パラレルワールドの女神達   作:藤川莉桜

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その1

「なんじゃこりゃあ……」

 

「飛鳥君やん。お疲れ様ー」

 

扉を抜けると、そこは不思議の国でした。

 

「あのー……先輩?これは一体何事でございますでしょうか?」

 

扉を開ければ見知っているはずの『超常現象研究会』の部室が待っているはずだった。のだが、何故かそこは異次元空間と化していた。そもそも部屋の前に来た時から扉から漏れ出る大量の煙に我が目を疑ったものだが、いざ中を見てみればさらに壮絶の一言。

床にはアボリジニだとかネイティヴアメリカンだとか先住民族の文化を彷彿させる怪しげな木製の不気味な人形が所狭しと並べられていて、壁を見渡せば同じく不気味な仮面が均等に飾られていた。

さらには隅に置かれたCDコンポからはこれまた似たようなセンスの胡散臭い民族音楽が流れている。

こんな狂気じみた光景、とてもじゃないが先生はおろか他の生徒にすら見せられない。

唯一の救いは大量の煙の正体はただのドライアイスだったことくらいだろう。

 

「飛鳥君、見てわからんの?」

 

恐らく、というかほぼ確実にこの不可思議な事態の元凶であろう、部長席に座っている長い髪をおさげにした少女を凝視する。

少女は衣服こそ我が音ノ木坂学院高校の指定制服であるブレザーとネクタイとスカートの組み合わせそのままであるが、頭部に極彩色の羽根飾りを乗せ、顔には奇妙な赤いペイントを施し、全身にはこれまた怪しげな木製アクセサリーをジャラジャラと装備しており、一言で評すればただの不審人物。

そんな少女の姿を見て俺の返答は一つしか無かった。

 

「全くわかりません」

 

「はー、仮にも超常現象研究会員がそんなんとか、この先が思いやられるわー。これはね。アフリカのジャングル奥深くに住んでいる先住民族、ブイラブラ族に古より伝わる神降ろしの儀式なんよ」

 

「いや、ブイラブラ族なんて名前すら聞いたことないですけど」

 

なるほど。やっぱりよくわからん。

 

「ブイラブラは古代マヤ文明の末裔と言われてるらしくてね。太陽と月の運行を解析して最もスピリチュアルパワーが高まる日時を算出し、豊穣の神カノーホとの交信することで農作物の豊作や子沢山を確実なものにしとったらしいんよ。なんせブイラブラの男性は強靭にして長寿、女性は皆絶世の美貌の持ち主にして子沢山らしいからね。その効果は折り紙付きだと思うんよ!」

 

『らしい』とか『思う』を使いすぎじゃねえか。つーかそのブイラブラとかカノーホとか実在すんのかそれ。という疑問は一先ず飲み込んでおく。とりあえず、

 

「希先輩……古代マヤ文明は……アフリカじゃなくて中米です」

 

明らかにおかしい部分だけ指摘しておく。

 

「えー?おかしいなー。掲示板サイトに書いてあった内容を一字一句間違えずに覚えたはずなんやけど……」

 

「そのサイトの書き込みがおかしいんじゃないですかね」

 

「まあでも効果さえあればルーツがアフリカでもインドでも南極でも問題ないんやないかな、うん」

 

「いや、大いに問題あるでしょ。起源がデタラメなら効果だって眉唾なわけで……」

 

「んもう!飛鳥君のイジワル!せっかくそれっぽい勧誘文句思いついたのに全部台無しやないの!」

 

おさげの関西弁少女ー東條希先輩は憤慨した様子で顔の水性ペイントをタオルで拭う。プンスカという表現が似合いそうな怒り方だ。顔立ちの愛くるしさが災いして怒っててもいまいち威厳が足りない。

 

そもそも俺には叱責を受ける道理など全く無いが。

 

「いや、マジで意味わからないですよ。なんで僕が悪いみたいになってるんですか」

 

