真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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すいませんサボってました。


陸戦――拳対己――

 総一郎が卜伝との問いかけに思考を耽らせていた河川敷、島津寮への帰宅を考え出したころ、一人の来客が夜の暗闇から訪れた。無精髭とヨレヨレの服を着こなすその男は釈迦堂。夜が異様に似合っていた。

 

「よう、坊主」

 

「どうもっす。日取り決まりましたか?」

 

 塚原十二番。揚羽と釈迦堂の試合が前後したのは他でもない釈迦堂が何故か延期を申し出てきたからだ。

 本来は六戦目が揚羽であったが、それは釈迦堂に変わった。というか六戦以降の試合は対戦者未定の為で目処もたっていない。もしこれ以上釈迦堂が延期するというならば総一郎も早急に対戦相手を見つけなければならなかった。

 

「今からだ」

 

「は?」

 

 連戦の疲労は余りない、水上体育祭の疲れは体が動かなくなるような疲労でもない。それでも壁越え同士の戦い――それも総一郎が望んでいるのは自身の糧になる本気の戦い。必ずしも力を最大限出すものでなくとも、本気になれるような戦い。由紀江との戦いはこちらの本気度は最大ではなかったが、向こうは限りなく本気であり、総一郎の心は本気であった。前戦の揚羽との試合は確実な本気だっただろう。限界を超えた相手との戦い、まさに総一郎の望み通りだった。

 しかし釈迦堂の申し出は明らかにニーズにこたえるものではなかった。

 

「いや、流石に今からは……」

 

「安心しろ――一発で終わる」

 

 何を言われたのか、一吹きの風が吹くまで理解できていなかった。

 だが、髪が靡いた時の総一郎の表情は臨戦態勢に入った武人の眼と表情だった。だが、それに相対するように釈迦堂は手を振った。

 

「ちげえよ。お前を一発で倒すわけじゃねえ。まあ、なんつうのか……俺じゃ勝てねえだろうから、一発だけ殴らせろ。俺がお前に教えてられるのは男の拳くらいだ」

 

 呆気に取られた。それが心からの思いだろう。

 かつては神童とされ、才能だけならば百代にも劣らない。しかしながら素行の悪さなどが目立ち、川神院の師範代を下ろされ、そして破門され。プライドと傲慢さに実力も紛れてしまった。

 そんな彼が気恥ずかしそうに頭を掻きながら「俺じゃお前に勝てない」というその姿は総一郎の心を掻き立てた。

 その薄笑いの表情の奥にはどれほどの葛藤があったのだろうか。対戦を延期してまでも模索し、自身が戦い、そして総一郎へ何かを残してやれること。それほどまでに彼を思い行動したこと、そしてその決断を自らの心の中で下したこと。鉄心やルーが聞いたら一体どう思うだろうか。

 板垣兄弟と出会い、そして総一郎と再会し、釈迦堂は変わった。しかし、プライドを捨ててまで「勝てない」といえるまで、人というものはそう簡単には変われない。

 それでも。そう決断した釈迦堂に総一郎は最大の敬意を持った。そしてその一因となれたことに誇りを持った。

 

「そうすか。じゃあ……お願いします!」

 

「おう、一発食らって伸びんなよ?」

 

 急激に高まっていく動の気。確かにこれは凄まじい、これほどの天才が果たして自分たちのように鍛錬をしていたらどうなっていたのだろうか――総一郎はそう考えてできうる限り歯を食いしばった。

 拳が眼前に迫る。世界最強の拳ではないかもしれない。でもその男の拳には、拳というものに必要なものがすべて揃っていた。

 

 

 

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

 

 

 島津寮に帰った時と学園に登校した時の一騒動はそこそこだった。おもいっきり殴られた跡のある頬への追及は帰宅後もそうであったが、登校してから鉄心とルーからの聴取などが主であり、表立って大きくはならなかった。だがそれは別の要因も存在していた。

 朝、ホームルームの最中に流れたテレビ。そこには旭の父親である最上幽斎の姿と、娘である最上旭が旭将軍こと木曽義仲のクローンである、ということが発表された。これは九鬼すらも全く認知していない事態であり、生徒には直接関係こそないが、世界的または九鬼的には相当規模の事案であった。

 しかも木曽義仲といえば義経の従兄弟であり、テレビでは手練れを素手でいなすほどの実力を見せていた。源氏組からしても驚愕の事実であった。

 

『なあ知ってたか?』

 

『いや?ただものではないことしか知らなかった』

 

『だよな。私もこの前の体育祭で薄々勘付いてはいたけど……』

 

