頭上に覆い被さる木の葉の色は、青みがかった深い緑色。葉の群れは、空に輝いているはずの太陽を僕の目から覆い隠して、視界の全てを昏い暗緑色に沈めてしまっている。昼間の世界を隅々まで照らしている陽の光さえも、ここには上手く入り込めない。森に入るまで吹いていた心地よいそよ風も、この鬱屈とした場所までは届かないようだ。前に進むたび、ぴたりと止まってしまっている空気の中を掻き分けるような――生ぬるい水の中を泳がされているような――気分になってくる。
僕たちの進む道の左右を塞いでいる森は、まるで外から入ってくるものを全て拒否しているかのようだった。木々は何も言わないままで、ただ森を通るものを見下ろしている。その視線を感じるたびに、僕は背筋がうそ寒くなるような感じを受ける。本当は見られてなどいない……頭では分かっていても。
前を歩く少女二人。僕が見失うまいとしている背中。
本居小鈴は霧雨魔理沙に寄り添うように歩いている。彼女もこれを、誰からのものでもない視線を感じているのかもしれないと僕は思う。森が放つ静けさ……気味の悪さ……淀んだ空気の溜まった心地悪さ……それらが全部いっしょくたになって、ありもしない目を拵えるのだ。
曲がりくねった樹の根の隙間から。
途中で折れた/大木の/うつろな/幹の中から/聴いているよ/いない。
誰もいない。/覗いているよ
ざ わ ざわ /誰もいないって言ってるだろう。
睨み付けるように辺りを見回すと、そいつらは一斉に隠れてしまう。半分は森の奥深くへ、もう半分は僕の頭の中へ。ほらみろ、やっぱり本当には居やしないんだ。僕を脅かそうったって無駄だぜ……
でも、この感覚は何だろう。似たようなものをどこかで味わった気がする。それは……考えながらも進むことは止めない。手を動かせ。足の代わりに車輪を前へ。前へ、前へ……何処までも続く黒い樹々の壁……僅かな木漏れ日の昏さ……辺りを包む生暖かい風……遠くから聴こえてきた小さな音。何の音だか分からないうちに耳の中へ入ってきて、そのまま耳鳴りに変わっていく。
……十メートルほど先に見える道の曲がり角。僕の先を歩く少女二人が、その向こうに消えていく。早くあの角を曲がらなければ。僕は車輪を握る手に力を込める。一人でいると、頭がどうにかなってしまいそうで……
……何処までも続く黒い樹々の壁……
……僅かな木漏れ日の昏さ……
……砂利と小枝を噛む車輪の歯軋り……
……誰かが自分を見ているような予感……
「――いるのか?」
誰にともなく呟く。応えるものはない。何かが居たところで、そいつはきっと応えることはないのだろう。そのうち、木々のざわめきが誰かの嘲笑に聴こえてきて、無性に腹が立つ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……森に入ってからどれくらい経っただろうか。
ずっと周囲の気配に耳を澄ませながらここまで来たものだから、自分が一体何分、あるいは何時間歩いているのか分からなくなっていた。太陽の傾き具合で時刻を推し測ろうと頭の上を見上げても、そこには相も変わらず枝と葉の天井が厚く立ち込めていて、光源の位置すらはっきりしない。こんなところを、一体どこまで進んで行けばいいのだろう。
そんな、嫌気の差したような疑いというか疑問が渦を巻き始めた時だった。僕たちの先頭、数メートル先を歩いていた白黒のシルエットが立ち止まった。
「ふぅ。着いたぜ」
そう言って、道の左側を指差している。僕のいる場所からでは、そこに何があるのか見えない。ただ木と木が絡み合って視界を塞いでいるだけだ。「早く来いよ」と手を振って招く魔理沙の側へ並ぶ。
彼女の指の差す先には、奇妙な空洞があった。切れ目なく続いていた樹木の壁に、そこの部分だけキレイな大穴……大人一人楽々と通れそうなトンネル、通路のようなもの……が口を開けていた。
「今朝のうちに通れるようにしておいたんだ。とりあえず入ってくれ」
そう言って小鈴と僕をその通路に押し込む。この通路の先に何があるのかすら、魔理沙は説明しない。見た方が早いとでも言いたげな体で、僕らの後から「さぁ行った行った」と急かしてくる。大切な宝物を友達に見せる子供のような、抑えきれない笑みが口許にあった。
