ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
朝、朝食を食べに猫宮が宿舎の食堂へ行くと、テレビではワイドショーで学兵特集が組まれていた。あの、遠坂系列のテレビ局で衝撃的な映像、言葉を流した後、各テレビ局やラジオ局は競って学兵の特集を組むようになっていた。
学兵たちの収集された理由、法案の可決理由。戦場と学校を行き来する暮らしやそのときに起きた犯罪、そして戦場での戦闘と生死――その他諸々の学兵に関するあらゆることが、報道されている。
兵科も様々だ。随伴歩兵から一般人には馴染みのないだろう郵便配達部隊、交通誘導小隊など。勿論男女両方を呼んでいる。
「あっ、教官おはようございます」「おはようございます」「おはようございます教官」
猫宮を見つけた工藤が手を振り、訓練兵達がそれぞれの方法で挨拶をしてくる。
「やっ、おはよう。それ見てたんだ」
「ああ、猫宮教官達が出てから、猫も杓子もこればっかりだ」
佐藤が難しい顔で頷く。都市部に伝わってなかった学兵の実態が、連日連夜放送されている。その度に、プロパガンダでは知り合えなかった現実が知らされて、実戦を想定すると不安になるのだろう。
「数字が取れるとわかった途端これとは現金ですね」
横山はやや呆れ気味だ。
「うん、それでも、数字の為だろうとなんだろうと、知られないよりはずっと良い」
だが、猫宮の神妙な雰囲気に、口を閉じる。
それは祈り。これ以上、あんな杜撰な訓練を受けた学兵が増えないように。あんな、悲惨な光景がこれ以上繰り広げられないように。未来溢れる子どもたちを、クソッタレな戦場に送らないようにと言う祈りだった。そんな幻想を、心の底から猫宮は祈っていたのだ。
「教官……」
その祈りを敏感に感じ取る5人。だからこそ、あんなに親身になって自分たちに教えてくれてるのだと。
「教官も、あんな辛い目にばかりあってきたんですか?」
恐る恐るといったように問う小島。マスコミでは、主に悲劇を大きく扱う。だが、猫宮は複雑な表情で首を振る。
「ううん。楽しいこともいっぱい有ったよ。仲間たちと馬鹿騒ぎしたり、時には喧嘩したり、恋の話題で盛り上がったり」
3月の初頭から、あの5121のメンバーと一緒に居たのだ。5121の実力が有ったからこそ言える――不謹慎とも言えるが、凄く楽しくも有ったのだ。でなければ、誰かの心は壊れていたかもしれない。
「まっ、そういう息抜きもおいおい覚えておけばいいさ。さてと、頂きます」
少し話し込んでしまって同じく少し冷めた朝食にかぶりつく猫宮。こういう色々なことを聞く度に、まだまだ学ばなければと思う5人であった。
数日後。報道の質が、少しずつ変わってきた。遠坂系列のテレビ局すら、他よりはマシとは言え変わってきている。今までは悲劇だったが、日が経つに連れ、学兵たちの活躍になっていったのだ。乏しい物資の中、陣地で敵を追い返した。被害を受けたオートバイ小隊が、幾多の試行錯誤の末、被害を減らした。
また、学兵たちの友情や、戦うときの思いなどなど。
そんな、負けている国の戦場報道の様な――プロパガンダ的な性質を帯びてきたのだ。
「…………これは……まさか……」
嫌な予感がして、遠坂に電話をする猫宮。
「ああ、猫宮さん、どうかいたしましたか?」
「遠坂さん、軍や政府から何か言われた?」
「っ……流石、速いですね」
言い淀む遠坂。だがその様子で猫宮は確信する。
「何と言われましたか……?」
深呼吸の音。どうやら呼吸を整えたらしい。
「悲劇だけでなく、活躍や、心温まるエピソードも大々的に流せと。それも、心に訴えるような」
「報道の自粛、では無いんですね?」
「ええ、むしろ存分に流してくれと。その為にはこちらから資料を提供しても良いと」
猫宮に、衝撃が走った。
「なるほど、では遠坂さんも従わざるをえないですね……」
「はい……」
遠坂系列企業は、今や軍との繋がりは深い。「お願い」でも断りきれないだろう。
「分かりました……突然の電話、すみませんでした」
「いえいえ、猫宮さん。いつでもおかけ下さい」
そう言うと、電話が切れる。
「クソッタレがっ!」
そして猫宮は、独り叫ぶのだった。
次の日、また食堂のテレビを見ると、何と津田が映っていた。吹き出す猫宮に、びっくりする周囲。
「本日お招きしたのは、学兵から自衛軍へ志望することにした津田優里さんです、宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
ペコリとお辞儀をする津田。その姿は、かつてのおどおどした姿はなく、信念を持って凛としていた。
「それでは早速ですがどうして志望することにしたのですか?」
インタビューアーが聞くと、ハキハキと答える。
「かつて、ある人に助けられたからです」
「ある人とは?」
「私達、大勢の恩人です」
「出会ったきっかけは?」
「その人に、体を売ろうとしたんです」
途端、ざわめくゲスト席。インタビューアーも困惑している。猫宮も頭を抱えた。
「え、ええと、何故そんなことを?」
「はじめ、私達の隊は満足な装備も与えられていませんでした。そのせいで、知ってる子が何人も戦死してしまい……それで、装備を手に入れようにも闇市場で手に入れるくらいしか方法がなくて。でもお金がないから、それで……」
「な、なるほど……」
その凄惨さに、愕然とスタジオ。
「それで、偶然であったのがその人だったんです。その人は、はじめは厳しく、そして泣き出した私に優しくしてくれて。次の日、隊の皆の分のサブマシンガンと弾を用意してくれたんです」
「い、一個小隊分の!?」
