再生と追憶の幻想郷   作:錫箱

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前回のタイトルナンバーが盛大に間違っていました






#37 接近

 

 

 

 たまには気分を変えて、見晴らしの良い所で本を読むのも一興だ。

 そう考えたパチュリー・ノーレッジが、背後に十数冊の浮遊する本たちを従えて地下図書館を出たのは、ちょうど午前と午後の変わり目にあたる時間だった。湖の畔に佇む紅い洋館はひっそりと静まり返り、窓の少なさとも相まって、あたかも巨大な霊柩の様相を呈している。そう、この館は霊柩だ。廊下を滑るように移動しながら、七曜を使役する魔女はそう感じた。全く正しい比喩である。

 

 (棺の主はどう思ってるのかしらね)

 

 夜型を絵に書いたような館主は現在、薄暗い自室に置かれたベッドの上の、黒い棺の中で眠っていることだろう。わざわざベッドの上に棺を置いているあたりが、かの吸血鬼の持つ妙な拘りを示している。紅魔館という巨大な棺のさらに内側、黒檀で誂えられた小さな棺で彼女は眠っている。二重の棺、その言葉遊びを判った上で楽しんでいるのだろうか。レミリア・スカーレットとの付き合いも随分長いが、未だに読めないところがある。

 

 階段を登り、フランス窓を開け放つ。

 バルコニーいっぱいに深い霧が立ち込めていた。

 

 (む……)

 

 霧自体は予想の範囲内だったが、あまりの不明瞭な視界に眉根を寄せる魔法使い。気だるげに人差し指を持ち上げ、空中に掲げると、途端に辺りの霧は渦を巻き、やがて彼女の指先へと収斂していった。バルコニーがすっかり明るくなったところで、その指をひょいと振る。人の頭ほどの大きさの水玉が手すりを飛び越え、湖の方角へ音もなく飛んでいった。

 

 透明になったバルコニーから見渡す景色。きらめく雨上がりの光彩、雲の隙間から差し出された天使の梯子。消えかかった虹のたもと。それなりに長い生の中で何度も見てきたせいか、七曜の魔法使いにとってそれらはすでに色褪せている。ただ、「光の加減が読書にはちょうどいいわね」と、それくらいの感想である。

 

 バルコニーの中央に備え付けてある白いテーブルとガーデンチェアは、つい最近レミリアが何処かから調達してきたアンティークの趣ある代物。そこへ腰掛けようとして、パチュリーは座面が露に濡れていることに気づいた。テーブルにもクロスが敷かれていない。

 もう一度先ほどの術で水気を吸い取るのも何だか面白くない、かといって、これしきの事で咲夜など呼びつけて世話させるのも、それはそれでおかしな話である。たまには自分で動こうか、厨に行けばクロスと布巾くらいあるはずだから……と彼女は踵を返し、バルコニーの出入り口へと向かった。読書の供にお茶があってもいいかもしれない。ティーセット、クロス、布巾、茶菓子……

 彼女の後から本の群れが、鳥のように羽ばたきながら列を成して着いていく。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 手に提げた鳥籠がガチャガチャと揺れる。

 レミリア・スカーレットは金属音を立て続けるヴェールのかかった鳥籠を提げて、眠たいような、そうでもないような中途半端な精神を抱えて、居館の廊下を歩いている。十数歩歩くごとに欠伸をする。今は真昼間、彼女にとってはお休みの時間。こんな時間に徘徊していることに特に意味はない。単に退屈で眠る気にもならなかった、それだけのこと。

 歩いている間、籠は――籠の中身は――ずっとかしましくしている。しばらくして業を煮やしたらしい吸血鬼は、籠の提がっている右手を顔の前まで持ってきて、そのヴェールの向こう側にいる存在に話しかけた。

 

 

 「しーっ。騒いでくれるなよ……皆寝ているからね……あまり煩いようなら、アレ(咲夜)に頼んでお前をムニエルにしてもらうから」

 

 

 鳥籠の中の「なにか」は身の危険を感じたのか、それっきり音を立てるのをやめた。レミリアはヴェール越しに篭をぽんぽん叩いて「いい子だ」と囁き、また廊下を歩き続ける。スカーレットデビルの歩く道に、暗く穏やかな静寂が戻った。

