真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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――俺は新当流総代だ――

 入団試験の日――京都から川神に来た日から一週間が過ぎていた。

 一週間の間に何か起きたかと思えばそんなことは無い。

 入団試験後、大和に言われた通り金曜日にファミリーが全て集まることにしている金曜集会へ顔を出すことがあり、集会場所の秘密基地――廃ビルには驚かされたが、それ以上に事が起きることは無かった。

 むしろ初日に全て詰め込まれ過ぎていた。

 

 さて――と気合を入れなおす。

 総一郎は制服のボタンを上から下まで留めてシャツに皺ができないよう丁寧にズボンへ入れていく。京都では学生服だったためネクタイを締める動作が少しぎこちない、何度か絞め直して綺麗な結び目に満足する。

 髭は剃り終わっている――そう考えると忘れていたように髪の毛にドライヤーをかけてワックスを少量手に取る。無造作な髪の毛――と言えば聞こえはいいが、何もしなければただのワカメにしか見えない。天然ワカメの同類に未だ出会うことは無いが、もし出会うことがあれば生涯の友を得ることになる。頭をくしゃくしゃしてそんなことを考えていると洗面台へ大和が所々に乱れを残した制服姿で入ってきた。

 

「おっはー」

 

「おっす」

 

 覚醒しきっていない大和の返事は至極学生らしい返事だろう。

 その後、キャップに続いて源さんと京が歯ブラシ持参で洗面台に集まる、総一郎も歯ブラシを持ってきているため五人は並んで歯磨きを始めた。

 全く緊張感もなくまるで日常であるかのような朝――

 

 ――今日は川神学園入学式だ。

 

「クラス分けどうなるかねえ」

 

「だなー」

 

「一緒のクラスになれるといいね源さん」

 

「なんで俺に言うんだよ、まあ他クラスになってこられても困るから一緒のクラスの方が扱いやすい」

 

「……大和好き」

 

「それはおかしい」

 

 いつも通り会話、メンバー、総一郎は少しばかり張り切っていたのが何だか馬鹿らしくなってきた。別に憤慨する気はないが新生活の初手がこれではやる気が削がれる、これでは京都と変わらない。

 歯磨きを終えればファミリー全員での初登校。靴を履くところで総一郎は忘れ物をしたのか一度部屋に戻った。

 ファミリーが寮の外で寝坊する予定のガクトと総一郎を待つ、先に来たのはガクト、母親の島津麗子に怒鳴られながら息を切らして来た。どうやらめかしこんできたようで、しっかり固められた髪の毛ときつい香水の匂いが漂っている。

 それからすぐに総一郎は島津寮から出てくる。

 

「ごめんごめん」

 

「どうしたんだ――それ、持ってくのか?」

 

 大和の疑問はその視線の先――刀にあった。

 

「一応な、肌身離すなって言われてるし」

 

 刀といっても勿論袋に入っている。傍から見れば竹刀にも見えるだろう。

 疑問に対する返答が満足したのか大和はそれ以上何も言わずにファミリーはそのまま川神学園へ歩き出した。

 多摩大橋に続く河川敷を歩いているとファミリーを待っていたモロが見えた。島津寮を出るのが遅くなっていたため、モロは随分待ったようで河川敷の坂で腰を下ろしていた。

 

「遅いよ」

 

 こちらに気付いての第一声は当たり前だが文句だった。しかし理由が分かっているのだろう、そこまで追及もしてこない。

 モロを引き入れて河川敷を歩くファミリーは漸く高校生になることを実感し始めたのか川神学園の話題が多く出るようになった。

 大和が言うには決闘システムなるものがあるらしい、喧嘩や優劣を争う事柄を教師立ち合いの下、武や知力で競う――普通の学校ではありえないシステム。川神は武士の末裔が多く住む町、血の気が多い者が多いので逆に好まれるのかもしれない。それでも決闘となれば力を行使することを承認することになる、現代社会でそれが通じる川神に総一郎は少し楽しそうだった。

 

「へえ、俺様の力を示せるってことだな」

 

「ワン子やキャップ、総一もなんだか好きそうだね」

 

「うん、楽しそうだな。面白い遊びだ」

 

 大和は総一郎の言葉が少し引っかかった。前の二人とは少し違うニュアンスに聞こえた。

 

「決闘だぞ総一? 結構真剣みたいだが」

 