 ホームルーム直後に総一郎宛のメールが百代から数件届いた。

 何かしら彼ならば知っていたのでは?という漠然とした予想があったのだろう、しかし総一郎もまさか旭がクローンで、しかも木曽義仲であるとは予想していなかった。これは燕も同じである。彼女のことを調べはしたものの、そこまでを知ることはできなかった。

 

『これは壮大だね』

 

『義経辺りで問題が起きそうだな』

 

『なにか他にコメントは?』

 

『妬いてんじゃねえ、太陽より燕派』

 

『舌』

 

 それ以上燕から返信はなかったが、彼女も思うところがあるのだろう。休み時間にSクラスへ行こうと総一郎は考えていた。

 そんな風に考えて休み時間を迎えるとクラスの後ろからドンっと気がぶつかる音を感じた。視線をやると高速で廊下を通り過ぎる百代の姿、遅れて少し騒ぎが起きていた。

 弁慶、マルギッテ、そして総一郎が予てから感じていた旭の気が際立っている。人ごみをかき分けながら大和と共に二年S組へ向かった

 そこには気に当てられた猛者共がいくつか。

 

「はいはい、気を静めて静めて。ほら、百代もつーちゃんも教室に帰って。金髪執事も戻って。マルギッテ!トンファーをしまえ!野次馬も散れ散れ」

 

 なんで自分が、と思いながらもなし崩し的に事の仲介に入った総一郎は百代の文句とマルギッテのメンチ、ヒュームの小言に晒されながらもこの場を収めた。

 しかし、教室への帰り道。そこには事の渦中にいる最上旭が待ち伏せしていた。

 

「思ったより驚かないのね、お姉さん悲しいわ」

 

「驚きましたよ。まさか木曽義仲のクローンだなんて、つーちゃんもそこまでは分かってなかったみたいですし」

 

「でも、些か反応が薄いわよね」

 

「実力の宛はつけてましたからね。ま、こちらに害がなければいいですよ」

 

「あら、脅し?」

 

「あんたの親父さんがどういう人物で、いったいどういう計画を画策してるか知らないですけど。あんまり松永燕を煽ってると痛い目見ますよ」

 

 クールコアを気取る旭の表情が刹那消えた。取り繕った微笑は恐怖そのものだろう、総一郎には通用しなかったようであるが。

 

「……そうみたいね。あんまり仲がいいから少しちょっかい出したくなっちゃって。ごめんなさい」

 

「いえいえ、何もなければいいんですよ。それに――何かあればあんた程度の侍たいした労力もかからないので」

 

 今度こそ旭の表情は消え失せた、代わりに冷徹な気が彼女を纏う。それに相対するよう、総一郎の顔は普段彼が見せないような微笑で。燕ではなく、本質的に怒りを露にしているのが総一郎であることに気が付くのは旭にも容易であった。

 

「気を付けるわ。お父様が総一郎君に会いたがっていたけれど、機会があればにしておくわ」

 

「機会があればお誘いください。何もなければいいだけなんで」

 

 スーっと旭は「ごきげんよう」と言い、総一郎の横を通り過ぎた。キンキンに冷えた廊下、先ほどのS組の騒動よりも生徒からすればよっぽど恐怖に値する出来事であった。

 

 

 

 

 

 

♢  ♢  ♢

 

 

 

 

 旭の正体。それは確かに衝撃があるものであったが、総一郎からすれば大したことでもない。現状彼は対戦相手を探すことに精を出していた。

 宛にしていた天衣は九鬼伝手から正式に断りのコンタクトがあり、鉄乙女も断れたらしい。あと六人。鉄心は最後と決まっているため正確にはあと五人だ。手練れという点に関して言えば義経、もしくは先ほど啖呵をきった旭。しかし軽くとはいえ義経は一度戦っているし、旭はそもそも戦ってくれないだろうと総一郎は考えていた。頼もうと思えば頼める人物はいる。しかしそれはお眼鏡という点では全く合致はしない。

 

 総一郎は帰路、多馬大橋に一際目立つ黒塗りの高級車、そしてその横で優雅に腰かけている人物に出くわした。

 

「どうも、ヒュームさん。何か御用ですか」

 

「相手探しに苦労しているようだな。当たり前だ、お前に合うような手練れはそうそう見つからん」

 

 普段のヒュームの口から出てくるような言葉ではなかったが、総一郎はそのあとに続く言葉に期待を込めていたためそれを茶化すことはなかった。

 

「どうやら今回の一件で手練れが数人川神に入っているようだ。戦いたければこちらが手配しよう、実力は見劣ることはない。少なくとも今の橘天衣よりは戦えるだろう」

 

「……一体どんな相手ですか。ヒュームさんがそういうならこちらとしても疑う余地はありませんが」

 

 ヒュームは言葉を遮るように懐から一枚の封筒を取り出した。

 

