真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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歓迎の剣舞

 「歓迎会?え、二日後!?」

 

 総一郎が大和に呼び出されて見ればそこには美味しそうに餡蜜パフェを頬張るクリスと紋白、そしてこちらを問答無用で威圧してくるヒュームがいた。非常に鬱陶しいものだ。

 そしてそこで大和から歓迎会について聞かされる。三日後が義経、弁慶、与一、三人の誕生日であるという。金曜日の放課後までに準備を完了して誕生日会兼歓迎会を行うわけだ。今ここに紋白がいるということは勿論彼女が依頼人なわけだが、真っ先に英雄を頼らないところを見るとどうやら迷惑を掛けたくないと総一郎は思考した。

 九鬼ならば明日にも歓迎会を開くことが出来る――だが生徒だけならばどうだろうか、可能だろうか。

 

「会場の手配は梅先生に頼んだ、料理部とまゆっちには食事とケーキ、クマちゃんには食材の手配。一年生は紋様、三年は姉さんに、二年はネックのSがあるけど井上にもう頼んである、冬馬も手伝ってくれるはずだ」

 

「よし、つーちゃんにも声を掛けとく。後は京極先輩とココちゃん、チンクエの知名度は伊達じゃない」

 

「助かる――それとお願いがある」

 

「なんだ?」

 

「剣舞をしてくれないか?」

 

 突然の申し出に総一郎は沈黙した。別に不快感を覚えたわけではない、単純に総一郎は剣舞の経験が全くないだけだ。今まで頼まれたこともないしそんなことをやれと父親に言われたこともない、言われてやったかどうかは分からないが完全に意表を突かれていた。 

 そんな反応をする彼に大和は少し焦りを抱いていた。不味いことを言ったか――彼が抱く闇は確かに知識としてあるがそれを完全に理解できるのは燕か拳を共にした百代くらいだ。

 因みにそんな雰囲気を目の当たりにした紋白は足が竦みあがり、クリスは未だ餡蜜と戯れている。

 

「おい、紋様が怯えている、何か言え」

 

 そんな雰囲気を霧散させたのは主を思うヒュームだ、だが逆に彼が紋白を驚かせている、それに気が付いてない。

 だが総一郎の意識を戻すことには成功している。

 

「ああ、すいません。実は剣舞とかやったこと無いんで」

 

「え、そうなのか……経験者だと勝手に思い込んでいた、急に変なこと言って悪いな」

 

「ま、やるけどな」

 

「できるのか!?」

 

「頑張るさ、モンプチの為だしな」

 

 餡蜜を食べようとしている紋白に視線送ると食べかけの状態で彼女は頬を赤らめた。ヒュームが怒るかと思ったが彼もそんな姿に微笑んでいる。

 

「むむむ……そうだ!総一はなんで十勇士と因縁があるのだ!」

 

 急な話題転換であるが三人とも微笑んで何もいうことは無かった。

 というか大和、そしてクリスも手を止めてその理由に興味を示していた。

 

「東の川神はどこにでも影響力がある、九鬼、不死川、綾小路などの最大権力には及ばないけれども強いパイプを持つ。塚原家も名家ではあるけどそれは主に名家にしか影響力はない――だけども西という地域に関しては中堅クラスの権力を持つ、それは歴史ある塚原門下が多いことに由来するんだ。

 その中でも武家の末裔や武士精神を持つ者にとっては塚原の当主は挑戦すべき者で超えるべき者なんだ。あらゆる手を使って倒す、それは今まで塚原を倒せていない故の手段で第三者がそれを卑怯と言うことは許されないんだ、そして塚原はそれを拒否することが出来ない。

 まあこの前は最終的に彼らを突き放したけどあれは余りに戦力差があったからね」

 

 饒舌に話すとそれにヒュームが口を挟む。

 

「半ば怨念のようなものです。今の時代は壁越えがかなりの数台頭していますが、少し前からすればそれは手の届かない存在、この壁越えが集まっている川神がおかしいのです」

 

