ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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もう一度、残酷な運命に

「~~~♪」

 

 鼻歌を歌いつつ、猫宮はカートを押していた。カートには、鍋に食材にコンロにと、野外の調理道具が揃っていた。プラスチックのお椀もそこそこ、箸もある。そんなものがつめ込まれたカートを押して、歩き続ける猫宮。そして、熊本の市内でも、あまり人のいない治安の悪い地区の公園にたどり着く。

 幾らかの視線を感じる猫宮。だが、視線を気にせずに、水飲み場の水を大鍋に入れた。コンロを取り出し、火を付け、お湯を沸かす。そこに予め切ってあった野菜やら魚やら調味料やらを順次入れ、かき混ぜながらグツグツと煮込む。美味しそうなスープの、いい匂いがあたりに漂う。視線が増え、強くなってきた。

 

 チュルッとお玉で味見をして、にっこり微笑むと、火を止める。そうして、周りに叫んだ。

 

「は~い、お腹すいてる人は寄っといで~!炊き出しだよ~!」

 

 訝しげに見る、数名。しかし、よほど腹が空いていたような、小汚い格好の学兵が、駆けつけてきた。

 

「ほ、本当に、いいのか……?」

 

「うん、良いよ。はい、どうぞ!」

 

 そう言うと、にっこり笑って、野菜も魚肉もたっぷり入れて盛り付け、箸とともに渡す猫宮。

 震える手で受け取ると、恐る恐る口にする学兵。

 

「……美味い」

 

 そう言うと、泣きながら、激しい勢いで冷ましてかっこむ学兵。まともに、街中にも出れず炊き出しにもありつけなかったのだろう。その様子を見て、周りの見ていた学兵も集まってきた。

 

「はいはい、たっぷりあるから並んで並んで!」

 

 そう言うと、10人程の学兵が並ぶ。そうして受け取ると、皆すごい勢いで食べ始めた。明らかに、空腹である。

 

「あ、あの……ちょっと離れた所にダチがいるんですけど、呼んできても……?」

 

「うん、良いよ、呼んできて!」

 

 そう言うと、多少よろけながら走っていく学兵。後から後からやってきて、合計で30人弱にはなっただろうか。

 みんな、美味しそうに食べる。何度もおかわりをされたので、あっという間に空になる鍋。それでもまだ、物足りなさそうにしている何人かもいた。

 

 

「さて、みんなお腹が減っている様子……脱走兵だね」

 

 途端、空気が凍りつく。何人かは、逃げようとしている。

 

「ああ、別に憲兵につきだそうって訳でもないよ? こんなことしてもお金貰えないし」 苦笑する猫宮。

 

 その様子に、逃げようとする足も止まる。

 

「あ、あの……あなたも脱走したんですか……?」

 

「ううん、違う。ただ、お腹空かせてるようだったから炊き出しに来たんだ」

 

「あ、ありがとう……ございます?」

 

 困惑する脱走兵たち。何が何やら、よく分からなかった。

 

「それで、君たちはどうして脱走したのさ?」

 

 男女、色々な人が居た。だけど、皆薄汚れていて、顔に生気がなかった。

 

「……私、部隊で虐めに遭っちゃって……。私一人、何度も、何度も……」

 

「部隊が全滅して……それで、怖くなって……」

 

「戦場ではぐれて、それっきり、ずっと……」

 

 多種多様な理由。でも、猫宮は、頷きつつ聞いていく。時に励ましながら、話を促していく。皆、辛かったのか、話したかったのか、どんどんと、熱が篭る。話しながら、泣き出す兵も多数居た。……皆、青春を辛い戦争で台無しにされたのだ。

 

 しばらくして、聞き終わる猫宮。

 

「……それで、どうする……? このまま逃げてても、脱走兵は捕まったら懲罰部隊行きか……その場で射殺」

 

 青くなる、一同。恐怖に身を縮こませ、泣く子もいる。

 

「……なら、どうすりゃいいんだよ! 俺達に、一体何ができるってんだよ……!」

 

