パラレルワールドの女神達   作:藤川莉桜

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どうもお久しぶりです。半年の空白だというのに全くお気に入りが減っていないのはありがたい限り。
今回は漫画版知ってる人にはわかるでしょうが、セリフの内容をかなり改変してます。文字媒体の小説と絵が中心の漫画ではそのまま同じにしても厚みが違いすぎますからね。全体的に長くしてます。


その5

「ばっかじゃないの!俗物!いつもいつもお金とか地位の事ばっかり考えて!」

 

 自分で言うのもなんだが、俺は俗物と呼んで差し支えないと思う。

 俺は金が好きだ。だから一円たりとも無駄にするのが許せない。

 俺は地位が好きだ。なんせ生徒会に入ったのは教師達に気に入られるためだからな。

 そして、旨い食物も好きだし、異性にも人並み程度には興味がある。

 創作の登場人物達のように無償で愛を振り向いたり、驚異的な無欲っぷりを発揮したり、そんな器は全く持っていない。

 

「……」

 

「あ、あ、あ……」

 

 しかし、まさか朝っぱらから見知らぬ赤毛の少女から正面きって俗物呼ばわりされるとは思わなんだ。

 朝登校していたら、突然横道から現れた美人から罵られるなんて滅多に味わえないシチュエーションだ。まあ、俺はさすがにこんなことで喜ぶマゾヒストではないけどな。

 

「……」

 

「いや、あの……そんなつもりは……」

 

 俺と同じ音ノ木坂の制服に袖を通している少女は仰天している様子で何か言いかけているが、混乱のせいか口籠っていて聴き取りずらい。

 少女が固まっている間に、俺は改めて少女の全身を一瞥した。十代の日本人女性としては高めの身長、鮮やかな赤色の癖っ毛、そして形の綺麗なツリ目。ずいぶんと目立つ容姿をしている割には俺の記憶に全く無い。制服も真新しいようだし、たぶん一年生か。

 

 そうだな。先輩として高校デビューで浮かれている新入生に少し教訓を与えてあげないと。

 

「大丈夫だよ、俺は気にしてない。でもさ、いくら事実でも、女子高生が朝っぱらから見知らぬ相手に俗物だなんて正面から言うもんじゃないぞ?常識と品性を疑われてしまう」

 

 いや、本当は決して全く気にしてないわけじゃないんだけどね。痩せ我慢って奴です。

 

「まあ頑張れ」

 

 顔を引きつらせたまま固まって動けない少女の肩をすれ違いざまにポンと叩いて俺は通り過ぎていく。

 

「あ、あれは……アンタに言ったんじゃないわよおおおおお!!!!」

 

 少女の叫びが辺り一帯にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへえ〜着いた着いたー。あーだる〜」

 

 既に一年近く目にしてきた校門にようやく到着した。ただそれだけのはずなのに、貧弱さゆえ体力を凄まじく消耗してしまった俺は腕を高く伸ばして軽いストレッチ。秋葉原の有名私立に通っている旧友は毎日バスによる送迎なのだから羨ましい限りだ。

 しかし、往来で独り言を呟きながらストレッチに励んでいる俺は端から見たらどう映るんだろうか。少し気になった俺は背後に首だけ回して視線を移す。と、その時だ。余計な奴まで俺の視界に飛び込んできた。

 

「ちょっと二年のあんた!待ちなさいよ!」

 

 先程、人を俗物呼ばわりした一年生が肩が揺れる程に呼吸を乱した状態で俺を呼び止める。この学校周辺は結構に坂道が多いせいで、慣れない新入生に対して通学という名の試練を例年与え続けている。かく言う俺も今でこそとりあえずは平気な顔して校門に辿り着けるようにはなったが、入学したばかりの頃はヒイヒイ喚きながら通学コースに毎日立ち向かっていたものだ。

 

「なんだよ鼻息を荒くして。ストーキングか?」

 

「違うわよ!変な誤解されたままじゃ嫌なだけだってば!」

 

 ちょっと軽くからかってみただけなのに、こんなにまで怒り心頭で反論してくるとは。派手な容姿に反して、意外と冗談の通じない程の真面目な性格の持ち主なのかもしれない。

 それにしても他人を弄るのってこんなに楽しいのか。少しだけ希先輩の気持ちがわかってしまったのが悔しい。

 

