ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
午後、授業が終わり少し経った頃、コソコソと人目につかないところに加藤はひっそり佇んでいた。
「……加藤さん、どうしたの?」
全機体のチェックをこっそりと終わらせた猫宮が話しかけると、加藤はビクッと肩を震わせてた。慌ててそっぽを向く。
「な、何でもない……何でもないんや! ほ、ほら、猫宮君も自分の仕事あるやろ?」
「でも、顔に痣が……保健室行かないと。女の子の顔に傷が残ったら大変だよ?」
「あ……う、うん。ありがと……」
そう言うと、猫宮は怒った顔で歩き出す。方向は、体育館の方だ。
「ちょ、ちょっ!? 猫宮君、何処へ行くんや!?」
「犯人の所」
「や、やめて! う、うちは、大丈夫だから!」
「自分は大丈夫じゃない」
この頃の狩谷は相当に荒れていて、不幸に浸りきり、負の感情を周りに常に撒き散らしているような有様だった。確かに、再生医療も発達しているこの世界で、自分だけが下半身不随ではフラストレーションも貯まるのも無理は無い。だから、献身的な介護を続ける加藤に、あらゆる感情が入り混じり、暴力という形に出てしまったのだろう。
しかし、その原因はなんだろうか? 本当にただの事故でそうなったのだろうか? と、猫宮は疑問に思い一つ仮説をたてる。ひょっとしたら、狩谷に取り付いていた聖銃の因果が、この世界の狩谷にまで届いているのではないかと。――なら、原因を取り除けるかもしれない。
……しかし、それはそれとして、やはり加藤を殴ったことには腹も立つ。うん、ちょっと軽く殴ろう。加藤の必死の引き止めの声を流しつつ、猫宮はそう思った。
そして、体育館の入り口に来ると、聞こえてくるのは新井木の声だ。
「じゃあ僕は君を特別扱いしないから。車椅子なんていいわけにならない。そう言ってあげる。悔しかったらこのボール、取ってみなよ。さあ、カモン、陰険眼鏡」
そんな声が聞こえると、加藤がかけ出した。
「新井木さん、やめて」
そう、しょんぼりして立ち尽くしながら言う加藤の姿が、痛々しい。
「どうして? こいつが変な理屈こねるから、普通に相手してやろうと思っただけだよ。車椅子だから弱者なんかじゃないよ。ね、猫宮君」
猫宮を見つけて、同意を求める新井木。そして、猫宮も頷いた。
「それでもやめて。でないと、ウチ、二人のこと嫌いになる」
「……思われてるね、狩谷君」
負の感情を凝縮したような狩谷に、そう猫宮が言う。
「ふん、相変わらず余計なお世話なんだけどね」 せせら笑うように狩谷がそう言った。
「狩谷あっ!」 それに激高する新井木。「新井木さん、いい、うちはいいんや!」それを、ひっしに止める加藤。
「いや」 首を振りながら、狩谷の元へ歩き出す猫宮。
「同情も憐憫も、もう狩谷君は飽きてるんでしょ、なら、別のアプローチしなきゃ」
「ははっ、いいね。いい加減、君の言うとおり同情とかにはもううんざりなんだ」 嘲笑の笑みが浮かぶ狩谷。
「そう言って怒られたい? 殴られたい? それとも……殺されたい? 破滅願望まで回りに撒き散らして……。確かに、自棄になりたいのかもしれない。自分に君の心は推し量れない。誰かに当たり散らしたいのだろうけど」
「はっ! そうさ、僕の気持ちを分かる奴なんて誰も居ないだろうね……!」
猫宮が拳を振り上げる。その手が、蒼く光った。「猫宮君、止めて!」 加藤が叫ぶ。
「女の子の顔に、痣が残るほどの強さで殴るな馬鹿野郎がっ!」
そう言って、狩谷の横顔をフックで吹き飛ばした。吹き飛ばされ、車椅子から転げ落ちて倒れ伏す狩谷。
「なっちゃあああああんっ!?」 「ちょっ!? 猫宮君、やり過ぎっ!?」
「げほっ!? げほっ!? ……ふふっ、そう言う君も暴力か……どうだい、一方的な弱者……を……」
狩谷の言葉が途中で止まる。ほんの僅かだが、足が動いた。
「な、なっちゃん大丈夫!? 怪我は無い!?」
慌てて駆け寄る加藤。だが、そんな加藤に全く意識を向けられない狩谷。
「う、動く……の、か……?」
ほんの僅か、足がピクリと動く。今まで忘れていた動かし方を、思い出すかのように。
「え、な、なっちゃん……?」
よく分かってないような加藤は、心配そうに覗きこむ。
「は、はは、う、動くんだよ加藤……あ、足の感覚が、有るんだ……」
倒れたまま、湧き上がる衝動のままに足を動かそうとする狩谷。あの日から消えていた世界の色が、心に戻りつつ有る。
「えっ、な、なっちゃん……?」
加藤も、足に目を向ける。ほんの僅かだが、動いていた。
「な、なっちゃん……なっちゃん!?」
「は、はは、か、加藤、足が、僕の、足が……!」
嬉しそうに、心を震わせる狩谷。衝撃の高さに殆ど心の処理が追いつかなかった二人が、少しずつ状況を理解し始めてきた。
そんな様子を猫宮は微笑んでから一瞥すると、振り返って新井木の肩を叩いた。「あ、え、えっ?」 「行こう、新井木さん」「え、あ、うん……」
感情が溢れて止まらない二人を置いて、立ち去る猫宮と新井木。恐る恐るといった様子で、新井木が猫宮に話しかけてきた。
「え、えっと……どうしちゃったの? あの陰険眼鏡……?」
「……体の打ち所が良かったのかもね?」
優しい顔で微笑んでいる猫宮。そんな表情の意味を、読み取れない新井木。また新井木の心はざわめく。猫宮も、みんなから一目置かれてる。それに、何だか色々なことができている。どうして、私ばっかりこうなんだろ……?