 一人が、叫んだ。目からは、涙が溢れている。

 

「そうだよ、どうすりゃいいんだよ!?」 「わたしだって、わたしだって……!」 「こんな生活、もう、いや……!誰か助けてよ……!」

 

 全てから見放された、脱走兵たちの慟哭が響く。……だが、その全てから見放された彼らを救おうとするお人好しがここにいた。

 

「……このままなら確実に死ぬ。……なら、生き延びる可能性に賭けてみる?」

 

 猫宮がそう言うと、視線が集まる。震える声で、一人が問うた。

 

「……な、なんとかなるのかよ……?」

 

「うん、出来る限り、希望に叶える部隊に滑りこませられるよ」

 

「ちょ、懲罰大隊じゃ……!」

 

「違う。ちゃんとした学兵の部隊。虐めも、起こさせない。戦い方も、ちゃんと教える」

 

 真剣な目で、辺りを見渡す猫宮。気圧されたように、それを受け止める脱走兵たち。

 

「……ほ、本当に、また、戻れるんですか……?」

 

「うん、約束する」

 

 恐る恐る尋ねる女の子に、頷く。

 

「い、一体どうやって……」

 

「自分、エースだからね、融通が結構効いたりするのさ」

 

 胸には、勲章が2つ光っていた。

 

「……このままじゃ、結局、死ぬだけだ……。なら、お願いします!」

 

 一人がそう叫び、「俺も!」「私も!」と、後から続いた。展望は無かった。だから、チャンスが有るなら賭けてみようと思ったのだ。

 

「うん、それじゃ、一人ひとり、何ができるか聞かせて!」

 

 そう言うと、端末を取り出した。

 

『人材を派遣します。受け入れられる兵を言ってください』 と、現在地を添えて書き込む。

 

 すると、あちこちから返事が帰ってくる。

 

『バイクを運転できる人なら、幾らでも!』 津田

 

『こちらは人を送ってもらえれば仕込みます』 玉島

 

『戦車兵、いますか?』 及川

 

『交通誘導できる人か、地元に詳しい人大歓迎です!』 小峰

 

 等々、返事が帰ってくる。

 

「というわけで、オートバイ小隊、戦車随伴歩兵、戦車兵、交通誘導小隊などなど、場所はいくらでもあるよ!」

 

 そう言って、一人一人の写真を撮り、データとして纏める。皆、初めて見る端末に困惑しているようだ。

 そして、纏めたデータ毎に、隊の適性を見極めて振り分ける。

 

 しばらくして、バイクの音が近づいてくる。そして、ヘルメットを脱ぐと、元気よく挨拶してきた。

 

「猫宮さん、こんにちは! どの人ですか?」 

 

「えーっと、この3人かな」 

 

 と言うと、猫宮は選んだ3人を紹介する。紹介され津田に、おずおずと頭を下げる3名。

 

「あなた達ね、宜しく!」 

 

 そう言うと、元気よく挨拶する津田。少しずつ、脱走兵たちにも笑顔が戻ってきた。

 

「えっと、猫宮さん、どいつを連れて行きます?」

 

 すこし遅れて、玉島もやってきた。

 

「あれ、玉島君も隊長直々に?」

 

「へへっ、ちょっと、どんな奴らか見てやろうと思いまして」 

 

 そういうと笑って、振り分けられた連中を見る。

 

「……全く、昔の俺みたいに酷え顔してやがる……おい、お前ら、ここにいる猫宮さんが教えて下さった戦い方をお前らにも教えてやる、良いか、生き延びるぞ!」

 

『は、はいっ!』 

 

 戦車随伴歩兵に選ばれた脱走兵が、声を張り上げる。

 

「え、えーと、大田です。隊長からここに来て連れて来てって……」

 

 戦車兵の女の子も、やってきた。次々とあちこちの隊から引率がやってきて、引き渡されていく。単独で行かせないのは、行く途中で憲兵に捕まる危険も有ったからだ。

 

