ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
瀬戸口は、大型のトレーラーを運転していた。その隣には、来須が座っている。そして、荷台の4番機の中には、猫宮が入っていた。その後ろには、L2型が3輛、後をついてくる。
風景を眺めれば、さわやかな風が頬を撫で、空にはトンビがゆうゆうと飛んでいる。そして、戦車の砲声、機関砲の射撃音、機銃の途切れない音、生体ミサイルの発射音、爆発音。のどかな景色に、戦場の音がこだましていた。
「猫宮、戦況はどうなってる?」
士魂号の中、タクティカルスクリーンを覗いているであろう猫宮に、瀬戸口が聞く。
「……大分やられてる。また、それなりの規模だね……」
縮尺を変え地図をあちらこちらに移動させると、混戦模様の様だ。声色が微妙である。
「……そうか」 やや間を置いて、来須が答えた。
「……急ぎませんとね」 凛の声も、少々強張っている。
「なら、早くお前さんを送り届けてやらんとな」 瀬戸口も、気持ちアクセルを強めに踏んだ。
3人が善行から下された命令は、鉄橋爆破の支援である。熊本市内に敵を誘引して戦うため、進行方向を限定させる。この鉄橋爆破もその布石だった。
5121もその護衛を受け持つことになったが、毎度毎度と最前線に送られるが故に、それなりに被弾をしている。更に、黒森峰を派遣しようにも、この地形ではL型を有効活用できなかった。交通渋滞の酷さも、その原因の一つである。
なので、被弾がほぼ無い猫宮の機体と、支援ができるグロリアーナの3輛が、先行して支援に回されることになったのだ。
「やれやれ、見目麗しいお嬢様方を沢山引き連れているのに、何で寄りにも寄ってお前さんが隣なのかね?」
「……黙って運転しろ」
軽さが信条の瀬戸口と、寡黙な来須。中々の凸凹コンビである。
「あはは、瀬戸口さんに黙ってろっていうのは、来須さんにおしゃべりしろって言うもんじゃないかな?」
猫宮の声に、来須はムスッとして帽子に手をやった。
「おっと、前方に美女発見! 少し停止しますよお嬢様方!」
「あら、こんな時までナンパなの?」
凛はそう言うが、ちゃんと従って速度を緩める。瀬戸口は、2台のL型の隣に車を止めた。
「ご苦労様です、紅陵女子の皆さん。こんなところで会うとはね」
隊長らしき少女が、瞬きして瀬戸口を見た。来須は素知らぬ顔だ。
「あ、5121小隊の……瀬戸口さんでしょ」
「俺の名前知ってるの?」
瀬戸口は軽薄に言った。とたんに、戦車兵の中から笑い声が起こった。
「お耳の恋人。5121小隊のプリンス。有名よ。後ろの機体は……4番機……でしたっけ? 金銀のエース、猫宮千翼長の機体は」
「あはは、当たり!」
そう言うと、猫宮はトレーラーに座ったまま器用に腕だけを使い敬礼のポーズを取った。嬉しそうな声が紅陵女子から上がる。
「ははは、やっぱりエースはモテるなこんちくしょう。ま、仕事が終わったら是非食事にお誘いしたいな」
「ここにいる全員を? 期待しないで待ってるわ」
瀬戸口はにこやかに手を降って、猫宮も4番機の手を振らせて見送った。
「もう宜しいかしら?」
「ええ、もう大丈夫です。お待たせしました」
凛の声に、瀬戸口がまたアクセルを踏む。
「無駄口を叩く」 言葉とは裏腹に、来須の声は穏やかだった。
「彼女たち、相当ひどい目に遭っている。悲しく、辛い目にな。俺はそういう人たちと無駄口をたたくのが好きなのさ」 「自分も!」
「……なるほど」
「ふふっ、お優しいのですわね」
「ええ、優しい瀬戸口さんです。と言う訳で田尻さん、お仕事が終わったらお食事でも……」
「あら、紅陵の子達を優先してあげてね?」
「おっと、そうでした」
そう瀬戸口が言うと、車列の一団に笑い声が響いた。
出発前、猫宮、来須、瀬戸口の3名は善行に呼び出されていた。
「……憲兵から連絡がありましてね。今度の鉄橋爆破の件ですが、共生派が興味を示しているようです」
「へえ、それはまた。で、両脇の二人はともかく一介のオペレーターに何の関係が?」
善行の言葉に、瀬戸口が返す。横で、猫宮が苦笑していた。
「……中々にきな臭いようでしてね。幻獣ではなく、人相手になる可能性が有ります。……故に、あなた達に先行してもらいたい」
顔をしかめる瀬戸口、猫宮。少し顎の位置を下げる来須。
「と言う事は、整備員も連れていけないって事ですか?」
「……後から行きます」
「了解、弾薬、たっぷり持ってきますよ」
こうして、3人で、おまけに整備員も随伴させずに先行することになったのだった。
管理棟の直ぐ側にトレーラーを止めると、4番機が立ち上がった。周りの兵たちは、好奇心旺盛に見ていた。それはもう、目立つ。
