再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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#10 妖怪と人と、それから……

 室内には、陶器と金属の触れあうカチャカチャという音が断続的に転がっていた。

 

 「……あの、もし?」

 「…………」

 「あんまり急いで食べると」

 「…………!」

 「……言わんこっちゃない」

 

 繰り広げられているのは、布団の上に半身を起こした青年が凄まじい勢いで椀を掻き込み、それを隣の少女が呆れたように諌めているという、はたから見れば何か漫画のような光景。しかし、事に当たっている少なくとも一方は真剣な様子。

 

 「昨日まで瀕死の怪我人だったのですから…いや、今もか…ですから、少しは加減というものを……」

 「これ、見た目は微妙だけど、案外美味しいな。お代わり、ある?」

 「はぁ……もういいわ」

 

 阿求は部屋の外に控えているはずの女中に声をかける。だが返答がない。何かしら用があったのか、それともあまり待たされたのでどこかへ行ってしまったのか。

 

 仕方なく阿求は空になったお椀を取り上げ、「少々お待ちくださいね」と言い残して部屋を出た。

 

 廊下を歩きつつ、先ほどの出来事を思い出す。

 

 

 椀に入っていた中身はお粥。最初、女中に持ってこさせたそれを見たときの彼の反応はあまり良いものではなく、「なんか、糊みたいだな」との一言を頂いた。水を多目に使って炊いた、米の粥だと説明すると、「オートミールみたいなヤツ?あれ不味いんだろ?」ときた。いい加減我慢出来なくなって、いいから食べてみなさい、と梅干しと一緒に口に突っ込んでみれば一転、貪るようにお粥を食べ始めた。ころころと変わるその態度は、まるで――

 

 彼の見た目は二十代前半ほどだろうか。阿求は考える。

 それにしては精神的に未成熟な感じも受け取れる。外国の人々は、年齢が見た目から判断しづらいと言うから、案外もっと若いのかもしれない。その逆もあり得る訳で、実は三十歳に近いのかもしれない。

 

 彼の言葉が本当なら――本当だろうと阿求は考えているが――彼の記憶は大部分が喪われている。もしかすると、そのあたりに、彼が子供っぽく見える原因が有るのかもしれない。

 

 「はぁ。よくわからない人ねぇ」

 

 かもしれない、かもしれない、かもしれない……彼についてはあまりにも、不明瞭なことが多すぎた。

 何もかもを覚える――覚えてしまう――阿求の頭脳のメモリーを再生し直してみても、青年の存在は結局、「よくわからない人」という表現の上で右往左往している。

 

 このやや投げ遣りな表現が、昨日霧雨魔理沙の用いた「よくわからん奴」との評とほぼ一致していたことを、阿求は知るよしもない。当然の事だが……

 

 

 あれこれ考えているうちに、阿求は厨房に着いていた。中にいた料理人にお粥の残りをよそって貰い、再び厨を出る。運びましょうか、と気を利かせてくれた料理人が申し出てきたが、いえ、いいのよ、と言ってそのまま廊下を歩く。

 

 お椀の上でゆるゆるしている山盛りの粥をこぼさないように慎重に運び、廊下を歩いていると――

 

 

 

 「おはようございます!新聞社の者ですが、稗田家当主はご在宅ですかー?」

 

 

 

 玄関の方から、ワンマンルポライターの丁寧で無遠慮な挨拶が聞こえてきた。

 危うくお椀を取り落としそうになる。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ……遅いな。

 いや、飯を食わせてもらっている身が言えたことじゃあないのかもしれないが。

 さっきから10分は待っているが、一向に彼女は戻ってこない。つまり、あのお粥が戻ってこない。

 これだとなんだか彼女がおまけみたいだが、そういうことでもない。むしろ逆かもしれない。

 

 彼女、稗田阿求は、十代――14、5歳といったところか――という外見上の見た目にそぐわない、深い知性を持っていた。それでいて、しょっちゅう年相応の少女の顔になる。

 

 ……東洋人は童顔だというし(こういう記憶もある。やはり日本に訪れた経験があるのか?)、もしかするともう少し年齢は上なのかもしれない。どのみち、二十代には届かないという感じがする。

 

 銀色のスプーンを弄り回しつつ、そんなことを考えていると、にわかに廊下の方が騒がしくなった。

 

 「……会…絶です!」

 「まぁ……良い……せんか」

 

 一人は阿求の声。もう一人は……誰だ?

