ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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九州最後の夜

【太宰府近郊 一五三〇】

 

 戦闘は小康状態を迎えていた。

 

 鳥栖・久留米で敵を殲滅したことで、敵の主力はほとんど壊滅し、残った敵を叩きながら善行戦隊が北上して、今は戦闘もなく敗残兵を回収しながら転進していた。

 

 次なる目標は博多へ移動し、今度はそこから友軍の撤退の援護が今の善行戦隊の目標である。善行戦隊基幹の車輌はモコスに合わせ、時速20キロの速度で博多を目指していた。途中で幾度も車輌を失った敗残兵を回収し、士魂号のトレーラーからモコスにまで、兵が張り付いていてまるで難民のようでも有る。

 

 そんな中、善行と久場は険しい顔でタクティカルスクリーンを覗いていた。佐賀が陥落し、きたかぜゾンビなどの快速部隊が博多へと進撃しつつ有った。善行戦隊が活躍した戦場では戦況が好転したが、やはり戦略面に与えられる影響は少ない。

 

 これからの目標を考えていると、北西から砲撃音と、遠くからきたかぜゾンビのローター音が響いてきた。どうやら、戦闘が始まったらしい。善行は拡声器のスイッチをオンにすると、全員に告げた。

 

「士魂号は10分後に降車。警戒態勢に入って下さい。我々はこれから天神の守備隊本部を目指しますが、ただ今博多港に多数のフェリーが待機しています。戦車随伴歩兵の諸君らは途中で下車し、港へと急いで下さい。以上」

 

 途中で陣地らしい陣地はなく、博多守備隊はごく狭い地域に戦力を集中していると善行は考えた。と、そこへ指揮車へ通信が入る。

 

「泰守だ。憲兵を増員したのだが、あちこちで共生派と市街戦が発生している。お前たちも気をつけろ」

 

「ありがとうございます。テロによる陣地への影響はありますか?」

 

 いきなりの通信だが、芝村の流儀には慣れたもので善行は即座に応じた。

 

「増員していなければ、テロで小型幻獣に突破されていただろうな。だが、その心配は今のところあまりないだろう。だが、市街地ではお前たちの部隊の戦闘はむしろ辛いだろう。陣地の外での戦闘に徹することだ」

 

 そのアドバイスに、少し考えてから返答をする善行。

 

「ありがとうございます、聞きたいことは以上です」

 

「そうか。お前たちの働きで救われる将兵の数が変わるだろう。以上だ」

 

 そう言うと、通信が途切れた。そして、改めて命令を下す。

 

「みなさん、市街内はテロにより混沌としているようです。ここは久留米と同じように、陣地を使い敵を挟撃しましょう」

 

 善行の言葉に、それぞれの機体・車輌が動き出し始めた。

 

 

 

 天神司令部の予想に反して、防衛戦は順調に推移していた。もともと陣地を狭くした代わりに火力の密度を上げていたことと、陣地の外に善行戦隊と言う強力過ぎる部隊が居たせいである。この2つの戦力が陣地を守っている間、門司行きへの特別便がひっきりなしに往復し、更にフェリーも自衛軍・学兵・民間人を問わず載せ、次々と撤退していった。

 

 この激戦のさなか、善行戦隊はひっきりなしに戦い続け、結局撤退する最終便に乗れたのは、深夜10時の事であった。

 

 

 特別便の中、狩谷は車椅子から外の風景を眺めていた。外の風景には文明の光が灯っておらず、ただこの特別便の光と夜空だけが、地上を照らしていた。そして、そんな風景を物悲しいと思っている自分がいることに、改めて驚きを感じた。今まで、足のことがあってからずっと心を閉ざしていたのが、ようやくもとに戻ったのだ。

 

「そうか……」

 

「どうしたの? なっちゃん?」

 

 ふと横を見ると、加藤が覗き込んでいた。手を伸ばして、ぎゅっと抱きとめる。いきなりのことに、加藤は真っ赤になってあたふたとしていた。

 

