ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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筆が乗ったのと、戦闘前で短めなのでもう一話投稿です

※2018/04/13 改稿


出撃前夜

 遠坂が猫宮への協力を決意した後、表に出るとクッキーのいい香りが漂ってきた。なんとなしに香りの方に近付いていくと、速水、石津、田代の3人がクッキーを食べていたのだ。

 

「やっ、いい香りだね、クッキー焼いたのかな!」 片手を上げつつ猫宮が顔を出すと、速水と石津は笑って、田代は「また甘ちゃんか……」な感じの表情をしてこちらを向いた。

 

「うん、良い蜂蜜も手に入ったし、クッキー作ったんだ。食べてってよ」 と、速水が猫宮に差し出す。

 

 猫宮も笑いながら受け取ると、

 

「あ、自分は猫宮悠輝。速水と一緒でパイロット見習いって所かな。よろしくね!」 

 

 と田代に挨拶した。もう田代は毒気も何も完全に抜かれきっているようだ。

 

「あー、俺は田代香織だ。けど、かおりんなんて……もういいや」

 

 そう言うと、他3人と同じようにまたクッキーを口に放り込んだ。今まで自分の周りに居た不良やらツッパリやらとはかけ離れた連中だ。

(こんな奴らが本当に戦場で戦えるのかね?まあクッキー作る腕は認めてやるけどな)なんて胡乱げに見つつ、益体もない事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 次の日のホームルーム、全員が揃うと善行は前に出て極めて事務的に喋り出した。

 

「明日、出撃します。皆さんはまだ訓練途中ですが、これより第5121独立駆逐戦車小隊として各地を転戦することとなります」

 

 一拍遅れて、一組の教室にざわめきが広がる。

 多くのものが寝耳に水といった表情である。第62戦車学校に入学してから2週間と少し。戦争を身近に感じながら、なんとなくこのまま学園生活が続くのではないかと錯覚すら起こしていた。だが、その幻想は粉々に打ち砕かれた。

 平然としているのは、善行、芝村、来栖、若宮、瀬戸口、そして猫宮。何だか半数は平然としているような気がするが、それでも速水や滝川、壬生屋や加藤の顔には困惑がありありと浮かんでいる。

 

「あの、何だか急な話で……わたくしまだ……」

 

 壬生屋が手を上げて口ごもった。まだ、心の準備ができていない――まだ、訓練が充分でない――などの言葉を探しているが、真っ赤になって俯いた。

 

「ええ、わかりますよ、壬生屋さんが言いたいことは。しかし、我々は戦争をしているのです。何月何日にデビューしますなどと悠長に予定が組めるわけはありませんね」

 

「あ、はいっ!」

 

 壬生屋は気の毒なくらい真っ赤になって返事をした。くっと下を向き、自らの弱さと戦っている。

 

 速水の後ろでガタガタとせわしなく音がする。振り返ると、滝川が足を大きく揺らしていた。激しい貧乏揺すりだ。

 

「滝川……」

 

 速水が声をかけると、滝川が足を止めて顔をひきつらせながら笑った。

 

「か、勘違いするなよ、ただの武者震いだから。い、委員長、しっししし、質問があります!」

 

 滝川がどもりながらも勢い良く立ち上がった。

 

「これからずっと出撃の日が続くんですか?」

 

 滝川の問に、善行が穏やかに微笑んだ。

 

「分かりません。毎日のように出撃が有るかもしれないし、無いかもしれない。あなた方パイロットは、何時でも出撃できるよう準備をしていて下さい」

 

 5121小隊は独立駆逐戦車小隊として出撃の可否、作戦地域に関して大幅な裁量権が認められている。それ故に、出撃に備え待機することに慣れねばならなかった。でなければ、推定2ヶ月に及ぶ戦争期間に到底耐えられないだろう。

 滝川はこわばった表情のまま、席についた。

 

 他にも芝村が出撃先を聞いたり、加藤が少しでも雰囲気を明るくしようとしたりとの会話が続く。隣の2組からも嘆きや抗議の声が聞こえてきたが、これは原が一喝して抑えた。どうしたらいいのかわからない緊張感が、第62戦車学校――いや、5121小隊全体へと広まっていった。

 

 これから、戦争が始まるのだ。善行の告げた言葉で、その現実が否応なくのしかかってくる。一体、どうすればいいのだろうか――。そう、速水はぼんやりと思った。

 

 

 

「あ、猫宮も来たか……って、何持ってるんだ?」

 

 昼過ぎ、猫宮は大きな袋を抱えて食堂へ来た。そこでは他のパイロット4人も集まっていた。皆、他の面々から腫れ物を扱うようにされ、ここへ逃げてきたのだ。

 