 声はだんだん近づいて、部屋のすぐ外に迫った。

 

 「では、お邪魔しまぁす」

 「ちょっと……あっ!」

 

 呆気に取られた僕の目の前で障子が「勢いよく」と「力強く」の中間の速度で開け放たれ、二人分のシルエットが姿を現した。

 

 見れば、厚手の茶色っぽい色をしたコートに、同じ色の短めのズボン。手元に鳥打ち帽のようなものを持っている。

 それ自体はなんら不思議のない格好なのだが、それを着ているのが目鼻立ちのくっきりした若い女性という点がなんとも言えなかった。

 

 そして開口一番。

 

 「おはようございます!新聞社の者ですが、取材に参りました!」

 「?…………イヤ、それはどういう……」

 「面白そうな出来事を記事にします。まずはお名前をお聞かせ……」

 

 「新聞社のひと」がそこまで言った辺りで、先程から廊下でへたりこんでいた阿求が唐突にすっ飛んできたかと思うと、「新聞社のひと」を羽交い締めにし、あの華奢な身体の何処にそんな力があったのかと驚くほどの剛力で部屋の外へ引き摺り出した。閉まった障子の向こうから、記者が発する抗議の声と、なにかしら説教しているらしい阿求の声が聴こえてくるが、何を言っているかまでは判らない。

 

 優に二分が経過した頃。

 

 頬を紅潮させ、やや息を切らせた阿求と、なんだか申し訳なさそうな顔になった新聞記者のひと(?)が戻ってきた。

 

 「……先程は失礼」

 「いや……」

 

 正直、対応に困る。

 

 「わたくし、趣味で物書きなどやっている射命丸文と申しまして」

 「……」

 「昨日貴方が掘り出された時にもおりました。あの、その後身体のお加減などは……」

 「……あちこち痛いけれど、動かないわけではない、かな……」

 「はぁ、それは良かった……」

 

 どうにもやりにくい。さっきの「ハイ」な姿を見た後では、特に。

 射命丸文……さんとやらは、今度は僕というより阿求に訊いた。

 

 「あの、良ければお写真を撮らせて……」

 「駄・目・で・す」

 

 にこやかに、しかし氷の壁の如く。

 見た目も雰囲気も、明らかに記者さんの方が強いモノを持っているのに、その瞬間だけ、阿求の存在はとてつもなく巨大に見えた。気がする。ヤバいかもしれない。

 

 「ははぁ……あの、またお伺いしますので……えぇ。今日は急に押し掛けて申し訳ありませんでした」

 「いや……」

 「それでは失礼しますね……」

 

 勝ち目が無いと悟ったか、ちぐはぐな少女はそそくさと部屋を後にしてしまった。

 その後ろ姿を見送って、阿求がため息をつく。

 

 「……まったく、あれだから困るわ。今はおとなしく引き下がったけれど、頭の中では何を考えているやら」

 「……なんだか、つむじ風みたいな人だったな」

 

 何となく、思ったままを口にしてみる。すると、彼女は何故か微笑んだ。

 

 「そうですね。あれは風を操る妖怪ですから」

 

 え?

 何?妖怪?

 

 「今、なんて?」

 「え?彼女は風を操る……あぁ、そうでしたね」

 

 彼女の表情に一瞬、「うっかりしていた」の八文字が横切った。しかしそれも一瞬のこと。

 

 「先程の射命丸文と名乗った女性、彼女は『天狗』というカテゴリーの妖怪。『妖怪』というのは、西洋風に言えばファントム、もしくはモンスターです。……たぶん。そして天狗は妖怪であり、山の神でもあります。見た目こそ人間に極々近いものが多いのですが、自由自在に空を飛ぶ上、頭の回転も非常に早い種族で、身体能力もヒトとは比べ物になりません。また、鼻高、山伏、白狼、鴉などの種類が存在し、彼女はその中でも鴉天狗に分類され……」

 「ちょっと待った」

 「はい、何でしょう」

 

 説明が長い。おまけに僕は混乱している。

 ええと、つまりは……

 

 「彼女は人間に見えるが、実は化け物で」

 「有り体に言ってしまえば、そうですね」

 「……あんなのがうろちょろしてるってのか?ここ……幻想郷だったか?……ここには」

 「うようよですねえ」

 「…………」

 「…………私は人間ですよ?」

 

 とりあえず、胸を撫で下ろす。

 ……といっても、僕の頭の中で暴れている無数のクエスチョンマークを大人しくさせることはできず。

 

 「とりあえず、この土地について教えてくれるかな?できるだけ手短に」

 

 

 

 それから十分間の間、阿求に教わったことは、驚きの連続だった。

 

 

