休憩時間が十分とはいえ何かやりたくなるのが学生というものだ。体育や移動授業であれば時間もあまりとれないが、ホームルーム教室ならばきっちり十分時間を有効活用できる。
勿論、裁判だろうとも。
「被告人塚原総一郎の裁判を始める」
裁判長はヨンパチ、裁判官は殆どの男子生徒、検事はガクト。傍聴人は女子。被告は総一郎、弁護人はいない。
「有罪、死刑」
「まてまてまて」
三日裁判ならぬ三秒裁判。十分もあれば一体何十回の裁判が行えるだろうか。何十回でもやってるという意気が男子生徒からは駄々漏れだった。
「さて、E組に放り込んでやるよ」
「お、落ち着け――(てめえ、京てめえ)」
「(なんだか嫌な予感がしたので擦り付けておきました)」
無言の会話の後、総一郎は必ずの報復を抱きながら叫んだ。
「うるせえ、うるせえ! ガクト俺に逆らうと大変な目にあうぞ!」
ガクトが一歩引いた。しかしヨンパチが前へ出る。
「お前は俺達童貞にとって一番酷いことをしたんだ――イケメンが美少女と付き合うなんてことをな!」
清々しいほどの最低の理由、まるで少年のような表情でヨンパチは心の内を叫んだ。何故か拍手が男子から起きるが、もちろん女子からは蔑んだ視線が送られた。
「や、大和……キャップ……源さん……」
残る救援先はこの三人、年上に人気の彼とエレガント・チンクエの二人。
「悪い、俺もお前の敵だ」
「んーよくわかんねえや」
「……知らねえ」
友情など儚いもの、薄情と同義ということを彼は実感した。
「大和、月夜の晩ばかりと思うなよ……キャップは部屋に気をつけろよ……源さんはワン子にバラしてやるからな……憶えておけよ!」
彼は逃げ出した。
男子連中は「待て!」と彼を追いかけていくが、後五分もすれば授業が始まること忘れているようだ。きっと梅子の鞭をこれまでかというほど打たれることになるだろう。
それとは別、ある男子三人は謝罪の言い訳を熱心に考えていた。
無断欠席はもちろん利がない。総一郎は昨日も早退をして欠席していたわけだから結構な痛手だ。だが自衛の為と思えばなんの不安もない。
取りあえず放課後まで時間を潰そう――彼は屋上へ足を運んだ。もちろんそこには誰もいない、ニュースでも見るか、携帯電話を見てもそう長続きはせず、結局ベンチで寝ることに決めた。よく考えればなんで屋上にベンチがあるのだろうか――そうかここは川神学園だ、と納得したところで彼は眠りに落ちた。
そんな彼が目を覚ましたのは太陽光のせいでも地面の固さが理由でもない。
「つんつん、つんつん、ほらモモちゃんもやってみれば?」
「いいのか?彼氏だろ」
「いいよん♪」
脇腹を不自然なリズムでつつかれ、更に聞き覚えのある声が彼の睡眠を阻害した。
「あ、起きた」
彼は寝ぼけて「あー」と燕に寝転がったまま擦り付いた。
「ちょっと総ちゃん」
「……ははーん、いいものを見た」
総一郎が覚醒したのはそんな時だった。百代の意地悪い声が聞こえた時、しかしそれは既に時遅し出来うる限りの速さで燕から離れても百代はこちらを見て悪だくみをしようとしていた。
「く、殺せ」
「ま、誰にも言わないさ。葛餅パフェな」
確実な失態を犯した彼はどちらかと言えば悔しさよりも恥ずかしさの方が上回っている、良く見れば燕も百代と同じような笑みを浮かべているではないか。
分が悪い彼は話題転換に勤しむ。
「そういえば良いのか? 俺が彼氏だって公表しても」
「あー……うん。本当はモモちゃんの弟に近づいて揺さぶりつつ倒そうと思ったんだけど、正々堂々戦おうかなって」
まるで殊勝な言い方だが、結局は正面切っての戦いなどはしない彼女、実に腹黒さでいえば超人クラスである。
