再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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ACT 1 Hello,world!!
♯09 ハロー、フォゴットンワールド


 

 

 

 

 地平線。日は緩やかに顔を出し、冬の色をした空気をじわり、じわりと暖めていく。

 人間たちは寝ぼけ眼を擦りつつ動きだし、人間に依存する存在――この地に息づく妖怪たちは逆に、大半が夜までの眠りへ旅立ったかのように見える。

 

 つまりは、静かで、灰色の、平和な朝の風景。

 昨日までの曇天が嘘のような、よく晴れた冬の情景は……ただ一つ、イレギュラーともいえる少女の形を含んでいた。

 

 「これでよし、と」

 

 ちらほらと人の姿が見え始めた往来の道端に立つ、里の人間の為の掲示板。その前に腕組みをして佇むのは――

 

 「んー、今日の記事は人目を引くこと間違いなし、ね!」

 

 何と表現するべきか、レトロな新聞記者……風の格好をした……黒髪の美少女であった。

 

 どう見繕っても二十歳前にしか見えない女性が鳥打ち帽をかぶり、ネクタイを締めて、いかにも安っぽい映画に登場しそうな「敏腕ルポライター」のイメージを体現した姿で得意気に腕組みをしている。本来なら見る者に強烈な違和感を与えて然るべきだが、それを身に纏っている彼女の外見的な素質が群を抜いているため、不思議とちぐはぐな感じはしない。

 

 彼女の目の前の掲示板を、今しがた彼女自身が貼った大きめの紙片がふてぶてしく独占している。その表面には、

 

 

 【文々。新聞】

 

 「怪奇!畑の下から謎の男、重傷を負った姿で現る!」

 「稗田家を妖怪の大群が襲撃!本紙記者による突撃取材敢行!護られていた人里の今後は!?」

 

 

 などというややチープな文句が、写真付きで踊っている。

 敏腕新聞記者風少女は数秒の間、自分の編集物を眺めていたが、やがて踵を返し、人気の無い路地に滑り込んだ。小脇には、先程の新聞と同じものが束になって抱えられている。

 

 「さてさて、稗田阿求殿の所へはまた取材に伺うとして、まずは配達ね」

 

 

 一分後、路地から人型の何かが飛び立ち、矢のような速さで空の彼方に飛び去っていった。

 

 ……彼女、射命丸文の目算は見事的中し、昨日の件について情報を欲していた村人達は競うように【文々。新聞】を掴み取った。ものの十五分で、掲示板の側に掛けてある新聞入れは空になったのである。それがもたらす情報の正確さはともかくとして。

 

 午前7時過ぎの、一瞬の出来事であった。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 …………

 

 カッ……

 

 カッ……

 

 カッ……

 

 

 規則正しい、何かが……そう、針が……時間を刻む音。

 

 ……目蓋が重い。

 忘れかけていた、眠りから覚める感覚を思い出す。

 

 チクチクと突き刺すように、目蓋一枚を隔てて眼の上に光が乗っかっている。これは「朝」だ。

 それを思い出すのに、優に十秒はかかった。

 無理矢理に目蓋を開ける……しかし、僕の片目は白い布のようなもので覆われていて、視界を半分遮っている。後の半分から見えるものは……

 

 高くも低くもない、木でできた天井……

 外からの日差しを透かしている、格子に紙を貼った引き戸……?見覚えがある。あれは「障子」と言うのだったか……?どこで見たものだ……?

 視線を倒し、横を見る。首が思うように動かず、その動きは焦れったさを伴った。

 

 すぐ側に、白い布地。そのまた少し向こうに、薄い草の色をした床があった。どうも自分は床に敷いた布団の上に横たわっているらしい。

 

 ……と、視界に人影が映った。

 布切れを持って、部屋の隅にある箪笥を磨いているらしいその後ろ姿――女性だ――は、やはり見覚えのある服を着ていた。えぇと、あれは……ん、確か「着物」とかいう、日本の服だ。

 

 ここは日本……?……日本……知っている国……でも、僕の生まれた場所じゃあない。それだけは確かなようで……やっぱり不安定だった。

 