そして、そんな心のざわめきは、坂上の声に唐突に阻害された。
「……全兵員は作業を中断、すみやかに戦闘態勢に移行せよ。繰り返す、全兵員は作業を中断、すみやかに戦闘態勢に移行せよ」
新井木は思わず、猫宮の方を見た。表情が、兵士のそれに切り替わっていた。
「出撃だね……行こう!」 「う、うん!」
猫宮がそう言ってかけ出すと、新井木もそれに慌ててついて走りだした。本来やるはずだった仕事を記憶から消して――。
阿蘇山麓草原地帯。広々とした草原で、敵味方が激しくぶつかり合っていた。元々遮るもののない平野では、数の多い幻獣に圧倒的な地の利が存在する。なので、眼下では見事な動きをした士魂号Lの部隊や、大小様々な野砲、そして多数の塹壕陣地が旺盛な火力を吐き出していた。数に火力で対抗する、コレが幻獣出現時より一切変わらない人類側の対抗策である。
そして、5121はそんな戦場より少し離れた高地の一画に陣取っていた。ずっと待機していて、瀬戸口の実況解説を受けている最中である。
「それはわかったが、我らは何時まで待てばよいのだ?」
「そうです。瀬戸口さんは前置きが長過ぎます!」
珍しく芝村と壬生屋が同調して言った。
「ははは。そう慌てなさんな。今日の俺達の任務は隠しごまってやつさ。戦いがもつれてきたらリザーブとして一気に片を付ける役割だな。司令が言うには、士魂号の典型的な使い方のひとつってことだがね」
「あ、戦車がやられた!」と滝川の声がした。
眼下では、士魂号Lの一軍が増援のミノタウロスの集団にまともにぶつかっていた。その代償は、3輌の損害である。
「わたくし、わたくし……」
焦れる壬生屋の声が響き渡る。
「はい、壬生屋さん落ち着いて。深呼吸を1回2回」
「二人共、軍隊は待つのも仕事の内。それに、こういう戦場じゃ士魂号はむしろ対空以外はL型より弱いんだ。タイミングを計らないとあっという間にやられちゃう」
瀬戸口と猫宮に諭されて、多少落ち着く二人。
「分かりました……」 「了解した」
「それに、この戦区には名物部隊が張り付いていてな。俺達と同じ士魂号の部隊だ」
「瀬戸口よ、それはまことか」 芝村の口調にはかすかな興奮が感じ取れた。
「ああ、3352って隊でな。通称、荒波隊と呼ばれている。まんま司令の名前を冠したネーミングだがね。じきに出てくるから、よく見ておくように」
と、戦場の一画で炎が上がる。見ると、真紅のカラーリングを施された士魂号単座型軽装甲が、敵中を大胆に突破して、戦車隊を攻撃している敵に襲いかかった。ジャイアントアサルトの連射で、一体のミノタウロスが崩れ落ちる。敵が一斉に注目するその数秒で更に一連射。今度はゴルゴーンが炎を吹き上げる。
幻獣が攻撃態勢に移るかと思われたその瞬間に機体は移動し射撃、敵を葬る。
射撃即移動ではなく、射撃、射撃即移動と攻撃回数をギリギリまで見切って増やし、敵に損害を多く与える。ほんの1秒程度の攻撃との時間差で見切り続けている。
それに、なんという操縦の見事さだ。動き自体はむしろ単純なのに、無駄を極限まで削っているかのような動きだ。
「凄い、あのパイロット、凄いよ……!」 「す、凄いです……」 「いや、本当に見事だね……」
「ふむ。特に派手な動きをするわけでは無いが、全てが計算しつくされている。あれがプロフェッショナルというものだな」
4人のやや興奮した声と
「すげーっ!すげーっ!すげーっ!」 滝川の感極まった声が響く。
特に滝川は同じ軽装甲だ。軽装甲の動きの極みと言えるような動きを魅せられて、堪ったものではないだろう。
「あれが荒波千翼長。元自衛軍のエースパイロットで、善行司令とほぼ同時期に士魂号部隊の創設を上層部に具申している」
「視点を荒波機から半径100に固定。拡大表示してみてください」
不意に善行の声が流れてきた。言われるままにズームすると、中型幻獣の群れを引き連れ、退却する荒波機が移った。恐るべきことに、完全に背を向けながら追いすがる敵の射撃をすべて避けている。
「逃げているんですか?」 壬生屋が尋ねると、善行は一泊置いて言った。
「じきに分かります」
荒波機が全速で逃げていくと、荒波機の左右で草原が隆起した。迷彩ネットを付けて偽装を施した2機の士魂号複座型が、ミサイルを発射、追いすがる5体のミノタウロスを消滅させた。