「おいおい、私を倒すのか?」
「うん、そうだよ。夜道に気をつけてね♪」
百代が一歩引いた、その笑顔の裏に隠された真実を読み取ったのだろう。総一郎と目を合わせて双方が頷いた。
「それはそうと大変だぞ、つーちゃんと付き合っていることがバレたせいで男子が暴走してる。女子は陰であれかもしれんが男子は信念に忠実だからなあ」
「あれま、大変だね」
「更に抹茶ぜんざいを付けてくれればガクトを〆てやろう」
「お前らなあ……まあいいや、頑張る。教室に戻るわ」
「納豆欲しい?」
「持ってる」
軽やかに起き上って彼は酷い姿勢で後にした。百代と燕はどうやらこのまま屋上で食事をするようで、先程まで総一郎が寝ていたベンチに腰掛けた。
百代も思うところがあるようだが取りあえず新たなライバル登場が嬉しいようで、私生活の話から鍛錬の話まで、そして総一郎の話へ進んで行った。
「じゃあ本当に幼馴染なんだな」
「うん、相当長いね」
燕からもらった納豆を食べる百代、一口食べて驚いていた、どうやらお気に召したらしい。そんな反応に燕もご満悦だ。
「あの頃の話はしても良いのか?」
「あー……総ちゃんが話してるんだからいいかな? まあ大変だったね」
「どれ位荒れてたんだ?」
「稽古の時はいつも痛めつけられてたし、人の好意は邪険にする。殆ど村雨さん以外の言葉は聞かなかったねぇ……一番辛かったのは」
初めて燕が見せた暗い顔だった。笑顔だったけれどもそこにある暗がりで全てを悟ることが出来た。
「見たこともない表情で私を本気で殴って来た時、それで骨が折れたんだけど、あの時の総ちゃんは怖かったなあ……村雨さんと言い合いになって一触即発だった」
「……あいつを嫌いにならなかったのか?」
百代は燕の俯いた顔を覗き込んだ。「なんだ」と思った、燕は少し顔を赤らめていたのだ
「初めて会った時から好きだったからねー」
燕らしくない、本音を今から倒そうという相手に意図が全くなく明かしていた。
♦ ♦ ♦
戻るやいなや男子からの追及――を睨み倒して跳ねのけ、鞄から弁当箱を取り出した。まだ時間があるのでそのまま食堂に向かうと一部テーブルに人だかりとそこに集中している視線があった。
どうやらそこには大和もいるらしく、総一郎もそこへ向かうことにした。
しかし、総一郎は思いがけない出会いをするのだった。
「おう、大和。ぶっ殺しに来たぜ」
「ま、待ってくれ。何でもするぞ」
「よーし、E組に放り込んじゃろう」
「……ごめん」
兎に角平謝りの大和の隣に総一郎は座ろうとするとその向かい側に彼女達と一人の男は居た。義経と弁慶と与一である。
「な、直江君、彼は?」
「あ、ああ、こいつが塚原総一郎だよ」
「な、なんと!? 初めまして、源義経だ。話に聞く塚原家の当主……?」
総一郎は義経の隣、自分の正面、与一ではない彼女に視線を一点集中させている――否、それは適切ではない。見つめ合っている、が正しいか。
だがそれは一目惚れなどの類ではない、まさに驚愕、二人が生きてきた中で私生活における重大な事だった。
「ど、どうしたのだろうか直江君。塚原君と弁慶は何故見つめ合っているのだろうか?……?」
「あ、姉御のこんな顔は見たことねぇ……これは前世の――いやそれはないか」
「……もしかして」
二人震え出して熱い握手を交わし、抱擁した。
その場にいた全員が言葉を失った後に絶叫した。
「どどどどどうした弁慶!?」
「あ、姉御!?」
「ああ、多分……」
二人は離れて言う。
「ま、まさか生きているうちに会えるとは思わなかった、何故朝会の時に気が付かなかったのだろうか!」
