ガンパレード・マーチ episode OVERS 作:両生金魚
一五○○ 広島行き特急列車
広島行き特急列車に、様々な人が乗っていた。善行や久場や泉野や猫宮、原に戦車隊の隊長3人、それに108戦車小隊と正式に発足された猫宮の教え子たち。更にはおまけで士官候補生の茜と山川。そして看護学校生徒の田代。もうごった煮も良いところであった。
しかし、そんな中一際緊張しているのはやはり猫宮の教え子たちであった。これからが、初の実戦である。皆、そわそわと落ち着かない様子であった。
そして、その様子に善行や猫宮は懐かしさを覚えていた。
「うん、皆緊張しているみたいだね」
5人を見渡して言うと、それぞれが頷いた。
「ははっ、大丈夫、みんなそんなもんだから。5121の皆も、最初は緊張していたしね」
くすりと猫宮が笑っても、中々緊張は取れない。
「練度自体も、初陣の自分たちよりずっと高い。そして、士魂号のコクピットはとっても頑丈。んーと、そうだね、他には……初陣には、自分も付いていくよ」
「ほ、ホントですか!?」 石田が勢い良く顔を上げて猫宮を見る。
「うん。それくらいは大丈夫ですよね……?」
猫宮が善行に見て確認すると、頷いた。
「君たちは大事なパイロットですからね……そのくらいの配慮は問題ないでしょう」
「うん、自分たちの戦法、君たちにもやってもらわないといけないからね。だから最初、実戦でお手本見せてあげる」
「うん、お願いする。教官はやっぱり頼りになるな」
佐藤が珍しく、感情を表に出して嬉しそうに頷いた。
「ふふっ、分析は任せてもらうよ。5121の方は大丈夫だろうし、僕がしっかり問題点を把握してあげよう」
いきなり偉そうに出てきたのは勿論茜である。この登場の仕方に、5人は面食らい、山川はあちゃ~と顔に手をやっている。
「あ、あの、教官、この人は……?」
「ああ、茜士官候補生。元5121のメンバーで、一緒について来たんだ」
「は、はあ……」
訳がわからない感じに混乱している小島。他の4人も胡散臭げである。
「まあ、色々と問題は有るけど、その観察眼は本物だから。ずっと5121の戦いを見てきたしね……と言うより茜、久場少佐としばらく108小隊についていってみる?」
「っ、それは……」
猫宮の提案に、悩む茜。確かに5121と一緒にいたいが、彼らの分析もしてみたいとの思いはある。
「まあ、向こうに行ってからでもいいか。あ、山川さんはどうします?」
「あっ、自分は茜の近くか5121で雑用ができればいいかなと」
山川は優秀な士官候補生である。武器の扱いも一通り出来るし、戦術も学んでいる。一人いるだけでも大分助かるだろう。
「そうですね。他にも学兵の世話をしてもらうというのも出来ますし」
善行もそれに異論は無いようだ。特に、同年代の士官候補生が世話をしてもらうのは、学兵にとって精神衛生上いいだろう。
そんな修学旅行のような様子を、泉野は半ば呆れた様子で見ていた。どうにも学生気分が抜けていない。そして胡乱げな上司を見て、久場が苦笑する。どうにも、5121に配属したての自分の反応にどことなく似ているのである。
「気になりますか、彼らの様子が」
「……まあ、不安になるところは有る」
自分の部下になるであろう男なので、素直に内心を打ち明ける泉野。そして意外にも、久場は頷いた。
「でしょう。私もはじめ、5121に配属したての頃はそうも感じました」
「今は違うと?」
「はっ。たとえ普段の態度が子供のようでも……実際子供なのですが、いざ仕事になると高い効率を叩き出す。なら、それで良いのではないかと」
「軍人らしくない答えだな」
顔をしかめる泉野。だが、久場は笑って受け流す。
「もともと、彼らは子供なのです。それを、大人の都合で引っ張り出してしまった。だから、仕事をこなす分にはそれで良いのではありませんか? 実際、それで戦場では鬼神の如き働きをしてくれます」
