再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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♯01 誰かの『九月二十五日』

 家々に、土に、木々に薄く雪が積もっている。

 

 十分ほどのち、霊夢に魔理沙、阿求と小鈴がそこにたどり着いたとき、灰色がかった寒空の下、畑の真ん中には既に百人を越える人数が形成する人だかりができていた。がやがやと不安げな声が飛び交う。

 

 「はいはい、野次馬は退きなさい」 

 

 それら群衆をかきわけて前へ進み出る霊夢。彼女の後ろに三人が続く。

 厚い人の壁を越えた先、視界が開ける。

 

 「……これは……?」

 

 思わず息を呑む阿求と小鈴。

 霊夢の言ったとおり、雪でうっすらと染まった畑の真ん中には、大きな『窪み』が口を開いていた。

 直径は四メートルほど。深さは二メートルもない。すり鉢状になった内部は、まるで誰かが均したかのように滑らかになっている。窪みの底もまた水平に均されており、その中央には二人の人間――一人は人里の医者、もう一人は寺子屋の教師――がしゃがみ込んで……力なく倒れている一人を介抱しようと試みている。

 

 霊夢と魔理沙が真っ先に傾斜を滑り降り、しゃがみ込んでいる二人に加わる。

 

 「医者の先生、どうだ?」

 「わからん。呼吸も脈も弱いが確かにある。だが頭には錐でぶち抜いたような穴が空いとるし、出血もある……全身どこもかしこも傷だらけなのは今なんとかしとるところだが、頭の穴はどうしようもない」

 

 医者の言葉の端々から、戸惑いが滲む。その様子を受けて、霊夢と魔理沙は改めて倒れ伏す人間の有り様を見つめる。

 

 男であることに間違いはなかった。身の丈はおおよそ百七十五センチメートル、痩せ型だが筋肉は発達していて、身体能力の高さを窺わせる。

 だが服装も判然としないほどに全身が傷と血にまみれ、特に頭部は『ぐちゃぐちゃ』になっている。側頭部に穴が空いているというのはどうやら本当らしい。 

 

 「魔理沙に霊夢、野次馬みたく突っ立ってるくらいなら手足の止血を手伝ってくれ!この出血量じゃ永琳たちが来る前に失血死しかねん!」

 

 医者の隣で男の生傷を桶の湯で洗い、包帯を巻き続けていた上白沢慧音が言う。半ば叫び声に近かった。霊夢と魔理沙は慌ててしゃがみ、当て布や包帯を手に取る。

 

 「縛るのは上腕だ。いや、もう少し上……そう、そこでいい」

 「お、おい、首の傷が開いて……」

 「取り敢えず布で押さえてろ!」

 

 

 「阿求、どうしよう」

 「………………」

 

 鬼気迫る穴の底のやり取りを、声もなく見守る小鈴と阿求。彼女らも背後の群衆と同じく、目の前の光景のあまりの異常さと惨状に動けなくなっていた。

 

 妖怪や狂暴な獣に襲われた者を見るのは珍しいことではない。大きな爪や牙で裂かれるのだから、被害に遭った者たちの傷害も凄まじいモノだ。しかしそれら被害者は大抵『手当てをすれば助かる』か、『手の施しようもない』かのどちらか。

 今、地面に突如として現れた窪みの底に横たわる男は明らかに『手の施しようもない』部類に入る。それどころか頭に穴が穿たれているなど、即死していても不思議ではない。いや、むしろ死んでいて当然。だが、目の前の男は『生きている』。

 

 誰の目にも明らかな致命傷を負い、なお生きているという事実が、逆に手出しを躊躇させてしまう。皆、自分に責任が降りかかることを恐れているのかもしれない。

 

 

 

 「さすがに、この写真を記事にするのは憚られるかな」

 

 

 阿求の隣で誰かが呟く。横を向くと、見慣れた顔の新聞記者が立っていた。

 

 「射命丸さん……」

 「あぁ、誤解のなきように。お二人さん、私は今、心にもない事を言ったのです。それにしても……」

 

 天狗の新聞記者は真剣な表情をしていた。普段の活力溢れる表情とはまた違った、鋭い貌。

 

 「地面に埋まっていた。全身大怪我で血まみれ。頭に大穴。それでも生きているというのは……だとすれば、あの頭の穴は……?……おや」

 

 ぶつぶつと呟きながら俯き、考え込み始めた文だったが、何者かの気配に気づいたらしく直ぐに顔を上げた。

 

 「なんにせよ、これであの人間が『どういう状態なのか』わかります。永遠亭の薬師がご到着のようですよ」

 「え?」

 

 阿求たちが背後を見ても、そこには野次馬の壁が有るばかりで、永遠亭の医師の姿など何処にも見えない。そんな二人を見て、射命丸はため息をつく。

 

 「何処を見てるの……上ですよ、上。あぁ、もう着いてますって!」

 