 玄関ホールへと繋がる赤い廊下は延々と続く。幼子の姿をした吸血鬼は手を後ろに組んで、足取りも軽くすたすたと歩いていく。どこへ向かおうというのでもない、ただ気の向くままに足の向かうままに歩いている。いつもと代わり映えのしない自分の居館ではあるが、こうして歩いているうちに何かしら面白いことでも起こるだろう、と考えている。何もなければ図書館に行って漫画でも読めばいいや、とも考えている。何か起こればそれはそれで小規模な運命である。

 

 運命とは都合のいい言葉だ、とレミリアは思う。力のないものが用いれば便利な言い訳になる。対して力のあるものが口にする運命、これは非常に重みがある。エレガントもインテリジェンスも兼ね備えているから相乗効果でカリスマは三倍になる。ある程度先を見据える慧眼、これも合わせて用いればもはやレミリアに敵はない。

 

 覚醒直後に特有の飛躍する思考を意図的に楽しみながら、ひとりニヤつきながら歩いている紅魔館の当主である。そうこうしている間に、彼女は玄関ホールに足を踏み入れていた。左手には前庭へと通じる巨大なドアがある。右手にある二つの階段を登れば、二階の娯楽室やサロンに行くことができる。真っ直ぐ進めば廊下の突き当たりに地下へと続く階段があり、「ちょっと動く」図書館と「微動だにしない」図書館が待っている。

 

 足を止め、さて、どうしたものかと形のよい顎に手をやるレミリアの髪を、柔らかな微風が撫でた。辺りを見回しても窓はない。いつぞやのようにドアが開いているわけでもない。

 吸血鬼の貴少女は吹き抜けの天井を見上げた。二つの階段の終わり、彼女の身の丈をおよそ十倍ほどした高さにある窓から、風は吹いていた。屋敷の真正面、三階相当の高さに張り出しているテラスの出入口だった。レミリアは迷うことなく翼を広げ、つま先で床を蹴った。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 そういうわけで、パチュリー・ノーレッジが様々な道具を後に従えてバルコニーに戻ってきたとき、そこには既に彼女の盟友、吸血鬼レミリアの姿があったのである。彼女は鳥籠を手に下げて、欄干に身を預けてこちらを見ていた。

 

 

 「……ずいぶん早いお目覚めね」

 

 

 眠そうな目をしばたいて、パチュリーがそう言ったのは、お互いがお互いを発見してからたっぷり十数秒も後のことだった。「まあね」とレミリア。すっかり静かになった鳥籠をテーブルの上に置いて、

 

 

 「お前こそ随分なご足労だね。最後に地下から出てきたのはいつだったかな?」

 

 「この間のお茶会以来かしら」

 

 「ふーん。不摂生だね」

 

 「摂生も何もないわ、穢が落ちてるから」

 

 「現に不健康じゃないか。リウマチ持ちめ」

 

 「リウマチはまだよ。最近は喘息がぶり返してきたけど」

 

 

 会話する二人の脇では、見えない何者かの手がせっせとお茶の準備を進めていた。どちらからともなく綺麗に拭かれた椅子に腰掛け、二人は少しの間バルコニーから望む景色を無言で眺めていた。視界の端、庭の片隅で赤毛の門番というか庭師が暇そうに草花へ水を遣っている他は、いやそれさえもいつもと全く代わり映えのしない眺め。見下ろす湖には生白い霧がたゆたう。時折霧を横切る黒い小さな影は木っ端妖精のものだろうか、きゃっきゃと騒ぎ立てる声が近く遠く、こもったような響きで二人の耳に届いた。

 透明な使い魔がティータイムのお膳立てを終え、ひっそりと退出する。香草入りの紅茶と焼き菓子の混ざりあった香りが立ち上ぼり、魔女と吸血鬼の嗅覚をくすぐった。「ミントか」先にソーサーを手に取ったのは吸血鬼。鼻を少しひくつかせながらカップを口元へ運ぶ。

 

 

 「……ふぅ、こういうのもいいね。シンプルでむしろ新鮮だ。そう、だいたい咲夜は凝りすぎなんだよ、いつも私にへんなものを飲ませようとするんだから」

 

 「例えば?」

 

 

 本で出来た即席の塔の向こうから少し顔を覗かせてパチュリーが訊く。レミリアは肩を竦めるついでに翼を少しはためかせた。

 

 

 「直近では……漢方? いや、それだけならいいけど、何処で手に入れてきたのか訊いてみたら『その辺に生えておりました』って言うものだから……まず、私に薬の類いは無用のものだと思うのだがね」

 

 「それで? 結局飲んだの?」

 