 世界中で人口が増加し、妖怪や神、化け物に幽霊といった存在の力が薄れた。それは日本も例外ではなかったこと。

 

 そこで今から五百年ほど前、妖怪の賢者たちが力を合わせて、山深いこの地を幻のものとし、外で力を奪われたあやかしたちを呼び込んだこと。

 

 百年前、大結界と呼ばれる障壁で幻想郷を囲んだこと。

 

 幻想郷では、人間が妖怪を畏れ、時に立ち向かい、人間に依存する妖怪はそのエネルギーをもってして自らの存在を維持する、大昔のシステムが形を変えて残っているということ。

 

 人間たちは里を造り、保護されて生きていること。

 

 彼女、稗田阿求は、幻想郷の歴史を編纂する役目を担う旧家、稗田家の当主であること。

 

 

 それら全てが、一つの事実……真実か?……を物語っていた。

 

 

 この場所では、神も、幽霊も、妖怪も、魔法さえも、おとぎ話の中の存在ではなく、実際に息づいているということを。

 

 

 

 そして。

 

 「……能力?」

 「はい。人間、妖怪、その他もろもろに関わらず、特殊な力を持っている存在が多々居ます。例の鴉天狗のように『風を使う』能力だとか、『魔法を使う』能力だとか……というか」

 

 怪訝そうな顔でこちらを見る。

 

 「貴方だって、何かしらの能力を持っていますよね?」

 「これのこと?」

 

 お粥を食べるのに使っていたスプーンを取り上げ、イメージする。

 ――夢の中で再会した、いずれ無限に通ずる回転――

 

 「なるほど」

 

 彼女の声に目を開けて見れば、手のひらの中でスプーンがキュルキュルと回っている。

 

 大袈裟なイメージに対して、たったこれだけ。

 そう、これが今の僕。

 

 「何かを撃つ――射撃する能力かと思っていましたけれど、違うのですか?」

 「それはよく分からない」

 「では、あのピンク色の……赤ん坊みたいな……」

 「それも僕の能力だ……たぶん」

 「物を回転させる……能力なのかしら」

 

 スプーンをその辺に置いてから、考え込んでいる彼女に訊いてみる。

 

 「それじゃあ…君は何も出来ないのか?」

 「え?そう、ですねぇ……」

 

 言うと、阿求は部屋の隅の箪笥の前へ膝立ちのまま歩いて行き、しばらくごそごそしたかと思うと、やがて小さな箱を持ってきた。

 

 「これをよく切って、適当に並べて貰えますか?その間、私は後ろを向いていますね」

 

 くるりと背を向けてしまう。見れば、箱の中身はくたびれた、紙のトランプだった。言われるがままにシャッフルし、横に並べて行く。

 

 「終わりましたか?」

 「ああ……」

 「では、私は五秒間だけそれを見ます」

 

 再びこちらを向いた彼女の視線が、並べられたカードを薙ぐ。

 

 「終わりっ。私はもう一度後ろを向いて……っと。では、並べられていたカードを左から順に言いますね」

 

 早口に言い始める。

 

 「スペードの5、ダイヤのA、ハートのQ、ハートの7、クラブの10、スペードの2、クラブのK、ダイヤの6……」

 

 呆気にとられている僕に、16個のアルファベット、36個の数字、そしてただ一人の道化師(ジョーカー)が、音声として投げつけられた。目の前に並んでいる、その通りの順番で。

 

 「最後はスペードのK。……ざっとこんなものです」

 

 三度振り向いた彼女の得意気な笑顔が眩しい。

 並外れた記憶力、ということか。

 

 「んー、というよりは忘れられない、の方が近い感じですが。なんと、先祖の持っていた記憶もおぼろげに有るんですよ?」

 「それは凄まじい……けど、辛くないか?」

 「この力には感謝しています。嫌気が差すことも無くはないけれど」

 

 遠くを見るような目つきになる。

 この娘には、他の同年代の少女には見えない世界が見えているに違いない。

 

 

 だが、それより。

 

 

 「……なあ……僕のお粥は?持ってきてくれたんじゃあなかったのか?」

 「……あ、そうだ!家の中を案内しましょうか。待ってて下さいね、今、貴方の車椅子を持ってきますから」

 

 

 見事に無視された。

 「忘れない」のと、「うっかりしない」というのは、また別の話らしい。

 都合が悪くなったのか、薄い黄色の着物の裾を翻して、足早に部屋を出ていってしまった。

 

 

 しかし……今、「貴方の」「車椅子」と……言ったか?

