真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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雑談の後

 箱根、それに向かうロマンスカーの一角に座るは総一郎、大和、京、クリス。はしゃぎ喚くクリスの子守をするように大和は嘘吐き虚偽吐きの連発で、それを見ている総一郎は後からの仕返し、そしてその弊害が自分に来るのではないかと恐怖にも似た感情を抱いていた。あれからクリスと一応の謝罪を交わしはしたが、人間そのように変わることが出来ないと総一郎は理解している。

 ロマンスカーから見える景色、一体それがなんなのか全く知らないが良く考えてみると新幹線を合わせてこちら側の景色を特急列車から見るのは初めてだった。

 

「なんで駄目なんだ……」

 

「どうしたガクト」

 

 子守の合間を縫って向かいの席で項垂れて居るガクトに大和は声を掛けた。

 

「なんでモモ先輩は良いのに俺は駄目なんだ!」

 

「……ああ」

 

 聞かなければよかった――そんな受け答えをしているうちにガクトが更なる悲鳴を上げていた。

 

「今度はなんだ」

 

 その視線の先には移動売店に飲物を買いに行った総一郎が恐らくOL年代のような顔の整った女性三人の席へ引っ張られていく一部始終が視界に入った。

 

「なんで……だ」

 

「くそ、あいつめけしからん奴だ。あんな美女達とイチャイチャするとは……!」

 

 失神寸前のガクトに先程まで女子大学生と楽し気にしていた百代が加わり、大和はクリスの子守の方が楽そうだと気が付いて景色の説明をするのだった。

 

 

 

 

 

「クリ! 宿まで競争よ!」

 

「望むところだ!」

 

 駅からバスで少し山奥の旅館へ行くファミリー一行。早速旅を満喫するのはやはりこの二人だろう、大和は厄介者がいなくなり一安心といった所か。バカ騒ぎとまでは行かないがバスの中は電車よりも窮屈だ、少し景色を見つつ緑豊かな自然に囲まれて静かな時間が訪れる。

 

「あれ、総一は?」

 

 少し乗り物に酔ったモロは顔を白くさせながら気が付いた。隣で話していたガクトも気が付いていなかったようだ。

 それに答えたのは京。

 

「旅館まで歩いていくって」

 

「駅からか?」

 

「うん、景色見ていくって」

 

 走る――ならばわかる。駅から旅館までかなりの距離があるため走って競争するならばまだいい、二人の体力であれば一時間ほどで着くだろう。だが歩くとなれば数時間は掛かる。

 

「まあ、好きにさせたらいい」

 

 目当ての女性がいないのか目を瞑って寝ている百代はそう呟いた。そして大和も京も少ししてから三十分ほどの眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

「なんで総一が先についてるのよ!」

 

「我々よりも後に出てしかも歩いていたのでは……?」

 

 旅館先の玄関口で二人を待っていたのは大和と全く汗をかいていない総一郎だ。白基調の服には土汚れの一つもない。

 

「鹿と会ってな、競争してた」

 

 大和は苦笑で腹を抱えそうだ。二人は同着したことを忘れるかのように総一郎へ不機嫌をぶつけていた。

 その後はついでに、ということでファミリーで山の散策をしていた。

 

「あ、ここの川で釣りとかいいですね」

 

「おお、釣りか! リューベックでは免許がいるのだが日本では要らないらしいな」

 

 意を決して由紀江は漸く口を開いた。今まではそんな言葉すら汲み取ってもらえなかったが、今ではファミリーの一員だ発言すれば返答がある。

 

「まゆっちの実家では釣りとかよくやってたの?」

 

「は、はい、精神鍛錬の一環でやったりしてました」

 

 モロの返答に口を詰まらせながらも由紀江は答えた。その顔には少し安堵の表情が観られる。

 

「まゆっちのテクニックは目を見張るぜー」

 

 腹話術――付喪神である由紀江のマスコット「松風」も然り、そしてそれに対する皆の反応も然り、だ。

 

「ま、釣りは明日しっかりだな」

 

 少しずつ夕暮れに近づいている。一斉に上を向くと木々の合間から夕日が差し込んでいる。

 

「さあーて、帰って温泉に入るぞ、そして飯だ!」

 

 キャップの一声、キャップの駆け出し、それに一子が続き、皆が続いた。

 

 

 

 

「まゆまゆもクリスも良い体をしているなあ」

 

 卑猥な手の動きと共に百代は二人に襲い掛かった。現在温泉には男女ともにファミリーメンバーしかいない。少し早めに入ったのが功を奏したようだ。

 

「そういうモモ先輩が一番」

 

「お、良いことを言うではないか京」

 

「だから是非ともお力を……」

 

 つまりは大和のことだ。京からしたらこの箱根は一大イベントだろう。

 

「京は本当に大和一筋なんだな」

 

「当たり前」

 

 京とクリスの会話に前ほどのぎこちなさはない。意識外のことだがすこし百代は安心した。

 

「で、でも総一郎さんとも結構仲いいですよね」

 

 まゆまゆの一言に京は少しだけ反応が遅れる。

 そんな光景を百代は見逃さなかった。

 

