一年生の十二月最終から二年生クリス登場まで
――我帰還す。――
俺達があいつから聞いた話はこうだ。
塚原の呪いによりあいつは己の手を汚すこととなり、さらには師さえ失った。はっきりしないが、その呪いは今もあいつの周りに付きまとって離れず、あいつの武に対する執念や魂という物を欠如させている。
自分が人斬りだ、と俺達に告白した時、あいつは相当苦しかっただろう。そこまでの経緯を知っている俺からしたらそう見えてもおかしくはない、それ以上に誰が見てもあの時のあいつは苦しそうだった。
もちろん、俺達はそれを直ぐに受け入れた。姉さんは元から事情を知っていたようだし、京はもうあいつを完全にファミリーの一員として扱っていた為そんなことを気にするような女じゃない。意外だったのはガクトやモロ、モロが恐怖心を抱かずにあいつを受け入れたのもそうだが、ガクトは京がファミリーに入る際ものすごく反対したという事例があった為に非常にファミリー一同は驚きだった。
入学からあいつのことで色々なことがあったけれど、俺達はそれを受け入れ、あいつも俺達を心から信頼してくれた。姉さんや一子のことも気にかけてくれているので俺と同じように軍師の立場をあげてやってもいい、もしくは将軍にしてもいい。
そんなあいつがここを去り、京都に帰ってからもうすぐ三ヵ月が経つ。
それは十二月の中旬、クリスマスよりも少し前のことだった。あいつは遂に呪いを解く機会を得た――だが、あいつの父親や興輝という人は何度もこう言っていた。
「何があるか分からない、やりたいことをやっておけ」
その言葉を聞けば分かる、死の危険性がその呪いには含まれているのだ。
一同は不安を覚えた、姉さんも例外ではない。それもそうだ「呪い」があるという以外にそれがなんなのかは判断できない、興輝と言う人も呪いに危険性があることしか知らないという。
俺達は出来るだけあいつをリラックスさせ、できることは一緒にした。行きたいところには行ったし、超難解のゲームもファミリー総出でクリアした。九鬼の本社で村雨さんの話も聞けた。
俺達は出来ることしかできない、あいつのしたいことを手伝うことしか出来ない。ならばそれを全力でやるしかない。
あいつがここを旅立つ前の晩も俺達は出来るだけあいつの心に余裕を持たせるために精一杯やった。
恩着せがましく言うつもりはない、あいつは俺達のファミリーなんだ。
キャップがリーダー
俺が軍師
姉さんが守護神
ガクトが切り込み隊長
一子がマスコット
モロはツッコミ
京はファミリーの逆鱗
そしてあいつ――総一郎はこのファミリーの将軍――
「早く帰って来いよ……」
俺は二年生に向けて総一郎がいつでも帰ってこれるよう部屋を片付けていた。
♦ ♦ ♦
入学式を終え、大和達はお疲れ会を例の秘密基地で行っている。そこに総一郎の姿は未だない。
ファミリーの間に生まれている笑いは大和が新入生案内係として仕事をしている時にぶつかった少女の話によって生まれている。その少女は総一郎と同じく真剣を袋に入れて持ち歩いていたらしい。もし、総一郎と出会っていなければすぐに警察を呼んでいたかもしれない、何故か凄い形相で睨まれたため結局は警察を呼んでいるわけであるが。
そんなフラグを建てそうな大和に京が迫っているのがその笑いを引き立てていた。
だが、やはり「真剣」という単語に一同は敏感であった。総一郎が連絡を寄越さなくなってから既に三ヵ月が過ぎている。新学期までに戻ってくる予定であったが、連絡すら途絶えたままだ。鉄心からの情報も百代が頻繁に確認しているが、その成果もあまりない。鉄心すらあまり情報を掴んでいないようだ、隠しているわけではない。
それでも入ってくる情報は一つ――総一郎は戦っている。
塚原が川神院に対して与える情報は一月から何一つ変わらない、まるで三か月間ずっと総一郎は戦い続けているとでも言いたいようだ。
とにかく総一郎ロスとも言える――いや、そんなものではない、単純に家族が三ヵ月も連絡を寄越さずにいるのだ、しかも危険を伴っている状況にある。ならば「心配」という言葉が適当であろう。
相変わらず風間ファミリーは全員Fクラスである、殆どの者が仕方なくFクラスに在籍しているが、大和はSクラスに転籍できる所をわざわざFクラスに残ることを選択した。元々興味もなかったが、総一郎の帰る場所作るのは軍師の役目だ、と周りに言っていた。
過ごした時間は少なくとも総一郎という人物がそれだけファミリーの根底に存在している事実は明らかだった。
