園田海未。
容姿端麗、成績優秀、友人からの人望も厚い、日本武術の達人、さらには実家は日本舞踊では有名な家系の嫡子という非の打ち所がないプロフィールの持ち主だ。
改めて見ると、まるで小説や漫画の登場人物みたいな超人。なんでこんなパッとしない学校を進学先に選んだのかよくわからないレベルだよ。
まあ少なくとも俺とはクラスが一緒にならなければ本来接点すら生まれなかったであろう存在であるのは間違いない。
「あ、あの……」
だから、俺がそんな有名人から突然呼び止められるなんてちょっと驚いた。いや、俺も性別のおかげで一応は校内の有名人かもしれないが、それは俺の実力一切関係ないわけだからね。
校門の外に出ようとしていた俺は一旦足を止めて、大きな桜の木の下で立ち尽くす園田さんの方に振り向いた。
「こ、この前は……その……」
園田さんは口元を袖で隠し、言いづらそうに、たどたどしく、それでもゆっくりと言葉にしていく。
「みっともない姿を見せてしまい……申し訳ありません!」
「……ああ、あれね」
すぐに思い当たった。この前の教室で高坂さんを威嚇してた時のことだろう。てっきり俺のことなんて眼中に無いとばかり思っていたが、全く気にしてなかったわけじゃないんだな。
「あの時の……あの時の私はおかしかったんです。昂ぶる感情を抑えられなくて……」
わざわざ謝るほどの物でもないのに律儀な人だな。元より園田さんに謝罪を求めたりしていないのだし、震えながら必死に頭を下げられたらこっちが逆に罪悪感を抱いてしまうじゃないか。
「いやいや、俺は全然気にしてないよ。別に俺が園田さんに怒られたわけでもないしね」
実際『彼女』が受けたショックに比べたら大したものじゃないだろう。だから俺はどうしても指摘したくなった。
「ていうかさ、謝る相手が違うんじゃないかなあ」
「え?」
俺の脳裏に蘇るのは、今のみたいな夕陽に照らされる中で意気消沈しきっていた高坂さんの後ろ姿だった。
「園田さんが教室が出て行った後の高坂さん、相当落ち込んでたよ。いつも元気に大はしゃぎしてる彼女らしくなかったと思う」
翌日にはいつも通りの元気な高坂さんに戻っていた。あれから気になって時々彼女の様子を眺めているのだが、どうやら剣道の代わりに始めた『何か』について精力的に活動しているらしく、むしろ以前に増してバタバタと学校中を駆け回っている姿が印象に残っている。表向きは。
「あの後高坂さんとはどうしたの?ここ最近教室じゃ全然口きいてみたいだけど?」
そう、俺の見ている範囲内では高坂さん自身はいつも通りだ。教室の中でも園田さんとは一言も喋っていないことを除いて、なわけだけど。正確には何度か声を掛けようとして園田さんがそれを無視しているのだが。
「あ、あの……穂乃果とは……その……」
あからさまにしどろもどろになる園田さん。俺の視界の外でも関係修復が全く上手くいっていないのが丸わかりじゃないか。
「絶交?もう二度と顔も見たくないとか?」
絶交というキーワードが俺から飛び出した途端、園田さんは目の色を変えて俺に食いかかってきた。
「そんなわけないじゃないですか!今こうして校門で立ち往生しているのも、穂乃果に会いに行こうかと迷っているからなのです!」
「え、う、うん」
お、おおう……いきなり血相変えて迫ってきたから驚いてしまったぞ。
「私と穂乃果は幼い頃からずっと一緒だったんです。今までだって何度もケンカしてしまうこともありました。けど、だからって縁を切るだなんて選択はありえません!絶対に!」
必死になって一気にまくしたてる園田さん。教室では見せない、感情を露わにしたその姿に俺は思わず面食らってしまった。
俺は両手でとりあえず落ち着いてとジェスチャーで応える。
「なんだ、本当は園田さんも仲直りしたいんじゃないの」
「あっ……」
顔を真っ赤にしながら俺から目を逸らす園田さん。この人もっとクールなイメージだったんだけど、今はわかりやすい程に表情が面に出ているな。もしかすると追い詰められると感情を隠せなくなるポーカーフェイスが不得手なタイプなのかもしれない。案外ババ抜きとか苦手だったりして。
