ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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岩国転進戦

 8月7日 ○七○○ 山陽自動車道近郊

 

 山陽自動車道とは、日本の動脈である。片側5車線の道路が、人類のための兵器を延々と大陸へ送り続けていた重要な道路だ。そして今、その大動脈は上下問わず大量の戦闘車両と敗兵を東へを流していた。

 

 国道と山陽自動車道の分岐点に差し掛かったとある敗兵の一団が、ヌッと出てきた士魂号に止められた。脇には、90式も控えている。

 

「どうもおはようございます。こちら善行戦闘団所属、猫宮悠輝少佐です」

 

 確か最初に話しかけるときにすみませんと言うと、自分が下だと印象づけてしまうのだったかな? なんて思いつつ、柔らかい声で自衛軍としての階級で挨拶から入る猫宮。雑多な兵が張り付いているその車両群の面々は、士魂号の大きさに好奇心旺盛に見上げていた。そして、92式歩兵戦闘車両のハッチが開き、中から一人の兵が士魂号を見上げる。

 

「こちら二十四旅団第2中隊国岡少尉であります。今はこの中隊を率いていますが……何か御用でしょうか、少佐殿」

 

「貴隊はこれから善行戦闘団へと再編成されることに成ります。国道へ道を変更して下さい。なおこの命令は方面軍司令からの許可を得た正式なものです」

 

「戦闘団……戦隊から規模を上げましたか。了解です。謹んで拝命します」

 

「どうもありがとうございます」

 

 素直に従ってくれてほっとする猫宮。

 

「いえ、お礼をいうのはこちらの方であります。撤退時、我々も貴隊に助けられまして。おかげで多くの兵が助かりました」

 

 疲れている中、笑顔を見せる国岡少尉。

 

「おお、それは何よりです。あ、合流地点では炊き出しが行われているのでまずはゆっくり体を休めて下さい」

 

「感謝します、では。全車国道へ転進!」

 

 そう言うと、彼らは国道へと進路を変える。その表情は、合流する前より多少、明るくなったようだ。

 

「よし、次は我らの番だぞ厚志」

 

「うん、了解。じゃあ猫宮、場所交換」

 

 4番機の勧誘が終わると、次はぬっと3番機が出て来る。この道は、この2機で交互に勧誘していたのだ。芝村にとっては良い社会勉強の一環であった。最も、芝村の名前を出すと警戒されることもままあったが、それを上手く説得するのが苦手のようだった。

 

 だが、そんな様子を不謹慎ながら速水と猫宮は任務に支障がない程度に楽しんで居たのである。一応、すぐに手助けしては芝村が成長できないなんて言い訳を用意して。

 

 

 

 8月7日 ○九○○ 山口市庁舎

 

「那珂町付近で敵小型幻獣が確認されたということです。直にに始まりますね」

 

 臨時の司令部となった市役所の会議室には、各戦闘単位の指揮官が詰めていた。5121からは芝村・瀬戸口・猫宮の3名が、善行戦隊の戦車隊からはまほが代表として出席していた。

 

 幻獣の先鋒は岩国まで10キロの位置に迫っている。が、この周囲は絶好の防衛拠点で自衛軍及び学兵は地形と砲を味方にして敵に旺盛な火力を叩きつけていた。

 

「我々の方もそろそろということですね」

 

 矢吹少佐が地図に目を凝らしながら発言する。善行はメガネを静かに押し上げると、「ええ」と頷いた。

 

「我々はこれより、岩国へ向け転進します。立ちふさがる敵を撃破し、途中で兵や民間人がいれば回収し、最終的に岩国へ合流し要塞防衛の機動戦力として動くことになります。何か質問などは」

 

 そう言うと、何名かが手を挙げる。その一人を指名すると、はっきりと質問をし始めた。

 

「この山口で遊撃戦、と言う手もあると思いますが。幻獣の後背を脅かせます」

 

 その言葉に、何名かが頷いた。だが、善行は内心苦笑しつつ否定する。

 

「私も指摘されて気がついたのですが、幻獣には要地も補給線も存在しません。なので、後方を脅かすなどという戦略機動は無意味とまでは言いませんが効果は薄いと思われます。そして、幻獣の今の目的は一つ。あらゆる手段を使っての岩国の突破。よって、我々は岩国へ向かいます」

 

 その善行の説明に、はっとする将校が散見される。どうにも人類は、自分たちの戦略を相手にも当てはめてしまう癖があるようだ。

 

「はっ、了解であります」

 

 質問した将校は、納得のだろう。敬礼すると一歩下がった。

 

「では、先鋒は黒森峰を中核とした戦車中隊、殿は矢吹大隊を配置。5121は中心に配置し、危機的な戦場をめぐる火消し部隊とします」

 

