真剣で一振りに恋しなさい!   作:火消の砂

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ちょっとみじかいです


――俺は僕――

 島津寮から直線距離で二百メートル程離れた河川敷。およそ三秒前まで何の変哲もない地面だったが、現在は大きな穴凹と鋭利なもので削られたような跡が出現して原型を留めてはいなかった。

 跡が出現してから少し遅れて人影が現れる。

 服と肌に一切の傷がない少年と無数の切り傷が目立つ少女。少年の姿とその刀は夕日と水面の反射光に照らされて一枚の絵を見ているよう。

 反対に浅い傷と深い傷から違う量の血が流れているのにも関わらず、獰猛な笑みを浮かべている少女はまさしくサバンナで獲物を捕らえようとするハイエナだった。

 少女は一歩踏み出す、踏み込むわけでも牽制するわけでもない一歩だが、少年は三尺以上もある大太刀を構え直す、八相の構えと呼ばれる構えだ。

 そこで少女はどこまでも響く高笑いを始めた。

 

「はははははははははは!―――どうだ! 一撃目は避けたぞ!」

 

「化け物結構、確かに初見殺しとは言いましたけれども……あらま」

 

 その出来事に少年は構えを解いた、少女が使った技は少年が構えを解くほど気落ちするに値する者だった。

 

「――瞬間回復という物ですか、単体技としては欠陥だらけですが、それでも恐ろしい――というか、それを考えて習得したあなたが恐ろしいですね」

 

「……欠陥だと?」

 

 驚いたのも束の間、自分の編み出した奥義をいとも簡単に貶された少女は怒りの前に呆れた。

 

「こんな優れた技は無いぞ」

 

「ですね――しかし、攻略法はいくらでもあります。例えば電撃を浴びせて気の流れを悪くさせたり、気の針を刺してしまえば気を練ることすら難しいでしょう。それに首でも斬り落としてしまえば技を使う前に死にます。その技を単体で使えば同格にあなたはすぐ負けますよ」

 

「お前も爺と同じでこの技が慢心に繋がっていると?」

 

「それは間違いです」

 

 構えを解いた少年は目の前に狂暴な猛獣が今にも襲い掛かってくるかもしれない、だというのに大太刀を振り回して力を抜いていた。少女が襲い掛からないのは軽い談義をしているからだが、力を抜いている少年の隙が見当たらない――それも少しばかりの理由かもしれない。

 

「その技は規格外ではっきり言って頭のおかしい技。前面に押し出して使うべきです――ただ、初撃でやられてしまえば意味が無いわけですから、今のあなたが使うようにしていれば駄目なんです。格下には恐ろしい技ですけど同格や対策を知っている者がいれば大したことは無い――つまり同格がいないあなたにとって擬似的な慢心に繋がるわけですね」

 

「……わからん、どういうことだ」

 

「悪いのは貴方の周りです。圧倒的な技を持てば慢心するのは当たり前、その技の使いかたや弱点を教えない無能な指導者が悪い。――過保護に育てたせいですね」

 

 少女は驚いた、そしてなぜか力が抜けた。

 才能がある――と生まれてからすぐ過保護に育てられた。

 友達と遊びたくても優先される鍛錬のせいで鍛錬が嫌いになった。

 強さを制限されて今まで努力してきたことが否定された気がした。

 精神の脆弱性や凶暴性を指摘され、さらに自分が作り上げた自慢の技を否定された。

 

 武術家として否定された。

 

 こんなことを自我で考えたことは無い、心の隅かにどこかあっただけの不満――それだけ存在だったはずだ。

 

 悪いのは自分ではない――そう言われたのは初めてだった。

 

「――お前はなんだ」

 

 いろんな思いや考えが浮かび上がる中で自分が口にしたのは一番初めに少女が少年に突き付けた疑問だった。

 

「俺は塚原家嫡男、新当流総代、京都のツインエース、塚原卜伝の再来」

 

「違う! あれはなんだ! 私の知らない――私の知らない――」

 

 ――辺りはセピア色に変わる――変わった気がした、少女が感じただけだ。

 目の前にいる少年は俯いて大太刀を片手でただ持っているだけ――だけだ、少女はそう見えた。

 ふと、少女の首に鋭い痛みが走った――気がした、首には何も変化はない。

 首を抑えてもう一度少年を見た。

 少年は少しずつ頭を上げて少女を見た。

 少女は顔を上げた少年の目を見た。

 

「これですか」

 

 少年は少女の問いに答えず応えた。

 これだ――少女は確信した。私の知らないこの気――殺気だろうか? 己の闘気をすり抜けるように体に来る。思わず後ずさりしたくなる。怖い――

 

 少年の目は黒に染まっていた。

 

「私はお前のような武術家を知らない、お前のような殺気をだす武術家を知らない……!」

 