 働くことを拒否するアタマを使って、ゆっくりと思考を巡らせていると、その女性が振り向いた。驚いたような表情で、口を小さく開いている。その彼女に何か呼び掛けようとして、

 

 「……ぁ……」

 

 失敗する。上手く声が出ない。幾度か声を出そうとするうちに、女の人は狼狽したように立ち上がり、小走りに部屋を出ていってしまった。廊下を駆ける、軽い足音。

 

 「…………水」

 

 掠れた声がようやく出た時、既に足音は消えていた。

 水。そう、コップ一杯の水。

 何か飲めれば、この声も少しはましになりそうなものだが、さしあたってはどうすることも出来ない。

 

 少し出来心を起こして、起き上がろうとしてみたが、身体中がピリピリと痛い。傷が突っ張ったような痛みに顔をしかめつつも、布団に手を突き、思い切り力を込めて半身を起こした。

 急に立ち上がった時襲ってくる感覚に似た軽い目眩が治まると、入れ替わりに肌寒さを感じる。同時に障子から透けてくる淡い光は、冬を感じさせるものだった。

 

 廊下を慌ただしい足音が駆け戻ってくる。今度は……二人分?

 障子が開き、シルエットが二つ。一人はさっき立ち去っていった小間使い風の女性。もう一人は……小柄な少女?

 

 少女の方が「貴女はここで待っていて」と、小間使いらしき女性に言い渡し、障子を閉める。その顔立ちは逆光でよく見えない。

 

 「御気分はいかがですか」

 

 やや細めだが、不思議と頭の中に響く声だった。

 少女がこちらに歩み寄るにつれ、その容貌がはっきりしてくる。

 

 アレンジが加えられた、淡い色の着物を纏った細身。やや短めに切り揃えられた艶やかな髪は、紫色……なのだろうか。頭髪と同色の瞳が僕を柔らかに捉えている。紅色の差した頬の色は、東洋人というにはやや白すぎるように見えた。

 

 「あれだけの大怪我でしたのに…余り無理はなさらず、横になっていた方が良いですよ?」

 

 枕元に膝をつき、姿勢正しく座る。その時になってようやく、僕は言葉を発することができた。

 

 「……あなたは……?」

 「申し遅れましたね。稗田阿求、と申します」

 

 水の満たされたガラスの吸い飲みをこちらに渡しつつ、彼女は答えた。

 ヒエダ……その響きはやはり、日本のもののように思えた。

 細い口から流れ出る水を喉に流し込むと、だんだん声が出やすくなる。

 

 「ここは、日本…か…?」

 

 その問いを受け取った彼女の表情に、一瞬だけ微笑が閃いた。

 

 「ん、まぁ、だいたいそんなところですね」

 

 だいたい、とは。

 僕の表情から疑問を感じ取ったらしい稗田阿求が、流れるように説明する。

 

 「この土地は特殊でして、確かに『にほん』という場所に有るのですが、様々な事情により外界からはほぼ完全に隔離されています。隠れ里、とでも申しましょうか」

 

 そこで一旦口を閉ざした彼女は、控えめに訊いてきた。

 

 「貴方は、何処から…?」

 「…日本じゃあない」

 「ふふ、それはそうでしょう。私が言うのも何ですが、私の知る限り生粋の日本人は金髪ではありませんし、青い目の人も居ませんから」

 

 そう言って、彼女は可笑しそうに笑う。花が咲いたような笑顔に鈴を転がすような笑い声だったが、僕はちょっとムッとする。

 

 「でも、日本でないというだけだ。それ以外には……何もない」

 

 彼女は既に笑うのを止めている。

 

 「どうやってここに来たのかも今一つ覚えてない。それどころか自分の名前だって知らない。何一つ持ってないし……脚は動かない」

 

 視界の端の方で、彼女の表情が曇る。

 それを見て、僕は口を閉じる。少し自虐的になりすぎたのだろうか。 

 

 「……何も、覚えていらっしゃらないのですか……?」

 「……『思い出』はない…『知識』はある……と思う」

 「…………」

 

 阿求という名の少女は黙ってしまった。僕はその沈黙に罪悪感を覚える。 

 ……もう少し、このひとに心を開いてもいいだろうか。

 

