ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
【第2次防衛ライン後方・片山町 一五○○】
もう幾度目かになるかもわからないほどの猫宮の帰還の後、いつもと違いどうもおかしかった。猫宮がコックピットから出てこないのだ。
「……一体どうしたのかしら……? 中村君!」
「了解ですたい!」
中村がコックピットを開けると、中で猫宮が気絶していた。
「お、おい、大丈夫か猫宮!?」
それを見て、慌てて引きずり出す整備員達。思えば、速水・芝村のコンビでさえ寝ていたのに猫宮は戦い詰めであった。それはこうなっても仕方ないだろう。
原が、善行へと連絡を入れる。
「善行さん? あなた猫宮君を働かせすぎよ? 今、帰還したら気絶してたわよ」
その言葉に、しばし沈黙が落ちる。
「……彼の戦果に失念をしていました。様子は?」
なんとか声を出して、猫宮の安否を確認する。彼らの出す膨大な戦果に目が眩み、ろくな休憩も出せなかったのだ。
「死んだように眠ってるわ。一応、軍医さんを呼ぶわね」
「お願いします」
そう言って通信を切る善行。だが、撤退まで残り2時間。猫宮が戦えないのは大きな不安だった。戦況は、なんとか第2次防衛ラインで阻止できている。だが、最後まで何が起きるかがわからないのが戦場だ。
暖かな光に包まれるような感覚の中、猫宮は目が覚めた。まぶたを開けると、目の前に鈴原医師がいた。
「癒やしの力……ありがとうございます」
起き上がると同時に、礼をする猫宮。流石に、火の国の宝剣の連続使用は心身に負担が大きかった。
「なに、医者の役割だ、礼はいらないさ」
いつもの様に、無表情でそう言う鈴原。猫宮はゆっくり体を起こすと、首や肩を回す。
「そうそう、カーミラも言っていたよ。面白い人に会えたと。……ひょっとしたら、君からなにかが変わるのかもしれん」
「あはは、実はもう変えたりしてますよ」
「そうか……では、行ってきてくれ。この憎悪と憎悪がぶつかり合う戦争に、せめて別の道があらんことを」
4番機だけでなく、丁度他の各機各車輌が補給のために戻った際、門司港駅に、幻獣が浸透したとの連絡が入った。どうやら、トンネルの中から次々と出てきたらしい。一気に後方を脅かされ、現場はパニックに陥っているということだ。
「くっ、動かせる戦力は!?」
「どこも急行できるような戦力は何処にも……!」
指揮車の中で、善行と久場が歯噛みする。それしか無かったとは言え、戦隊のメンバーに頼りすぎたツケであった。どうする?このままでは後方が脅かされ――
「はいは~い、自分が行きますよ~!」
「猫宮君、大丈夫なのですか!?」脳天気にも聞こえるいつもの猫宮の声に、驚く善行。
「はい、鈴原先生に元気にしてもらいました!」
「元気にって……」
絶句する久場。まさか、薬物でも使ったのだろうか? しかし、今は是非もなかった。
「では、お願いします。足りなければ、また増援を送りますので持ちこたえて下さい」
「了解です。じゃ、行ってきますね!」
通信が途切れると、自嘲する善行。
「本当に、我々は彼らに頼りっぱなしですね……」
撤退戦が始まってから4日。ずっと酷使し続け、薬物使用の疑いまで有っても頼り続ける。その事実に、自嘲することしかできなかった。
【門司港駅前・レトロ広場 一六○○】
駅は、多数のゴブリンに満ち溢れ、更には次々と中型幻獣も入り込む始末であった。このままでは、ろくに撤退作業もできない。流石にここで火の国の宝剣を使うのもまずいので、まずは両手のグレネードと機銃で小型に対応する猫宮。
いきなりの巨人の出現に、しばし敵中型の注目も引きつける4番機。その隙に、駅に残っていた車輌が攻撃する。
人型戦車が囮になり、その隙に横から攻撃するこの黄金パターンはどこでも健在である。小型が落ち着くと、更に超硬度大太刀も使い、縦横無尽に敵を撃破していく4番機。トンネル方面から次々と中型が来るが、一斉にではなく順番待ちをするかのように数体ずつである。もはや、猫宮の敵ではなく、門司港駅での戦闘は急速に終息しつつ有った。
そうして、戦闘が落ち着くとまた、残り少ない時間で次々と列車が兵と兵器を連れて本土へと撤退していく。だが、窓から身を乗り出した兵は、こちらに向けて手を降ってくれている。それに、4番機は敬礼して返すのであった。
「すまない、助かった」
と、西住中将から通信が入る。
「えっ、西住中将、ここに居たんですか!?」流石にびっくりする猫宮。しかし、考えてみればここは最後方であった。
「ああ。指揮を執るには色々と揃っているここが良いと思ってな。しかし、本当に危なくなったら助けに来てくれたな」
西住中将の口調に柔らかさが交じる。助けられて一安心といったところだろう。
