「大和今日暇か?」
「ん? あー予定はない」
放課後、総一郎は帰り支度をしている大和に声を掛けていた。大和は勉強のため今日は家にいるつもりだったので総一郎の言葉を軽く聞き流している。
「九鬼家にお邪魔することになったんだけどお前もどうだ?」
「んーいいや、かえって勉強する」
「そうか」
そうして総一郎は帰り支度をしている大和を待たず、教室を出ようと扉に手を掛けたところだった。
しかし、そこで大和は気が付くのだ。
「おーーーい!!」
大声で教室に残っていた数人の生徒がその声の主に向かって視線を向けた。失態に気が付いた大和は鞄を持って急ぎ足で総一郎の元へ駆け寄り、廊下に出て抗議の声を露わにするのだった。
「そういう大事な話をまるで「今日の晩飯何がいい?」のように軽々しく言うな! 危うく俺の人脈構成というポリシーが崩壊するところだったぞ!」
「えーでもー人の話を聞き流している人が悪いと思いまーす、そう思いませんか川神先輩?」
「ああ、実に不誠実な奴だ。罰として私に何か奢るにゃん♥」
と、気が付いた時には百代が大和の背中に張り付いていた。もちろん総一郎は百代の気配に気が付いていたが、大和それに気が付いたのは暴力的なマシュマロが自分の背中に当たっていると認識したときだった。
「あー大和、僕にマシュマロくれないのに一人だけマシュマロ背中にくっつけてるー」
「こら、見ちゃいけません……大和、年上の霊を除霊するには我がロリコニアに来るのが一番だぞ」
「おやおや大和君。私も大和君の下半身に体を擦りつけたいです」
偶々通りかかった三人組に大和は怒涛の攻めを受ける。
「ええい! ここぞとばかりに攻め込むな! 葵はそれ以上近づくな!」
「残念です、また楽しいことをしましょう」と言い三人組はその場を去って行く。
一息ついて総一郎は適当な説明を大和にして九鬼極東本部へ大和と百代を引き連れ向かうのであった。
「「でかい」」
総一郎と大和は口を揃えた。
世界最大規模の財閥「九鬼財閥」の日本本社、英雄の父が経営しあずみが仕える日本最大の企業である。日本にある物、スプーンから宇宙船まで九鬼財閥が関係していると言われている。
百代は訳あって何度かここへ訪れたことがあるが、大和は川神に住んでいてもここへ来たことは無かった。勿論、総一郎もここへ来たことは無い、そもそも関東へ出てきたことが殆どない。だからなのか大和よりもその大きさに驚愕して少し顔が強張っていた。
「なんだお前達、ここは私有地だお子様は帰れ」
「これ以上先へ進むと武力で対処させてもらいます」
――顔が強張っていた理由は少し違っていたようだ。
三人の前に現れたのはメイド――だが、一人は重火器を装備、一人は冷たい闘気を纏い服の下に複数の暗器を所持していた。
重火器を装備している方は金髪で柄が悪く、風貌からして某国を連想させる。もう一人の暗器使いは黒髪でアジア系の顔立ち、鋭い闘気を纏っているのと暗器を使うことから元々そういう稼業だった――と、総一郎は観察していた。
そんな冷静な総一郎に大和は小声で話しかけてきた。
「どうなってんだ、話はついてるんだろう!?」
「いや、あずみさんにいつでも来いって今日言われたばっかりで何もアポは取ってない」
「おい!」
そんな二人を見て鬱陶しくなったのか金髪のメイドは「ファック」と呟いて三人に銃口を向けてくる。
「おい、あんまりヒソヒソしてるとぶっ殺すぞ」
「ステイシー、まだ彼らは何もしていません」
銃口を向けられた――ただそれだけで殺意など全くなかった。百代もそれを理解していつでも銃弾を弾けるように体勢を整える。そのうち九鬼の誰かが来る、もしくはこのメイド二人が自分のことに気が付くだろう――なんて考える暇もなかった。