「お、京、まさかまさか」

 

「違うよ……ま、眼中にないわけじゃないけど。大和が最高に変わりはない、それに総一は彼女いるよ」

 

 一瞬間が空いて、三人は目を見開き――

 

「なんだとー! 前のは冗談だと思っていたのに!」

 

「そそそそ、そうなんですか!」

 

「そうなのか……は、はれんちだぞ!」

 

 一体クリスは何を想像したのか――京は湯船に口を浸からせてブクブクと泡を浮かばせた。

 

(ごめんね総一、逃げ口上で口を滑らせた)

 

 

 

 

 

「――俺様のはバズーカ砲だぜ、一発ドーンとな!」

 

「まだ未使用だけどね」

 

「そうそう、だから毎日砲身を磨いて――って何を言わせんだ!」

 

 男子風呂はお下劣な下の話、キャップはあまり興味なさそうにお湯につかっている。

 

「何ってそりゃナニだろう」

 

「上手いこと言うな!」

 

 ガクトが大声で突っ込んだとしても今ここには誰がいるわけもない――とも思いきや隣は女子風呂である。京は木の壁にへばり付いて大和の番を今か今かと待っていた。

 百代は楽しそうに、後でネタにでも使ってやると意気込む。クリスと由紀江は顔を赤らめて「は、はれんちな」とクリスが言うが由紀江はどちらかと言えばどうやら壁に張り付きたいらしい。

 

「俺はマグナム、強いのを五発ほどドーンだ」

 

「――モモ先輩、マグナムってどれ位?」

 

「グリズリーを倒せる」

 

「――っごくり」

 

「正気を保てー京ー」

 

 想像が妄想を呼んで今にも蒸発しそうだ。

 

「モロは皮のホルスターに入ってるもんな」

 

「急に暴露しないでよ!」

 

 モロが叫び出すと京の思考も少し醒めてくる。キャップが何かを言おうとして大和がそれを制止したくだりはよくわからなかったが。

 キャップの一物の話にもなるがすでに京の興味は薄れて壁から意識が離れていく、冷めないうちにお湯に入ろうと――したとき、ガクトの大声で女子一同は絶句した。

 

「た、大陸間弾道ミサイル……だ、と?」

 

「やめれやめれ、恥ずかしいだろ」

 

 声を聴く限りそう答えたのは総一郎だ。京は特に興味はないがそんなものがあるというのか、そんな表情をしていた。

 クリス、由紀江はお互いに顔を合わせて赤面、そして少しずつ蒸発していった。

 

「先に上がるぞ」

 

「わわわわ、私も失礼します!」

 

 そそくさと立ち去る二人の背中を見て百代が不敵な笑みを浮かべた。

 

「初々しいなあ」

 

「多分まゆっちはムッツリだね」

 

 カコンッ――と鹿威しが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 飯の席、川神水の席とでも言おうか。

 風呂から上がるとすぐに食事が運ばれてきた。大きな一室を借りているため全員同じ部屋で食べて寝る、鎌倉野菜や地元の名産品の物が次々と運ばれてくる。恐らく一番満喫しているのはクリスに間違いはない、一つ一つの動作が全力で嬉しさを表している。

 勿論、他のメンバーも然りだ。キャップや一子などはすごい勢いで胃袋の中へ、小食のモロですら箸が進んでいる。

 そして百代がある物を取り出した。

 

「じゃじゃーん、川神水です」

 

「おお、モモ先輩やるじゃん!」

 

 瓶に入った水?が九本、川神水と書かれているが見てくれは完全に日本酒だ。

 

「む、未成年の飲酒は禁止されているぞ」

 

 正義のクリスがそれに反応しないわけがない。

 

「これはお酒じゃないのさクリス、川神水といって場に酔うだけでアルコールは入っていない」

 

 説明したのは大和だった。だが信用できないのかクリスは百代にアイコンタクトで真理を求める、すると苦笑気味に百代は頷いた。

 

「まあ、それならばいいか。私も飲んでみよう」

 

 それから一時間後である。

 

「あはははははは、私は暴れん坊騎士!クリスティアーネ・フリードリヒであるぞ!」

 

 一子は既に酔いつぶれて就寝中、キャップも同様。モロとガクトは少し酔ってクリスの口上を盛り上げているようだ。

 

「しょーもない」

 

「ま、楽しいではありませんか京殿。ささ、あちらに遊女を待たせております。当旅館の一番人気でありまして名は「大和姫」と申します」

 

「どこ!」

 

「やめろ総一!!」

 

 少し酔ってふら付く大和と酔ったおかげで歯止めの利かない京の取っ組み合いが端っこで行われている。もちろんそれをけしかけたのは他ならぬ総一郎自身なのだが。

 少し顔は赤いが酔っているという雰囲気ではない、陽気に間違いはないが。

 

「楽しそうだな」

 

「結構酔うんだなこれ」

 

「余り酔っている様には見えんがな」

 

 ちびちびと川神水に口をつけているが総一郎は既に一子の分の瓶を半分まで飲んでいる。

 