「だったら速攻で会いに行って速攻で仲直りすりゃいい話じゃない。答えは決まってるわけだし」
おそらく園田さんは関係修復の是非を問いたいわけじゃないはず。本当はすぐにでも仲直りしたいけど、踏ん切りが付かないだけ。
「……そう易々と出来ないからここで立ち往生しているのですよ。それに私は……やはり穂乃果が剣の道を捨てたのが納得できずにいるのです。いえ、もしかしたら『裏切られた』と憎しみすら抱いてるのかもしれません」
おいおい、さすがにそれは大げさすぎんだろ。高坂さんが剣道部辞めた理由は知らないけど、いくらなんでも彼女に裏切りなんて意図があるわけないだろうに。
そんな俺の考えを読んだのか、園田さんは慌てて首を横に振る。
「も、もちろんそんなの身勝手な逆恨みだというのは理解しています!ですが、私の中で『許せない』という感情が渦巻いていて、どうしても消えてくれないんです。もし穂乃果に向き合ったら、私はこのどうしようもない思いをあの子にぶつけてしまうんじゃないかと想像すると恐くて……!」
そう言うと園田さんはまたもや俯いてしまった。うーん、この人、意外に結構な依存体質だな。全ては高坂さんが大好きすぎる反動、絵に描いたような『可愛さ余って憎さ百倍』て奴だ。
自覚があるのかはわかんないけど、高坂さんとの関係が崩壊したらとことん心が壊れてしまう気がする。ここは慎重に言葉を選ばないと悲劇が待ち受けているぞ。
「えっと、とりあえず……園田さんとしては高坂さんを何が何でも剣道部に復帰させたい、と願ってる?……て感じ?なのかな?」
慎重に進めようとするあまり最後は疑問符を乱発してしまった。それはともかく園田さんはまだまだ無反応。
「それとも本当は彼女を追いかけたいとか」
今度はピクッと体を震わせた。
「……今の私には穂乃果とどう接すればいいのか判断がつかないのです」
園田さんは顔を上げて遠くを見ているようだ。
「確かに幼少時より、突飛な言動と行動力で周囲を振り回し続けてきた人でした。物陰でひっそりと過ごしていた私を無理矢理かくれんぼに引き込んだり、隣町への冒険に連れて行かれて挙げ句の果てに迷子になったり、あるいは『綺麗な光景が見えるから』と高い木に強引に登らされたり……」
その時の光景が蘇っているのだろうか。園田さんはこの学校でも最も大きな桜の木に寄り添い、手のひらでそっと撫でている。
「武道の心得を持たない彼女が突然剣道を始めた時もそうです。おかげで元々は弓道部志望だった私も共に剣道部に入って世話を焼くようになったのですよ。追いかけさせられる身としては、あの子の行き当たりばったりはいい迷惑です!いつだって穂乃果は勝手なんだから!」
手のひらを握りしめる。我が校の桜の木の中でも最も齢を重ねている樹皮は少女の小さな拳に触れるだけでパラパラと崩れ落ちていく。
「今回だって!せっかく人一倍努力して私を追い抜いて大会で優勝したというのに、何が『剣道じゃこの学校を救えない』ですか!私と共に歩んできた剣の道は無駄だったと言いたいのですか!これからも穂乃果とずっと一緒に剣道を続けていけることが些細な願いだったのに……結局、あの子はそんなことお構いましに先にいつも全力で突き進んでしまう!」
園田さんの強く握りしめた拳は、小さな肩は、ワナワナと震えていた。
「ほんとに……ほんとに自分勝手な人!いつもいつも巻き込まれる羽目になる私やことりの気持ちを考えて下さい!」
……うん。それまで黙って聞いていた俺だが、今の彼女の叫びとは裏腹に別の思いを感じた。
「園田さんはさ……高坂さんの無茶に付き合わされるのが嫌なの?」
「え?」
さっきは高坂さんに振り回されるのは迷惑だと言い切っていたが、俺にはむしろ満更でもないように見える。なんせ嫌な思い出というのは記憶の奥底に封印してしまうのが人の性ってもんだ。なのに園田さんは幼少期の思い出をスラスラと淀みなく語っている。
本当は……楽しかったんじゃないのか?
