再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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♯08 2+2=5(多分間違っている、でも抜け出しようがない)

 

 

 夕暮れ時。

 

 「どこだかよくわからないところ」……だと言われている場所……に、その家はあった。

 外観も内装も、少しばかり豪奢なこと以外は普通の邸宅である。だが、住んでいる者の奇抜さを考えれば話は別。

 そして今、この家の主が帰宅する。

 

 「藍~?ただいま~」

 

 突如として、しかし気のない様子で玄関に現れた八雲紫は、真っ先に彼女の使役する妖獣の名を呼んだ。その声に応えて、すぐさま件の八雲藍――人の形を取る九尾――が馳せ参じる。

 

 「お帰りなさいませ、紫様。虫退治の首尾は如何でしたか」

 「取り敢えず完了よ。普段寝てるような時期にお出かけしたものだから疲れたわ~……お風呂とお布団、準備出来てる?」

 

 紫は冬の間、あまり外に出ず日がな寝て暮らしていることが多い。

 一刻も早くあるべき場所に帰りたいとの主の要求に対し、九尾の狐は申し訳なさそうに首を振る。

 

 「お風呂は沸いていますが、お布団の方を洗濯していますので……」

 「えぇ~?……まぁ良いわ、ちょうど貴方に相談してみたいこともあったのよ。お風呂から上がったら話すから」

 

 はっ、では後ほど、と頭を下げる式神の横を通り抜け、幻想郷の管理者は昼風呂を目指して廊下を歩いていく。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 午後5時40分。

 

 稗田屋敷では、虫に荒らされた屋敷を元通り片付ける作業が急ピッチで行われていた。

 阿求と小鈴、身元不明の青年が居た部屋こそ大破していたとはいえ、それ以外の場所に被害は殆どなく、その上突如として現れた紫が虫の死骸を粗方消してしまったため、片付けにそれほど長い時間は掛かりそうもなかった。 

 

 今、大破した和室では霊夢と魔理沙が部屋の修理を進めている。

 

 「……それで、アイツは『変な事象を一緒に持ち込んでしまった』とか、『私が手出ししなくても彼はここに来ただろう』とか、よくわからんことを言って帰っちまった」

 

 青年が「撃った」爪が食い込んで大穴の空いた畳をひっぺがしながら、魔理沙は言う。

 それを聞いて、天井の破れ目から霊夢が顔を出す。手には金づちと板切れ。

 

 「……紫が曖昧模糊なのは今に始まった話じゃないけどさ、あんたの言う通りのことを言ってたとしたら……妙に歯切れが悪いわね」

 「むぅ、いつもならもうちょっと堂々と曖昧な話をするのに、今回はどうも少しおかしかった」

 

 霊夢は紫の言葉に違和感を感じたらしい。

 逆さまのまま考え込んでいた巫女は天井裏の埃にむせて咳を一つすると、こう言った。

 

 「……ま、考えてても結論出ないし、それはまた後で本人にでも訊いてみましょ」

 「ん。……それと、あのよくわからん男にも話を聞きたいところだが」

 

 件の「よくわからん男」は、屋敷の奥の部屋へと移され、永遠亭の二人と阿求、小鈴に見守られて眠っている。

 

 破れた畳を壁に立て掛け、白黒のエプロンドレスの裾を捲った魔法使い。

 

 「……明日だな」

 「ええ、そうね。疲れたし……」

 

 霊夢は天井から飛び降り、軽やかに着地する。頭のリボンに埃がまとわりついているのを見た魔理沙がそれを取ってやると、霊夢は「どうも」と言って、そのまま部屋を出ていこうとする。

 

 「あれ?霊夢、天井はどうするんだ?」

 「あんな板切れでどうやって塞げっていうのよ。とりあえず今日のところは布でも張って、また明日職人さんに来てもらうように阿求に言っとくのよ」

 

 真新しいふすま(前のものは慧音が蹴破ってしまった)を開けて、霊夢は廊下へ出ていく。

 その後を、畳を抱えた魔理沙があちらこちらにつっかえながら追う。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 同時刻、八雲邸。

 

 「紫様、お話とは?」

 

 茶の間で卓を挟んで向かい合う主従。風呂上がりの主はほかほかと湯気を立ち上らせ、頬にも赤みが差している。

 相対する従の顔面に仏頂面が貼り付けられていた。

 

 「まずはこれを見なさい」

 

 紫が右手で虚空に円を描くと、軌道の中に言い表しようのない空間……スキマが開かれた。その中央に浮かんでいるのは――

 

 「これが例の蟲ですか」

 「ええ。貴女はどう思う?」

 