「ど、どうしたんや、なっちゃん!?」

 

「いや、僕は今まで、ずっと殻に篭っていたんだなって思ってさ」

 

 ウォードレス越しに、加藤の体温を感じる気がした。そして、それは失いたくないものだった。抱きしめながら、震える狩谷。

 

「どうしてかな? 熊本城のときは、みんなと一緒に死にたいと思っていた。でも、今は生きたいんだ……」

 

 そんな狩谷の弱音を聞くと、加藤はぎゅっと抱き返した。自分の不安も押し隠して。

 

「そんなん当たり前や、なっちゃん。でも、大丈夫、みんな必死で戦ってるんや。きっと、うちらも大丈夫」

 

 こうして、二人は電車の中、しばし抱き合うのだった。なお、言うまでもなくこの光景は奥様戦隊にも目撃されているのであった。

 

 

 

 一方で、戦闘班は泥のように眠っていた。6日からずっと戦い詰めである。皆疲れ果て、幽鬼のような表情をして、必死にこの短い時間で睡眠を貪っていた。

 

 だがそんな戦闘員の中にあって、猫宮だけが端末をずっと弄っていた。戦場では出来得る限り暴れた。だが、未熟な学兵たちが撤退するには、運か、確固たる指示か、それとも意思か。何かが必要であった。その確認をしたかったのだ。自分は、何かが出来たであろうか。

 

 ただ、撤退戦が始まってもう2日も経っている。きちんと充電できなければバッテリー切れを起こしている端末が殆どだろう。それを思うと、もはや指示すら出来ない悔しさに、猫宮は歯噛みする。

 

「――さん、猫宮さん」

 

 だが、そんな思考を止めてくれたのはみほであった。

 

「あっ、みほさん、どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないです。猫宮さんもちゃんと寝て下さい!」

 

 何時になく、押しの強いみほである。その迫力に、ずずいと押される猫宮。

 

「あっ、で、でもね、他の人の心配も――」

 

「駄目です、猫宮さんには、沢山の人の命がその肩にかかってるんです。だから、寝ないと、ダメです!」

 

「うっ、は、はい……」

 

 正論である。少なくとも、今はほとんど役に立ってない端末をいじるよりも、優先すべきことであった。観念して、猫宮が背もたれに体をあずけると、みほもふらふらっとして椅子に倒れ込んだ。

 

「……ごめんね、心配かけちゃって」

 

「あ、い、いえ……」

 

 倒れ込んだみほを受け止め、椅子に寝せると、猫宮は床に座り込み、寝息を立て始めた。

 

 

 

 

【門司駅・駅前広場 ○○○○】

 

 

 深々と更けた夜、5月のまだ冷たい夜風が頬を打つ。広場ではサーチライトが周囲を照らし、広場の所々は土嚢や機関砲、迫撃砲などで陣地を形作っていた。

 

 散歩などという雰囲気ではなかったが、今日1日戦い続けた興奮を冷まさなければならなかった。ここ数日、戦いと移動の連続で、冷ます暇がまるでなかった。だから、せめて散歩でもして、神経を鎮めようと思った。

 

「なんだか久しぶりって感じだよな」

 

 声をした方に振り向くと、滝川が立っていた。滝川もまた、そわそわと視線が落ち着いてない。まだ戦闘中の視線だった。

 

 速水は微笑んだ。本当に「久しぶりって感じ」だ。熊本の、まだ新兵だった頃、そんな時を思い起こされる。

 

「今日は忙しかったからね。なんだか時間の感覚が無くなっちゃったよ」

 

 そう言いながら、速水はポシェットを探って、自分で焼いたクッキーを手のひらに乗せた。ああ、これも懐かしい。

 

「へっへっへ、作りすぎちゃったんで良かったらどう? ってやつね。久しぶりだなー」

 

「ホント、久しぶりだよね~」

 

 振り向くと、猫宮も居た。視線を彷徨わせ、どこから手に居入れたか、紅茶のペットボトルを5本持っていた。

 

