まだまだ書きたいことはたくさんあります
《あー》
《アンドゥ》
《あー》
《無数》
《壁》
《越境》
《Gにて打破》
【不可】
《あー》
《アンドゥ》
《あー》
《デリートデリート》
《如何》
《ヤクモ・ユカリ》
《確保》
【不可】
《擬態》
【不可】
《あー》
《アンドゥ》
《Jesus》
【ロスト:検索しますか?】
《あー》
【just a moment】
【just a moment】
【座標13666312プラスマイナス10000以内】
《エンターエンターエンターエンターエンターエンターエンター……》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俄か雨に煙る森の上を霧雨魔理沙は飛んでいた。彼女は鳥もかくやというスピードで空を滑る箒に跨がり、容赦なく降る雨を切るかのような低姿勢で見えない家路を辿っていた。細雨にままならぬ視界に目をすがめるようにして見渡しながら、やり場のない苛立ちを込めてため息をつく。里の龍神像がどう言っていたかはついぞや知らぬが、魔理沙にとってこの雨は全くの想定外であった。防水用のマジックアイテムの一つでもあれば、このように帽子から靴下まで濡れそぼった帰り道にはならなかったはずだったが……
遠く稲妻の電光が疾駆する。舌打ちをして高度を下げた。
落雷。
梢を掠めるほどの低空で飛んでいると、不意に魔理沙はぽっかりと開けた空間を眼下に見た。暗い森に不釣り合いな、広い芝生に覆われ小さな洋館の建つ空き地である。魔法使いはスピードを落としながら空き地の上空を旋回した。
(……そういや、
空き地の上空を二、三周して着地のために減速しつつ高度を落とす。地面に靴先が触れるかどうかというところで箒から身を翻し、濡れた芝に足を滑らせながらも着地した。洋館は人気もなくひっそりと佇んでいる。箒を担いで庭を横断し、軒先に立つ。いつもならこの辺りで、洋館の主である人形遣いが気配を察知して戸口を開け放ち「帰れ」か「何の用か」と陰気な顔で宣うのが定型である。
が、今日に限って戸口は静かに閉ざされたままだった。辺りを見回しても人影はおろか、屋敷の名物、動く操り人形の姿すら見えない。雨に濡れそぼる館はひっそりと静まり返って、魔法使いの少女を歓迎することも拒むこともせずにただじっと立っていた。ドアのノッカーに伸びかけた少女の手が止まる。
(……留守か)
手を引っ込めて踵を返そうとしたとき、背後の森から木の枝の折れる音が聴こえた。何事かと振り返ると、梢の中程から、人の背丈に五倍しようかという巨大な西洋人形が顔と手を出していた。一瞬たじろいだ魔理沙だったが、ふと思い直してその人形の顔を見上げた。金糸を撚ったような長髪、精巧に造られた目鼻立ちや衣服。ガラス玉のような眼球の奥には無機質さ以外の何かが宿っていた。
人形はゆっくりと枝葉を掻き分けて庭に足を踏み入れ、足元の少女には一瞥もくれずに家の外周を歩き、裏庭の方角へ家の陰に消えていった。足音のようなものはほとんどせず、また芝生には足跡は一切残っていない。きっと見た目通りの糸や布では出来ていないんだな、と裏庭の方をぼうっと見ながら魔理沙が考えていると、またもや森の方から物音が、人の声がした。
「あら……何をこんなところで突っ立っているのかしら」
見ると、先ほど巨人人形が出てきた藪の切れ目辺りに女性らしき人影が立っていた。洋装に暗い緑のレインコートを引っ掛けている。ブーツを履いた足元を見ると、先ほどのものをそのままミニチュアにしたような洋人形が数体、列を為してこちらをじっと見上げていた。
電雷光。
「おう」と魔理沙は避雷針の心持ちで挨拶の手を挙げる。
「ちょうどよかった。用事があるんだ、上がっていいか? 上がるぜ」
