真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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活動報告に息抜きがてら書きたい小説の一覧を載せてます。こちらが少々手詰まり感あるのでちょっと息抜きを……こっちも更新はしますけどね。

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伍戦――覚悟対成長――

 九鬼揚羽がどれほどの才能と実力を持っているのか。それは総一郎が川神に来る前を辿れば簡単に行きつく。

 揚羽は現在武人として一線を引いている。それは他ならぬ百代との真剣勝負に於いて負けたことが切欠であった。お互いの死力を尽くした決闘、百代にとっても当時最高の戦いであり、生涯における名勝負であったと記憶する。勝利したのは百代だとしても年齢が近くこれほどまでに拮抗した人間もいなかったのだ。その後揚羽が九鬼の会社を本業とし、約半年後に総一郎が来ることになる。

 つまり今から約二年前に揚羽は壁を超えており、百代とも同格であった。今も鍛錬は欠かしていないが明らかに今の百代と真っ向から戦うことは出来ないだろう。

 だが、百代と互角に戦えるほどの実力までに持っていける才能はあった。ヒュームというスパルタが師匠であるが故というのもあるが、それに耐えて文武両道であった彼女が凄まじいことは明白である。釈迦堂もそうであるが、未だ武人として鍛えていたならば百代と総一郎そして揚羽の三人が若頭としてこの世界を引っ張っていたかもしれない。

 

 そんなブランクがある彼女が総一郎の身近にいる手練れをいとも容易く――実際は分からないが四人抜きをしたことは事実だ。

 

 ヒュームによって鍛え直されたのか、それとも総一郎の体質が彼女の潜在能力を引き出したのか。

 

 それともまた別の理由なのか。

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 この採石場は市街から離れた郊外、しかも広大であり高低差もあるため本来の使い方よりも武人の決闘場として使われることが多々あるらしい。許可なしに勝手なことをされる採石場も所有者もたまったものではないだろうが、今回は九鬼が正式な許可を取り、相当悲惨になることを加味してからか、所場代とは別に慰謝料を先に払ったらしい。

 流石天下の九鬼とも言えるが、九鬼の長女であり軍事統括部門を任される程の人物に万が一などがあってもいいわけがない。使わねばならぬところに金を使うのが彼らの良い所だ。

 

 さて。総一郎は現在採石場に居るわけであるが、彼が中一日何をしていたのかを振り返る。

 勿論学生なので学校には行くが、放課後には川神院にて軽い手合わせをしていた。それは百代でも一子でもルーでも鉄心でもない。他でもない燕である。

 経験値で言えば鉄心やルー、適度な維持であれば最も実力の近い百代、言い方は悪いが肩慣らしであれば一子が適切である。その四人ではなく燕を人選したのには深いわけがあった。

 第一に最も揚羽に似ていると思われるからだ。根拠はテクニックと手数の多さ。頑丈さと威力、べら棒な技で圧す百代とは違い揚羽はパワータイプの自分を数倍の実力へ持っていく精巧さがある。更に九鬼流とヒュームを筆頭とした豪傑が授けた技の数、それらは一つの系統を極めた鉄心とは違うヒュームの神経質が彼女を育てたのだろう。力技で圧すと思いがちなヒュームは技巧派、ジェノサイドチェーンソーは何十年もかけて作ったもので彼の全てを受け継いだ者しか今後使える者はいなくなるであろう。

 燕は力こそ及ばないが手数と真正面から相手を往なす方法には長けている。

 

 第二に――これが本命だろう。燕の謀略家足る所、可愛く言えば意地の悪い所。勝つための布石を忘れない燕の思考は総一郎の助けになること間違いなし。正道の弱点は邪道であり、邪道の弱点は圧倒的な力、そして外ならぬ邪道である。

 燕が謀略家であれば総一郎は正道である。あえて揚羽を呼称するならば兵法家であろうか。

 塚原卜伝も兵法家と呼ばれたが、それには二つの読み方がある。「へいほう」と「ひょうほう」だ。事実としては読み方の違いでしかないが、卜伝は「へいほうか」であった。武士は前者であり後者は策略家の思考である。

 燕と揚羽――当てはめてみれば燕は後者であり、揚羽は前者だ。

 つまり戦い方というものに長けた者達の呼称である。

 

 総一郎が燕と手合わせをするのは戦いの「法」を知る為である。

 

「三分間セットを五回、インターバルは各一分でいいかな?」

 

「承知」

 

「おっけい。じゃあ行くよ――悪いけど」

 

 惜しみなし――燕は定石通り間合いを詰めた。

 

