九鬼のスーパー幼女が颯爽と生徒の前に出ている最中、梅子に連れられて総一郎は保健室へ、入った途端気分は最低頂に達した。
そのまま総一郎はソファに横たわった。
「大丈夫か塚原?」
「……早退してもいいですか」
「ああ、そうだな。一人で帰れるか?」
「少し休んでから帰ります……」
梅子は頷き、後は保健の先生に任せそのままホームルーム教室へ向かった。向かう際中、梅子は一つの疑問を抱く。あれ程頑丈で今日も見た時もいつも通りの総一郎だった彼が何故急に体調を崩したのか。
梅子は取りあえず首を振った。別に仮病を疑うつもりはない、目の前で吐かれたというのに疑うわけがない。
「よし、皆揃っているな。先に言っておくが塚原は早退する、今は保健室だがかなり体調が悪いみたいだから見舞いは放課後にしろ――では出席を取るぞ」
ファミリーのメンバーは顔を合わせた。勿論心配だがそれほどのものでもないだろう、友達が抱く一般的な心配を抱いたまま彼らは一時間目を迎えた。
二時間目が始まる少し前、大和が京と共に保健室へ行くが、既に総一郎は早退した後だった。
「総一はどうでした?」
「彼ねぇ……すごく吐きまくりだったわ。でも少し良くなったみたいだから今のうちに帰らせたわ」
食中りか、風邪か。いずれしろ今日の放課後は直帰で話が決まった。
♦ ♦ ♦
「最悪だ……なんだよあの女」
一体誰に悪態を付いているのかその言動だけではどうも読み取れない。壁伝いでどうにか総一郎は島津寮まで帰って来ていた。
不審な音にクッキーと麗子が気が付き、部屋までは運んでもらう。クッキーの敷いた布団で寝て、麗子が作った粥をどうにか食べれるようになったのは午後一時過ぎの話だった。
「大丈夫かい?」
「ありがとうクッキー、愛してるぜ」
「ふふ、どういたしまして」
未だに顔色は悪いが気持ち悪さ以外に症状はない、熱を測っても平熱のまま、とにかく寝ることを彼は選択した。
天井を見上げて思考していたのは今朝の事、弁慶という女の事が少しきになったのも束の間、彼女を黙視した段階で嘔吐感が体の底から湧き上がってくる。恐らく他の達人たちも彼女のちぐはぐさを少しは実感しただろう。だがそこで少しばかり疑問に思う。
何故自分だけが――彼は確かに気の扱いが上手い。だがそこまで敏感というわけではない、探知は確かにできるが、それも集中すればの話だ。
彼女から感じたことは二つ。外面の真っ白な気と内にある無意識がドスの効いた動の気が一杯でアンバランスもいい所、そしてその内からまるで自分の精神の扉をぶち壊そうとしている視線。目も合わせていないというのに、しかもそれは彼女の意識からは外されたもの、彼女が腹黒いとかそういう話ではない。
「葉桜清楚……か、その本名になんかあるわけだな」
花の髪飾りを付けた黒髪の美少女は総一郎にとって、現段階で最も厄介な存在となった。
そんな呟き、ある一人の少女は窓に耳をぴっとつけて聞いていた。
「ありゃ、誰かなその女の子は」
それはそれは納豆の似合う美少女だったという。
♦ ♦ ♦
場面変わって川神学園放課後。京は今日も一日孕んで――基、波乱であったと考えていた。彼女はもちろんだんまりを決め込んでファミリーと行動しているが、煩いハゲと煩いブルマの一年生を連れた煩いバッテン少女がヤバイ金髪一年生執事を連れてきたり。大和達に連れられ嫌なS組へ恋敵のようなエロいねーちゃんと癒し系の武士娘の所へ挨拶をしに行ったり。
結構ストレスの溜まる一日だった。更に総一郎が体調不良で早退したことも他の人以上に気にかかっている。好意とかそういう話じゃない。ファミリーの一員であり、よく自分を心配し、協力者でもある彼はもう友達以上恋人未満のような盟友である。他のクラスメイトだって心配はするが、総一郎は頑丈で大したことがないと思っている。だが京は逆に考える。
「逆にそれは重症って事とも考えられる」
「……一理あるぜ」
「一理あるね」
ファミリーでの登校は毎日だが全員での帰宅は珍しい。目的は総一郎の見舞いだ。そんな京の考察に一同は少しばかり歩みを速めた――走った。
必然とモロは一分ほどでこけるがお約束でガクトが背負う。京が親指を立てていた。
なんやかんやで島津寮に着く、男連中は汗だくだが女性陣は何故か余裕があるようだ。