「あれが荒波中尉……千翼長の本領ですね」
善行は静かに言った。パイロットたちは言葉を失っていた。
「彼が言うには、釣り野伏という古典的な戦術だそうです。典型的な陽動作戦ですね。さて、それでは瀬戸口君、あとはよろしく」
善行に変わり、再び瀬戸口の声が流れた。
「敵が撤退を始めた。行ってくれ」
「参りますっ!」 瀬戸口が言い終わらぬ内に、壬生屋が突撃する。それを追う他3機。目の前であんな動きを見せられ、気分が高揚していた。まだまだあの動きには及ばないが、パワーアップ装置を使えばミノタウロスを両断できるかもしれない――。そう思い、コンソール横のスイッチを押し、今にも斬りかからんとする壬生屋。
拡声器から、『SWEET DAYS』の甘い歌声が流れだした。曲は、自分の機体から流れ出している。壬生屋は目を瞬き、パニックに陥った。わたくしは、何か間違ったのか!? 混乱しながらも、ミノタウロスの背に大太刀を叩きつけた。
ざっくりと背を割られながらも、敵はなおも逃げてゆく。追いすがり、何度も叩きつけようやく撃破した。
「壬生屋機、ミノタウロスを撃破。壬生屋、BGMもいいが、それ、お前さんの趣味か?」
「違います違います! 120%増するからって、原さんが……」
「なんだそれ?」
「だからパワーアップする隠しコマンドって聞いたんですけど……」
途端、受信機の向こうで爆笑が聞こえた。よく聞いてみれば善行の声まで混じっている。
「司令! 司令までわたくしを笑い者にするのですか!? 」
かっとなって壬生屋が叫ぶと、善行が通信を送ってきた。口調に笑いの余韻が残っている。
「失礼。コンソールの隅のスイッチですね。もう一度押せば曲は止まります。それにしても原主任は不謹慎極まりない。わたしからも言っておきます」
「……いや、皆さんわりと笑えませんからね、コレ?追撃戦だから良かったものを……」
弛緩した空気の中突然、冷たい、冷たい猫宮の声が響く。だからこそ見逃してフォローの態勢も万全にしていた猫宮も人のことは言えないが、流石に性能の事で騙すのはいただけない。そして、指揮車のテンションも下がったようだ。
「……失礼を」 咳払いを一つして冷静になった善行の声が響いた。
「っ~~~!許せませんっ!」
ジャンプ、停止、切りつけ――鋭角だけで構成された動きで、壬生屋は二刀流で鬼神の如く暴れまわった。他の機体も、それぞれ追撃している。
そんな大暴れをよそに、突然4番機の右足の動きが鈍る。片膝をついたまま、動けなくなった。
「どうした、猫宮!?」
芝村からの声が飛ぶ。
「エラーメッセージ……脚部パーツ不良だね、ちょっと動けないかも。でも、大丈夫! 追撃戦だしね!」
そう言うと、猫宮は両手のガトリングとグレネードランチャーで周囲の小型幻獣をなぎ払う、そして、それに滝川も加わった。
「4番機は俺がフォローするから、二人共追撃してくれ!」
「了解だ」 「了解です!」
そう言うと、1、3番機は再び突撃してく。それを、92mmライフルで援護する二人。このような、どれかの機体が不良を起こした場合のフォローの仕方も想定してきたので、慌てずに淡々と行う。実は猫宮は先に不具合を発見していたが、丁度いい演習代わりとして、そして新井木の意識を変えるためにわざと見逃していたのだ。
「猫宮、自走できるか?」 「歩くだけなら何とか。もう一人で戻れるよ」 「了解した。滝川、お前も追撃に参加してくれ」 「了解!」
連絡、報告、命令と演習通りに淀みなく動く5121小隊。4番機の安全が確保されると、2番機も追撃に参加して更に戦果を挙げていく。
「今回は殆ど倒せなかったかな」
それを見て、猫宮は少し寂しそうにトレーラーへと歩かせて戻るのだった。
程なくして戦闘は終了する。その日の5121小隊撃墜数は中型20、小型幻獣は数知れず、であった。
再生医療で四肢欠損やら内臓欠損、そして生命力の低下までどうにか出来るガンパレ世界で、何故か治らない榊ガンパレの狩谷。ゲーム版でもSランクでは治ってたしなので、理由をこじつけてこうしました。
……後何人精霊手でぶん殴るはめになるかなぁ……?
そして猫宮は、安全な内に犯せるリスクを犯していきます。
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