ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
荒波中佐は非常に不機嫌であった。主な理由は2つ有る。まず一つ。自分は怪我で後方に護送されて教官の職についているのに5121の若者たちは膨大な戦果を上げ続けていること。
そしてもう一つは、目の前で倒れて無様を晒しているパイロットと呼ぶのもおこがましい役立たず共の教官をしていることだ。
藤代達凡人は勿論の事、大天才である自分がありがたくも直々に何度も何度も教えても、一向に良くなる気配がなかった。そして、次に入ってきた基地司令官からの連絡で、その不機嫌は頂点に達した。
「……実はな、ウチの試作実験機小隊が壊滅した」
「壊滅、ですか?」
思わず耳を疑った。聞きなれない表現に、荒波は顔をしかめた。
「たった今、栗田中尉から報告が届いたところだ。菊池方面に展開していた小隊機が有力な中型幻獣を含む敵と遭遇してな、2機とも大破した。中尉は時期に戻ってくるだろう」
どうやら、かろうじて作った3機の試作実験小隊が壊滅したらしい。わずか数日の寿命であった。
「気の毒に。戦線投入を急ぎすぎましたね」
熊本城の決戦において、もはや士魂号の有用性は揺るぎないものとなった。なので、芝村閥に負けない士魂号の実績が欲しかったのだろう。そんな上層部の思惑に引っ掻き回されたパイロットたちを荒波は哀れに思ったが、それは他人事ではないとすぐに思い知らされる。
「勘違いするな。君の感想が聞きたいわけではない。そこで我々としては急遽、小隊を再編成することに決定した」
「再編成……ですか? しかし、機体もパイロットも有りませんが」
「君の下で2機の複座型が遊んでいるだろう。その2機を試作実験機小隊に配属する」
開いた口が塞がらなかった。そこから何度も司令に抗議するも受け入れられず、そのまま配属されることとなった。通信を一方的に切断された荒波は、荒々しく受話器を叩きつけた。
夕刻、猫宮は善行とともに小隊司令室で西住中将と通信機越しに向かい合っていた。
「……それで、一度実験小隊が全滅したのにもう一度引っ張り出して戦果をどうにかして上げさせたいと……情実に基いて、ですか?」
呆れた様子の猫宮の言葉に、西住中将は目を伏せながら「そうだ……」と言った。横では善行も苦笑して眼鏡を押し上げている。
「色んな人とお話したと思うんですけどね……」
「……若手を中心に分かってくれる将官もそれなりに居るが一部の上層部はその……な……」
西住中将はことさら済まなそうにしている。軍とは極端な縦割り社会であり、特に薩摩や会津閥はその傾向が強い。下からの慎重意見は丁重に参考にされた上で退けられたのだろう。
「それで、援軍を出せば宜しいのですか?」
「ああいや、いきなりと言うのも政治上都合が悪くてな……後から『たまたま』駆けつけられたと言うようにしてほしい」
この言葉に、更に苦笑する二人。そしてとても上官には思えないくらいに縮こまる一人。
「それじゃ、1機が整備不良で戦場に遅れて、駆けつけるころには戦闘が終わるだろうから他の戦区へ応援――ですかね?」
「それでいいでしょう」
「……すまない」
こんな下らない派閥の我儘に付き合ってくれる二人、そして5121小隊のメンバーに西住中将は深々と頭を下げた。
