ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
【門司駅付近 ○五三○】
5月9日。朝霧が濃く立ち込める中、猫宮は目を覚ました。十分な眠りとはいえないが、ひとまずの体力と集中力は回復した。後は戦うだけである。レーションを温める間もなく、腹に押し込むように食べると、ウォードレスを着る。
周囲を見渡すと、もぞもぞと睡眠を取れていた人員が起き出していた。皆、それぞれが表情に不安を抱えながら、食事を取り、ウォードレスを着て、戦闘準備を整える。しかし、不安だけでなく希望も僅かながらにあった。
今日が、最後なのだ。今日さえ凌げれば、無事に本土に撤退できるのだ。だが、その確率は低いだろう。そのための不安である。
猫宮は4番機に潜り込むと、善行の演説が唐突に始まった。
「善行戦隊の善行です」
各コクピットに、善行の静かな声が響き渡った。
「この通信を聞いている皆さんの中には、5121の者もいれば、臨時に私の指揮下に入ることとなった門司駅守備隊の皆さんも居ることでしょう。残念ながら一七○○をもって関門橋及び関門トンネルは爆破されることとなりました。しかし、我々の目的は共通であり、ただ一つです。生きて本土へと戻りましょう。何が起ころうと決して諦めずに、必ず生きて戻りましょう。以上です」
横で聞いていた久場も苦笑しただろう。それは、演説と言うにはあまりにも穏やかなものだった。だが、これまで捨て駒として扱われ、虐げられてきた学兵たちへの思いやりが善行の言葉には溢れていた。人間として扱われなかった学兵たちへの慈しみがひしひしと伝わってきた。
そう、そういう指揮官だからこそ、猫宮達も命をかけて戦うのだ。
これからの戦いのために呼吸を落ち着けていると、4番機に通信が入った。通信元は――憲兵であった。
「こちら矢作少尉だ。今大丈夫だろうか?」
「矢作少尉! お久しぶりです! 昇進おめでとうございます」
通信をつなぐとびっくり、矢作少尉である。お久しぶりというと、向こうから苦笑するような声が響いてきた。
「久しぶりというほどの時間が立っていないのだがね。戦い詰めの君達から見るとそうも思えてしまうか。さて、天神でも、ここでも協力者のお陰で我々の班が検挙率がトップだったよ。お陰でどうやって見つけているのかと問い質された程だったさ。昇進も出来たし、君のお陰だ。我々は戦闘班でないのでこれから本土に戻ってしまう」
そう言うと、声のトーンが落ちる。やはり、学兵だけを戦わせるのは心苦しいのだろう。
「そんな大人が何を言うのかと思うだろうが、2つだけ言わせてくれ。これまでありがとう。そして、必ず生きて本土に戻ってくれ。」
そういう矢作少尉の言葉にも、その労りが伝わってくる。
「勿論です。必ず生きて戻りますよ!」
「そうか。では戦闘前にすまなかった。以上だ」
そう言うと、通信が途切れるた。
少しすると、コックピットに直接通信が入った。声は、準竜師だ。
「調子はどうだ? 戦う者よ」
「まあまあですかね。でも戦うには支障はないですよ」
そう言うと、準竜師の笑い声が響く。
「そうか、貴様はこれまでも芝村のために利益をもたらしてくれた。芝村は恩を忘れぬ故、必ず生きて帰ってこい。それでなくても貴様はあちこちから人気なのでな。ここで死なれては困る」
「やれやれ……自分を競りに出すのは勘弁して下さいよ?」
うんざりしたように猫宮が言うと、ガハハと笑い声が響く。
「それはもう周りが勝手に始めている。まあ、どの値札を取るかは貴様次第だがな」
「はぁ……せいぜい、高値のを取ってやりますよ」
それを聞くと、うんざりしたように猫宮が言うのだった。準竜師の笑い声。そして、通信が途切れる。
また少しすると、端末に連絡が入る。見ると、玉島百翼長であった。
