ガンパレード・マーチ episode OVERS   作:両生金魚

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episode ONE
邂逅~1


 二人が一緒にプレハブの階段を登っていく。先を歩いていた猫宮がためらいもなく扉を開けるのを見て慌てて後に続く速水。中に入ると四、五人程度の生徒が席に座っていた。顔を上げる気配とは逆に顔を伏せたままの速水。しんとした沈黙の中、いたたまれない気分になる速水。

 

「初めまして、自分は猫宮悠輝です、どうかよろしくっ!」

 

 そんな気分を猫宮は不意打ち気味にぶち壊した。教室の人間全員が注目すると、顔には人懐っこそうな笑顔で手を上げている。そして速水の後ろに回ると肩をたたいた。

 

「ほらっ、速水も自己紹介自己紹介!」

 

「えっ、あっ、でも……」

 

「どうせ後から自己紹介はするだろうけど、これから戦友になる人達だし第一印象は大事だって。 」

 

 顔を伏せて赤くする速水。暫くしどろもどろに意味のない声を出したが意を決して顔を上げる。

 

「は、速水厚志です。よ、よろしくお願いします……」

 

 そう言うと、またすぐに顔を伏せた。居心地が悪い。場違いだ。

 

(僕は何をやっているんだ……)

 

 正直、今すぐにでもこの教室を出たかった。でも、後ろにいる男が邪魔で出れそうにない。

 

「へへっ、元気がいいな。俺、滝川陽平。よろしくなっ!」

 

 顔を上げると頭にゴーグルを付け、鼻に絆創膏を貼り付けている少年が見えた。顔を伏せている間に近づかれたらしい。

 

「うちは加藤祭や。儲け話が有ったら是非教えたって~な♪」

 

 続いて関西弁の赤髪の少女が自己紹介をしてきた。

 

「そっちのあんちゃんはなんや心細そうな顔してるなあ。でもまあウチも一緒や。今もこのキュートな胸が張り裂けそうやねん。授業はなんかけったいやし」

 

「だよなあ。戦車学校って言うから、すぐに戦車に乗れるのかなと思ったけど。」

 

 滝川が相づちを打つ。

 

「まあほら、戦車兵ってエリートだし色々と勉強することが有るんでしょ。」

 

 猫宮が苦笑して返す。だが、滝川は不満そうだった。

 

「ふむ、ましてやこの学校で教える兵器は特殊だからな」

 

 凛とした声が響いた。速水がふとそちらを見ると、ポニーテールの少女がこちらに来ていた。

 

「芝村は挨拶をせぬのだが名乗られたのならば返さねばなるまい。舞だ。芝村をやっている。」

 

 独特の挨拶をする少女だった。滝川と加藤の表情がなんとも言えないものとなる。そっけない表情だ。だが、飾らない。虚勢もない。ごく自然体な表情で、速水はそこに不思議な魅力を感じていた。

 

「特殊って……どういうこと?」

 

「聞いてはおらぬのか。ここは通常の戦車ではなく人型戦車を教導する学び舎なのだぞ」

 

「そうそう、士魂号って言う人型なんだぜ、人型!俺、テレビの政府PR見てすぐに志願したんだ!」

 

 滝川のハイテンションに若干呆れている芝村と加藤。

 

「こんなんで大丈夫かいな……」溜息をつく加藤。

 

「やる気がある。絶望してない。きっといいことだと思うよ?」そんな加藤に笑いながら返す猫宮。

 

 

 そして後ろでそわそわしていたが意を決したように袴を履いた少女がやってきた。ぱたぱたと独特の足音が近づいてくる。その音に反応して足元を見ると、なんと足袋に草履を履いていた。びっくりしたように目を見やる速水。だが、その視線を察したか少女は少し不快げに口元を引き結ぶ。

 

「あ……ごめんなさい。」

 

 思わず謝る速水。

 

「あなたは謝るようなことはなさってません」

 

 硬い声で少女が返した。不安げにちらりと左右を見る速水。だが加藤も滝川も目を合わせてはくれなかった。しかし、後ろから声が飛ぶ。

 

「それで、お名前は?」

 

「あ、あの…‥(わたくし)、壬生屋未央と申します」

 

 腰をおって深々と頭を下げる壬生屋に、慌てて頭を下げる速水。それに釣られる滝川と加藤。猫宮も笑いつつペコリと頭を下げる。そして沈黙。壬生屋の顔がどんどん朱に染まっていく。

 

「か、風が冷たいですけど、気持ちの良い朝ですわね……」

 

「え、ええと……」 言葉を探す速水。

 