 今朝がた稗田屋敷を襲った、人の頭蓋に似た殻を背負う禍々しいシルエットを持つ蟲の死体だった。

 藍は眉根を寄せつつそれをためつすがめつ眺めていたが、やがてこう言った。

 

 「……このしゃれこうべのような甲殻は……まさか見た目通り?」

 

 紫は頬杖をつく。

 

 「まさにそれ。この下手物の正体は……『妖力を持った虫に、無縁仏…顧みられない死体が融合したもの』ね」

 

 怪訝そうに自分を見つめてくる式に、紫は問い掛ける。

 

 「彼のことは、貴女に話したかしらね」

 「はぁ。面白そうだったので異界から連れ込んでみた、と」

 「そうそう」

 

 まるで玩具を扱うかのような口調で。

 

 「無論、幻想郷に仇を為すような存在だったら、即刻始末するつもりでね?……それが前提だった。ところが」

 

 紫は一旦そこで口を切り上げ、横を向いて虚空を見つめる。

 

 「どちらかと言えば問題は、私の知らない力で境界を漂っていた彼の方ではなかった……その時に一緒に付いてきた、もうひとつの力……つまり、『関係のない二つのものを融合させてしまう』、謎すぎる現象だったようね。その影響の、これは端っこのようなものかしらね」

 「……そのような事象、見たことも聞いたこともありません」

 「私だって無いわよ。一つだけ確かなのは、あの男の居た世界に含まれる事象だってこと。そうでなかったら付いてきたりしないわ。……この蟲たちも、彼に吸い寄せられるように稗田家へ向かっていたしねぇ……」

 

 そう言って、紫はすっと立ち上がった。

 

 「いずれにせよ、私が撒いた種。一番の問題は、これが幻想郷のルールに従わなかったこと……たとえ今は貧弱な力とはいえ、何を仕出かすかわからないというところかしら。面倒だけれど、どうにかするしかない」

 「具体的に、どうなさるのですか?」

 「調査ね。今回の発生源は竹林の奥らしいから、まずはそこから。藍、貴女も来る?」

 「何処へなりとも」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 時刻は6時ちょうど、再び稗田家。

 

 「……なるほど、紫様がそんなことを……」

 

 客室。上座に座する阿求は口元に手を遣りつつ呟く。その落ち着きはらった顔を、霊夢は見ていた。

 まだ家の中は後片付けなどで慌ただしいが、この部屋は取り敢えず落ち着いていた。今は阿求が茶など飲んでいる。

 あれだけの騒ぎの後だというのに、気丈というべきか、呑気というべきか。

 

 「ん。でも、魔理沙の話じゃ随分歯切れが悪かったようだけれどね」

 

 「霊夢さんもお茶飲む?」と訊かれて阿求の正面に座りながら、やれやれといった体で首をすくめる霊夢。差し出された湯飲みに口を付け、二口ほど啜る。

 

 ちょうどその時、廊下から騒々しい足音の余韻を引いて白黒のエプロンドレスが部屋に入ってきた。

 

 「おう。ふすま、裏に置いてきた」

 「あ、ご苦労様です……」

 

 労う阿求に手を振りつつ、座布団にどっかりと座る。

 目の前に湯呑みが置かれるのを見ながら、魔理沙はぼやく。

 

 「こんなことになるんだったら、天狗に手伝わせるんだった……あのブン屋め、『私の務めだから、記事を編集しないとね』とか言って……帰ったんだぜ?……なんだ、ゴシップだらけのホビー新聞の癖にさ。ちょっとくらい片付け手伝ってくれたって良いだろうに」 

 

 どうも射命丸文は、「自らの使命を全うするため」早々に山へ帰ってしまったらしい。

 霊夢は片目を閉じて、こめかみに手をやる。

 

 「今回ばっかりは大袈裟に書かないでほしいものだけど。流石のアレでもね」

 「アレでもなぁ」

 「アレでもねぇ」

 

 時として周りに迷惑を掛けるレベルに達する天狗の新聞を、嫌というほど読んできた三人である。「人里近くで身元不明の青年、重体で発見さる」「稗田屋敷を謎の妖怪が襲撃」だけでは済みそうもないと、三人そろってため息をついた……

 

 「あぁ、そういえば」

 

 長卓の上に――非常に行儀の悪いことには――顎を載せてずるずると茶を啜っていた魔理沙が、思い出したように顔を上げた。

 

 「文が『見せたいものがあります』とか言ってただろ?虫が来たからうやむやになったけど。あれな、車椅子だったよ。……例の穴から掘り出したそうだ。今、泥を洗い落として表に置いてある」