 コクコクと紋白は頷いて納得したようである。だがここぞとばかりにクリスがある疑問を呈してくる、もしくは苦言だろうか。

 

「ふむ……しかし大人数で一人を倒す、戦闘中に背を向けるなどというのは武士道に反しないか?」

 

 だが変化はある。クリスの呈したものは飽くまで疑問、否定ではなかった。これならば気分を害することなく総一郎の返答を期待できる。

 

「そこは事情という物さ。当事者たちにしかわからない問題、恥を忍んで勝利を得ることを塚原に挑むものは甘んじるわけだ。塚原を今まで超えられなかったことで既に誇りはなく、超えることで栄誉を得る。

 だからこそ俺は大人数で仕掛け、返り討ちにあった奴らに背を向けたわけだ」

 

「ふむ……それもまた侍というわけか?」

 

「……そうだ、よくわかってるじゃないか」

 

 理解を示す反応に総一郎は一瞬だけ心の片隅に余裕ができたことを感じた。

 やはりクリスに嫌悪感を示していた自分がいたことを認識したのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、こっちはこっちでやるよ。そっちに合わせるから剣舞の持ち時間とか」

 

「助かる」

 

 一足先に紋白は帰宅し、その後すぐに総一郎も帰路へ着いた。大和とクリスはその場で予定を詰めるらしく、とりあえずやることの決まった彼は帰路ついでにある家の前に座っていた。

 割と大き目で新築のアパート、そこの家の鍵を持っているわけではないのでコンクリートの階段で家主を待っている。表札を見れば一目瞭然、弾正少弼久秀の苗字が書かれている。

 

「ありゃ、総ちゃんどうしたの」

 

「積もる話があってね」

 

「ふむふむ、一体何かなあ」

 

 楽しむことしか考えていない二人の笑みは世界で最も悪いことを考えている様であった。

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 直江大和は久しぶりに忙しない一日を過ごしていた。上に下に右左、まさしく右往左往といったばかりか手足はまるで千手観音である。

 救いがあるとすれば難しい事柄でない事だろうか、日頃の人脈作りが功を奏して彼の作業は大変である――というだけに留まっている。しかも手足のように動いてくれる者達が有能であることも彼の負担を減らしているだろう。

 昨日の内に全てを済ましているとはいえ料理の準備や会場の設営、出し物、人員の確保を一日で行うのは至難の業、これを実行できているのは単にF組とS組の共闘が主たる理由である。

 大和の指示で準や冬馬が筆頭として動き、クリスの要請でマルギッテや総一郎の願いで心も動いている。手の届きにくい三年生の女子は京極に付いていき、男子は百代や燕、清楚に弓子を中心に動いている。

 

「紋様!井上準、今参りました!」

 

「うむ、よく来た。頼りにしてるぞ」

 

「も、紋様が……俺を……頼りに……!」

 

 設営の指示をしている時大和は少し離れた所から気合の入った雄たけびを聞いた。

 

「人員は問題ない?」

 

「ええ、準やマルギッテさんが頑張ってくれていますから。料理の方は?」

 

「料理部が頑張ってるけどクマちゃんとまゆっちが居なかったら少しきつかったね、それとカガが思ったよりも料理できるみたいだから問題はない」

 

「そうですか――総一郎君の方は?」

 

「……」

 

 一時間前の事である。大和は中休み中にメールで指示を飛ばしていた。ふと視界に入った総一郎を見て彼は声を掛けた。

 

「総一」

 

 総一郎は何の変哲もなくただ声に反応して振り向いた。三時間目の中休みだったので挨拶などはない、「どうした?」とただ返すだけだ。

 

「剣舞はどうだ?見通しが付くならリハとかしたいんだけど」

 

「ああ、まだ何もしてない」

 

 唖然と絶句のダブルチッキ、非難を覚えることもなく気が付いたら「そうか」と声を出して現実逃避をするかのようにメールに勤しんでいた。

 そして気が付けば放課後である。無我の境地に達した大和は完璧な体制で歓迎会の準備に勤しんでいた。

 