「教師――といか川神院の者が立ち合い、しかも武器はレプリカなんだろ? 決闘って名前を借りてるだけさ。競い合うことを学んでほしい――教育者的考え、一つのカリキュラムさ」

 

 ファミリーはまだ川神学園の生徒でない、だから川神学園のことは伝でしか伝わることはない。

 だが、大和は知っていた。川神学園生にとって決闘を汚されることは直接のことではなくても侮辱に値する――と。総一郎はそんなことを知らない、仕方がない――当然、そう思う。

 大和は軍師を務めているため人を良く見る。ファミリーのため、自分の人脈構成のために。

 だからファミリーに入った総一郎もこの一週間よく見ていた、一週間見たから言える。

 

 総一郎はそういうことを言う人間ではない。

 

 確かに新当流総代から見れば高校生の決闘などたかが知れるかもしれない。だが、総一郎はそれを馬鹿にするような人間でないはず――川神鉄心や姉さん、ワン子が聞けば心証を悪くしてしまうような侮辱を何故――

 大和は気取られないように総一郎を観察していたが、ふと視界に入った人物が思考を止めてしまう。

 

「美少女登場!」

 

「その妹も参上よ!」

 

 百代は空から、一子は脱兎の如く地上を駆け抜けてきた。

 

「お、モモ先輩おはようっす。今日からよろしく頼むぜ」

 

「すごい登場だね……」

 

「ワン子飴あるよ」

 

「姉さんおはよう、そんなことしたら――」

 

「ははーモモちゃん、黒穿いてるなんて大人だなあ」

 

「――!」

 

 時すでに遅し。

 人生で何度か使ったことはあるが、この時ほどこの言葉が当てはまる瞬間は無かった。

 言い得て妙――そして南無阿弥陀仏――なんて大和とファミリー一同は心で呟いて既に供養までも始めていた。

 

「――危ないなあ」

 

 百代が総一郎の顔に放った拳は避けられていつの間にか総一郎の持つ刀の頭が百代の首筋に当てられている。動くことが出来ず百代は視線を自分の首元へ落とすしかない。

 数秒の沈黙が走って総一郎は首筋から刀を離した。

 

「なるほど……それも一つの理由か」

 

 驚愕の視線など放っておいて総一郎は訳の分からない一言を呟いた。

 

「……私のお父さんと戦ったのとモモ先輩に勝ったってのは本当みたいだね」

 

 今まで一言も口を開かなかった京すら驚き、ガクトやモロは何かに怯える表情をしていた。大和も驚いていたが、一子はどこか尊敬するような視線を総一郎に送っていた。

 

「やっぱすげえ! 俺の目に狂いはなかった! そうだろ大和!」

 

 一番はしゃいでいたのは言わずと知れた少年キャップ。まるで巨大ロボットがドリルでぶつかりあう、その様をテレビで見ている幼稚園生。驚愕のファミリー、異様な雰囲気の総一郎と百代、そんなことを構いもせずに一人テンションの高いキャップ。

 

「私は上泉信綱の生まれ変わり、悪いが私と手合わせしてもらおう!」

 

 雰囲気を破ったのは唐突だった。今ここにいる全員が知らない赤の他人だった。

 いち早く察知したのは大和、恐らく姉さんの挑戦者。百代もそう考える。

 

「お前を倒せば卜伝を倒したも同然、勿論、拒否権は無いぞ!」

 

 卜伝――という単語が出れば大和や百代以外でも分かる、こいつは総一郎へ勝負を挑みに来たのだ。

 

「やだね」

 

「!? なんだと!」

 

 即答。百代であれば即了承して瞬殺――それが当たり前だった。

 しかし総一郎は即答で突き返して闘気など全く見せることは無い。

 

「上泉さんは知り合いだし、お前は弱い。それに真剣を用意しているようだけど――分かっているのか? 真剣同士であれば俺はお前の命を獲りに行くぞ」

 

 温厚な総一郎――天然な総一郎――ノリのいい総一郎――

 

 だが剣術家の総一郎は未だ見ていない――大和は己を恥じて、そして恐怖した。

 一週間で友達を測ろうとした、浅く広く交友関係を持つことに慣れていたせいか、ファミリーに入った総一郎の表面しか測ることをしかなかった。一週間で分かるわけない――

 そして総一郎の知らない部分――剣術家の総一郎を目の前にしたとき、姉さんの放つ闘気とは違う鋭利な何かを感じた。

 初めは何も感じなかった、総一郎の言葉が進むと次第に闘気とは違う物が撒かれていく。

 