「西住中将、流石に危ないですからもうそろそろ撤退したほうが……」
「いや、私は最後まで残るよ。でなければ、最後まで残る兵達に申し訳が立たない」
その強い決意を含む声に、何も言えなくなる猫宮。
「了解です。必ず生きて本土に戻りましょう」
「ああ、約束だ」
西住中将と約束すると、猫宮はまた前線へと向かっていった。
【北九州門司区付近 一六四○】
戦隊員たちは、それぞれの戦場で鬼と化して戦っていた。どこかの誰かの未来の為に、途切れない敵をひたすらに倒し続け、撤退戦だと言うのに驚異的な損耗率の低さを保っていた。
だが、いつまでもその驚異的なパフォーマンスが持続するわけでもない。戦闘による疲労は、最悪のタイミングで噴出した。
「っ!?」「厚志、翔べ!」
この、もうすぐで橋が爆破される直前の、最後の最後という局面、ずっとずっと伏せていた共生派が、3番機の足元で自爆したのだ。なんとか跳躍し、直撃は避けたが大破、自走不能に陥ってしまった。
「ごめん、舞……」
「言うな、厚志よ」
まさか、この最後の最後のタイミングで幻獣ではなく人に足元をすくわれるとは。
周囲は幻獣で囲まれている。散々に幻獣を倒してきたのだ。もし捕まれば悲惨なことになるだろう。だが、最後まで抵抗を止めてなるものかと、コックピットに有ったサブマシンガンを構える二人。この二人のコンビは地上であっても抜群で、周囲の小型幻獣は次々と駆逐されていく。だが、弾が尽きるのも時間の問題だろう。そうなったら――
「速水ぃー! 芝村ぁー! 助けに来たぞー!」
と、二人の悲壮な決意を破ったのはなんと、2番機であった。滝川は右腕の機銃を構えると、周囲の小型幻獣にばらまきつつ走り出した。そして、大破した3番機の横に滑り込むと、取っ手に掴まれるように体制を低くする。
「まさか、あの中を突破してきたの!?」
驚く速水。自分や猫宮なら兎も角、まさか滝川があの包囲を抜けてくるとは。
「へへっ、俺も、ずっとお前たちの戦いを見てたからな。ひょっとしたらって思ったけど、なんとか出来たみたいだ」
そう笑う滝川。だが、たしかに滝川の軽装甲は一番機動力が高い。判断の微妙な遅さを、機動力で補ったのだろう。
「ふむ、よくやったぞ、滝川」
これには芝村も手放しで褒めるしか無い。
二人が取っ手に捕まると、また走り出す2番機。
「予備機はまだ有るってよ、二人共まだ乗れるか?」
「勿論!」 「無論だ」
「よしっ、じゃあ連れて行くからな!」
そう言うと、更にスピードを上げる2番機。こうして、驚異的なスピードで複座型は戦線に復帰するのである。
17時丁度、関門橋が黒煙を上げながらゆっくり崩壊していく。それは、撤退の手段が消えた絶望の始まり。そして、新たなる希望のはじまりであった。
海を見れば、10隻の大型フェリーを中心とした船団が埠頭を目指し、波しぶきを上げて進んでくる。更に、そのフェリーの周りを1千隻はあろうかという漁船がスモークを炊き、船団を護衛していた。そして、10隻のフェリーにはどの角度から見ても「遠坂海運」のロゴが映るようになっていた。
船団は見る間に接岸すると、女性の声が流れてくる。
「ご苦労様です。乗船の際は列を作って順番に並んで下さい。お願いします」
なんと、島村百翼長の声であった。元はこうした仕事をしていたのであろう、声には張りがある。
善行は、拡声器の音量を最大にして言った。
「優先順位は負傷兵、鉄道警備小隊、交通誘導小隊の皆さんから。以下、整備兵、戦車随伴歩兵、戦車兵と続きます。士魂号は最後まで撤収の援護をして下さい」
すでに戦線はその声が隅々まで届くほど狭くなっている。合わせて5000にも及ぶ支援部隊、負傷兵を満載して、フェリーは一旦下関港へと去っていった。
自然発生的に歌が起こった。歌は風に乗って、未だ埠頭を守り、死闘を続けている戦闘部隊の耳にも聞こえてきた。
ガンパレード・マーチである。
砲声と銃撃音、更に戦闘音にかき消されそうになりながら、その歌は確かに戦闘員にも響いていた。自衛軍が、学兵が、将校が、戦場の皆が歌い続ける。
助けを求める兵の所に、4機の士魂号がそれぞれ駆けつける。
「次は戦車随伴歩兵及び整備班の番です。補給者その他は桟橋へ集合。戦車随伴歩兵の諸君はなんとしても敵を振り切り、二十分後に桟橋へ来てください。辛いでしょうが、決して諦めずに、敵に囲まれた諸君は士魂号が援護します。声を上げて助けを求めて下さい。生き残りましょう!」
声に従い、歩兵たちが後退を始めた。追いすがる小型を、装輪式戦車と士魂号が掃討していく。
この間にも、フェリーは次から次へと海峡を往復し、歌う兵を本土へと運んでいた。