次の日、出撃の時に善行戦隊は急に戦区の変更を命じられた。なお、善行戦隊の命名は、5121、黒森峰、聖グロリアーナ、アンツィオと集団が増えたので急遽付けられた名である。
「阿蘇戦区へだと……?」
芝村が眉を吊り上げた。目の前にそれなりの規模の幻獣が居るのに、いきなり戦区の変更とはどういう訳であろうか。
「そんなっ! 無理です。自衛軍のあの部隊では……」
壬生屋も甲高い声を上げた。
「壬生屋の言う通りであろう。熊本市内への突入をはかるべく、菊池戦区にはしきりに中型幻獣が出没すると聞いている。ここは政治的な思惑は抜きにして向かうべきと思うが」
そういう芝村に、善行は淡々と声を返す。
「しかし、阿蘇戦区の状況は更に深刻ですよ。御存知の通り、あの方面にはしばらく鳴りを潜めていたスキュラの存在が確認されています。我々が一撃を与えねば、敵戦力はますます増強されます」
「それはそうだが……」
「まあ、『偶然にも』滝川の機体がまだ調整中だし、何かあれば向かえるでしょ」
「……むぅ、了解した……」
納得しない芝村に、猫宮が言い募る。この辺の政治的なあれこれは、芝村の苦手とする分野だ。
「では、阿蘇戦区へ進軍ですね」
「了解いたしましたわ」
まほと凛も了解と通信を送った。
「ええ、では善行戦隊……出撃します」
善行は、この己の名のついた戦隊を呼ぶのに非常にむず痒さを覚えながら、命令を下した。
菊池戦区では、今丁度とある陣地に有力な幻獣群が向かっているところだった。戦車随伴歩兵が5個小隊篭っている陣地にミノタウロス8、ゴルゴーン8、その他スキュラも接近中。もちろん他に大多数の小型幻獣。この頃の史実の学生の戦車随伴歩兵なら、適切な火力を装備した2,3個小隊でやっとミノタウロス1を相手にできる計算だ。つまり、このままでは全滅である。
と、この状況で1号機田中と2号機藤代で意見が別れる。田中は待ち受けて撤退支援と言い、藤代は陣地に行って撤退支援を主張する。今までずっと荒波という天才に守られ続けてきたこの4人は、まずこの4人での指揮権の順位からして決めていなかったのだ。
「だめだよ、藤代! 今のまんまじゃ死にに行くようなものだよ!」
「だったら1号機もつきあって! 友軍から何度も何度も救援要請が入ってるの。 田中、わたしたち、これまで司令におぶさって楽ばかりしてきた。ずっと基地で楽をしている間に、何千人も何万人も死んでたんだよ。それでいいの? それで戦争が終わって生き延びてよかったで済むの?」
藤代の言葉にショックを受ける田中。救援に向かう2号機に、田中も決意すると1号機もそれに続いた。
2機が駆けつけた時、陣地は蹂躙され、小型幻獣で埋め尽くされていた。僅かに残る塹壕とトーチカ群が、なおも機銃音を響かせている。2機はジャイアントアサルトで小型幻獣の掃除を始めると、友軍の機銃音も激しさを増した。
「じきに中型幻獣が引き返してきます。3分後に撤退して下さい!」
藤城が拡声器で呼びかけた。その間も掃除していく2機の間で生体ミサイルが着弾し爆発。装甲が腐食していく。
「迎え撃つのは×だからね! わたしたちにできるのは撤退支援だけだからね! バカ藤代、頭、どうかしちゃったんじゃない?」
「あんたはできることもやろうとしなかったでしょ?」
すぐに返事が帰ってきて、田中は憮然となった。撤退支援なら出来る。ミノタウロスに追いすがられても最高速度は50キロの差がある。だとしたら、冷静さを失ってキレていたのはわたしか?
