再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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♯02 ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンド

 

 

 

 

 窪みの底から出てきた男が搬送され、野次馬の垣はだんだんと薄くなっていった。ほとんどの者がそれぞれの元々の目的地へ向かうようであったが、中には手術が行われる稗田屋敷を目指して歩き去る者もいた。

 

 その中にあって一人、途方に暮れたように畑の窪みを覗き込んでいる男が一人。

 

 「どうすんだこれ……」

 

 中年に差し掛かった年齢の彼は、この畑の持ち主であった。今は閑農期であるとはいえ、ここまで大きな穴ぼこを放っておく訳にもいかない。かといって、今しがた素性のしれない瀕死の人間が出てきた不気味な窪みである。どうしてよいものかさっぱりわからず、途方に暮れた様子で顎などさすっている。

 しばしそのままでぽつねんと立ち尽くしていると、彼の背後から話しかけてくるものがあった。

 

 「すみません。もしや、この畑の持ち主さんで?」

 

 振り返ってみると、白いブラウスに黒いスカート、首に紅葉色のマフラーを巻いた出で立ちの若い女性が立っている。足元を見れば高下駄。頻繁に人里を訪れる、知名度の高い新聞屋の姿がそこにあった。

 

 「これはこれは天狗様。はい、いかにも私がこの畑を所有しております」

 

 思わず下手に出てしまった平凡な人間の態度に対して『天狗様』は「堅苦しいのはなしですよ」と苦笑しつつ続ける。

 

 「お願いがあるのですよ。申し訳ないのですが、この大きな穴はしばらくこのままにしておいていただけませんか?もちろん用が済んだら私が埋め戻しておきますから」

 「造作もない、寧ろ……しかし、『用』というのは?」

 

 射命丸文は懐から一眼レフのカメラを取りだし、片目を閉じてみせる。

 

 「ただの好奇心が半分。あと半分はライフワークというやつです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、稗田屋敷の一室。普段は客間として使用されている十六畳の和室だが、今は即席の手術室と化している。重体の男の身体が乗せられた卓の周りには、透明なビニールシートのような幕が降りて、一種の無菌室を造り出している。

 今そこへ、除菌の術式を身体に掛けた永琳と鈴仙が入る。

 

 「師匠、準備は出来ていますが……」

 「心配は無用。私に不可能はない」

 「いえ、そっちではなくって」

 

 鈴仙がやや半目で永琳を見る。視線の先で、永琳は平生と同じ雰囲気のまま佇んでいた。

 

 「では他に何か用があるの?」

 「この『人』……一体どうなっているのでしょうか」

 「それを今から調べるのよ。止血の済んだ今、頭に穴が空いているこの状態でも何故かバイタルは安定しているようだし、治療のためにもこの時間を活用した調査が先決、ってこと」

 

 男は現在、麻酔によって気を失っている。明らかに脳髄まで達しているであろう傷を負いながら、それは致命傷となっていないのだ。

 

 いや、確かに運ばれてくる少し前までは、頭の損傷は致命傷であったはず。それが原因で意識を失っていたはずなのに、今彼は『回復』しつつある。その様子はまるで不死者のそれだった。

 

 何もかも異常。

 

 

 「さて、取りかかるとしましょうか。まずは頭部に空いた穿孔の原因を調べる……内視鏡が無いのが痛いけれど、そこはあなたの術でカバーをお願いね、うどんげ」

 「可視光の細かい波長操作は苦手なんですけど……やってみます」

 「頼むわよ。あなたがしくじったら殺人犯は私なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車が走り始めて五分が経過した。

 足元から伝わってくる振動は荒く、馬車が既に市街地を抜けたことを教えてくる。ドアにつけられた小さな窓から外を覗きこむと、景色の向こうに水平線が見えた。

 

 太平洋は、朝日を一身に受けて蒼い輝きを陸に投げかけている。 

 

 見ているだけで、無性に駆け寄りたくなるような美しいものがそこには……

 

 

 「ごめん!ここで下ろしてくれないかな!」

 

 

 考えるよりもずっと先に言葉が走っていた。

 財布にはたっぷりお金がある。仕切り越しに御者へ金貨を五枚も渡してやる。大奮発。

 タラップから飛び降りると、馬の上から御者が話しかけてきた。

 

 「へへ、お客さんずいぶん楽しげだねぇ。やっぱり楽しみかい?」

 

 あぁ、もちろんさ。

 

 「そりゃそうか……なんてったって『空前絶後』のビッグなイベントだからなぁ」

 

 ……そう、そうだったな。

 

 「ははは……ところでお客さん、あんたもしかして……」

 

 どうかしたのか?

 

 「……いーや、なんでもない。それじゃ、楽しんで来いよ!」

 

 

 馬車は砂ぼこりをあげて大きくUターンし、もと来た道を走り去っていく。

 それじゃ、行ってみるとするか。

 

 腕時計を見ると、時計はまだ八時を指している。

 『何か』が始まるのは午前十時だ……そんな気がする。ここからビーチまで、あと二十分もあれば辿り着くだろう。

 

 ゆっくりと歩く事にした。

 陽射しが眩しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 「む……そんなに地面は固くないようですね」

 

 雪がちらほらと舞う中、文は窪みの底をあちこち調べて回っていた。

 

 「ん……なんかこの辺、妙に固い……?」

 

 文の足がある一点で止まる。表面は一見すると他と変わりのないように見えるが、踏んでみるとすぐに分かった。

 この下に、まだ何か埋まっている。

 

 「まさかもう一人、なんてことはないでしょうけど……一応掘ってみますか」

 

 天狗はしゃがみこむと、自らの手で土をかき分け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の脚で歩く、というのは気持ちのいいものだ。