やれやれという風体でレインコートの肩が竦められた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこかしこに人形が吊り下げられた工房風の部屋の隅に所在なく佇み、魔理沙は自分の服が乾くのを待っていた。館の主は台所の奥に引っ込んで姿が見えない。そっちの方から聴こえてくる、カチャカチャという陶器や金属の擦れあうような音からすると、案外茶の用意でもしているのかもしらん、と考えながら濡れネズミの少女は湿ったとんがり帽をぱたぱた振り回しつつ辺りを見回す。箪笥の上からエプロンドレスの洋人形がいくつもこちらを見ている。上海やら蓬莱やらの名前を魔理沙は知らない。赤いチョッキの派手なやつはロンドンの衛士人形だったか、どうだったか。問題は当たると痛いかどうかであって見た目のことはどうでもいいのだ。
貸し付けられたタオルケットでガシガシ頭を拭き、スカートやブラウスの裾をバケツ (人形の一つが乱暴に投げつけてきたもの) へ絞っているところで、スカートのポケットに入っていたある物体に手が触れた。ずしりと重たいそれを布地越しに握り締めて、彼女は此度の訪問の目的を再確認した。
魔理沙がどうにか水滴のこぼれ落ちない程度に水気を取り終えたちょうどその頃に、館の主・アリス・マーガトロイドが銀のトレイに乗ったティーセットを携えて戻ってきた。レインコートは人形たちが何処かへ持っていったらしく、人形遣いは普段着のワンピースに戻っていた。居間の中央のテーブルにトレイを置き、自分は上座に腰掛けて、節操なくスカートの前をぱたぱたさせている魔理沙に、テーブルの向かいの席を顎で指し示す。
「前もいいけど、後ろもしっかり水気を取った? 椅子に染みを作られたらたまったものじゃないわ」
取った取ったと頷く少女が椅子に掛けると、アリスは右手の指で鍵盤を押すかのようにテーブルを数度叩いた。すると部屋の四方から人形がすいと飛んできて、めいめいトレイの上のポットやカップ、ティースプーンを持ち上げると、茶の支度のようなことを始めた。
「ような」というのは魔理沙から見るとその光景がなんだか自動人形のままごとのようにしか見えなかったからで、操っているのが目の前にいるアリス・マーガトロイドであることを考えると余計におかしな気分になるのであった。
「……その後、研究のほうはどうだ? こないだの半自律人形とか?」
人形が同時に投げつけてきたティースプーンとナプキンを器用に受け止めてテーブルへ置きながら魔理沙は訊いた。むろんこれが訪問の理由でも本題でもない、ただの挨拶か探りのようなものだった。
「ん? あぁ、そのお勉強なら面倒だから一旦休止してるわ。一体の人形に詰め込める情報や魔力って限りがあるわけだから、あまり複雑なことはさせられない上に不具合も多いのよ。なまじ簡単な思考回路があるだけに、万が一付喪神にでも憑かれたら面倒だしねぇ……そう、
「冒険したいお年頃だものなあ」
「性分よ。試さずにはいられないの」
続いて丁寧に運ばれてきた紅茶のティーカップを覗きこみ、魔理沙は小壺から角砂糖を二、三放り込んでかき混ぜる。金属と陶器の擦れあう、鈴を思わせるような澄んだ音がするのだが、その音すらも、今日はあたりの空気に呼応した若干の湿気を含んで聞こえた。
「……雨な、今朝の空模様だともう仕舞いかと思ってたんだが。まさかもう一回降るとは計算外だったよ。携帯できる雨具の類いを持ってきてなかったから、あっという間にこのざまだ」
「この家を雨宿代わりに使われる私の身にもなってちょうだい」
「言うなよ。別に思いつきで寄ったわけでもなけりゃ、茶飲みに来たわけでもないんだから」
「片付けるわよ」
「まぁ待て」
片手を挙げて軽く制しつつ、歓迎されぬ客人はもう片方の手でカップをついと掴んで口元へ運んだ。