四月が過ぎていく、変わらない日常の中で一つ、二つ変わることが出てくる。一つは島津寮に仲間が増えたこと。入学式のすぐ後になって気が付いたことだが、大和とぶつかったという真剣を持った女の子だ。挨拶をするたびに睨んでくるような人物であるが、殆ど大和達に関わっていない、言葉数も少ないため食卓を共にしてもほとんどしゃべらず、何故かストラップと会話している。
そして転校生の登場だ。
時期的におかしい話だが、担任の梅子からもたらされた正確な情報である。正確といっても的確ではない、その転校生がどこから来るのか男なのか女なのかさえ知らされなかった。ともすれば、そこで動くのが風間ファミリー一のお祭り好きであるキャップとその軍師である大和、転校生は女であるかそれとも男か、二者一択の賭博を平然と教室で行う。案外簡単そうで利益が出なさそう、普通はそう思うが、キャップのカリスマでお金は大量に集まり、大和の情報操作による虚偽の噂で片方に掛け金が集中する仕組みを作る、明確なルールがないからこそ出来る川神学園ならではの遊びだった。
儲けた金は基地設備の増設や次の稼ぎ時の資金として取っておく、そこに正当性は皆無だが、それも一般常識の話だ。この川神学園は実力でぶつかることを理としている、それは一子や百代、ガクトの武はもちろん、大和の知略、謀略もその一環である。知でいえばこの学園の筆頭は葵冬馬と直江大和の二人で名が通っている。冬馬は知将であるが、大和は軍師と言うよりも侍中の方が言い得て妙と言えるだろう。
して、前述の通りこの時期に転校してくるのは普通ではない。大和はその意味をよく理解して情報提供者の居る茶室に足を運んでいた。
「ヒゲ先生なんか知らない?」
「何をだよ直江」
「転校生のこと」
「ああ、例の……ね」
ヒゲ先生こと宇佐美巨人は大和と向い合い、その間には将棋盤。宇佐美と大和が休み時間や放課後にのみ活動する「だらけ部」の部室であるこの場所で大和はいつも宇佐美から学校の情報を流してもらっていた。
「転校生のこと教えてよ」
「おじさんも一応教師なんだけど」
「いまさら?」
「そう言われると返す言葉がないね」
頭を抱え一手を一手に時間を掛けて駒を動かしていく、戦況が良くないのかそれとも自身が生徒に対して情報を流している現状に対して頭を抱えたのか、言いきってしまえば単純に戦況が良くなかった。
「梅先生に上手くいっておくから」
「ま、それなら仕方ないね――あ、待った」
「王手」
「トホホ……」
宇佐美はガクッと肩を落とし、そしてそのまま畳に寝転んでいつの間にか寝息を立てていた。
一体こんな男のいい所を梅子にどうやって脚色して伝えようかと思うと頭が重くなる大和だったが、取りあえず大和もその場で腕を枕にして精神の底にゆっくりと落ちていくのだった。
♦ ♦ ♦
女子――そして外国人――宇佐美からの情報は大変有益だった。
恐らく誰も予想していないだろう結果だ、賭けの内容は「男か女か」だったので今更人種を付け加えることはできない、しかし活用方法はある。外人イケメンとでも噂を流しておけば引っかかる女――男――は多い、幸いF組の生徒はモラル度が低いのでイケメンに引っかかりやすい女子が大半である。
もらった――と確信してから数日、ついに転校生がやってくる当日となる。キャップと二人で売り上げの計算をしながらファミリーと共にいつもの変態大橋を歩いていた。
「川神百代――」
言わずとも分かるであろう、挑戦者は一瞬にして星となる。そんな時大和は一人の外国人とぶつかっていた。
「あ、すいません」
「いや、こちらも不注意だった。すまない」
軍服を着ていたのでどうにも怪しいが、ここが変態大橋と名を冠っていることを忘れたりはしない、だが、今日転校してくる予定の外国人を連想した大和はしばらくその男を見つめていた。
「大和が軍服の老人に熱い視線を送っている……!」
「やめい」
「うん、止める、大和結婚して」
「やめい」
「止めないよ?」
横やりを入れてきた京に対応しているとその軍服の老人は既に姿を消していた。
「おい大和、ついに今日だな!!」
「ふん! 女に興味はないがスイーツ達に一泡吹かせてやりたいしな」
「残念でしたー男だっていう情報はもう確認済みだから」
上から福本育郎、通称ヨンパチ。大串スグル。小笠原千花、通称チカリン。F組における派閥の代表のようなものである。ヨンパチやスグルは転校生が外人イケメンということに反感を覚え、殆ど感情的に女票に入れ、チカリンはガセだとも知らず男票に賭けている。あと数分すれば分かることだが、ギリギリまで派閥争いは続いていく。