玉島は、ガンパレード・マーチを歌いつつ、6233小隊の殿で必至に走っていた。もう少し、もう少しで本土へと帰れる。そう思って、走り続ける。だが、追いつかれそうになりもうダメだと思ったその時――また、青色の機体が目の前に見えた。
「やっ、玉島さん助けに来たよ!」
「猫宮さんっ!」
最後まで、助けられてしまった。幻獣を粉砕する4番機は何時見ても頼もしくて。そうして、いつだって助けてくれたのだ。
こうして、フェリーまで走り抜ける玉島達。6233独立駆逐小隊の戦いは、ようやく終わりを告げたのだった。
【門司港埠頭付近 一八○○】
既に夕刻となった戦場に、残るは1000人足らず。激戦が続く中、遠坂海運のフェリーは既に1万5千あまりの兵を収容していた。その中でも、善行戦隊の面々は最後まで、戦い続けていたのだ。
猫宮は、4番機を操り最後まで撤退の援護をすることにした。この九州の地で、最後の命令を送る善行に、猫宮は通信を送る。
「猫宮です」
「こんな怪しい自分を部隊に受け入れてくれて、本当にありがとうございました。この2ヶ月、みんなと一緒にいるのが本当に楽しくて、みんなと戦うのが本当に誇らしかったです」
「ははは、本当に、当初から凄い怪しい人でしたよ君は。しかし、君の人類への、そして小隊への献身は何よりも強い本物でした。だから、みんなも君を受け入れたのでしょう。君も、速水君と同様堂々と胸を張って本土へと凱旋して下さい。以上です」
「了解です、それじゃあ行ってきます!」
最後の戦いだと残る3・4番機に、圧倒的な数の幻獣が襲いかかる。だが、それは不思議な光達によって尽くが撃破されていく。
3番機の手から精霊の光が、4番機の手には神々の剣が宿り、あしきゆめを駆逐していく。それは、神話の1ページ。戦史には載せられない、載せても夢物語だと一笑に付されるようなその光景は、見るものの目を奪う。光と炎が踊り、闇が払われる、絶望の中で輝く光景は、それから十数分の間続けられたのだ。
(そろそろじゃな。わしらは仲間の様子を見に行かねばならん) と、ブータが肩から降り
(さらばだ戦神の申し子達よ。一緒に戦えて光栄であった)チャッピーも地上へと降りる。
「感謝を。そなたたちのお陰で存分に戦い抜くことが出来た」
「……また戻ってくるんだろ? プレハブの校舎の屋上で昼寝してるんだよね?」
「きっとまた、自分たちもここへ戻ってくるよ!」
別れを告げると、神たちは何処へと去った。
限界まで戦い抜いた2機は、流された浮きドックへと捕まる。だが、その浮きドックにすら追撃がかかる。
「スキュラが追ってくる! 3人共、機体から出ていざという時はウォードレスを脱ぎ海に飛び込め!」
瀬戸口が叫んだ瞬間、レーザー光が走り、イカダを貫き鉄板に穴を開けた。レーダードームを旋回して振り返ると、5体のスキュラが岸壁からこちらを狙っていた。スモークでなんとか狙いはそれているが、彼我の距離は約1.5キロ。何時当たるかはわからない。
猫宮と速水はスキュラの憎悪を敏感に感じていた。
「こりゃあ海に飛び込む必要があるかもね」
と、3番機の中の喧騒を聞き流しつつ、コックピットを開けようとすると、静止したフェリーから砲弾が放たれた。
轟音と同時に次々とスキュラが落ちていく。この射撃は滝川ではない。2隻のフェリーを見ると乗っているのは真紅の機体と、複座型の電子戦機――。
「荒波司令?」
「神楽さん、秋草さん!」
速水と猫宮が叫ぶと、2機から通信が入る。
「まったく……この俺様を何だと思ってるんだ。軽装甲の大天才がまさかの固定砲台扱いだぞ」
「文句を言うな。全く……おい、舞。これは一つ貸しだからな」
「なっ、なんだと……!?」
2機の射撃は正確だった。軽装甲と電子戦機は次々とバズーカを取り替え、敵を屠っていく。
「凄い狙撃ですね」速水が呟くように言うと、荒波は「もっと言ってくれ」と笑った
「天才を迎えるには天才こそがふさわしい。そう思ってなお前さん達を出迎えたってわけだ。最も、そこのお嬢さんはちょっと違うようだが」
「ふんっ、そんなものに捕まって良いざまだな舞」
「はっ、そんなことにこだわるからいつまでも背が小さいのだ」
「何をっ!」 「なんだとっ!」 子供のように喧嘩をする二人。それをまあまあと抑える秋草。
すでに下関港は目の前に迫っていた。埠頭にはぎっしりと兵が詰めかけていた。士魂号の姿を認めると、港は地も割れんばかりの歓声に包まれた。
史実、九州撤退戦の死者:230万。内、学兵5万が死亡。
今史、九州撤退戦の死者:200万。内、学兵3万が死亡。
一人の介入により、およそ30万の死者が減った。これを多いと見るか少ないと見るかは……皆様に判断を委ねよう。
九州撤退戦、次にて終了です。
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