「で、総一郎君は今どこに?」

 

「帰った」

 

 冬馬は優しく微笑むがその奥にどうしようもない呆れを感じていることは明白である。二人の間に沈黙が流れると――冬馬は大和の尻を撫でた。

 

「てめえ」

 

「夫失礼」

 

「京みたいに変換するな!」

 

 するとまるで蜜に釣られるかのように京が急に現れると大和の右腕を掴んだ。

 

「乙失礼」

 

「変な所に持ってくな!」

 

「蜜に釣られたので私の蜜をあげようかと思いました。そう――秘密の場所」

 

「上手いですね、私も今度使ってみます」

 

「大和以外なら許すよ」

 

 冬馬と京は大和の苦労も知らず、セクハラの境地に立っていた。

 

「あ、大和くーん」

 

 そんな彼を多少マシな状況にしたのは小走りで来た燕だった。別に息は切れていないが割と重要なことだったのだろうか、一頻り大和を探した後のようであった。

 

「どうしました?」

 

「これからちょーっと用事があるんだけど、できることはやったから後任せてもいいかな?」

 

 一々男の何かを刺激するような仕草をする燕、総一郎の彼女だと知っていても大和は男でしかない。一瞬ドキリとして京にツーンとされるとそれを快く了承した。「ありがとんっ!」とまた小走りで燕が去って行きとき、あることに気が付いた。

 

「燕さん!」

 

「ん?」

 

「あの、総一のこと何か聞いてません?」

 

「あー」

 

 燕は微笑んで一言。

 

「問題ナットウ!」

 

 決めの仮面ライダーポーズで彼女は去って行った。

 

「燕さんに色目を使っていたと告げ口をしよう」

 

「やめい」

 

「じゃあ結婚!」

 

「あ、私も立候補してもよろしいですか?」

 

 大和の心労は何時になっても絶えないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 

 歓迎会当日の金曜日、放課後から少し余裕を持ち、授業の一時間後が開始時刻となっていた。各準備が最終的な詰めに入っている。

 幸いその後の時間に関しては問題ない、この歓迎会には鉄心やルー、九鬼の面々も参加するので八時くらいまでならば騒げるのだ。

 だが歓迎会開始十分前、主賓である与一がまだ会場に来ていなかった。

それに対して義経は既に涙目、そわそわする姿に弁慶は慈愛の目と共に与一に対する憤怒の感情をむき出しにしていた。

そんな姿を見た姉貴分である清楚も少し心配気味であった。

だが与一に居場所が分かると大和が会場から駆け足で出ていく、彼を知る人間ならばわかるであろう、自分が担当したこの会を中途半端にする気は更々ない気持ちに。

 そんな姿を見た清楚は隣にいる弓子でもなく、虎子でもないましてや百代でも燕でもない彼に大和について聞いていた。

 

「あの……」

 

「ん?はい、どうしま――」

 

 ビッグピンチ、ピンチは最大のピンチ、あ、信管作動してる――総一郎はどうして彼女が自分に話しかけてきてしまったのか考える間もなく、狼狽していた。

 

「大和君のお友達……塚原君だよね?この前の義経ちゃんとの――あれ?」

 

「アババババ」

 

 一目瞭然の狼狽である。思わず清楚も困惑した。

 その光景を始めに見た人物がいなければどうなっていたことだろうか、清楚に向かって嘔吐物を総一郎はぶちまけていたかもしれない。

 

「なットゥ!正気を保つ!」

 

「ぬぬぬぬ」

 

 前髪を上げ、でこを叩きまくる燕。意味の分からない療法であるが効果は覿面、総一郎の胸にあった不快感はすぐに取れていた。

 そんな二人を見て清楚はもの凄く申し訳なさそうな顔をしてる。まったく彼女は悪くないというのに。

 

「あ、清楚ちゃんは何の問題もないよ」

 

「で、でも、私何か気に障ることでも――」

 

「せーいーそー、あっち行こう」

 