 

 

 乗れもしない馬に引き摺り回されていた、あの少年の車椅子。

 僕の車椅子。

 発火点。

 

 

 それがここにある――?

 

 

 

 

 

 

 

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ちょうどその頃。

 

 「それでは師匠、行って参ります」

 「なあなあに気をつけてね、うどんげ。一応例の患者の様子も見てきてね」

 「はい」

 

 白い旅装束に身を包み、折れ曲がった耳――あまり兎の耳には見えない――を桃色の頭髪に生やした少女が、師匠に挨拶をして、竹林を滑るように駆け抜けんとしている。

 

 今しがた彼女が出立したのは、人里からやや離れた、迷いの竹林と呼ばれる竹の迷宮の最奥に建つ、立派なお屋敷である。通称を永遠亭。現在お昼の10時半すぎ、今日は肌寒い、と主人は未だに休眠中。

 

 足音も無く駆け抜けるのは鈴仙・優曇華院・イナバ。背中には薬売りの用いる行李。

 残雪も、滑りやすい竹葉の敷き詰められた地面も何のその。悪戯好きな卯詐欺がところどころに仕掛けた古典的な、しかし悪どい罠を飛び越え、掻い潜り。

 

 (人間なんだし、昨日の今日でまさかもう元気、って訳はないと思うけど。ま、取り敢えず行ってみるか。ちょっと面白そうだし)

 

 考え事をしながら走り抜ける、昔は月の、今は地上のイナバ。

 

 と。

 

 「うぉーい、鈴仙~」

 

 聞き覚えのありすぎる声で、何処からか自分を呼ぶ声がした。

 しかし足を止めない。

 

 「鈴仙ってば~」

 

 ここは戦場である。足を止めれば死に直結する。

 兵士時代に叩き込まれた教訓が、何故か悪戯好きの同居人との付き合いに役立っていた。

 

 だから、鈴仙は――加速した。

 

 「あぁもう、ちっとくらい話を聴いてくれたっていいじゃないか!」

 

 藪からぴょん、と飛び出してきたのは、小柄で、薄いピンク色のもこもこしたワンピースを纏った、癖っ毛の少女。

 こういう場合は本当に用事がある時なので、速度を緩めてやる。

 

 「日頃の行いってやつね、てゐ。何か用?」

 「いやさね、さっき珍しいモンを見たよ。八雲のところの式神だ。九尾の狐だよ」

 「ふぅん。こんなところまで何の用かしらねぇ」

 「地面を掘り返したりしてたね。『こんなはずはない』『この数からあれだけの量は生み出せない』とか呟きながら。なんかおっかないんで、様子を伺うだけにしといたがね」

 「式神が動いてるってことは、近くにスキマ妖怪ご本人が居るかもよ?」

 「ひぇえ、勘弁勘弁」

 

 対して怯えてもいなさそうな笑顔でのたまう地上の古因幡が、走りながらくるりと回る。

 一回転した後の表情は真剣に。

 

 「……で、だ。どう思う?鈴仙。また例によって八雲紫の深謀遠慮ってやつかね?」

 「……一応、お師匠様に報告しておいて。私は用事があるし」

 「ご苦労様だねぇ。ま、了解っと」

 

 一瞬にして竹藪に姿を消す古兎詐欺。それを横目で見送った後、鈴仙は立ち止まった。

 

 (昨日から何かがおかしい。穴の底の男、不可侵のはずの人里を、しかも稗田屋敷だけをピンポイントで襲った妖怪蟲、そしてやたらと忙しない八雲)

 

 思いを巡らせかけて、鈴仙は考えるのを止めた。どうも、今のところ自分には判断のつかない、ぼんやりとし過ぎた内容であるような気がした。

 

 背中に掛けていた編み傘を目深に被り、鈴仙は再び走り出した。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 彼女が知るはずもない事ではあるが、この時、彼女がダッシュで巻き上げた竹の葉の一枚に、引っ掻いたような文字が刻んであった。

 

 

 【*** *】

 

 

 字が拙く、辛うじてアルファベット四文字であることが分かるだけ。

 誰が、どうやって、何故、そして何を綴ったのか。 

 

 ……これから先、多くの人物がこの四文字に翻弄され、望まぬ流血を強いられることになる。

 だが、それはまだ先のお話。

 

 

 

 







章タイトルを付けてみました。第一章「Hello,world!!」は、日本のロックバンド、BUMP OF CHICKENが2016年に発表したアルバム、「Butterflies」の楽曲より。アニメ「血界戦線」のOPでもあったそうです。第一章の雰囲気はこんな感じで朗らかに、同時に必死な感じで行きます。


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