 「無下にするわけにもいかんだろう」

 

 

 そういうことだから咲夜は「へんなもの」を「お出しする」のを止めないのだ、とパチュリーは指摘しかけたが、やめた。口をへの字にして食後のティータイムを耐える親友の姿を見られなくなるのが少し残念だったから……というのも理由として一つはあったが、それ以前にレミリアの性分を考えてみれば、咲夜の茶目っ気を判っていて楽しんでいるようにも思えたからだった。

 その代わりにパチュリーは少し考えた後、こう言った。

 

 

 「そのミントだって……何処から摘んできたものだか分かったものじゃないわ」

 

 「悪魔の仕業ともなれば、な。何か悪戯がしてあったかな?」

 

 

 飲み干した後のティーカップの底を眺めながら、レミリアは微笑を浮かべた。飲んでしまった後ではどうしようもなかろうに、この幼い子供の姿をした吸血鬼は「腹でも下さないかな」と楽しそうに言うのである。一方でパチュリーは爽やかな香草の香りを楽しみつつ、何の躊躇いも無しにカップの中身を干している。お茶を用意したのは彼女が使役している下級の悪魔だが、其奴が「へんなもの」を主人たちのお茶に入れる程の度胸は持っていない事を、魔法使いは十分に承知している。もし入れたなら入れたで、かの悪魔の身に訪れるのは封印という名の解雇だ。

 

 なぜか十字架の形をしているバタークッキーをつまみ上げて、レミリアはどこか嬉しそうな表情を見せている。しばらくそれを眺めていたが、そのうち飽きたのか口へ放り込んだ。パチュリーは (自分で用意させたのにも関わらず) まるで焼き菓子に興味を示していない。

 

 

 「そういえば盟友よ、そこに積み上げてあるバベル……いや象牙の塔は一体、何を追究するためのものなの? 見た感じ……」

 

 

 言うなり、レミリアはテーブルの上へうず高く積み上がった本の山へ手を伸ばし、その中の数冊をつかみ取った。明らかに危険な香りを漂わせている革表紙の黒い魔導書らしきものから、外の世界のテカテカしたハウツー本、果ては古ぼけた英字漫画 (私も読んだことないやつだ、とレミリアは思った) まで、それらの間に何の関係性も見出だせないような本ばかりだった。

 

 

 「雑多だねぇ」

 

 「そうね。でも、私は私なりに調べているのよ。ほら、例の件について」

 

 

 一瞬、古いコミック誌に延びかけた幼い吸血鬼の手が静止した。

 

 

 「……あぁ、そういうことね」

 

 

 レミリア・スカーレットは椅子に深く身体を沈めた。「そういうこと」ならば、彼女の邪魔はしない方が良いのかもしれない。我が儘かつ自分勝手の気があるレミリアが素直にそう思えるくらいには、「例の件」――冬の終わりのパーティーの夜起きたことについて――は、彼女の頭のなかで大きな割合を占めていたのだ。

 

 

 ――――――――――

 

 

 「『妖精』? あなた、そう言ったの?」

 

 

 記憶を一ヶ月ほど遡ったある夜、レミリアはこのバルコニーに出した籐椅子に座り、磁器製のチェス盤の置かれたテーブルに肘を突き、指を組んで、彼女の正面に座っている人物をじっと見ていた。二人はとっぷりと闇に浸かった夜の中に身を置いていたが、ちょうどレミリアは背後に黄金色の月を背負っていたから、相席に座っている少女の白い顔がよく見えた。髪や瞳の色こそ違えど、顔の造形や佇まいは憎らしいほどよく似かよっている。

 ただ違うのは、背中から伸びた翼。七色の宝石を実らせた枯れ木のような、骨の翼。

 

 

 「そう。不出来な妹でも、たまには役に立つんだから」

 

 

 答えが返ってくる。水晶で誂えたビショップを紅い爪がつまみ上げる。違う。逆だ。逆なのだ。自分と生き写しの小さな手のひらの中で弄ばれるビショップを見つめながらレミリアは思う。不出来でも不完全でもない、むしろ完璧に過ぎるほど。お前には完璧という名の狂いがあるだけだ。

 

 

 「レミリア・スカーレットは千里眼。運命だか何だか知らないけど、それって要するに『時間とか世界の流れをほんの少し掴める』って事なんでしょ? 誇大か謙遜かはおいといて。見ようと思えば何だって見ることができる。知ろうと思えばどこまでも。けどさ、『知ろうとしなければ』何も知り得ない……当然だけど、そういうことでもあるのよね。全知全能の神様からは程遠い。あなたはやっぱりきまぐれな悪魔だよ」