そう言われ、また学兵たちを見る泉野。その顔には、誰も彼もあどけなさが残っていた。
「……そうかもしれないな」
そう言われ、神妙な顔をして頷く泉野。そう、彼らは兵で有る以前にまだ子供なのだと、ようやく理解し始めていた。
「他にも理由が有りますけどね」
「ぬおっ!?」
二人の会話に気配も察知させず、ひょっこり入ってきた猫宮に思わずのけぞる泉野。だがすぐに表情と姿勢を正した。
「それで、理由とは?」
久場共々、興味深げに猫宮に顔を向ける。
「だって自分たち学兵は酒もタバコもできませんから」
『…………は?』
二人とも全く同時に全く同じ表情で固まる。猫宮の言葉が、余程意外だったのだろう。
「酒と……」 「タバコ?」
頭に疑問符を付けつつ、二人は言われた単語を吟味する。だが、推論が出る前に猫宮の言葉が続く。
「学兵はまともに嗜好品にもありつけないんですよ。有るとしても精々ガムか合成チョコ位……それも時々。日々の食事だって満足にだから、真っ当にガス抜きする手段の一つがこうやってワイワイ騒いだりする程度なんです」
一拍遅れて、二人ははっとした。兵士の士気の維持のため、嗜好品は近代ではほぼ全ての軍が取り入れている。だが、学兵は更にその手段が限られる。
「……なるほど」 泉野の、低く絞り出すような声だ。
「後異性も買えませんしね」
「なっ」 「そ、それは」
さらりと言われた猫宮の言葉に、また言葉に詰まる二人。だが、軍と性が切っても切れない関係なのは古今東西自明の理である。今度は、二人共苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……熊本じゃ凄かったですよ」
自分たちと同じような表情の猫宮に、更に渋い顔をする二人。
「そんなに、でしたか?」
「ええ、毎日結構な数の相談が寄せられましたよ。恋愛とか行きずりとかの関係はまだマシです。無理やりとかカツアゲとかそういう犯罪の現場もかなり出くわしましたし」
およそ正規軍だとしたら、目も覆わんばかりの有様で直ちに対策が取られたであろう。だが、彼らは学兵だったのだ。本来、救いなど無く、ほとんどの人間から忘れ去られる運命だったのだ。
「……罪、か」
「は?」
ぽつりと零された泉野の言葉に顔を向ける久場。
「いや、我々は彼らに目を向けてこなかった。だが、戦う段になって戦力として換算できる事に喜び、練度に疑問を抱き、態度に不安を覚える……。それ自体が、我々の罪の様に思えてな」
「……ええ」
今まで見てこなかった現実、目を背けてきた事実を話され、この二人の軍人の心中に様々な物が生じ始める。史実では傲慢で都合のいい現実しか見てこなかった男が、少しずつ変わろうとしていた。
一七○○ 市ヶ谷防衛庁庁舎
「岩国の第2師団と24旅団を萩に回すように要請だと……? 何を考えている!?」
作戦科は今、訳の分からない西部方面軍の要請に若干の混乱をきたしていた。
「しかし、西本司令官はそこまで無能だとは思えん……となると……共生派か」
西住中将が呟くと、方々から「まさか!?」との声が上がる。
「憲兵から報告が入っていてな、共生派の浸透も巧みになってきたようだ……作戦科より通達! 西部方面司令部の命令は全て拒否するようにと!」
『はっ!』
疑問に思うことは有れど、上司の命令に口をそろえる部下たち。他も処理が必要な事項は幾らでも有った。
「すると、対処は憲兵頼りでしょうか?」
「ああ、憲兵が主だが他にも助っ人が行く可能性が高い」
「助っ人?」
「ああ、とびっきりだ。さて、何処まで立て直せるか……」
混乱した現地部隊が立ち直れるかは、まだ誰にも分からなかった。
一七○○ 広島市内