雪崩のようにファミリーは総一郎の部屋に駆け込む――がそこに彼は居なかった。敷きっぱなしの布団、粥、ここに居た形跡はあるが布団の温かさから彼がいなくなって二時間と言った所だろうか。大和はそう逆算する。
「何してんだ」
不意に後ろから声がした。
ココアを持った総一郎である。
「総一……?」
「あれ、体調は?」
「あ、ああ。もうすっかり良くなったよ、心配かけたな」
全員の視線が京へ集まった。
「そういうときもある」
夕食。食欲がまだ戻らない総一郎は引き続き一人だけ粥を食べていた。なんだかんだで心配した源さんは夕食の時間に「ほらよ……味気がなくて文句言われても迷惑だからな」と割と良い商店街の漬物セットをいつもの調子で手渡す。何故か大和から嫉妬の視線を浴びせられたが、漬物が美味かったようなので彼は無視をした。
「結局どうして体調が悪くなったんだろうか」
「さあ、酸欠じゃないか」
「昨日の疲れが出たのかもしれません」
珍しく突っかからず由紀江が会話に参加するぐらい――総一郎は幸せを噛みしめていた。
「そう言えばカガは挨拶に来たか?」
「ああ、直輝君ならF組に来たよ、菓子折り持って」
大和はチラッと由紀江に視線を送った。先程は自然な会話をしていたが、いざ振られるとどうやらまだ詰まってしまうらしい。
「まゆっちと同じクラスらしいよ」
「へぇ……仲良くするように伝えとくよ」
「あ、ありがとうございます!実はもう声をかけていただいていて……」
「うわあ、あいつ手を出すの早いな」
総一郎の言葉に由紀江はみるみる赤みを帯びていく、逆にファミリーメンバーはそれをみてニヤニヤしたり、総一郎の発言に頷いたり。総一郎もそれを意図して言ったわけなので思わず笑ってしまった。彼は京との秘密協定でどうやら揶揄うのが相当自然になってきているらしい。
「直輝殿は総一の弟子らしいが、本当か?」
「ああ、俺の一番弟子。室町幕府将軍家の末裔だぞ!」
「何!本当か!」
唐突にクリスはトリップして「明日サインを貰おう、本物の将軍にやっと会える」なんて上の空だった。
「あの……直輝さんはどれ位お強いのですか?」
控えめな声だが由紀江から武士の声が聞こえる。やはり天下に名高い塚原総一郎の一番弟子である彼、しかも足利。彼女自身は交流がないようだが、二人の父、黛大成と足利興輝は古い仲である。
普段闘志を全く出さない彼女も同級生でもある彼には些か本能を抑えきれないようだ。
「そうだね……カガは強い。だけども真面目過ぎる、相手との相性が悪ければ必ずと言っていいほど負ける。それに――まあ、後は自分でやりあってみな」
一瞬総一郎が陰んだ。人の所にはいくつかの事情がある、度胸もないので由紀江はそれ以上突っ込まなかった。
「カガは彼女いないよ、俺としては由紀江ちゃんが理想だと思うよ」
「はうっ!」
「総ちゃんが滅茶苦茶弄ってくるぜ……」
由紀江は取りあえず松風で逃げる。
♦ ♦ ♦
いつもの川神、いつもの河川敷。朝食をよく食べた彼はもう体調に関しては問題なかった。合流組の三人からは何度も心配された、特に全く風邪を引かない百代は内心彼が重病なのでは?と疑っている。彼の師匠である村雨が呪いによって急死したことを知っているからだ。しかもその呪いは彼の家系が持つもの、今はもう断ち切った呪だがいつどうなるか分からないのが呪いだ。
まあ、勿論それは未来永劫彼女の杞憂だ。葉桜清楚が放つ謎の不自然が彼の根底を侵食したというだけ、それも今は問題ない。
だが、よくよく考えてみれば彼は今日清楚と直接会うことはなくても遠目で見たり、すれ違ったりする可能性が高い、高すぎる。だというのに彼は何故か不安な要素が全くなかった。寧ろどこか嬉しそうな表情にも見えなくはない。
誰もそんなことに気が付くことなく、総一郎は対葉桜清楚用人型決戦兵器が来るのを心から待ち望んでいた。
「お、何かすごい車が止まってるぞ!」
「あれは……九鬼の車だな」
「ということは……?」
メガネの紳士執事、クラウディオが後部座席のドアを開く、ともすれば思ったより予想外に身長が小さい娘がぴょこんっと降り、こちら――もっと言えば総一郎に向けた。
「ふあははははは! 我、顕現である!」