「まあ俺は飲む機会も多いからな、武士は飲めねばやってられん。それに俺よりも強いのがいるじゃないか」

 

 その視線の先には由紀江が座っている。二人からの視線を浴びて急に縮こまってしまった。

 

「流石北陸の娘、大成さんの娘さんだね」

 

「い、いえ……モモ先輩もお強いですね」

 

 よく見ると百代も既に一瓶、空いたグラスに総一郎が注いでいく。するとそれを浴びるように飲み干した。

 

「良く手に入るしな、本物はあまり飲まないからわからんがこれなら結構いけるぞ」

 

「わ、私もやはり飲まされることが多くて……」

 

「この世界には法律もくそもあったもんじゃないな」

 

 すると百代が由紀江の隣に座った。右手は尻、左手は太腿に伸びていく。由紀江は体を震わせた。

 

「酔いつぶれてくれればいろいろできたのになー」

 

「もももも……!?」

 

「これ以上先はどうしてもガード堅いし……ま、これで我慢しよう」

 

「ほどほどになー」

 

 総一郎はグラスに川神水をポトポト注ぐ、既に料理は平らげているため肴はこの風景だろうか。既に呂律は廻っていないクリスやそれを煽るガクト、皆を見て常に笑顔を絶やさないモロ、追われ追い襲い襲われの大和と京、寝る一子とキャップ、弄り弄られの百代と由紀江。

 いつの間にか上機嫌に総一郎は鼻歌を歌っていた。

 

「そういえば総一の彼女の話聞きたいな」

 

「……は?」

 

「え、総一の彼女ってあれ冗談じゃないのか」

 

 百代の一言に最も反応したのはガクトだった。見るからに酔いはもう醒めたようだ。

 

「京がいるって言ってたぞ」

 

「……」

 

「なんだとー!てっきり冗談だと思ってた……じゃあ大陸間弾道ミサイルは既に発射されているのか!」

 

 総一郎は京に抗議の視線を向けた、見事に京はそれを逸らした。だいぶ前に軽口で彼女がいると言ったが完全に冗談だと思われていると思っていた。以前京とそんな会話をしたことを悔やむ日が来るなど思わなかった。

 

「うるせえ!童貞どもは俺にひれ伏せ!」

 

 最低の一言であるが酒――もとい、川神水の席だ問題はない。効果は覿面のようでガクトは驚愕の顔を維持したまま眠りについた。

 

「で、どんな奴なんだ」

 

 何故か余裕の大和は更なる追及を掛けてくる。というか京から意識を遠ざけたい気持ちが手に取るようにわかる。

 さて、燕は有名人である。無暗に教えることはできない。更にもう少しで川神に来る予定である。唐突に川神に来るわけもなく、大方何かの仕事関係であることは明白だ。そうなれば総一郎と燕が付き合っていることを無暗に知られてはいけないのかも知れない。と――今考えたわけではないが川神に帰ってくるときに考えたことだ。

 

「まあ……中学の同級生だよ……」

 

「うわあ、嘘っぽい」

 

「ええい、うるさいうるさい!京、やっちまいな!」

 

「roger」

 

 総一郎は奥の手で大和を黙らせることに成功したが、その後百代はどうにもできないのだ。

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

「クリスーまゆっちも虫苦手みたいだからやらせるなー」

 

 河川敷でファミリーは釣りや稽古、水切りなどで各々の箱根を満喫していた。かくいう総一郎も久しぶりの上流で心を躍らせていた。

 

「すまないまゆっち」

 

「い、いえ」

 

「ところで総一は何を作っているんだ?」

 

 竹と木の皮木の枝を持って総一は「ふふーん」と更に上流へ去って行った。

 

「釣り竿……ですかね」

 

「流石武士といった所か……」

 

 少しずつ木の先が水面に近づくような上流に総一郎は腰を掛けていた。だがいつものように動物たちがいるわけではない、やはり土地が違えば勝手は違うのだろうか。

 単に百代が来ていただけだった。

 

「よう、暇そうなことしてるな」

 

「ももちゃんもやってみれば、そこに釣り竿あるよ」

 

「釣りねえ――これ……釣り針が真っすぐだぞ」

 

「釣る気ないからな」

 

 総一郎は言葉を交わす、だが一向に振り向くことは無い。百代がいくら怪訝な視線を送ろうとも反応は一切なかった。

 完璧な精神統一。百代はその姿に少しばかり感銘を受けてただ黙ってそこにあった釣り竿を手に取る。総一郎の隣まで行くがそこで百代は座りはしなかった。

 

「なんだかおもしろいことになってるな」

 

 麦わら帽子の総一郎は百代の言葉に間をあけて顔を見上げた。

 

「秘められながらも撒き散らしたくてしょうがない殺気、軍人かな」

 

 立ち上がりながら総一郎は釣り竿を上げた。そこには一匹の岩魚が。

 

「百代に任せる、俺は戻るよ。非戦闘員もいるし」

 

「ふん、任せろ。そして任せた」

 

 川縁の網に岩魚を入れると二人は違う方向に、そして姿は一瞬にして見えなくなった。

 




そろそろ手が空いて来たぞー

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