一夜明けた朝。昨日までの晴天とはうって代わり、小雪がちらほらと舞っている晩冬の空。
「ゆーきやこんこ、あーられやこんこ」
巨木がそびえ立ち、灌木が茂り、苔が地を覆う、ここは魔法の森。霧は低く立ち込め、あらゆる人間を寄せ付けない構えを呈している。――あくまで普通の人間ならば、寄り付かない。
「ふってはふってはずーんずんつーもる」
森の更に奥深く、人はおろか妖怪でも立ち入らないような場所に、その小洒落た洋館は建っていた。辛気くさい森に不似合いの、洗練された外観。鑑賞用の蔦が程よく壁を這う。庭を見れば、綺麗に刈り揃えられた芝生が一面を覆い、咲く花のない冬にも関わらず、花壇には手入れを怠った形跡の欠片もない。住人の人となりを忍ばせる、美しい家だった。
「いーぬはよろこびにーわかけまわり」
能天気に童謡など唄いながら、その枯れ葉一つ落ちていない芝生を無遠慮に横断する小柄な影が一つ。
「ねーこはこったつでまるくなるー……っと」
歌詞の終わりと同時に玄関のドアの前にたどり着き、ノッカーを無視して拳でドアを叩こうとした時。
そのドアが静かに開き、薄暗い室内から家主が姿を現した。
「……それ、確か二番の歌詞よ」
外の眩しさに目をしばたたかせつつ、素っ気ない口調で冷静な指摘を迷惑な歌手に投げつけるのは、金髪碧眼の人形遣い、アリス・マーガトロイド。青いカジュアルドレスに赤いカチューシャ。
「うん?私が歌っていたのは二番だぜ?」
「途中まで一番の歌詞で歌っていたのがしっかり聴こえたわ……で、こんな朝早くから私の静謐を掻き回すからには、それなりの理由があるのでしょうね?」
戸口で「まぁね」とにこやかに笑うのは、例によって霧雨魔理沙。なにやら紙袋を両手に抱えてのご登場。
「アリスの卓越した器用さを見込んで、頼みがあるんだ」
「褒めてもお茶しか出ないわよ」
「素敵な朝食は?」
「スクランブルエッグに使った卵の殻、食べる?」
「ノーサンキューだぜ」
眉一つ動かさないまま、白黒を家の中に招き入れる人形遣い。茶が出てくるあたり、この魔法使いも相当なお人好しである。本人に自覚はない。
「その辺座っててちょうだい」と示されたテーブルの前の椅子に腰を下ろし、魔理沙は辺りを見回した。そこかしこに糸がぶら下がり、またあちこちの戸棚等に可愛らしい大きめの人形が座っている。西洋風の物が殆どだが、中には和服らしいものを纏ったものもある。どれも凄まじい精巧さだ。
魔理沙がそれらを見遣りつつ、なんとなく足をぶらぶらさせていると、奥の台所から、手に持ったトレイにティーセットを載せてアリスが帰ってきた。音もなくそれをテーブルに置き、自らも椅子に腰掛けると、口を開いた。
「……外に置いておいた警備人形はどうしたのかしらね。あんたみたいな侵入者があれば、すぐに私の所へ警報が来るはずなのだけれど」
「何も居なかったぜ?寝てるんじゃないか?」
「まさか……でも、何かしらの理由で持ち場を離れている可能性がある……そうね、上海。捜してきてくれる?そう遠くには行ってないと思うから」
後半の言葉は、壁際の本棚で項垂れていた金髪の人形に向けられていた。指令を受けた人形はすぐさま起き上がり、小さな手でドアを押し開いたかと思うと、庭へ飛んでいった。
その後ろ姿を見送って、アリスは呟く。
「庭のやつは試験的に糸無し半自律モードで試していたのだけれど……どうも駄目みたいね。まだ改良が必要かな。今度倫敦とは別に『
「強そうだな。バッキンガム!言ってみろよ、『バッキンガム!』って」
「そうね。濁点ね……で、要件は何よ」
魔理沙は「あ、そうだった」と今になって訪問理由を思い出したようである。例の紙袋をごそごそと膝の上から引っ張り上げると、中身をテーブルの上に置いた。ゴトン、と重い音が響く。
アリスはそれを一瞥すると、言った。
「銃ね」
「銃だぜ」
それは、過ぐる日魔理沙が香霖堂で「購入」した(安値とはいえ支払いはちゃんとしたのである。珍しい事に)、古い拳銃であった。アリスはそれを手に取ると、ひっくり返すなどして眺めている。
「人殺しの火器なんて無粋なモノだと思っていたけれど……これは中々に洗練されたデザインね。古いなりに機能的で、どこにも無駄がない」
「私はそれをちょいと気に入ってな。でもそのままじゃただの殺傷兵器だから、『魔法銃』に改造しようと思った訳だ。弾幕ごっこの奥の手の一つになるかも知れない」
それにな、と魔理沙は身を乗り出す。その分だけアリスが椅子を後ろに引く。
「こいつはマジックアイテムだ。どんな魔力かはハッキリしないが……どうやら、こいつは『最後の弾丸を撃ち終わると、自動的に弾丸をもう一発生成する』らしいんだ」
「撃ち放題じゃないの」
