ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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完全オリジナル話。5121小隊が殆ど見ない悲しい裏側の一つをイメージしました。


学兵という生き物

 学兵とは文字通り学生を徴兵した即席の兵である。それ故に通常の兵士と較べて士気、練度、規律等は殆どの部隊がはるかに低水準に有った。勿論悪いのは即席の訓練期間しか用意できなかった政府であり軍の無能では有るが、彼らはその正論を封殺した。それどころか憲兵隊を使い、脱走には即射殺等の非人道的な措置を取ることも多々有った。

 

 

 自然、逃げ場もなく使い捨てにされ明日の命を知れぬ身の学兵達の心は荒んでいくこととなる。

 

「はいはい、そこまでそこまで」

 

 パンっと手を打ち鳴らし、猫宮は路地裏にいた集団に声をかけた。長髪のカツラを被りメガネを掛けて隊章は隠している。八人程度のガラの悪い学兵が、二人の気弱そうな学兵を囲んでいた。

 

「ああん?んだてめぇは!」

 

「正義の味方気取りかよ、ヘヘッ」

 

 数の有利から強気である学生たち。囲まれている二人は助けに来たのが一人だけと知って殆どあきらめている。

 猫宮はやれやれとため息を一つつくと、最寄りの一人の鳩尾に一発食らわせた。「ガハッ!?」と悶絶する。いきなりの奇襲に驚いている隙に中央に躍り出た。アッパーで吹き飛ばして体勢が崩れた時に足を掴み、ジャイアントスイングで周りの数人を巻き込み吹き飛ばす。

 

「て、てめえっ!?」 

 

 リーダー格であろう学兵が武器を取り出そうとしたのか懐に手を入れたが、その隙をついて一瞬で近づき、腕にチョップをかけショルダータックルで吹き飛ばす。更に残った三人にそれぞれ隙を与えず一撃ずつ入れ、八人はあっという間に倒れ伏した。

 

「す、すげえ……」

 

「ど、何処で習ったんですか!?」

 

「とある養護施設のおじさんからと、後半の技はティッシュ配りのお姉さんから♪」

 

「「……は?」」

 

 言われた答えに思わず目を丸くする二人。そんな二人をおかしそうに眺めると、猫宮は携帯端末で憲兵へと通報した。すぐにやって来る憲兵。

 

「……また君か」 思わず呆れたように言う憲兵。

 

「またなんですよねえ」 猫宮も苦笑している。

 

 

 事の始まりは新市街を散策中、とある黒猫からの報告である。なんでも、人間が人間に虐められているらしい。ほっとくわけにも行かずに、現場へ急行してなし崩しに助ける羽目になったが、その後しっかりと「情報料」を請求されたのだ。

 で、これで終わったと思ったのも束の間、今度は他の猫から報告が来た。助けた後に情報料を請求されたのも同じである。次はツバメから来た。次は犬から来た。次は次は次は。あまりにも頻発するので隊のみんなに迷惑をかけるわけにも行かず、更に変装用の道具まで買う羽目になった。

 

 正義の味方の活動をするたびに、猫宮の財布は軽くなっていった。帰ってくるのは助けられた学兵の感謝位である。まったく、割にあわないなぁ……と苦笑しつつ、でも辞める気は無かった。何時だって、正義の味方は割にあわない仕事なのである。

 

 

 何時の世もイジメだのカツアゲだのは無くならない。しかし、学兵達の犯罪率の高さは際立っていた。なぜなら、気晴らしや金稼ぎ等以外の意味もあったのだ。

 一緒にカツアゲをすることで。イジメをすることで。喧嘩をすることで。結束を高めるのだ。更には、罪悪感等を共通で持つ為かもしれない。ここ以外に、逃げ場はないのだと。何をするにも自分たちはいつも一緒なのだと。