「のようですね、初めてですか?――」

 

 少女はその言葉とその表情に恐れた。

 

「――人殺しと出会うのは」

 

 目は何故か黒く、普段両手で持つはずの大太刀は片手で持たれまるで無造作に峰を肩に置かれている。それでいて隙は無い、力を抜いているようには見えない。

 佇まいはまるで先ほどまで八相の構えをしていた少年だった。

 

「構えも型もない、人を切りやすいように立っているだけです」

 

「……人殺しだと?」

 

「ええ、才能があると過保護にされて友達と遊ぶ時間は鍛錬に優先されてそのせいで鍛錬は嫌い――そして人を斬らされました」

 

 少女は嫌悪感に塗れた。別に心を読まれたわけじゃない、少年も自分と同じ天才で途中まで境遇が同じだったというだけだ。

 だから嫌悪感に塗れた。

 

「まさか、まさか自分の剣が人を斬るために育てられているなど思いもしない――、一番恐ろしいのは人を斬ったところで罪悪感など抱かなかったことだ、俺の心は鍛錬中に人斬りになっていた」

 

 少年は苦虫を噛むような表情で少女を見る。

 

「祖父は「鬼太刀」父は「三撃」と呼ばれ剣術家として名を上げている――勿論、二人とも人を斬ったことはあるだろうよ、だがそれは剣術家として人を斬ったに過ぎない。俺は――俺は、「人斬り」として人を斬った」

 

 少年は僅か十歳だった。河原で少年は真剣を持って一人の男に対峙していた――対峙していたわけだ、その男は既に少年の下で横になっている。

 少年が好きだった特注の草鞋は赤く染まっていく、少年は思った「ああ、汚れてしまった」

 次の瞬間嫌悪感に塗れた。

 一番初めに罪悪感を覚えなかったことに嫌悪感を抱いた。

 嘔吐感が襲ってきそうだ――実際に襲ってくることは無い。

 嗚咽に塗れそうだ――涙が出ることは無い。

 隣にいる父が歩み寄ってきて声をかけてくれる。だが、少年が望むような声は掛からない。

 

「よくやった」

 

 そこで悟った。

 俺は剣術家じゃない――人斬りだ、卜伝の再来でも京都のツインエースでもない。

 

「俺は「人斬り」の塚原総一郎だ」

 

「――――――」

 

 声が出なかった。

 

「俺は剣術が大っ嫌いだ、今すぐにでもこの刀を捨てたい。でも駄目なんだ、これ以外の道は無い……だから俺に真剣勝負を吹っかけてくる人間が嫌いだ――俺はこのまま君とは勝負しない、すれば君を斬る。君がファミリーに僕を近づけたくなければいなくなろう」

 

 少女は初めて人斬りに出会った。その人斬りは友達で、仲間でもあった。

 そして恐らく自分を理解してくれる唯一の人物かもしれない。

 自分よりも大人で、強い――

 

「違うな」

 

「……何がだ?」

 

 自分よりも強いかもしれない、自分より強い。

 彼の業は深い――だが、彼はそれに押しつぶされない、どうにか自分を抑えて我慢している。

 少女とは違った。

 そして同じだった。

 

「……はは」

 

「どうしたモモちゃん?」

 

「……はは、ははははははは――違うな」

 

「……」

 

「お前一回も負けたこと無いだろ」

 

 明らかに今までの話と方向性が違う――総一郎は言葉の意図を理解できない。

 

「確かに稽古では幾つも負けたことはあるさ、お前にも負けたな。だが勝負で負けたことはない――仕合でな」

 

 少女は口角を上げて構えた、そして息を吸い込む。

 

「川神院長女、川神院次期総代候補、「武神」川神百代、塚原総一郎に――仕合いを申し込む!」

 

「……」

 

 未だ意図は読めない、百代が交戦準備に入ったことは分かったとしても核心にたどり着くことは出来ない。

 そのままの構えで総一郎も交戦準備に入る――が、百代が言った。

 

「おいおい、仕合いだぞ――死合いじゃあない。私はお前と魂を賭けて戦いたい、私は殺せない――お前の一撃は私が止めてやる」

 

 総一郎の強さは精神に依存した集中力にある。「無我の境地」――付けられた名前は正しく、静の極みの一つで、それだけでも壁越えの要因が半分以上占めている。

 逆に言えば総一郎が使える技は少ない。

 唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突――これが総一郎に使える剣技、基本中の基本。

 しかし、基本中の基本が無我の境地によって奥義に変わる。一撃一撃が奥義に昇格するわけだ。

 今の百代では一振りごとに一撃を出されては一溜りもない、当たれば一瞬にして体の一部が持ってかれるだろう。

 総一郎も理解していたし、百代も理解していた。

 だが、百代はそれでも一撃を止めるといっていた。

 

