳から17歳までの子供にそんなことをさせるとは旧ソ連もびっくりの鬼畜政府である。
「……加藤も壬生屋さんも、泣いてた。授業中、ずっと」
「うん」
「この分じゃ戦車に乗れそうもねえなー。善行委員長、機嫌直してくれねえかな」
滝川がそうぼやくと速水の表情が変わる。衝動的に口走っていた。
「……君たちが悪いんだ」
「おい?」
「僕たちは試されているんだ。見捨てられたら終わりなのに、君たちは遊び半分だった。そんな簡単なことがどうして分からないの?」
「どういうことだよ、それ」
滝川はムッとしたようだが、速水は憂鬱な表情のまま続ける。
「委員長の言う通りだ。君たちは最低のクズさ。役に立たない人間は収容所に送られるんだよ、きっと。そこで殺される」
「ばっきゃろ! 速水まで、猫宮の真似して脅してんのか!? わけわかんねえこと言うんじゃねえ!」
滝川は憤然として速水の方を掴んだ。素早くその手を振り払った速水。トラック上で二人は足を止めてにらみ合った。滝川の目には涙が溢れている。今にも泣きそうだ。速水の気配が消えた。暗い感情ではなく、憐憫のような感情だ。全身から力が抜ける。
滝川が突進した。逆らわず、地面に倒れ込む。顔面に一発食らった。しかし、次はなかった。代わりにポタポタと水滴が速水の制服を濡らした。
「ちっくしょう。二人共、馬鹿にしやがって……」
嗚咽する滝川。
「ごめん。言い過ぎたね……」
速水はおいおいと泣く滝川を持て余した。どうしたら良いか分からなかった。横にいる猫宮は何も言ってくれない。
背に視線を感じた速水。振り返ると、桜の木の下に芝村舞の姿があった。腕組をしてじっと二人を見つめている。
速水は滝川にもう一度謝ると、引き寄せられるように舞に歩み寄った。
滝川は一人泣きながら、グラウンドから消えていった。猫宮もまた、別の方に消えていった。
猫宮は金欠だった。何故かと言うと彼の独自の「情報網」のお陰である。ナッツ類に缶詰にお菓子にと動物たちの要求は多岐にわたる。そんな維持費を任官前の学兵の給料で賄える訳がなかったのである。そして公園のゴミ箱に金の延べ棒が捨ててあることもなければ紙飛行機やてるてる坊主で交換してくれる金持ちはおらず、芝村が紅茶で交換してくれるわけもなかった。味のれんや裏マーケットでの普通のバイトも雀の涙。若宮にビキニパンツを大量に着せてそれを売りさばくなんてもっての他。なら他の手段で金を稼ぐしか無いのだ。
市街地、放課後の時間帯ということも有り多くの学兵で賑わっていた。死と隣合わせの日常、彼らはそのことを少しでも忘れようとみんな思い思いに遊んでいた。――この中の半分が死ぬのか。そう思うと、ふと悲しくなった。……いや、彼らを一人でも多く生かすことが自分の使命なのだと思い直し、裏マーケットへの階段を降りる。
「仕事が欲しいんですけど」
ゲーム版でお馴染みのあの親父の店に入り、猫宮は話しかけた。ぶっきらぼうだがかなりのやり手の親父である。……なお、特殊な趣味を持っているのであるが猫宮は見なかったことにした。
「……何が出来る」
飄々としている学生だ。ふてぶてしくも見える。他の学兵とは何かが違うように思えるが、見えるだけかもしれない。なので、とりあえず親父は試すことにした。
猫宮は店内をキョロキョロ見渡すと、ボロボロのサブマシンガンを数丁見つけた。それを適当に持って、ワークベンチへと置くと、次々分解していった。使えるパーツを選別し、サビを取り内部を磨き、部品のかみ合わせを直して精度を上げる。その素早さに親父は思わず目を瞠った。
「はい。こんなもんでどうですか?」
「……名前は?」
「猫宮悠輝です。暇な時はあんまりないけど、お金が欲しいんで!」
「……出来高払いにしてやる。……何処で覚えた?」
そう言いつつ、親父は値札を付けて目立つ所にその銃を置いた。作業工程は完璧で、自分でチェックする必要は無いと感じたのだ。
「あ、えーと、ちょっと色々な所で……」 キャピタルウェイストランドとかベガスとか。レベルを上げるとガラクタからも修理できるようになった。ボストンやアウターヘブンでは更に無茶苦茶な改造もできるようになった。
「……まあ、仕事をきっちりやるなら良い」
「じゃ、よろしくお願いします!」
そう言うと、猫宮は早速他の銃にとりかかるのだった。
この日以来、この親父の店には自衛軍の兵士すら眼を見張るほどの修理済みの銃が店に並ぶことになり、多数の銃が修理に持ち込まれる事となる。
翌日の昼休み、相変わらず速水と滝川と猫宮の男連中は三人でつるんでいた。速水は滝川との仲を修復したかった。素直に「ごめん」の言葉が出たのだ。
滝川にしても、心の余裕を取り戻していたから拒絶することはなかった。昨日は、皆おかしかったのだ。
「もう一回やりたいと思ってるんだ。このままじゃ悔しいから」
速水が言うと、滝川はキョトンとした表情を浮かべた。猫宮はニコニコと笑っている。
「あれか。おまえ、そんなに悔しいの?」
滝川の答えに余裕を感じ取って、速水は内心首を傾げた。何か有ったのか?