西部方面軍司令部は、厳戒態勢の中にあった。たとえどんな権限を持った人間であっても、入り口で追い返されていたのだ。内閣総理大臣からの超法規的なパスでさえである。これに疑問を持った参謀の一人、酒見少佐が憲兵に連絡を取ると、憲兵と洗脳された衛兵の間で戦闘が発生。更には衛兵が自爆テロまですることとなった。
混乱の極みの中にある司令部に、奇妙な訪問客がやってきたのはそんな時のことである。
「……派手にやられてますねこれは」
「方面軍司令部は既に存在していませんね。言い換えれば壊滅しています」
猫宮、善行が若干の共を連れてやってきたのだ。
「……と、言いますと?」
混乱する頭をどうにか切り替え、酒見少佐が質問をする。この二人のことは知っていた。善行に関しては、論文にも目を通したことが有る。
「共生派の浸透です。最近は巧みになってきたらしいですよ」
猫宮がそう言うと、隣りにいた灰色の髪の少年も頷いた。
「一刻を争います。説明を」
善行が促すと、灰色の髪の少年が説明を始める。
「幻獣共生派の実態は憲兵でも把握に苦労していましてね。更に最近は人間に成り変わる幻獣まで現れる始末です。幻獣全体の数から見れば希少ですが、その分発見にも苦労をしていまして。この分では西本中将は死んでいるでしょう」
普段共生派とかかわらない酒見からすれば衝撃的な話であった。まだ信じきれない面も有る。
「とりあえず第3戦車師団を使って制圧しましょう。自分も手伝います」
そう言うと、エースパイロットで有るはずの猫宮少佐もサブマシンガンを用意していた。
「責任は私が取ります。憲兵隊本部と作戦科にも連絡を。作戦指示はこれからそちらから送ってもらいましょう」
メガネに手をやりつつ、善行がテキパキと話をすすめる。酒見少佐にとってはいきなりの情報の濁流に脳がついていけていない。
「しかし、旅団長をどう説得すれば……」
「それはまあ、色々と。貴方もさっきの光景、見ましたよね? 自爆テロまで起こしている。明らかに普通じゃない」
エースパイロットにそう言われ、頷く酒見。段々と、頭がはっきりしてきた。
「分かりました。司令部へご案内します」
そう言うと、憲兵達の先頭に立って歩き始めた。
善行と猫宮は、広島駅へ降り立つと灰色の髪の少年に起こったことを報告され、すぐさま連れてこられたのだ。本来なら岩国へ直行するはずであったが、それは連れの茜や山川、戦車隊の隊長達に猫宮が育てたパイロット達で行くことになった。
「本当は裏の戦争に関わりたくはないんですが……」
「これから嫌でも関わり続けることになりますよ、きっと」
猫宮の言葉に、ため息が尽きない善行であった。
この後、旅団長は無血で説得され、また西本中将に擬態していた幻獣は取り除かれた。だが、この件は少なくない衝撃を上層部に与えることとなる。
8月5日 ○一○○ 岩国基地
浸透型幻獣の排除という大仕事をいきなりやらされた猫宮と善行は、この時間になってようやくこの岩国基地へとたどり着いた。静まり返った周囲と違い、この基地だけが爛々と明るい光を周囲に振りまいていた。
厳重な警備の中、丁重に案内された善行、原、猫宮の3人は、ようやく荒波と面会することになった。
「これはこれは、ご夫婦とエースパイロットのお出ましだね。こんな時間だがよく来てくれた」
「ノオオオ! あなたがあのベタギャグ使いの言っていた整備の神様ですかぁ! なあんてビューティフォーな人なのでしょう。今の私はめくるめくステキな体験をしているんですね!」
ささ、どうぞと席を勧められ、原は苦笑いしながら座った。
「さて、俺は岩国ラインの臨時司令官に就任した。君に関しては白紙だが。ま、好きに絵を書いて良いという訳さ。……それと、広島では災難だったな」
「わたしは体よく利用され、猫宮君が随分と働いてくれました」
「それはそれはご苦労だったなエース君。ま、君たちは裏の人間にマークされ頼りにされているということだ。頭の固くない偉い軍人と言うのはそれだけ貴重なのだ」
「単に無茶苦茶なだけじゃない?」 と、原のきついツッコミが入る。