「い、いえ、どうしても嫌だなんてそういうわけでは……ただ、単に迷惑千万というだけで……」
ハッとした様子で俺から視線を逸らす。意味は大して変わらないと思うんだが、今の歯切れが悪くなった園田さんにそんな判断は難しいようだ。明らかに動揺している。
「じゃあ今度も一緒に付いて行ってあげたらどう?頼りない高坂さんを助けに行ってあげるって感じで」
「そんな簡単に言わないで下さい!それに半端な覚悟で剣を捨てた穂乃果に続く道理などありませんよ!」
「うーん……半端な覚悟……本当にそうなのかな?本当に軽い気持ちで剣道部を辞めたのかな?」
園田さんの目が大きく見開かれた。
「いえ、だって……」
俺も高坂さんの真意を知らないけど、それは園田さんも同じことだったわけだ。
「俺は高坂さんがなんで剣道辞めたか知らないけどさ。今度もまた本気なのかもしれないよ。だって園田さんの言うことが正しいなら、彼女はいつだって
「べ、別に私は穂乃果が大好きだとかそういうわけでは……」
これだけ思い悩んでる姿を見せつけてたら説得力無いぞ。顔を真っ赤にして否定している園田さんにはお構いなしで俺は続けた。
「だから園田さんも今までみたいに、ひたすら全力で突っ走る彼女を追いかけていくのも選択肢の一つだと思うんだよね。ああ、俺は選択肢の一つを提示しただけだよ。最後に決めるのは園田さんだからね」
我ながら卑怯な誘導だ。俺は『園田さんの望みは既に決まっている』と確信している。選択肢を提示しただけと言いながら、実際には彼女が高坂さんの後を追いかけれるようにその準備を着々と進めてるわけだ。でも仕方ないよな。本人がそれを望んでいるんだから。
「園田さんが危惧してる通りに、もしかすると高坂さんは中途半端な気持ちで動いてるだけかもしれない。高坂さんは園田さんにとっての理想の高坂さんじゃなかったのかもしれない。だけど、せめて高坂さんが本気で『何か』取り組もうとしているかくらい、園田さん自身の目で確認してあげてもいいと思うんだよね。だって園田さんの知ってる高坂さんはいつも全力のはずなんだから。もうちょっと信じてあげていいじゃないの」
「私自身の……目で……」
今まで張り詰めていた様子の園田さんから憑き物が落ちていくのがわかる。ポカンと呆けた姿は隙を全く見せない普段の彼女とのギャップが大きい。
「高坂さんの思いを判断するのはそれからでも遅くないんじゃないかな、うん」
そして、その先から園田さんがどう行動するかも……
それから俺達は互いにしばしの沈黙を守っていた。園田さんは桜の木を真剣に見つめ続けている。
どれ程の時間が経ったか。いや、正面の時計を確認する限り大して過ぎてないようなのだが、俺としては体感的に無限の時が流れたように思えて仕方なかった。
「……そう……ですね」
園田さんがゆっくりと口を開き、俺達の沈黙は破られる。
「私、今から見てきます!この私の目で、穂乃果が成そうとしていることを!穂乃果の思いが本気なのか!」
もはや彼女から蔓延していた負の感情は感じられない。
「そして、もしもそれが剣に代わって選ぶ程の道であったのなら。穂乃果の思いが本物だったのなら。その時、私は……」
今まで彼女の感情を表すように色褪せていた、琥珀を彷彿させる黄金の瞳が輝きを取り戻していた。ここから見える夕陽の光にすら負けない程に眩い。
「桜井君」
園田さんが、俺に向かって微笑みかけている。……こんな優しい笑顔ができる人だったのか。背後の夕日が彼女の可憐さをより引き立てている。
……なんかすごい。手作りの日本人形のようだとか、怜悧な印象を与える整ったとか、余計な修飾語なんて一切必要ない。本当に、とにかく綺麗だ。そう表現するしかないって感じだった。
そして、そんな笑顔を向けている相手が俺自身なんだぞ?いったい何が起きてるんだって誰かに聞きたい。
ああ、まずい。まずいぞ。園田さんに対してこんな変な事考えてると、異性間交遊には潔癖性であろう彼女に知られたら俺の立場は……
「ありがとうございます!」
俺の苦悩は完全な杞憂だった。気づいた頃には園田さんは何処かへと駆け出していたからだ。
迷いを捨てたと思わしき園田さんは意を決したように校門の外へと飛び出していく。俺はそんな彼女を黙って見送る。
姿が見えなくなる頃には、園田さんと話している間は感じていなかったはずの気恥ずかしさが濁流となって急激に込み上げてくるのだった。
「う〜自分でも臭い説教を連発してしまった……恥ずかしい」
「うんうん。でもねえ、それもまた若さの特権なんやないかな〜」
ポリポリと頭を掻いている俺と、その隣でポリポリと鯨を模していることで有名な某スナック菓子を頬張っている希先輩。
いやー、そう言われてもドラマや映画みたいな輝かしい青春ごっこは柄じゃないと思ってるんだけどなあ。俺はただ静かに生活を送りたいだけなんだ、なんつって……
て、ん?ん?ん?