不意に500メートル先で爆発音が複数響いた。田中が視点をめぐらすと、3体のミノタウロスが炎を上げて倒れ伏すのが見えた。その背後200メートルほどの窪みから軽装甲が1体、身を起こした。右手に装着したジャイアントバズーカを投げ捨てながら拡声器で呼びかけてきた。
「だからぁ、やばいって! すぐに逃げろ。 スキュラが1体、北東から来る。ぐずぐずしてっとミノタウロスとゴルゴーンに挟み撃ちにされるぜ」
「やれやれ、こんな所で口喧嘩とは呑気なものだ」
更に、他の方向から建物の影に隠れた装輪式戦車が3輛見えた。2輛は25mm砲、1輛は120mm砲を装備している。
「あれぇ、もしかして……」
通信を繋ぐと、田中も現れた援軍に呼びかけた。
「へっへっへ、俺、5121の滝川。それと……」
「アンツィオの安斎だ。友軍を支援するために残れと言われてな」
そう言いながら滝川の2番機は駆け抜けながらジャイアントアサルトを装備しつつ、陣地前の小型にグレネードを雨あられと広範囲に降らせた。そうして出来た道を、アンツィオの3輛が疾走しながら前に出ていたミノタウロスに当てる。こんな動きは、自衛軍はおろか自分たちにだって出来なかった。
「荒波小隊1号機と2号機です」
藤代の声が戦場に響き渡る。現在は正式には試作実験機小隊なはずだが、藤代の口調にはどこか誇らしげな響きがあった。
「荒波中佐の小隊の……? それにしては動きが……」
安斎と名乗った対空車輌の隊長から、怪訝な声が漏れた。その言葉に、胸が痛くなる荒波小隊の4名。
そして2番機が戦場を駆け抜けながら小型を掃除し続け、その2番機にターゲットを向けた幻獣が横から25mm弾と120mm弾を受けてまた炎上する。4名が思わず見惚れるような連携だった。
「ほらほら、ぼさっとしてないでさっさと逃げようぜ!」
1機と3輛は追い縋るミノタウロスをさっと片付けると、踵を返した。3輛が先行し、2番機はあちこち走り回って逃げ遅れた陣地の救援をしている。
「あ、あの、わたしたち、臨時に実験機小隊に配属されたんだけど……」
いいかけた所で、ビシリと鋭い音がして土木2号のレーダードームが吹き飛ばされた。
「スキュラだ! くそっ! 稜線に隠れていたか……!」 千代美が舌打ちする。
途端、視界が濃い霧に閉ざされる。その煙幕に、田中は次の行動に躊躇した。
「ばっかやろ! 土木2号を連れてとっと逃げろ!」
2番機が走りながらジャイアントアサルトを撃ってスキュラの気を引き、体が横にずれた所で2輛の車輌から25mm砲弾がスキュラへと飛んでいく。その間も、田中はパニックに陥っていた。
「おいおい、土木2号、動けるか?」
滝川の呼びかけに、すぐに藤代からの返事が戻る。
「なんとか。視界も確保。煙幕弾を撃ってくれたの、滝川さんですか?」
藤城はしっかり状況を把握しているようだ。その間にも2番機と3輛は動き続けている。
「ほら、とっとと逃げようぜ! 後ろからミノタウロスもまだ追ってくる」
「一緒に逃げるが、こっちは踏むなよ!」 「48計逃げるが勝ち!」 「色々と間違ってるよそれ!」
慣れた様子で逃げる2番機と、アンツィオ小隊。しかしその間、田中は無我夢中で時間の感覚も記憶もなかった。そして、視界が晴れたと思ったら800メートル先にスキュラが漂っていた。
「2番機、また気を引いてくれ。その後撃墜する……って、おい、そこの!」
呆然と立ち尽くす1号機を尻目に、軽装甲も3輛も、2号機も遮蔽に隠れていた。
「ど、どうしちまったんだ土木1号、ぼんやりしてっとやられっぞ!?」
「おい、とっとと隠れるんだバカ!」
滝川と千代美からも声が飛ぶが、田中のフリーズ状態が操縦手の村井にも伝染したらしい。そのままレーザーに右腕を吹き飛ばされる。
「田中、村井――!」 叫ぶ藤代。
「バッキャロー!」「このバカっ!」
慌てて2番機と安斎の乗っている車輌が出てきて、スキュラへと集中砲火を叩き込んだ。落ちるスキュラだが、そこへもう1匹やってくる。
もう駄目かなと諦めの気持ちがよぎった時、その残りの1匹へ何かが突き刺さったかと思うと爆発した。
「まったく、1匹2匹のスキュラにオタオタしやがって。たるんでるぞ、おまえら」
拡声器から懐かしい声が響き渡った。荒波の声である。
「司令……!」
感極まった田中が涙声で呼びかけると、荒波の笑い声が戦場に響き渡った。