 勿論、そんな理屈は被害者にとっては堪ったものではない。悪事は悪事だ。……だが、そうするしか無い学兵達が、猫宮にはどうしようもなく哀れで、哀しくて、いたたまれなかった。こんな戦争は、大嫌いだった。

 

 

 

 今日も裏マーケットでバイトを終え、財布の中身を数えながら帰路につく猫宮。後ろから、ひたひたと足音が一つ聞こえる。感覚を集中し、鷹の目で周囲を確認する。ついてくるのは、女の子の足音が一つだけだった。どうやら美人局でも無さそうだ。

 

 夜の公園へ入り、振り返る。小柄で、可愛いショートカットの女の子がビクッと飛び跳ねた。

 

「さっきからついてきてるけど、何の用?」

 

 首を傾げる猫宮。声色は優しげにした。

 

 その声に安心したのかどうかは分からないが、ギュッと体を縮こませて目を瞑った後、かすれるような声で声を出した。

 

「あ、あのっ、わ、私を買ってくれませんか……」

 

 震える声で、そう言った。衝撃を受ける猫宮。思わず一歩後ずさった。

 

「え、いや、自分そんなにお金持ってないよ?」

 

 とりあえず断ろうと、当り障りのない言葉を放つ。でも、その女の子は首を振って答えた。

 

「う、裏マーケットで何だか難しい作業をずっとしてましたよね。他の人がしないようなこと……。だ、だからきっとお金持ってるんじゃないかなって」

 

 なんてこった、と額に手をやった。どうやらしっかり見られていたらしい。はぁ、とため息一つ付いて木々の間、人の気配もまるで無い所へ移動した。慌ててついてくる女の子。左右を見渡した後、木に押し付けて、制服に手をかけた。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖に声を出すも、目を瞑って震える女の子。目から涙が流れた。もう一つため息をつく猫宮。

 

「まったく、そんなに怖いなら言うもんじゃないよ、そんな事」

 

 口調に思わず怒りが混じった。猫宮もどうしたらいいかよく分からなかったのだ。

 

「だって、だって、だって……!」 

 

 わんわんと泣き出した女の子。こうなるともう、理屈とか全部すっ飛ばして男の負けである。このまま泣き止むまで待つのも手では有るが、あまり遅くなると憲兵にとっ捕まるので猫宮は他猫の力を借りることにした。猫笛を取り出しぴーっと吹いた。

 

 のしのしとやって来たのは巨大な猫である。よりによってブータがやってきたのだ。

 

(ブータニアス卿、なんでここに来たんですか!?)

 

(なに、幼い女子(おなご)の泣く声が聞こえてのう。泣かせた不届き者はどんな奴かと顔を見に来たのじゃ)

 

 ごろごろと笑うブータ。泣いている女の子の足元でにゃーと鳴いた。思わずそちらを見る女の子。ブータは見上げると、足に体を擦り付けまたにゃーと鳴いた。

 

「ひっく……慰めて、くれるの……?」 

 

 恐る恐るブータに手を伸ばすと、ブータは目を細めて撫でられた。泣きやませるのに時間ではなく、猫の力を借りたのだ。

 

(ふむ、やはりなでられるなら女子に限る) 丸まって撫でられるブータ。

 

(ああ、そう言えば貴方はイタリアから来たんでしたね……) 思わず納得する猫宮。

 

 

「……で、どうしてこんな事を?」 ある程度落ち着いたので、事情を聞くことにした。

 

「実は……」 ポツポツと話し始める女の子。

 

 

 彼女は、運良く比較的安全なオートバイ小隊に入れたらしい。幸運を喜んだのも束の間、激化する戦闘、悪化していく戦況に伴い危ない任務も増えてきて、この前はとうとう死者も出たらしい。補給を要請しようにも、オートバイ小隊に来るのは携帯用のハンドガンが良いところ。どうしようも無くなって、彼女は仲間のために闇市場で銃を手に入れることにした。

 と言っても、まともに動くサブマシンガンは高く、とても学兵の給料では手がでないので、まずはお金を稼いでから――にしたらしい。

 