 

 

 レミリアの背後で月が雲の向こうに隠れ、テーブルの向かいで微笑を湛えて言葉を紡ぐ少女の姿が翳っていく。闇の中に昏く紅い目差しがひっそりと浮かんだ。

 

 

 「こうして今、あなたがわたしとお話しているのも、ただ私をチェスで負かしたい訳じゃなくって、何か他に目的があっての事なんでしょ。『あのパーティーの夜』何が屋敷に足を踏み入れたのか……知ってるよ、パチェと一緒に調べてたこと。二人ともわたしよりよっぽど頭が回るのに、この真夜中のバルコニーにたどり着くまでずいぶん時間が掛かったじゃない。そうよね、最初からわたしはあなたの眼中に無かったんだから」

 

 

 レミリアは何も言わなかった。

 やはり、この娘は間違っている。

 

 

 「……いいわ、教えてあげる。この三ヶ月で八十六匹よ。全部同じ顔をしていたわ」

 

 「……そうか、思ったより随分多いな……侵入者は」 

 

 「何かしでかす前に見つけしだい全て消しておいたから大丈夫、心配いらないよ。あ、でも、資料(サンプル)が欲しかったのならおあいにくさまね。塵ひとつ残らないからなー……えへへ。ま、今度見つけたら捕まえて持ってくるね」

 

 

 そこまで言うと、少女は椅子を引いて立ち上がった。チェス盤を見下ろしながらため息をつく。

 

 

 「こうして盤を挟んで膝突き合わせて、何千回目かしらね」

 

 「最近ご無沙汰だったが……わからん。覚えてない」

 

 「昔は楽しかったね。わたしも少しは勝てたし、負けたときのあなたの顔ときたらもう、それはそれは素晴らしかったわ。鏡に映して見せてやりたいくらい」

 

 「お互いに鏡には映らないから不便だね。それは置いといて、そろそろカードもチェス盤も見飽いたな。次の機会は何をしようか。そうだ、こないだ河童から買ったやつにしよう。ショウギなんだが、駒に「スパイ」とか「タンク」とか書いてあって面白そうだったよ」

 

 「いいよ。勝負事ともなるとあなたも真剣だものね。ちゃんとわたしを見てくれるし」

 

 

 星明かりに金髪のサイドテールを煌めかせて少女は踵を返し、そのままバルコニーを後にしようとした。フランス窓を開けて出ていこうとする紅いドレスの小さな背中に、レミリアは声を掛けて引き留めた。

 

 

 「待て。お茶が残っているよ。全部飲んでから行きなさい」

 

 

 少女はあからさまに嫌そうな顔を造り、唇の間から舌を突き出した。

 

 

 「やだ。咲夜が『特別製です』って持ってきたやつ、九割は不味いもの。あなたが飲んだら? 色から察するにブルーベリーが入ってるから、きっと眼にも良いよ。あは、ビタミン? ってのは心の眼にも効くのかな。視野狭窄が治るといいね」

 

 「………………」

 

 「お部屋にクランベリー・ジュースがあるの。まだ早いけど他にやることもないし、それ飲んでから寝ようっと。おやすみ、『お姉様』」

 

 

 一陣のつむじ風を残して、吸血鬼の少女はバルコニーを去った。

 後に残された姉妹の片割れは、テーブルの向かいに残されたティーカップを見つめて呟いた。

 

 

 「本当はチェスがしたかっただけなんだ。こうなることは判っていても……だが、一つだけ言わせてもらうなら……私だってアレ(咲夜)の珍しいお茶は嫌いだよ、フランドール」

 

 

 折しも、湖から冷たい霧が風とともに吹き上げ、物思いに耽るレミリアの視界をミルク色のヴェールのように覆ってしまった…………

 

 

 ――――――――――

 

 

 レミリアはゆっくりと記憶の大海から浮上した。なおも脳裏をちらつく妹の顔を深層へと押しやって、本に半分隠れている魔法使いに言った。

 

 

 「なぁ、パチェよ。今回の事件について、一度最初から見直してみようか」

 

 

 パチュリーは古文書 (一体いつの物なのだろうか、パピルスで出来ている) から顔を上げた。目は訝しそうに半分閉じられている。しばらくそうしてレミリアの顔を見つめた後、「どうだっていいわよ」という風に肩をすくめた。