「こ、この苦悩が分かる人と出会えるとは……!」
――ワカメ髪の同類に――
その場は静粛に包まれた。明らかに奇人を見る目が集まりだす。
「塚原総一郎だ、総一と気軽に呼んでくれ。何かあればいつでも力になる」
「知ってると思うけど武蔵坊弁慶だ、弁慶でいいよ。私も出来うる限りを――いや、兄と慕ってもいいか?」
「べ、弁慶!?」
慌てて二人の間に義経が割って入った。与一は混乱状態である。しかし義経はどうしたらよいのか分からずあたふたしている。
「義経、これだけは許してくれ――いいかお兄ちゃん」
「良いぜ、よろしくな」
いくら川神とは言えこの光景は異常だった。だがよく見ると二人は確かに瓜二つだ、殆ど髪の毛のせいであるが。
その後二人は存分にワカメを分かち合った後、咳払いをして顔を赤らめていた。
「すまない、はしゃいだ」
「私も騒ぎ過ぎた、義経ごめん」
総一郎は姿勢を正し弁当を、弁慶は川神水をちょびちょび。
「言ってたもんな「ワカメ髪の人間と出会ったら生涯の友となる」って、よかったじゃん」
「う、うん。弁慶が嬉しいなら義経も嬉しいぞ」
二人のフォロー、それが今は痛かった。
時間も時間、四人は自己紹介を済まして教室へ戻っていく。その際に義経は総一郎との手合わせを希望して彼はそれを了承した。今義経は対戦希望者がかなり多いためそれの後、明日の放課後に行うこととなった。
同年代、しかも壁を超えた武士との戦いに彼も少し心を躍らせるのだった。
「そういえば総一、清楚先輩には会ったか?」
大和、京と帰りの河川敷を歩いている最中、あまり聞きたくない名前を聞いて総一郎はあからさまに顔を顰めていた。そんな姿に二人は首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「……いやあ」
「彼女の方が可愛いとか言わないでね」
「……言わねえよ」
大和に疑問を呈されたがどう説明すればよいか、彼は困惑した。恐らくここまで敏感になっているのは自分だけ、しかも大和は気をあまり感じられない普通の人である。
それに「あの人を見ると吐き気がする」なんてとてもじゃないが言えない、もしガクトが相手であればまた面倒くさいことになるだろう。
「なんかあの人を見ると違和感を感じるんだよな、ちぐはぐな気を感じる」
「ちぐはぐ?」
「ていうかあの人は気とかあるのか?」
「あるよ、ただならぬ気を持ってる」
確実に何らかの偉人、しかも明らかに文化圏の人間ではない。あるとすれば細川幽斎、それならば寧ろ確率が高い。だが塚原に縁のある細川幽斎ならば嫌悪することもないだろう、寧ろ歓迎して塚原よりも縁のある直輝と仲良くなることもある。
今日会わなかったのは間違いなく幸運だった、だからこそ早く燕には彼女の正体を特定してほしかった。
遡ること昨日の事――
気持ち悪さのピークも過ぎて少しばかり楽になってきた頃に燕は窓から侵入していた。体調が悪くて全く気が付かなかった総一郎は度肝を抜かれて嘔吐感に再び襲われていた。
「あああ!あれま、あれま!」
流石に彼女の方へぶちまけることは無く、クッキーの用意していた嘔吐箱に間に合った。
「つーちゃんに介護してもらう時がもうくるとは……」
「ごめんごめん、そんなに体調悪かったんだ……」
「いや、ただ気持ちが悪いだけなんだよ。あれもあの女のせいで」
「女?」
女という単語に反応したが別にそんなつもりはない、単純に燕は何のことか分かっていなかった。
総一郎も別にやましいことはない、ただ女をみて吐き気を催しただけだ。考えてみれば一つとしてやましいことは無かった。