「誤解って……別に俺は気にしてないって言っただろうに」

 

「だーかーら!俗物ってのはあんたに言ったんじゃないの!アレは私のパパとママに……」

 

「すいませーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!!!!!」

 

 赤毛の少女はまだ何か言いことが残っていたようだが、突然校門より外側から聞こえてきたその声に俺の意識は持っていかれた。

 

「そこの人達ちょっと退いてくださーーーーーーいっ!!!!!」

 

 俺のクラスメイトにして、公園にてダンスを披露していた少女の一人、高坂穂乃果さんだ。

 この間の暗く沈んだ姿は何処へやら、すっかり以前の元気な彼女に戻っていた。元気すぎてむしろ注目を浴びまくっているのはご愛嬌。俺以外の生徒達もなんだなんだと視線を飛ばしている。

 

「おっと!」

 

「きゃっ……ちょっと何よ危ないわね!」

 

「ごめんなさーーーーーーいっ!!!!!」

 

 俺と件の一年生の間を潜り抜けるように全力疾走する高坂さんは、そのまま減速することなく校庭の端へと向かって行く。あまりにも鬼気迫った様子に俺達は反射的に道を譲った。

 

「み、みんなおまたせ〜!」

 

 彼女が立ち止まった場所には、先日公園でダンスを披露していた五人組が集まっていた。

 

「ぜえ……ぜえ……遅れてごめんなさい!朝がちょっといろいろ揚げまんじゅうでーー」

 

息を切らしているからか、焦っているからか、何やら支離滅裂になってしまっている。

 

「あ!揚げまんじゅう?いいなあ……花陽も大好きです!」

 

「かよちんはほっぺがもうセルフ揚げまんじゅうだよね!ぷっくりぷにぷにしてて、とってもおいしそ〜」

 

「り、凛ちゃん?」

 

「いっただっきまーすっ!」

 

「ひえ〜ん!やめてよ凛ちゃん!ダレカタスケテー!」

 

 ショートカットのボーイッシュ少女が大人しそうな女の子にかぶりつくこうとした瞬間、誰かが手を伸ばして二人の頭を撫でた。

 

「ほらほら、もう時間があまり無いんですから、いつまでもじゃれ合ってたら駄目ですよ」

 

「あ、海未ちゃんごめんなさい!それもそうだね!よーし!」

 

「た、助かりました……ありがとう海未ちゃん……」

 

 ショートカットの少女は両手を握り締める。その瞳には炎がメラメラと燃え盛っているかのような情熱に満ち溢れていた。

 

「学年では海未ちゃんが上だけど、アイドルとしては凛達の方が先輩なんだからね!今日は必ず良いとこ見っせるにゃー!」

 

 あざとさ全開の猫語を駆使しながら少女は拳を振り上げた。気合は十分のようだが、さっきのやりとりからして既に園田さんに世話を焼かれているようにしか見えないのだが……

 

「ふふふ……では、お手柔らかにお願いしますね凛先輩」

 

「えー、一応冗談で言ってるんだから、真面目に返されても凛困っちゃうにゃー」

 

「ほんの数日なんだから先輩って程でも無いと思うけど……そう言われるとなんだか緊張しちゃうよ〜」

 

「まあ、なにはともあれ!ミュージックスタート!」

 

 遅れてやってきた高坂さんの号令と同時にCDラジカセから大音量のダンスミュージックが流れてきた。少女達のダンスも始まる。概ね通行人達は興味津々な様子で彼女達をチラチラと眺めている。しかし、一方で満面の笑みと共にダンスに興じる彼女達に対し、胡散臭い物を見るような目をしながら疑問符を浮かべている人物もいた。俺の目の前にいる赤毛の少女だ。

 

「……何あれ?」

 

「何って、アイドルの真似だろ?」

 

 TVでも最近頻繁に流れる()()()()アイドルが歌う軽快なメロディに合わせて、五人の少女達が華麗にステップを刻んでいく。素人の俺から見ても技術面は拙いとはいえ、その姿はアイドルそのものに思えた。俺はそんな感想をストレートに伝えたつもりだったのだが、赤毛の女の子にとっては不満な回答だったらしい。

 

「そんなのは言われなくてもわかってるわよ。私が言いたいのはなんであの子達がアイドルの真似事なんてしてるのかって話。新入生歓迎会もこの前終わったし、校内のイベントはしばらく無いはずでしょ」