 

 

 「どうしたの。何か気になった事でも?」

 

 「ああ。こういう推理ものには、往々にして物語の『大前提』と思われるような部分にこそ、ギミックがあるものだからね。俯瞰したいんだ。まず、絶対的な事実だけを並べてみようよ」

 

 「……安楽椅子探偵ね。非現実的だけど……いいわ」

 

 

 パチュリーはローブのどこからか大判の羊皮紙を引っ張り出し、羽根ペンとインクも添えて (これもローブの裾から突然現れた) レミリアに渡す。

 

 

 「まず、あの場にいたのは私と咲夜、彼……ええと、ジョースターの三人だ。私は屋敷の西側にある自室で彼と話をし、彼の記憶を共に覗いた。念のために挙げておくと、わざわざあの人間を呼びつけた理由はこうだ」

 

 ・少し前から、レミリア・スカーレットは何らかの「違和感」を感じていた

 ・「違和感」が始まった時期と、青年が人里に出現した時期が重なっていた

 ・「土の下に埋まっていた瀕死の異邦人」が、単に気になったから

 

 「三つ目は置いておく。私はある種の『予感』を覚え、直感的に上二つを結びつけた」

 

 ・「ジョースターの記憶に干渉した者」=「幻想郷に根付く違和感」

 

 「彼と語らい、虫食いのようになった記憶を覗いた後では、その『予感』はほとんど確信に変わったが……しかし、今回はこいつから疑ってみよう。私の予感は十中八九……いや九分九厘的中するとはいえ、まだ不確定な事項だからね」

 「それが賢明ね」パチュリーが言った。

 

 ・ジョースターの記憶に干渉した者=?

 ・幻想郷に根付く違和感=?

 

 「では、次だ。咲夜も加えた我々が、パーティーの場に戻ろうとして玄関ホールに差し掛かったとき、ホールの扉が開いていた。その上、辺りには……こう……何か『気持ち悪さ』が漂っていて、咲夜もこれを感じ取った。何者かが侵入したのだ。パチェ、お前の魔法をすり抜け、あの実直で優秀な門番のチャイナドレスの下を掻い潜ってな。だから、侵入者の像はこの中のどれかだ」

 

 ・パチュリー以上の魔法を使う者。どうにかして門番を出し抜き、屋敷の防護術を無効化した

 ・誰からも、いかなる術式からも認識されない者

 ・身内

 

 「身内……ってレミィ、あなた……」

 

 「分かっているよ。三つ目は『探偵が犯人』のタブーに近いからね。だがいずれにせよ、あの場に何かがあったことは確かだ……と、言いたいところだが、誰もその姿を見ていない。まぁ警備を掻い潜って来る奴が光学的に見えるはずもないが……そして、ついに『私の目の前では』何も起こらなかった……侵入したのなら、何かをしているはずだ。だが何も起こらない。当然だが、動機や目的のない侵入者などいない。というわけで、ここに新しい可能性が浮かび上がってくる」

 

 ・「侵入者」など最初から居なかった。気のせい。

 

 「それは……」

 「うん、これもタブーに近い考え方だ。だからもう一つ、一番ぶっ飛んだ可能性があるよ」

 

 ・パチュリー以上の力を持ち、あらゆるモノから認識されない『なんでもなし』

 

 「なんでもなし、というのは今考えた。目的も手段も動機もない、非っ常に現実離れした侵入者のことだがね。こういうヤツがいたとしたらどうだい、我が盟友よ」

 

 魔法使いは再び眉をひそめて、かぶりをふった。

 

 「……厄介を通り越して、もはや対策不能ね。そんなモノが現実にいたとしたら、の話だけれど」

 「対策不能かどうかは置いておくとして、里を襲った虫たちに性質が似ているとは思わない? 力の種類こそ違うが、数は力には違いない。どちらも目的と発生源が不明だ。出てきたタイミングもジョースターがらみだし」

 「なるほど、『あなたの直感』よりはわかりやすい根拠だわ。でも、仮に……」

 

 ・「里襲撃の元凶」=「紅魔館への侵入犯」

 

 「……が、ジョースターという記号で繋がれているとして、その後何の音沙汰もないのはどういうことなのかしら」

 「忘れてはならないのは、この『なんでもなし』さんは――最初の一件を除けば――今まで一度も行動らしい行動を起こしていない、ということだよ。思うに、我々は偵察されているのだろう。見えない『なんでもなし』や、フランドールをつけ回していた妖精もどきを使って、誰かが私たちを見ているんだ。『ただ見るだけ』の侵入者は、当然身を潜めるし、何も行動は起こさない」