「一回撃つ毎に撃鉄を起こさないといかんから、そう連発できるもんじゃあないがな……で、モノは相談なんだが」
さらに身を乗り出す魔理沙を、アリスはテーブルごと押し返した。構わず魔理沙は続ける。
「こいつの『弾丸』と『弾倉』を作ってくれないか? 弾に込める魔力のレシピはもう考えてある。というか調合してきた……アリスはそれを弾の形に整形して、合う弾倉を作ってくれればいい」
黙ったままの人形遣いの前に、魔理沙は懐から図面を取り出して叩きつける。
「コレが本当に装填要らずの代物だったら予備の弾倉は必要ないが、もしもの時の為に数は欲しい……その場合、性質上再装填が面倒だから、弾を込めたシリンダーごと弾倉を交換する方式に改造もした!」
どうだ、とばかりに胸を反らす魔理沙を一瞥して、その後図面に目を落とすアリス。
しばらくして、こう言った。
「別にいいけど」
魔理沙は拳を突き上げた。
「よっしゃ!ありがとな!これで……」
「報酬は?」
その瞬間「え”っ」という変な音声と共に、魔理沙のガッツポーズは『有頂天』という名の滑稽な石像と化したように見えた。ただしこの石像、冷や汗を流している。「勢いで乗り切る作戦」の失敗。敗残の魔法使いに追い討ちを掛けて、アリスが訊く。
「引き受けてもいいけど、私への見返りは?と訊いてるのよ」
「……スマイルでどうだ。この私の値千金のスマイルで」
「あんたのスマイルはプライスレスね」
「うぇえ……」
石像の右腕が動き、懐から小さながま口を取り出して、逆さに振った。中から十枚ほどの硬貨がこぼれ落ち、テーブルの上で非音楽的な音を立てる。
「……これだけ?」
「悪かったな!全財産だよ!拳銃買ったらこの有り様だ!」
有頂天の構えを解き、あらぬ方角を向いて「くっそー!」と悪態を吐く魔理沙。その様子を見て、七色の魔法使いは微笑んだ。今日初めて、表情が動いたのである。
「……いいわ、そんなの要らない。やってあげる」
「……え……?」
アリスはにやりと口を歪め、腕を組んでテーブルの上に載せる。
「そのバカみたいな顔が見られただけで十分ね。私は満足したの」
「釈然としないが」
「あんたは私に『依頼』する立場。このくらい我慢しなさいな」
膨れっ面の魔理沙を堪能する構えのアリス。
「……ん。何かしら」
突然、その表情が無表情に戻った。
「……変ね。上海が呼んでるわ」
「迷子を見つけたんじゃあないのか?」
「捜索に寄越した個体には糸が付いてるから……人形の目を通して状況を見てみれば……」
そう言って、アリスは右手の小指をくいっと引っ張った。確かに、煌めく糸が玄関ドアの方へ続いている。
「ヤバい細さだな、それ。トラップに使えば人が斬れそうだぜ」
「そんな無粋なことはしないのよ、私は。勝手に糸に引っ掛かる奴は知らないけど……ちょっと静かにしてて、案外位置が遠いわ……」
糸を摘まんだまま、目を閉じる。その様子を魔理沙は興味深げに見ている。
が、五秒もしないうちに、アリスはカッと目を見開いた。
「何やってるの、あの子たちは……!」
小さく叫ぶと、椅子を蹴倒して戸口へ走っていき、そのままドアを開けて外へ駆け出した。
突然の出来事に、魔理沙の対応は遅れた。何が起きたのか分からないまま、その背中を追う。飛ぶように前を走る七色の魔法使いに必死に追いすがりつつ、叫ぶように問う。
「おい!どうしたっていうんだよ!」
「別に着いて来ないでいいから!」
「気になるだろ!」
微妙に論点のずれた叫びを交わしつつ森の下生えを駆ける二人。その前方に、小さな影が現れる。持ち主と同じ金髪碧眼の人形だった。主人に合流すると、並んで飛び出す。
「こっちか……!」
アリスは方向を三十度ほど変え、また走り出す。ほうほうの体で魔理沙があとに続く。
暫く走ると、進行方向の奥から金属音が聞こえてきた。それも、武器と武器とがぶつかり、擦れる音が。誰かが戦っている。その音源を目指し、枝葉をかき分け……
唐突に、やや開けた場所に出た。つい最近倒木があったらしい、森の空白地帯。
アリスに続いてその小さな空き地にたどり着いた魔理沙は、目の前の光景に言葉を失った。
絞り出すように呟く。
「あれは……お前の、人形か?」
アリスは答えない。代わりに、目をぐっと細めた。
空き地の中央で、姿形が瓜二つの人形が――それも、アリスが好んで用いる上海人形が――二体、これまた瓜二つの小さな鉄槍で打ち合っていた。
正確には、片方が無闇に振り回す槍を、もう片方が受け止めている状態だった。振り回す方の動きは単純で、しかもだだっ子のような情けない動き。力任せに振りかぶったかと思えば、ふにゃふにゃと力の入っていない動作で振り下ろす。対して受け止める側の動きには無駄がなく、反応の遅れもない。戦い慣れた兵士そのものだった。棒切れを振り回す子供をあしらう達人、といった図である。