「何か用? こちらも暇じゃないわ」
苛立ちの成分が含まれた主の声である。しかし相対する魔理沙は大して気にも留めていないような風で茶を飲み干すと、逆にこう問い返した。
「先に訊いとこうか。アリス。お前こそどこへ、何の用があって、わざわざ『でかぶつ』を連れて出掛けてたんだい? あれを持ち出すのは久方ぶりだろう。何があった」
「……ゴリアテ、よ」
「そう、ゴリアテ。どう考えてもお散歩向けじゃなかろうに」
ゴリアテ人形――人形遣いアリス・マーガトロイドが運用する人形魔術の中でも最大級の大技である。デザインこそ普段使いの人形たちと大差ないものの、極限まで引き伸ばされた魔力により、そのサイズは大樹ほどにも達する。その膂力は計り知れず、見た目のインパクトも相まって対戦相手に与えるプレッシャーは極めて高い。
だがアリス自身、この術については (アイディア自体がとある妖怪からの模倣ということもあって) まだ扱いきれていない節があり、お披露目された回数はそれほど多くはない。それだけに、この術を施した人形を伴って森へ繰り出したとなれば、それなりの理由があるのだろうと魔理沙は踏んでいた。
人形遣いは碧眼を半分閉じて頬杖を突いた。
「……最近、森のここら一体が妙に殺気立っててね。やっぱり気になるから、見回りに出てるだけよ。最大の用心を重ねて」
「殺気立ってる?」
「ええ。知っての通り、ここは森の深部に近いから、毒気を嫌って普通の野生動物は寄りつかないはずなんだけど……最近、やけに猪やら熊やらを見るのよね。彼らに縄張りを荒らされたと思ってるのか、先住の魔物や妖怪たちが苛ついてるみたいで」
「ふーん……?」
今一つ実感の沸いていない魔理沙の返事である。
「獣なぁ……何らかの原因で増えたら増えたで、普通なら里にでも下りてきそうなもんだが、そういう話は聞かないね。私の家の周りじゃ見ないが、この森をうろついてるのは妙かもな」
「そ。人形を模倣された件も気になってるし、辺りに怪しいものがないかどうか、定期的に見回るようにしてるのよ。毎日三、四頭は鹿とか熊を森の浅い所まで追い立ててるわ」
まぁ、別に放っておいても問題ないとは思うけれど、と言ってアリスはティーカップを口許に運んだ。さっきティーセットを運んできた人形たちは、主の感情表現を補助するかのようにテーブルの四隅で力なく座り込んでいる。
「コピー人形か。そういやそんなこともあったなぁ」と、背もたれにぐっと背中を深く預けて天井を見上げるようにしながら魔理沙は言う。
「あの後にせ物は見たかい」
「ちらほら、ね。大抵が動いてなかったけど」
「ならいいじゃないか。楽で」
「そういう問題じゃないの。人の大切な魔法を何だと思ってるのよ」
「あはは、悪い悪い」
人形遣いはじろりと眼前の不真面目を睨め上げた。
「薄気味悪い事件だったわ。私がパトロールに出ている理由の半分はこれ。私の魔法と同じ姿をしたものが、
「……影法師?」
「ドッペルゲンガーならまだマシね。あなた個人への死の報せだから」
「気味が悪くてしょうがないな、うん」
「……ねぇ、あんた本当に分かって――」
魔理沙はテーブルの下から両の手を引っ張り出してぶんぶん顔の前で振った。
「あーもう、この話は終わり! 今日は例の品を取りに来たんだ」
余計に不機嫌な仏頂面になったアリスに無理に笑いかけながら、魔理沙は懐から何か小さな風呂敷包みを取り出してテーブルの上に置いた。金属質の重たい音がする。
「もうそろそろ出来てるんじゃないのかい。私の依頼品は」
「…………」
剣呑な目付きのままで、アリスは頬杖を突いた方とは反対の手を小さく空に滑らせた。途端にテーブルの隅で項垂れていた人形たちが息を吹き返したように動き出し、厨房の奥へと飛んでゆく。