「はいこれ、クッキーには紅茶だよね」

 

「お前、どこから嗅ぎつけるんだよホント」

 

 半ば呆れ顔で、紅茶を受け取りクッキーを頬張る滝川。「うん、うまい!」

 

「あっ、猫宮も目が落ち着いてきたね」

 

「二人もそうだね、ようやくかな?」

 

 パイロットにだけ通じる挨拶だ。3人共、顔を見合わせて笑った。

 

「こんばんは……」

 

 3人が視線を向けると、壬生屋が佇んでいた。

 

 壬生屋も同じく。視線がせわしなく移動している。

 

「あはは」速水が声に出して笑うと、滝川も腹を抱えて笑い、猫宮も微笑んでいる。

 

 その笑いに当惑する壬生屋に、猫宮は自分の目を指差した。すると、はっとして顔を赤くする壬生屋。瞬きを数回すると、ようやく視線が落ち着いてきた。

 

「俺達も同じだからさ、それで笑っちまった」

 

 滝川がそう言い、猫宮が紅茶を、速水がクッキーを差し出す。壬生屋はくすりと笑うと、両方を受け取り、クッキーを頬張った。

 

「シナモン入りですね、美味しいです!」

 

「本当はこの紅茶、ホットだったら良かったんだけどね~」 

 

 猫宮が苦笑した。無人の街に電力は通っておらず、自動販売機はその役目を果たせなくなっていた。

 

「むっ、私だけ仲間はずれなのか?」

 

 4人が振り向くと、不機嫌そうな芝村が居た。どうやら仲間はずれにされたと思って拗ねているらしい。そして、やはり視線があちこちにさまよっていた。

 

 今度は4人がかりで笑うパイロットたち。それにますます芝村は不機嫌になった。

 

「むっ、なぜ笑うのだ? どこかおかしかったのか!?」

 

 『普通』にコンプレックスを持っている芝村が、何処がまずかったのか自分の体を見渡す。すると、4人は揃って自分の目を指した。

 

「舞、目線がまだ戦ってたよ」

 

「これで5人全員ですわね」

 

「むっ、戦いが終わっても油断はしない主義なのだ……」

 

 不機嫌そうにクッキーを受け取り、頬張る芝村。ちょっとだけ不機嫌が直る。

 

 

「しっかし疲れたよな~……」

 

 滝川がそう大きく息を吐いた。それに頷く4人。

 

「3日間、ずっと戦い詰めの移動詰めだったからね。ホント疲れたよ」 コキコキと、首を回す猫宮。

 

「しかし、それも今日で終わりだ。門司での撤退支援が最後となろう」

 

「つまり、撤退するまでずっと戦い詰めですか……?」

 

 芝村の言葉に疑問を返す壬生屋。それに、芝村はこくりと頷いた。

 

「そっか……今日で全部が終わるのか……」

 

 ポツリと呟く速水。彼の脳裏には、3月にあのプレハブ小屋から始まった5121での戦いが、脳裏によぎる。あれから、自分は生まれ変わったのだ。

 

「終わらないと思うよ」

 

 だが、それに真っ向から異を唱える猫宮。「え?」と速水が首をかしげる。

 

「この戦いが終わっても、休戦期を超えれば戦いはまた続く。そして、だから5121との絆も、ずっと続くさ」

 

 それは、ある意味絶望の宣告。戦いがずっと続くのだと。だが、舞の隣こそが、この5121こそが自分の居場所だと思い定めてる速水にとっては、福音だったのだ。

 

「うん、そうだよね……だから、生き残ろう、みんなで!」

 

 希望に満ちた顔で、そう宣言する速水。それに、他の4人は大きく頷いた。絶対、生き残るのだ。みんなで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




飛ばされてしまった防衛戦の話でした。いや、善行戦隊居るとたいていその場所の戦闘はどうにかなりますしね……。
そして、士魂号パイロット5人の話は定期的に書きたくなります。

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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