 急いで前へ振り返ると、ちょうど目の前に二人の人影が『降り立つ』ところだった。なるほど、飛んで来たのであれば背後を見ても仕方がない。考えて見れば、急患の元へ駆けつけるのに歩いて来る訳がない。

 

 降り立った二人のうち、長い銀髪を編んで背中へ垂らした背の高い女性が窪みの縁から底に横たわる身体を覗き込み、暫く見つめてから言う。

 

 「うぅん、酷いわね……ええっと、うどんげ。とりあえず九番から十五番まで一本ずつ、それと試作三番と五番を頂戴。その後患者を屋内に移したいのだけれど」

 「はい、師匠」

 

 うどんげと呼ばれたのは、冬物のブレザーを着込み、薄い紫色の頭髪から折れ曲がった兎の耳を生やした少女。彼女は鞄から次々と薬瓶を取りだし、窪みの底へ降りようとする自らの師匠に渡していく。渡し終えると鞄から顔を上げて、窪みを取り囲む群衆を見回す。その仕草は、誰かを探しているようにも見えた。

 

 と、いきなり阿求の顔を見据えた。

 

 「あ、いました、阿求さん」

 「は、はい!?」

 

 面食らう阿求に鈴仙・優曇華院・イナバは言う。

 

 「この近くは営業で回っているからわかるのですが、あまり広い家がありません。師匠は『施術』をなさるつもりのようで、それには少なくとも十二畳の部屋が必要なんです。そこで、あなたのお屋敷をお借りしたいのですが」

 

 稗田阿求の屋敷は百メートルほど先にある。少なくとも人里では最も大きい建物の一つに入る。だが、そんな些事はどうでもよかった。

 

 霊夢と魔理沙、老いた人里の医者、慧音……見ず知らずの男を助けようとしている人々が居るなかで、何も出来ない自分に憤っていた。流れる血に足がすくんだ自分が情けなかった。

 

 「わかりました。私の家で良いのなら、存分にお使いください」

 

 頭を下げる。

 鈴仙も微笑み、同じく頭を下げる。

 

 「……ありがとうございます。師匠、稗田屋敷です」

 

 「分かったからちょっと待って頂戴、簡易麻酔が……うん、これで多少は動かせるわ。霊夢と魔理沙は担架を。ゆっくりね……上白沢さんは阿求さんと先に行って、部屋の確保と湯の準備をお願い。このシートを敷いておいてね……里の先生、縫合は手伝って貰うわよ」

 

 竹林に住まう月の頭脳、八意永琳の矢継ぎ早の指示に人々が動き出す。

 窪みから這い上がって来た慧音が阿求に向かって叫ぶ。

 

 「稗田の当主!私が貴女を運ぶ!背中におぶされ!」

 「え、えぇ!?」

 「急がなければならん、だが身体の弱い貴女を走らせるわけにもいかん!」

 

 言うが早いか、半人半獣の教師は阿求を背中に担ぎ上げて走り出す。群衆は反射的に飛び退く。

 

 

 「ま、待って下さい!私にも手伝えることが~!」

 

 その後を慌てて追う小鈴。

 

 「よく言った!手伝ってもらうぞ!」

 「はい!」

 

 稗田屋敷を目指し、あっという間に畑から遠ざかる三人。続いて、早足で血塗れの担架が通る。

 

 「止血が完全じゃないから、ゆっくりね」

 「わかってる!」

 「魔理沙、ちょっと宙に浮きましょう。その方が振動が少ないわ」

 「師匠、施術はどのように?」

 「まずは頭部の傷が最優先ね。明らかに脳の近くまで行ってる」

 

 薬師と医師、その助手を伴って担架は運ばれていく。

 

 担架の端からだらりと垂れ下がった指先。

 その先端が、ぴくりと動いたように…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、どこかの街中に居た。

 先程までの痛みと暗闇が嘘のような、明るい街並み。自分は通りの塀にもたれ掛かっていて、土埃の立つ道の向こう、たくさんの人々が楽しげに行き交うのを見ている。今日はきっと日曜日なのだろう。街の温度が高い。

 

 ガラガラと近づく音に気がつき、顔を上げる。

 左手の方から、角を曲がって二頭立ての馬車がこちらに走ってくる。

 

 上手く言い表せないけれど、馬は好きだ。走っているならば、なおのこと美しい。

 

 手を挙げて、馬車に合図する。

 馬車はスピードを落とし、目の前で停まってくれた。

 ドアを開けて乗り込む。嘘のように身体が軽い。

 

 「どちらへ?」

 

 御者が笑顔でこちらを振り返り、行き先を尋ねてきた。

 少し考える。

 

 「……ビーチにしよう。今日はそこへ行きたい気分なんだ」

 「するってぇと、お客さんもそっちのクチか。いいですねぇ」

 「あぁ、ああ……そうだな」

 

 西に向かって馬車は走り出す。

 

 どこかの誰かを乗せて、馬車が揺れる。 

 

 

 

 

 

 

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