しかし、双方が握るのは鋭利な鉄槍であり、しかも同一の主を持つ人形の同士討ち。異様な光景だった。
魔理沙はささやく。
「何なんだよ、あれは……!」
「……防戦している片方は、確かに私のものよ……警備に立たせていた……でも、攻撃してる方は……あれは、私が作ったモノじゃあない。偽物」
歯噛みするように答えると、アリスは防戦する人形に「指令」を出した。
「そいつは『敵』よ。貴方と同じ姿をしていても『敵』。速やかに排除するように」
瞬間、それまで攻撃をいなすことに終始していた人形の動きが、豹変する。
降り下ろされる相手の槍を受け止め、強引に跳ね上げる。隙ができた一瞬、小さくバックステップすると、がら空きになった相手の胸に体重を乗せた突きを入れた。槍の中程までが、相手の身体に埋まった。
「お見事」魔理沙が呟くと同時に、敗者の小さな身体は跡形もなく消え去った。勝者は付着してもいない血糊を払うように槍を一振りすると、主の元へと帰ってくる。
「半自律モード中に同士討ちがあったら困るから、『人形には攻撃するな』って設定したのが裏目に出たわね。ま、結局は自分で操った方が都合が良い、ってことか……」
スカートのポケットから糸を取りだし、帰ってきた人形の背中辺りにくっ付ける。そして、「偽物」が消えた場所へ歩いて行ったかと思うと、何かをつまみ上げて戻ってきた。
「コレか。魔理沙、分かる?」
「お?」
差し出された指の間を見れば、金色の絹糸のようなものが挟まっている。
「上海に使ってる髪ね。たぶん、これを元にして作り出した偽物の術だったんじゃないかしら」
「うーむ。しかし見た目はともかく、随分と動きのお粗末な偽物だったなぁ」
そうね、と呟くアリスは、心底不愉快そうな表情をしていた。自分のお気に入りを勝手に模倣されたのが許せないのだろうか。そう思う魔理沙の推測は、実のところほぼ正確だった。
「……気に食わないわねぇ……術者の顔を踏んづけてやりたい」
「お、これは名探偵アリスのご登場かな?」
「あんたの銃弾と弾倉を作る片手間で探しだしてやろうかな。さっきの雑魚っぷりからすると、どうせすぐに尻尾を出すでしょうよ。後はそれを踏んづけてやるだけね」
この間にもアリスの表情は微動だにしない。「人形のような」と言ってしまえばそれまでの無表情だったが、内面に秘めているエネルギーが白碩の皮膚を透過してにじみ出ている。つまりは怖い。
「……そういえば、最近不思議なことが多くてなぁ。地面から人が出てくるわ、虫が阿求ん家をめちゃくちゃにするわ、鉄球が喋るわで大騒ぎだ」
「虫やら身元不明人の話は天狗の新聞で読んだけれど?」
「なんだアリス、あの道楽新聞を取ってるのか?」
「購読しなくても号外が定期的に撒かれるのよ。まったく、迷惑な話」
「本当になぁ……いや、天狗はどうでもいいんだが、こうヘンテコな事件が相次ぐってのも――ひょっとすると、新手の異変かなんかかもしれない、ってな」
異変。かつて、それは紅い霧であったり、明けない夜であったり、はたまた巨大な人型の影であったりした。アリスも魔理沙も、数多くの事件に巻き込まれ、時にはそれを解決する側に回った(というよりは、異変が起こる度に魔理沙はそこへ突っ込んでいく)。
だが、今のところ彼女らにとって、最近続けざまに起きている小さな事件が「異変の前兆」だと言い切れるほどのモノではないことは確かであった。穴の底から人が出てきたところで、そいつが暴れるわけでもない。虫は確かに稗田邸を襲ったが、その後とんと姿を見ない。人が傷ついたわけでもない。
――ただ、奇妙な違和感が――当事者達の胸を、潮が満ちるように、徐々に浸し始めていた。
細雪と共に、息苦しいほどの静けさが魔法の森に降り積もってゆく。
耳を澄ませば、この森のどこかに潜むであろう化生の類いが、無言のままに叫ぶ声が聞こえてくる――とても静かな朝の出来事だった。
ついに主人公不在の回を書いてしまいました。うわぁ。
前編は敵(スタンド…というのはちょっと違う気がします)についてのちょっとした説明。でもって、後編では車椅子の彼がそれなりに進歩する予定です。
あと、ちょくちょく登場する例の銃の話を。
◆◇◆◇◆
名称……1874年製コルト 用途……人の殺傷(もう一つある?)
特性……よくわからない。試し撃ちしたとき弾丸が減っていなかった事から、魔理沙は「弾丸を造り出す能力」だと思っている。
備考……魔理沙が勝手に改造して、弾込めを楽にした。だがどちらにしろ、銃なんか不便で使いどころのないものには違いない。