「知らぬが仏って言うやろ?効能を信じてる人に『マヤ文明は中米です』なんて細かい事はほんまに無粋すぎるんよ。ウチのスピリチュアルパワーで幸せになれるなら起源の正しさなんてほんの些細な問題や!」

 

「それ思いっきりインチキ宗教の理屈じゃないですか!」

 

「こんな霊験あらたかで効果抜群なウチの祈祷をインチキ宗教だなんて言いがかりも良いとこやね。希ちゃんは君をこんな不躾な後輩に育てた覚えは無いで!」

 

「いや、誰がどう見てもインチキ宗教ですから!まさかこれで変なグッズ使った商売を始めるつもりだったんじゃないでしょうね⁉︎」

 

ヤレヤレと言わんばかりにわざとらしく肩をすくめる希先輩。美人だから似合ってはいるが、ちょっと腹が立つ。

 

「まっさかー、いくらなんでもそんな人聞きの悪いマネするわけないやろ?ただ、ウチはこの我が校最弱最小にして今にも潰れそうな超常現象研究会に救いの手を差し伸べてくれる優しい人に……」

 

鞄から一枚の書類を出す希先輩。会員登録と書かれたその紙には希先輩と俺のフルネーム『桜井飛鳥』の名前が書き込まれている。その下の欄は何も書かれていない真っ白の空白だ。

即ち、この超常現象研究会には現状、俺と先輩しか部員が存在しないということを示している。

 

「幽霊部員でも良いから名前を貸してもらいたいだけやからね!」

 

ニッコリと蔓延の笑みを浮かべながらVサインを決める希先輩。一応唯一の後輩である俺は、占いや風水といったオカルト趣味に傾倒しまくっているこの部長さんのとてつもないポジティブシンキングに溜息しか出てこない。

 

「そんな物好きそうそういるわけないでしょ……」

 

というか、こんな胡散臭い活動内容を目前にしたら、逆に裸足で逃げ出す生徒が続出してしまうだろう。

この人って行動力の高さに反して、内容のズレ具合が凄すぎるんだよなあ。

本気で部員を増やしたいと思っているのか、ただ単に馬鹿騒ぎしたいだけのなのか、先輩とはかれこれ一年近い付き合いになるはずなのだがいつもニコニコはしゃいでるだけによく分からなかった。

 

「そんな物好き、いるやないの」

 

「……っ!?」

 

そう言って先輩は俺の目と鼻の先まで顔をグイッと近づけてきた。先輩と俺の視線が交差する。磨かれた翡翠を思わせる淡い色彩を放つ大きな瞳が俺の視界に飛び込んできた。

 

(いつ見ても綺麗な目だな……)

 

二つのライトグリーンの宝石をもっと奥まで覗き込みたい衝動に駆られてしまいそうだ。おまけに年頃の女性特有の華やかで甘そうな香りが俺の嗅覚と感情を刺激する。

魅力的な少女にここまで距離を縮められた場合、女性慣れした男ならば何かしらのアプローチを決行しただろうか?

無論俺はそんな人生経験は皆無。次に移した行動は……重なり合った視線を全力で逸らすという思春期の小・中学生染みたものだった。

 

「ここに……ね!」

 

あまりの気恥ずかしさに目を背けてしまった俺の胸元をツンツンと人差し指で突く希先輩。

ちょんと押されただけであって力が篭もっていたわけでもないのに、貧弱を地で行く俺の体は、先輩の急接近で少々冷静さを失っていたのもあって容易くフラついてしまった。

 

「そ、それは仕方ないでしょ。帰宅部よりどこかに所属している方が内申点で有利になるし、でも練習を強要される部活には入りたくなかったし……勧誘の際に『名前貸してくれるだけで良いから』って言ってたのは先輩ですよ!」

 

「あれー?そうやったっけー?」

 

口元に人差し指を当てながら首を傾げる。

 

「まあ、でも飛鳥君、幽霊部員を自称する割には思ったより部室に来てくれるし、ウチの手伝いも結構やってくれるし、これでもウチ感謝してるんよ?」

 