「手加減してねん!」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 

「九鬼揚羽降臨である!」

 

 聞きなれた高笑い。英雄と紋白に比べれば耳に新しいが、流石一族なのか直ぐにそれが九鬼の親類であると認識してしまう。というか周りに従者部隊の序列トップの人間が五人もいれば九鬼を知らなくともそこに居るのが偉大な人間だと理解してしまう。この五人と同時に戦えば間違いなく負けるだろう。だが今回戦うのは揚羽本人だ。これが揚羽暗殺であればそれも不可能ではないが。

 兎も角、総一郎を見下ろす形で大石の上にいる揚羽は絶賛高笑い中。そして体にはいくつかの傷が残っていた。その理由は初めから分かっている。

 揚羽の気は極限まで昂り、筋肉のほぐれ具合からいって既に準備体操――そんな生温いものではない、恐らくこの五人を相手にウォーミングアップをしてきたのだろう。余りに贅である。だが死力を尽くした決闘であるならばその効果は絶大だ。初めから全力を出せる、間違いなくアドバンテージだ。

 

「さて、早速だが始めるとするが……先に言っておこう、この戦いで負けようが勝とうが我はこれを機に表立った武術家は引退することに決めた」

 

「!……それほどの覚悟ですか、ありがたいです」

 

「我も第一線を退いた、何て問題を先延ばしにしていたしな。天衣も除名され乙女も教育者の道を歩みだした。我もそろそろ後続に譲って九鬼の仕事に本腰を入れようと思ってな――だが」

 

「……!?」

 

 突風が吹くように総一郎の髪の毛が舞い、背筋がゾワリと凍った。獣が、獣が目の前にいる。純一郎と信一郎、藤千代と興輝を倒したのは野獣であった。百代とは系統が違うなど思い上がりにも程がある。あれは同じだ。

 

「我を倒さんと四天王はくれてやらんぞ。それに我はお前の為に覚悟を決めたのではない――他でもない、我の最後を賭けるのだ!その為の踏み台だ!九鬼家決戦奥義――」

 

 気が付くのが遅すぎた。揚羽はこの一戦に武術家としての今後全て賭けた。総一郎の為なんて差しさわりの無い理由ではない、もっと深くシンプルな理由だ。

 退く理由が彼女にはない、彼女は既に退くことを決意しているのだから。

 

 揚羽の拳が懐の深い部分から総一郎の顎を抉るように伸びてきた。いや、伸びるというには速すぎるし、紙一重で避けて鳴る風切り音はまるでF1カー。壁越えの実力に武術家として最大の覚悟、更に総一郎の気質、準備満タンな気と体――それは従来の揚羽、百代と戦った時でもなく昨日までの揚羽でもなかった。

 

(くっ、今の完成形までいってるか……!)

 

 今の完成形というのは今総一郎がいる場所の完成形ということだ。つまり精神の宮殿を極めた所と同じ場所に揚羽は居る。一方総一郎は精神の宮殿を未だ極める所にも至っておらず、発動も発展も遅い。致命的なスロースターターだ。

 いつの間にか総一郎も刀身を抜いていた、既に二本だ。出し惜しみは出来ないと本能が脳よりも先に動いた。本能が筋肉を動かすのは達人の証拠であるが今はそんなことを喜んでもいられない。状況は刻一刻と変わり動いている。先手を取った揚羽の猛攻は止むことを知らず勢いを増していく。更に総一郎にとって厄介なのはその猛攻が力任せでないことだ、防御の手応えが薄いと感じると五手先の攻撃が寸分の狂いなく同じ場所に叩き込まれる。防御の薄い部分がない総一郎を逆手に取った策――もしくは僅かの手合いで感じ取ったことなのかもしれないが、前者だとすれば狡猾であるし後者だとすれば曲者である。どちらにせよペースを上げねば総一郎にとってはただ辛い相手である。

 

「――少し考えすぎだ、ぞ!」

 

 総一郎から見て視界の左斜め上から揚羽の膝が急襲した。油断はなく、揚羽の読みがそれを上回ったのだ。直撃は避けたものの甘んじて一撃を総一郎は受けてしまった。

 一旦止む猛攻。勝負開始時と同じような構図で立つ二人だが、見下ろす揚羽と膝を軽く突き、額の傷から垂れる血を拭って舐める総一郎の新たな図が変化を顕著に物語っていた。

 勿論これからが勝負であり、まだまだ鋭く気を高められる。更に今まで通りいくならば総一郎は戦いの最中に新たな高みへと昇華する。勝てる要素はある、彼女にだけ有利な要素があるわけではない。そう思うようにして彼は立ち上がった。