 撤退戦において一番重要な殿には、矢吹少佐を配置した。そしてわざわざ名前を上げたのは、他にも佐官が存在したからだ。激戦の後なので、隊をすり減らした中隊長や大隊長が目白押しで、彼らを解体し、再編する必要があった。

 

 なので、中核として大人の精鋭が必要であった。矢吹少佐と隊の風格なら、感情的な反発を抑え納得させることが出来るだろう。これが芝村や猫宮などであったらいくらエースと言えど反発は避けられなかったはずだ。

 

「歩兵は各所に配置し、戦闘時には戦闘車両の護衛を。これは機動戦です。塹壕は掘らず建物や地形を利用し、大規模な部隊に遭遇したらさっと下がって下さい」

 

「はっ」

 

 そう言われた歩兵中隊の近江は微妙そうな顔だった。今までほぼ塹壕戦しかしたことがないのであろう。その顔を見て、更に不安になる猫宮。だが、口には出せない。

 

「芝村上級万翼長、何か有りますか?」

 

 そして、突然芝村に水を向ける善行。好意的な視線のない一同の注目が芝村に集まると、流石にプレッシャーがかかったようだった。

 

「わ、わたしは、あー……」

 

 そしてどもる。あまりの体たらくに自分への怒りと情けなさが募る芝村。

 

「……問題はない」

 

 かろうじて言葉を紡ぐと、挑戦するように他の将校を眺め回した。

 

「結構、戦闘時は矢吹少佐の指示に従って下さい」

 

「では、西住万翼長は何か有りますか?」

 

「はっ。先鋒とのことですが、岩国へ近付いた時は配置換えをするのでしょうか?」

 

「その時を見て決めますが、私はあなた達を信頼しています。5121と組んだあなた達ならば大丈夫でしょう」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 質問を終え、敬礼するまほ。周りの視線には好意的なものが混じっている。そして自分とは差があるなと、芝村のコンプレックスはますます刺激されるのだった。

 

 

「あ~、少し良いだろうか……?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 会議が終わると、芝村はまほを呼び止めた。

 

「そなた、緊張はしてなかったのか?」

 

「いえ、大人の方々ばかりなので緊張はしてましたが……」

 

「そ、そうか……」

 

 自分と同じだったのかと少し安堵するが、それでも対応の差にぐぬぬとなってしまう。

 

「でも、命の遣り取りをするわけでもありませんし、戦闘よりずっと楽だと思うのですが」

 

「われは戦闘のほうが楽だ……」

 

 そんな弱気な芝村を見て、思わず微笑んでしまうまほ。

 

「むっ、な、何なのだその笑いは!?」

 

「いえ、失礼。何時も凛々しい芝村さんにも苦手なものが有ったのだなと」

 

 くすくすと笑うまほに、芝村の顔が赤くなる。

 

「むっ、わ、悪かったな……」

 

「いえ、むしろ可愛いと思います」

 

「か、かわっ!?」 もっと顔が赤くなる芝村。

 

「誰にでも弱点はあります。だから、会議で困ったらこちらを見て下さい。助け舟が出せるかもしれません」

 

「むっ、か、感謝する」

 

「いえ、友達ですから。当たり前のことですので」

 

「と、友達……う、うむ、そうだな」

 

 そして、友達と言われ今度は嬉しそうになる芝村。そんな様子を見て、まほは更に笑顔になるのだった。

 

 

「……僕の役割……」

 

「ほら、速水、行くよ~」

 

 だが、芝村を元気づけようとした速水が役割を取られてちょっと拗ねているのであった。

 

 

 

 

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 8月7日 一三三○ 山口県周防市 周防カントリークラブ付近

 

 途中、民間人を助けたりして、遅々とした歩みで岩国へ転進していた善行戦闘団で有ったが、時間をかけたせいでとうとう殿へ追いつかれそうになってしまった。だが、このまま急いで岩国へ向かっても挟撃になってしまうので、これはこれで都合がいいのかもしれない。

 

「5121小隊、戦闘準備を。宮下中佐は、5121の整備員の護衛をお願いします」

 

「了解した」「はっ、了解しました」

 

 善行が芝村に通信を送ると、1から4番機が戦闘準備に入る。

 

「矢吹少佐、共同戦線は初めてでしょうから一つだけ。先駆けは5121で。それで上手く行くはずです」

 

「了解であります」

 

 陣形から見て前方から、4機の士魂号がこちらへ歩いてくる。それは矢吹に威圧感よりもむしろ頼もしさを覚えさせた。

 

「我々は傘型に散開する。芝村上級万翼長、お願いする」

 

「任せろ」

 

「中型幻獣の群れ、総数およそ150接近中。さて、軽く揉んでやれ」

 

 150の相手に軽くもんでやれとは。5121のオペレーターの言葉に、苦笑せざるを得ない。

 

「さて、矢吹大隊と近江中隊とは初の共同作戦だよ。基本通り頑張っていこう~!」

 

「分かっておる! 気の抜ける言い方をするでない!」

 