「いやー、青春してるねえ〜」
俺のすぐ横には当然のように希先輩がいた。
「ってええええ希先輩!」
「若いって良いよねえ〜。いや〜あんな可愛くて美人な女の子と桜の木の下でイチャイチャできるなんて全米が嫉妬せざるをえんわ〜」
先輩は袋に入っている最後の一個と思わしきスナック菓子を口の中に放り込むと、空になった袋をバックに回収しながら満面の笑みでこちらを向いた。口元はやけに釣りあがっている。
「よっ、憎いねこの色男!」
そんな……いつの間に……忍にでもなったのか……
「ぜ、全然気づかなかった!」
「ふっふ〜ん♪なんせオーラの出し入れは希ちゃんと2016の技の一つやからなあ」
断言して良いが、この人絶対残り2015も技を持ってないと思う。
て、そんなことより!
「まったく……いったい、いつから見てたんですか」
俺と希先輩は校門を出てから揃って同じ道を歩いていた。この人も俺も同じ秋葉原方面に家があるから途中までは一緒になるのだ。ただし俺は生徒会があるし、先輩は先輩で自分の予定に合わせて好き勝手やってるせいで一緒に歩く機会など極稀なのだが。
そんなせっかく貴重なチャンスも、今は怒りばかりが沸き起こっているせいで堪能する気分にもなれない。
「あの子が頭下げてた辺りからだよ♪一文字一句全て聞かせてもらったからね。覗き見はよくないなあと思いつつもついつい♪」
だったらほぼ全部じゃねえか。愉快そうにニコニコしてるくせして何がついついだ。うわ本気で恥ずかしい。いや、ここは敢えて堂々としているべきか。なんせ俺は迷える子羊に導きの光を届けてあげただけなのだから。何一つ後ろめたいことはない。
「だったらそんな色気づいた話題じゃなかったって先輩にもわかるでしょ。ただのお友達との仲の修復を手伝っただけの人生相談室ですよ」
「んもー、あっくんノリが悪い!」
誰があっくんだ。誰が。俺はジト目で睨みつけるが、この他人を引っ掻き回すのが大好きな先輩は全く悪びれない。
「あの子、二年の園田さんやろ?まさか飛鳥君とあんな仲良いとは知らんかったなあ」
やたらニタニタと笑っている希先輩。いけない。これは徹底的に弄られる流れだ。それは全力で抵抗させてもらう。
「いや、ただのクラスメイトですよ。俺がお近づきになるなんて恐れ多い」
「えー、普段はあんなにクールでお淑やかな子があそこまで怒ったり泣いたり笑ったりしてるんよ?君が特別な存在でなきゃ感情を晒したりせんと思うけどなあ」
そんなこと言われても今まで園田さんとは特に接点無かったんだから仕方ないだろう。本当にただのクラスメイトでしかないんだから。だいたい彼女が怒ったり泣いたりしていたのは高坂さんに対してだ。俺にも感情を晒したのは親友絡みの話題だったからに他ならない。もし園田さんにかけがえの無い特別な存在がいるとしたら、それは間違いなく高坂さんなのだろう。
「特別もなにも、まともに口をきいたのすらさっきが初めてです。というか彼女のことよく知ってますね」
「そりゃあ、あんなに可愛くて美人で勉強もできてしかも武道の達人で、おまけにやんごとなき日本舞踊一家の跡取り娘ときたら校内でも知らん方が珍しいくらいやん?ウチのクラスにもあの子をお姉様って呼びたいとか言ってる人いるんよ」
園田さんの方がその三年生より年下じゃねえか。まあ気持ちはわからなくもないけど。さっきはか弱そうにしてたけど、普段はすげえ頼りになりそうな凛々しい人だしな。
ぶっちゃけ俺なんかよりカリスマ性もあって生徒会向いてそうな気がする。
「そんな有名人と青春をエンジョイするだなんて、さすがウチの自慢の後輩やね!あ、でもあそこで『俺が代わりに君の心の傷を埋めてあげるよ』と言えなかったのは大きなマイナスやなあ。恋敵に塩を送るようなマネはあかんて」
なんで俺と高坂さんでトライアングラーしなきゃならないんだ。畏れ多いなんてもんじゃないぞ。そもそも俺は恋にドラマチックなんざ求めちゃいない。
いや、でも恋自体が既にドラマチックなのか?俺って彼女いない歴イコール年齢だからよく分からないけど。
「それより、なんで希先輩は例のなんちゃら巡りはどうなったんですか?」
露骨な話題逸らしだったが、意外にも先輩は待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。
「ふっふーん、実は件の秋葉原パワスポ巡りの資料が集まったんよモテ男君」
「モテ男君は余計です」