「かもしれんな。ま、君の描く絵とやらを聞かせてもらおう」
と、荒波は善行と猫宮にソファーを勧めつつ、自分も座る。
「山口市で、私の戦隊を中核とし、更に規模を拡大します。第3戦車師団から大隊を一つ拝借しました。そちらからも歩兵大隊を一つ借り受けたいのですが……」
そう言うと、岩田が難しい顔をして首を振る。
「……学兵大隊ではダメですか?」
「攻勢任務に使います。学兵は防御にしか使えないでしょう」
「こちらもギリギリですぅ! そこら辺は適当にかき集めてくださああああい!」
「かき集める核となる隊が欲しいのですよ。強引に引っ張る役ですね。何なら中隊でも結構。ああそれと、重迫撃砲は必須です」
善行の言葉に、岩田がしばらく考え込む。
「アレもダメ……これもダメ……しかし守勢ならば……」
ぶつぶつと呟く岩田を尻目に、猫宮は荒波に学兵の練度を聞く。
「学兵達はどうです? 使えますか?」
「守勢任務なら十分に使える。迫撃砲なら軽重両方共だ。それにここは高度に要塞化してあるからな。損害は少なくて済むはずだ」
自信有りげに荒波が応えた。彼ならば、学兵も無茶な使い方はさせまい。
「ええい、重迫撃砲小隊2つに歩兵中隊1つを付けましょう! 穴埋めには広島から憲兵を呼びますぅ」
「ありがとうございます」
「あ、憲兵はそのまま岩国の各陣地を見回らせたほうが良いですよ」
「なぜかね?」
突然の猫宮の口出しに、目を光らせる荒波。岩田も首を傾げている。
「共生派は自爆攻撃で爆破を繰り返しています。もし、要塞が爆破されたら……」
その言葉に、全員の顔がさっと青くなった。
「……しまった、それが有ったか。岩田君」
「ノオオオオオオオッ! せっかく作り上げた要塞を爆破なんてさせませええええんっ!」
荒波も岩田も、その可能性に気がついたのだろう。大急ぎで、憲兵に協力を要請するはずだ。
「それと善行さん、山口で兵をかき集めたら、そのまま岩国へ戻りましょう」
「何故ですか? 側面を突くのは戦略の常道だとは思いますが」
「それは人間相手の場合です。幻獣に兵站線も司令部も存在しませんからね」
そう言われて、思わず空を仰ぐ善行。そして、原がコロコロと笑う。
「あらあら、やっぱりあなたって、戦争下手だったのね」
そう言われ、善行は返す言葉も無いのだった。
同 ○一三○
猫宮が食料を持って基地の外に出ると、連絡役のツバメの少将が現れた。猫宮が敬礼すると、少将も敬礼する。
(お久しぶりです少将。今度は岩国で協力を仰ぎたいのですが……)
猫宮がそう言うと、食料を翼で指すツバメの少将。それを見て、缶詰を開けつつ猫宮は頷いた。
(勿論です。ナッツ類から肉類から魚類まで、なんでも用意させます。任せておいて下さい)
それを聞くと、満足そうに鳴く少将。
「まったく、一人で出歩かれると危ないですよ? 猫宮上級万翼長殿」
ぬっと突然現れたのは、矢作少尉であった。そして、隣には灰色の髪の少年――岩田も連れている。
「いや、久しぶりですし自分が交渉しないとダメですしね」苦笑する猫宮。
「彼らが、熊本での情報源でしたか」
感心したように、岩田が言う。ラボでも感応能力等は報告されているが、ここまで大規模に協力を要請できるのは猫宮くらいなものだろう。
「ですよ。ただし、高く付きますが」
猫宮が次々に缶を開けていくと、バッサバッサとカラスやらツバメやらが次々と降りてくる。その様子を見て、矢作少尉や岩田も、また缶詰や袋を開けるのを手伝う。
「今度もまた宜しくお願いします」
「はじめまして皆様。僕は岩田と言います。どうか宜しくお願いしますね」
動物である彼らを侮ること無く、矢作少尉と岩田は生真面目に敬礼をし、動物たちもそれに返すのであった。
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