「こちらも明確なコンタクトはまだ取っていないが、奴らがどこにいるか検討はついている。お前も聞いたことがある――二人だ」

 

「二人……?」

 

「そこに詳細は書いてある。セッティングしていいな?」

 

「はい。どんな奴かは知らないですけど――!」

 

 「ふっ」とヒュームは総一郎の顔色が変わったことを確認すると話を切り上げて車に乗り込んだ。

 わざわざ彼が総一郎の為に骨を折ろうとしているのは他でもない、期待値だろう。伝説であるからこそ、若い世代には期待と失望を両方大きく抱く。

 彼が直々に手を貸すというのは、百代と総一郎が最強という二文字を背負っていく期待と同時に「俺を失望させるなよ?」という二つの感情が込められていた。

 

「ありがとうございます」

 

 もう遠くに行ってしまった車に総一郎は一瞥した。

 

梁山泊・天雄星の林冲

曹一族・師範代、史文恭

 

 相手にとって申し分は全くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♢  ♢  ♢

 

 

 

 

 

 

 

 第五のクローンが発表されてから数日、源氏対決として旭と義経は様々な事柄で対決をしていた。その審判役に買われたのは大和、彼自身も議長とのパイプができるので悪い話ではなかった。

 しかしある日、旭の家に招かれた大和は旭の父親である幽斎が原因である組織から襲撃を受ける。旭が二人を何とかいなしたことにより被害はなかったが、手練れ二人に命を狙われる体験をした大和は神妙な顔持ちで教室でその事を話していた。

 総一郎にとってはここから――もちろん大和がやばかった話も気になるが――つまり、幽斎を襲撃した二人の素性が重要であった。

 目星はついている、ヒュームが彼に紹介した林冲と史文恭である。

 現在一人は旭のもとに、もう一人は九鬼がすでにコンタクトをとっているらしい。総一郎は放課後九鬼に呼ばれていた、旭のもとにいる史文恭もあわせて呼んで日程の調整をするらしい。

 二人の特性を総一郎は知らないが、梁山泊は全員が異能を持っていることは有名であり、史文恭もそれに匹敵するような何かを持ち合わせていると考えて問題はない。梁山泊の最強と曹一族の最強だ、生半可ではないだろう。

 早めに、と思って一足先にファミリーには断り、彼は学園を出た。しかし彼は風が何か鋭く突き刺さるような空気を感じた。それはどこかで、どこからか、という印象でなく、漠然とした雰囲気だ。まるで風邪でも引いたのかと錯覚するように微かに「何か」を感じた。

 気のせいだろう。

 そう少し歩みを進めるも、度々彼は振り返る。少しずつ鋭さが増してきた。そしてそれが誰かの気であることに気が付いてきた。そしてもう一つ気が付く、無意識に視線を向けるのは学園のほうだった。

 肩に何十キロもある重りを乗せられたような重圧が一気に襲ってくる。だがそれも一瞬、それを撥ね退けて彼は学園へ最速で向かった。

 

「おいおい、どうしたってんだ!――項羽!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと大和は目の前の状況を見て考えた。何故か思ったよりも冷静だ。

 時が遡ること十分ほど前。大和は個人的に清楚から相談を受けていた。自分の正体を知りたいという願い、大和はそれを快く受けた。

 今考えれば驕りがあったのではないかと考える。

 ここの所、軍師として更には冬馬のライバルとして充実した日々を過ごしている。この前の水上体育祭もまさかMVPをとれるとは思ってもいなかったし、こうして清楚から直接相談を受けることに対して優越感があった。最近は百代を女性として意識している部分が多く、そして百代も少し態度が変わってきている。

 そこに驕りがあった。

 

「フハハハハハ!よくやったぞ大和!礼を言う、後で褒美をつかわそう!」

 

 目の前でこれでもかと動の気をまき散らす清楚――いや、大和が見立て正解を導き出した彼女は清楚ではなく、覇王項羽。

 考えれば分かることだ、九鬼が彼女を隠していた理由。それは項羽が暴れる前に知恵と知識を覚えさせ、新たなリーダーとして彼女を君臨させようとしたのだろう。そこまで大和は完璧に今理解できた。そこまで大和は理解できたにも拘わらず、ただ一瞬の驕りによってこの状態を作り上げたのだ。

 

「だめだ、クリス、まゆっち!」

 

 校庭で仲間が蹴散らされていく。生徒も誰もかれも。百代も鉄心もルーも来ない。

 大和は罪悪感と何もできない自分に対する嫌悪感。そして何よりも己を過信した愚かさが悔しかった。

 

「――総一」

 

 片方の目じりから一筋の涙が零れると同時に、一声と風が舞う。

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 校庭にて、英雄対伝説。漆戦――

 




早めに上げられたらと考えてます

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