 ブータを膝に乗せながら、一息にしゃべりきった女の子。それを、猫宮は腕を組んで黙って聞いていた。しばしの沈黙。

 

「……学校は、何処?」

 

「え、ええと、慶誠高等学校なんですけど……」

 

「連絡先は?」

 

「こ、ここに」

 

 言われるままおずおずと差し出す少女。それと携帯端末に入れた。

 

「――明日昼、行くから校門前に来ること、いいね!」 

 

 ずいっと有無を言わさぬ口調で迫ると、「は、はいっ!?」と慌てた様子で返事をした。立ち上がる猫宮。

 

「えっ、あ、あの、何処にっ!?」

 

「色々とっ!今日は変なのに絡まれないようにちゃんと帰ること!」

 

「で、でもでもっ!?」

 

「へ・ん・じ・は!?」

 

「は、はいいいっ!?」

 

 ぱぱっと土を払うと、新市外の方へと走っていく猫宮。

 

(報酬は後払いにしておいてやろう) 

 

 かかっと笑うブータ。一人残されておろおろする少女を、にゃーと鳴いて正気に戻すのだった。

 

 

 新市街の闇市場を猫宮は歩き回っていた。ボロボロだったりフレームがガタガタだったり割れていたりするサブマシンガンや、弾が幾らか入ったマガジン、横流しされた質の怪しい弾丸等を買いあさり、何度も往復しいつもの親父の店へ運んだ。訳有品は、それ相応に安い。だから数が集められる。下手をすればワンコインで買える品を、兎に角かき集めた。

 

「……こんなに大量に、何に使うつもりだ?」

 

「少し、ね。ちょっと作業台借りますよ、徹夜で!」

 

「……レンタル料はツケにしておいてやる」

 

「どうもっ!」

 

 その日、裏マーケットのある親父の店は、一晩中明かりが絶えなかった。

 

 

 次の日、朝の授業をサボり昼前に猫宮は善行のところへ駆け込んだ。隊の備品のトラックを借りるためである。

 

「学校をサボってまで、一体何に使うつもりですか?」

 

「ちょっと人助けに、です!」

 

 いつものマイペースな猫宮とは似ても似つかぬ様子だ。目の下には隈もできている。善行は溜息をつくとどうしたものかと考えた。何やら嫌な予感もするが、真剣に人助けをするという。悩んだ結果、善行は見張りを付けることにした。

 

「若宮君」

 

「はっ」

 

「彼を見張っておいて下さい。何か変なことをしたらゴツンと一発やってどうぞ」

 

「はっ、了解しました」

 

 若宮が敬礼をして受命した。猫宮も敬礼して頭を下げるとトラックへと走っていた。助手席へと乗る若宮。

 

「で、一体何処に行くつもりだ?」

 

「最初は裏マーケットに。そこで荷物を詰め込みます。若宮さんも運搬手伝って下さい」

 

「……まあ、いいが。後で味のれんで刺身定食奢れよ」

 

「ははっ、今更1000円程度の出費、増えても問題なしですよ!」

 

 やれやれと首を振る若宮。

 

 裏マーケットにつくと、詰め物がつめ込まれたダンボールに放り込まれた中身に若宮が驚いた。

 

「おいおい、こりゃ70式じゃないか! こんな大量に何処で手に入れたんだ!?」

 

 70式軽機関銃は装弾数90発。ウォードレスを着れば女性でも片手で扱え装弾数も多く、接近戦ではこれがあると無いとではまるで火力が違うため、どこの隊も奪い合っている装備だ。

 

「整備や修理できる人間や場所が少なくなってるんですよ。だから、二束三文で裏へ流れるんです。自分はそれをかき集めて修理したって事で」

 

「ううむ……」

 

 若宮は思わず唸った。銃の整備など、何処の軍隊でも真っ先に新兵に叩きこむことだ。だが、それもできてないとなると……。どうやら、自分は随分と腑抜けていたらしい。

 