「ふむ。時候の挨拶というものだな」 何やら分析して返す芝村。顔を赤くする壬生屋。

 

「でも、この位爽やかな日なら体を動かすにはちょうど良さそうだよ。訓練する日としては悪くないね」

 

「え、ええそうです!こんな日は体を動かすととても気持ちが良いんです!ただ、汗をきちんと始末しないと風邪の元になってしまいますが」

 

 助け舟を出した猫宮に食いつく壬生屋。運動の話題だからだろうか、心なしかイキイキしているように見える。

 

「なんや、雰囲気が重くてどうなることかと思っとったけど、何とかなりそうやな」

 

 お互い手探りながらも何とか会話を続けていこうとするクラスメート達。このぎこちない雑談はチャイムが鳴るまで暫く続くのだった。

 

 

 チャイムが鳴った。錆びた鉄板の階段をけたたましく駆け上がる音がすると、クラスの皆はすみやかに席につく。扉を開けたのは、真っ赤な革のジャケット、パンツに身を包み厚化粧という派手な女だ。どこからどう見ても教師には見えない。

 芝村が「起立、礼」の号令をかける。全員立ち上がって、ぱらぱらと礼をした。一同を見渡して、「ふふん」と鼻で笑う女。

 

「昨日よりかはまだマシな面してやがるな。だが瀬戸口と東原はさっそくサボりか。上等じゃねえか……おっ」

 

 速水と猫宮に目を留め、満足気に頷く女。首をすくめる速水。

 

「新顔もいるな。ああ、怖がらんでもいい。俺は本田だ。午後には出張中のおめーらの隊長さんもご到着だ。段々揃ってきたようで、結構なことだ。自己紹介は……「済ませました!」 そりゃ良かった。おめーらは戦友、仲良くしとくのは大事だからな。じゃあ早速授業だ」

 

 手を挙げて元気よく返事をした猫宮に満足気な本田。背を向けると黒板に世にも下手な字で「サムライ」と板書する。そこから先は授業の体を保った洗脳だ。お前たちはサムライだ、徴兵拒否もせずにやってきた強い子達だ。お前たちは勇敢で、この国を守る最後の盾、この国の剣のその切っ先、自分たちの後にはもう何もないと。

 

 それに対する反応は様々だ。滝川は目を輝かせ、芝村は表情を変えず。壬生屋は憎しみの感情が渦巻き、加藤は複雑な表情で、速水は不安げだ。

 

「おっと、鐘か。これにて授業は終了だ。次も遅れんなよ」話したいことを話し、壬生屋の憎悪を煽った後本田はそのまま教室を出て行った。授業が終わった後、興奮した様子で滝川が速水、猫宮の側にやってきた。

 

「へへっ、よ~やく様になってきたって感じだな!」

 

「何が?」

 

「おまえ、話聞いてなかったのか? 戦争してるんだって感じになってきたじゃん。おめーらはサムライ、かぁ。くーっ!」

 

 興奮して握り拳で机を叩く滝川。速水は困ったように加藤と猫宮と視線を交わす。なんて素直な奴。加藤と猫宮は苦笑している。

 

「滝川くん、知らん人にお菓子あげるって言われてもついていっちゃあかんよ」

 

「なんだよそれ」

 

 滝川は憮然として言った。

 

「でも、全部が全部~って訳でもないと思うけどね」

 

 そう言った猫宮に、びっくりした顔で見る速水と加藤。そしていまいち分かってない滝川。

 

「自分たちが少なくとも自然休戦期まで戦わないと後がない――ってのはほんと。軍隊って、補充するのはすごく大変だから。これ以上自衛軍が減ったら再建不能になるんだと思う」

 

「……そうかもしれんなあ。ま、そんなことよりウチは壬生屋さんの所に行ってくるわ」

 

 少し考えこんで、滝川をひと睨みした後壬生屋の席に向かった加藤。

 

「……俺、なんかマズイことした?」よく分かってない滝川。

 

「えーと、話の裏を読めって事……かな?じゃあ、僕はこれで」

 

 苦笑してバッグを抱え、そそくさと教室を出ようとした所に二人に呼び止められた。

 

「なんだよ、水くせえな。昼飯、食うんだろ? 売店だったら案内してやるよ。勿論猫宮も一緒な」

 

「ああ、今日来たばかりで場所よくしらないんだ。じゃ、よろしくっ!」

 

「あ、いや、僕は悪いからぜひ二人で……」

 

「へっへっへ、折角友達になったんじゃねえか。変な遠慮はするなよ」

 

「そうそう、人数が多いほうがいいって!」

 

 そう言うとずんずん進む滝川とそれについていく猫宮。そして少し迷ったがそれについていく速水。

 