それは本人にとっても意図したものではなく体に染みついた本能だった。
「……なっ――」
一体誰の呟きだっただろうか。金髪のメイドか元暗殺者のメイドか、百代かそれとも大和だったかもしれない。
いや、総一郎の口から出たものだった――総一郎は銃口を向けられたことに反応してそのマシンガンを微塵切りにしてしまった――
刀を抜いた、攻撃した、九鬼家領内に足を踏み入れてしまった――つまり戦争。
「はっはっはっは、やるな総一」
そう百代は笑って呟くのだった。
総一郎はこれからどうするべきか考えたところで自分が従者たちに囲まれていることに気が付いた。
ふと、後ろを見てみれば大和と百代の姿は無い。恐らく百代が大和を連れてどこかに隠れたのだろう、押し付けられた形であるが自業自得とも言える――いや、そんなことはない。反射的に動いたが先に銃口を向けた方が悪い。そんなことを考えながら問答無用に攻撃を仕掛けてくる九鬼従者部隊の攻撃を刀も使わずに避け続けていた。
「いいか、一人ずついっても意味が無い! 五人一組による一斉攻撃と時間差攻撃だ!」
力の差を実感した金髪のメイドは先程のようにやる気なく振る舞うことはしなくなっている。総一郎の実力を目の当たりにして確実な危機感を覚えたようだ。そして連携された攻撃のなか、元暗殺者のメイドはこちらの隙を伺いながら人ごみに紛れて攻撃の機会を窺っていた。
闘気が完全に隠され、流石に三桁をを超える実力者の中で彼女を見つけ出すのはかなり疲れる作業だった。しかし疲れるだけ、直ぐにでも捉えることはできる。
そんな時だった、総一郎は刀を抜かず鞘に入ったままの得物を振り周りにいた従者たちを突如蹴散らした。
革靴の音が正面から聞こえてきた。正面には九鬼家極東本部の正面玄関、革靴の音だけではない、それと共に凄まじい気がこちらへと向かってきていた。
百代のように撒き散らすような気ではない、動の気に違いはないがそれはどちらかと言うと「滲み出ている」ようだった。
それも相当に洗練された「動」――総一郎よりもその先に到達している気である。無我の境地や天衣無縫の一段階上、それを滲ませているだけでここまで感じさせていることが総一郎をここまで戦闘態勢に引き上げる要因だった。
自分の現在到達してる高みとこの気の持ち主が「力を出した」という状態が同等である――と総一郎は認識した。
そしてそれは向こうも同じだった――正面玄関の自動ドアが開く――
「――ジェノサイド――」
「……」
総一郎が認識したのは金髪の老人が自分に向かって最強の蹴りを放っている――それだけ。
「チェーンソー」
「――」
人が認識できぬ間に総一郎は遥か彼方へと飛んで行った。
総一郎が星となり、辺りは言葉を失っていた。
それは恐ろしさなのか、それとも尊敬の眼差しなのか。
「おい」
その言葉は金髪の老人に向けられたもので、闘志をむき出しにしている人物から放たれていた。
百代――その闘気は「獣」ではなく、確実な「動」であった。
「成長したようだな、百代」
「お前は確か爺の知り合い……川神院にも何度か来ていたな」
「ああ、鉄心とは古い知り合いだ。それにしても戦闘衝動がそこまで抑えられているとは、それに気が変換されているとみえる」
金髪の老人はそんな百代を鼻で笑った。百代にとっては不愉快極まりないものであったが、金髪の老人は笑ったと同時に気を収めてしまう。
「安心しろ。あの小僧は無事だ。俺の蹴りを利用して遥か彼方へ飛んで行っただけだ」
と、金髪の老人は踵を返した――が、それを百代が許すはずもない。
いきなり襲い掛かることはしないが、金髪の老人の間合いに恐れることなく踏み込んでいた。もっと言えば百代は金髪の老人の目の前で対峙している。