くすくすと笑いながら言われても信じれません。

 

「とにかく!僕が超常現象研究会に入ったのは偶然だし、先輩の手助けをやってるのも僕の気まぐれでしかないんですから!本気で超常現象研究会を存続させたいのなら、もうちょっと真面目に考えてみて下さい!」

 

「えー?これでもウチの頭を全力で捻って用意したベストなアイデアだったんやけどな〜」

 

ベストどころか潰れかけの弱小同好会にトドメを刺さんばかりの勢いですわ。

 

「全力で捻って何故胡散臭い新興宗教紛いの勧誘になっちゃうんですか……」

 

「まあ焦らない焦らない!ウチと飛鳥君で二人!あと三人集めれば部に昇格するんやから!たった三人よゆーよゆー!」

 

と、ここで俺はようやく先輩への用事を思い出す。俺は本来伝えたいことがあって部室に顔を出したはずだったのだ。が一連の謎の儀式のせいですっかり忘れてしまっていた。

先輩の『部に昇格』発言でようやく遥か彼方へ消えていた記憶を取り戻せた。

 

「あー……それがそうも言ってられなくなってるんですよ」

 

少々言いづらい内容だけにどうしても歯切れが悪くなってしまう。そんな俺の様子を不審に思ったのか先輩が眉を顰める。

 

「先輩も見ましたよね。廃校の告示」

 

俺は数日前に職員室前の掲示板に貼り出されていた『廃校……?』と痛烈な見出しで煽るに煽っていた校内新聞を回想した。

 

「ん……まあね。さすがにあれはおったまげたわ」

 

普段は脳天気を絵に描いたような女性であるはずの希先輩の表情が一気に曇る。そりゃそうだろう。自分が今在籍してる学校が数年後には更地になりますって言われたら戸惑うしかない。例え予想の範囲内であってもだ。

 

ここ国立音ノ木坂学院高校は近年、少子化と近辺地域のドーナツ化現象の煽りを受けて急激に生徒数を減らしている。特にここ二、三年は毎年クラスが一つづつ減っていく有様。今年の新入生に至ってはギリギリ一クラスを構成できる人数しか集まっていない。来年はもしや四十人も受験者がいないのではないかと言われている。職員室の先生方は今頃来年度入学希望者の予測に戦々恐々としているに違いない。

 

「飛鳥君の代で共学化してもこのザマやからなあ……今年の一年は一クラスだけだし、この調子ならいずれはその日が来るだろうとは思ってたけど、まさか自分の代で死刑宣告を突きつけられるとは想像もしとらんかったから」

 

死刑宣告ってのは流石に表現が大袈裟だが気持ちは分からないでもない。俺だって自分ではそこまでこの学校に愛着を抱いてなかったつもりだが、いざ自分の母校が消えて無くなるのだと面向かって宣言されても一切ショックを受けてないなんて言ったら嘘になる。

どうやら自分で思っていた以上にこの学校で過ごしてきた一年間は自分の中で大切な物になっていたようだ。ましてや俺より長い間、二年以上音ノ木坂の生徒として高校生活を送ってきた希先輩ならその想いは一層強くなっているはずだろう。

 

しかし、廃校を阻止しようと立ち上がった有志達の頑張りにも関わらず、古い伝統位しか誇る部分が見当たらないこの学校においては具体的な打開策も何一つ用意できずにいる。

インターハイ出場だとかT大合格者誕生だとかそんな中途半端な内容では駄目だ。なんせここ数年で急速に廃校に追い込まれた理由は"少子化だけではない"のだから。

 

と、まあ我が校に迫る危機について解説してみせたが、今ここで重要なのはそこではない。

 

「実は廃校の煽りで部活動全体の予算縮小と弱小部の廃統合が決まってしまいまして……同好会から部に昇格するには所属部員が九人以上と規則が変わってしまったんです」

 

「ええええええええええええっ!!!!!!」

 