 猫宮が集めた物資を全部積みこむと、トラックはそのまま慶誠高等学校まで向かった。校門前には、昨日の女の子が俯いて立っていたが、クラクションを鳴らすと驚いて顔を上げた。

 

「え、え、えっ!?」

 

「で、小隊の部屋は何処に?」

 

「あ、あっちに……」

 

 部室であろう部屋を指差す女の子。トラックで構内に乗り込み、部室の横にまで乗り付けた。慌てて走ってくる女の子を尻目に黙々と荷物を下ろす。

 

「とりあえず、小隊の子達呼んできて。授業? そんなのほっといていいから!」

 

「は、はいっ!」

 

 校内へと走っていく女の子。

 

「……なあ、一体何処で知り合ったんだ?」

 

「昨日、バイトの帰りに言われたんですよ。『私を買ってください』って」 怒りをたたえた表情で猫宮は言った。

 

「……戦場では、何でも安く手に入るもんだ。特に、命はな」

 

 あの半島を思い出した。善行も、子を抱えた母親が体を売っていることに、衝撃を受けていた。

 

「知ってますよ! 知識では知ってるんです! でも、気に食わないんですよ、何もかも! こんな現実が、心の底から、気に食わない!」

 

 それは子供の癇癪にも似ていた。どうにもならない現実にただ怒る事しか出来ない、子供の怒りだった。そして、純粋な怒りだった。その純粋さが、若宮には輝いて見えた。

 

 校内から、パタパタと一小隊分より少し少ない生徒が走ってきた。懐疑の目でこちらを見ている。

 箱を開けると、全員が驚いて目を見開いた。用意した銃は19丁、残った人数は17人。丁度一人に一丁渡る計算だ。

 

「本日は授業を休んで特別講義をします。講師は自分、猫宮悠輝と、若宮康光戦士にお願いします」

 

「お、おいおい……」

 

 一斉に視線が二人の方へ向いた。たじろぐ若宮。常に男所帯に居たこの生粋の兵士は、この女子高生の群れと言うのは全く未知の集団であったのだ。

 

「やることは変わりませんよ。新兵に銃の扱いを教える、それだけです」 生真面目に言う猫宮。

 

 若宮は目をパチクリさせると、愉快そうに笑った。

 

「なるほど、確かに何時もやってることだな。よし、諸君集合!これから分解整備の方法を教える!」

 

『は、はいっ!』 一斉に敬礼する女生徒たち。そして、恐る恐る銃を取り出す。

 

 若宮と猫宮の二人は、彼女達へ使い方を教えていった。皆、殆ど触ったことがない様子だった。

 彼女たちは、ハンドガンと一人1個の手榴弾だけで戦場を走らされていたのだ。顔をしかめる若宮。

 

「前線の物資不足がここまで深刻とはな……」 ふと若宮が呟いた。

 

「良い物は最優先で自衛軍行き。彼女たちは幾らでも変えの有る裏方。装備の優先度が凄く低いんでしょう」

 

「……なあ。ここで彼女たちを助けられた。でも、次はどうするつもりだ?」

 

 

「助けますよ。次も、その次も、そのまた次も。一人二人救っても変わらない? そんな外野の理屈なんて知ったこっちゃない。……自分は、自分のやれる全てを使って一人でも多くを助けます」

 

 考えこむ若宮。軍隊では、ある程度の損害は許容して考える。彼女たちの犠牲も、許容される損害の内だ。だが……

 

「まあ、様子を見てみるか」

 

 自分も丸くなったものだ。そう、若宮はぼやくのだった。

 

 

 

 

 

 

 




全パラメーターが100の英雄ユニットが一人居ても戦争には勝てない。
だから人の力を合わせる。目指すのはガンパレード・オーケストラで定義されたもう一つの絢爛舞踏。これはその一歩。

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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