「悪いのはそっちだ、九鬼を代表して総一郎に謝れ」
「……なんだと?」
拍子抜け――と言えばそうにもなる。従者からすればこの男は特別で最強。大和からすれば百代は総一郎に負けたとしても最強と認識されている。
この二人がここまで近づいてしまえばそれは「一触即発」と言うのが正しいだろう。
「総一郎はあずみに「いつでも来い」と言われてきた。だが、そこの金髪メイドがこっちに銃口を向けてきたんだ」
「おい! 変なこと言う――」
金髪の老人が睨みを効かせてメイドは口を閉じた。
だが、そんな理由で頭を下げる男ではない。
「要件はなんだ?」
「知らん」
挑発的な二人の会話が周辺の空気を重くさせる。
特に大和にとっては死地に迷い込んだウサギであろう。
「……九鬼にそちらが攻撃したのも事実だ、ここは九鬼家の敷地内だぞ? 防衛は当たり前だ」
「ふざけるな、私たちは――」
「が、こちらの不手際があったかもしれん。対処は後日行う、またあの小僧を連れて来い――俺とてあの男の弟子に興味がある」
抗議する百代を除け、金髪の老人は歩みを進めた。
「名前はなんだ」
そう聞くのは百代、金髪の老人は一度立ち止まって言う。
「ヒューム・ヘルシング」
その顔はこの世界で誰よりも好戦的であった。
♦ ♦ ♦
総一郎は空高く飛び上がっている。
飛ばされたわけではない、確実に飛び上がっている。総一郎はヒュームの蹴りを受ける際、その蹴りに足の裏を合わせジャンプ台としてそれを受けた。あの場で防御していればその箇所が破壊されていたことは明らか、ならば威力を無力にする他ない。と、言っても軌道が低ければ建物に当たって被害が出るしジャストミートで受けてしまえば一体どこまで飛んでいくかもわからない。なので総一郎は出来るだけ垂直に飛び上がるよう調整するしかなかった、それがこの長い滞空時間を過ごす原因である。
しかし、いつかは落ちる。そうなればどこに落ちるのか? どう受け身を取るのか? 金髪の老人にいつか復讐してやると誓うのだった。
「よっと」
地上との距離がおよそ十メートルまで近づいてきた時、総一郎は刀を抜いて一振り――風圧と気で着地する前に落下のスピードを消していた。
だが、軽々しく「よっと」で片付くようなものでもない。
その斬撃を受けた地面は無数の刀傷と膨大な気による陥没により見るも無残なものとなっている。遥か一万メートルからの落下を止める代償に相応しい程に広範囲で地面は抉れていた。
総一郎が見渡す限り住宅街とは言えない。空気が悪く、有害な煙が排出されている工場があるため、川神市の外れにある工場地帯と推測できる。これが住宅街であれば大惨事になっていたかもしれない。
「まあ、全部九鬼のせいにしよう」
そんな独り言を呟き総一郎は刀を収めた。
しかし、総一郎は平然を装っていたが非常に難儀な状態にある。ここらの地理が把握できていないからだ。川神で治安が悪い「親不孝通り」には出入りしたことは何度かあってもその先――この工場地帯に足を踏み入れたことは無かった。大和に「あそこにはできるだけ近づかない方がいい」と、念を押されていたことも一因だが、それ以上に嫌いな雰囲気だったので近づきたくなかった。
携帯電話を開いてみるが、何故か壊れている。理由は単純明快だったが、それを気にしても仕方がないということに総一郎は気が付いている。
兎にも角にもここの住人を探して道を聞きだすことが先決だった。
歩けば家がある、そこに人がいる――そう思って総一郎は通常よりも少し早く歩いていた。だが、住民が見つからない。
いくつか家を見つけたが、その中には誰もいない、もしくは居留守をされている。それに住宅の風貌が非常に悪い、とてもではないが親切に道を教えてくれる人がいるとは考えられなかった。