総一郎以外は大したリアクションをとっていない。恐らくこの学校で知らないのは彼だけだろう。少しの間、有体にいえば白けた雰囲気、ヒュームが居れば最悪だった中、総一郎は彼女の頭に手を乗っけた。
「可愛いな……」
「ふにゃ! やめろ、我は――」
「――九鬼紋白だろ? 揚羽さんから話は聞いてる、とても良くできたこの世で最も大事で可愛い妹だそうだ。ただ……」
「……ただ?」
紋白はもの凄く不安な顔、しかも自然的に上目遣いで総一郎を見上げていた。
「もう少し甘えてくれると嬉しいらしい」
パッと明るくなる笑顔はまさに揚羽そのもの。同じ髪の色でかなり長い髪、額のバッテン印しは九鬼のお決まりだが、妾の子である彼女はそれを自分で引き取られた頃つけたらしい。この笑顔には幾つもの感情が渦巻いているが、まさしく「喜」の感情が九十九%を占めていた。思わず総一郎も屈託のないこの笑顔に口元が綻んでいた。
「塚原総一郎、俺の師匠が昔九鬼に世話になったらしい。よろしくな」
「!? ふ、ふあははは。九鬼紋白である、よろしくしてやろう!村雨殿なら一度だけあったことがあるぞ!」
「そうか、では尚更よろしく」
総一郎はずっと手を紋白の頭に乗せていたが、紋白は結局振りほどきはしなかった。
――が。総一郎は後ろから光に声を掛けられた。
「総一、久しぶりにキレちまったぜ……屋上行こうぜ……! 天誅!」
「わー」
「とー」
急な出来事だったので適当な返事のまま総一郎は準の腹にパンチ、その数秒後、準の後頭部へ蹴りが飛んできた。
小雪の膝蹴りである。
「チョコマシュを困らせるなー」
「すいませんね総一君」
「おはよう雪、今日はチョコマシュとアンコマシュマロを持っているぞ。お前は手を伸ばすな」
「初めて見たー、なんか卑猥」「おや、いけずですね」と二人は気絶した準を連れてそのまま校門をくぐって行った。
割とバイオレンスな出来事だったので紋白は目をぱちくりしていた。
「さ、入ろう。邪魔になる」
「おお、そうだな」
「総一郎様、中にヒュームがいますが教室まで送ってもらっても良いでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「お願い致します……では紋様、お気をつけて」
「うむ」
紋白を先頭に総一郎とファミリーは校舎内へ入っていく。
「そうだ、この娘黛由紀江って言うんだけど極度のあがり症だから仲良くしてあげて」
「ふむ……北陸の黛か。いいだろう、よろしくな!」
「は、は、ははははい!」
「ふにゃ!」
恐らく笑顔――だが完全にガンを最大限につけた不良みたいな表情になっている由紀江、紋白は思わず総一郎の後ろに隠れてしまった。
だが事情を話せばわかってくれる。少し恥ずかしがりながら紋白はその場で握手した。
大和のことも紹介しようとしたが、どうやら風間ファミリーは既にほとんど挨拶しているらしい。大和や京は名刺もゲットしてる。紋白曰く良い人材はすかさず勧誘するらしい。
だが、どうも川神姉妹には良い感情を抱いていないらしい。総一郎はなんだかそこの事情をよく理解できていなかったが、特に触れはしなかった。
「師匠」
Sクラス付近で総一郎をそう呼ぶ声がした。
直輝だ。
「お久しぶり……でもありませんか、ご挨拶遅れました。昨日は体調が悪かったようなのでそちらにお邪魔するの良くないと思いまして。お体は?」
「ああ、もう大丈夫だ。しっかし堅いなあ、俺が浮くだろう」
「いや……一門ですから」
取引先の社長に無理を言われたように直輝は言葉に詰まってしまった。だが彼も年相応、一定の若さは兼ね備えているようだ。
「あ、こちら」
「はい、紋様ですね。昨日挨拶いたしました」
「うむ、もう我々はめるともだ」
今更総一郎は気が付いたがどうやら皆は「紋様」言うらしい。何だか直輝がそう言うと本当に付き人みたいに聞こえる。
「……まあいいや。カガ、今度由紀江ちゃんと手合わせしてやれ、同年代で同じ実力だ、かなりいい刺激なる」
「!……はい、願ってもないことです。由紀江さん、よろしくお願いします」
「え、あ、う、はい……」
恥ずかしがっている、顔を赤らめて。総一郎は視線で京に確認をとる、そして頷かれた。