「知らないようだから新当流総代として教えてやろう。刀は剣とは違う、拳とは違う。それに乗せるのは魂ではなく命だ。刀を軽く振ってみろ、それで人は死ぬ、漫画のように切られても死なない、刺されても死なないと思ったか?」

 

 がくり――そんな音を立てて挑戦者は膝をついた、恐らく総一郎の――そうだ、これは殺気、挑戦者は総一郎の鋭い殺気に耐えられなくなったのだ。

 闘気でなく殺気。

 

「モモちゃん」

 

「――え?」

 

「川神院に連絡してこの人を運んであげて、外傷はないけど立って歩けないと思う。少し川神院で休ませてもらえないかな?」

 

「あ、ああ、分かった連絡しておく……」

 

「ごめんね、殺気出し過ぎたみたいだ。こんなところで戦ったら迷惑だし、それに入学式に遅れちゃうと思って」

 

 ファミリーの方に振り返って謝罪する総一郎はやってしまった――というように笑顔であっけらかんとしている。

 ガクトやモロと一子、キャップは安心して総一郎に文句を言っているが、京と百代、そして大和は余り良くない表情で総一郎を見ていた。

 それでも総一郎の言う通り入学式に遅れるかもしれない――大和は総一郎のことは後回しで、取りあえずファミリーを諭して学校へ急ぐのだった。

 

 わざとファミリーに見えないよう集団の後ろに回った総一郎は大和や百代よりも苦い表情をしていた。

 

♦  ♦  ♦

 

 

 無事、時間通り川神学園に着いたファミリー一行は入学式を終えた。

 クラス分けのために廊下に貼られたクラス表の前で別れた一行だったが、各々自分のクラスへ入ってみれば百代以外のファミリーが揃っている。数分ぶりに再会した一行はF組所属となった。源さんがいることに大和は大喜びだった。

 

 担任は小島梅子、きつそうな女性教師だ。なぜか鞭を持っている。

 大和の前情報によればF組は成績が悪い者と問題児が集められる個性派集団とされているらしい。頭が悪いと遠回しに言われたガクトは憤慨していたが、梅子の鞭に叩かれて沈んだ。体罰ありの教師とは聞いたことはないが、これでこのクラスは梅子の恐ろしさを知ることになった。

 

 軽い連絡事項だけ伝えられてファミリーは下校となった。

 現在時刻は午後一時。家に帰るには少し早い、百代を除いた一行は商店街に出て軽い昼食を取ることにした。夜は百代を連れて食事することも決まっている。

 

「いやーでかかったなー、もしかしたら変形とかするのかな」

 

「そんなわけないでしょ、どうしたらそういう発想になるの」

 

「まあ、キャップのはいつものことだろう――それよりも結構かわいい女の子多かったな! ついに俺様にも……」

 

「それはないよガクト」

 

 ファミレスに着けばいつも通りの会話、一子はメニュー表を見るだけで涎を垂らしている。

 すると総一郎が一子に言った。

 

「ワン子、奢ってやろうか」

 

「え! いいの!」

 

「おう、皆も千五百円までならいいぞ、朝の詫びだ」

 

「本当か総一郎! お前良い奴だな、彼女がいるのは気に食わないが」

 

「よし、ガクトはいらないみたいだしワン子は上限三千円まで良いぞ」

 

「え! いいの!」

 

「え、ちょ――」

 

 喜びに満ち溢れる一子の頭を撫でて和み、ガクトを見てほくそ笑む総一郎。まだファミリーに入って一週間しか経っていないというのにガクトに対する当たりは既に馴染んでいる証拠だ。

 京はもう気にしていないのか普通に会話している。だが大和は先ほどのことをまだ引きずっていた。

 しかしこの状況で本人に問いただすことは出来ない、恐らく総一郎は誤魔化そうと――違う、皆の心を気遣っている。何故か良い言い方ができない。

 京が手を握ってきた。

 普通であれば取り除けるのだが――本気で心配する京の顔が大和をのぞき込んでいた。

 軍師はもっと堂々としていなければ――今は忘れて寮に帰ったあと二人きりのところで聞いてみよう――

 

「ワン子、俺が一番いいコストパフォーマンスで組んでやろう、どれが食いたい――」

 

 

 

♦  ♦  ♦

 

 

 一行がファミレスで楽しんでいる頃、百代は呼び出されてもいない学長室へ足を運んでいた。

 急に来た百代を追い返すことなく鉄心は飄々としていた。

 