 

 それに関しては俺も疑問なんだよな。

 加えてもう1つ気がかりな点がある。それはつい最近になって高坂さんが突然剣道部を辞めたということだ。そんな彼女がかつての朝練の時間を歌とダンスのレッスン費やしているわけで……

 

「あ!一昨日発売されたばかりのUTXの最新シングルだー!」

 

 特に身にもならない問答を繰り広げていた俺達の間をぬってひょっこりと顔を出す女生徒が一人。その少女は俺が知ってる人物だった。

 

「この前の……」

 

「誰?」

 

 歳上とは到底思えない小さな体と童顔が特徴的なおさげの先輩は、流れる音楽に合わせてリズムを取り始めた。そして、ひとしきり高坂さん達のダンスを鑑賞した後、大袈裟にクルリと回ってこちらに向き直った。

 

「『A-RISE』素敵だよね!あの人達が出してるナンバーはどちらかと言うとクールでカッコいい系のダンスミュージックが多いんだけど、今回の新曲は可愛さを前面に押し出してて意外性満載!特にサビの部分を歌ってる時のツバサちゃんのキュートさはいつもとのギャップが大きくて、にこもメロメロになっちゃいそうにこ♪」

 

 俺には理解不能な謎の言語で一気にまくし立てた小さな先輩は、にこやかな笑顔を見せながら視線を俺に合わせる。

 

「ね!後輩くんもそう思うよね?」

 

「へ?」

 

 え?なんでよりによって俺に話振ってくるの?

 

「バッチリ眺めてたみたいだから、もしかして後輩くんってアイドルに興味あるのかなーって。真面目そうな顔して、なんだかんだやっぱり年頃の男の子なんだね〜」

 

 おさげの先輩は腕を組んでうんうんと頷く。

 

「でも、後輩くんや今踊ってる子達が憧れちゃうのも仕方ないと思うにこ。だってUTXって本当に可愛いんだもん。あーあ、にこもUTX行きたかったな〜」

 

「いや、俺は……」

 

「あらいず?つばさ?」

 

 突然話題を振られて言い淀む俺にとってある意味助け舟になったのは、わけがわからないと言いたくて仕方ない様子の赤毛の少女。

 

「ま、まさか……よりにもよって新設校のUTX学園からデビューしたあの大人気スクールアイドルユニットの『A-RISE』を知らないにこ!?」

 

 疑問符を浮かべている彼女を見て、おさげの先輩はまるでこの世の終わりに直面しているかのような驚愕している。

 

「……私、アイドルとか興味無いし」

 

 あれだけ毎日テレビに映り込んでるあのA-RISEを名前すら知らないとは逆に凄い。芸能界や流行に疎い俺ですら曲は知らずともグループの名前だけはわかるのに、どんだけ世間一般から乖離しているというのだ。

 

「ふーん、でもその割にはさっきからチラチラと見てるにこ。素直じゃないにこ」

 

「べ、別に見てなんかないわよ!ていうかさっきから気になって仕方ないんだけど、その『にこ』って語尾なんなわけ⁉︎どういうキャラなのよ!」

 

 髪のように頬を赤らめながら少女が異議を唱えると、先輩は待ってましたと言わんばかりに両手を広げながらクルリと一回転する。見事にポーズも決めて、Vサインを俺達二人に突きつける。

 

「だってにこはにこだもーん。三年の矢澤 にこ。気軽に、にこちゃん、にこにーて呼んでくれたら嬉しいな♪」

 

「へ?」

 

 赤毛の少女は口をポカンと開けて間抜け面を晒している。言わんとしていることは大体予想がつく。俺と同じ感想を抱いたのだろう。

 

「さ、三年?まさか……嘘でしょ?」

 

「ネクタイの色を見ればわかるだろ。正真正銘、俺達の先輩だよ」

 

「てっきり同い年とばかり……」

 

 赤毛の少女は同世代の女子生徒達に比べて背も高くて顔立ちも大人びている。リボンさえ隠せばむしろ三年生でも通じるだろう。それだけに、隣にいるこの矢澤にこ先輩の容姿もより幼い印象を抱かせているのだ。

 