それから数十分が経った。
もう夕方であるが、現在は七月下旬であるためかなり暑い。幸い日差しはもう殆どないがそれでも気温は高かった。刀が重いと思ったことはないが今は鬱陶しく思うほどに邪魔だ。そんなことを言えば全ての剣術家に非難されよう、だが生憎、総一郎は剣術家の心など持ち合わせていない。
とにかく風呂に入るか涼みたい、金はあるからそれを渡してどうにかしよう。何かあれば武力行使、全部九鬼のせいにしよう――と、総一郎はある一軒の家の前で歩みを止めた。
それほど長けているわけではないが、人並みに武人として探知は出来る。
その家にいる人数は二人。片方は所謂不良と言う奴だろう、気が暴れている。もう片方は静かな気、寝ているのだろうか。
考えることはいくらでもあったが、取りあえず玄関の呼び鈴を鳴らす。
――返事はない。
もう一度鳴らしてみる、鈴の音が聞こえるので正常に作動している。
――返事はなかった。
これ以上歩くのは御免被る――総一郎は呼び鈴を連打した、不良なら気が短いので直ぐに出てくる。それが総一郎の作戦。
「うるせえ! ゲームに集中出来ねえだろうが! ぶっ殺すぞ!」
連打した時間は三秒ほどだった。
「お金あげるのでお風呂と着替え貸してください」
相手は赤髪の長髪、さらに子供だったが、総一郎は惜しげもなく頭を下げ一万円を差し出していた。
「ありがとう、助かったよ」
「おう、一万円くれるならいつでも風呂位貸してやるぜ。それにしてもお前気前がいいな!」
総一郎は濡れた髪の毛をバスタオルでまとめ上げ、服は誰のかは分からないスウェット。大方赤髪少女の兄の物だろう。
「えーと、名前は何ていうんだ?」
「……板垣 天だ」
少し間があったことに違和感を覚える総一郎だったが、恩人の深層に突っ込む気はない。それに気が付かなかったよう話を進めた。
「そうか、天ちゃんか。本当に助かった、暑いし道に迷っていたんだ」
「迷った? 来た道を戻れば帰れるだろ、一体どこから来たんだよ……えーと」
「ああ、塚原総一郎だ、総一とでも呼んでくれ――まあ、訳あってここに空から飛んできたんだ」
「飛んできた……?」
天から総一郎は怪訝な視線を受けてしまう。空から飛んできた、と急に言われれば疑心暗鬼になるのも当然ではある。だが、ここで信頼を失えば道を聞くことも出来ず、服を返せと言われて追い出されるかもしれない。
それは想像するだけで免れたい状況下であることが容易に想像できる。
「……取りあえず天ちゃんは命の恩人だ、一万円程度では到底返しきれない。なにかできることはないか? 掃除、洗濯、ゲームの相手でもいい、料理だってできるぞ」
最後の言葉に天は反応した、訝し気な視線は消えている。
「……実はそっちで寝てる辰姉が晩飯作ってくれる筈だったんだけどよう、全然起きねえんだ」
天の視線に釣られて総一郎が見た先には青髪長髪の女性が仰向けで鼻提灯を付けている。視界に入っただけだというのにその豊満な胸に一瞬気を取られてしまう総一郎、直ぐに視線を天に移して笑顔で答える。
「合点承知!」
天から話を聞く限り全く料理が作れないらしい、冷蔵庫の中身を訪ねてみるが食材があるぐらいにしか分かっていない。
台所にあるあまり大きくない冷蔵庫、中を開けてみるとそんなに食材はない。だが、肉も野菜もある。
和食特化型の総一郎にしてみれば何の問題もなかった。
「天ちゃん、何人分作ればいいんだい?」
「えーと、ウチと辰姉と竜兄とアミ姉と……師匠も一応か。五人分――いや、総一も分も合わせて六人分だ」
「え、俺は別に――」
「いいから食ってけよ」
満面の笑みで天はそう言った。