「ふむ、この周囲には幻獣はいないな。すまないが地味な滝川君とアンツィオのお嬢さん方、少し手伝ってくれんかね?」
「ちぇっ、また地味っすか? まあ了解っす」
「こちらも了解です。全車両反転、援護するぞ」
そう言うと2機と3輛は幻獣の群れへ取って返し、あっという間に残ったゴルゴーンやミノタウロスを殲滅した。その光景に、呆気にとられる4名。あの5121で一番冴えなかった軽装甲のアイツでさえ、今はすごい動きをしていた。
殲滅し、上機嫌に戻ってくる荒波。
「ははは、どうだ、久々の動きは」
「あ、相変わらず凄かったです!」
その荒波に藤代が言うと、荒波もそうだろうそうだろうと頷いた。だが、そこへ通信が入る。
「……荒波中佐、何時もあんな風に戦っていたのですか?」
「おお、そうだぞ! 今日は君らがいて更に楽だったがな!」
得意げに言う荒波。しかし、千代美はため息をついた。
「……そりゃ、スキュラ1匹にオタオタするのも当たり前でしょう。だって、経験が無いんですから」
『―――!』
千代美の指摘に、息が詰まる4名。荒波も相当にバツが悪そうである。
「言い争いもしてましたし、指揮権もはっきりさせてませんでしたね? ……過保護なのもいいですけど、少しは鍛えないと自分で生き残れませんよ……?中佐も、何時も彼女たちと出撃できるわけではないのでしょう?」
その言葉に更に押し黙る荒波。少女から痛いところをつかれまくりである。そして、滝川も2機の動きに思うところがあったのか、何も言わない。
この時千代美の心中は複雑だった。自分たちだって、5121の連中だって、黒森峰だって聖グロリアーナだって、前線で散々に揉まれてきたのだ。だが、この2機はずっと後ろで適当にやってただけらしい。何度も何度も戦場に出てるはずなのに、5121のパイロットたちとは比べるのもおこがましい拙い動きであった。動きのキレだけでなく、判断もである。敵が目の前にいるのに棒立ちとは、よく今まで死ななかったものだ。腹立たしさやら呆れやら、複雑に入り混じっていた。そして、だからこそのお説教であった。
「……すまん」
「謝るなら死にかけた彼女たちにしてあげて下さい。では、滝川さん、行きましょう」
「りょ、了解。それじゃ、失礼します!」
千代美に言われ、滝川は機体を敬礼させると仲間と合流すべく阿蘇戦区へと向かっていった。
別れてから、なんとも言えない声色で荒波が通信を入れてきた。荒波は昨夜基地を抜け出して単身、顔と態度のでかい奴の所へ直談判しに行ったらしい。そして、岩国へ行くというのだ。
「……あー、でだ……お前達、戦い方についてなんだが……」
「……覚えます、是非教えてください!」
荒波の声に、藤代が声を上げた。今回のことが相当応えたらしい。
「わ、私も!」 「私にも!」 島と村井も、同様のようだ。
「あ、あの、私も……」
それにつられて田中もおずおずと声を上げた。
「俺様は天才だから教えるのにはあんまり向かんのだが……まあいい、じゃあ岩国へ行ったら特訓だな!」
『はいっ!』
荒波の言葉に、部下4人は一斉に返事をした。
はい、荒波中佐の部下4人のお話でした。そこに政治も少し交えてあれこれと。
支援には滝川の2番機及びアンツィオの3輛の対空車輌の内の2輛と、黒森峰から1輛借りての3輛編成でした。
アンチョビを行かせたのは、少数戦闘において一番視野が広く尚且つ対空車輌を使えるので地上と航空、どちらのユニットにも対応しやすいこと。そして荒波への指摘のためでした。
一般の学兵から見ると、彼女たち4人は本当に恵まれていて尚且つ歯がゆいというかイライラするというか羨ましいというか、そういう複雑な感情を持ってしまう相手だと思うのですよね。ずっと大エースに守られて、強い機体に乗れて、尚且つ危険な場所に出なかった。そのお陰で、ろくに戦えない。熊本城決戦後5121と1,2回一緒に戦ったアンチョビからすれば、お前ら複座型2機も居るんだから一斉に突っ込んでミサイル撃てよとか思ってもしかた無いと思うのです。
黒森峰も激戦区にいたのは同じですが、彼女たちも最初の内は他の部隊より大事に育成されてましたし。だから一番厳しい環境にいたであろうアンチョビに行ってもらうことにしました。
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