 清楚の後ろから胸を揉みしだきながら百代は彼女を連れていった。そんな姿をみて総一郎は後でわらび餅でも奢ってやるか――なんて思い、燕に介抱されながらギリギリで到着した与一と大和を見つめるのだった。

 

「みんな、義経たちの為にこの様な会を開いてくれてありがとう!」

 

「んー素直にありがとうと言っておこう」

 

「ふん、別になんともないさ」

 

「へいへいーい、照れがあるぜ与一」

 

 そんな準のツッコミによって労力と善意によって「義経、弁慶、与一誕生日会&歓迎会」は始まった。

 会場にはホテル顔負けの料理が並んでいる。

 ローストビーフ、中華一式、ラザニア、何故か冷めてもサクサクのから揚げ、煮物――厨房にはクマちゃんと料理研が中心に、そしてまゆっちと直輝が「かなり」仲良く和物を中心とした料理をしていた。ちなみにそんな二人の隣でまゆっちの友達である大和田伊予は細々と盛り付けや皮むきをしていた。

 

「由紀江ちゃん、お刺身は僕がやるよ」

 

「あ、はい、分かりました。お吸い物は任せてください――直輝さん」

 

 思わず由紀江は普段見せない笑顔を振りまいていた。

 

「お、マジでいい雰囲気じゃん」

 

「うん、まゆっち友達どころかこのままだと彼氏獲得かもね」

 

「俺様も弁慶の所で腕相撲してこよっかなあ」

 

「どうせ手が握れるとか考えてるんでしょ」

 

「そそそそそ、そんなわけないだろ」

 

「あれ?総一は?」

 

 キャップの一言がまるで合図だったかのように会場の奥にある舞台に光が集まり、その他は明かりが落とされた。

 なんだなんだ――と声が聞こえる。だがそれも小声でその状態が続くと次第にそれも無くなっていく。

 

(……頼むぞ総一)

 

 大和は舞台の方を見て不安を覚えていた。総一郎は二時間前に「やるぞ」と言っただけでリハーサルも何もしていないのだ。

 舞台だけセッティング、スポットライトを当てるだけの照明、大和は万が一を考えていた――がそれもまさしく杞憂でしかなかった。

 

 舞台袖から出てきたのは完全な正装に包まれた総一郎――正装だけではない、雰囲気から全てが礼節に準ずるまさしく誰もみたことのない総一郎と言える。足運びから、袖の動かし方に至るまで、まだ彼は動いているだけだというのに会場を掌握していた。

 すると大和は完全に虚を突かれた――逆の袖からはこれまた見たことの無い、新当流の正装に包まれた燕の姿がある。

 

「綺麗」

 

 誰かが溢した一言、それで総一郎と燕の気を散らすことや観客の気を削ぐようなことは無い、誰もが思ったことを一人が一言で表した、それだけだ。

 総一郎と燕、綺麗という言葉は今どちらにも当てはまる言葉であった。

 

 丁寧の足運び、舞台中央に会いまみえると二人は静かなこの会場に染み渡るような刀を抜く音を広めていった。

 二人がそれを抜き切るとそのまま背を合わせるように同時に後ろを向いた。

 

 ――そして振り向き一閃を放つ――がそれは交差しなかった。思わず大和は息を飲んでしまった。失敗したのかと思ったのだ。

 だが、燕も総一郎も一向として刀を交わせることはしなかった。

 それどころかその剣舞はまるで「誰か」と戦っているようにも見えた。

 そんな姿を見た百代は聞いた話の人物、幽霊の塚原卜伝かと思い背筋を凍らせる。だがそれが勘違いであることにすぐ気が付いた。

 

(稽古……?)

 

 百代にはそう見えた。そしてそれは正解である。

 

 

――一つだけ覚えているだろ?

 

――うん、身に沁みついてる。

 

――俺はそうでもないけど。

 

――嘘つき、実は覚えてるでしょ

 

――ああ、忘れることを俺は許さなかったからな。

 

 

 

 

――村雨師匠の思い出を――

 

 

 二人の刀が弾かれると歓声が満ち溢れていた。

 

 

 

 




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