赤髪の不良――なんて決めつけていたが、根は優しい。環境が彼女をこうしたのだろうが、恐らく今言った姉弟が支えとなって懸命に生きているのだろう。五人もこの家に住んでいるなど無理がある、そんなに大きな家ではない。
恩返し――そんなことは考えず、総一郎は美味しい料理を振る舞うことだけ考えていた。
「……みりんってある?」
「なにそれ?」
♦ ♦ ♦
「なんだい竜、今帰りかい?」
「おお、アミ姉偶然だな」
紫色のミディアムカット、気の強そうで艶美な女性とオールバックで左腕に大きなタトゥーが入った厳つい男。話を聞く限り二人は姉弟だろう。
「あら、お前ら今帰りか」
「師匠も偶然かい?」
「はは、変な日だな」
師匠と呼なれる男はいかにもな中年男性、みすぼらしい格好をしているがどこか雰囲気がただものではない様子を醸し出している。
すっかり暗くなった夜道を歩く三人は他愛のない会話をして自宅への帰路を楽しんでいる。自宅が近づいてくるにつれてオールバックの男が鼻を鳴らした。
「なんだか良い匂いがするな、今日は特製野菜炒めとか言ってなかったか?」
「確か辰はそう言っていたね、気でも変わったんじゃないか?」
二人はそんなことを言いながら思いのほか自分の腹が空いていることに気が付いて家族が待つ家に急ぐ――が、中年の男はそこで足を止めた。
「……どうした師匠? 早く帰って飯を食おうぜ」
「……辰と天以外に誰かいるぞ」
「なんだと?」
「なんだって?」
視線を合わせた三人は駆け出した。
料理の匂いが届くところまで近づいているのだから走ればすぐについてしまう。十秒もかからないうちにオールバックの男は自宅の扉を壊す勢いで突撃していた。
「天! 辰! 無事か!」
「天! 辰! 今助ける――」
二人がそこに見た光景は見るも無残な光景――
「ギャハハハ! またウチの勝ちだな!」
「ギブ! ギブ! 逆エビ固めは無理!」
「総一君この煮物、凄く美味しいよ~毎日作りにきて~」
ゲームに負けた総一郎が無抵抗のまま天にプロレス技をかけられ、辰子は総一郎の作る煮物を食べながら幸せそうに総一郎の頭を撫でていた。
「……天、あんた一体何してるんだい」
「お、帰って来たのかアミ姉」
「辰姉そいつは誰だ……」
「んー? 総一郎君だよ~」
四人の会話は一つも噛み合わず時が過ぎていく。
「アミ姉」という単語に反応したのか総一郎はいとも容易く天の逆エビ固めを解き、立ち上がって頭を下げていた。
風呂を借りた。
お礼に飯を作った。
お姉さんたちに挨拶するため天と遊んでいた。
掻い摘んで話し、二人は納得する。オールバックの男は何故か総一郎を見て悪い笑みを浮かべていたが、総一郎はその意図に気付くことは無かった。
「風呂を貸しただけなのにお金も貰って飯も作って貰うとは、妹たちが世話になったね」
「いえいえ、助けてもらったのはこちらですし。本当に助かりました」
「そうかい、じゃあ私は風呂に入ってくるからゆっくりして行きな。大したものもないけれど」
「ありがとうございます、アミさん」
亜巳はお礼を言う総一郎に片手を上げて応え、そのまま風呂場へと向かった。どれくらいで上がるか分からなかったが、オールバックの男――竜兵のために料理を温め直すため台所へ向かった。
「あ、竜兵さん、今料理温めるんで待っててください――それと服借りてます」
「おう、サンキュな……おい、それ俺の服じゃないぞ、辰姉のスウェットだ」
「ええ?!」
驚いて総一郎は辰子の方に振り向く。辰子は「気にしないでいいよ~」と手を振っていた。
そうなれば少しだけ総一郎も意識してしまう。進んで嗅ぐことは無かったが、襟元から香るものはなんだか理性がすっ飛びそうであった。
――俺にはスワロウがいる……!
