パラレルワールドの女神達   作:藤川莉桜

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他にも作品を複数抱えてると更新頻度ゲキ落ちしちゃいますよね。本当は進めたいんですけどね。最近SIDを一気見したので、アニメと全然違うにこちゃん早く書きたくなって本作のモチベーション上がって来た次第です。


その7

「さっきから黙ってれば穂乃果先輩が一生懸命考えて始めたアイドル活動をさんざん馬鹿にして!もう我慢できないよ!」

 

 眉間に皺を寄せながら、ショートカットの一年生は大股歩きでずんずんと迫ってくる。

 

「いや、俺は別に馬鹿にしてるわけじゃ……」

 

 ボーイッシュな外見とはいえ、やはり体格は中学を出たばかりの少女に過ぎない小柄な部類。俺が同世代の中でも痩身長躯なのを考慮しても、俺達の身長差はかなりの物。

 にも関わらず、俺は彼女の迫力に思わず身を仰け反らせる。よっぽど気が立っているようだ。ギロリとひと睨みすることで俺の弁解を容易く遮った。

 

「穂乃果先輩のこと……ほのかちゃんのことなんて何も知らない癖に馬鹿にするにゃっ!このわからず屋のイジワル男ー!!!」

 

「凛ちゃん落ち着いてよお……」

 

 イジワル男だと?別に何処の学校の生徒会だってこんなもんだろ。学生の好きなように任せる自由な環境なんて漫画の世界でしか保証されていないのが現実だ。

 とはいえ、それをストレートで言ってしまうのも可哀想だしな。ここは世間知らずで夢見がちな少女にコンコンと諭してやるとするか。

 

「ああん?んだとこら。先輩に対して口の聞き方がなってねーんじゃねえのかこら」

 

 と思っていたはずなんだが……

 つい怒気を含んで漏らしてしまった。確かに俺は高坂さんことは剣道が強いのと授業中の居眠りで先生によく叱られている以外は何も知らないが、よりにもよって今日会ったばかりの一年小僧なんぞから好き勝手コケにされる謂れは無いぞ。

 ったく、今朝の赤毛といい、このにゃーにゃーうるさい猫娘といい、今年の一年生の礼儀はどうなってるんだ?

 

「ふーんだ!お前みたいな性悪男なんて先輩扱いするもんか!ほのかちゃんは凛が入学するずっとずーっと前からこの学校を守ろうとして頑張ってたんだにゃ!」

 

 不機嫌さ全開にした俺にも臆することなく、逆に睨み返してくる。

 

「凛知ってるよ!ほのかちゃんは泣いてた!この学校を有名にするために、剣道の大会で優勝して新入生に来てもらおうと思って、辛くても毎日剣道の練習だっていっぱい頑張ってたんだよ!でも、それでも駄目だったから!だからほのかちゃん……いっぱいいっぱい泣いてたにゃ!」

 

 そう言うこの猫娘自身が目元に涙を溜めていた。

 

「ほのかちゃんは今度こそ音ノ木を守るためにアイドルを目指してるんだよ!それもこれも、先輩のような音ノ木のことなんてどうでもいいと思ってるいい加減な人が生徒会にいたからでしょ!生徒会は不甲斐なさ過ぎるんだにゃ!先輩みたいなやる気の無い人はきっと絵里ちゃん……じゃなくて生徒会長にもたくさん迷惑かけてるに違いないにゃ!!」

 

 ガンッ!

 

 俺の机に両手を叩きつける猫娘。

 

「一生懸命になってるほのかちゃんの邪魔をするなーーーーー!!!」

 

 生徒会室の窓がビリビリ震えるほど音量の怒声が響き渡る。隣でそわそわしながら事の成り行きを見守っていた園田さんは、とうとう見かねたのか猫娘の肩に手を置いた。

 

「凛、いくらなんでもそれはあまりに失礼で……」

 

「はああ……」

 

 猫娘を諌めようとする園田さんを遮る形で、俺は猫娘に負けじと音量を最大ボリュームにしたため息を吐き散らした。我らが生徒会長は『ため息を吐いたら幸せが逃げる』と苦言を呈していたが、そんなの構ってられない。

 

「言うじゃねえか猫娘」

 

 半泣きで思いの丈を必死にぶつけてくる姿は正直涙ぐましいが、俺だって一方的に馬鹿にされていて黙ってはいられない。

 

「俺が何もしてないだと?なら、こいつを見ろ」

 

 俺は無数の資料が敷き詰められた棚から一冊のクリアファイルを取り出し、アイドル部の五人によく見えるよう机の上に広げた。しばらく放置されていたためか少々埃の被っているクリアファイルの中に入っていたのは、昨年度の日付が書かれていた一枚のパンフレット。タイトルは『国立音ノ木坂学院高校・学校案内』

 

「現生徒会長の絢瀬絵里会長が就任して最初に始めた企画だ。一応俺も雑用とはいえ、参加させてもらった。毎日遅くまで残って、資料集めて、構成を何度も練り直して、プレゼンの練習もひたすら繰り返していたもんだ」

 

 広げたパンフレットの内の一冊を開く。そのページでは俺や会長、そして、既にいなくなったメンバーを含めた当時の仲間達の写真が残っていた。今となっては楽しくも、もう思い出したくない辛い記憶でもある。だけど、

 

「それを何もしてないだあ?俺を馬鹿にするのはいくらでも構わねえけどな。仲間達の努力を馬鹿にされて看過できる程、俺は人間できてねえんだよ」

 

 正直思い出したくない。それでも侮辱されて我慢できるわけでもない。

 