俺の反論は聞こえないと言わんばかりに、希先輩はカバンから紙束を取り出す。紙束を持たないもう片手は腰に当てて、やたら胸を張っていて自慢げである。
「いやー難儀やったわ〜。神田明神を筆頭に最高のスピリチュアルパワーを得られる優良なパワースポットの情報は山のように見つかったけど、そこから会誌に収まるように取捨選択するのはかなり手間が掛かってねえ。おかげで自分でも胸を張って送り出せる物が作れたつもりや。なんせ模試も近いのに勉強する余裕も無かった程やからね」
おい、最後に受験生としてマズい話が聞こえんたが。
「んで、大まかなレイアウトはもう決めてあるから、今回も飛鳥君にちょいちょいっと完成させてもらいたくて〜。それで丁度君の姿を見つけたら、なんや大和撫子さんと青春してるやないの。これは見逃すわけにはいかんとこっそり観察させてもらったというわけなんよ」
俺は希先輩の煽りを全力でスルーしながら、先輩謹製の会誌下書きを受け取った。うん、パラパラと数ページ確認してみたが結構本格的だな。毎度手伝ってきたのだから既知とはいえ、すごい情熱だ。このエネルギーを別のことにも活かせればいいのに。
「……別に構いませんけど、これで本当に部員が増えるんですかね?」
努力と結果が比例しないのは世の常。どんなに出来の良い会誌を完成させたところで、世間がオカルト趣味に対し共感を持っていなければ評価されることはない。
「当然やないの!なんせ希ちゃんがオススメする霊験あらたかな超優良パワースポットなんやからね!」
先輩は鼻息を荒くしながら俺が開いているページの一角を指差す。俺も名前だけは知っている秋葉原の神社仏閣だな。電気街として有名な秋葉原にこんな格式高い寺社があるなんて意外だ。きっと希先輩みたいにこの手の話が好きな輩には面白いんだろう。
オカルト興味無い俺にとっては、マジでいらない無用の長物な知識が脳の容量を圧迫してるだけだが。
「特にここ!この神社なんて良縁祈願に効果抜群なんよ!飛鳥君もどう⁉︎学院随一の美少女、園田さんとの仲の進展を祈って!」
さっきからこのネタしつけえな。しかもよりによって
「結構です!彼女とそんな関係は望んでいませんから」
「えー、勿体無いやない」
俺は自分の中の不快感を伝えようと露骨に不機嫌そうな顔をアピールしながら、キッパリと手で遮った。しかし、この人はこれくらいで引くような押しの弱い人間じゃない。胡散臭い関西弁も合わさって、まるで大阪の商売人だな。本人は生まれも育ちも秋葉原の江戸っ子とか言ってるけど。
「まあまあそう言わず。ここは滅多に無いチャンスなんやからー」
俺の中で堪忍袋の緒が切れた。
「だから、俺と彼女はそんなんじゃないって言ってるでしょうが!」
ついボリューム大になってしまった怒声が周囲に響いた。通りすがりの散歩中の爺さんがこちらを振り向いている。ごめんなさい、いきなり驚かせてしまって。自分でやらかしておいてなんだが、めっちゃ恥ずかしい。
「な、なにをそんなに怒ってるの?」
眉を八の字にして怯えたような目で俺を見つめる先輩。いつものおちゃらけた態度ではなく、図体のデカい男に怒鳴られて怖がっている小動物の如き弱った姿見せている。うう……ちょっと罪悪感。
「すいません」
「うーん、ウチもちょっとしつこく茶化しすぎたわ。ごめんな」
珍しく神妙な面持ちの希先輩。いや、反省してくれてるなら良いんだ。俺こそ苛立ちをぶつけて悪かったよ。という俺の罪悪感は次の先輩の台詞で容易く吹っ飛んだ。
「あ、でも実際ここって縁結びの御利益で有名なんよ?飛鳥君が本当に好きな人がいたら、その人とのご縁を祈っといて損は無いと思うなあ〜」
呆れた。只では転ばないとはまさにこの事か。なんてポジティブシンキングだ。つい下手に出たのをちょっと後悔してきたぞ。
「にひひ」
しかし、先輩がこうやって白い歯を覗かせながら屈託なく笑う姿を見ていると、何故だかもう仕方ないから今度だけは水に流してしまおうという気になってしまう。まあ結局は毎度毎度、今度だけは、が続いてしまうわけなんだけど。この手の憎めないキャラってほんと得だなって思うよ。
「あれ?」
先輩が笑うのを止めて訝しげに辺りを見渡し始めた。
「何か聞こえてきいへん?」
一瞬また先輩が変な事を企んでいるのかと警戒したが、どうやらその様子は無い。俺は先輩に合わせて聞き耳を立てた。
……確かに聞こえてくる。音楽かな?