「あっ、あの、猫宮さん、今大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫だよ? どうしたの?」
「いえ、あの、俺、ずっとお礼が言いたくて。猫宮さんのお陰でずっと生き延びれてきたんで。あの、ありがとうございました!」
必死に言葉を探すが、飾らないようにしたのだろう。その言葉は、感謝の気持ちにあふれていた。
「うん、どういたしまして。絶対、生き延びようね、お互いに!」
「は、はい! じゃ、失礼しました!」
そうして通信が途切れる。千客万来だなぁと思いつつ、次は誰かなと待つ始末である。
「今、時間は大丈夫だろうか?」
最後はなんと、西住中将であった。流石にびっくりする猫宮。
「あ、あれ、西住中将こそ大丈夫ですか?」
「ああ。私もここに居て指揮を取っているからな。一番のエースに話しかけるのもそう不思議ではない」
その言葉に吹き出す猫宮。
「えっ!? ここに居るんですか!? 危険ですよ!?」
「君たち、戦っている兵のほうが余程危険だろう。学兵が戦っているのに、大人だけが撤退するのは、見たくないのだ。それに――熊本は、私の故郷なのだ。だから、最後までここに居たいのだ」
西住中将の語る声は、強い決意に満ちていた。
「で、でも……」
「ああ、政治的なことなら心配はいらない。芝村派の将兵が多く撤退していく中、私が最後まで残るのだ。株も上がるというものだ」
政治の対策も完璧、なら、何も言えなかった。
「……何かあったら助けに行きますよ。自分も、西住中将には死なれたくないので」
「ははっ。ありがとう。最強のエースにそう言ってもらえるとは頼もしいな。それでは。」
通信が途切れる。肩に乗るのは多数の想い。絶対に負ける訳にはいかない。出来る限り、助けなければ。そう思った。
戦闘は砲撃音から始まった。陣地から、多数の重砲が火を吹き、小型幻獣の群れを吹き飛ばしていく。しかし、数に限りがないのか小型幻獣の群れは、次から次へと現れ、津波のように押し寄せてくる。そして、小型の津波の中に中型が混じり始めてきた。
先に到達したきたかぜゾンビは、巧妙に隠された火線の一斉射の餌食となり、その隙に士魂号が駆け出す。
戦場は、僅か5キロの防衛線に敵が押し寄せ、多数の火砲が撃ち込まれ、まるで地獄の釜の様になっていた。しかし、そんな地獄を無視して、押し寄せ続ける幻獣には恐怖を覚えてしまう兵も居るだろう。
猫宮は、九州自動車道方面に1機で居た。戸ノ上山方面では、精霊の気配がする。3号機とブータが、精霊手を使ったのだろう。その撃破スピードに、善行たちが驚いていた。
そして今、猫宮の前にも24体のスキュラが居る。この一斉射撃を受ければ、防衛ラインはあっという間に突破されるだろう。故に、止めなければならない。
さて、行くかと思った所、4番機の肩に何かが乗る気配。見ると、1匹の犬であった。
(チャッピー卿、どうしてここに!?)
(なに、ブータニアス卿にばかり手を煩わされては我ら犬神族の沽券に関わるのでな。そなたにも力を貸そう)
そう言うと、北本製の剣に炎が宿る。火の国の宝剣、マジックソード・オブ・ムルブスベイヘルム、ドラグンバスター……多数の名で呼ばれる、神族最高の武器。
(さあ、行くが良い、猫宮の戦士よ! あの娘達を頼むぞ!」
そうチャッピー卿から後押しをされ、猫宮は駆け出した。途端に、レーザーの一斉掃射を受ける4番機。しかし、傷つかない。かの剣に宿るは火と鉱物の加護。決して火では傷つかない。一直線にスキュラの群れに駆け出すと、炎を足場にスキュラの高度へ駆け上がり、居合一閃。360度ぐるりと伸びた剣筋に切り裂かれ、24体のスキュラが一斉に爆発炎上する。
(これが、伝説の力……)
(そう、この日、そなたは伝説となる。征くのだ、敵はまだまだ居るぞ!)