「むー……後輩くんも真姫ちゃんもちょっと失礼じゃない?あ、でもー。ようするにそれだけにこが可愛いってことだよねー!二人共ありがとにこー!」

 

 一瞬頬を不満げに膨らませていた矢澤先輩だが、見事なまでのポジティブシンキングですぐさまとびっきりの笑顔に戻っていた。

 

「ちょ……ちょっとちょっと!そんなことより、なんで私の名前知ってるのよ!」

 

 そう言えば、俺こいつの名前知らなかったな。いつまでも形容詞で呼ぶのもアレだから、脳内で赤毛の少女のデータにその名を書き加える。よろしく頼むぜ真姫ちゃん。第一印象最悪だからぶっちゃけあんまり関わりたくないけど。

 

「だって学校の中じゃちょっとした有名人だよ、新入生の西木野 真姫ちゃん。あの西木野総合病院の跡取り娘で、すごく頭良くて、すごく美人だって評判!」

 

「西木野総合病院って……」

 

 ちょっとだけだが軽く驚いてしまった。だが、そうならない方が珍しいだろう。この一帯に住んでいる人間ならば。

 西木野総合病院はこの近辺では一番大きく、最新の設備が整っていることで有名な病院だ。そこの院長の娘だというのが本当なら相当なお金持ちのお嬢様だ。

 しかし、だったら何故わざわざこんな学費の安さだけが取り柄みたいな学校を進学先に選んだのだろうか。勉強も出来るってんなら有名私立だって選び放題だろうに。

 

「……家と私は関係無いわよ。別に病院も私の物じゃないし」

 

「でも、いずれは真姫ちゃんが継ぐんでしょ?すっごーい」

 

「そ、そりゃあ、一応今はそういう予定だけど……」

 

 褒められるのは満更でもないらしい。髪を弄りながら、目を背ける。その時だ。矢澤先輩の目がキラリと光ったように見えた。

 

「隙あり!はい、にっこにー!」

 

 カシャッ

 

 スマホに内蔵されたスピーカーから本物のカメラを模したシャッター音が鳴り響く。いつの間にか真姫とにこ先輩の二人が横に揃って写真を撮っていた。

 

「や、やだ……ついうっかりピースサインしちゃった……」

 

「やーん!真姫ちゃんったらすっごく可愛く撮れてるにこ!まるでアイドルみたい〜。これはにこだけの物にしてたらもったいないよね!」

 

「え、ちょ……」

 

 戸惑う真姫を尻目に、にこ先輩は目にも留まらぬ速さでスマホのキーボードで文章を書き込んでいく。

 

「『にこの新しいお友達を紹介しまーす!美人で頭良くてスーパーお嬢様な真姫ちゃんでーす!みんなも今後ともよろしくお願いしますにこ♪』っと。はい、送信!」

 

 一瞬スマホの画面が見えたが、幸せを運ぶという青い鳥をトレードマークにした某有名SNSが表示されていた。

 

「ちょっと!なに勝手をアップしてるのよ!肖像権の侵害よ!」

 

 真姫は顔を真っ赤にしながら先輩に詰め寄る。そのままスマホを奪い取ろうとしたようだが、先輩にはすんでの所で避けられてしまった。

 

「別に減るもんじゃないし、真姫ちゃんのお尻のように大きい心で許してにこ〜」

 

「減るわよ!寄越して!さっさと消しなさい!それとお尻の大きさは余計でしょ!」

 

 ますます憤慨した様子の真姫はがむしゃらに掴みかかろうとしている。それに対して、追われているはずのにこ先輩は余裕綽々で真姫の追撃をひらりと躱し続けていた。ペロリと舌を出して真姫を挑発して満足気な先輩はそのまま俺の方に振り向いた。

 

「もう遅いよ〜。ささっ!次は後輩くんの番にこ!」

 

 突然スマートフォンのカメラを向けられる俺。

 

「え?俺?」

 

「はい、にっこにー!」

 

 あまりにも唐突だったために、素っ頓狂な声をあげながら自分を指差すことしか出来ない。

 

カシャッ

 

 同意も拒否も表明する余裕を全く与えられないまま、先輩のスマートフォンからシャッター音が鳴った。

 

「『今日はにこにーの大ファンだって言ってくれる男の子と会っちゃいましたにこ!にこの学校の後輩なんだけど、真面目そうに見えて可愛い女の子が大好きなんだそうです♪でも残念!にこにーはみんなのアイドルだから、いくら可愛い後輩くんでも独り占めされるわけにはいかないの!ごめんね♪』っと」

 

 な、なにいいいいっ!?その文章じゃ、どう考えても俺は危ないムッツリ変態野郎にしか映らないだろうが!