短いトンネル。出口を潜ると突然、頭上から溢れんばかりの光が降り注いだ。眩しさに思わず眉の上へ手をかざす。この光は何だ。さっきまで薄暗い森の中に居たのが信じられないくらいの、この明るさは……まぶたの裏で視界を塞いでいた緑色と青色の残光が消えてしまうと、ようやく辺りの様子が分かってきた。
そこは樹々に囲まれた、半径二十メートルほどのいびつな円形をした空き地だった。黒っぽい地面を短い草や苔が一面に覆い、ところどころ膝ぐらいの高さの幼木が生えている。
何より目を惹いたのは、空き地の中央辺りに折り重なるようにして横たわっている、二本の巨大な倒木だった。一本は真ん中から裂けたような形で、もう一本はその上に、根本から折れて倒れかかっている。何があったらこんな風になるんだろうか。二本ともかなり朽ち、苔むしている。木が倒れたのはどちらもかなり前のことだったらしい。
森の色が灰色がかった緑だったのに対して、この空き地の色からは明るい若葉の印象を受けた。上を見上げると、底抜けに明るい青空が丸く切り取られてそこにあった。倒木が生んだ、森の隙間といったところだろうか。僕は木々の井戸の底から遠い空を見上げているんだ。
僕に続いてトンネルから出てきた小鈴もぽけーっとした顔で辺りを見回している。その更に後から出てきた魔理沙が、傍らに浮いていた箒から荷物を下ろし、「面白いだろう」と得意げな様子で腰に手を当てた。
「三ヵ月ほど前、ちょっとした雷雨があってね。その時落雷があった場所なんだろう、ここは。見ての通り、二本の大きな楢が立っていたんだが、雷霆の直撃を喰らって……」
彼女は空き地の中央に横たわる倒木の側まで歩いていき、緑色の苔に半ば被われた幹の片割れを、持っていた箒の柄で軽く叩いた。絨毯を叩いたような音が、朽ちてがらんどうになった幹の中で反響し、湿り気のあるくぐもった音を立てる。
「この有り様だ。地面少々焦げているところを見ると、ある程度は燃えたのかもしれない。……この森は年中湿度が高いし、もし火が起こっても大して燃え広がらないんだけどな。どっちみちそうはならなかったが。そんで出来上がったのが、この妙な場所ってワケだ。少し前、山の方へ向かっている途中に上空から見つけて、思ったんだ。『こいつは期待できそうだ』ってね。何故かって? そりゃあ、森で夜を明かすにはちょうどいい場所だし、近くに水場だってある……何より……ほら、小鈴、ジョースター。こっちへ来いよ」
魔理沙は倒木の後ろへ回って、早く来いと手招きしている。僕と小鈴は訝りながらも言われるがままに、妙に生き生きとした魔法使いの少女の側に行く。彼女は倒木のある一点を指差した。
「……聞いたことがあるだろう。落雷の跡では茸がよく育つ」
そこには茸が、大小さまざま、色とりどりの茸が十本ほど、固まって生えていた。見るからに身体に悪そうな赤色をしたもの、禍々しい形をしたもの、比較的地味な茶色の平たいもの。
よく見回すと、辺りには同じように茸が固まって生えている場所がちらほらと見受けられた。同じような色合いのもので集まって柱のようになっていたり、ぽつぽつと色違いの「かさ」が顔を出しているだけだったり……ここは、多種多様な茸の群生地になっているようだった。
魔理沙が言った。
「茸だけじゃない。木が倒れたことで陽当たりがよくなったから、これまで森では育たなかったような植物も、ここにはちらほら生えている。こういう場所では珍しいものが見つかることも多い……
小鈴はちょっと首を傾げていた。
「うーん、せっかく来たんだから、色々体験してみなきゃ損でしょ? 魔理沙さん。お礼だとかは関係なく。それで、一体何を集めればいいんですか?」
「私があなたを手伝うのは当たり前」とでも言いたげな顔だった。魔理沙は嬉しそうに頷いて、自分のチョッキのポケットをまさぐり始めた。
「ん、ありがとう。採集したいものはメモって来たんだが……どこだったかな」
