真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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漆戦――英雄対伝説――

 死屍累々。砂塵が舞い、竜巻が校庭を埋めつくしていた。だがそれは比喩表現だ。実際には砂塵が舞い、そして項羽が嵐のごとく暴れていた。それでもなお死屍累々に変わりはない。手練れの由紀江もF組のメンバーもやられていた。

 何故かそこには壁を越えた手練れはいない。唯一いるのは燕、しかし彼女の性格からいえば間違いなく正面からぶつかることはない。鉄心やルーは川神院、源氏勢は手を出すことなく、九鬼勢は本社いた。

 

「はははははは!おい松永燕!いるんだろう、出てこい!」

 

(ありゃりゃ、ばれてる)

 

 燕は学園の生徒に謝りながらも正面からやりあうのは得策ではない、と考えどうにか相手が自分の仕掛けたトラップがある裏庭に来ないかと誘っていた。

 だが、燕も項羽も学園に気の塊が近づいてくることに気が付いていた。

 校庭に砂塵が舞う。竜巻はない、ただ一人、雷の如く総一郎がそこには立っていた。

 

 

 

 

 総一郎は闘気漂う――いや、覇気荒ぶる覇王こと項羽を前にして昂らずにはいられなかった。それは他でもない、自分の中にいる卜伝のせいだろう。

 予てからこちらとあちらの呼応について苦しんできた総一郎。よく考えればこちらだけ気分を悪くしていたのは何故だろうか。しかし今は前の敵に集中し、後の疑問は燕に任せることにした。

 

「くはあ!総一郎、お前と戦うのを楽しみにしてたぞ!」

 

 ブルン、ブルンと音を立てて項羽は大きな戟を回し、総一郎を挑発している。少なくとも総一郎の得物と同じくらいの長さ、しかし質量で言えば其我一振の二倍以上はあるだろう。総一郎は自身の体を緊張させた。すでに宮殿へもぐっている。

 

(随分でかい戟だな……)

 

(あれは方天画戟じゃな。どれ、儂と代わらんか?)

 

(はあ?悪いけどそんな余裕はない、ここで俺が止めさせてもらう)

 

(……まあ、よい)

 

 少しばかり卜伝の歯切れが悪かったが今はそれを気にしている状況下でもなかった。すこし目をやれば確かに死屍累々ではあるが、骨のあるやつはもう立ち上がっている。由紀恵は気丈にこちらを観察しているものの、流石にダメージを隠し切れないらしい。一子も同様だ。

 

「悪いが項羽、遊んでる暇はない。お前が先に倒れるか、もしくは手練れがお前を包囲するか。どちらかだ」

 

「フン!不敬であるぞ、覇王に対して許しがたい。だが貴様が強者であることは理解している、お前の中にいるやつも含めてな」

 

「……へえ、なるほどね」

 

 刀を一本。雨無雷音を抜いた。もう片方は抜かず、それに対して項羽は顔をしかめた。

 

「貴様……我を愚弄するか……!」

 

「伝わればそれで結構。お前の時代は知らないが、ここでは名より実。吠える前に慄け」

 

 憤怒の気と共に項羽は総一郎に斬りかかった。直線的な一撃、だが受けず流さず、総一郎は大きく避けた。理由は二つ。一つは二撃目の間合いから逃れるため、そして百代と同格といえる剛撃を無暗に受けるつもりはない。

 拳と武器。どちらが強いかなどという論争は無意味に等しい。拳であろうと武器であろうと、立っていたものが強い。証明は勝敗でしか明かせない。拳と武器の対立ははるか昔からあるがそれは今は置いておこう。

 ただ一つ。もし百代が全く無駄なく、己が放つ最高の拳の力を込めて最高の武器を振り下ろしたなら。

 そのもしもを考えるくらいには総一郎も立派な武器使いであった。

 

「安易にはいけないな」

 

「ふん、腰抜けか」

 

(おい、代われ)

 

(うるさい、黙れ)

 

(アホか小僧。黙るのはお主だ)

 

「……」

 

 総一郎は静かに刀を下ろした。

 その光景に項羽も少し動揺とまではいかないが、不信感を覚え身構えた。

 

(……なんだ?)

 

(気負いすぎだ。相手が得体の知れぬ偉人、そして破格の強さ。だからといって慎重すぎる)

 

(時間を稼げればいい)

 

(自分の心に嘘はつくな。お主、奴に対する不安が拭えてないのだろう?)

 

 自分の中にいるだけのことはあるな――総一郎は一度息を吐いた。

 

(任せていいか?)

 

(無論じゃ。じゃがいつかは自分でやるのだぞ?)

