ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
*1/23:自然休戦期までの時間を変更
熊本城の決戦からしばしの時間が経ち、街に人が少しずつ戻り始めていた。市電の復興が始まり、路肩にはあちこちに電話・電線を修理する車輌が停まっていて、道路や地面も掘り返されて工事されている。しかし今まではその復興に当たる人々の表情は暗かった。終わりの見えない戦いや、明日も知れない命への不安があった。
だが、今の人々に有るのは明るい希望だった。後2週間ほどすれば自然休戦期――幻獣は一切の活動を停止する期間に入る。そして、晴れて後10熊本は解放される――。そんな、希望が見えていた。道行く人の中には、カラフルな色合いで着飾った女性の姿も見える。
そしてこの明るい気分は、当然のこと学兵たちにも蔓延していた。熊本城決戦の後に補充されたような学兵も居るのだろう。腹を空かせながら友達と街を散策し、食べ物を探したり娯楽を探したりと、そんなことをしている。そしてあの戦いを勝ち抜いた学兵たちは、勝ち抜いたからこそに今を楽しんでいた。
そして、だからこそ――猫宮は苦悩していた。猫宮と幻獣だけが知っている――5月6日に始まる幻獣の大攻勢――事実に備え切れないこの現実を。軍上層部も、今の状況を楽観視していた。表面上の数字は回復しているが、内実はズタボロ。あちこちの部隊が書類上だけ有る幽霊部隊といった有様である。そして、補給も満足にしきれていない。流石に5121筆頭の諸兵科連合にはきっちりと補給が送られてきているが、独立混成小隊等には補給が滞っている事も日常茶飯事だ。
「えーっと、足りない部隊は……多すぎる……」
猫宮は端末を弄くりため息を付いた。定員割れやら物資不足の部隊が多すぎる。
「また準竜師やら中尉に借り作っちゃうなぁ……ああ後、会津や薩摩の人たちにも頼み込んで……」
得たコネはフル動員しつつ、何とか知り合いの部隊には補給をさせる。彼らは今まで生き延びてきた古参兵だらけの、撤退の時に中核になれる部隊である。全ての練度を上げれないのならば、原作の九州撤退戦のときの5121のような中核部隊をあちこちに作るつもりだった。
『民間人の知り合いとは引き続き交流を続けて。後、できればトラックとか大型バスとか、輸送手段を持っている人たちと知り合うと尚良し。兎に角、5月10日までに生き残ろう』 猫宮
「後は皆次第……」
軍隊とは、民間人が有ってこそのもの。そして軍は民間人を守る義務がある。――理想論である。だが、時にその理想論を兵は信じ、そして理想論によって死ぬ。しかし猫宮は、その理想論を生きるために利用するつもりだった。死守命令を命ぜられたが、民間人が逃げ遅れたために、やむなく護衛しながら撤退――そんなストーリーを作る為に。そして、その理想こそが、230万の死者を少しでも減らすと信じて。
「あ、あの……そんな難しい顔をして、どうしたんですか……?」
声をかけられた方に猫宮が振り向くと、ひっつめおでこの少女が恐る恐るといったかんじに猫宮の方を見ていた。まさかこんな所で出会うなんてと驚きつつ、猫宮は斎藤に話しかける。
「ん、ああ、補給が滞っててね……」
「えっ、5121にも、ですか……?」
「ああ、違う違う。知り合いの部隊の。5121とか黒森峰とか、自分たちの知り合いには最優先で配られてるけど」
「そ、そうなんですか……」
それを聞くと、目の前の少女はしゅんとした表情で顔を伏せた。
「君の部隊は?」
猫宮がそう聞くと、斎藤ははっと顔を上げて言った。
「え、えっと、まだ部隊はなくて、第八十七戦車学校の学生です」
「なるほどね、戦車学校……。戦車は何台有る?」
「え、えっと……廃棄寸前のが、1台……」
そう言うと、斎藤はまた顔を伏せた。部隊で一人危機感を持っているだけに、それがとても不安なのだろう。
「ああ、大部分はあの熊本城での戦いで消耗しちゃったかな……凄い戦いだったからね」
「あ、はい、見ました! 5121小隊が大活躍したって! そ、それで猫宮千翼長はその中でも特に凄いエースだって!」
「はは、ありがとう。でも今はまた階級が上がって万翼長だけどね」