「どうしたモモ、お前からここへ来るとは珍しい。小遣いはやらんぞ、欲しければバイトでも――」

 

「そんなことはどうでもいい、あれはなんだ」

 

 怒っている――そういうわけでもない。だが凄い剣幕で百代は鉄心に対峙していた。

 

「はて? 何のことじゃ」

 

「とぼけるな! 総一郎のことだ、どうせ見ていたんだろう!」

 

 勿論分かっていた、百代が急に扉を開けてきた時に――いや、朝のうちにここへ来るだろうと確信していた。

 髭を解かしながら鉄心は回答に困っていた。下手に回答すれば彼はあの仲間内にいられなくなるやもしれん――

 

「塚原というのは特殊でな、あやつの祖父が若い頃のことだが、儂と対峙したとき儂のほうが圧倒的に力量が上でもその殺気はとてつもないもの――」

 

「嘘をつくな!」

 

 鉄心はもっともな嘘をついたつもりだった、むしろ事実とも言えるが――それでも百代は納得することは無かった。

 モモの本能が何かを悟った――鉄心は言葉を濁すことになったが一定の回答をした。

 

「おぬしの危惧していることは起きない。あやつの精神は静の極みに至っておる、所謂「無我の境地」じゃからあのように恐ろしい殺気を意図的に出すことも出来る。これ以上の回答が欲しければ本人に聞くがよい。それ以上儂からいうことはない。これは彼のことじゃ、儂が言うことではない」

 

「……くっ」

 

 百代は扉を蹴破って学長室を飛び出していった。

 普段なら怒鳴ることもしただろう、鉄心は咎めることをしなかった。扉を蹴破って壊すのは悪いが、武のことで悩むのは悪いことではない――鉄心はそう思いながら総一郎のことを考えていた。

 

「静の気から放たれる冷たく鋭い殺気――純一郎と信一郎は何を考えている、あの歳の子供に……あの二人に何があったのだ。何故だ……」

 

 鉄心は表情から汲み取れない教育者としての心が痛めつけられる思いだった。

 

 

♦  ♦  ♦

 

一旦、島津寮に戻ったファミリー一行。

百代が来るまで寝る者もいれば勉強する者もトレーニングに励むものもいる。

総一郎は部屋を出て階段を下りる。

 

「あ、総一郎話があるんだが――」

 

 廊下で声をかけられた大和に気付くこと無く通り過ぎて行った。もう一度大和は声をかけてみるが返事や反応は無い。

 そのまま総一郎は島津寮を出ていった。

 大和は嫌な予感を感じ取った、百代のように気を感じることが出来なくても状況を判断するからに何かおかしいと感じた。

 皆に声をかけてすぐに総一郎を追いかけた――しかし総一郎はすぐそこにいたのだ。

 

 百代と対峙していた。

 

「姉さん――」

 

 大和は声を出せなくなった。

 百代の闘気が総一郎の後ろにいる自分達へ飛んできたからだ。見たこともない姉の姿に腰をついてしまった。

 

「どうしたんですかモモちゃん」

 

「お前はなんだ」

 

「塚原総一郎です」

 

「お前の殺気は感じたことのない気だった、なんだ教えろ」

 

 総一郎は先ほどのように殺気を放つことは無かった。ただ自分の薄い気で百代の闘気を受け流していた。

 

「教えろとは乱暴ですね、教えを乞うなら頼むのが常識でしょう」

 

「うるさい、教え――」

 

「俺は新当流総代だぞ、頼み方が筋違いだ――と言っているんですよ」

 

 声質を変えた総一郎から伝わる気はやはり先ほどとは違った。先ほどの殺気は冷たく鋭かったが、今の気は滑らかで涼しい――いつの間にか大和達は百代の気を余り感じなくなっていた。

 

「皆怯えています、気を収めてください」

 

 百代の闘気――動の気と総一郎の静の気がぶつかり合っていた。

 

「収めなかったらどうするつもりだ」

 

「そうですね……」

 

 右手に持っていた袋から総一郎は刀を取り出した。

 普通の刀よりも長い、大太刀と呼ばれる刀身を鞘から抜いていた。

 

「――本気でやってみますか?」

 

 信じられない言葉――大和がそう認識するのは二時間後の話だった。

 

 動と静、二つの気は大和達の前から消えていた。

 




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ところでA-5はいつですかねえ、義経のシナリオ先にやっておきたいんですよ。奥義とかあるみたいですし。


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