仕舞い込んだ場所を忘れてしまったのか、服のあちこちをひっくり返したり叩いたりしている。懐やポケットは勿論、帽子の中 (どう転んだらそこへしまうことを思い付くのだろう) から果ては靴の裏まで、おかしいおかしいと呟きながらメモを探して、結局出てきたのはスカートの裏地からだった。裾をちょっと持ち上げただけでカチャカチャと金属の擦れ合うような音がしたところをみると、他にも何か仕込んであるらしい。
「へー、色々……これ、何に使うんですか?」
メモを受け取って読みながら小鈴が訊く。返答はこうだった。
「そういうのは後だ。後で話すから……さぁ、取り掛かろうぜ。まずはこの木の周りからだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕たちは木の周囲の苔の上へめいめいにしゃがみこみ、あるいは座り込んで茸を採り始めた。魔理沙に渡されたキメの荒い牛革の手袋を嵌めて、ナイフで一つ一つ根元を丁寧に切り取っていく。乱暴にむしるのもダメ、ごっそり全部取ってしまうのもダメ。面倒だけど、彼女がそう言うのだから仕方がない。
柄の部分に刃を押し当てて引き切るのだが、茸の種類によっては柄が妙に強靭で、上手く刃が通らなかったりした。そういう時は魔理沙を呼んで、
「ん? そうだなぁ、もう七、八年はやってるかな」
いつ頃から森に入ってるんだ、という僕の問いに、魔理沙は懐かしげに答えた。
「初めて森に採集に入ったときは、私も今とは比べ物にならないくらいチビでさ。こんな鉈なんて重すぎてうまく持てなかったから、藪を刈るのに苦労したっけ。まだちゃんと空も飛べなかったし、今思えばあの頃は本当に何も出来なかったんだな、私は」
「今は出来るようになった。そうだろ?」
しつこい茸の束をどうにか木から切り取りながら、僕は言った。魔理沙は少し笑って、「まぁ、飛んだり撃ったりについては、前より上手くなったな」と言ったが、一拍おいてため息をこぼした。
「……どうかな。そりゃあ背も伸びたし、力もついたし、魔法だって色々使えるようになったが。私の知り合いには百の衛士人形を意のままに操れるやつもいれば、千の魔導書を読み使いこなすやつもいるんだ。そいつらに肩を並べるためには、経験も実力もまったく足りないよ」
頭を振りつつも笑顔を作る魔法使い。鉈を拭う彼女の横顔はどこか寂しげだった。
違う。彼女はきっと弱くない。危険も多いだろう森の奥深くに何年間も分け入って、これまでずっと生きていられたのだから、弱いはずがない。現に僕たちをここまで連れてきたじゃあないか……そう伝えてやりたかったが、言葉がうまく出てこない。そもそもつまらない慰めを言ったところで、それが彼女にとってどれだけの助けになるだろうか? 上っ面だけの言葉では……
そうこうしているうちに、魔理沙は立ち上がり、倒木の反対側で作業をしている小鈴の方へと歩いて行ってしまった。
背筋を真っ直ぐに伸ばした少女の陽の色をしたおさげ髪が、木の向こうに消えてしまってからも、僕はしばらくの間、さっき言い損ねた言葉をこねくり回していた。
―――――――――
茸や雑草……のようにしか見えない薬草……を採る作業は単純だったが、続けているうちにだんだん楽しくなってきて、僕は随分と長いこと脇目も振らずに作業をしていたらしい。気がつくと、頭上の太陽はかなり傾いて、そろそろ夕焼けの色が滲み始めている。
柔らかな苔の上に横たわった僕の身体の側には、色とりどりの茸がたくさん。摘んだ薬草が少し。あと、魔理沙に言われて拾った、よくわからないものが数個。倒木の下から出てきた白っぽい石ころ……魔理沙曰く「かなり高い割合で石英が含まれている石で、里の硝子細工屋に売れる」石ころ……とか、苔の生えかけた何かの骨 (何らかの魔物の骨……らしい、と魔理沙) 、滑らかで青っぽい小石 (特に珍しいものではないらしいが、小鈴が気に入ったので) だとか、総じてがらくたに見える。ふと、いい歳してなぜこんなものを集めているのだろう、と真面目な疑問が頭をよぎった。同時に、なぜこいつらを集めるのは楽しかったのだろう、とも思った。