「ちょっとはね。猫宮の言うとおり、負けたらちゃんと受け止めて、原因を考えないと。その意味じゃ一昨日はいい経験をした。今度やる時は絶対に勝とうよ。僕達、その……最低のクズと言われたんだ。勝って善行委員長を見返してやろうよ。」
と言葉を続けながら、速水は次第に気恥ずかしくなってきた。百パーセント混じりっけ無しの芝村舞からの受け売りだ。ニコニコとこちらを見てくる猫宮の視線もあって尚更恥ずかしい。
まったく、僕はこういうの柄じゃないんだけどなぁ。
「善行委員長、なあ。けど、あれって挨拶代わりなんだろ?」
滝川は五つ目のサンドイッチを旺盛に咀嚼しながら言った。
「挨拶って……」 絶句する速水。
「ん~、瀬戸口さんから?」 言いそうなのはあの人しか居ないし、と猫宮。
「へへっ、そーゆーこと。けど、速水がそういうこと言うってお友達に吹きこまれたんじゃないの?」
ドキリ。速水は辛うじて動揺を抑えこんだ。
「お友達って誰さ?」
「そりゃあ、勿論芝村さんだよね?」 横から答える猫宮。
「そうそう、夜の樹木園で二人に何かあった~って、話題になってるぜ。俺としちゃあこれ以上、芝村には近づくなって言いたいけどな」
「……芝村はどうしてそんなに嫌われるの?」
速水が真顔になって問い質すと、滝川はサンドイッチをぶら下げたまま真顔になった。猫宮も同じだ。
「芝村には知識や新しい発想あった。だからどんどん力をつけていった。知識や力はそれを持たない者にとっては羨望の的で、持っている者にとっては既得権益を脅かす者。だから必然的に戦うことも多くなって、買う恨みも増えていった。それを全く気にしないのも原因の一つかもね。で、強くなりすぎていった力とその傲慢とも言える態度。まあ……少なくとも好かれる要素は殆ど無いよね」 猫宮が肩をすくめた。
「……俺には難しいことはよくわからないけど、バイキンみたいだなって思ったんだ」
「バイキン……」 なんだそれ?
「触ると伝染るっていうか、皆が怯えるからおっかないっていうか、そんなの。たださわれない、それだけ」
「君は酷いこと言ってるよ。猫宮の言ってることならともかく、理由もなく嫌われるんじゃ、芝村さんはどうすればいいの?」
「……わかんね。芝村と一緒のクラスになるとは思わなかったし。みんなが怖がってるから、どうしたらいいかわからないんだ。速水や猫宮みたいに普通に話せるようになるのか、それともずっと嫌ったままでいるのか」
なにか言いたげだったが、速水は言いかけてやめた。どうしようもないってことか、みんなが芝村を嫌うのは。
「それで……協力してくれるかい?」
速水は話題を変えた。これ以上芝村の話題を滝川とするのは気まずくなる。滝川は掬われたように満面の笑顔になって。
「俺はいいぜ。付き合うよ、勝利をわれらに、なんてな」
滝川は立ち上がると、右手を高々と掲げた。
「勝利をわれらに!」
猫宮も笑ってそれに続いた。
「あ、そうそう、芝村さんってとっつきにくい印象が有るけど、あれ付き合い方を知らないだけで実は可愛い所あるんだよ? 」 猫宮がいたずらっぽく言った。
「可愛い所!? 芝村に!?」
滝川は信じられないというような表情だ。速水はそれを聞いて何故だから猛烈な予感がした。
「そうそう、あれは樹木園で速水と二人でいる所を見つけた時なんだけど……」
ふふふと秘密をバラそうすると猫宮。あわあわと慌てる速水。慌てて左右を見渡すと青くなった。
「や、止めた方がいいよ猫宮……」 つんつんと肩をつっつき止めようとする速水。
「えー?何でだよ! 気になるじゃん!」
興味津々の滝川。その滝川に指で方向を指し示すと、滝川もまた青くなった。気がつかない猫宮。
「な、なあ猫宮、やっぱり俺、いいわ……」
「えー? どうして? あれは「あれはなんだと言うのだ? 」」
そ~っと後ろを振り向く猫宮。芝村が憤怒の表情で立っていた。
「あ、用事を思い出したんでまた!」 全速力で走りだす猫宮。それを同じく全速力で追いかける芝村。
「え、えーと、じゃあ、よろしく」
「あ、うん、わかった」
残された二人は何も見なかったことにした。
その後、速水は壬生屋、加藤も説得し、芝村、瀬戸口、と連名で雪辱戦を善行に依頼することとなる。
久しぶりに榊ガンパレを読み返すと一気に極東終戦まで読んでしまった……
出したいシーンは多々あれど亀の歩み。なら執筆速度を上げるしかねえ!
そしてオリ主物でハーレム物が多い理由がよく分かる。だってヒロインみんな可愛いんだもの……
短編が出るとしたらどんな話が良い?
-
女の子達とのラブコメが見たいんだ
-
男連中とのバカ話が見たいんだ
-
九州で出会った学兵たちの話
-
大人の兵隊たちとのあれこれ
-
5121含んだ善行戦隊の話