 

「お、お願いします!どうかそれだけは!それだけは勘弁して下さい!」

 

 冗談じゃない!このままじゃ俺の世間体は崩壊するじゃないか。

 

「えー、せっかく素敵な写真が撮れたのにー」

 

「全然素敵じゃない!」

 

 俺は先程の真姫と同じようにスマホを奪おうと手を伸ばすが、結局は同じように小さな先輩の体躯と身のこなしに翻弄されるばかりだ。

 

「そいつなんてどうでもいいけど、私の写真はダメよ!絶対!」

 

「それはこっちのセリフだっての!」

 

 俺だって先輩に対して欠片程にも敬意を払わない傲岸不遜女なんざどうでもいいわ!図らずも共同戦線を張るはめになった俺達二人は先輩のスマホへと同時に手を伸ばす。

 

「きゃっ、二人共怖〜い。早く逃げるにこ〜!」

 

「ちょっと待ちなさい!コラァッ!」

 

 とても年頃の少女とは思えないドスの効いた怒声を放ちながら先輩を追いかける真姫。しかし、その振り上げた拳は突如としてゆっくりと下された。

 

「え?何よアレ……」

 

「アレ?」

 

ぴゅーーーーーーん

 

ぼふっ

 

 真姫が指差した先に顔を向けた瞬間、俺の視界は暗転した。

 

「ぶふっ!」

 

 塞がれたのは視界だけじゃない。鼻と口までもが何かに覆われている。よくわからないが、感触的にビニール製でモジャモジャした感じの何かだ。

 

「わー!わー!なんだよこれ!何も見えないぞ!」

 

 あまりにも突然のことに冷静さを失ってしまった俺は、思わず手足をジタバタと動かす。

 

「ぼ、ボンボン?」

 

「ご、ごめんなさーい!失敗して飛ばしちゃいました!……って、あっ、桜井君だ。おはよう桜井君。何してるの?」

 

 俺はようやく冷静さを取り戻し、顔に引っ付いた物を引き剥がした。チアガールや小学生がダンスでよく使う、ビニール製のボンボンだ。話の流れからしておそらく高坂さんが投げ飛ばしたボンボンが、俺の顔面にジャストヒットしたのだろう。

 

「何してるも何も、君のボンボンを顔面から受け止めたんだ」

 

 静電気で俺の髪を見事なまでに乱してくれたボンボンを高坂さんに突き返す。高坂さんは面目無いと言わんばかりに笑いながら頭の後ろを掻き始めた。

 

「あーそうなんだー。いやー、ごめんねー。つい勢い余っちゃって」

 

 勢い余ってとは一体どんな状況のダンスだったんだ。

 しかし、びっくりした。俺は内心の動揺を見せないようにするため、何事も無かったかのように無表情を貫いたままズレてしまった眼鏡を直した。

 

「『つい勢い余って』でここまで飛ばしちゃうなんて、流石は元気印の穂乃果ちゃんにこ!」

 

 俺がボンボンを顔面から被る羽目になった原因を生んだ戦犯が、よりにもよって俺の背後からぴょこんと顔だけを出した。いつの間にそこへ移動したんだ。

 

「あれ、あなたとは初対面……のはずだよね?どうして私の名前を?」

 

「あれれ?もしかして自覚無いの?穂乃果ちゃんは学校の中じゃ有名だよ〜。老舗和菓子屋の跡取り娘で、いつも元気で、剣道も強くて、しかも可愛い!」

 

 矢澤先輩はぴょこぴょこという擬音が似合いそうな軽い足取りで高坂さんに迫る。自身の名前通りにニコニコ笑顔で距離を詰めていく彼女の遠慮ないスキンシップとストレート過ぎる賛辞の数々に、流石の元気娘も恥ずかしくなってしまっているようだ。軽く頬を紅色に染めている。

 

「そ、そうなの?た、大したことないと思うけどな〜」

 

「あなた……よくそこまで知ってるわね」

 