今は遠い時間の向こうに吹っ飛ばされてしまったことだけれど、身体だけ大人になってしまった僕にも「少年時代」というものはあったに違いなくって、
記憶を取り戻したとしても、
凝り固まった身体をほぐそうと腕や腰をぐるぐる回していると向こうから、大きな荷物をしょって、なぜか数尾の魚を棒に刺して担いだ魔理沙が歩いてきて、しかめっ面をしてこう言った。
「ちょっと長居し過ぎたな。あと小一時間で日没なんだが、今から森を出るのは私一人ならともかく、お前や小鈴にとっては危険だ。あまりしたくはなかったが、今夜はここで夜営を張ることにしようか……うん? 魚か? ちょっと離れたトコの小川で獲ってきた」
「小鈴と一緒に水汲みに行ったついでにな。気づかなかったか?」言いながら、どかーん、と背中の鞄を下ろす。がさごそと探った鞄の中から出てきたのは、畳まれた大きな布切れ。テカテカした変な素材で出来ていて、金属の枠が付いている。「これな、香霖の店で買って……未だによくわからないんだが……」と呟きながら、魔理沙はそれを広げていった。黙って見守る僕の目の前で、布切れはどんどんと立体的になっていき、ついには五メートル四方ほどの、布でできた丸い洞穴のようになった。
つまりはテントだ。
最後に小さな杭を刺して固定すると、それは本当の野営テントに見えた。入る穴がなかったが、魔理沙がテントの正面の「弧を描く縫い目」の端を掴み、一気に引き下げると (キュイーン、という音がした) すぐに入口が現れた。魔理沙は一端その中に入って、広々とした中の空間を確認すると、しばらく後に入口から困惑したような顔を覗かせた。
「テントになるんだよ。なぜここまで軽い素材で出来るのかは分からん。外の世界の連中は妙なところで頭がいいからなぁ……まぁとにかく、ここで一晩明かすしかない」
「………………」
「……仕切りはちゃんとするから安心しろ」
「うん……? あぁ、分かった」
それにしても便利なもんだなー、と魔理沙が呟く。僕も同感だったが、それよりも一つ引っ掛かることがあった。二人で水汲みに行ったって? だったら、
「……小鈴はどうしたんだ」
「ん? 広場の入口までは一緒だったんだ……が……」
ちょうどその時、例の広場の入口の方から悲鳴が聞こえてきた。
「く、来、来ないでーっ!」
その叫び声は明らかに小鈴のもので、悲鳴といえば悲鳴だったが、なぜか今一つ緊迫感がなかった。トンネルの方を振り返ると、バタバタという足音と共に、憔悴しきった表情の小鈴が飛び出してきた。動転してはいたが、両手にはしっかりと水桶の取っ手が握られていた。
僕たちの前にたどり着き、息を切らせてへたりこむ小鈴。とりあえず無事だったことにほっと一息ついて、魔理沙が遠慮がちに訊いた。
「……あー、小鈴? どうしたんだ?」
いささか危機感を欠いた質問だったが、当然小鈴は気づいていない。ぜーぜー言いながら、青い顔をこちらに向けてどうにか言葉を吐き出した。
「む、むかで。でっかいの」
途切れ途切れの言葉。彼女が指差すのは、空き地の入口。そこに、黒い長モノが横たわっていた。いや、横たわっているのではない。うねりながら、徐々にこちらへ近づいて来るのだ。微かに、「カチ……キ…カチ」という、金属質な音が聞こえる。
確かにムカデだった。それも、人の腕を一回り大きくしたような、規格外の大きさの。
その長い虫は僕らの手前、十メートル程のところで一旦動きを止めた。僕はそいつから目を離さずに、声を低めて魔法使いの名前を呼んだ。
「……魔理沙。どうする、あれを……」
そうして、横に立つ彼女の表情を窺う。
笑っていた。
「へぇー、結構大きいなぁ。ウチの周りには、あんなにでかいのは出ないよ」
いつも通りヘラヘラしている。すぐ向こうに化け物じみた大きさの醜悪なモノがうごめいているというのに、身構えたり怯えたりする様子は全くなく、むしろ楽しそうに。その精神的な図太さは、もはや男とか女だとかの問題を越えてしまっていた。僕だってあれは怖い。小鈴はなおさらだ。
魔理沙は懐から丸っこい木の箱のような物を取り出して、ムカデと見比べながら「うーん」と唸り、そして僕に向かって言った。