 

 

 レミリアはペンを脇に放り、椅子に深くもたれ掛かってため息をついた。

 

 

 「……フランドールは髪の毛を一本ばかり、妖精もどきに持っていかれそうになったらしい。これ、どう思う? 何に使うつもりだったんだろうねぇ」

 

 「ん……そうね、吸血鬼の身体の一部だから、魔力の源としては十分に期待出来そうだけれど」

 

 「ふふ、すると奴の正体はうだつの上がらない魔法使いかな? ……私はね、パーティーの時に魔理沙から聞いた話を思い出したよ。森の人形遣いが家の外に立たせていた門番人形が『複製された』って話。偽物を倒したら、その門番人形の髪に使っていた絹糸が残ったそうじゃないか。錬金術や黒魔法にはあまり明るくないから判らないけど、いつだったか漫画と科学雑誌で読んだ、外の世界の妖術を連想させるね。ほら、ある生命が持つ因子の糸を取り出して、それが持つ特徴を完璧に再現した偽物が造れるっていう、禁術だ」

 

 「……」

 

 「無論、この連想にも根拠はない。全くもって何もかもがどっち付かず(in limbo)だ。結局、私たちに出来るのは待つことだけなのかもしれない。何かが起こるまでは……だが、それも退屈だなぁ。髪の毛を盗られないように両手で押さえながら外に出て、奴の足跡を探すのも、気分転換には良いような気がするよ。異変の時いつもそうするみたいに、咲夜を行かせてもいい。座して待つのが一等退屈だからね。パチェ、お前もたまには外に行かない?」

 

 「私はどこにも行かない。動かなくても犯人探しは出来るからね……本なら山ほどあるし、侵入者対策の方法も含めて考えてみるわ。その、外の魔術も含めてね」

 

 「あ、そっか。確かにそっちが急務かな。宜しくね。私はお出掛けの計画でも練るとするよ。久方ぶりに巫女の顔でも拝みに行くかね。本屋にも行きたいな」

 

 

 指を折って「行きたいとこリスト」を作成し始めた友人の姿を、パチュリーはある種の感心を持って眺めた。よくもまぁ、こんなに楽観的でいられるものだ。パチュリーにとっては (自分の術を軽々と突破した相手ということもあって) 今回の『相手』に対しては深刻にならざるをえないのだが、そんなことはお構い無し、といった様子だ。

 

 だが、それが吸血鬼というものだということを、それがレミリア・スカーレットだということもまた、パチュリーはよく知っていた。要は彼女にとって、あらゆるトラブルは楽しむべきゲームでしかない。そして、「いま、ここにいること」という最もスリリングで予測不可能なゲームを楽しんでいる限り、彼女は決して死なない。楽しむために戦い、そして勝利し続けるのだ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 茫漠と広がる霧の海に、紅い時計塔がいかにも不確かに浮かんでいる。

 その天辺に腰掛けた少女が呟いた。

 

 「……なるほど、つまりこの帽子はずっとかぶっていなさい、ってことね。でも、どうしたってちょっとはみ出ちゃうよねぇ……面倒、面倒」

 

 そばに立てかけた日傘を取って立ち上がり、少女は時計塔の縁を歩いて往復した。帽子からはみ出した、金色に燃えるサイドテールをいじる彼女の、血の色をした唇が言葉をこぼす。

 

 

 「早く戦いにならないかなぁ。あの子(サトリ)みたいに見えないのは勘弁してほしいけど、コピーキャット( に せ も の )と戦うのはとっても面白そう」

 

 

 少女はクスクスと笑うと、湖の方角に身体を向け、小さな声で唄を口ずさみはじめた。

 霧の湖に「10人のインディアンのこどもたち」が吸い込まれていく。

 

 

 

 








 バタークッキーとミントティーは取り合わせとしてどうなのでしょう
 追記:今話は特に出来が悪い。ブランク氏、やはり恐ろしい子


 遅くなりましたが、これまで誤字報告をしていただいた方に感謝申し上げます。本当にありがとうございます。再発防止に向けて全力を尽くす所存ではありますが、もしへんなものを見かけることがありましたら (面倒でなければ) ぜひご指摘をお願いします。


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