そのあり得ない行為を聞いて、思わず身を乗り出す他の軍事コメンテーター
「ええ。そして、教官も一人連れてきてくれました」
「不思議な人ですね……」
「はい。その人は、それからも沢山の人を助けてくれました。訓練も装備も満足にない、学兵たちを、沢山、沢山。見返りなんて、一切求めずに。そして、私はそんなあの人に憧れるようになりました」
「憧れ、ですか……?」
「はい。どこかの誰かのため、そして今ここにいる人たちのため、出来る最善をずっとやり続けたあの人が、本当に眩しく思えたんです。だから、あの人と同じようにはなれなくても、せめてそれに近づければって。努力し続けている限り、無駄じゃないだろうって思って」
そう、笑顔で言う津田はとても美しく、輝いて見えたのだ。
だが、そう言われた猫宮はそれどころではない。
「どうして……どうして、折角あの地獄を生き延びたのに、また舞い戻るんだよ……!どうしてっ……!」
その絞り出すような声に応えられる人は居なかった。また、別の番組にすると、また猫宮の助けた学兵が映っていた。また、別の番組にも。全てではないが、多くの番組に。だが、彼らは皆、決意に満ちた、とても頼もしい顔をしていたのだ。
それから数日、臨時の戦時特別法が国会で可決され、自衛軍も支持をする。それは、学兵の志願兵の受け入れの特別法。可決と同時に、多くの子供達が、それに志願したのであった。
曰く、「彼らだけには任せるわけにはいけない。自分たちも戦える」と。
それは、大学などへの優待が有るにしても、とてもとても、勇敢な選択だった。
「ごめん下さい、今大丈夫ですか?」
夜、東京の西住家の間借りしている部屋に、猫宮が訪れた。
「あ、あれ、猫宮さん、どうしたんですか?」
母が帰ってきた時間に合わせて訪れた猫宮に戸惑うまほ。
「ああ、上がってもらってくれ」
猫宮の声に、反応する西住中将。頷くと、まほが招き入れる。
「すみません、こんな時間に」
「いえ、むしろ嬉し……いえ」
客間に通され、お茶を出される。それに手を付けず、じっと待つ。しばらくすると、私服のしほが入ってきた。
「随分と急だな」
「ええ、なので要件も手短に……。軍は、気づいてしまったんですね、学兵の有用性に……」
猫宮がそう言うと、目を伏せるしほ。
「そうだ。……私も反対はしたのだがな、消極的にならざるを得なかったが。……君は随分と調べられてな。そして、君に関係したあの学兵たち。彼らの生存率の高さ。そして、『訓練も装備も足りてないしていない』学兵の生存率の低さに」
色々と問題点は有るが、自衛軍にも当然有能な人材は多い。特に、ロジスティック方面ではだ。膨大なデータを分析し、彼らは気がついたのだろう。学兵という、有用な戦力に。
史実でも、拠点防衛にはよく使われていた。青森では、短期間の訓練で学兵が迫撃砲を使い、継続的な火力を出し続けていた。この撤退戦でも、久留米では考え尽くされた防衛ラインで学兵は相当のキルレシオを叩き出していた。つまり。
つまりは、事防衛線において、学兵というものは適切な運用、訓練を施せば有用な戦力足り得るのだ。そしてその事は、自衛軍の自由に動かせる戦力を増やせることを意味する。おまけに、未成年なので生産活動への影響も直ちには無い。更に、プロパガンダに志願で士気も高い。軍にとって、非常に魅力的に見えたのであろう。
「それで……それで、プロパガンダを流し、『志願兵』扱いにしたんですか……!法案も、通りやすいように!」
猫宮の介入で、2万の学兵が救われた。だが、猫宮がはじめた活動の余波でそれ以上の子供が、学兵になろうとしている。あまりといえば、あまりの歴史の皮肉であった。そして、猫宮も心の奥底では気がついている。兵力増強のとても便利な『駒』だと。
「ああ。勇敢な子どもたちが、来てくれた」
「『勇敢』と『無謀』は紙一重です。そこを、教えてあげるのが大人でしょう!」
「大人でもよく間違う。それが『勇敢』なんだ……そして、この国は、勇敢を受け入れない選択が取れるほど、余裕があるわけでも無い……」
「っ……!」
拳を握り、歯を食いしばる猫宮。きっかけは、自分たちの、あの学兵報道。それが転じて、プロパガンダになった。そして、猫宮が助けた学兵たちも、どんどんまた戦場へ行ってしまう。いくら悔やんでも、悔やみきれない猫宮。思わず、涙すら浮かぶ。
「そう、自分を責めるな」
ぽふ、と猫宮の頭に手が置かれた。とても優しく、温かい、しほの手だ。
「あの報道は必要なことだったんだ。何も知らない都市部の人達が、知るためには。そして、君の思いは、きっと受け継がれている。彼らは、とてもいい顔をしていた。自分のためではない、他の誰かのためにと。そして、それは志願してきた子達や、大人たちも同じだろう」
そう。確かに、プロパガンダじみた報道に突き動かされ、実利の面でも心動かされたところはある。だが、だがしかし、それだけでは命をかけない。心を、揺さぶられたからだ。
「君の、誰かを助けたいという想いはこうやってつながっている。だから、少しは信じてやってくれ。彼らを。そして、頑張って国を守ろうとしている人々のことを。大人も、子供も、何かを成そうとしているんだ」
既にユーラシアに人はなく、幻獣の支配領域のほうが多いこの世界において、誰も彼も、必至なのである。
「―――――はい。」
テーブルに突っ伏して、堪える猫宮。そんな彼を、しほは、ずっと優しく撫で続けるのであった。
……ほ、本小説においてしほさんはヒロインじゃ無いですよ?ほ、ホントですよ?
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