希先輩の叫びが部室中をこだまする。ずいぶんとショックを受けているようだが、あいにく悪いニュースはこれだけじゃない。

 

「ですから、僕らが集めないといけないのは七人なんですよ。おまけに今後は弱小同好会に関しては強制廃部という可能性もあるらしくて」

 

「き、強制廃部?まさか決定事項なん?嘘やろ?嘘だと言ってよバーニィ……」

 

先輩の表情が青ざめていく。なんせ超常現象研究会は自他共に認める弱小部活。いざ淘汰が始まってしまえば真っ先に白羽の矢が立つのが目に見えているのだからこの反応も当然だ。

 

「いや、まだ決まってませんけど、生徒会長と先生がそう話してましたから……」

 

この世の終わりを見たかのように目から光を失った先輩がへなへなと床に倒れこむ。廃校よりもダメージ大きいんじゃないだろうか。

 

「あの……先輩……まだ決まったわけじゃないですよ!あまり気を落とさず……」

 

「そんなの……」

 

希先輩はゆっくりと立ち上がると、拳をぎゅっと握りしめて何かを決意したかのように叫ぶ。

 

「そんなのあかんよ!」

 

翡翠のような美しさだと比喩したライトグリーンの瞳には今、とてつもない火力の豪炎が燃え盛っている。

 

「これは我が音ノ木坂学院超常現象研究会始まって以来最大の危機や!このまま手をこまねいて見てるわけにはいかん!もっと頑張って部員を集めんと!」

 

部室を魔改造して大騒ぎしたり、激しく落ち込んだり、かと思えばすぐ復活してやる気を爆発させたりと本当に忙しい人だ。

 

「いや、先輩の場合、行動はしてるけど方向性がおかしいだけで……」

 

「飛鳥君、こんな重大な機密情報を教えてくれてサンキューな!生徒会に優秀なスパイを放っておいた甲斐があったというものやね!」

 

はい聞いてなーい。全力スルー。というかいつから俺は希先輩専属のスパイになったのだ。別にこんなの機密情報でもないし、近日中に全ての部活へ通達が行くだろう。それがほんの少しだけ早まっただけの話だ。

しかし、もはやツッコミに疲れつつあった俺は力無く適当に返事するしかできなかった。

 

「はあ……どうもありがとうございます」

 

「ふふふ……飛鳥君みたいな優しくて良い『後輩』がいてくれて助かったわ〜。やっぱり持つべきは『友達』やね!」

 

「『後輩』……『友達』……」

 

「俄然燃えてきたわ〜。早速新しい会報を作るための資料を集めんと!そうと決まれば、まずは秋葉原周辺のパワースポット巡りやな!なあに!ようするに残りの部員を七人集めればええってだけの話なんやろ?元よりガンガン部員が増えるなら三人も七人も大差ない!そうやろ?」

 

「……そうなんでしょうかね」

 

「じゃあウチは取材に行ってくるから飛鳥君は部室の片付けよろしゅうな!」

 

俺の返事を待つ間も無く、希先輩はバタバタとド派手な音を立てながら部室から出て行った。何やら面倒ごとを押し付けられた気がするが、今の俺はそれどころではない。

なんせ俺の心は酷く手痛いダメージを受けているのだ。

中学時代の友人が皆、近年誕生したオシャレで綺麗な学校に進学する中、俺だけが家庭の事情で音ノ木坂に行かざるをえなくなった時よりも重症かもしれない。

もはやオーバーキルと表現しても良いだろう。

 

「『後輩』……『友達』……」

 

何度も繰り返して呟く。

俺は希先輩から『異性』として見られていないという非情な現実を噛み締めている。

 

「はあ……」




漫画版をベースにした話を書いてる人が圧倒的少数派だったために一念発起して作ってみました。なお参考のために電子書籍をスマホにダウンロードしています。改めて見ると巻が進む毎に絵や言動がアニメに近くなっているかな?という印象はありますが、このまま独自の結末を迎えて頂きたいところ。近い内に連載再開とのことで楽しみです。
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