 数分後、三人はグラウンド土手に腰を下ろして焼きそばパンと牛乳を頬張っていた。上手そうに喰う滝川と実に不味そうにして牛乳で流し込んでいる猫宮。随分と対照的だった。

 

「なんだよ、そんな顔して。そんなにマズイか?」

 

「あ、いや、ちょっと味付けに慣れてなくて」

 

「慣れてないって、そんなに場所によって違うもんか?」

 

「えーと、結構……」

 

 まさか別世界の美味い飯に慣れてるとは言えない猫宮、口籠る。

 

「でも、これからここの飯ばっかり喰うんだから慣れなきゃ大変だぞ?」

 

「そ、そうだね。頑張る」

 

 そんな二人の横で黙々と食べる速水。

 

「それはいいとして、さっきの先生の話。俺は結構良かったと思うんだけどさ、速水も加藤も白けた顔してたじゃん。どういうこと?」

 

 滝川は話題を蒸し返して尋ねた。目線で猫宮に助けを求めたが首を振られた。滝川は辛抱強く答えを待っているし、しぶしぶと口を開く。

 

「きれいごと言うなってこと、かな? 国のために死んでくれってことだよね、先生の話を要約すると。僕、そういうの、好きじゃないんだ」

 

 ふと顔を上げると、滝川がぽかんとした顔でこちらを見ていた。猫宮も雰囲気が変わる。反戦思想とも取られかねないこの言葉に、速水は慌てて言葉を紡ぐ。

 

「ええと、僕が言いたいことは、戦争が嫌だって言ってるんじゃなくてそんな綺麗事言われなくたって戦えるってこと。しょうが無いもんね」

 

「……言い訳っぽいな。刑務所もんだぜ」 滝川はぼそりと言った。

 

「そんな、言い訳なんかじゃなくて!」

 

 速水が焦って言葉を探すと、すかさず猫宮からも警告が飛ぶ。

 

「……速水、他でこんなこと言わないように。金に困ってる人が居たら密告されるかもよ?」

 

 顔が青くなる速水。慌てて視線を右往左往させていると、滝川がにかっと笑った。

 

「なーんてな。お前の言うことも分かるよ。ほら、ここの雰囲気ってなんか微妙じゃん。だから気合の入った話、聞きたかっただけかもな」

 

 滝川にからかわれてほんの少しだけ傷つく速水。だけど猫宮はまだ真面目な顔だった。

 

「まあ、滝川はからかい半分だとしても、忠告内容は本当。気をつけること!」

 

 鼻先にめっ!という感じに指をつきつけられた速水。心配されたことにどうしていいかわからなかったので、とりあえず話題を変えた。

 

「午後はどんな授業やるんだろ?」

 

「坂上先生の講義かな。戦車の話、してくれるんだ……って戦車の学校だから当たり前か」

 

「坂上先生……別の先生か。心構えの後は早速戦車の話。当たり前だけど話が早いね」

 

「そうだね。でも、戦車学校って言うからどんなところかと思っていたけど」 不安げな速水。

 

「うんうん、俺も拍子抜け。こんなプレハブ校舎だし、戦車だってまだ一台も見てない」

 

「芝村さんが特殊って言ってたから大分遅れるのかも?」

 

「猫宮はよく聞いてるな~。ま、人型だぜ人型! 楽しみにしてようぜ! そういや二人はどうしてこの学校に来たんだ? やっぱりパイロット志望なんだろ? 」

 

 ハイテンションで聞いてくる滝川。

 

「さあ、パイロットなんて考えたこともなかった。別に戦車兵じゃなくても良かったんだけど、戦車の中にいれば生き残る確率が高いような感じがしたから」

 

 速水の言葉にしばし考えこむ滝川。そこに猫宮の言葉が続く。

 

「自分は、可能性を感じたから……かな?」

 

『可能性?』

 

 二人の言葉が同時に疑問を飛ばす。

 

「そう、可能性。他の兵科に比べて生存率も高そうだけど、色々と出来そうだから。」

 

 猫宮の言葉に考えこむ二人。

 

「ま、でもまだここに居る奴らは候補生だから乗れると決まった訳じゃないけど、絶対パイロットになろうぜ! 生き残りやすそうだしさ!」

 

 二人の言葉を借りて纏める滝川。

 

「目指せ、パイロット!」 ノリを合わせる猫宮

 

「……うん、頑張ろう」 そしてため息混じりに話を合わせる速水。

 

 こうして、昼休みは過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

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  • 九州で出会った学兵たちの話
  • 大人の兵隊たちとのあれこれ
  • 5121含んだ善行戦隊の話

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