「葉桜清楚――なんかよくわからんが誰かのクローンらしい、表面の柔い気と内面の剛――それ以上だな、多分内面が彼女の本性だろう」
「……その不自然な気で体調を崩したの?」
「……多分な。だけど他に体調不良を起こした人間はいないみたいだし、気の探知が超優れているわけでもないのに何故かこうなっている」
「ふーん」
燕もそんな人物に興味を示した。これから通う学園にそんな女が居るとなれば策士である彼女としては放っておけるわけもない。
「つーちゃん、葉桜清楚の正体を探ってくれ。九鬼にバレないように」
「いいよん♪」
総一郎が言わなくても燕は自ら行動を起こしていただろう。別にデータベースに潜り込むとか九鬼本社に忍び込むとはではない、清楚の好き嫌いや苦手なものなどから人物を絞っていくだけだ。
そして燕は笑顔のまま総一郎の布団へ入ってくる。
「なんだ」
「温いねえ♪」
「……二時間ぐらいで寮の奴らが帰ってくるからな」
「平気平気、私もあと一時間ぐらいで戻らないとだから」
溜息をつく総一郎だが心なしか嬉しそうだ、燕がぴったりと彼にくっついている。
「昼間からくっつくのもこの時期までだな」
「そう?」
「そうだ」
――大和達が帰ってくる一時間前の事だった。
「しっかしまさか納豆小町と付き合っているとはなあ」
「昔道場に来た時、負けなしで驕ってたつーちゃんをボコボコにしたのが出会いだった」
「……すごいな」
平然とそういうことを言える総一郎に驚愕する大和だったが、一方京と言えば少しもじもじしている。今回ばかりは大和も心当たりがない。
「どうした京?」
恐る恐る大和は聞いてみた。
「な、なんでもないよ」
京がビクッと震えた。一瞬大和の脳裏を良くない考えが過ったが勘違いに違いない。
「大方、俺に助け船を貰って大和に愛を伝えるのを待っているのだろう。言っておくが恨みは深いぞ――あと二十四時間は何もせん!」
「随分と浅いな、おい!」
変わらぬ関係であった。
♦ ♦ ♦
京と大和は途中で出会ったクリスと共に学園側へ引き返した。通りの葛餅パフェを食べるためだ。総一郎も一緒に行くつもりだったが、なんとそこへ燕が登場した。これは悪いと思った大和は気を利かせて三人でその場を後にした。後から「これでちゃらに」なんてメールしてきたが総一郎はそんな妥協をするはずもなく「うるせえ」と一言だけ返すことにした。
その夜の寮で総一郎をチラチラみる大和が目撃され、京が顔を赤らめる原因となる。
「分かったよん♪」
「早いな」
燕は河川敷で清楚の特徴を総一郎へ伝える。正体を明かす前に彼女の身辺について教えて欲しいと総一郎が願ったからだ。それは単純に精度を上げる為とただの見栄だ。
「杏仁豆腐が好き――中国系か?見た目よりも腕力が高い、芸術系が苦手……この時点で細川幽斎はないか――!?」
燕のメモの最後、それを見た彼は驚きと共に視線を燕に向けた。彼女は「ふふ」と口元に手を当てていた。
「虞美人草――覇王で西楚――項籍とは驚き……なるほど、あちらの表面と俺、あちらの内面とこっちの爺さんが呼応していたわけか。これは久しぶりに対話しないとな」
「取りあえず対策は講じておくね、一先ず刺激しないことにしておくよ」
「ああ、頼んだ。あーメンドサ、つーちゃん飯でも食うか」
「奢ってね」
「仕方あるまし」
夕暮れの河川敷、左腕にくっついて燕は総一郎と共に通りとは反対側、島津寮の方へゆっくりと歩いて行った。
「……寮で食べるの?」
「ああ」
燕は明らかに不機嫌な顔をしていた。
一日千文字書けば五日で五千文字になると気が付いた!
---追加---
通算200000UA突破!
皆様のお陰です、今後とも宜しく!