 苦笑がもっとひどくなった。

 

「猫宮さん、無駄口はそのくらいにしておいて下さい! では、参ります!」

 

「ははっ、ごめんごめん、自分も行くよ!」

 

 壬生屋の甲高い声と共に、突撃する1,4番機。敵の数が多いので、囮役として猫宮もつっこんだのだ。

 

 北本製超硬度大太刀を振るう2機は、瞬く間に敵を混乱に陥れた。

 

 斬って、躱し、いなし、距離を取ってからまた突撃。そして時々サブ射撃。史実と違い、体が万全の壬生屋は敵陣の只中において、危なげのない戦い方を更に磨いていた。

 

 やや離れて暴れているのは4番機。撃つ、斬る。撃つ、斬る。敵陣のど真ん中でひたすらに暴力を振りまき、小型には目もくれず次々と中型を餌食にしていく。

 

「各車輌、散開。横を向けた敵を撃破せよ」

 

 この流れは、善行の論文で何度か確認した。見てあまりの戦果の多さに、誇張が混じったのではないかと疑いもした。だが、実際は見ての通りだ。何一つ、その戦果に誇張はなかった。

 

「こりゃ、楽だ……」

 

 砲手の一人が、そう零した。付近の中型幻獣はみんな1、4番機へと集中している。

 

 時々、ひやりとする場面も有るが、それは軽装甲の2番機が、戦場を駆け回り、フォローをしていた。滝川は、狙撃手のような戦い方も上手くなったが、ずっと支援をし続けたことで、5121と戦車隊の間、言わば中衛での戦い方が非常に熟練してきていた。

 

 あまり幻獣のヘイトが向かないことを良いことに、92mmの射撃を戦場の弱い所に降り注がせていた。

 

「敵陣、空いたよ」

 

「ふむ、速いな」

 

 だが、楽と感じていたのは矢吹大隊だけではなかった。5121も、中隊から大隊へ増強された火力の援護を受け、多数を相手なのに余裕を持って戦えていたのである。

 

「よし、突撃するよ舞!」「任せた!」

 

 何時もより早くこじ開けられれば、その分3番機の突撃も早くなる。ヘイトの向かない戦場を悠々と走り抜け、敵の密集地でロック、ミサイル発射。

 

「3番機、ミノタウロス6、ゴルゴーン7、キメラ6撃破!」

 

 その数を持って人類を蹂躙するはずだった幻獣は今、ほんの少数に徹底的に蹂躙されつくされていた。

 

 だが、今ひとつ役に立っていない部隊があった。近江中隊である。

 

「奴らは一体何をやっているのだ……?」

 

 芝村が戦場から離れているうちにタクティカルスクリーンを見ると、歩兵がの動きが精彩を欠いていた。5121は仕方ないとして、矢吹大隊の動きにもついていけていないのだ。少し動いては何処かの拠点を探して籠り、少しの小型を撃退する。そんな戦い方だ。折角の定数倍のゼロ式ミサイルが泣いている。

 

 警戒偵察及び支援も、まるで出来ていない。それどころか、拠点にこだわった挙句小型に包囲され、士魂号が慌てて助けに入る場面が何度も有った。

 

「ちっ、これじゃ連携どころか各個撃破の良い的だよ……!」

 

 戦車が歩兵を守り、歩兵も戦車を守るが理想では有るが、これではてんでバラバラである。そして更に悪い知らせが入る。

 

「ゴルフ場南2キロにスキュラ3、畜生、姿を隠してやがった!」

 

 そして偵察が粗末になれば、こういうことも起きる。3匹の青スキュラが、低い稜線に隠れて接近していたのだ。

 

「矢吹少佐、スモークを!」

 

「りょ、了解だ! 第4小隊、スモーク散布!」

 

 混乱する中、戦車からスモークを散布する第4小隊。だが、今までの的撃ちとは違い、接近されたので中には必至に砲塔を旋回させたり急発進させたりと混乱する車輌が目につく。

 

「止めます、大丈夫です!」

 

 だが、スモークで視界の壁が出来たことで、4番機がスキュラに突撃する。他の稜線を使い視線を切り、真横から急襲、至近距離の92mm砲で叩き落とした。数百メートルの至近距離なら、特に急所を狙わなくても1発で叩き落とせるのである。スキュラが空中要塞と言われる所以は、そこそこの装甲が「空中」に浮いていることに大きな要因が有るのだ。

 

「ありがとう、助かった!」

 

「どういたしまして! 」

 

 少ない損害で抑えられたことに礼を言う矢吹。たしかに問題は見えた。しかし、この戦果で隊員たちは自信をつけるだろう。なら、問題は解決していけそうだと、そう矢吹は確信したのであった。

短編が出るとしたらどんな話が良い?

  • 女の子達とのラブコメが見たいんだ
  • 男連中とのバカ話が見たいんだ
  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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