 感心、というより呆れたといった様子の真姫。俺も同感だ。同級生の俺でも老舗の和菓子屋云々の下りは知らなかった。真姫の個人情報といい、この小さな先輩はどうやらずいぶんと優れた情報網をお持ちのようだ。

 

「なんせ校内の可愛い女の子はみんな隈なくチェックしてるからねー。にこのことは美少女ハンターにこにーと呼んでくれても構わないにこ」

 

「なにそれ、意味わかんない」

 

 もはや呆れすらも通り越したのか、真姫は頭を抱えるようなポーズ取っている。

 

「可愛いのはあなたの方だよ!えっと、にこちゃん……だっけ?ねえねえ!良かったら穂乃果達と一緒にスクールアイドルやらない?今メンバーを募集してるんだけど、なかなか誰も来てくれないの!」

 

 高坂さんの口から『アイドル』という単語が出てきた時、矢澤先輩の瞳はキラキラと星のような輝きを放ち始めた。

 

「スクールアイドル!?すごーい!まるでUTXみたーい!んー……でも、にこにアイドルなんてやれるかなー?穂乃果ちゃんも他の四人もみんな美人過ぎて気遅れしちゃいそうにこ」

 

「そんなことないよ!穂乃果よりもにこちゃんの方がすっごく可愛いし……ってよく見たら先輩!?」

 

「あ、学年とか気にしなくて良いよ。気軽に、にこって呼んでね。それともう一人、アイドルやれる位可愛い女の子がいるんだけど」

 

「本当!?誰々!?」

 

「しかもー♪その子ったらアイドル活動に興味津々でー♪」

 

 ここまで来れば誰を指しているのかくらいは俺でも察しがつく。そして、そんな当のアイドルをやれそうな可愛い女の子さんも俺と同じだったらしい。

 

「あ、もうホームルームが始まるわ!急がなくちゃ!」

 

 全力でこの場からそそくさと逃げ出す真姫。運動苦手そうだけど逃げ足は早いんだな。さらばだお嬢様。面倒くさいからもう会わないことを祈る。

 

「穂乃果ちゃーん!もう時間だよ!そろそろ教室行かないと!」

 

「わかったよことりちゃーん!じゃあね、にこちゃん!もし興味があったらアイドルの件はよろしくお願い!」

 

 五人のアイドル軍団も早々と退散を始める。他の生徒達も早足で校舎へと駆け抜けていってるようだし、今ここで悠長に残っているのは俺と矢澤先輩だけだ。無論、皆勤賞を狙う俺も遅刻するわけにはいかない。俺は皆と同じく鞄を抱えて歩き始める。

 そして、隣には何故か俺と歩行速度を同調させる矢澤先輩の姿があった。

 

「ねえねえ、後輩くんはにこのアイドル姿見てみたいと思う?」

 

 なかなか答えに困る質問である。

 

「えー、まー……似合う似合わないの話だったら間違いなく似合うと思うし、アイドルなんて好きなようにやれば良いんじゃないですかね?」

 

 俺はお茶を濁すように当たり障りの無い言葉を選んだつもりだった。しかし、この先輩にとっては大いに不満な返答だったようだ。

 

「ぶー!後輩くんが見たいかって聞いてるのにー。まあいいや。後輩くんは真姫ちゃん並のツンデレ属性持ちってことにしておくからね!」

 

「いや、意味わかんないから!なにこの理不尽⁉︎」

 

 勝手に俺に変な特徴を付け足した矢澤先輩は、あまりにも理不尽な仕打ちに打ちひしがれる俺に目もくれず、そのまま先に校舎の中に入っていった。

 

「音ノ木坂学院スクールアイドルかあ。ふふふ……面白くなってきたにこ」

 

 一瞬見えた兎を思わせる彼女の赤い瞳に、怪しい光が灯っていたのは見なかったことにしておこう。きっと気のせいだ。うん。

 

「な、なんだかどっと疲れが出てきた。早く俺も教室に行こう……」

 

 ただ登校してきただけなのに滅茶苦茶精神を磨耗してしまったようだ。おまけに謎のアイドル集団といい、新学年早々俺のこの先が思いやられるわ。

 

「あれ?そういや俺なんか忘れてないか?」

 

 あ、そう言えば……矢澤先輩に撮られた俺の写真消してねえなあ⁉︎

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