「んじゃ、猫宮は適当にやっててくれ。俺たちは鉄橋の方へ行く」
「了解、気をつけて下さいね」
「はいよ、そっちはお嬢さんがたを頼むぜ」
「ええ、頼りにしていますわ、猫宮さん」
瀬戸口の言葉に、凛が続いた。
「了解、任せてください。」
そういうと、1機と3輛は移動を開始する。L2型3輛は、鉄橋近くの窪地へと潜り込むと、曲射を開始した。
そして猫宮はというと、鉄橋の近くへ移動していた。目の前では、1台のトラックが故障して、動けなくなっていた。
「はいはいこちら5121小隊猫宮です、お困りならお手伝いしますよ~」
怒声が響き渡る鉄橋上に、猫宮ののんびりした声が響く。その巨体にびっくりして、罵声が止まった。
「な、なんとか出来るのか? なら、お願いしたいのだが!」
交通誘導小隊の隊長らしき兵が、こちらへ叫ぶ。
「了解です、はいはい、ちょっとどいて下さいね」
そういうと猫宮は器用にかき分けて、トラックを持ち上げ、邪魔にならないところまで運ぶ。その様子に、どよめきが広がる。ついでに、敬礼をすると笑い声が響いた。
「感謝する! これからも事故があったら頼んでいいか!」
「任せてください」
そう、交通誘導小隊から頼まれた。そして、事故がないときは高所に上り、自走砲の観測手を務める。撤退まで、まだまだ時間がかかりそうだ。
「あ、ね、猫宮さん、どうも! 凄いですね、その機体!」
「ん? 君は……」
端末から、声がした。
「谷川十翼長です、この間はお世話に!」
「ああ、こんにちはっ。今どのあたりにいる?」
「鉄橋の最後尾の方です」
見てみると、こちらへ手を降っている部隊が見えた。猫宮が面倒を見た隊である。
「お、見えた見えた。じゃ、慌てず騒がず落ち着いてっと。援護するから」
「はい、了解です!」
と、谷川は元気よく返事をした。
「ん~、キメラに命中、ナーガに損傷……と、調子いいね、田尻さん」
「ええ、詳細なデータが有りますから」
鉄橋の向こうの敵を、淡々と砲撃していく第1小隊。敵は、少しずつ削れていった。
しばらく、淡々とした作業のような時間が続く。不意に、風切り音がした。
「っ!」
92mmライフルを取り出すと、鉄橋より少し離れてぶっ放す猫宮。爆発、1機のきたかぜゾンビが落ちる。しかし、まだ風切り音は聞こえる。鉄橋の上が、騒然とした。人の足も車輪も、一斉に速まる。
「きたかぜゾンビは自分が食い止める! 撤退は引き続き整然と! 事故ったら、もうどかせられないからね!」
拡声器をONにしてそう叫び、次々と狙撃する。高射機関砲の射撃も加わった。更に、撃破。見ると、来須であった。
「来須さんナイスっ! 田尻さんは陣地変換、建物の近くですぐ隠れられるように!」
「了解ですわ!」
3輛のL2型が移動する。その間にも、猫宮は狙撃を続ける。不意に、レーザーの光が走った。鉄橋上の車輌に命中し、爆発、炎上。振り返ると、稜線から顔を出した青いスキュラが居た。
「こんな時に、青スキュラかよっ!?」
索敵不足にパニック状態だ。どうしても発見が遅れてしまう。即座に、スモークをリロードする猫宮。だが、その間にも、鉄橋上の部隊が狙撃される。爆発、炎上。そして、スキュラも爆発。来須が、レーザーライフルを構えていた。
「後は任せた」
「了解、とっとと叩き落としてきます!」
猫宮はスモークをぶっ放し、レーザーを屈折させ突撃。ジャイアントアサルトを、レーザー口へと叩きこんだ。そのままと突撃し、丘の上から確認しようとした。
鉄橋の上が混沌に満ちている頃、下では鉄橋マニアの三村が、鉄塔爆破のためのケーブルを破壊しようとしていた。それを、止めようとする十翼長。だが、三村はすでに正気ではなかった。血走った目で、十翼長を見る。その視線に気圧され、視線を外してしまった。そして、三村が銃口を向け撃とうとした瞬間、別の方向から銃声が響いた。
瀬戸口が、銃口から白煙を上げているシグ・ザウエルを構えていた。
「まったく、心配になってきてみりゃこの有様か。おい、お前さんとっととその鉄橋マニアを拘束してくれ」
「は、はいっ!」
瀬戸口がそういうと、十翼長は三村を拘束する。銃を向けられ、抵抗できない三村。
「くそっくそっくそっ!野蛮人共め、地球の癌共め……!」
「悪態つきたいのはこっちだよまったく……おい、猫宮、爆破装置の確保は大丈夫だ、そっちの状況は!」
「被害甚大、でももうちょっとで渡り終わる――!」
「了解、渡り終えたら言ってくれ、こっちからじゃ見えん」
そう言いながら、三村を気絶させる瀬戸口。その様子を、心配そうに見る十翼長。