 ――そうだ、立ち上がらなければ話にならない。思うようにしなければ折れたかもしれない心だ。読み合いの極意で読み負けた。彼にとって屈辱よりも挫折に近いだろう。

 勿論それにはいくつかの要素がある。精神の宮殿にもピンからキリまで強さの差があるし向こうは初めから最強の状態。スロースターターを言い訳にするのは本来良くないが、それが正確ならば仕方がないと言えなくもない。

 

だが――それでも読み負けた、更に大きな力と精巧な技術によって。

 

つまり現状出しうる力を出し切ったとしても勝てるかどうかは分からない。補正をすべて合わせたならば実力は互角か向こうが上、更に覚悟の面から言えば最後の胆力では必ず負ける。どんなに強大な相手でも、どんなに脆弱な相手でも、何か一つの要素で変わり、最後に立っていた者が勝ち、そこにおける過程と優劣は結果の前には過去としてしか存在できない。それが武術、剣術というものだ。

 総一郎は自分が最後に立っていた者であることを噛みしめもう一度二本の刀を握りしめた。心を静める必要はない、既に心と刀は合わさっている。

 

 

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 

 

 

 

「フフ、楽しそうで何よりですね」

 

「……ああ、まさか辞めるとは思わなかったが。それのおかげで体が無理に適応している」

 

「私もアフリカから出張ってきてよかった、晴れ舞台としては申し分ない少年だ」

 

「村雨boyの弟子ならばあたしも一目置くよ」

 

(最悪の面子だが確かに九鬼の面々からすれば最高の舞台か……というかあいつの評価高いな)

 

 あずみを除く他四人は揚羽を幼少期から知る古参。年齢も申し分ない。だからこそこの舞台は七五三や結婚式のように晴れ舞台と彼らは思うのだ。特に直々の師であるヒュームは複雑であろう。ストイックな揚羽が鍛錬を止めないことは分かっていても、維持以上の事はしない、つまり事実上――いや引退と揚羽口にした。永遠に武術の師ではあるが、そう言われると普段厳しいヒュームも今夜は酒に溺れて弱いところを見せてしまう。更に揚羽の戦っている相手は自分が認め、急死した男の弟子。太刀筋は全てでないが被る所が多い。口元が緩むのは感涙を誤魔化しているせいだろうか。あずみ以外にはバレバレであった。

 

「総一郎、お前の贐はなんだ?俺をガッカリさせるなよ」

 

 

 

 

 

 

 攻撃型、防御型の精神の宮殿を使いこなせるようになってから戦術の幅が増えた。問題なのは特攻でないため器用貧乏であることだ。

 若さというものだろうか。既に総一郎は適応を始めた。

 十の拳を浴び、開始から一時間経った頃の話であるが。

 

 息が上がり始めているが体力の尽き欠けではない、ある程度の消耗――つまり温まった体は何にも代えがたいドーピングである。むき出しの神経が研がれ、磨がれ、尖れ。眼前に迫る恐怖が己のセンサーを刺激する。減量で極限である筈のボクサーが相手のジャブを避け、ロスタイム終了間際シュートするフォア―ドの様に。集中力と勘は紙一重、表裏一体。

 スイッチの入った体は必然的に複雑な攻防を処理できるようになった。

 

(いける)

 

 だが、揚羽はそこで徐々に攻撃の勢いを殺し、足を止めるとゆっくりと下がっていく。動の気がそのまま静まっていくと静の気と間違えてしまいそうだ。

 

(なんだ)

 

 一末の不安が脳裏に過った。そして未来の不安に背筋が先程と同じく凍る。

 その不安に対抗できるのは万全な守りだけ、制空権を絞り筋肉を緊張させ、体の力は抜く。

 

 バンッ

 

 まず疑ったのは自分の心臓が破裂したかどうか。次に世界が終わったかどうか。どれも違う。考えれば当たり前であるが、無論その音源は他でもない揚羽の気が爆発した音であった。

 

「九鬼雷神金剛拳」

 

 二本の刀で受け止めようとして止め、回避に転じた総一郎は次の攻撃が来るまでの刹那思った。折れていた――と。

 格上――少なくとも今の一撃、それは間違いがない。一つ上の段階へ揚羽は登った。練り込まれた一撃はまさに雷神の如く金剛である。

 

「まだまだ行くぞ」

 

 あの攻撃に合わせられるかどうか――それが総一郎の死線である。

 




大学生になったんですがGW直前(投稿時)インフルになって最悪です。なんでこの時期なんだあ~(四年振り三回目のインフルです)




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