「生徒会もな……お前が呑気にお受験勉強やってる間にもひいこら言いながら必死に打開策探ってたんだよ。そっくりそのまま返してやる。俺達のことを何も知らねえ癖して馬鹿にしてんじゃねえぞ。泣いてるのは高坂さんだけじゃないってことだ」

 

「……っ!」

 

 件の猫娘が苦々しそうに顔をそっぽ向いて俺から目を逸らす。

ふん、ざまあみろ!……なんて爽快感はあいにく湧いてこない。このパンフレットを見るだけで俺の方こそ苦い思い出が蘇ってくるからだ。

 去年の新生徒会が発足した時、あの頃は新会長に抜擢された絵里先輩の呼び掛けに応えて役員全員が確かに一致団結していた。

必ずやこの学校を守ろう。

 

 必ずやこの学校を廃校から救おう。

 

 その思いを胸にみんなで頑張った。本物だったんだ。あの熱意は。少なくともあの頃は。

 で、その結果どうなったか?むしろ……新入生は去年よりもさらに減ってしまった。生徒会の努力なんて何の意味も無かった。いや、無意味な努力でしかなかったならまだ良かったかもしれない。

 

『自分達が余計なことをしたせいで音ノ木坂学院を逆に追い詰めてしまったのではないか?』

 

 そんな行き過ぎた自責の念が生徒会メンバーの間で蔓延してしまったのだ。おかげで俺以外の当時一年生役員は精神的に思い詰めて、ほぼ全員が活動から脱退。残った上級生メンバーも廃校阻止など忘れて惰性的に通常業務に従事している。

 もはや誰も廃校を止めようだなんてしていない。そんなことを決して口にしたりもしない。また淡い期待を抱いた反動で傷つくのは嫌だから。

 俺は軽くため息を吐いて五人に改めて向きなおる。思わず激情に駆られてしまったが、少しだけ頭が冷えてきた。この人らだって、あの頃の生徒会が持っていたのと同じ情熱を抱えてきたのだって理解できる。だから、また同じように傷つくのを見るのも忍びない。

 願っても奇跡は起こせなかった。

 

 奇跡なんて起きなかった。

 

 だから、これからも奇跡なんて起きやしないのだ。きっと。

 

「……廃校決まってやるせない気持ちなのは君らだけじゃないんだよ。生徒会の人間だってやるだけやって、みんな燃え尽きたんだ。もう廃校阻止のために頑張ることに疲れてしまってるんだよ。もう『頑張っても無駄だ』なんて現実を突きつけられて苦しむのはこりごりなんだよ。きっと会長もそう思ってるはずだ」

 

 むしろ一番葛藤していたのは絵里先輩だろう。あの人の母校への愛は当時しっかり伝わったし、協力していたメンバーが揃って傷ついてしまったことも責任を感じていたようだった。そんな彼女が今ではようやく無理の無い笑顔を見せてくれるようになったのだ。

 

「俺なんかよりずっと悔しい思いをしたはずの絢瀬会長は今、この学校を悔いの無いよう『綺麗に終わらせたい』と願っている。俺はあの人の任期が終了するまでの間、いや、卒業するまでの間に思い残すことが無いように、滞りなく学校生活を送らせてあげたいんだよ。あの人が望むままにね」

 

 チラッと横目で俺の前に立つ少女達の様子を窺う。全員がやるせない表情で呆然と立ち尽くしていた。

 

「高坂さん達もそこの一年生の子も、スクールアイドルを通して学校を守りたいってのが本気なのはわかった。だからさ、ここは同じ思いを持ってる者同士で気持ちを汲んでさ。我慢しようじゃない。スクールアイドルなんて奇抜な活動が失敗して、この学校の評判がさらに落ちたら、一番傷つくのは君らなんだし」

 

 高坂さん、いや、アイドル部設立を目的にここへとやって来た五人の少女達全員が暗く沈み込む。これでようやく諦めてくれるだろう。そう確信した俺だったが、

 

「桜井君……今言ってたよね?絵里ちゃんの望むようにしてあげたいって。絵里ちゃんが思い残すことが無いようにしたいって。気持ちを汲んであげようって」

 

 顔を上げた高坂さんの目は、まだ死んではいなかった。

 

「だったら、やっぱりスクールアイドルを諦めない!だって絵里ちゃんが本当に望んでるのは『綺麗に終わらせる』ことじゃないんだもん!」

 

 はあ?なぜ、そういう結論に至るんだ?という俺の反論は喉から飛び出さなかった。高坂さんから滲み出る迫力は俺に口を挟ませる余裕を与えなかったのだ。

 

「絵里ちゃんは生徒会長になったから無理にしてるだけだよ!本当は今だって何がなんでも音ノ木坂を廃校から守りたいって思ってる。穂乃果にはわかる!」

 

 力こぶしを作って力説する高坂さん。あまりにも力強く言い切る彼女の勢いに、俺の方こそが逆に飲み込まれそうになってしまう。折れない意志を示すような輝きの灯った瞳が向けられた俺は、つい目を逸らしてしまった。

 いけない。このままだと負けているようにしか見えない。

 

「あのさ……さっきから高坂さんは会長のことを絵里ちゃん絵里ちゃん言ってるけど、会長の個人的な知り合いか何か?そんなに会長のことをよく知ってるわけ?」

 

 俺は眼鏡の位置を直すと、歯を食いしばりながら負けじと彼女と視線のぶつけ合いを再開する。長期戦を覚悟していた俺だが、それは予期せぬ形ですぐに終了した。

 

「ええ、よ〜く知ってるわよ。お互いにね」

 

 


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