「お前、あれ撃てる? 阿求がなんか爪がどうとか言ってたやつ」
「
「私の『ミニ八卦炉』は火力の調節が大味なんだ。下手すると広場がメチャクチャだよ。なぁ、あの時虫を撃ったんだろ? だったらムカデぐらい簡単だな?」
いや、あの時 (たぶん僕が最初に目を覚ました時だ) はとっさに……というか、身体が勝手に動いたというか……別に虫を撃つことが「早くしろ! 小鈴が失神しかねん」……
このふざけた魔法使いの娘に言いたいことは色々あったが、それらすべてを喉の奥へ押し込めて、僕は右手の指先を前へ向けた。ムカデはしぶといから、一応五発全部撃つことにして、狙いを定める。照準が定まった瞬間、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いや、ほんとに胆が潰れましたよー」
目に見えてぐったりと疲れきった小鈴の声。悪かったよ、と焼き魚を頬張る魔理沙の表情は、いつもに増して不真面目なにやけ面。
カラスの羽のような色をした、魔法の森の夜。
明々と燃えるかがり火を囲む僕たちの会話と、時々そこへ飛び込んでくる乾いた音……薪の爆ぜる音が、森の静けさを叩いている。目の前で揺れるオレンジ色の炎を、僕はその熱に潤んだ目で見ている。
例のお化けムカデは、僕に仕留められた後、魔理沙がどこかへ片付けてしまった。今ごろは、ずたずたになった身体をどこかの藪の闇の中に晒しているのだろう。想像すると、とたんにむなしさが胸の奥から滲み出てくる。あの長虫は、別に僕たちをどうこうしようと思って、この空地に来たのではなかったのかもしれない。危ないから、気持ち悪いからって殺してしまったあのムカデは……ひょっとすると僕たちと同じように、この変てこな場所に興味を惹かれて、気まぐれに訪れただけだったのかもしれない。
バカらしい、考えすぎだ。こんなこと、誰かに言っても笑われるだけ。だから口には出さずに話しかける。なぁ、僕はやっぱり変な奴かな、阿求、魔理沙、小鈴……じゃあ、僕はどんな人間だったんだ? ジャイロ・ツェペリ……自分で答えを探すつもりでいるのに、やっぱり (ここにいる、いないは関係なく) 皆の事が頭を離れない。
緩やかな風に吹かれるように、一つのイメージが記憶の裡をかすめた。
いつか、誰かと二人で囲んだ
「……考え事か?」
顔を上げると、焚き火の向こうから、オレンジ色に照らし出された少女の顔が二つ、じっとこちらを見ていた。瞳がギラリと輝くのは炎の反射のせいで、けっして僕の心を見透かそうとしているのではないのだ、と自分に言い聞かせる。やっぱりバカみたいな事ばかり考えている。
「……何だか知らないが、あまり怖い顔をするなよ。何の得にもならんし、第一飯が不味くなってしまう」
口元を手の甲でちょっと拭う魔法使いの少女。
突然、ぱたん、と後ろに倒れた。倒れたままこう言った。
「上。上見てみろよ、二人とも」
僕と小鈴は言われるままに首をのけ反らせ、上を見上げる。
そして、二人同時に息を止めた。
木々の井戸の底から見上げる空には、僕の知っているものと見かけ上は変わらない星空があった。だが、今やその星々はありきたりのものではなく、一つ一つが無言の圧迫をもって、僕たちの頭上にひしめき合っているように感じられたのだ。切り取られた
「……くだらないことで頭の中が一杯になったら、こうして空を見るんだ。不思議なことに、そのうち大抵のことはどうでもよくなってくる。人間なんて単純でちっぽけなもんだ。……もし、大事なことについて頭を悩ませているのなら、それはそれで、ぼーっと空を見ていると、さっきまでこんがらがってた問題が綺麗に片付いてたりする」
けっこう便利なんだよな、と魔理沙はいつものようにケラケラ笑う。
「私の話ばかりして悪いが、弊害もあるんだ。ん、馬鹿らしい世迷い言だと思って聴いてくれ……こうして星ばかり見ていると、どれか一つだけでもいいから、自分のモノにしたくなるんだ。こんなに沢山あって、誰のモノでもないなんてそりゃ、もったいなさ過ぎるだろう? だったら……なんだよ、笑うなよ、小鈴」