「なあ、無理して殺さなくてもいいだろ?」

 

「それができたら――」

 

「じゃあ行くぞ」

 

 百代の足元が沈んだ。踏み込むための力で地面が抉れたのだ。

 自分の間合いに踏み込んでくる百代が総一郎には見える、見えてしまえば後は急所に刃を当ててしまえば百代は瞬間回復を使うこと無く死ぬだろう。

 

 総一郎の精神が極みに達する、集中力が跳ね上がって超速の拳すら視認していた。

 勿論、百代の表情も見えるわけだが――その視線は明らかに自分の刀に向けられていた――

 驚いて総一郎は迎え撃つことを止めて後方へ退避してしまう。

 

「――どういうことだ」

 

「……違うんだ、違うんだよ。お前は確かに人斬りだ、そういうふうに育てられてきた。だけど違う――お前は人を斬らなくてもいいんだ、お前は人を斬りたくて斬ってるんじゃないだろ――お前の剣技に対応できる奴がいないせいでお前は相手を斬るしかないんだ」

 

「……!」

 

「私と一緒だ。対等に渡り合える奴がいない――なんだかいつもと違うんだ、気持ちが昂っている。興奮しているわけじゃない、今なら――何でもできる気がするぞ」

 

 静の極みである「無我の境地」が心を静めて奥義に昇華された集中力であるならば、その反対は何であろうか――感情を昂らせることにより極みへ到達する動の極み「天衣無縫」昂りによる本能が奥義へ昇華されたもの。

 百代はまさしくその極みへ一時的に到達していた。

 本物の強者に出会えた喜び――境遇への怒り――仲間の悲しみ――これから起こる戦いの楽しさ――

 無我の境地と天衣無縫――対峙するには相応しいものだった。

 

「……はは」

 

「……ふふ」

 

 荒れた大地、殆ど落ちている陽、同格の強者たち――笑うには絶好の状況だった。

 

「化け物だな」

 

「化け物結構さ」

 

 総一郎は左足を前に出して八相の構え。

 百代は天地上下の構え。

 二人は名乗りを上げた。

 

「川神百代!」

 

「塚原総一郎!」

 

 二人の間合いが一瞬でぶつかる――その前に読み合いは始まっていた、間合いがぶつかるまで要した時間はコンマ二秒ほどだったにもかかわらず、二人に構えはその間に三十もの変化を遂げていた。

 間合いがぶつかって利を得るのは総一郎だ、普段の刀よりも三十センチ以上長い大太刀は間合いに置いて有利以外の何物でもない、剣道三倍段と言う言葉の通りだった。

 つまり初撃――それが今現在百代が生きるかどうかの最大の壁だった。

 総一郎は神速の左切り上げを以って百代に斬りかかる。

 始めは見切ることすらできなかった、二度目は見れた、三度目は――

 

――百代の手刀が総一郎の刀に向かっていた――

 

勿論、総一郎にはその光景が見えている。だが驚きもしない、今動揺すれば確実に負けることを理解しているからだ。

一つだけ思う――化け物だ。

先程まで総一郎と百代の優劣ははっきりしていた、それでも――、一時的だとしても、百代がこの土台に踏み込んできた、その才能と武術家的本能に恐れすら抱きそうだ。

これが終わった時にいくらでも思うだろう――川神という血が恐ろしい。

 

 手刀と刀が相見えると二人の間には境界線のような斬撃波が地面と上空に伸びていく。それで終わりではない、二撃、三撃、四撃――と己の武器が重なり合っていく。

 二人の闘いは終わりを迎えようともせず、手刀と刀が相見える数のみ増えるばかり。二人の魂はおよそ千撃を超えてぶつかり合っていた。

 手数が増えていく二人。恐らく二人の実力はこの間だけ極みを超えて極限まで昇華されていた。

 

 そして終わりを迎える――

 

 一人の周りにはぶつかり合っただけの無数の斬撃波が地面に印されている。

 もう一人は斬撃の印しよりも少し離れたところで立っていた。

 二人の攻防は僅か十秒の出来事だった。

 

 斬撃の印しの中心点に居る――彼は言う。

 

「――六撃も喰らってしまった」

 

 体と顔に残る傷をなぞって振り向いた、その先には彼女――川神百代が腹から血を流して倒れていた。

 それと同時に総一郎の刀が粉砕した。

 

「私の負けだな」

 

「僕の勝ちですね」

 

 悔しそうであり、嬉しそうな百代。

 そして総一郎は誰よりも良い表情をしていた。

 





少し遅れました。

少し前からマイコプラズマで体調が悪かったのですが。今回新しく咳喘息が診断されました。
三人目の医者にかかったのですが、どうやら前の二人はヤブ医者だったみたいです。

投稿が遅れたのはゲームをやっていたからです。

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