必死で言い聞かせながら鍋に入っている煮物ときんぴらゴボウを温め直している――
――ところだった。
油断もあったのだろうか、その気配に反射して総一郎はおたまをその相手に投げつけていた。刀は辰子と天、竜兵がいる卓袱台の下に置いてある、先程の刀に対する不敬がここにきて天罰に現れたか――なんて考えながらどうやって素手で戦おうと思考していた。
「へぇ、百代とやりあったのはお前だったのか、塚原の坊主」
そんな言葉に竜兵が反応し、その後、総一郎は構えていた拳を引っ込めていた。
「……釈迦堂さんですか?」
「よう坊主、でかく――いや、強くなったな。今の俺じゃ勝てねえかもな」
釈迦堂の言葉に総一郎は睨みを効かせた表情から再開を喜ぶようなワクワクした表情に変化している。
そこでようやく竜兵が口を挟んだ。
「なんだ、師匠と知り合いだったのか?」
「ああ、こいつがまだ六歳くらいの時に一度稽古付けたことがある。あんときはとんでもない化け物の雛と戦っている感じだったが、今となっちゃ化け物すら超えてやがる……!」
釈迦堂の笑い声に辰子、天、竜兵は何故か驚いている。
「……ウチ、こんなにうれしそうな師匠初めてみたぜ」
そんな釈迦堂を見て総一郎はまだ何も知らなかった頃の過去を思い出し、思わず笑いが零れていた――がそこで重大なことに気が付いた。
「――師匠……?」
釈迦堂は元川神院の師範代、それは武術界でも有名な話だった。最難関と言われる川神院の師範代試験を一発で合格し、川神鉄心直々に勧誘したと言われる天才。あの川神百代の師匠でもあり、百代に及ばぬがそれとそう違わない才能を持つ――だが、思想や素行の悪さが問題視され川神院を破門された。
それが問題である。
「ああ、ウチら師匠に稽古付けてもらってんだ」
「おう、師匠のおかげで俺達相当強くなったぜ。師匠にそこまで言われるお前は見かけによらず凄げえんだな、一発やらせろよ」
最後に言われた言葉で総一郎はとんでもない悪寒――殆どデジャブ――に襲われたが、そんなことはどうでもよかった。
「釈迦堂さん、もしかして川神院の技とか教えてないでしょうね」
川神院に入ること自体は簡単だが、飽くまでも川神院は門外不出。かなり内輪的な傾向が強い。
「…………まあ、黙っといてくれや」
そんな川神院の元師範代が無断で外に技を漏らしていれば大問題である。
「無断で技を持ちだした者は確か――粛清……?」
「まあまあ、今度梅屋の豚丼奢ってやるから。あれにとろろかけて食うと美味いんだぜ?」
釈迦堂は総一郎に近づいて肩を数回叩くと鍋の人参を一摘み口へ運び、皆がいる卓袱台へ行ってしまった。
「いや、どうせなら帰り道教えてください」
特にデメリットもないので総一郎は安い手打ち金で告げ口を告げないことにするのだった。
その後、嫌な予感は当たり。泊まっていくことになるが、竜兵から貞操を奪われる危険性に侵されるのでした。
久しぶりです。
他の作品は投稿していましたが、なんと一振りの方はかなり時間が空いていました。
一週間と少しぐらいしか経っていないと思っていたら二週間以上も経過しているとは……すみません。
できるだけ早く次上げます! そして後二回ぐらいで原作突入です!
A-5もあと少しでので頑張っていきたいと思います!
皆さんA-5買いましょう!