 長らく忘れていた感覚に浮き足立ち、無意識に早足になっていたのか、二十分でビーチの側まで着いてしまった。ゆっくり歩いて景色を楽しもうと思っていたのに。

 

 『空前絶後のビッグなイベント』の設備なのか、ビーチ沿いの牧場には屋台やら仮設トイレやら何かの受付所らしきものやら、いろんなものが立ち並んでいた。

 そのわりにここは閑散としている。なにやら牧場の柵に寄りかかってゲラゲラ笑っている二人組が居るくらいのものだ。もう、みんな『イベント』を観に行ってしまったのだろうか。

 

 

 だとしたら急がないと。

 

 ひとまず、側にあった受付所を覗きこんでみる。

 中では髪のツンツンした小男が暇そうに耳をほじくっていた。胡散臭げにこちらを見上げてくる。

 

 あの……?

 

 「『出場希望者』の方ですか?でしたらここにサインして、出場料『1200ドル』を支払って下さい。ゼッケンと証明書をお渡しします」

 

 いや、そういうわけじゃあ……ええと、ここから観客席はどうやって行けば?

 

 「……それでしたら、この農道を真っ直ぐ行けば見えてきますよ」

 

 つまらんことを聞くな、と言わんばかりに再び耳をほじくり始める小男。なんだかムカッと来たが、怒ってもしようがない。素直に従うことにする。

 

 

 その時だった。

 

 

 「オイ……オイオイ、もういい加減止めた方がいいんじゃねーのかッ?」

 「バーカ、いい見世物じゃねーか」

 「ギャハハ、それもそーだな!」

 

 

 振り向いて見ると、さっき笑い転げていた二人組が背後で騒いでいた。

 

 

 「しっかし、アイツいつになったら諦めんだ?」

 「さぁ、知ったこっちゃねー。俺たちも行こうぜ、そろそろ時間だ」

 

 

 馬を牽いて立ち去ろうとする二人を、駆け寄って呼び止める。

 

 「あ?なんか用かい」

 

 なぁ、さっきから何の話をしてるんだ?

 

 「あぁ、そのこと……ホレ、見てみろ」

 

 二人組のノッポの方が牧場を指差す。一頭の馬が歩き回っている。その足元に……人がいる?土埃を上げて蹄を踏み鳴らす、荒れた老馬の足元に……

 

 どうみても引き摺られてるじゃないか。何なんだ、あいつは?

 

 「アイツさぁ、昨日の晩からずっとああしてるんだよ。なんでも元天才ジョッキーだとかで……でも、今はあの有り様だ。アイツの脚、見えるか?」

 

 よく目を凝らして見ると、まだ少年と言ってもいい年頃の彼の脚を、大きな木片が貫いていた。

 

 「フツーなら大怪我だけどな、アイツの脚は『歩けない』うえに『感覚もない』らしい。そこに転がってる車椅子、あんだろ?ありゃアイツが乗ってたヤツだ」

 

 牧場の柵のそばには、確かに粗末な車椅子が倒れていた。

 

 「バカだよなぁ……なあ、アンタもそう思うだろ?」

 

 うん、本当に馬鹿らしいことをやってると思うね。

 

 「だよなぁ!ま、バカは放っといて俺たちは先行くぜ、じゃあな!」

 

 二人組は並んで去って行く。あとには、馬に踏まれ、蹴られ、引き摺られる「かわいそうな」少年と、自分だけが残った。

 

 

 

 ……だいたい、よしんば乗れたとして、君は何処へ向かうつもりなんだ?その身体で、その動かない脚で、いったい何処へ?

 

 ……希望?光?執念に燃える瞳が語る。その目はずっと、遠くを見ている。

 そうか、そういうことか。

 

 彼は馬に乗って何処かへ行きたいのではない。

 きっと、少しでも前に進みたいだけなのだろう。

 どん底にいる自身の身体を、前へ、前へ……

 

 自分は?

 この自分は、彼に比べてみて、どうだろう。

 彼は前へ進もうとしている。自分は……

 

 

 なにもかも無くしてしまった。

 それでいて、何をするでもなく漫然と漂っている。前も、後ろも無いまま。

 

 

 ……馬鹿はどっちだ。

 

 

 

 

 いつの間にか辺りにはだれも居ない。あの少年も、気だるげな係員の座る受付所も、なにもかもが居なくなった。

 

 何もない空間、目の前に、あの少年の車椅子が転がっている。

 

 

 

 「これは『選択』だ」

 

 

 

 『僕』の背後から優しく力強い声が、小さく囁く。

 

 

 

 「今のお前の心には『迷い』のみがある」

 「少しでも、『再生』し……」

 「再び歩き出す意志が有るのなら」

 

 

 

 僕は…………

 

 

 

 「意志が有るならば、『始まりに還れ』」

 「もう一度、出発しろ」

 

 

 

 僕の、『始まり』は…………『これだ……』

 

 

 

 

 地面に転がる車椅子を起こし、腰掛ける――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ。なんとか引っ張り出せましたが」

 

 

 射命丸文は、傍らに土まみれで佇立している、十分間の悪戦苦闘の成果を見る。

 

 

 

 「これは、『彼』に関係するものなのでしょうか……?」

 

 

 

 彼女はひとまず、これを稗田屋敷まで持っていくことにした。

 

 

 

 屋敷の中では、未だに手術が続いているのだろうか。

 

 

 

 文は掘り出された『古ぼけた車椅子』を担ぎ上げ、ふわりと飛び立った。

 

 

 





 今話のタイトルはアメリカのロックバンド「Green day」が2004年にリリースしたアルバム「american idiot」の楽曲、「wake me up when september ends」より勝手に拝借させて頂いております
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