 どんどんと、捌けて行く猫宮。それを、笑顔で見送る。

 

 

 

「……こうして、また皆戦地へ逆戻り、か……」

 

 全員見送った後、自嘲する猫宮。

 

「……そんなに、自嘲することもないだろう」

 

 ふと気が付くと、横にいつもの憲兵が立っていた。猫宮が気がつくと、笑って敬礼をする憲兵。

 

「あっ、矢作曹長……」

 

「ご苦労様であります。出会った時はただの訓練兵だったのに、あっという間に階級を抜かれてしまったな」

 

「そうですね」

 

 猫宮が苦笑して答える。彼には、初期からお世話になっていたのだ。

 

「……確かに彼らはまた戦場に逆戻りだ。だが、君の言った通り懲罰大隊か処刑より、遥かにマシだ。……彼らの力と運次第で、生き延びられるのだから」

 

「……そうですね」

 

 頷く猫宮。こうするしか、無かった。こうすることしかできなくさせるこの戦争は、やはり大っ嫌いだった。

 

「……それに、君の、君たちのお陰で、我々も彼らを確実な死地に送り込んだり、殺したりせずに済んでいるのだ。……本当に、ありがとう」

 

 そう言うと、頭を下げた。冷酷無比な憲兵ではあるが、あくまで心を殺す手段を知っているだけだ。彼らだって、少年少女を好き好んで殺したいわけではないのだ。

 そして、脱走兵を助けているのは猫宮だけではない。猫宮の教え子達も、脱走兵を見かけたら、積極的に引き込んでいた。最近では、憲兵もそれとなく、猫宮グループのメンバーに脱走兵の位置を教えることも多々ある。

 

「どういたしまして、ですね。まあ、本命は彼らの人助けですけど」

 

 カートに調理器具を詰め込む猫宮。そして、矢作はそれを手伝う。

 

「ところで、新市街の方にもそんな連中が屯しているのだが……」

 

「うん、行ってみます」

 

 

 世界は残酷だ。だからこそ、猫宮は、沢山の人を巻き込んで今日も足掻き続ける。

 

 

 史実、熊本市での本日の検挙人数82 処刑人数:12人

 本日、熊本市での検挙人数31 処刑人数:0人

 

 

 さて、そんな訳で今日も今日とて大忙し、有り余る体力で訓練、整備、人助けに動物助け。で、そんな事を幾ら強化された体とは言えやり続けたら――

 

「猫宮っ!?」 「猫宮君っ!?」 「猫宮さんっ!?」 「ゆうちゃんっ!?」

 

 合同訓練直後にぶっ倒れた猫宮。保健室へ運ばれる。

 

「……はっ!?」 

 

 飛び起きた猫宮。急いでバイトへ行こうとすると――善行に止められた。

 

「……猫宮君、つかぬことを聞きますが、何時休みました?」

 

「えーと……えーと……?」 首を傾げる猫宮。覚えが、無かった。

 

「……結構です。猫宮君、命令です。今日と明日、一切の仕事や訓練・その他の活動を禁じます」

 

「ええええっ!? い、いや、色々とやることが!?」

 

「体調管理も、兵の仕事の内です。貴方の知り合いの方々にも、連絡を入れて仕事をさせないよう言い伝えてあります。いいですね、今日と明日は休日ですよ」

 

 そう厳命し、去っていく善行。

 

「……仕事はない、出て行け」

 

 なにくそとオヤジの所へ行ったら、門前払いをかっ食らう猫宮。

 

「今日、貴方の仕事は無いのよ」

 

 整備テントに行ったら、笑顔で追い出された。新井木がグイグイと押して、テントの外と押し出す。

 

「……どうしよう」

 

 猫宮悠輝、何をしたらいいか分からない、初の休日であった。

 

 

 




矢作満:オリジナルキャラクター。憲兵の曹長であり、猫宮とは長い付き合い。脱走兵を原隊に戻したりする時などに、相当お目こぼしを貰っている。

 さて、次は休日……どうしようかな……

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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