魔理沙はがばりと起き上がって、隣で忍び笑いのようなものを漏らしていた小鈴を見下ろした。小鈴はなおも笑いながら「ごめんなさい」と言って、目を擦った。
「だって、あんまり欲張りなものだから、それが凄く魔理沙さんらしいな、なんて」
「欲しいものはどうしたって欲しいんだ。……仕方ないだろう」
「はいはい。……けど私だって、貰えるものなら貰いますよ、お星さま。誰だってそうなんじゃないかなー、って。ねぇ」
小鈴は寝転がったままこちらを見た。
その問い掛けと視線が何となく気恥ずかしくて、僕は愛想笑いで誤魔化そうとした。だが結局上手く行かずに、逃げるようにもう一度空へ視線を泳がせた。
「そうなのか? ……いや、わからないよ。自分のことなのにな……」
自分が今生きている場所の、自分の周りのことだけで手いっぱいだというのに、空の遥か高くにある世界の事まで考えて、あわよくばそれが欲しがるだなんて……(今の僕には)……想像もつかないくらい
しばらくの間、沈黙が訪れた。空き地の苔の上に寝そべって見上げる夜空に、あかあかと燃える柴から弾き出された火の粉が舞い上がり、蛍のように飛び回ったかと思うと、すぐにまた真っ黒になって見えなくなる。静けさに任せて色んなことが頭の中を飛び交うが、思い出されるのはほとんどが、これまで見てきた「記憶のかけら」のシーンばかりで、しかも一つ一つが短いから、ずっと同じところをぐるぐる回っている。そこでは「ジョニィ・ジョースターとかいうヤツ」が「ジャイロ・ツェペリという男」を追いかけて、馬に乗って荒れ地を駆けているのだ。
ぼくだけど、僕じゃない。
不意に、魔理沙のものらしい声が聞こえた。
「……誰だって
語尾は大きな欠伸になった。「別段起きてる理由も無いし、そろそろ寝るとするか」と呟いて、魔理沙は立ち上がった。いつの間にか居眠りをしていたらしい小鈴をずるずると引きずって、テントの中へ運びこんでいく。戻ってくると、焚き火の側の水桶を掴んで言った。
「お前ももう寝ろ。テントの入り口に盥と手拭いがあるから、顔とか手とかだけでも拭いとけ。あぁ、あとお前の寝袋は仕切りの向こう、一番奥のやつだ……火、消すぞ」
頷くと、水の蒸発する音とともに辺りが真っ暗になり、木の焼けるの匂いが一気に広がった。ぼーっとしたまま空を眺めていた僕は、半ば煙にいぶされるような形で焚き火の側から退散せざるをえなくなった。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡
窮屈な寝袋にどうにか脚を押し込んで横になると、自分がミノムシにでもなったように感じた。脚が動かないから余計に、かもしれない。案外心地よかったから文句はないけれど、これでは何かあった時とっさに動くことは出来そうにないな、と思った。でも考えてみれば普段の僕だって同じようなもので、例えば超越的な力を持った化け物が襲ってきたら、それこそどうしようもないのだ。
布の仕切りの向こうで早くも寝息を立てている魔理沙のことを思う。「何か」あったら彼女に頼るしかない。不思議と僕の中で、彼女に対する信頼はすでに出来上がっていた。年下の女の子を頼るのは、情けない事には違いないが……そういえば、さっき魔理沙が言っていたこと、あれはどういう意味だったのだろう。
光を持ってるヤツには、もう星を欲しがる理由はない……とか……
意識に黒いもやがかかってきた。すでに上まぶたが下のそれとくっつきそうだ。落ちかけている。まぁいいさ。難しいことを考えるのは、別に太陽が昇ってからでも構わないだろう。急ぐ必要はどこにもない……
目を閉じてしばらくすると……夢か、はたまたさっきの残像かはっきりしないが……まぶたの裏側に無数の光点がちらつき始めた。
(間章 intermission:happy 終)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルビに振ってある横文字は全て何かの引用です
息抜きで書くつもりがなんか一万字越えてました
第二章タイトルは「firefly / *** *」とします(仮)。
伏せ字の部分は途中で開示予定です(仮)