 「それ、やっぱりあの人の物なのかしらね。……脚が、不自由だ、っていうし……」

 

 やや言いよどむ霊夢。それは健常者が身体的弱者に抱く、形容しがたい負い目でもあっただろうか。

 

 「……む、まぁ、あいつの物ならあいつに返してやるのが道理だし、目を覚ましたら……」

 

 魔理沙が言いかけたところで、ふすまがするすると開いて、永琳と鈴仙が顔を出した。

 

 「診察終わったわよ」

 「如何です、彼の様子は?」

 

 膝立ちになって問う阿求に、銀髪の女医は頷く。

 

 「大丈夫そうね。発熱が心配されたけど、どうも無いようだから……もし悪いようなら優曇華を置いていこうと思ったけれど、その必要もないわ。今は疲労で眠っているから、明日には目を覚ますと思う。動けるかどうかは別にしてもね」

 

 そこで言葉を切った永琳は、阿求たちに問い直す。

 

 「彼の容体はひとまず置くとして、彼はこれからどこで面倒見るの?診療所の先生は『うちで預かってもいい』と言っていたけれど」

 「それについてですが」

 

 阿求はゆっくりと答える。

 それは、彼女がずっと考えていたこと。

 

 「当面の間……彼の出自が分かるまででも……彼は、こちらで預かろうと思っています。ここは広いですし、使用人もそれなりに居りますから、世話くらいは出来ると思うので」

 

 室内を、意外性の微粒子が漂った。皆の視線が、微妙な疑問を持って阿求に集まる。

 永琳は暫く、阿求の目を見ていた。

 だが、やがて。

 

 「……決まりね。診療所の先生には伝えておくわ……じゃあ、私たちはそろそろお暇させて頂くから、後の事は宜しくね」

 「はい。今日は本当にありがとうございました」

 

 いえいえ、と微笑んで、永琳は踵を返す。 

 その後ろを追って立ち去ろうとした月兎が一瞬だけ、こちらへ顔を突きだして。

 

 「なにか、まずいことが起こったら呼んで下さいね。……私は明日も、薬の補充で来ますから」

 

 と、ふすまを閉めて出て行った。

 軽い足音が2つ分、遠ざかってゆく。

 

 「……あんたにそんな甲斐性があるとは思ってなかったけどね」

 

 暫く続いた沈黙の後、霊夢が呟きと独語の中間の言葉を漏らした。

 阿求はやや苦笑しつつ、

 

 「"甲斐性なし"というのは失礼ねぇ……微妙に意味も違いますし」

 

 そこで姿勢を正し、少し遠い目をする。

 

 「ただ、今回の件については好奇心がやたらと喧しいだけで」

 「ふぅん…?」

 「へぇ……?」 

 

 何がなんだかさっぱり、と顔全体で主張する二人の異変解決屋の目の前に佇む記録者の表情からは、何も読み取れなかった。ただ、少し疲れたような顔で言った。

 

 「さてさて、お茶を飲み終わったら、また片付けしなきゃ。宜しくお願いしますね?」

 

 

 ……巫女と魔法使いが部屋を出ていくまで、あと五分。

 ……その二人が、和室で居眠りしている小鈴を発見するまで、あと十二分。

 ……片付けに奔走していた半人半妖教師が稗田邸を後にするまで、あと一時間。

 ……疲れきった面々が、稗田家当主にお暇を告げに行くまで、あと二時間三十分。

 

 けれども、サスペンスやアクションに始まり、半ば喜劇のままに一旦終幕したこの騒動の中央に位置する役者が目覚めるまでには、さらに十五時間の時を要する……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 ……きらきら輝く……素敵なトロフィー……?

 ……僕を囲む……たくさんの笑顔……?

 

 「おめでとう」

 「おめでとう」

 「君は天才だ、間違いない」

 

 僕よりもずっと年上の紳士が、手放しで僕のことを誉めている。

 子供たちが、羨望と憧れの視線を向けてくる。

 可愛らしい女の子がすり寄ってくる。

 

 

 ……ここは、僕の世界。

 「2+2は5だ」と言いふらしても、誰も僕を笑わない場所。むしろそれが通用してしまう、居心地の良い……狂った僕の故郷、僕の家、僕の部屋。

 

 

 ここから出なくては……誰かが呼んでいる。

 父さん?母さん?

 

 ……誰……?

 

 …………?…………

 ………………?………………

 

 

 

 

 

 

 






今話のタイトル及び主人公の独白のモチーフっぽいものは、イギリスの前衛的ロックバンド「レディオヘッド」が2004年にリリースしたアルバム、"COM LAG"の一曲目から頂きました。

解釈が難しい。
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