「……とりあえず、片手間で4ダースほど作っておいたわ」
「助かるぜ」
「動作は保証しないわよ。暴発して微塵になっても、私の前か背後に化けて出たりしないこと」
「その時は頭上に気をつけておいてくれ」
厨房から人形たちが小ぶりな木箱を抱えて魔理沙の元へ戻ってきた。箱を受け取った魔理沙の腕が重みで若干落ちる。
「存外重いなこれ」
少女が箱から取り出したのは金色に光る先細りの円筒だった。
「当たり前でしょう? 金属の殻で出来てるのよ。中身のタネ自体はただの『花火』だからそんなに重くはないはずだけど」
「そうとも、こいつは素敵な花火だ。誰にでも撃てる六連装の
魔法使いの少女は嬉々としてテーブルの上の包みを解き、内包物を露にした。
黒光を鈍く放つくろがねの筒。
「外の世界じゃリボルバーだとか何とか呼ばれてるらしい。調べたんだ。香霖の話じゃだいぶん古い型のヤツらしいが……まぁ問題ない。こいつは今マジックアイテムとして生まれ変わったんだからな」
「魔力の固体と安定化、誰のおかげ?」
「……はいはい、ありがとうございましたー……えーっと、こないだ貰った弾倉をセットして……」
箱から「弾薬」を取り出し、その「銃」に装填しながら彼女はいつものように目を輝かせる。
「つまり、この銃があれば魔力の供給がストップしてても、極論言えば魔力を持たない奴でも、魔法が使えるようになるんだ。しかもスト……すたり……すたい?」
「スタイリッシュに?」
「そう、それ。弾幕ごっこの隠しダネとしては上等だろう?」
アリスは心底興味無さげに「そうね」と言って欠伸をした。意に介さず魔理沙は新しいおもちゃをいじり回している。
「おまけにこれは元から既にマジックアイテムだ。条件はなんだか分からんが、自動で弾を造り出してくれる機能があるらしい。最高に便利だぜ」
「……その事なんだけどね」
「ん?」と動きを止めた魔理沙に「ちょっとそれ貸して」とアリスは人形の手を使って要求した。魔理沙がおとなしく銃を渡すと、アリスはそれを手元に引き寄せて持ち上げ、耳元にあてがった。
首を傾げる魔理沙を前にして数秒後。
「……おかしいわね。干渉してない」
「干渉?」
ますます首を傾ける魔理沙にアリスは説明する。
「普通、種類の違う魔法を、こういう小さな物へ考えなしにつめ込もうとすると、内在する力と外付けの力が喧嘩して、魔力に大なり小なり影響を及ぼすはずなのだけれど。それに、あなたの話じゃ銃の方はずいぶん古い物だから、余計に干渉しやすい……でも、その影響が少しも無いなんて変よ」
「そういうものなのか?」
人形に銃を渡して魔理沙の方へ遣りながら人形遣いもまた怪訝そうな顔つきをしていた。
「それに、その銃……最初に見たときから薄々感じていたけど、異質な感じがするわ。なんというか……魔力と言うよりは、生命力の名残のような何かを感じる」
「……まさか、生きてるって言うのか。冗談だろ」
「そんな大層なものじゃない。ただ……ちょっとね。使うなら注意した方がいいわよ」
「ああ、そうか……こいつを使うヤツにそう言っておくよ」
「…………」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数十分後、「せっかくだから」と茶菓子まで平らげて、魔理沙は人形の館を後にした。まだ細雨の降りしきる中を空へと飛び立ち、梢の海を抜けた魔法使いの少女は見渡す限りの灰色へと沈んで見えなくなる。
非常に遅くなりました。もし待っていて下さった方がいらっしゃればお詫び申し上げます。
次回は彼に視点が移ります。物語の流れとしても、様々な表現のしかたとしても、ひとつ大きな分岐になるかと思います。
仮題「Lotus」
1995年に平沢進氏が発表したアルバム「Sim city」の楽曲より頂戴しました。