「結局どっちなの?」
情報を知るのは大和とキャップだけで京ですら知らされていない、モロやガクトは参加しているので当然ではあるが。
「ま、もうすぐわかるよ」
本来その発言を大和がすること自体殆どグレーゾーンな話だが、京はそれを気にすることなく、梅子が教室に入ってきた時点で片手に持っていた小説を机にしまった。
「転校生を紹介する」
そう呟いて一人の――男が教室に入ってきた。
「やあ、諸君」
一同が静まり返る。
ヨンパチは絶句しているだろう、あてが外れてチカリンの勝ちが決まったも同然である。しかし、チカリンもまた然り。外国人男性ではあるがイケメン――ではなく老人だった、軍服の。
「先生、彼が転校生ですか?」
挙手して甲高くかわいい声で質問したのは甘粕真与、F組の委員長である。
「いや、転校して来るのは私の娘だよ――外を見たまえ!」
そう指をさした方向には校庭が、そして正門が――そして馬が――
「クリスティアーネ・フリードリヒただいま寺子屋へ馳せ参じた!」
馬――と声が所々から漏れる。流石の大和もここまで情報は得ていなかった。所謂、日本を勘違いした外国人である。いや、日本を勘違いしたところで馬を使い登校してくる者がいるわけがない。
しかし運悪くそこに人力車で登校する英雄の姿が現れた。
「急げあずみ! 遅刻だぞ!」
「はい英雄様☆ しかし英雄様は多忙の身です、多少の遅刻は致し方ないかと!」
「甘いぞあずみ! 王たる者いかなる場合でも言い訳は許されん!」
「きゃるーん☆ 英雄様流石です☆」
会話こそ異質であるが、その光景は紛れもなく悪影響だ。
「おお、流石サムライの国だ、まさか人力車登校とは自分もまだまだだな」
教室にその声は届かないが大体何を思っているかなど明白だ。賭けの結果を気にすることもなく一同は「かわいい!」「馬……?」「やっかいなキャラだ」と基本的には同じようなことを思って外を眺めていた。
だが――一番初めにそれを感づいたのは百代だった。
「あ、すげえな、馬だ」
それはクリスに向かって放たれた言葉で教室にいる大和達に届くこともない、ましてクリスの馬に隠れてその姿は認識できなかった――視認できなかったと言うべきか、百代は気でその者の存在に気が付いているのだから。
「こいつは浜千鳥と言う名前なんだ。君もここの生徒か? もうホームルールが始まっているぞ」
「ああ、暫く休学しててね、久しぶりの登校だから平気さ、しかも校長室に呼ばれてるし」
「そうなのか、失礼した。自分はクリスティアーネ・フリードリヒ、今日からこの寺子屋で日本の武士道を学ぶ」
「……ははは、よろしく。俺は――」
「ん? 転校生が誰かと喋ってるぞ」
F組でそれに気が付いたのはヨンパチが始めだった。クリスをよく観察していたのか、賭けの計算をしている大和よりも早かった。
その言葉で視線を再びクリスへと戻した大和は少し目を凝らしてみた。すると窓から飛び降りる百代の姿が視界の端に映ると同時、大和もその人物の姿を視認していた。大和だけじゃない、恐らくはファミリー全員がそうであった。
「……ははは、よろしく。俺は――」
「総一!」
四階から無造作に飛び降りればそれぐらいの音もするだろう。少なくとも学校に居る者には良く伝わるほどの激音が響き、振動を感じた者を多かった。どこからか悲鳴も上がっている、きっと百代を良く知らない生徒が騒いでいるのだろう。普通の反応と言えばそうであるが、百代が四階から飛び降りたところで足を骨折することもない。
ただ、無造作に飛び降りたというのは確かにおかしな話だ――いや、一部からしたらむしろ当然だった。
「総一!」
今度は誰が叫んだだろうか。大和か京かキャップなのかガクトかモロか、一子それとも源さんも叫んでいたかもしれない。
――そう叫んだのは今の全員だった。
その名前を聞けば気が付く者も多い、何せ彼はF組であるし少し前まではあの百代を倒したエレガントチンクエの一人であったのだから。
「……随分と遅かったじゃないか」
「悪いね、随分な強敵だったもんで」
三ヵ月前よりも背が高く、ワカメのように艶美な所は変わっていないが胸辺りまで伸び、垂れ流された長い髪、かつては持っていなかった大太刀よりもさらに長い太刀。顔立ちはより男前になり昔の女顔よりも少し野生が増し、何よりも――強くなっていた。
ここに塚原総一郎、帰還。
時間が飛びました。
前から言っていましたが結構わかりにくいかもしれません。一応東西交流戦前までに塚原当主編を指し込もうかと。
早く燕を登場させたいですねー