「本当ですね。公園の方?」
謎の音楽の出処を探っていると、桜並木が咲き誇る手前の公園が目に付いた。
一見真新しく綺麗だが、なかなか曰く付きの公園。
俺はここ、秋葉原に隣接する古い街並みを残す都内の下町『淡路町』に住んでいるわけじゃないからチラッと話に聞いているだけだが、この近辺の過疎化は相当悲惨な状況らしい。その象徴がまさにこの公園だと言えた。
どうやら元々少子化の煽りを受けて廃校になった小学校の跡地らしく、次の建築が始まるまで一時的に公園として開放しているのだと聞いている。俺の出身校は一応まだ健在とはいえ、同じく少子化が進んでいるために予断は許されない状況だから他人事じゃない。
奇しくも高校の方が先に廃校決まってしまったけどね。
それはともかく希先輩の言及した音楽は公園の奥から聞こえてくようだ。そこには意外な顔ぶれが並んでいた。
「あれは園田さん……と高坂さん?」
だけじゃない。二人といつも一緒に行動しているクラスメイト。それと見知らぬ少女が二人。制服のままの園田さん以外はみんなTシャツとジャージというラフな格好をしているために断言はできないが、同じ音ノ木坂の生徒か?
少女達は満面の笑みを浮かべながら抱きしめ合っている。中心にいるのは仲違いしていたはずの高坂さんと園田さんの二人だ。その光景を見ただけで俺は安堵した。
「良かった良かった。あの二人、仲直りができたんだな」
ついつい俺も嬉しくなってうんうんと頷いてしまった。これで迷える子羊が二匹救われたわけだ。ここは功績を讃えてスネイプ先生から百点くらい貰いたい気分。
そんな悦に浸る俺の心境を一変させたのは、再び聞こえてきた謎の音楽だった。
「あれえ?これって今流行りのアイドルソングやん?」
「はえ?」
思わず変な声が出てしまった。いや、だってそうだろう。高坂さん、園田さん、そして二人と仲良しグループであり、同じ俺のクラスメイトの南さんを含めた五人の少女達は、CDラジカセから流れ出る軽快なメロディに合わせて突然踊りだしたのだから。
あまりの突然のことに固まった俺に対し、隣の希先輩は愕然とした様子で震えていた。
「も、もしかしてあの子ら音ノ木坂の新しいダンス部か何かなん⁉︎うわあああ!こうしていられへん!ただでさえ今年は新入生は少ないのに、このままオシャレな新興クラブに新入部員を取られたりしたらあかんよ!」
突然握り拳を作りながら何処かへと走り去っていく希先輩に目もくれず、俺が完成品作るのにどうするつもりだというツッコミを入れる余裕も無く、俺は眼前に広がる光景に言葉を失って呆気を取られていた。
四月も既に終わりが迫っているこの時期、並木に囲まれた小さな公園では風が吹く度に桜の花びらが舞い落ちる。五人の少女達は夕暮れの中で、桃色の花吹雪に彩取られながらステップを刻んでいく。迷いなきその姿は、美しく、気高く、まるで……
「まるでアイドルじゃないか」
俺の小さな呟きは夕暮れの公園を支配する旋律の中で容易く掻き消されていったのだった。
どうして今回一万字超えてしまったんだ。ぶっちゃけこの作品は恋愛物書いた経験の無い私にとって練習を兼ねた実験台でもあったんですがね。もっとスピード重視で作ってパッパと更新するつもりだったのに。