「そろそろ時間だ、散れ。総一郎、礼は言っておく」
ヒュームの出現により、各々は各教師へ散っていった。
が――
「あれ、お姉さまが校庭にいるわ」
ホームルーム中の発言、通常であれば梅子の鞭が問答無用で炸裂するが、こんな時間に生徒が校庭に居る方が問題である。
「……ふむ、決闘だな」
梅子はそう呟いて。一同は窓に張り付いた。
「外にはでるなよ、見るだけなら許可する」
窓から乗り出してみると他の教室も同じように校庭を見ていた。
一瞬だけ教室の視線が総一郎に集まるが、直ぐに校庭へ戻る。総一郎との決闘と思ったらしい――というかそれ以外はあまりあり得ない。この学校で百代に挑もうとする者など居るわけもない。いや、もしかすれば武士道プランのメンバー、ヒュームの可能性もある。だが無暗に戦う連中でもないだろう。
実際に決闘禁止令が出ている。
「なんかあの子見たことあるぞ俺様」
そんなガクトの言葉、それと同時に百代に対峙している女生徒は地面に置いてある薙刀を手に取って打ち合った。その次に槍や刀など幾つかの武器をとっかえひっかえしていた。ただ一つ分かるのは――
「すげえな、モモ先輩と対等に打ち合ってるぞ」
キャップの言葉が衝撃を改めて伝えていた。
「手合わせだから本気は出さないだろうけど……それでも昔みたいに力は抑えてないはず、凄い使い手ね」
一子の冷静な分析、だが少し悲しそうな表情をしたことを総一郎は逃さなかった。きっと新たな格上、しかも百代と打ち合っている姿が悔しかったのだろう。
「だけど刀以外はなんだか使い慣れてないみたい、もちろんレベルはすごいけど」
一子とは反対にしっかりと分析できている彼女に対して総一郎は少し嬉しそうだ。そして校庭へ視線を移した。
百代は新鮮な感情を覚えていた。総一郎の時とは違う初めて戦う相手が互角であること。もちろん自分の方が強いと感じるが相手も何かを隠しているとも思う。小言を貰ってもいい――百代は一瞬だけ力を抑えなかった。
防御が一番厚い所、だが意識の薄いその箇所へ蹴りを繰り出した。
すると、対峙している彼女は待ってましたと言わんばかりに刀を百代に放り投げ、彼女は最も得意とする村雨流近接術で百代の蹴りに合わせて腹へ返しを見事決めた。
「やるな……」
「あぶなかったあ……聞いてた通りだね」
百代と彼女は遺恨なく笑顔を交わした。
と、ある時モロが口を開いた。
「あれってもしかして」
急いで携帯を探った。ガクトやスグル達も頭を抱え、喉まで出かかっている様子だった。その問いに答えたのは他でもない彼。
「納豆小町だろ」
そしてその今後を聞いた彼らは「それだ!」と一斉に声を上げた。大和も聞いたことあるな――と漏らしていたし、女子の何人かも知っているようだ。
「やっぱり西の方が有名か、総一も知ってるくらいだしな」
「あ、何か言うみたいだ」
またか――と総一郎は呟いた。校庭にいる彼女はマイクを貰うと校舎に向けて元気よく言う。
「どうも皆さん、納豆小町こと今日転校してきた松永燕です!私が川神百代さんとここまで戦えたのはまさに粘り!そう、毎日この松永納豆を食べているからです!皆さんもお一つどうぞ、今なら試供品配ってまーす!」
つまり営業である。なのに生徒からは歓声が上がった。なんともおかしな光景である。だが、総一郎にとっては幾度となく見た光景、彼女の努力の賜物だ。
校舎側に二人は歩いてくる。思った通り、百代は彼女が気に入ったらしくべったりくっ付こうとしたり、尻を触ろうとするが全て叩かれている。それだけでもすごい光景だ。
すると窓の外に乗り出していた総一郎に気が付いたようで彼女は手を振ってきた。
「おおおおお!俺様に手を振ったぞ!」
「そんなわけがあるはずないよ」
BATの文字を提示されたガクトは真面目に落ち込んでいたが、良く見ると隣で総一郎が小さく手を振っているではないか。
「……総一、どういうことだ」
一斉に視線が集まる。
(まあ、彼女とは言えんわな)
「幼馴染、塚原門下だよ」
大よそ同じメンバーの悲鳴が木霊する。
「でもどう見ても彼女という雰囲気にも見えるね」
京の爆弾は女性の甲高い悲鳴を連鎖させる最悪の爆弾だった。
それでも燕はこちらに手を振っていた、屈託のある笑顔で。
やることが無くて小説を書いている