「あ、あの……三村さんはこれからどうなるんでしょうか……?」
「さあなあ……起きた時次第だろう。さ、お前さんもとっとと退避しな」
「りょ、了解です!」
そういうと、十翼長は三村を担いで撤退していくのであった。
丘陵の上から制圧を確認した猫宮。鉄橋を見ると、炎と煙が上がっていた。死体が、あちこちに転がっている。そこには、下半身が吹き飛んでいた谷川の姿も有った。
「…………ド畜生っ!」
歩兵は、遮蔽に隠れていない限りあまりにも打たれ弱い。それが、現実だった。しかし、それでも地獄のような鉄橋の上で、生き残った何人かが、這うように撤退をしていた。
それに追い縋る、多数の小型幻獣。気持ちを切り替え、駆け下りる4番機。左右の腕から、12.7mmとグレネードランチャーを射出する。そして、鉄橋の上へと走っていった。
「おーい、来須、爆破はまだか?」
「……まだだ、鉄橋に4番機が居る。まだ、救助作業をしている」
「……そうか、撤退が終わったら教えてくれ。」
来須は、苦笑していた。あんな数人など、見捨てるのが普通だ。だが、猫宮はそれをしないらしい。スコープを覗き込むと、4番機は体中の突起に捕まらせ、更に足の不自由な兵を手のひらに乗せて撤退していた。駆け出し、鉄橋を渡り終える。
「今だ、爆破しろ」
そう通信を送ると、瀬戸口は起爆装置を作動、鉄橋が幻獣と、兵たちの死体ごと落下する。
「これにて任務完了っと。早いところお嬢さんたちと食事に行かなきゃな」
「油断はするな」
瀬戸口の軽口に、ムスッとした顔で来須は答えた。
兵たちを下ろした4番機は、一息ついて周囲を見渡した。皆、撤退していく中、不意に違和感がある動きを見つけた。そして、その兵は、グロリアーナの孤立した自走砲へと、走りだしていた。
「っ!第1小隊、全速、そこから離れて!」
「っ!? りょ、了解ですわ!」
何が何だか分からない第1小隊一同であったが、反射的にアクセルを踏む。しかし、そこに大きめの手榴弾が投げ込まれた。
「きゃっ!?」
爆発に巻き込まれる、1号車。次が投げ込まれる前に、猫宮は12.7mmで手榴弾を投げた兵を吹き飛ばした。
タイヤが破裂し、自走できない1号車に、更に駆け寄る人影が見えた。
「っ、自爆っ!?」
4番機を走らせ、慌てて、1号車と兵の間に機体を潜りこませる猫宮。と、爆発、とっさにコックピットをかばったが、両手両足が大損害を受け、倒れる。銃を取り、コックピットから飛び出した。
即座にO.A.T.Sで策敵して、こちらに銃口を向けていた共生派に、銃弾を叩き込む。背後にも気配、そちらは来須が狙撃する。
「この、安心しきったタイミングを狙ってきたか……!」
「あ、あの、状況は!?」
「共生派が外にいる、絶対に外に出ないで!」
「わ、わかりましたわ!」
わざと、1号車の上に乗り、すぐに横っ飛びをする。射撃が飛んできた方向を一瞬で把握し、横っ飛びの最中に狙いをつけ、撃つ。倒れ伏す共生派。
更には、遅れてきた瀬戸口も加わり、場が制圧される。
「……まさか、このタイミングで来るなんて……」
「……すまん、油断した」
「……損害が、大きいな」
猫宮、瀬戸口、来須は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「あ、あの、もう大丈夫でしょうか……?」
「……一応、中にいて?」
「りょ、了解です」
鷹の目で近くを確認するが、特に怪しい影はなし。空を見ると、ツバメが1羽降りてきた。
「少佐、周り見張って。お願い」
了解したと言わんばかりに鳴くと、空へと飛び立つツバメの少佐。
混乱している場。遠くに、士魂号の巨体が見えた。
「む、猫宮、4番機はどうしたのだ!?」
「1号車を庇ってね……共生派の攻撃から」
「共生派……だと……!」
通信先から、息を呑む気配がする。
「うん。気をつけて」
「……全機、警戒を厳に。鉄橋爆破は成功です、ご苦労様でした」
善行の通信が入る。瀬戸口と来須は歩哨に立ち、猫宮は1号車から乗組員を引っ張りだしていた。物陰へ連れて行き、護衛をする3人。
辺りには、血と硝煙と酸の匂いが立ち込める。
「……畜生……畜生っ!」
戦場で、死は日常である。だが、死が誰かに訪れるたびに、猫宮の胸には悔しさが飛来するのであった。知識や他の世界の経験があっても、すべてを救うことができない。しかし、それでも――あがき続けるのだった。
史実の当地区の戦死者:626名
本日の当地区の戦死者:327名
無くならない犠牲の上に、この熊本は維持されていた――砂上の楼閣のように。
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