 「でも」

 「……はい」

 「何のためにここに来たのかは…はっきり分かる」

 

 一度開いてしまえば、後は楽だった。

 

 「やり直して……もう一回、好きだったものとか、大事だったものとかを……拾いに来たんだと思う。そのために、ここに来たんだ。捨てたモノを探しに」

 「貴方は……」

 「…………」

 「…貴方が何を取り戻したいのか、貴方の欲しいものが本当にここに有るのか……私には分かりかねます」

 

 「でも」と、彼女は哀しみの交じった笑顔で言った。

 

 

 「一つだけ分かるのは、貴方は強いひとなのだ、ということです。とても真っ直ぐな……」

 

 

  ……その言葉を聞いた僕は、包帯の巻かれていない側の頬に違和感を感じ、そこに手をやった。

 

 ほんの数ミリほどの透明な雫が、僕の頬を持ち主の許可もなく流れ落ちていた。

 不思議な気持ちでその雫を見つめながら、僕は再び彼女の声を聞いた。

 

 

 

 「これは本来、私が言うべき台詞ではないのかも知れませんが……ようこそ、『幻想郷』へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――人間が独りで背負うにはあまりにも大きすぎる思い出を抱える少女が、過去に何一つ持たない青年の心情を聴く。その状況が、稗田阿求に過剰な心の動きを与えたことは確かだった。それでも、その感情は安っぽい同情や憐憫とは無縁のものであったこともまた、確かだった。

 

 ……この後、「青年を如何なる呼び名で呼称すべきか」という建設的な議論が二人の間で為されたが、結論は出ないまま、彼の腹の虫が不平の呻きを上げたことを合図に議論は終わってしまったとか。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 その頃。

 

 魔法の森。年がら年中湿っ気ている、妖怪や野生の獣の彷徨く不景気な森である。

 

 しかし「香霖堂」と銘打たれたその小さな道具屋は、比較的陽当たりの良い森の入り口付近に位置しているため、森の他の場所に比べると明るい雰囲気を持っていた。さらに言えば、この店は幻想郷で唯一の「幻想郷を守る結界の外から来た品物」を扱う場所というアイデンティティーを保持している。

 

 とはいえ、店の景気が良いかと言えば、それはまた別の問題で。

 訪れる客が少なめであるのも大きいが、第一の要因はこの店の店主、森近霖之助に在るだろう。人間と妖怪のハーフである彼は、せっかく仕入れた商品でも、それが個人的に気に入った場合私物化、非売品にしてしまう傾向があるためだ。いい例が、今も店主の側で絶賛稼働中の石油ストーブである。

 

 さて、そんな不景気な森の、景気の良い場所にある、不景気な店に今、お得意様――という名の賑やかし――が訪れる。

 

 「よう、香霖。来たぜ」

 

 白黒のエプロンドレスの後ろで、ウェーブがかかった長い金髪が揺れている。

 活力に溢れた瞳が、「私が霧雨魔理沙だ、文句あるか?ないな」と自己完結も甚だしい主張をしているように見える。

 カウンターの奥で「文々。新聞」と書かれた大きな新聞を広げていた店主が、ちらりとそちらに目をやって、また新聞に目を戻した。

 

 「茶は出ないよ」

 

 およそ店主と思えない言葉が、天狗新聞の向こう側に投げ掛けられる。対する金髪の魔法使いは「お構い無し」といった体で棚を物色している。

 

 「香霖ー、新しいの何かない?」

 「カウンター前の、右から三番目の棚」

 

 お、サンキュー、とこちらも客らしからぬ態度で、指定された棚へ移動する魔理沙。

 魔理沙と霖之助は旧知の間柄である。その縁が腐っているかどうかは定かでない。

 

 「ん?これ、珍しいな」

 

 魔理沙が、物色していた棚から何かを引っ張り出してカウンターの上に置いた。

 流石に新聞の向こうから顔を上げた霖之助が、カウンターの上に置かれた物を見る。

 

 「あぁ……それ。昨日の夕方仕入れてきたんだ。古い物だがね」

 