 

(当たり前だ)

 

 校庭の真ん中で少し影を落とし、立ちすくむ総一郎。不審がっていた項羽もそろそろ痺れを切らそうとしていた。

 だが――まず燕が感じ取った。いつか感じたあの気、そして自分の愛する者の体からそれが溢れている。

 次に項羽の対策に追われている手練れ、世界中の強者。今年で何度目かの気の爆発。

 

 そして項羽が笑った。

 

「これは良い余興だ!のう――卜伝!」

 

 同じ顔、姿。だがそれでも顔立ちと佇まいが総一郎本人とは思えないほど、その人物は変容していた。

 

「現世は何年振りかのう?滾るわい」

 

 本物の伝説、降臨。

 塚原卜伝対西楚の覇王項羽。

 伝説対英雄の戦いが時を超えて交わる――

 

 

 

 

 

 

 

♢   ♢   ♢

 

 

 

 

 

「くはぁ!」

 

「フンっ!」

 

 方天画戟と雨無雷音がガキン、ガキンと派手な金属音を鳴らしぶつかる。

 項羽の方は先ほど通り派手な動きをしている、一方総一郎――卜伝の方は先ほどと打って変わり攻勢に、普段の彼とは戦い方が違っていた。進んで相手の陣地を占領していく。だがいぶし銀ともいえる堅実かつ無駄のない一撃が項羽との打ち合いを成立させていた。

 

(手本のような堅実さだ)

 

 卜伝に代わって自分の中にいる総一郎は、かつて自分と死闘を繰り広げた先祖に改めて感銘をうけていた。正道、真っすぐということではなく、どんな攻撃にも確実に対応できる、凄まじい堅実。一見力みすぎた一振りも次の動作に全く支障はない。確かに卜伝も後の後を極めているともいえるが、それを除いてかれは剣客。自分から攻めない道理はない、総一郎があくまでも異質なのである。

 と、関している場合ではない。総一郎にはやるべきことがあった。

 

(清楚さん、聞こえますか)

 

 彼は向こう側にいる清楚とどうにかコンタクトを取ろうと考えていた。卜伝が、または項羽が相手に呼応したのと同じ要領で呼びかけていた。

 すると、相手も同じことを考えていたのかすんなりと声が――いや自分のいるこの宮殿に清楚が現れた。

 

「ごめんなさい」

 

「いや、いきなり謝らないで下さい」

 

「そ、そうだよね。ごめん……」

 

 少しばかり緊迫している状況下、しかし清楚は総一郎のあっけらかんとした態度に戸惑っていた。己が開放してしまったという罪悪感と、自分の体が友を傷つけてしまった罪悪感に囚われているのだろう。

 

「こうして面と向かって話すのはビーチバレー以来ですね」

 

「そうだね……でも面と向かってっていいながら二人とも本当の体はないけど」

 

 清楚はいつものように可憐に笑った。誇張なく、初めて総一郎はそう思った。これがだれもが見ていた彼女の笑顔なのだろう。

 

「とりあえず僕が清楚さんを避けていた理由は分かりましたか?」

 

「はい、私の中のせい……だよね?」

 

「そうです。けどとりあえず僕も謝っておきます。今まで避けてすいませんでした」

 

「あ、いや全然大丈夫だよ。私も鈍感だからまさか項羽だなんて考えてもいなかったし。こっちこそごめんね」

 

 精神空間で二人して謝っている姿は間抜けである。

 

「二人して謝ってばっかりだね」

 

「収拾つかないのでお詫びとして皆にご飯でも奢りましょう」

 

「だね♪」

 

 清楚だけではなく、総一郎も微笑む。

 しかしそれでも清楚の顔は冴えなかった。

 

「大丈夫ですよ、清楚さん。僕も対戦相手を探していましたし。それに九鬼と川神があれを放っておくはずがありません、時間の問題です」

 

「そうだね……こういう言い方は良くないけど項羽が出てきたのがこの学園でよかったと思う」

 

「まあそれは間違いないですね」

 

 表の世界。

 校庭は無残と化している。だが校舎や生徒にはもう被害はない。

 項羽と卜伝は未だ戦闘を続けているが、すでに周りには多くの猛者が二人を囲んでいた。武人同士の立ち合いに手は出さない。そして自分たちも初めて見る卜伝という存在に好奇心を抱いていたのだ。

 

「ぬう、小賢しい!」

 

「小僧――いやお嬢ちゃん些か粗削りじゃのう。攻撃が単調になってきたぞ?」

 

「うるさい!俺に小手先の技術など不要だ!」

 

「威勢がいいのう。ほれほれ」

 

 卜伝と項羽の戦いは見てわかるほど実力差がはっきりとしていた。いや、してきた――というべきだろうか。先程までは拮抗していたと誰もが思っていただろう。だが今は赤子を撫でるように項羽の攻撃を卜伝は往なしていた。

 

(適応能力の差、兵法家と呼ばれる狡猾さ。項羽は沼にはまったな)

 

(これが本物の偉人か……やはりもう少し眠らせておきたかったねえ)

 

 ヒュームとマープルの分析は的を射ていた。

 いや、それに気が付いていないのは本人――項羽だけである。

 

「ほんとに問題なさそうですね」

 

「だね……」

 

 項羽の周りにいる層々たる面子に清楚は言葉を失う。

 

「でも、大和君には悪いことしちゃったな……」

 

「確かに落ち込んでましたよ。最近調子も良かったですからね、こんな形で失敗することになるとは」

 

「……そこは否定してくれないんだ」

 

「冗談ですよ、うちの軍師はすぐ立ち直ります」

 