そう、チャッピー卿の後押しを受け、4番機はまた戦場を縦横無尽に駆け出した。
そして、その眺めを、遠くから見る少女は美しいと思ったのである。
戦況は、意外なほど順調に推移していた。これはひとえに3・4番機の強力過ぎる打撃力によるものだった。スキュラという最大戦力が削られ、中型幻獣が足止めされる。その隙に、味方は好き放題火砲を叩き込めたのである。
しかし、戦場から徐々に火砲が消えていく。それは、撤退命令によるものであった。だが、ここで史実との乖離が始まる。史実では自衛軍から撤退していくはずであったが、今撤退しているのは学兵と自衛軍が半々ずつであった。
西住中将が残ったことと、善行戦隊の活躍により、学兵に任せて自分たちだけが逃げることを恥じる兵が多々出てきたためであった。
こうして、戦況は中盤戦へと移っていく。
【門司駅後方1キロ・小森江駅付近 ○九○○】
4番機が帰還すると、整備員たちが大わらわで点検と補給を開始する。派手に動きまくったお陰か、何時もより機動ダメージが大きい4番機。それに、原が苦笑する。
「何時もより、派手に動いているみたいね?」
「ええ、敵が多いので、気遣う余裕があまりなくて」
降りて、ザラメを直接口に含んで水を飲む猫宮。水分と糖分を急いで取る窮余の策だ。
4番機は、各所の筋肉を変えてオーバーホールに近い整備状況だ。もうちょっとマシなものを食べる余裕があったかな?と思いつつ、少し離れて寝っ転がる。目を閉じると、朝から続いていた戦場の音がより鮮明に聞こえる。横のゴポゴポと何かを注ぐような音は燃料の補給だろうか?
「君、猫宮君、整備、終わったわよ」
と、起こされる猫宮。どうやら少し眠っていたらしい。
「あっ、す、すいません」
「気にしないの、疲れてるんでしょ? また戻ってきてね」
原の言葉を背に受け、コックピットへ戻る猫宮。
「それじゃ、行ってきます!」
「頑張ってこいよ!」
「無事に帰ってきてね!」
「頼りにしてるばい!」
「ふふふ、いってらっしゃ~いいいいぃ!」
数々の仲間の声援を受けて、また猫宮は出撃していった。
第1次防衛ラインから、戦場は徐々に第2次防衛ラインへと移っていった。多数の火砲が撤退していっているためである。戦争は、撤退戦が一番被害が大きい。故に、普通に撤退していくだけでは大損害が必至である。なので、善行戦隊がまた時間を稼ぐ必要があった。
1・2番機は、L型の中隊と共に別の地点で殿を務めていた。1番機が大暴れする中、他の機体は援護射撃である。だが、1番機が戦場を縦横無尽に動き回るので、これはこれでかなりの慣れが必要である。そして、2番機も中隊も、その慣れはかなりのレベルに達していた。
1番機の大暴れに、どうしても敵は夢中になる。そこを、横合いから叩くのだ。この黄金の必勝パターンは、今回も有効であった。そして、機動防御にもである。
市街地や山間で圧倒的な機動力を誇る士魂号と、速度の早いL型は、撤退戦ということを感じさせないほど、縱橫に敵を叩いていた。
「こちら田尻、そろそろ後退の時間ですわ」
「えっ、わ、私はまだやれますけど……」
「防衛ラインが下がりきりました。一度補給と休憩もするべきですわ」
「あっ、は、はい、分かりました……」
そして、全体の判断をするのは凛の役割であった。自走砲を動かしているだけに、大局を読みやすい凛は、常に状況を把握できていたのである。
こうして、善行戦隊のお陰でかなりの数の兵が無事第2次防衛ラインへと撤退できたのである。これは、戦場の狭さも多分に影響をしていた。
短編が出るとしたらどんな話が良い?
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