くすっと笑って猫宮は斎藤が話しかけてきた訳を納得した。大エースが一人、周りとは全く違う不安な表情で佇んでいる。だからこそ話しかけてきたのだろう。
「あ、あの、この戦争、大丈夫でしょうか……?」
「危ないね。人類側が戦線を保っているのが奇跡――と言っても良い」
不安げな表情で訪ねてくる斎藤に、猫宮は希望も何もない無慈悲な一言を告げた。途端、斎藤の肌が泡立った。幻獣を殺し続けてきたエースが、危ないと言っているのだ。
「奇跡……」
「うん。君の所みたいにね、補給もままならないところも多くてね。――もし休戦期までに大攻勢があったら、君たちもそのまま駆り出されるかな」
「えっ、で、でもでも……! わ、私たちまだ学校に入って1週間と少しなんですよ……!?」
信じられない――いや、信じたくないと斎藤は声を重ねた。しかし、猫宮は無情に告げる。
「5121の自分たちはね、訓練期間は2週間とちょっと。シミュレーターで2,3日、実機で2,3回動かしたらあっという間に実戦投入。あの熊本城決戦の時なんかね、銃の整備の仕方も知らない、撃ち方しか教わってない戦車随伴歩兵が隣の陣地に来たんだ」
猫宮の言葉に、これ以上無いくらいに驚愕に染まる斎藤の顔。前線に出たらすぐに全滅する――そんな未来を想像したのだろう。
「生存率を少しでも高めたいなら、体力作りなり、銃の撃ち方なり整備なり、覚えておいたほうが良いよ。――じゃないと、生存確率も、助けられる優先順位も限りなく低くなるから」
「えっ、あ、あの、でもでも、どうしたら……!?」
「……明日、この場所で合同訓練するから。やる気があるなら、来て」
「あっ、はい、わ、分かりました!」
猫宮からメモを受け取り、何度もお辞儀する斎藤。
「さて、明日は何人集まるかな……」
そうため息をつく猫宮。熊本城決戦以来、集まる新人は少なかった。
街を散策しても、食べ物屋は大抵が閉まっているか崩れていて、学兵たちは腹を空かせていた。だからこそ、自然と集まる場所があった。
「うわ~、ごった返してるなぁ……」
線路側の物資集積場に訪れた猫宮は、ごった返す学兵たちを遠巻きに見ていた。自然休戦期も近いと見て、鉄道警備小隊の兵たちも、大盤振る舞いをしていた。ぷんと漂うカレーの匂いの中心へと、学兵たちが並んでいた。炊き出しを行っているようだ。
「……しっかし、これは……」
学兵たちの表情は、弛緩しきっていた。決戦前は兵たちの顔に悲壮感や不安やら、負の感情が見えたものだが、そのような表情はここにごった返している学兵たちには見えなかった。最も、学兵でない者たちもそれなりにいるのだから当然だろうか。もうすぐ休戦期だからと、訓練もろくにせずサボってここに来ている訓練生もそれなりにいるのだろう。
「……ちょっと活でも入れておくか」
そう呟くと、猫宮は徐ろに炊き出しを行っている兵に近づいていった。
「おいおい、カレーを欲しけりゃちゃんと並んで――って、まさか、猫宮千翼長!?」
よそっていた兵士が、驚いた表情でこちらを見た。そして、周りのざわめきが一瞬止まり、視線が一斉に猫宮の方を見た。
「あはは、ごめんごめん、ちょっと覗きたくなっちゃって。後、今は出世して万翼長ね」 人懐っこい笑みでくすりと笑いながら猫宮が言う。
「いえいえ、とんでもないです!」
そう言うと、猫宮は山盛りのカレーをよそわれた。それに文句を言う者は、誰もいない。
「えっ、あれ、猫宮さん?」 「本物だよ本物、見ろよあの勲章」 「うわっ、黄金剣突撃勲章……凄い……」 「なんというか、風格有るよな~……」
学兵から生まれた絶対的なエース。テレビでもラジオでも、連日放送されている、学兵たちの伝説の姿がそこにあった。ガヤガヤと、この集積所にあふれていた兵達が猫宮を何重にも取り囲む。
「おおっ、肉もたっぷり、じゃがいも玉葱人参……しっかりカレーしてるね」
「はいっ、そりゃもう、もうすぐ休戦期も近いんで、大盤振る舞いです!」
褒められて兵は笑顔になった。そして他の兵にも配膳を進める。
「うんうん、休戦期も近いし、沢山食べて戦いに備えないとね」
「えー、でも、猫宮さんも活躍してますし、もう戦争も終わりますよね!」
猫宮の言葉に、無邪気に一人の学兵が声を重ねた。