「そうか……な。大和君にはちゃんと謝っとかないとね。確かヤドカリが好きなんだよね」

 

 その一言で総一郎は清楚のことを凝視した。

 

「ど、どうしたの?」

 

「いやあ、清楚さん。ライバルはモモちゃんと京という強敵ですよ」

 

 一瞬分からない。という表情をした清楚は次には顔を真っ赤にして声を張り上げていた。

 

「ち、違うって!そんなんじゃないよ……」

 

 なるほど可愛いな――と総一郎は考えて燕に心の中で謝っていた。粒ぞろいの川神学園でもこの笑顔と照れ顔は反則だろう。

 

「そ、そんなこと言ったら総一郎君だって大変よ!」

 

「え?いや僕はそんなことないと思いますけど」

 

「でも弁慶ちゃんは総一郎君の事を――いや、ごめんなさい。なんでもないよ」

 

 ヒートアップしていた清楚の温度は急激に下がっていた。

 その後二人の間には沈黙が流れる。

 後ろ髪をくるっと指で丸めた総一郎はどうしようもなく動揺していたのだろう。鈍感なイケメンというポジションに彼はいない。

 清楚の言っていることが分からないほど若くもなかった。

 

 

 

 

♢  ♢  ♢

 

 

 

 

 

 

 余裕のなくなってきた項羽はすでに慢心だけでその大きな武器を振るっていた。

 未完成の偉人と完成され、そしてあとはどこまで上へ到達するかという領域にある体を自由に使える本物の偉人。差が明らかになり、そして決着にたどり着くまでにそう時間はかからなかった。

 どうせこの一撃で倒し切ればければ九鬼や百代、鉄心なども介入せざるを得ないだろう。

 

「どれ、若いの」

 

「俺様を侮辱するな!」

 

「威勢と自信だけはあるようじゃな。だがそれが本当の意味で折れたとき、道のりは険しくなる」

 

 卜伝の雰囲気が変貌する。それは体にビリビリという電撃を食らったような錯覚を起こすような体にのしかかる様な重圧であった。

 もし本物の項羽であれば一歩も引かず、そのまま馬鹿正直に突っ込んでいただろう。しかし何合も打ち合い、心の奥底で差を感じ始めていながらもそれを認められない、その二つに矛盾を抱えた彼女は思わず足を止め、三歩も後ろへ引いてしまった。

 

「それがお主の限界。じゃから今ここで全てを断ち切ってやろう。わしから最後の餞別じゃ」

 

 上段構え。

 縮地。

 振り下ろす。

 

 ただそれだけを奥義までに昇華したその技は。威力だけは奥義レベルという項羽の攻撃とは真の意味で異なる、本物の奥義。心技体、完成度で言えば総一郎のそれをも凌ぎ、ヒュームが完成させた奥義「ジェノサイドチェーンソ」と同上、もしくはそれ以上の一振り。

 

一の太刀

 

「強くなりなさい」

 

 卜伝の消えかかる声と共に、項羽はその剣士の剣撃ではなく後姿を眼に焼き付けて意識を手放した。

 

 

 

 

♢  ♢  ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした後日談。

 

 目が覚めた項羽は清楚に成り代わっていた。その後九鬼と学園で話し合いが行われ、勝手な決闘がなければ項羽が学園内にいることも許可され、この件は一件落着となった。

 正体を突き止めてしまった大和は関係各所に謝罪回り、しかし何故かどこへ行っても好意的であり。大和は自分の実力が認められつつあることに気が付いていないようであった。

 

 一方総一郎は敗北こそしていないが勝ってもいない為、一応引き分けということになった。しかし元から勝とうが負けようがどちらでもいい、というスタンス。あくまでも自分の成長が目標であるためそれについては全く文句がなかった。しかし清楚の爆弾発言、そして百代が項羽と戦えなかった鬱憤を晴らすため散々組手に付き合わせられた事には不満であったようだ。

 

「俺だってちゃんと戦ったとはいえねえよ」

 

「うるさいにゃん、戦えニャン」

 

「最近戦闘衝動が無くなってきたと思ったのに……そんなんじゃ大和においてかれるぞ」

 

「は?な、なんで大和が出てくるんだ」

 

「うわ、わっかりやす」

 

「う、うるさい!」

 

 総一郎のコメカミをブン!と光球が掠めた。最近覚えた「念」というものらしい。

 

「しゃ、洒落にならんぞ!」

 

「お前が悪いんだ!」

 

 猫のじゃれあいは夜遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか豹子頭と共に依頼を受けることになるとはな」

 

「馴れ合いをするきはないぞ、それにMの監視はちゃんとしてるんだろうな?」

 

「もちろんだ、抜かりはない……だが、あの女は監視が居ようと居まいと関係がないようだがな」

 

「……仕事をしているなら問題はない」

 

「とりあえず今は目の前の仕事だ。塚原総一郎。川神百代とならぶ刀の達人だ」

 

「闇の武器組も彼に目をつけているらしいな。勝てるかどうかも怪しいな」

 

「ああ、だが相性はいい。金はたんまり貰っている、やってやろう」

 


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