 カウンターの上に放り出されていたのは、年代物の拳銃。

 一般にリボルバーと呼ばれるものだった。

 

 「外で使われてる武器だよな……いつのモノなんだ?」

 「ふむ……」

 

 霖之助は眼鏡をずらし、目の前の鉄の塊を見つめる。

 彼が持つ力の使いどころである。

 

 「名称……アーミーリボルバー……銃の種類だろう……1874年、コルト社製……これは作った企業の名前だね」

 「1874年?今から百何十年も前かよ」

 「用途……人の殺傷……当然か……ん?」

 

 霖之助の瞳が少し揺れた。

 

 「香霖、どうした?」

 「……いや、用途がもうひとつある……『光…を…する』……?」

 

 眉根を寄せてしばらく銃を睨んでいたが、やがて顔を上げた。

 

 「ダメだ。もともとなにか特別な力のある物だったのかも知れないが、今はその力が薄れていて用途が読めない」

 「なんだ、香霖も案外当てにならないな」

 「悪かったな。……まぁ、つまりこれはただのアンティーク銃だ」

 

 「がっかりだぜ」と大袈裟に肩を竦めて銃を棚に戻しかけた魔理沙だったが、ふとその動きを止めた。

 

 「なぁ……これ、撃てるのか?」

 「ん?まぁ状態は良いし、撃てるはずだが、弾丸が一発しか入ってない…っておい!」

 

 霖之助の言葉が終わらないうちに、魔理沙は店の外に向かって駆け出した。慌てて後を追う店主。

 

 近代兵器で武装した魔法使いはドアを勢いよく開けると、数メートルほど離れた木に向けて銃口を向けた。

 

 「何をするつもりだ!」

 「決まってるだろ、使えるかどうか試してみるんだよ」

 

 言うが早いか、引き金を引こうとする魔理沙。思わず顔を背ける霖之助。

 

 

 「……あれ?」

 

 だが、弾丸は発射されず、ただ引き金がカチカチと鳴っているだけである。

 

 「撃てないぞ?」

 「……撃鉄が起きてないんじゃないのかい」

 「撃鉄?あ、これか……よし、これで撃てる!撃っていいんだな!」

 「……諦めたよ」

 

 物騒な代物である。ましてや、魔法や妖術の類いが当たり前のように用いられるこの幻想郷において、拳銃などという「不便」なものに需要は無い。であれば、ここでこの物好きな魔法使いに遊びの道具として使われても別にいいか、などと霖之助は思考を停止した。暴発の可能性は頭をよぎったが、口に出す前に魔理沙は両手で拳銃を構えている。銃口の先には、先ほどの木。

 

 「よし、撃つぞ!」

 「はいはい」

 

 魔理沙は引き金を引いた。

 

 

 ガアァァァン……

 

 

 轟音が響き渡り、どこかで鳥が一斉に飛び立った。

 

 「……凄い音がするな、これ。こんなものよく使うぜ、外のヤツは……っと、的に当たったかな?」

 

 魔理沙は木に駆け寄って銃痕を探したが、それらしいものはない。

 

 「命中精度も無いとは、いよいよガラクタの予感だぜ」

 「君が下手だっただけだと思うがね」

 「なんか言った?」

 「何も……」

 「そう。しっかし、ホントにこれ、一発しか撃てないのか?……熱っつ……」

 

 言いつつ、もはや無用の長物と化した拳銃をガチャガチャといじくり回していた魔理沙が、弾倉の後ろにある蓋を開け……不意にピタリと手の動きを止めた。

 

 「香霖」

 「ん?」

 「『一発しか弾丸がない』って言ったよな?」

 「あぁ。それがどうか……」

 

 魔理沙は拳銃をひっくり返し、霖之助の鼻先へ銃尻を突きつけた。

 

 

 

 弾倉に空いたスロットに弾丸が一つ、しっかりと収まっていた。

 

 

 

 






 タイトルは「東方星蓮船」の二面ボス、多々良小傘(ちゃん)のスペルカード、大輪「ハロウフォゴットンワールド」より。
 本来は挨拶のハローではなく、意味も異なるようですが(どうも神主様得意の言葉遊びのようです)、今回は素直にHelloです。
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