「へへっ、緊張を和らげるには甘いモノが一番だからね。これ、おみやげ!」

 

 袋をドサッと置くと、中からはラムネ、チョコレート、焼いてそれほど時間の経ってない菓子パン、石津のクッキーなどなど、様々な甘いお菓子が出てきた。それなりに値の張りそうな品々に目を見張る4人。

 

「相変わらず、謎のルートから仕入れてくるな、貴様は」

 

 そう目を細めて芝村は言うが、猫の形をしたクッキーを見ると思わず顔がほころんだ。

 

「おまんじゅうにモナカまで……」 和菓子に思わず壬生屋も顔を輝かせ

 

「ヘヘッ、サンキュ、猫宮!」 「うん、ありがとう!」 滝川や速水も顔をほころばせて手を伸ばす。

 

「明日初陣だしね、たくさん食べとこう!」 

 

 猫宮も座ってクッキーに手を伸ばす。皆、思い思いにしばらくお菓子を頬張った。この戦時下で、碌な給与も貰えてない訓練生の皆は、食べ物や嗜好品に常に飢えていた。

 しばらく、歓談しながらお菓子を食べていたが、やがて速水が躊躇いがちに話題を変える。

 

「ねえ、明日の出撃、大丈夫かな……?」

 

「大丈夫じゃない?善行さんも戦場は選ぶだろうし、初陣じゃ早々キツイ戦場に出しはしないだろうし」

 

 深刻な声色に帰ってきたのはあっけらかんとした答え、それに思わず芝村を除いた3人は面食らった様子だ。

 

「そ、そうかな……?」 滝川も不安そうに確認の声を重ねる。

 

「どこもかしこも戦力が少ないなら、初陣で戦車小隊を使い捨てにするような真似は早々しないだろうしね。それに――」

 

「それに?」 壬生屋が尋ねる。

 

「それに、自分が絶対誰も死なせない」

 

 それは、何の根拠もないただの猫宮の言葉。――だが、そこに、他の4人は確かな『何か』を感じ取った。

 それを聞いて芝村は顔をほころばせると、席を立った。根拠はない。ただ、自分の決意と同じで、この男の決意はとても確かなものだと何故か思ったのだ。

 

「ああ、頼りにするとしよう。馳走になった。では、速水、少し私についてくるといい」

 

「えっ、う、うん、分かった」

 

 芝村はそう言うと、席を立って食堂から出ていく。一拍遅れて、慌ててそれについていく速水。

 

「――何なんだろうな?」

 

「デートだったりして」

 

「で、でぇとだなんて……ふ、不潔です!」

 

 などと、残された3人は、それは適当なことを言い合うのだった。

 

 

 

 

 一方、若宮と来須は黙々と装備を点検していた。兵士として、体に染み付いた習性である。アサルトライフル、サブマシンガン、手榴弾、弾薬、いざという時のナイフ……。どれ一つとっても手抜かりは許されない。ましてや、明日は羽も生えていないようなヒヨッコたちの初陣である。先任が無様を晒すわけには行かないのだ。

 

「初陣、か……」

 

 下士官として、若宮は多くの兵の初陣を見てきた。そして、彼の上官――善行忠孝の訓練から初陣、そして半島から本土への帰還から部隊設営までずっと共に歩んできた。だが、そんな彼から見ても5121のパイロット連中の訓練時間が足りているとはとても思えなかった。唯一の救いは、最も死にやすい歩兵では無い事だろうか。だが、あの人型戦車では歩兵としての動きや判断に対する理解も必要だろう。

 

「……不安か?」

 

「この状況で、不安にならない軍人なぞ居るか」

 

 来須に問われ、若宮はそう吐き捨てた。

 

「訓練時間は僅か2週間強、ベテランの戦闘員は俺とお前だけ。おまけに試作兵器だ」

 

 見事に不安要素しか無い。全く、これならば話に聞くソ連の歩兵とどちらがマシであるか。初戦は戦場を選べるので、まだマシかもしれない。しかし、次は?その次は?戦場はどんどん過酷になっていくに違いない。その果てに、上官の中隊200人の男たちは、99%の損害を出して半島に消えたのだ。

 

 部下が初めて死んだ日、彼の上官は泣いた。部下が死んでいく度、彼の上官の体重は磨り減っていった。部下が自分以外皆死んだ時、涙さえ枯れ果てた。また、彼の上官は泣くことになるのだろうか……?

 

「戦争は嫌いだ」

 

 そう言った彼の上官の顔が、頭から離れなかった。 

 

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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