「ううん、結構危ないよ?」
猫宮の言葉に、ざわめきが止まった。信じられないと言った表情で、顔を見合わせている。
「えっ、で、でも……あの熊本城の戦いで人間は大勝利を収めたんじゃ……」
「まあ大勝利だね。その代わり損害もたくさんあって、あちこちの部隊もやられちゃったけど」
「じゃ、じゃあそこまでの勝利なら、もう幻獣は居ないんじゃ……」
「幻獣の総数とか、誰が把握してるの?」
猫宮の言葉に、次々と沈黙していく。賑わっていた集積場が、今では通夜もかくやと言った暗い雰囲気に包まれた。
「まだ、休戦期まで時間有るし。100%攻勢が無いとは言い切れないし。訓練生だったりする奴は、ちゃんと訓練しといたほうが良いよ? 戦場じゃ、常に最悪を考えないと」
そう言って猫宮が見渡すと、何人もの学兵たちが目を伏せた。
「ん、美味しかったよ、ごちそうさま!」
猫宮は笑顔でそう言うと、掲示板の方へ歩き出した。一斉に、左右に別れる学兵たち。
「はい、これ。明日この場所に来て。――合同訓練するから。このまま何もなかったらめでたく軍務からは解放されて、何かあったら――学んだ知識が命を救う」
掲示板にメモを貼って、周りを見渡した。周りの皆が、困惑していた。
「それじゃ、気が向いたらまた来るよ」
猫宮は配膳していた兵に笑いかけると、集積場を後にした。残された学兵の何割かが、代わる代わる、メモを見ていた。
「見事に危機感を持たせたな」
振り向くと、千代美が立っていた。腕を組んでキリッとした表情をしているが、口の周りにちょっとだけカレーが付いていた。
「うん、空気がだらけきってたからね。後安斎さん、口の周り、まだ残ってる」
猫宮が苦笑しつつそう言うと、「なっ!?」と顔を赤くしながら驚いて口をハンカチで拭った後、千代美が表情を取り繕った。
「こほん……それで、危ないのか?」
「……うん、そう見てる。最悪に備えないと」
「……だからこそウチにも真っ先に急造品の対空車輌を更に送ってよこした訳だな……」
千代美は顔を伏せてため息を付いた。
「そういうこと。……悪いけど、浮かれるのは休戦期まで待って。また合同訓練で詰めておきたいから」
「了解だ。ウチの子たちにも言い聞かせておく。文句はたくさん出るだろうけどな」
千代美が苦笑した。明るく素直なのは長所だが、素直すぎるのも問題だ。
「あはは、そこら辺はまあ、頑張って。手伝えることなら、手伝うから」
「そうだな、では……」
といいつつ、千代美はチラッと集積所の片隅を見た。そこでは、警備小隊の兵が、チョコレートを配っていた。
「うちの子達全員分に持っていってやりたいんだ。是非確保を手伝ってくれ」
「オッケー、じゃあ貰っていこうか」
くすっと笑いつつ、猫宮は警備兵の所まで寄っていった。知名度効果は抜群であり、見事にチョコレートを一箱せしめる猫宮。上手く行ったと喜んだが、千代美はまた表情を曇らせた。
「ん? どうしたの?」
「あ、い、いや、こうもお世話になりっぱなしだとどうお返しをしようかと……」
「あはは、別に大丈夫だよ?」
「そ、そうはいかん! 世話になりっぱなしだと乙女として沽券に関わるのだ! ……し、しかし……」
しかし、お返しに足る物が無い。特にこの戦時下では。
「まあ、焦らなくてもいいよ。生き延びたら、ね」
「そうだな、生き延びたら、だな……」
自然休戦期まで後2週間と少し。近い。されど、戦争はまだ終わったわけでは決して無かった。
「ふふふふふ……贈り物に悩む乙女……いい、凄くイィ! これは利用できますねええええええぇ!」
とか何やらこっそり覗いている奴は見なかったことにする。いや知らん!
斎藤はここで登場です。皆が浮かれている中、一人危機感を持っていて、それで空気が読めないとか言われてしまう可哀想な子。だからこそ榊師も自分も好きなのですが。
……そう言えば斎藤といい雰囲気になっていた椎名君、どうなったんですかねえ……?斎藤が橋爪に気を持ってからと言うか撤退戦以降影も形も出てきませんが……
(ソックスは伏線からしっかり作っていくスタイル)
短編が出るとしたらどんな話が良い?
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